「これをやると運があがる」と思っている人が、善意で「これをやれば、運があがる」と人にアドバイスをすることがある。
その人のなかでは「ほんとうに、そう」なのである。
真実なのである。
「実際にそうなった」ことなのである。
しかし、「これをやること」と「運があがること」のあいだに、因果関係があるのかというと、わからないのだ。
「運」というのは、現実の写し絵であって、なにか、固有の能力ではない。「運がある人」というのは、神様視点で、運がある人のことではなくて、個人個人の視点から見て「運がある人」に見えるだけなのだ。
どうして、本人やほかの人が、その人のことを「運がある人だ」と思うかというと、現実が関係している。勝負に勝ってきたから、運がある人に見えるだけなのだ。さきのことではなくて、実際には、過去の結果を見て、判断している。
逆に、勝負に負けてきた人は、運がない人に見えるのである。これも、勝負に負けてきたから、「運がないのだろう」と推測しているだけなのだ。
推測の「もと」になっていること……は、過去の結果だ。
過去において「勝率が高い人」は「運がいい人」に見えるし、過去において「勝率が低い人」は「運が悪い人」に見えるだけなのである。
だから、固有の運というのは、ない。
勝手に、「結果」を「運」のせいにして、結果がいい人を「運がいい人だ」と表現して、結果が悪い人を「運が悪い人だ」と言っているだけなのだ。
何度も言うけど、「運」というものは、現実の写し絵だ。
現実の結果から、「運」なるものを、想像しているだけなのである。