2026年4月3日金曜日

●これが、度外れな家族にやられた人には、こたえる■社会※2026/03/31 3:22

 きちがい兄貴は、まったく気にしないで、きちがいヘビメタを鳴らしたわけ。

どれだけ、俺が「やめてくれ」と言っても、やめてくれなかった。

これが事実だ。きちがい兄貴は、俺がやめてくれと言ったことを、無視している。

俺は、そのとき、『やめてほしい理由』も言ったけど、きちがい兄貴は、こっち側の『やめてほしい理由』をこれまた、無視したのである。

きちがい親父のやり方で、きちがい兄貴が無視したのである。そして、こういうことは、正常な兄貴がいる家では、起こらないことなんだよ。

だから、「自分だって苦労した」と言う(正常な家族と一緒に住んでいる人は)ぼくが経験したような苦労をしていない。

そして、『へんな言葉』がはやっている。

「元気だ暖気だと言えば、元気になる」とか「努力をすれば成功する」とか「明るいことを考えれば明るいことが起こる」とかという言葉だ。

こういう言葉、一見正しそうなのだけど、正しくない。命題として考えれば、「偽」だ。ところが、こういうことを言う人たちは、こういう命題が「偽」であることを知らない。

説明しても、(この人たちは)兄貴のようにはねのけて、認めない。

世の中には、「前向きであるような発言」や「ポジティブであるような発言」が求められる。これが、度外れな家族にやられた人には、こたえるのだ。

「元気だ元気だと言っても元気にならない」のに「元気だ元気だと言えば元気になる」という前提でものを言ってくるやつらが多かった。

これが、きちがい的な家族にやられている人間にとっては、どれだけ負担か、言っている本人(主張している本人)には、わからないのである。

この人たちは、きちがい家族ではなくて、きちがい家族にやられているほうの悪口しか言わない。

これ、ほんとうは、ネガティブな発言なのである。

悪口なのである。

誹謗中傷なのである。

言いがかりなのである。

頭がおかしい決めつけを一方的にして、その基準に相手がたっしていないと理由で、説教し始めるやつらなのである。

一部の例外を除いて、精神世界の人やビジネス精神世界の人は『やられたほう』を悪く言うのである。

どうしてそうなるかというと、洗脳されているからだ。

この価値観……「前向きであることがよい」と言う価値観や「ポジティブであることがよい」という価値観は洗脳の結果、埋め込まれた価値観だ。

ほんとうは、ポジティブあることが、かならずしも、よいとは言えないし、前向きであることが、かならずしも、よいとは言えない。

けど、「無条件に、無思考に、よいことになっている」のである。

考えるまでもなく、「ポジティブであることがよい」とか「ポジティブであることがよい」とかと思っているのである。

そして、それを疑わない。

洗脳の結果だ。

神様の国では、こんなことは、起こりえない。

●きちがいヘビメタ騒音が続くと、ぼくの問題が発生するのである■騒音※2026/04/03 1:55

  親父と兄貴の、行為で、どれだけ俺が、傷ついてきたか。

どれだけ、ほかの人から見て、無能に見えるようになったか。ほんとうに、毎日の行為が影響を与えるのである。きちがい兄貴がきちがい兄貴ではなかったら、ほんとうに、あんなことは、起こらないのである。起こらないから、起こらない。

これは、ぼくの問題ではないのである。

ところが、毎日毎日、きちがいヘビメタ騒音が続くと、ぼくの問題が発生するのである。こまるのである。そして、能力がさがるのである。精神を破壊されるのである。憂鬱になるのである。人生がなくなるのである。

きちがい親父が、きちがい行為をしなければ、ネズミなんて入ってこないんだよ。そして、きちがい親父がきちがい的な意地で、俺の提案を否定しなければ、こんなことになっていないんだよ。俺が、きちがい親父の入院、転院の手続きをしながら、ネズミ対策をしなくてもすんだんだよ。

そして、いまも、ネズミが入ってきて、俺は、超・鬱な状態になっている。

どれだけ、心細い状態でネズミと戦っているか、わかるか?

ダニのことも、またスタートラインに戻ってしまった。

女の子のことだって、結婚だって、ほかの人が考えるようなことではないのである。これ、ほんとうに、きちがい兄貴のきちがい行為で、全部、ちった。

普通の状態じゃない。

関係、あるんだよ。

俺が一人で、ネズミと、(きちがい親父が残した家で)戦わなければならなくなる。

あれだけきちがい兄貴のヘビメタを聞かされ続けて、普通の気持ちで、女の子と付き合うなんてことはできないんだよ。

そして、通勤して働くということが、ほんとうに、できなくなった。

これだって、ほかのやつは、ヘビメタとは関係がないと考えるのだ。

そんなことはない。関係があるよ。

けど、ほかのやつらは、別に、ヘビメタを鳴らしたやつじゃないのだ。ヘビメタを十数年間ずっと、俺が、ずっとずっと毎日「やめてくれ」と言っているのに、鳴らし続けたやつじゃない。

そして、きちがい親父は、兄貴の騒音活動を、陰からささえていた。これだって、おかしなことなんだよ。あまりにもへんだから、ほかの人が、勘違いしてしまう。

「たいした音で鳴っていなかったから、ほかの家族が文句を言わなかった」と勘違いしてしまうのだ。

そんなことじゃないんだよ。

きちがい親父の態度というのは、ほかの人には、はかり知れないものがある。

2026年4月2日木曜日

●経験していない人が、勝手に「自分なら平気だ」と思っているだけ■騒音※2026/03/21 9:11

これ、ちょっと思ったから、ほんとうは、書くべきではないけど、書いておく。あとで、消すつもりだ。

言霊主義者に、一〇〇%詐欺のことを説明しても、なかなか理解してくれない。

あいつらにとって、ぼくは、他者だろう。

コミュニケーション障害者の特徴として「相手が言うことを、うまく理解できない」というのがあるのだけど、それを言うなら、言霊主義者だって(相手である)エイリ(俺)の言っていることをうまく理解できないということになる。

しかし、言霊主義者のほうが、多数派だ。

そして、きちがい兄貴のヘビメタ騒音にやられて、通勤通学ができなくなった俺は、特別な少数派なのだ。

そして、一般人には、無職に対する偏見がある。

そして、一般人には、ひきこもりに対する偏見がある。

偏見があるということは、そのことについて一括思考をしているということになる。たとえば、ひきこもりというグループ(集合)に対して、ひきこもりはコミュニケーション障害者だという偏見をもっている人がいたとする。

その人は、個別性を考えることなく、ひきこもりなら、コミュケーション障害者だと、自動的に思うわけだ。きちがいヘビメタ騒音にやられて、七年間、歯を食いしばって、通学していたら、通学ができない体になっていたのだ。そして、通勤もできない体になっていた。「まあ、どうにかなるんじゃないか」と思っていたけど、実際には、無理だった。高校を卒業したあとは、まだ、通えるつもりだったのだ。きちがい兄貴が鳴らしている時間、バイトをして、鳴らし終わったころ帰ってくればいい」というような、甘い考えもあった。実際には、きちがい兄貴は、土曜も日曜も、ガンガン鳴らすので、無理なのだ。そりゃ、もう、七年間やられたあとだから、無理なのだ。けど、こういう体の感覚も、実際にやられた人しかわからない。実際に経験した人しかわからない。ほかの人は、経験がないので、どうしても、軽く考えてしまう。自分ならそんなのは平気だ」と考えてしまう。けど、これは間違った考え方だと思う。証明はできないけど、ほとんどの人が、通勤通学できない体になると思う。ほんとうは、一〇〇%の人が通勤通学できない体になると言いたいけど、しかたがないから、ほとんどの人が通勤通学できない体になると思うとだけ、言っておく。しかし、ほんとうに、無理なんだよ。先行する七年間の重みがまったくわかっていない。経験していない人は、先行する七年間の重みがまったくわかっていない。こいつらは、わかっていないのだから「そんなのはあまえだ」とか「そんなのは、関係ない」とかと言う。そのあとに「俺だってつらい思いをした」と付け加えれば、同程度のつらい思いをしたということになってしまう。実際には、もちろん、経験していないのだ。実際に、通勤通学ができるぐらいのことだったんだろ」と言いたくなる。言うこともある。言えば、相手は怒ってしまうけどね。ぼくの経験の範囲で言うと、一〇〇%のやつが怒ってしまった。「自分だったら平気だ」「自分だって、(おなじ程度)のことを経験した」という前提でものを言ってくる。その前提に対して、俺が、「ちがうのではないか」ということを言うと、「たいていのやつ」ではなくて、「すべてのやつ」が、不機嫌になった。まあ、平たく言うと、怒ったよ。「なんだ!そんなのぉ!」という感じで、怒ってしまう。

いやーー。きちがい兄貴が、普通の人がやらないことを、頑固に七年間毎日やり続けたせいで、他人との間にこういうやり取りが発生してしまう。

「働くのが善だ」「働かないのは悪だ」という思考が蔓延していれば、俺が「ヘビメタ騒音で働けなくなった」と言えば、それで、人間関係が崩れる。「そんなのは関係がない」「そんなのはあまえだ」「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「お兄さんにちゃんと言えばしずかにしてくれる」「そんな音で鳴っているのに、家族がなにもしないなんておかしい(だから、嘘だ)」……こういう反応が返ってくる。

ともかく、七年間、日曜祭日も含めて、きちがい兄貴がやったことを、やる家族がいた場合、ほんとうに、通勤通学ができなくなる。けど、それを認めない人たちが、たくさんいる。ぼくの観察の範囲だと、ほぼ一〇〇%だ。その人たちだって、実際に!!やられたら、めちゃくちゃにつらい生活になって、七年間もその生活が続いたら、睡眠回路が崩れ、生活体力がなくなって、うつ病レベルの憂鬱な状態になり、通勤通学ができなくなる。ほんとうに、体力がなくなる。ぎりぎりのところで、ずっと、生活していた。ずっと、睡眠不足だった。睡眠不足で、生活するということが、どういうことを意味しているのか、「自分なら平気だ」と思っている人は、わかっていない。しかも、その時点で七年間も続いている。毎日続いている。これがどういう意味をもっているのか、経験した人じゃないとわからない。経験していない人が、勝手に「自分なら平気だ」と思っているだけなのである。けど、自分なら平気だと思っているので、「そんなのはあまえだ」「そんなのは、関係がない」と言ってくるのである。 

●よさそうな考え方が、じつは、抑圧システムと相互監視社会をつくっている■社会※2026/04/02 3:18

たとえば、「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいい」という考えをもっている人が、ブラック社長が、名前だけ店長にサービス残業を押し付けているとき、どっちの味方になるかという問題は、けっこうでかい問題なんだよ。

どうしてかというと、これが、精神世界全体に成り立っているからだ。

そし、精神世界だけではなくて、努力論や自助論といったビジネス精神世界にも、成り立っている。

ようするに、社会で「よし」とされていることが、運用の場面では、悪い効果をもっているということになる。

一見、よさそうな考え方が、じつは、抑圧システムと相互監視社会をつくっているのだ。

そして、条件が悪い人が、より、くるしみ、条件がいい人が、よい思いをするということになっている。

支配者階級、特権階級、特権階級よりちょっと下の階級(準特権階級)……こういう階級の人たちが、「とく」をして、条件が悪い人が、「そん」をすることになっている。

そして、それをつくりだしている人たちが、一見、良心的な人たちだというところが問題なのだ。

「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいい」という考えについては、すでに説明した。「明るいことを考えれば、明るいことが起こる」「暗いことを考えれば暗いことが起こる」とという考えについて考えてみよう。

「明るいことを考えれば、明るいことが起こる」「暗いことを考えれば暗いことが起こる」と考えている人は、ブラック社長が、名前だけ店長にサービス残業を押し付けているとき、どっちの味方になるかというと、ブラック社長の味方になるのだ。

「明るいことを考えて、頑張れば、明るいことが起こるから、頑張ればいい」ということになってしまう。名前だけ店長の言っていることは、暗いことなので、だめだということになる。

名前だけ店長は、「もう無理だ」と言っている。暗いことだ。その場面では、名前だけ店長は、「できない」ということを言うわけだから、当然、暗いことを言うことになる。

「もう、無理だ」「できない」とネガティブなことを言うことになる。

名前だけ店長は「このままでは、ダメだ」ということを言うことになるので、ネガティブなことを言っているということになる。名前だけ店長は、ネガティブなことを考えているということになる。

当然、「明るいことを考えれば、明るいことが起こる」「暗いことを考えれば暗いことが起こる」と考えている人は、「できると言えばできる」と「明るいこと」を言っているブラック社長の側に立ち、ブラック社長の味方をすることになる。

名前だけ店長に、明るいことを考えて、このまま、続ければいいということを言うのだ。

これも、「できると言えばできるから、できると言って頑張ればいい」ということの別バージョンだ。

「ネガティブなことを考えると、ネガティブなことが起こる」と考える人は、実際につらい思いをしている人を攻撃することになる。

攻撃する側に加勢するのである。

やる側の人と、やられる側の人を考えた場合、ネガティブなことが起こると考える人は、やる側の人を応援するのである。

押し付ける側と押し付けられる側のことを考えた場合、「よさそうなこと」に酔いしれている人は、実際の場面では、押し付けるほうに味方をするのである。

押し付けられるほうが、くるしんでいても、それは無視して、押し付けられるほうが、もっともっと、くるしむことに賛成するのである。

これは、たまたま、発生することではない。

システムとしてそうなっている。

基本的には、「一括思考」と「自分を対象とした思考から他人を対象とした思考への移行」がある。「自分を対象とした思考から他人を対象とした思考への移行」は個人のなかのことなのだけど、移行することがあらかじめ想定されている「きれいごと」なのである。

「明るいことを考えれば、明るいことが起こる」「暗いことを考えれば暗いことが起こる」という考え方だって、それを聴いたときに「その通りだ」と思った人は、他人を対象する用意ができあがっている人なのだ。

ようするに、たいていの場合、自分から他人への移行が発生する。

そして、「助言をすることはいいことだ」「いいアイディアを教えてあげるのはいいことだ」という気持ちがあるので、『やられているほう』を攻撃しているつもりは、発生しない。

ようするに、本人の認知としては、「いいことをしている」ということになる。

ところが、実際には、押し付けるほうに味方をして、押し付けられるほうに、敵対するということになる。

悪いことをしているほうの味方になってしまうのである。

しかし、こういうことをしている人たちは、悪いことをしているほうの味方になったという認識がない状態なのである。

これは、まずい状態だ。

こういうことになるということを、見込んで、『やられているほう』を攻撃しているつもりなどは、発生しない。というような、一見正しそうだけど、間違っている教えを、つくっておくのだ。

洗脳の道具なのだ。

一見よさそうな考え方(教え)が、じつは、現実の場面では、悪い教えとして作動してしまうのである。

精神世界やビジネス精神世界の教えは、一見よさそうなのだけど、悪い教えだ。

まあ、わからないかな。

2026年4月1日水曜日

●そういう、ズレが常にあるんだよ■騒音※2026/04/01 9:26

  ヘビメタが鳴っていると、人格的なことでも、能力的なことでも、誤解を受けるようにできているのである。

きちがい兄貴が、きちがい的な意地で無視したことというのは、これなのである。

もちろん、きちがい的な意地で、自分がでかい音で鳴らしているということを、無視して鳴らした。

そんなことは、ほかの人にはできない。

ほかの「普通の人」にはできないことなのである。

だから、ほかの人は、家族がそういう人間ではない人なのである。きちがい兄貴が、俺に押し付けてきたものというのは、人生的なものだ。きちがい兄貴が俺に押し付けてきたものは、きちがい親父が俺に押し付けてきたものより、はるかにはるかに、大きい。

けど、それが、きちがい兄貴にも、普通の人にもわからないのである。

親友ですら、わかってくれなかったというのがある。ヘビメタ騒音を実際に体験していないと……自分がこの世で一番きらいな音が、ガンガンガンガン、鳴っている毎日を数千日体験しないと、ほかの人との間に、どうしても、どうしても、トラブルがしょうじるということが、わからないのである。

きちがい兄貴にも、ほかの人にも、わからないのである。ほかの、普通の人が、みんなみんな、わかっていないのである。これが、どれだけむなしい状態か、わかるか?

ともかく、うまくいかないことになるのである。

けど、ほかの人は、ヘビメタ騒音に実際にやられているわけではないから、ヘビメタ騒音のことは無視するのである。

俺の説明を聴いても、そんなに大きな影響はないだろうと思ってしまうのである。他人がすべてそういう態度だとしたら、他人のそういう態度の総和自体が、俺にとって、むなしいものなのである。

「説明することができない」「むなしいこと」なのである。

「説明」はしているけど、実際に、おなじようなレベルの騒音生活を経験しないと、わからない。

どういうところで、「こまった状態になるのか」ほかの人は、まったくわかっていない。

言霊主義者が、俺に対して「できないと言うから、できない」とか「できると言えばできる」と言ってくるということ自体が、めちゃくちゃにこまったことなのである。

これが、言霊主義者にはわからないでしょ。

そういう、ズレが常にあるんだよ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。