2019年8月5日月曜日

「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない


こっちにも書いてしまうけど、ヘビメタ騒音のことでむなしい。外に出るとき、いつも、ヘビメタ騒音のいやな雰囲気がするんだよな。いつも、だ。いつも。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、「うしろがみひかれる」思いがする。もちろん、いい意味ではない。悪い意味で、「やりのこしたことがある」ような感じがするのである。実際に、やり残したことがある。常にやり残したことがある状態で、外に出るわけだ。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、朝から気分が悪い。この気分の悪さというのは、なんとなくちょっと気分が悪いというものではない。また、「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない。ヘビメタ騒音「で」圧倒的に気分が悪い。体調が悪い。やり残したことがある状態で外に出なければならなくなる。このやるせなさは、実際に気違いヘビメタに五〇〇〇日間たたられないとわからない。わからないところで、「必要がない」とか言いやがる。


気違い兄貴の態度が異常なんだよな。他の人には絶対わからない。家族としておなじ家に暮らしていないとわからない。それは、親父のことでもおなじなんだけどな。これ、ほんとうに、「うちでは」非常識なことが成り立っているのに、外部から常識的なことを押しつけられてもこまるのだ。

気違い兄貴の異常なこだわりがわからない。他の人にはわからない。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように「みえて」しまう。けど、人生のなかで、おなじ分量だけヘビメタを鳴らされ続けたらわかるよ。おなじ期間、おなじ分量、ヘビメタを「あの態度で」で鳴らされ続ければ、わかる。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように見えるのは、人間というからだを無視しているからなんだよ。人間ならだれだって、気にする。外から見れば、「こだわっている」ようにみえる。他人だから、別の個体だから「ふようなこと」「ふひつようなこと」にこだわっているように見えてしまうのである。たとえば、水銀でからだが悪くなった人は、からだの調子が悪いということを認識しているはずだ。その場合、水銀を摂取したということが過去の出来事であったとしても、いま現在くるしいので、水銀でからだがだるいと感じる。水銀を摂取したということを気にする。

かりに、水銀を摂取したということを意識的に気にしないようにしても、それでからだがよくなるわけではない。気分だけで、からだの調子が悪くなっている人は、気にしないようにすれば、からだの調子がよくなるかもしれない。しかし、それは、別の話なのである。水銀でからだがだるのに、からだがだるいことを気にするのはおかしいという話にはならないだろ。ある人が、過去において水銀を摂取したとする。そして、水銀がからだから出ていかないので、からだがいま現在だるいとする。いま現在、からだの不調を感じるとする。その場合、「からだがだるいということにこだわっているからだめなんだ」と言うことができるだろうか? 俺はできないと思う。外から見て、不必要であると見なされる「こだわり」は、不必要なこだわりではないのである。「不必要なこだわりを持っているから」からだがだるくなるわけでもないのである。こういう基本的なことを無視して、あたかも、「こだわっているからダメなんだ」と言うことをいうやつらがいる。けど、そいつらだって、体重一キロに対しておなじ分量、水銀を摂取すればそういう状態になる。水銀を摂取した人が、水銀を摂取してしまったということに、こだわらなくても、からだがだいるのである。こだわらないようにすれば、からだがだるくなくなるというようなことを言うのは、間違っている。他人から見れば不必要なこだわりであるかもしれないけど、ほんにんにとっては不必要なこだわりではないのである。他人にとっては過去の問題であるかもしれないけど、ほんにんにとっては、いま現在の問題なのである。ほんとうにわかってないなぁ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。