2019年7月6日土曜日

自分の音にこだわらずに、ヘッドホンをして聞いてくれたらこんなことになってない

基本、ヘビメタ騒音でほんとうにダメなんだよ。気違い兄貴は、気違いだから、気違い的な感覚で自己正当化する。ほんとうは、気違い的にデカい音で鳴らしているのに、本人は、普通の音で鳴らしているつもりなのだ。で、この感覚器の違いが、あるいは、感覚器に近いところでの違いが、他の人にはわからない。

気違い兄貴に、おばあちゃんやおじいちゃんや、警察の圧力をかければ、静かにしてくれたのかというと、そうではないと思う。

気違い兄貴は、気違いなので、〇・一デシベルでもさげてやれば、『しずかにしてやった』と思うわけだ。これは、冗談とか悪意でやっているわけではなくて、ほんとうに『しずかにしてやった』と思うわけで、ほとんどまったくかわらない音で鳴らし続ける。

警官やおばあちゃん、おじいちゃんに、『毎日』うちにいてもらうことは無理だ。

で、気違い兄貴が、ほんとうに「いじわるで」ほとんど音をさげてないのに、音をさげたことにして鳴らしているというわけではないというのが、問題だ。本人は、いじわるをしているつもりがないのである。ほんとうに「さげてやった」つもりなのだ。これも、本来、自分の耳が悪くなるような大音響で鳴らしているのに、普通の音だと思っているところと似ている。

ほんとうに、自分の気持ちしかない。相手はどうなってもかまわないのだ。自分がデカイ音で鳴らしたいなら、どれだけデカイ音で鳴らしていても、フォークギターぐらいの普通の音で鳴らしていると……認知・認識してしまう。

こういうズレが、他の人にはわからない。気違い兄貴の認知・認識のズレや、ほんとうはいじわるをするつもりでなければできないようなことを、いじわるをするつもりがまったくないままやってしまうという性格の悪さが、他の人にはわからない。ただ単に、性格の悪さと書いたけど、これも、認知・認識のズレを基盤に成り立っている性格の悪さだ。


たぶんだけど、上記(右記)の性格の悪さと認知・認識のズレのデカさから言って、おばあちゃんやおじいちゃんや、警察の圧力をかけても、その人たちがいなくなれば、本来の認知・認識と本来の性格の悪さで、いつも通りのデカイ音で鳴らしたと思う。

気違い兄貴が、もう、最大限……ありえないほどゆずってやった音が、ものすごくデカイ大人のだから話にならない。気違い兄貴がゆずって、ゆずって、ゆずって、「もうこれでいいな」と思った音が、気違い的にデカイ音なのだ。

で、その場合、気違い的にデカイ音だということを認めない。

基本的に言って、気違い兄貴は、スピーカで鳴らすことは絶対にあきらめない。そして、ゆずってゆずってゆずってやるにしろ、自分が満足できる音で鳴らすということもあきらめないのである。

なので、けっきょく、スピーカーで、ものすごくデカイ音で鳴らすということになる。

気違い兄貴がゆずってゆずって、最大限、本人のなかではあり得ないほどゆずってやっても、ゆずってないときと音のデカさがほとんどまったくといっていいほど、かわらないというのが問題だ。

気違い兄貴が普段鳴らしている音と、気違い兄貴が「ありえないほど」ゆずってやったときの音のデカさが、ほとんどおなじ。聞き分けることができないほど、かわりばえががしないのである。

けど、気違い兄貴は、気違い感覚で、ほんとうに!!!!「ものすごく」「ありえないほど」ゆずってやったつもりになっている。ゆずってやったつもりで、気違い的にデカイ音で鳴らすのだ。

で、本人が一四時間鳴らせるなら、絶対の意地で一四時間鳴らして、その時間が一三時間になるということが、絶対にない。本人が一三時間鳴らせるなら、絶対の意地で一三時間鳴らして、その時間が一二時間になるということが、絶対にない。

本人が六時間鳴らせるなら、絶対の意地で六時間鳴らして、その時間が五時間五九分になる、絶対にない。だから、常に、フルの音か降るに近い音で鳴らしているということになる。

フルに近い音も、普通の感覚で言えば、ものすごくデカイ音なので、けっきょく、いつもものすごくデカイ音で鳴らしているということになる。気違い兄貴が、気違い兄貴のなかで、最大限ゆずってやっても、けっきょくは、線路の横よりもずっとデカイ音でヘビメタを鳴らすということになる。

で、それは、こっちが入学試験を受けに行く日でも、入学試験を受けに行く前日でも、かわりがない。入学試験から帰ってくれば、気違い兄貴がヘビメタを鳴らしていて、午後一一時一一分まで絶対にゆずらない。

ちゃんと静かにしてくれるというとがない。気違い兄貴が気違い的な意地で自分の音にこだわらずに、ヘッドホンをして聞いてくれたらこんなことになってない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。