2019年7月16日火曜日

俺がどういう気持ちで横になっていると思っているんだよ?


喉のイガイガがとれるまで、掃除はしない。
しかし、本当につかれたなぁ。
寝たけどつかれた。

俺がどういう気持ちで横になっていると思っているんだよ?
気違い兄貴!

   *   *   *

つかれた。
本当につかれた。全部つかれた。
ヘビメタ騒音が鳴っている時間だ。
ほんとうにめまいがするほどうるさかったな。あの音のなかで、怒っていた。怒りのピークが音によって持続させられる。あんな状態で起きていたら、そりゃ、眠れなくなる。

睡眠回路も精神回路もあの音六時間四五分で崩壊する。次の日学校に行かなければならない。ヘビメタ騒音の六時間四五分がなければ、「なんでもない」ことが、「しにたくなるほど」いやなことになる。死にたくなる。自殺したくなる。猛烈に腹がったじょうたいで、死にたくなる。

これ、ほんとうに、ぼくは、ヘビメタ騒音のなかで地獄のくるしみを経験した。これ、ほんとうに「かんたんなもんだい」じゃない。「どれだけ鳴っているたってたいことじゃないんだろ」なんてことじゃない。これ、そういうことを言ったやつはデコパッチンbをやってやりたくなる。まあ、そういうことを言ったやつにデコパッチンbをやりたくなるのも、ヘビメタが実際に鳴っていたからなんだぞ。

もし、気違い兄貴が普通に静かにしてくれたら、俺とその人のあいだで、そういう会話が為されることがない。ヘビメタ騒音に関しては、ほんとうに、うちの事情を知らない人は、とてつもなく間違った前提に立って間違ったことを言う。その間違った前提に立って放った、発言が、俺をいらだたせる。失望させる。「伝わらなかった」と思う。

気違い兄貴が、気違い親父のように自動的にやることで、「事情を知らないヨソの人」と俺とのあいだにふっかいふっかい「みぞ」ができあがるのだ。何度も言うけど、それは、親父のハンダゴテ事件とおなじだ。

ハンダゴテ事件に関しては、兄貴にわかるように、兄貴と親父のあいだに起こったことを書いたわけだけど、気違い兄貴に、ハンダゴテ事件のことを説明して、兄貴がやったことは親父がやったことと同じだということを説明しても、ぜんぜんわからないんだよ。

自分が親父にやられて腹がった……というパートはわかるけど、自分(兄貴)が親父とおなじだなんて、認めることができない。

兄貴は、親父に関してはわかるけど、自分に関してはわからない。完全におなじことをしている。ヨソの人はハンダゴテ事件の時も、「常識フレーム」にしたがって、ハンダゴテ事件の真相を「よみちがえた」。真実を真実として認めずに、へんな仮説を立てて納得した。へんな仮説と言ったけど、「常識フレーム」にしたがえば納得できる仮説だ。
ハンダゴテ事件の時、親父がいろいろな根本的なことを認めずに怒り狂ったのだけど、それが「ヨソの人」には根本的にわからない。「そんなひとがいるわけがない」「きっと(兄貴の)説明のしかたが悪かったら(お父さんが)誤解したのだろう」と勝手に思ってしまう。

親父が認めなかったことは最低でもふたつある。ひとつは、親父が持ってきたハンダゴテが授業では使えないハンダゴテだということだ。もうひとつは、それを(兄貴が)持って行って、(兄貴が)恥をかいたということだ。恥をかいた……こまらせたということを認めない。これ、親父が金を出したくない以上、永遠に「使えるハンダゴテ」なんだよ。

現実無視だから。で、もうひとつ認めないことがあった。それは、「自分が押しつけて持って行かせた」ということだ。怒り狂って「つかえるつかえる」と言うだけで、使えないと言うことを認めない。(二回目もそうだった)。あれだけ強引に押しつけておいて「おつけた」という気持ちもまったくないんだよね。

だから、「使えないハンダゴテを押しつけた」と言われると「そんなんじゃない」「おしつけてない!!おしつけてない」と絶叫する。もちろん、本人は、怒り狂って否定するわけで、嘘を言っているつもりがないのである。そのときしのげれば、どれだけ嘘を言ってもかまわない……というのがデフォルトだ。

もっとも、親父は、嘘を言っているつもりがないので、それがデフォルトだとも感じてないのだろう。けど、態度全体としてはそうなる。この「たいどぜんたいとしてはそうなる」というのが、これまた、他の人にはわからないことなんだよな。あれを見た人しかわからない。嘘を言って、「相手を黙らせたら」……そりゃ、相手は「やったやつ」にたいしてうらみを持つということになる。そりゃ、うらみの感情がどうしてもうまれる。だから、怒鳴って怒鳴って、嘘を言って、その場をしのぐという気違い親父の方法は、相手に(必然的に)うらみを買う方法なのだ。

けど、そういうことについて親父は考えない。一切合切考えない。そりゃ、「やってない」つもりのままなのだから、考えられるわけがない。兄貴も、全部おなじだ。しくみがほんとうに親父とおなじなんだよ。ハンダゴテかヘビメタ騒音かの違いしかない。やっていることがおなじ。自分がやっていることで相手がこまっているということは、絶対の意地で認めないのである。認めないだけではなくて、本人が感情的に爆発している。怒りたいのはこっちだ。自分がやっていることを「やめろ」と言われたら、気違い親父のように怒り狂って、しがみついてやり続ける。

で、怒って、その場をやりすごすことができれば、あとはまったく関係がないのである。そもそも、怒ってやり続けたということ自体が「わかってない」。これも、嘘でなく本人は「やってないつもり」になることだ。その場がすぎたら、もう関係がなくて、やってないことになってしまうのである。不都合なことを言われたら、怒り狂って否定して、それでおしまい。

   *   *   *

ともかく、つかれた。俺はつかれた。
いま、午後一一時〇三分。気違い兄貴のヘビメタがまだ鳴っている時間だ。さっき(書き始めたときから)から、ずっと鳴っているわけだからな。一〇時台の音は、たしょう、さげた。たぶん、離れている隣のうちに対する配慮だろう。至近距離で聞かされている俺には対して違いがない音で鳴らされてた。だいたい、気分がのっていれば、一〇時台も音をさげない。たとえ、午後一一時一一分に鳴りやんだとしても、俺は午後一一時一二分もつらい。「やっと鳴りやんだ」と思うけど、めちゃくちゃな気分だ。もし鳴ってなければ八時台にできていた宿題ができてない……。騒音、あびて、つかれはてて、だるい……状態になっている。それから八時台にはできていたはずの宿題をやるときの、だるさと言ったらない。ともかく、くるしい。ヘビメタ騒音がけなければ……その日六時間四五分、あびていなければ、ぜんぜん違うからだの状態なんだよ。ぜんぜん違う気分なんだよ。やってられない。あんなのが毎日続いて、良いわけがないだろ。学生時代、全部、毎日、日曜日も含めてそんなことをやられて良いわけがないだろ。気違い兄貴に言っておく……。気違い兄貴は、親父とおなじだから、自分がやったことがわかってないだけ。自分(兄貴)は親父にやられて怒ってたのに、自分が弟に対しておなじことをしているということに関しては、親父のように!気がつかないわけだからな。「やってないやってない」ってなる。

おれはもう、つかれた。学生時代、全部毎日、とられていいわけがない。気違い兄貴は、自分の音にこだわって、自分が鳴らせる時間はすべて鳴らした。自分が思ったとおりの音で鳴らした。満足できる音で鳴らした。自分が満足できないほど、音をさげてやるということがなかった。逆算すればわかる。自分が満足できない音でヘビメタを鳴らしてたときがあるか? おなじことだけど、ヘッドホンをつけてヘビメタを鳴らしてたときがあるか? 一日中、絶対にヘッドホンをつけないで鳴らしてた。一日中、絶対に自分が満足できる音で鳴らしてた。だから、鳴らしてた。これが、気違い兄貴は、気違い親父とおなじだから、デカイ音で鳴らしてたということを認めるがいやなときは、「鳴らしてない
鳴らしてない」「そんなんじゃないそんなんじゃない」と怒って言う。で、怒って言ったら、本人のなかでは終わっているんだよ。まったく親父とおなじ。全部おなじ。そういうやり方で、実はやってきたんだよ。気違い的な意地でやってきたやつに、「そういうやり方で、実はやってきたんだよ」と説明しなきゃいけないわけだからな。こんなの普通の意識を持っている人間だったら、絶対にあり得ないことだ。だって、普通は、自分が起きているとき、絶対の意地でやったことは「やったこと」として認識しているからな。これ、そういう根本的なところで、気違い的な意味で、自分勝手になっているんだよ。現実を全部無視して、自分の気持ちだけになっている。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。