2019年7月7日日曜日

効率主義的な助言は、無意味。「すべては受けとめ方の問題だ」とは言えない

ほんとうに、水俣病でまっすぐ歩けなくなった人に対して、「まっすぐ歩ける歩ける」と言えば歩けるようになるとか、助言しているようなものだ。「俺だって、酔っぱらったとき、まっすぐ歩けなかった。

けど、次の朝、つらかったけど『まっすぐ歩ける』と言ったらまっすぐ歩けるようになった。気分の持ちようで違う」などと言っているようなものだ。
自分が酒を飲んで、酔っぱらってまっすぐ歩けなくなったのと、魚のなかに水銀が入っていたにもかかわらず、知らずに魚を摂取してしまって、まっすぐ歩けなくなったのは、違う。

けど、彼らは「おなじだ」と言う。

そして、自分はアファメーションしたから、できるようになったと言う。たしかに、気分だけで歩けなくなる人はいる。足は正常なのに、気分で歩けなくなる人がいる。なんかの事故に遭って、もう、足は治っているのだけど、立てない人はいる。そういう人には、アファメーションは有効なときがあるのだろう。あるいは、『思いこみだ』という仮説は正しい。

けど、水俣病で立てなくなった人は、水銀によって脳の神経がおかされているので、立てなくなったわけで、気分で立てないわけじゃない。思いこみで立てないわけじゃない。そういう人に『思いこみだ』と言うのは失礼だろ。

けど、ヘビメタ騒音病だと、他の人は、そういう失礼なことを平気で言う。

もちろん、水俣病だって、水銀によってそうなるということが、実験によって確かめられたから、そうなんだということになっているだけなんだよ。

理由がわからないときは、伝染病だと思われていた。そういう人がいっぱい現れたからね。で、ヘビメタ騒音は……気違い兄貴のヘビメタ騒音は、俺固有だ。

だから、他の人にはわからない。実際に俺の距離で聞いた人間は俺だけだからな。俺とおなじ時間の長さ、俺とおなじ期間の長さ、俺とおなじ音量で、聞かされた人間はこの世にいない。

だから、公害ではなくて、個人的な害になる。

そうなると、ヘビメタ騒音病というのは有機水銀でそうなっている……ということがわかってない場合の水俣病のようなものになる。激しい騒音の繰り返しで、こうなる……。人間なら、ほとんどの人がこうなる……こういうことが、実験で確かめられてないだけだ。わかってないだけなんだよ。

ヘビメタ騒音に対する耐性は人によって多少違うと思う。そりゃ、好きなやつだっているのだから。

けど、じゃあ、そのヘビメタが好きな人が嫌いな音があるとする。

その、ヘビメタが好きな人が嫌いな音を、ヘビメタ騒音とおなじ長さ、おなじ期間の長さ、おなじ音量で聞かされたら、やはり、その人は、俺とおなじようにおかしくなると思う。睡眠回路がぶっ壊れると思う。意欲などがなくなると思う。他の人にひどいことを言われて、傷つくと思う。音の種類に関しては、違いがある。『受けとめ方』に違いがある。

じゃ、その『受けとめ方』が絶対的なものかというと、違うと思う。その人にとって、苦手な音や、嫌いな音が違うだけで、苦手な音や嫌いな音を、一日に何時間も何時間も、大音量で聞かされ続けたら、やはり、俺と同じような体の変化を経験すると思う。

こういうことを無視して、『すべては受けとめ方の問題だ』……どれだけ、ヘビメタを聞かされても傷つかない人がいる……不愉快にならない人がいる……だから、『そういうふうに良く受けとめることができなかったやつの責任なんだ』というのは、間違っていると思う。人間は、自己暗示やアファメーションで、『受けとめ方を変えることができる』のにそういうことを、しなかったやつが、けっきょくは悪い……というような理論を展開するやつがいる。

これは、おかしい。こういうやつは、自分でいいことを言っているつもりになっているかもしれないけど、俺を侮辱している。侮辱なんだよ。

まあ、侮辱に関しても『受けとめ方の問題だ』と言うのだろうけど。もし、ほんとうに、そいつらが言っていることが正しいなら、『騒音』というような言葉がうまれなかったと思う。騒音というのは、自分にとって苦手な音で、自分が制御できない音なんだよ。

たしかに、人によって苦手な音は違う。しかし、ある程度デカイ音でガンガン鳴ってたら、やはり、『騒音だ』と感じることが多い。そして、それは、ある程度でかい音で鳴らしているやつが悪いのであって、聞かされているやつが悪いわけではない。ある程度デカイ音というのは、だいたい、八五デシベル以上の音だ。

すでに嫌いな人が、むりやり好きになろうとしてもむだだ。どうしてなら、すでに、『騒音だと感じているから』だ。『騒音』だと感じている以上は、苦手な音なんだよ。「うるさい」と思っているんだよ。『受けとめ方』の全体は、それまでのその人の経験や学習を通して形成される。

あるいは、もともと持って生まれた感覚器の感度や、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や体質で決まる。文脈がある。そして、体がある。

生物としての体がある。

効率主義的な考え方によって、文脈に関係なく、これらの傾向や体質を書きかえることができるかというとそうではないのだ。効率主義的な考え方というのは、『こう思う方が得だから、こう思おう』というような考え方が他の考え方を凌駕しているような考え方だ。

ようは、ほんとうはうるさく感じているのだけど、うるさく感じるのは非効率なので、うるさく感じないようにしようと思えばいいという考え方だ。意識的な意思によって、もともと持って生まれた感覚器の感度や、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や、その人のそれまでの経験や学習に基づいた感じ方を、好き勝手に書きかえることができると考えるような人たちが持っている考え方だ。

こういう人たちは意識的な意思によってすべてをねじ伏せることができると思っている。しかし、こういう人たちだって、本人が嫌いな音を八五デシベルで、一日に平均八時間、一四年間にわたって毎日聞かされ続ければ、俺と同じような症状が出ると思う。離脱できなかったのは、俺が一一歳の時、ヘビメタ騒音がはじまったからだ。俺は当時子供だった。勝手にひとりで引っ越すわけにはいかなかった。

人間の体、を無視してはいけない。生物としての体というのは、意識に重要な影響を与える。なにを騒音と感じるかは人によって違うけど、騒音によって発生する体の不調は、だいたいだれでもおなじだ。人類の場合、だいたいおなじような体の不調をうったえることになる。

この、効率主義的な考えを持っている人は、他人事なら、『感じ方の問題だ』と冷たくいうことができるけど、実際に自分の身に生じた問題である場合だと、『効率主義的な判断をして』それにしたがうということが、ない。

自分のことであるならば、やはり、『うるさい』とか『邪魔だ』と思って腹を立てるのである。腹を立てるのは不効率なことだと知っていても、腹が立つのである。

で、意思にしたがわせようとして、努力すると、さまざまな障害が(体に)あらわれるのである。ストレッサーにさらされ場合の体の反応は、だいたい人類で一致している。(なにがストレッサーになるかは、人によって違う)。

だいたい、効率主義的な考え方を持っている人は、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や、その人のそれまでの経験や学習に基づいた感じ方が、効率主義的な考え方に合致している人なのである。他の人はそうじゃない。文脈を無視するな。生物としての体を無視するな。他人にえらそうなことを言うな。自分のなかで、自分が効率的だと思うことをすればいいだろ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。