2019年8月3日土曜日

毅然とした態度でナイフを投げたら、やめてくれたのか? ポジティブ思考が、やられたやつをさらに追い込む

工事の人がきているけど、ヘビメタ騒音で憂鬱だ。この、雰囲気。この雰囲気の繰り返し……。これで鬱にならないわけがない。

けっきょく、ポジティブ思考だなんだと言っているやつは、気違いによる……気違い家族による十数年も続く気違いヘビメタ騒音を経験してない。

まあ、ポジティブ思考の人は、そういう気違い家族を説得して、やめさせることができるのだろう。うちにはもうひとり気違い家族がいるのだけど……。

法的にどうこうするというとができないんだよ。特に、俺が小六の時は……。……やっぱりおかしい。……親父も兄貴も頭がおかしいから、まったくなにも気にしない。……そういう日常だ。日常として成り立っているのだから、ひっくり返すとしたら、殺すしかない。……やめるわけないだろ。

あれ、ほんとうに、俺が(兄貴を)ナイフで刺せばやめてくれたかというと、そうじゃない……と思う。そういう「頭」じゃないんだよ。刺されたから、反省してやめる……あるいは、痛かったからやめる……そういうことはない。生きていれば、もっと意地になってやる。うち……だから。うちなので……。

(他の人は)ほんとうに頭がおかしい人の態度がわかってない。(刺したあと生きている場合ね)。気違い兄貴の説得のほかに、気違い親父の説得も必要だったんだぞ。気違い兄貴がやっていることは、気違い親父がやっていたことのコピーなんだぞ。

そして、気違い親父はそのことにまったく気がつかないし、自分が関係あると思ってないんだぞ。それは、どれだけ言っても、その都度、怒るだけで、(親父には)兄貴の騒音をどうにかしようという気持ちがない。

『うるさいと思っているよ』なんて言いながらも、じゃあ、兄貴に注意するかというと、(そういう時)兄貴に注意したことは一度もない。(注意したのは家族会議の時だけ)。(家族会議で、ひとこと「やめてやれ」と言っただけなのだけど、それは、俺が交渉のテーブルを作ったからだ。

で、それだって、どれだけ言ったって、けっきょく、三年間はひらかれない。ずーっと言ってたって入試の直前に、しかたがなく、ひらいただけだ。で、親父は、『言ったら』それでおしまいだ。そのあと気違い兄貴がずっとヘビメタを鳴らしていても、なにも感じない。(外に出て行ってしまったけど……。たぶん行き先はパチンコ屋だ)

ともかく、この雰囲気……。なにがポジティブ思考だ。ふざけんな。気違い兄貴も、気違い親父も、ポジティブ思考の持ち主も『こうしん(亢進)』している。人のことなんて考えてないんだよ。考えるとしても、そいつのやり方で考えるしかない。そいつの頭で考えるしかない。

そいつの頭が、他の人のことを考えられない頭(考えることができない頭)だったら、どれだけ考えたって、そいつのやり方で考えているだけで、肝心なことはなにひとつ考えられないんだよ。

そういう相対性が成り立っている。考えるとしたらそいつの頭で考えるしかない。……そいつが、そいつのレベルで、よく考えて、これは気にする必要がないと判断したら、そうしてしまう。そして、『こうしん(昂進)』しているやつは、夢中になってそうする。

「刺さっても良いから、ナイフを投げつけて抵抗することがたいせつだ」なんて言うやつがいるんだよ。そういうこともたいせつだけど、気違い親父と気違い兄貴には通用しない。俺がナイフを投げたから、刺さらなかったけどやめてやろうとか、そういうことは絶対にない。刺さったら刺さったでやめるわけがない。自分がやっていい心的な理由を得て、ガンガンやる。「やめる」ということは、選択しにない。ナイフを投げられたから、やめる……(相手がそういうふうに真剣だったということがわかってやめる)なんてことはない。

だって、ほんとうにわかってないもん。こっちが、怒って、投げたって、そのとき刺さらなければやめないし、刺さってもやめない。退院したら、絶対の意地で、いつも通りに毎日やる……。これが気違い親父と気違い兄貴の態度だ。そういう頭だからそういう反応をする。ナイフで刺されたので、相手が本気だということがわかってやめる……そんなことはない。

まあ、ナイフで刺してないけどね。ナイフじゃないけど、「やめろ」と言って、ビー玉や板や爆竹を思いっきり投げたことがあるけど、やめてくれなかった。あれ、ナイフを投げればよかったのか? 刺さればやめてくれたのか? 刺さらなくてもやめてくれたのか 刺さって、死んだ場合しかやめてくれない。

けど、その場合 俺は、どうなる? よく考えずに、あらがえって(興奮して)投げたということになってしまう。けど、それにいたるまでに、何千日、俺がやられていると思っているんだ? ふつーにやられているんだぞ。毎日やられているんだぞ。こんなの、ない。それに耐えて生きていて……それで、ヘビメタ騒音を経験しなかったやつに、えらそうなことを言われる。そういう立場に追い込まれる。これも、ごくふつーに毎日そういう立場に追い込まれていくんだからな。こりゃ、死ぬしかないという話になるだろ。(心理的にはね)。

だって、自分の人生がかかっているのだから。自分の人生がかかっている騒音なのだから。これは、動かせない。騒音を鳴らされれば、……その騒音が気違い兄貴のヘビメタ騒音であれば……どうしたって、睡眠障害になる。そして、勉強することができなくなる。趣味に関する行動もできなくなる。また、これだって!……『自分の人生がかかっている』ということに関してだって……そんなのは考え方をかえればどうにだってなる……と言うのだろう。こういうくそ理論が、どれだけ俺を追い詰めたか? こういう、くそ理論。

「刺さるか刺さらないかわからないけど、とりあえず、投げて毅然とした態度を見せることがたいせつだ」なんてことを言うんだよ。で、実際に刺さったら「もっとよく考えてから行動するべきだ」みたいなことを(そいつらは)言うと思う。しかも、(兄貴の場合)刺さった「から」やめてくれるというわけではないと思う。刺さったって、やめないやつはやめない。これが、たぶんだけど、普通のいじめっ子と、気違いのいじめのちがいなんじゃないかな。頭がおかしい人は、刺さったあと、やめないと思う。

逆に、「やっていい」理由を得たと思うと思う。だから、やり続ける。あるいは、前にもましてやり続けると思う。健常者が健常者をいじめている場合と、サイコパスが健常者をいじめている場合はちがう。

やめないよ。あいつらは……。だって、自分がやっていることがわかってないから。健常者がいじめている場合は、口でなんと言っても、自分がいじめているということが、ほんとうはわかっている。サイコパスは、わからない。

それは、たとえば、兄貴の場合、いじめてやろう、くるしめてやろうと思ってヘビメタをデカイ音で鳴らしているわけではないので、根本的にどれだけ言われてもわからない。目的がちがう。健常者がだれかをいじめる場合は、いじめることが目的になっている。

で、それは、口では否定するかもしないけど、理解はしている。(健常者の場合は、自分はいじめてないと言うかもしれないけど(あるいは、そういう行為をしてないと言うかもしれないけど)わかっている。やったということは、わかっている。

サイコパスが夢中になってやる場合はそういうことはわからない。わかってない。そもそも、いじめだとは思ってないだろうしな。どれだけ、こまると言われても、相手がこまるということが根本的にわからない。

ビー玉も板も、目にあたれば失明したかもしれない。じゃ、失明したら反省して、気違い兄貴がヘビメタをやめてくれたかというと、やめてくれないと思う。失明したら、おまえが俺の視力をうばったのだから、ヘビメタをやってあたりまえだということになると思う。

気違い兄貴の頭のなかでは……。視力をうばったのだから、どれだけおまえ(弟)が本気でやめてほしいとしても、やるということになってしまう。『おまえだって悪いことを(俺にした)のだから、俺は、(悪いことをおまえにしていい』という、くそ感情だ。これが口実になって、やる。

痛い目をみたから、反省してやめる? 相手がどれだけ本気でいやなのか(体でわかったから)やめる? そんなことは、兄貴の場合あり得ない。だって、ヘビメタを鳴らしたいわけだから! 鳴らすとしたら、自分が満足できるデカイ音で鳴らしたいわけだから!! これがくずれるなんてことはないんだよ。その一五年間の話しだけどな。

そりゃ、気違い兄貴だって、一六年目には飽きるかもしれない。特に(ヘビメタを)デカイ音で聞きたいと思わなくなるかもしれない。けど、それは、一六年目以降の話しだ。聞きたいときは、聞きたいのである。弟がなんと言ってきても、聞きたいのである。自分が出したい音を出して聞きたいのである。

これに、命がかかっている。

刺されたら(相手が本気だということがわかって)静かにする? あり得ない。あり得ない。みんなほんとうに気違い兄貴のことがわかってない。気違い兄貴のことがわかってないのに、一般的なことをあてはめて考えて、断罪するな。

毅然とした態度で「やめろ」と言わなかったのが悪いとか、ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪いとか、そういう話しになっちゃうんだよな。

まあ、刺さった場合は、別の話になるんだけどさー。

そういう、『本気だということ態度で示さなければダメだ』というような話しは、健常者を相手にしたときは、文脈上、有効な場合があると思うけど、サイコパスを相手にしたときは、文脈上、無効な場合があると思う。

少なくても、「ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪い」なんて言うやつは、サイコパスと健常者のちがいなんて考えてない。「みんなだれだってそうだ」と考えていやがる。だから、ヘビメタ騒音にやられた俺を不当にバカにしている。

こういうことになっちゃうんだよな。相手がサイコパスだと。相手がサイコパスの兄貴(家族)だと。そういうふうに、ふつーに、まわりから追い込まれていく。

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今回の話しだって、どれだけのやつが理解できるか?
ふつーに考えれば、『毅然とした態度を見せるということがたいせつだ』『あぶないことをやる場合があるということを見せておく必要があるんだよ』というようなことのほうがうける。そういうレベルの心理学?のほうが受ける。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。