2019年8月11日日曜日

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事について……「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事についての感想。


働け圧力が強いから、「もういいや」と思って飢え死にすることを選んだんですよ。どうして、これがわからないのか?
「どうして、助けを求めなかったのか?」ということが言われているけど、それ対する答えは、「もういいや」と思っていたからだと思う。

この人はたぶんハイリー・センシティブ・パーソンだったんじゃないかなと思う。受け答えから考えて、発達障害じゃないと思う。で、発達障害だと、障害年金をもらえるのだけど、ハイリー・センシティブ・パーソンだと障害年金はもらえないので、そういうところで、「つむ」要素がある。

無職の現象学でも書いたけど、働けるように見えるけど働けない人がいる。実質上、働けない人がいる。この人は「働けるのに働かないという」タイプではないのだ。ここが、肝心。事実上、働けない。特に、日本の会社では働けない。

けど、外側から見ると、五体満足で、ちゃんとした受け答えができるので、働けるよう見える。けど、実質上働けない。だから、「甘いことを言ってないで働け」という圧力が加わる。「甘いことを言ってないで働け」というのは、日本では正論なのである。

けど、日本でも「障害があるならしかたがない」という条件がつくことがある。けど、彼の場合は、たぶん障害者認定されないだろうと思う。すなくても、障害年金で暮らすことはできないと思う。

働けるけど、働きたくないから働かないのか、あるいは、実質的に働けないので働かないのかということには、大きな差がある。けど、その差は、外からはわからない。「働けるように見える」のであれば「働ける」とごく普通に判断される。

医者に行かなかったことに関しては、たぶんだけど、「お金がない」ということが影響しているのではないかと思う。実際には「お金を稼ぐことができないので、自分のお金で医者にかかることができない」ということが影響していると思う。これ、金を稼げない立場で、家の中で暮らしているとなると、こういうところで、「ドケチ」にならざるを得ないのだ。

普通に医者に行ける人と金銭感覚がちがうかもしない。案外自分で働いて金を稼いでいるサラリーマンのほうが「気楽」に心療内科に行けるのかもしれない。まあ、稼ぎによるけどね。底辺労働者だと、お金がおしくて、医者にかかれないという傾向が強くなる。まあ、心療内科だけではなくて、歯医者にも行きにくいということになる。

まあ、この人の場合、「扶養だと、医者に行きにくい」という気持ちがあったのかもしれない。病院に行くと「いいとしをして、親の金で暮らしている」ということが、病院関係者にばれてしまうのだ。少なくても、医療事務員にはばれる。

だから、「はずかしい思い」をすることになる。(どうしてかというと普通の日本人は日本労働教徒であり、日本労働教の教義を信じているからだ。)彼は、はずかしい思いをするのがいやだから、あんまり病院には行きたくなかったのだろう。


たぶんこの人の場合、「自分は働けない」という確信が何百回も何千回も頭の中をよぎったのだと思う……わずかな労働期間中に……。


父親の労働観は、日本人の労働観そのものだと思う。ぼくの言葉でいうと、「日本労働教」の「信者」だ。父親から「働かざる者食うべからず」という考えを押しつけられていたので、「なら、食わないで死ぬ」ということを選んだのではないかと思う。

この推理は、自分でもあたっていると思う。父親が生きているあいだ、父親から日本労働教の価値観を押しつけられたので、実質上、働けない彼は「なら、食わないで死ぬ」という決心をしていたのではないかと思う。これは、たぶん、何回も何十回も何百回も決心したと思うよ。あるいは、何千回か? (話しあい? 説教のなかで、何回もこういう決心をしていたのではないか?)

要するに、「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ。これがどうしてわからないのか? 「どうして助けを求めなかったのか」なんて、疑問がわくこと自体がおかしい。彼は、働けるように見えても、実際には働けない人間だった。

働けない人間に対して「働け」と説教する人間がいる。そして、その人間のほうが正しいと認知されている。彼らは「働かざる者食うべからず」という考えを持っているので、そういう考えを、彼に押しつけたのだろう。それに対する彼の答えが、餓死だったのだ。なんでこんな簡単なことがわからないのか?

・「事実上、働けないから働かないのか? 働けるけど働きたくないから働かないのか?」ということについては、「無職の現象学」でとりあげているので、興味のある人は読んでください。

・心療内科や精神科を含めて、医者に行きたくないという気持ちと、行政に助けを求めたくないという気持ちは、似通ったところがあると思う。おなじところから出発している。

・自分の力でなんとかしたい」 というのは、ただのポーズだ。人を追い返すために、そう言っていたにすぎない。ほんとうに自分の力でなんとかしたいと思っていて、なおかつ、そうできると思っているのであれば、何回でも就職活動をしたはずだ。
最後に勤めたところをやめたあとは、たぶん何十年も就職活動をしてないのではないか。これは、失望の深さを物語っている。「自分は働ける」と思っている人は職を探すけど、「自分は働けない」と思っている人は職を探さない。彼の場合「自分は働けない」という確信が強かったので、死を選ぶしかなかったのではないかと思う。

・「自分は働けない」という確信は、実は働いているときにしょうじたのではないかと思う。この確信の深さは、普通の人には理解できないと思う。普通の人だってもちろん、いやな思いをして、それを我慢して働いているという部分はある。

しかし、たとえば、「つらさ」の「つらさ」がちがうということが考えられる。「我慢できる」か「我慢できないか」がちがう。おなじようにつらいと思っているのであれば、たしかに、彼は我慢がたりず、「できない(働けない)」というのは甘えだということになる。

けど、じゃあ、「俺だってつらい思いをして働いている」「だれだって、我慢して働いている」と言う人が、飢え死にするつもりがあるかというとそうではないだろう。彼は実際に飢え死にする方を選んだ。「いやだ」と思う気持ちが、強烈に強い。繰り返しになるが「だれだって、我慢して働いている」と言う人は、実際に仕事をやめて、飢え死にするつもりがあるだろうか。たぶんない。ないから、働いている。飢え死にする覚悟ができてしまうほど、働きたくないのであれば、それはもう、「働けない」状態だ。

・「だれだっていやな思いをして働いている」「どんな仕事だっていやな部分はある」と言われていたのだろうと思う。彼は、彼の父親から、言われていたのだと思う。彼の父親の「つらさ」と彼の「つらさ」は「質」も「量」がちがうのである。

実際には、彼を追い詰めたのは、彼のことを心配していた彼の父親だが、世間的には彼の父親の発言は正しいと思われていると思う。皮肉なことに自分の息子を自殺に追い込んだか? 「働けない」人間に、どれだけ働けといってもむだだ。「働けない」のだから。「働かない」のか「働けない」のかは大きな問題だと言っているだろ。(無職の現象学を参照のこと)

・「自分でなんとかしたい」というのはただのポーズで、実際は、「自分ではなんともできない」と深く思っていたから、実際に働こうとするアクションを起こせなかった……というのが、ぼくの考えだ。(資料集めぐらいはするけど、そこで果てて、実際に働くところまでいかない)。

・とりあえず、生活をたてなおすために援助を受けたとしても、その先に「働くこと」がひかえているのであれば、彼にとっては地獄が続くことになる。「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します」とか全部、くるしいポーズだと思う。まあ、本人もそういう希望をちょっとは持っていたのかもしれないけど……。「援助を求めましょう」と言う人たちと別れて自分の部屋に戻れば、「つよがりを言って、追い払ってしまった」と思ったこともあったかもしれない。

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だから、自殺防止のためには、あるいは飢え死に防止のためには、「働け」という圧力をかけないということが必要になる……わけ。
まず、「働けない」のか「働かない」のかをみわける必要がある。「働けない」のであれば、働け圧力をかけるべきではない。
まあ、これが結論。

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html
リンク先が削除されると、なんのことかわからなくなってしまうので、ちょっと貼り付けておきます。

56歳 ひきこもり衰弱死
2019年8月7日 22時15分

寒さが厳しさを増していた去年の暮れ、56歳の男性が一人、自宅で亡くなりました。死因は低栄養と低体温による衰弱死。「ひきこもり」状態が30年以上にわたって続き、両親が亡くなったあとも自宅に取り残されていました。家族や近所の住民、行政など周囲の人たちが気にかけてきたにも関わらず、「自分でなんとかしたい」と頑なに支援を拒んでいました。それぞれの立場の人たちが男性に関わりながらも、その死を止めることが出来ませんでした。(クローズアップ現代+ディレクター 森田智子)

自分の力でなんとかしたい 56歳の衰弱死
私が男性に出会ったのは、去年11月中旬。ドキュメンタリー番組の制作のため、横須賀市の自立支援の担当者に密着取材していた時のことでした。

「ガリガリにやせて衰弱している男性がいる」と市役所に情報が寄せられて訪問したのが、伸一さんでした。

寒空の下、伸一さんは、肌や腹部が見えるほどに破れた服を着ており、露出した体は肋骨が浮き出るほどにやせ細り、足下もふらついていました。

栄養失調の症状が見てとれたため、「生活を立て直すために一緒に病院に行こう」と担当者が語りかけました。

しかし、伸一さんは「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します。亡くなった父親にそのように言われていましたので」と言っては、支援を拒み続けていました。
その後、市の担当者は、数日おきに食料を持って伸一さんを訪ねて説得を続けました。

しかし、伸一さんは、雑談には応じるものの、病院に行くことは頑なに拒み続けました。

初めの出会いから1ヶ月半後の12月の末、伸一さんは自宅で息を引き取りました。

訪問した担当者が、伸一さんが姿を見せないことを不審に思い警察と室内を確認したところ、亡くなっているところを発見したのです。

56歳という若さでありながら、死因は栄養失調による衰弱死でした。
英語を使った仕事に就きたい 夢破れ“ひきこもり”に
なぜ、伸一さんは自ら死へ向かっていったのか。伸一さんには残された家族が1人だけいることがわかりました。

タクシー運転手をしている、弟の二郎さん(55)。
取材を申し入れると、「ひきこもりで悩む人たちの役に立てて欲しい」と応じてくれました。

二郎さんは、両親と兄の伸一さんと4人で暮らしていましたが、11年前に両親が亡くなった後、家を出ました。

その後、二郎さんは結婚し、伸一さんとは疎遠になっていたと言います。


兄・伸一さんが最期を過ごした実家の片付けに通っていると聞き、同行させてもらいました。

誰も住まなくなった自宅の庭は草木に覆われ、建物を覆い隠すようにツタが張っていました。
家の中は、まともな食事を取っていなかった伸一さんが、食事の代わりに口にしていたと見られるせんべいの袋やペットボトルなどの大量のゴミが散乱していました。
その一方で台所には、母親がよく使い込んでいたであろう鍋やフライパンがぶら下がり、黒板には、「水タキ、スブタ、シチュー」などと日々の献立が書き記されており、生活の息づかいはそのままに時が止まっているようでした。
室内の様子は、かつて両親が健全だったころ、そこに家族の営みがあったこと、その後、一人になった伸一さんの生活が一変してしまったことを鮮烈に物語っていました。
伸一さんの自室に足を踏み入れると、学習机の棚にはほこりをかぶった英語の教科書や、大学受験の進学先を探すための情報誌などが並んでいました。
弟の二郎さんによると、伸一さんはもともと社交的で、冗談を言っては家族を笑わせていたといいます。

変化が訪れたのは、高校卒業後。伸一さんは「英語を使った仕事に就きたい」と、英文学科がある大学への進学を希望していましたが、学力がふるわず浪人生活を送るようになりました。
その後、進学をあきらめて書店の営業や医療事務など複数の仕事に就きましたが、どれも長続きしませんでした。

次第に社会との接点を持つことがなくなり、ひきこもり状態になっていきました。
食事をとらず、医療や支援をも拒み、「生きること」そのものを拒否しているようにすら見えた伸一さん。なぜ助けを求めることをしなかったのか。

本人は語ることがないまま亡くなりましたが、それを知る手がかりが家の中に残されていました。

伸一さんの父親が20年にわたって書き記していた日記です。
父親の日記の書き始めは、伸一さんが20代半ばのころ。病気で仕事を退職した父親が、伸一さんと四六時中同じ家で過ごすようになり、一家の長として「働かない息子を何とかしたい」と葛藤する様子が書かれていました。
「伸一、これから先いったいどうするのだろう。(中略)何か少し忠告めいたことを口にすれば“他人に迷惑をかけている憶えはない”“俺がどのように生きようと勝手だ”と反発が返ってくるのみ」

「夕飯後また伸一と口論。なるべく口にしないように心掛けているんだけどついつい」
「家庭内がだんだんぎくしゃくしていく。どのように対処すべきかさっぱりわからない」
支援拒否の背景に「働いていない」後ろめたさ…?
働いてないことを繰り返しとがめたことで、伸一さんと父親の関係は悪化していきました。

伸一さんは、次第に手洗いや戸締まりの確認を繰り返すなどの行動が目立つようになり、家族を避けて昼夜逆転の生活を送るようになりました。この頃から伸一さんは、食事も極端に制限するようになっていました。
父親には、その姿はまるで「働かざる者、食うべからず」を体現していているように映っていたようです。
「最近は伸一、一緒に食事をしたことがない。やはり働きのないことが気になっているのか」

「最近は食事時のおかずもあまり食べない。やせ細って命を絶つつもりか」
年々頑なになっていった伸一さんは、家族が何度も説得しても、決して病院にかかろうとしませんでした。
晩年、父親は末期がんを患い、母親に認知症の症状が現れ始めます。

父親は、息子、伸一さんの行く末を案じていました。
“このまま家庭を残して死んでいくのは、心残りもいいところだ”“小生がまだ少しは動けるから買物等も出来るが、小生が動けなくなったら我が家、どうなるんだろう”
支援の枠からこぼれ落ちた一家
家族の力だけではもはやどうすることもできない状態にあった伸一さん。

弟の二郎さんはたびたび公的支援に救いを求め、複数の支援機関に相談に訪れていました。

しかし、行政が支援に乗りだそうとしても、伸一さんのようなケースには手を差し伸べることができませんでした。

高齢者の介護の支援などを行う、地域包括支援センター。11年前、二郎さんから、「認知症の母親に介護を受けさせたい」と相談を受けたのが、千葉順子さんでした。
このとき二郎さんからは、ひきこもりの兄がいることも伝えられました。

しかし、センターが支援の対象とするのは、あくまで65歳の高齢者です。

高齢の母親は対象になりますが、伸一さんは直接の支援対象ではありませんでした。
千葉さんは、まずは母親に介護サービスを受けてもらいながら伸一さんとも接点を持ち、救済の方法を探ろうと考えていました。

しかし、サービスを受けてもらう前に母親が死亡。その2か月後には、父親も亡くなりました。

支援対象となる高齢の両親が死亡したことで、千葉さんは伸一さんと関わるすべを失ったと言います。

その後、残された伸一さんのことは気がかりだったものの、こうしたケースをつなぐ機関も思い当たらず、一家との関係は途絶えました。

「やっぱりどこかにつないでおくことが大事なのかな。ただそのつなぐ先がまだまだ充実していない現状はあると感じています」
それでも生きていて欲しかった 介入の壁
両親の死亡により地域包括支援センターとのつながりが途絶えた二郎さん。

その後、「伸一さんを無理にでも入院させて、生活を立て直して欲しい」と、保健所に相談していました。

しかし、兄・伸一さんの状況を確認した医師からは「入院が必要なレベルには達していない」と言われたと言います。

精神保健福祉法では、患者の人権を守るため、本人の意志がない限りは、自傷行為をするなど本人の命に危険が及んでいたり、周囲に危害を与えたりする可能性がない場合、強制的に入院させることはできません。

伸一さんはおとなしい性格で会話もでき、周囲に迷惑をかけるようなこともありませんでした。

しかし、二郎さんの目には、当時の兄・伸一さんはすでに栄養状態が極めて悪く、直接的な自傷行為こそないものの、ゆるやかに死に向かっているように映っていました。

あの時、入院させられていたら、命を救えたのではないか。そうした思いがぬぐえないと言います。
「兄の場合は、やはり、窮迫していたと思います。もう命が切れかかっているといいましょうか。命が先か、それとも人権を守るということかっていうと、まず、命の危険が差し迫ってるんだったらば、命を救うことが先なんじゃないかなと思います」
行政の支援の隙間に落ちてしまった兄、伸一さんを救う術は本当になかったのか。

また、家族として、十分向き合ってきたと言えるのか。

二郎さんは、深い後悔の念に駆られています。
「世間様から褒められるということもなく、家庭を築くということもなく、あまり生産性という面では社会に寄与しなかった人ですけど、弟の身からすれば、それで生きる価値がなかったとは思いたくはないので。どういう形であれ命は長らえてほしかった気持ちはありますね」
手を差し伸べる“誰か”がいる地域作りを
私がこれまでに取材をしてきたひきこもり当事者の方の多くは、仕事に就いていなかったり、子どもを生んでいないなどといった「社会に貢献できていないのではないか」という負い目に苦しみ、今もそこから抜け出せずにいます。

「助けて欲しい」という声を上げることは、死ぬことよりも難しい。それが、彼らの直面している現実です。

今回の取材の中で、伸一さんに関わった関係者の多くが「せめて“誰か”が気にかけているというメッセージを継続して送り続けられていれば、最後の最後で頼ってもらえたかもしれない」と話していました。その「誰か」は誰でもよかったのだと。

しかし、実際には職域やプライバシーを超えてまで、その誰かになろうとする人はなかなかいません。

そうした中で、伸一さんはひきこもり、その末に「死」へと向かっていきました。

手を差し伸べる「誰か」が確実にいる地域を作り、困ったときに声を上げられる居場所を確保していけるのかが、問われています。

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。