2019年7月3日水曜日

線路のすぐ横の『安い宿屋』で勉強したことがあるけど、勉強が、できた

俺が小六の時、高一の気違い兄貴を殺さなかったから、俺の人生がない。小六の時、殺すことができたら、俺はもっとましな人生を歩めた。自分の才能を世の中にいかすことができた。それが、これだ。


普通の家なら、あんなのは、一日に一分だって鳴らせない音だ。そういう音のデカさだ。それが、気違い親父が作った家だから、気違い兄貴が意地を通して鳴らし続けた。普通の家なら、一日だって、一〇分間だって、鳴らしてはいけないようなデカイ音で、ずっと毎日、何時間も何時間も鳴らしていた。

一日に、あの音のデカさで、ヘビメタ騒音が七時間から一四時間鳴っているときのしんどさは他の人にはわからない。俺は、それで生活をしていた。生活をしていれば、学校に行く、職場に行った場合、時間の制限が出てくる。鳴っているときのしんどさは、他の人にはわからないけど、鳴っていないときのしんどさも他の人にはまったくわからないだろう。

鳴っている時間もしんどいけど、鳴り終わったあと眠れない時間もしんどいし、よく眠れないまま、次の日、活動している時間も、ごっつーーーーーー、苦しい。ものすごく、苦しい。鳴っている時間、じゃない時間が、しんどいなんてことは、ヘビメタ騒音生活を毎日毎日、何年間も何年間もおくった人じゃないとわからない。

全部が、ヘビメタ騒音でしんどくなる。一日二四時間、全部が、ヘビメタ騒音でくるしくてくるしくてしかたがない状態になる。他の人にはわからない。

他の人は、『カラオケ屋の子供だっている』『線路のすぐ横に建っている家だってある』というようなことをいう、気違い兄貴のヘビメタ騒音は、カラオケ屋の騒音や線路の騒音とはくらべものにならないから……。くらべものにならないのに、くらべる。

だいたい気違い兄貴は、自分の趣味でヘビメタを鳴らしているわけで、どうしても、業務上必要な行為をするために騒音が出てしまうというのとは違う。

「うち」のヘビメタ騒音は、カラオケ屋の騒音よりもデカイし、線路の横の騒音よりもデカイ。ぼくは知っている。そんなんじゃない。

で、ともかく、ヘビメタというのは、つまっているんだよ。音の密度が高い。カラオケ屋の普通の曲とは違う。線路だって、感覚があるだろ。どれだけ密度が高いダイヤを組んでいたって、感覚がある。

俺は、ほんとうに、線路のすぐ横の『安い宿屋』で勉強したことがあるけど、勉強が、できた。ヘビメタ騒音が鳴っていると、勉強がまったくできない。二時間ヘビメタが鳴っていたら、二時間、どうやっても、どれだけ勉強をしたくても、勉強ができない。

そして、二時間分、つかれる。ヘビメタでへんなふうにつかれる。それが、一日に七時間、一四時間、続いたらどうなる? つぶれる。

理想論はとかくとしてつぶれる。

実際にあの音のデカさの、ヘビメタ騒音にさらされていない人が、『理想論』で考えることと、『現実』は違う。そのヘビメタ騒音にさらされてない人だって、実際に俺とおなじようにヘビメタ騒音にさらされて、一ヶ月(当時の俺の部屋で生活すれば)……どういうことだかわかるよ


『理想論』のなかでは、勉強する時間があるはずだということになる。どれだけ鳴っているといったって、耳栓をしたり、いろいろな工夫をすれば、勉強はできる……と思っているんだよ。

それがちがうということがわかる。

それは、特にヘビメタに拒否反応がある人ではなくても、そうなる。あの音の密度と「けばけばしさ」を、至近距離で、大音響で経験してみろ。『勉強ができる』なんていうのは、理想論だということがわかる。「どれだけ、うるさくったって勉強ぐらいできる』というのが、空想の空想の理想論だということがわかる。

おなじように『鬱にならない』ということは、理想論だし、『しんどくならない』『つかれない』ということも、理想論だ。

ヘビメタ騒音の感覚と体のしんどさの感覚がおなじだ。


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親父が、気違いの意地を通していた……これが、気違い的に肝心なことだ。他の人は、これがわからない。だから、他の人の基準で、ズレたことを言う。他の人の基準は、常識にそったものだから、気違い親父の気違いの意地がわからない。気違い親父の気違い的な基準?がわからない。『どれだけ(お兄さんが)意地になって鳴らしてたとしても、ズッとやられ続けるのはおかしい。俺だったら、絶対にどこかで静かにさせてみせる』といった人がいる。この人は、親父の意地がわからない。だから、気違い兄貴の意地もわからない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。