ほんとうに、どうしようかなぁーー。めちゃくちゃに、響く。ヘビメタ騒音のことが、めちゃくちゃに、響く。
いろいろな、いやなことを思い出してしまうんだよ。ヘビメタ騒音関係なんだけどさ……。そして、なんか、生きているのが無意味であるかのように感じてしまう。
どうしてかというと、ぼくの一生が、ヘビメタ騒音にたたられた続けた一生だからだ。
ぼくにとって、ヘビメタ騒音はそういう騒音だ。けど、騒音の主は、鳴らしているときから、なにも感じないのである。全部の時間鳴らして、全部の時間無視しているのである。
ヘビメタ騒音をどうにかしようとしてやったことのうち、うまくいったことは、ひとつもない。ひとつもない。すべてが、マイナスだった。やればやっただけ、マイナス。日々の、マイナスがつみかさなる。
そして、今朝も書いたけど、よその人というのは、程度を考えないのだ。程度を低く見積もる。
自分が、この世で、一番嫌いな音が、爆音でずっと鳴っていたら、勉強なんてできない。ものすごく簡単な問題は、解けるけど、ががががとなっているうちに、ちょっと考えるというような感じで、うまくいかないのである。
ものすごく簡単な問題ですら、きちがいヘビメタ騒音が鳴っていない状態なら、三秒でとけるものが、三〇秒以上、かかってしまうのである。
その間、ずっと、ガガガガ、キーンキーンと鳴っている音と、格闘しなければならなくなる。ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ガガガガ、キーンキーン(〇・一秒考える)ということの、繰り返しだ。
これだと、考えている時間……ずっと、「うまくとけない」「うまくけとない」「もたついている」という感じがするわけ。
でっ、その感じが残るんだよ。
記憶してしまうわけ。
こういうことも、わからないやつが、「そんなの気にしなければいい」「こだわらなければいいいんだ」と言う。
こいつらが、「自分だってつかれることはある」「自分だって騒音ぐらいある」と言ったって、意味がないのである。
どうしてかというと、こいつらは、騒音の程度について考え違いをしている。実際に、自分が一番嫌いな騒音が、ずっと鳴っているという生活をしていないので、自分が一番嫌いな騒音が、ずっと鳴っているということが、どういう影響を与えるのか、ぜんぜんわかっていない。
そして、自分が一番嫌いな騒音を頑固に鳴らしているのが、自分家族だということがもつ意味もぜんぜんわかっていない。
経験がないからぜんぜんわかっていないのだ。
経験がある人なら、わかっているから…… 「そんなの気にしなければいい」「こだわらなければいいいんだ」なんて、絶対に言わない。
こいつらは、「絶対に言わない」ということすら、わからないやつらなんだよ。
トンチンカン野郎なんだよ。