2026年3月1日日曜日

●言霊理論が正しいのであれば、働く必要なんてない■言霊※2026/03/01 7:02

ある言霊主義者が「人は働くべきだから、エイリさんも働いたほうがいい」と言ったことがある。俺が「ヘビメタ騒音で働けなくなった」ということを説明したあとだ。

言霊主義者が、ほかの人に、働くことをすすめるというのは、ある程度おかしなことなのである。

どうしてかというと、「二日以内に、エイリさんが働くようになる」と言ってしまえば、二日以内に、エイリの意志に関係なく、エイリが言霊の力によって、働くようになるからだ。

そして、たとえば、「働ける」とぼくが言えば、ぼくの過去に関係なく……そして、ぼくの現在の状態に関係なく「働けるようになる」のである。

もっとも、ぼくが働けると言ったにもかかわらず、働けない場合は、「エイリさんの言い方が悪いから、働けるようにならない」ということになるのだ。

「言い方が悪いから、だめなんだ」ということを言い出す。言霊には、だれだれが言わなければならないという制限がない。もっと言ってしまえば、言霊には、本人が言わなければならないという制限がない。

だから、だれかの代わりに、言霊主義者が言ってしまえば、それで、だれかが、そのようになるのである。

たとえば、言霊主義者のAさんが、「一日以内に、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをする」と言えば、アメリカ大統領のドナルド・トランプは、アメリカ大統領のドナルド・トランプの意志に関係なく、Aさんの「言霊の力によって」……これこれのことをするのである。

言霊主義者は、すべての人を動かすことができるのである。

ところが、そんなことは無理なのだ。

だから、「言霊理論は正しい」という考え方は、間違っている。

以前、思霊の話で「のび太が、ジャイアンをして、のび太をなぐらせる」ということを書いたけど、おなじことが、言霊にも成り立っている。

言えば、他人を自分が思ったようにあやつることができるのである。あやつれなかったら「言い方が悪かった」ということになる。

ところが、言ってしまえば、どれだけ言い方が悪くても、言霊の力が発動してしまうのである。どうしてかというと、「言えば、言ったことが、言霊の力によって現実化される」からだ。これが、わかっていないのである。

言霊主義者は、いくらでも、おカネをつくりだことができる。おカネだけではなくて、ともかく、欲しいものはすべて、言霊の力によって、出すことができるのだ。

言霊の力によって、現実化されるのである。

とりあえず、「まるまるが、目の前に出現する」と言ってしまえば、それで、出現することになる。

このようなことが可能な社会において、銀行とか、銀行口座というものがどういう役割をするのかは、ちょっとわからないけど、ともかく……「自分の銀行口座に一〇〇万円が振り込まれる」と言えば、自分の銀行口座に一〇〇万円が振り込まれるのだ。

このような社会においては、働くことというのは、必要なことではない。働けないと言っている相手に、働くことを求めるということ自体が、おかしなことなのだ。

*     *     * 

言霊主義者が、働きたいなら、働けばいいのである。

言霊主義者が、ある他人を働かせたいなら、「ある他人が働く」と言えば、働くことになるので、「ある他人が働く」と言えばいいだけのことだ。

言霊の力によって、その他人が働くことが、現実化されるだろう。

とりあえず、おカネをもらわずに、働く行為をするということを、ボランティアをするという言葉で表現をするとする。

その場合、「人間は働くべきだから、エイリさんも働いたほうがいい」とエイリに言った言霊主義者は、ぼくに、ボランティアをすすめているわけではなくて、働くことをすすめているのである。

これは……実際に、その言霊主義者がすすめているのは、「働く行為をする」ということではなくて「経済的な自立だ」ということを意味している。

これもおかしなはなしだ。

「三秒以内に、エイリが経済的に自立する」と言えば、それで、エイリは、三秒以内に、経済的に自立するのである。

その言霊主義者はエイリが経済的に自立していないことに、腹を立てていたのだ。

あるいは、『それは、いけないことだ』と考えていたのである。

言霊主義者なのだから「エイリが経済的に自立する」と言えば、それでおしまいなのである。

エイリがいないときに、天に向かって、その言霊主義者が「エイリが経済的に自立する」と言えば、それでおしまいなのである。

ぼく(エイリ)を説得する必要なんてないのである。

ぼくが……「ヘビメタ騒音の影響で、通勤して働くことはできない」と言っているのに、それを無視して、通勤して、働くことをぼくに求めるというような愚行を、どうしてするのだろうか?

その言霊主義者は「言霊は絶対だ」と言っていたやつなのである。

なんで、言霊を使って、問題を解決しようとしないのか?

そもそも、言霊が絶対であり、言霊理論が正しいのであれば、働く必要なんてないのである。

*     *     * 

言霊主義者や普通の人は、ヘビメタ騒音の影響を過小評価するのである。言霊主義者や普通の人は、ヘビメタ騒音の影響を無視するのである。

俺がどれだけ、「ヘビメタ騒音の影響で、働けなくなった」ということを説明しても、それは無視なのである。

無視されてしまうのである。こいつらの、こういう態度!

ほんとうに、頭にくるよ!!

しかも、自分が矛盾したことを主張しているということが、わかっていないのである。こんなやつばかりだ。

*     *     * 

ヘビメタ騒音生活のひどさがわかっていないから、ヘビメタ騒音生活のひどさを無視する。

ヘビメタ騒音のひどさがわかっていないのは、ヘビメタ騒音生活を一倍速でしたことがないからなのである。

五〇〇〇日間、ヘビメタ騒音生活が続いたとき、体がどういう状態になるか、理解してないから、「ヘビメタ騒音なんて関係がない」と決めつけてしまう。

こいつらだって、自分にとって苦手な音が爆音で、ずっと何時間も何時間も、毎日、鳴っているような状態で暮らしたら、通勤通学ができなくなる。

実際に、自分が自分の体で経験したことじゃないから、わからないだけなのである。

こいつらがみんな……ほんとうに、みんな……「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」と言って、「苦労」を同質化・同量化してしまう。

*     *     * 

ほんとうに、ヘビメタ騒音のせいで、こいつらに、わかったようなことを言われて、つらかったよ。

きちがい兄貴が、普通の人がやらないような音でヘビメタを鳴らしているから、働けなくなって苦労しているのに、ほかのやつらが「ヘビメタ騒音なんて、そんなのは関係がない」と言ってくる状態ができあがった。

ほかの人は、苦労したのかもしれないけど、きちがい家族による、ほかのうちではありえない、騒音を、毎日、経験したわけではない。苦労の苦労がちがう。

症状は、たぶん、人間である限り、ほとんどの人に出る。あらわれる。

いちおう、「ほとんどの人に」と書いたけど「すべての人に」と書きたいほど、ぼくにとっては、あきらかなことだ。

すべての人が、ぼくとおなじ経験をしたら、通勤して働くことはできなくなる……とぼくは思う。もちろん、思うだけだけどね。

証明?

そんなことは、できるわけがないだろ。

*     *     *

ある言霊主義者が「一日以内に、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをする」と言ったあとに、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをした場合について考えてみよう。

その言霊主義者は、言霊の力によって、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをしたと考えるのだ。

自分がその言葉を言ったから、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをしたということを、(その言霊主義者は)主張する。

けど、こんなのは、間違いだ。

自分(その言霊主義者)の言葉に宿る言霊の力によって、ドナルド・トランプが、ドナルド・トランプの意志に関係なく、これこれこううことをしたわけではない。

「明日、雨が降る」と言ったら、雨が降ったので、『自分の言葉に宿る言霊の力によって雨が降ったのだ』と確信している子どもとおなじだ。

勘違いをしている。

言霊は、関係がない。

*     *     *

ともかく、言霊理論が正しいなら、「働かなくても、よい世界」になっている。

「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」なら、働かなくても、生活できる。

言霊理論が正しいなら、思ったことを言っただけで、経済的に自立できる。

働かなければ、経済的に自立できないか、あるいは、経済的に自立しにくい世界というのは、言霊の力が(まったく)働かない世界なのである。

だから、言霊主義者が、なにを信じているのか、わからなくなる。

言霊主義者は、へんなところで言霊主義者であり、言霊主義者はへんなところで現実主義者なのである。言霊主義者があたりまえだと思っていることに関しては、言霊思考にならないのである。

『生きていくには働かなければならない』と思っている言霊主義者は、『言霊の力によって、働かずに生活できる』とは思っていないのである。

言っただけで、言霊の力を使用することができるのに、働かなければ生きていけないと(その言霊主義者が)思っているのである。 

*     *     *

ほんとうに、みんな、ヘビメタ騒音の影響について、勘違いをしている。

きちがい兄貴が、きちがい感覚で、きちがい的な欲求を満たしたので、こういうことになってしまう。

みんな、きちがい兄貴の異常さがわかっていない。

実際にそういう異常な行為をする人が、家族として身のまわりにいるわけではないので、わかっていない。経験として、わかっていない。

異常な行動を異常な意地でやってしまう家族と、家族として一緒に住んでいるわけではないので、わかっていない。

経験がないので、まったくわかっていない。

経験がないので、「どういうことになるのか」ということがわかっていないのだ。

それぞれ、自分のなかの苦労を想像して「そんなのは、関係がない」と思ってしまう。いやーー。関係があるんだよ。

これ、どれだけ「関係がある」と言っても、認めないやつは認めないからな。

そういうやつにとっては、「ヘビメタ騒音は関係がないのに、ヘビメタ騒音が関係があるとエイリは思っている」ということになってしまう。これも、いやなんだよな。

ほんとうに、きちがい兄貴が、きちがい的な意地で、きちがい行為をしたから、ぼくがほかの人から、悪い意味で誤解されることになる。

こんなの、ない。

そして、「社会に流通している考え方」が、こういう誤解を強化してしまうのである。ほんとうに、いやな社会だ。 

●矛盾に気がつかないことによって、自我の統一性を維持している■言霊※2026/03/01 4:32

 きちがいヘビメタ騒音にやられると、いままで、できていたことも、できなくなってしまうのである。最大限の努力をしても、できなくなってしまうのである。

さらに、超高圧状態で、努力をするということが、体の基本的な機能を毀損してしまう。

そうすると、どんどん、できなくなることが増えるのである。

ところが、どれだけ、きちがい兄貴にしずかにするように言っても、きちがい兄貴はきちがいなので、しずかにしてくれないのである。

きちがい兄貴に、直接、しずかにするように言っても、しずかにしないのに、きちがい兄貴が聴いていないところで、ぼくが「きちがい兄貴がヘビメタを鳴らすのをやめる」と言ったって、言霊の力で、きちがい兄貴が、ヘビメタを鳴らすのをやめるようになるかというと、ならないのである。

言い方が、悪いから、「きちがい兄貴がヘビメタを鳴らすのをやめる」と言っても、きちがい兄貴がきちがいヘビメタ騒音を鳴らすのをやめないのか?

ちがう。

ちがう。

断じて、ちがう。

どれだけ言い方がよくても、言霊の力がないので、きちがい兄貴が、きちがい兄貴の意思に従って、きちがいヘビメタを、思いっきりでかい音で鳴らしてしまうのである。

「きちがい兄貴がヘビメタを鳴らすのをやめる」のは、いつでもいいかと言うと、そうではないのである。ぜんぜんちがうのである。

「すぐに」鳴らすのをやめてくれないと、こまるのである。こういう切羽詰まった状態であるということも、言霊主義者は、無視してしまう。

「いつか」かなえばいい「夢」のようなものだと思っているのである。

そして、言霊主義者は、自分の切羽詰まった問題に関しては、言霊で解決しようとしないのである。

どうしてかというと、言霊主義者ですら「言ったって、解決しない」と思っているからだ。

言霊主義者だって「言ったって、言っただけだ」というこを理解しているのである。

一倍速で感じる問題に関しては、「言霊なんて役に立たない」と思っているのである。

だから、すぐに解決したいときは、言霊的な解決方法なんて、無視して、現実的な解決策を模索するのである。それが、言霊主義者の日常なのである。

カネがほしい……。言霊的な解決方法で、カネを得ようとするか?

いや、普通に働いて、カネを得ようとするのである。ほかの人から、カネをもらおうとするのである。業者から、カネも借りようとするのである。

言霊主義者ですら、切迫した、現実的な問題に関しては、言霊の力ではなくて、現実的な行動で、問題を解決しようとするのである。

言霊主義者は、「いつか、かなえばいい夢」について考えているときと、「切羽詰まった現実的な問題」について考えているときとでは、考え方自体がちがうのである。

「いつか、かなえばいい夢」について考えているときは、言霊思考になるけど、「切羽詰まった現実的な問題」について考えているときは、現実的な思考になるのである。

だから、一倍速で経験していることに関しては、現実的な解決方法を模索するのである。

現実的な解決方法を模索しているときは「ほんとうに、言えば言ったことが現実すればいいのに」と思いながらも、それが無理だということを理解しているので、「ほんとうに、言えば言ったことが現実すればいいのに」と願望を口(ちく)にするだけで、「ほんとうに、言霊で解決できるとは思っていない状態」になってしまうのである。

しかも、自分が「言霊を信用していないときの記憶」というのが、すっぽり、抜け落ちているのである。

ようするに、「自分はいつでも、言霊を信用している」つもりで、生きているのである。

こんなの、ない。

無頓着なのである。

どこまでも、矛盾に気がつないのである。

普段は、言霊なんて、ぜんぜん信用していない行動をしているのに、「言霊は絶対だ」と思っているのである。

「いいかげんにしろ」と言いたくなるけど、言霊主義者は、幼稚な万能感に満たされているので、気分がちがえば、言うことがちがってしまうのである。どこまでも、どこまでも、矛盾に気がつかないようになっているのである。

Aというときの気分は、Aという気分で……Bという気分のときは、Bという気分で、言霊について、考えていることが、ガラッとかわってしまうのである。かわってしまうということについて、言霊主義者本人が、矛盾を感じないのである。

ともかく、どれだけ「言い方がうまい」言霊主義者だって、きちがい兄貴が、やる気になって、きちがいヘビメタを鳴らしているときに、「言霊の力を使って」きちがい兄貴に影響を与えて、きちがい兄貴がヘビメタを鳴らさないようにすることができるかというと、できないのだ。

ところが、これすらも、言霊主義者は認めないのだ。

きちがい兄貴は、頑固な態度で、ヘビメタを鳴らしたわけだけど、言霊主義者は、頑固に、「できない」ということを認めないのだ。

「エイリの言い方が悪いから、言った通りにならない」とエイリのせいにするのだ。

その言霊主義者にとって、エイリは他人なので、その言霊主義者は、人のせいにしていると言うことができる。しかも、その言霊主義者が、自己責任論を信じている場合ですら、エイリの言い方のせいにするのである。

人のせいにするな。

言霊主義者だって、空に向かって言っただけでは、他人の行動をかえることができないのだ。 言霊主義者だって、空に向かって言っただけでは、他人の意志をかえることができないのだ。

言霊主義者は、普段、「空に向かって言ったって、言ったのだから、言霊によって、他人の行動をかえることができる」と主張しているのだ。「空に向かって言ったって、言ったのだから、言霊によって、他人の意志をかえることができる」と主張しているのだ。

言霊主義者は、本人がどう思っているかは別にして、そのような主張している。

言霊の力によって、他人の行動や他人の意志を、かえることができると思っているのだ。

ところが、言霊理論を信じている精神世界の人は「他人をかえることはできないから、自分をかえればいい」というようなことを、言ってしまう。これも、矛盾した発言なのだけど、本人は、まったく、気がつかない。

矛盾に気がつかないことによって、自我の統一性を維持しているのである。

ほんとうは、「言ったって、言った通りにならないことがある」ということをさとったときに、言霊理論は、放棄されるべきなのである。

ところが、現実を認めたくないので、言霊理論を放棄しないのである。なので、言霊理論が正しいと思っているときの気分と、言霊理論が間違っていると(本当は思っているときの)気分が、つながっていないということが起こる。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。