2026年9月21日月曜日

●多くの人は、やはり、認めない■騒音※2026/09/21 20:54

はぁーー。正直なことを書いてしまうと、むなしい。

むなしいわぁーー。むなしいーー。

まあ、ヘビメタ騒音については、ほかの人に理解を求めたけど、ほとんどのほかの人が理解しなかった。こいつらが、みんな、非・合理的なひどいことを言うのである。

けど、それらの「非・合理的なひどいこと」は、公認された「非・合理的なひどいこと」なので、「非・合理的なひどいこと」だとは、認識されていない。

多くの人にとって、「非・合理的なひどいこと」だとは、認識されていない。

理論的に考えるということが、できない人が多いのである。理論的に間違っていることは、理論的に間違っていると認めるべきだと思う。

その考え方の根底に、妄想的な前提があるなら、妄想的な前提があるということを認めるべきだと思う。

ところが、こいつらは、そんなものは、無視する。

だから、ここら辺のことが、兄貴や親父とかぶっているように見えるのだ。

兄貴によって、ぼくは、働けない体になった。

このことは……この人たちには、経験的にわからないことだ。理論的にわからないことではなくて、経験的にわからないことだ。経験がないから、わからないのだ。

「そうなる」ということが、わからない。「そうなる」ということが、自分の経験・自分の身体を通してわかっていないのだ。

だから、経験的にわからないことは、しかたがないと思う。

けど、理論的に間違っているということがわからないというのは、やはり、こっちにとっては、ぐっとくるものがある。

兄貴と俺のあいだにあった問題の縮小版が、世間の人と俺のあいだにあるのである。親父と俺のあいだにあった問題の縮小版が、世間の人と俺のあいだにあるのである。

しかし、「常識」というところで、一八〇度反転しているんだよ。

常識的な人がわからないのは、兄貴のなかの常識なんだよ。常識的な人がわからないのは、親父のなかの常識なんだよ。

いままで、オブラートに包んだ形で、この人たちのひどさを説明してきたけど、もう、オブラートに包むのはやめようかな。まあ、オブラートなんて、今時、使っている人はいないか。「オブラートに包む」という表現が、むかしは、けっこう一般的な表現だったんだよ。

まあ、いいや。

ともかく、兄貴の常識が、世間の人にとっては、非常識で、非常識だから、「そんな人はいない」と思ってしまう人が多い。親父の常識が、世間の人にとっては、非常識で、非常識だから、「そんな人はいない」と思ってしまう世間の人たちが多い。

けど、兄貴も親父も世間的に見て、非常識な行動をしているとは、思っていないのである。

兄貴も親父も、きちがい的な意地で、その通りの行動をするけど、「非常識な行動だ」とは認識していないのである。

だから、非常識ではないと思っているという意味で、常識的だと思っているのである。

だから、ほんとうは、きちがい的な意地で、きちがい的な行動をする兄貴が問題なのだけど、きちがい兄貴は、まったく気がついていないわけ。これとおなじことが、親父にも成り立っているわけだ。

どうしても、兄貴の行動に関しては、影響を受けた。どうしてかというと、騒音というかたちをした問題だったからだ。無視できないのである。

ところが、世間のやつらが、そういうきちがい的な家族にやられたことがないので、そういうきちがい的な騒音を経験していないのである。

実際には、「騒音」というよりも、「騒音生活」だ。

あるいは、『長期の騒音生活』だ。

きちがい兄貴のやり方だと、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』になってしまうのである。不可避的にそうなってしまう。

ほかの人は、きちがい兄貴のような家族と一緒に住んでいないので、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』がどういう影響をあたえるか、経験的に、根本的に、わかっていない。

超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』の騒音ではなくて、『普通の生活』における『普通の騒音』について考えてしまうのである。

だから、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音性』が、ほんとうに、どういう意味をもつのかということは、わかっていないのである。症状があらわれていないのである。人間なら、しょうじる症状がわかっていないのである。

でっ、ヘビメタが好きな人にとっては、ヘビメタ騒音はなんてことない騒音だ。騒音だと感じないだろう。自分にとって不愉快な音が鳴っていることを、『騒音が鳴っている』と表現することになっているからだ。

自分にとって快適な音が鳴っている場合は、どれだけその音がでかくても、騒音ではないのである。

だから、ヘビメタが好きな人が、「そんなのは関係がない」「俺は影響を受けない」と言っても、それは、その人が(ぼくより)すぐれているということではないのである。

ところが、「騒音」の問題だから、その人は、『自分が、エイリよりすぐれているから騒音の影響を受けないで暮らすことができる』と思っているのだ。普通の人も、そういうところがある。

そして、兄貴のヘビメタ騒音は、きちがい的な家族が鳴らす、しつこい騒音だから、きちがい的ではない家族は、そもそも、そういう騒音を鳴らさないという問題がある。

これは、ぼくにとっては問題だ。

ぼくがこの世で経験した多くの人が経験する「問題」ではないのである。

多くの人が経験しない「問題」なのである。

けど、多くの人が「騒音」を経験するのである。

その意味では、きちがいに兄貴のようなひどいケースではない騒音を経験しているということになる。

なので、ここに、「ズレ」がしょうじるのである。「ぜんぜん、ちがうんだ」ということを説明しても、多くの人は、やはり、認めない。

*     *     * 


きちがい兄貴の態度や、きちがい兄貴の行動が、『誤解発生装置』なのだ。

ほかの人の家族は、そんなことはしないのだ。

だから、大多数のほかの人たちは……実際に自分の体で経験することがない。

だから、その問題から、まのがれて、生きている。

知らないまま生きている。

けど、言うことは言う。

自分の常識に照らし合わせて、「人間は働くべきだ」と思っている人は「エイリは(ヘビメタ騒音とかそんなことを言っていないで)働くべきだ」ということを言ってくる。

こいつらはこいつらで、「あれだけ、長い間、騒音生活をすると通勤通学することかできなくなる」ということを(こっちが)言っても、認めない。

こいつらのなかでは、「どれだけ長い間騒音生活をしても、通勤通学ぐらいできる」と思っているからだ。

言霊主義者なら、「できると言えばできる」と、妄想的な発言をするだろう。

こんなやつら、ばかりだった。この世は、こんなやつらばかりだった。 

*     *     * 

まあ、あのころのことは、もう、関係ないと言えるわけだから……。しかし……。

あのころ、ほんとうにくるしかったなぁ。

少数の例外を除いて、だれもヘビメタ騒音のことを理解してくれなかった。まあ、少数の例外はいた。けど、じゃあ、結婚したあと、働かなくてもいいのかというと、それは、ちがうんじゃないかなぁと思う。

実際、わからないけどね。

相手がなんと言うか、わからないけどね……。時間がたつと、理解があった人も、常識的な人とおなじことを言うようになる……傾向があった。

*     *     * 

それにしても、つらかったなぁ。

ヘビメタ騒音からはじまったことで、ほかの人は、ほんとうに「知らない」のである。

説明したって、自分の身で、経験したことじゃないから、どれだけつらいかわからない。

「そんなことで解決するようなことじゃないのである」と言いたかった。言いたい。そんなことじゃない。

たぶん、一日分の失望、一日分の怒り、一日分のふがいなさ、一日分のあせりも、わかっていないよ。

あの態度でずっと、ガシガシ鳴らされるということが、どういうことなのか、ぜんぜんわかっていない。あの態度で、ずっとガシガシ鳴らされて、勉強することができないということが、どういうことなのか、ぜんぜんわかっていないのだ。

どうせ……『どれだけ鳴ってたって勉強ぐらいできる』というような意見を持っているやつらばかりだ。

それが、ちがうのである。

けど、ほんとうに、あの態度で鳴らされていないから、わからない。

あの至近距離で、あの態度で鳴らされていないから、どれだけ、頭がこんがらがるか、わかっていない。ほんとうに、わかっていないから言えることなんだよ。

けど、みんな「俺だって苦労した(わたしだって苦労した)」「俺だって騒音ぐらいあった(わたしだって騒音ぐらいあった)」と言う。言うんだよ。

もう、ほんとうに、全部がいやだったな。

そして、ぼくが、ひとりになってしまった。

これも、必然だ。ヘビメタ騒音の必然だ。きちがい兄貴の態度で、きちがい兄貴が、俺のきらいな音を、爆音で鳴らし続けた結果だ。

これ、ほんとうにひどいことをやっているのに、どれだけ、長いあいだやっても、わかっていないのである。きちがい兄貴がわかっていない。当のきちがい兄貴が、長時間、長期間、鳴らしても、ぜんぜん、わかっていないのである。

兄貴がやっていることなのに、兄貴の側から見ると、兄貴がやっていることではないのである。

でっ、やられていない人というのは、やられていないという意味で、兄貴とおなじように「知らない人」なのである。

だから、「つかれ」とか「騒音」とかと言っても、ぜんぜんちがうことを想像してしまうのである。

こいつらの見積もりが、ほんとうに、低いのである。騒音の見積もりが低い。「騒音の影響」の見積もりが低い。

兄貴のように、無視しているのである。

どうしたって影響を受けるのに、この人たちは……影響を、兄貴のように、無視しているのである。それが、上記の発言につながる。

こいつらにとっては、俺の側に発生した、きちがい兄貴の騒音は、そういうものでしかない。けど、ぜんぜん、ちがうんだよ。そんなものじゃない。そういうものではない。

ほんとうは、こいつらだって、自分のきらいな音を、あのでかさで、毎日ずっと浴びせ続けられたら、俺とおなじような症状が出て、通勤通学できなくなるのに、こいつらは、認めない。

どうしてかというと、実際に経験していないからだ。実際に経験していないから、ほんとうに、ぜんぜん、わからない。わからなければ、俺があまえているようにしか見えない。

わからなければ、「そんなの、どうにでもできるのに、エイリさんがこだわりすぎなんだ」ということになってしまう。

あるいは、きちがい兄貴の話について、認めない人もいる。俺が嘘を言っていると思う人たちだ。この人たちは、俺が嘘を言っていると思っているので、実際には、『きちがい兄貴の騒音』の影響を受けていないと思っているんだよ。

どっちも、けっきょく、実質的な騒音の影響を認めないやつらなんだよ。 

*     *     * 

どれだけ無視して、どれだけ影響を受けないようにしても、ものすごい苦痛の連続になる。ものすごい疲労の連続になる。ものすごい憤りの連続になる。ものすごい憂鬱の連続になる。俺は、ほんとうに、よくたえて、頑張っていた。

これも、頑張っていたとき、いいことがあったかというと、ないのだ。

これが、どういうことなのか、多くの普通の人は、ほんとうに、わかっていない。

「頑張っていれば、いいことがある」なんて言っているやつらが、一〇〇万回うまれかわっても、わからないことだ。ほんとうにみんな、わかっていない。

俺がさぼっているように言ったやつらのことは、いまですら、ゆるしていないよ。

*     *     *

そりゃ、実際には本人が経験していない『騒音生活』のくるしさなんて、わかるわけがないよな。

わからない。

わからないのだけど、わかっているつもりで、『俺の側』の『騒音生活』のくるしさを過小評価して、アホなことを言うのは、ゆるさない。ゆるせない。 

どれだけ、くるしいか、ほんとうに、まったくわかっていないのである。

そんな、ちょっとした騒音でくるしんでいるわけがないだろ。

「ぜんぜん、ちがう」と言っているのに、ほんとうに、こいつらも……きちがい兄貴やきちがい親父のように、無視しやがって。 

*     *     *

そもそも、きちがいヘビメタが、ほんとうにずっと鳴っているから、勉強ができないということが問題なんだよ。

そして、ここで崩されたら、もうだめなのである。「もうだめだ」というのは、ただ単に弱音を吐いているだけではなくて……ほんとうに、やられ続けたあとの実感なのである。

やられ続けたあとの、ほんとうの体調、ほんとうの心的な状態なのである。こいつらが、みんな、これを、無視する。鳴り終わったあとやればいい」……こういうことを言うやつがいた。

俺は、何千日も、鳴り終わったあと勉強をすることにトライしたけど、できなかったよ。

これ、ちがうんだよね。

きちがいヘビメタ騒音が、その日、つみかさなるだけで、風邪をひいて熱が四〇度出ているようなだるい状態になる。熱はたぶん四〇度出ていないけど、そのくらいに、だるい状態になる。

ぜんぜん、わかっていない。

そして、かりに、二時間トライしたとしよう。

そうすると、午前一時一〇分になる。この、ぜんぜん勉強が進まない『二時間のトライ』をして、午前一時一〇分にひとりで起きているのだ。無駄なことをしているのだ。

トライはするけど、マイナスの勉強しかできないので、勉強が進むどころか、後退してしまう。

そして、体調は、もっと悪くなるのである。これは、勝手に夜更かしをしているような状態ではないのだ。

ところが、ヘビメタ騒音というファクターをのぞくと、ぼくが勝手に、夜更かしをしているようにしか見えないのだ。

勝手に、夜更かしをして(寝ればいいのに)午前一時一〇分まで起きていて、それで、「つらい」「朝、起きることができない」と泣き言を言っていると、普通の人たちは、普通に思うわけだ。

どうしてかというと、先行するきちがいヘビメタ騒音の影響を認めていないからだ。

ヘビメタ騒音が体と精神に与える影響を、こいつらは、「たいしたことじゃない」と無視してしまうからだ。

これが、こいつらの態度なんだよ。

2026年9月20日日曜日

●兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの生命エネルギーが奪われた■騒音※2026/09/20 4:17

あのネズミ、うちのなかにいるわぁーー。たぶん。出ていってくれないかなぁ。あと、あそこのガラス戸はやばい。あそこのガラス戸をどうにかしないとやばい。パティでやるかな。

けど、めんどうくさい。

けど、あそこから入ってくるとなると、自由に入れる状態が続ているというとになるので、やばい。

たぶん、この部屋にはいないような気がする。けど、わからない。

ネズミの出現で、ぼくの体調が一気に悪化する。まだ、眠れない。腹がおかしい。喉がおかしい。

『もう、全部いやだ』という考えが、頭から、はなれない。全部が、つまらなく思える。ともかく、体調が悪い。じゃあ、横になっていればいいのかというと、横になっていても、つらい。

いま、ご飯を食べた。これも、ほんのちょっとだ。すべてが、つらい。 

兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの人生が台無しだ。兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの生命エネルギーが奪われた。

*     *     *

この部屋にはいないかもしれないけど、このうちには、いる感じがする。このうちにいないとしても、すぐに、ネズミが入ってくる状態であることには、かわりがない。

どこかに、ぼくが知らない穴がある。ヘビメタとかネズミとか、長期的に影響をあたえることばかりやる。やりやがる。

本人はまったくわかってないんだよな。

ネズミのことだって、親父はまったく、わかってないんだぞ。ヘビメタのことだって、兄貴は、まったくわかってないんだぞ。

こんなハンディ、俺にしかない。

ほかの人には、このハンディがない。こんな特殊なハンディがある人なんて、ぼく以外にいない。

でっ、ほかの人が、ぼくのこのハンディを無視して、不適切なことを言う。

よその人だって、おなじことをやられれば、通勤通学できなくなるし、学業成績が(やられていないときより)ずっとさがるし、体力も気力もなくなるし、睡眠回路を破壊されるし、人間関係も破壊されるのに、ぜんぜんわかっていない。ほかの人には、ないことだから、ぜんぜんわかっていない。

「そんなのなんだ」という態度だ。

「そんなの、関係ない」「そんなのは、影響がない」「できると言えばできる」「努力すれば成功する」「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいいんだ」……。

こいつらはこいつらで頑固なんだよな。

ともかく、普通に勉強することができなくなるし、普通に恋愛することができなくなる。

どれだけ、きちがい的なでかい音で、苦手な音が鳴っていたか、わかっていない。ヘビメタではなくて、自分がこの世で一番きらいな音で考えてみれば、わかることなのに、ほかの人は「なんだそんなの」という態度になる。

ほかの人が考えているヘビメタ騒音の損害が……ぼくの身の上に生じた損害が一(いち)だとするとする。 実際の損害は、一兆だ。

そして、その損害の大きさが、ほかの人には、必然的にわからないのである。どうしてかというと、ほんとうに、一倍速でやられたわけではないからだ。自分が本当に経験したことではないからだ。

ただ単に、聞いた話なのである。

だったら、「俺だってつらい」という反応になる。けど、そのつらさは、俺がヘビメタ騒音を浴びないで育った場合のつらさとおなじレベルのつらさだと思う。

だいたい、自分がこの世で一番きらいな音を四六時中……大音響で聞かされた場合の症状が出ていないんだよ。症状が出ていない。症状が出ていないから、えらそうなことを言える。「自分だったら平気だ」「俺はヘビメタは好きだしな」というのりで、えらそうなことを言う。

そりゃ、普通の従業員としては働くというのは、めちゃくちゃにつらいことだ。

けど、そういうつらさとは、そもそもがちがうのだ。レベルがちがう。じゃあ、きちがいヘビメタ騒音とおなじレベルの騒音を一一歳から二五歳まで浴びて、不利な立場のまま、普通の従業員として働くということを選択して見ろ。

そんなのは、無理だということがわかる。

体が、もう、ちがうんだよ。

この世で一番きらいな音にさらされ続けて、勉強時間と、睡眠時間をうばわれ、精神と睡眠回路を破壊されて、普通に働くなんてことができるわけがないだろ。想像力がないから、わからない。

あるいは、経験がないから、わからない。

*     *     *

ともかく、ネズミは、いつでも入ってこれる状態なんだよな。たとえ、出ていってくれたとしても。これは、やっかいだ。死にたくなる問題だ。

親父も兄貴も、きちがい的な意地でやったことの『意味』が、ぜんぜん、わかっていないんだよな。

でっ、やっているときに、こっちがどれだけ言っても、方向転換をしない。

これが、きちがい回路なのだ。これが、普通の人の意地ではないのだ。きちがいの意地なのだ。仕組みが、ほかの人にはわかりにくい。いやーー。俺がいくら説明したって、仕組みがわからない人なんて、いくらだっている。

そもそも、興味がないからな。そして、自分が信じていることをぼくが批判したということになれば、不愉快な気持ちになるわけだから……。認めたくない気持ちになる。

たとえば、言霊主義者のように……。

こいつらはこいつらで、俺に対して「なんだとお」という態度で接したということをわすれてしまうんだよな。「関係、ない」「影響、ない」「自己責任だ」「あまえだ」「言い訳だ」とこいつらが言い切ったとき、こっちがどういう気持ちになるか、こいつらは、わかっていない。

けど、親父や兄貴とは、これまた、仕組みがちがうのである。親父と兄貴は、特殊すぎる。普通の人とは、ぜんぜんちがう。

だから、普通の人は、理解しない。だから、そこのところが盲点になって舞うんだよな。きちがい兄貴やきちがい親父は、自分の側の特殊な盲点によって、ほかの人たちの盲点をつくりだしてしまうということに、気がついていない。

被害を受けている俺が、両方からせめられる。きちがい親父からせめられ、きちがい兄貴からせめられ、そして、世間の人からせめられるのだ。

世間の人は、きちがい親父の仕組みやきちがい兄貴の仕組みなんで、ぜんぜん理解していないんだよ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。