バルサンでネズミを殺したときもある。これは、意図せずそうなってしまったのだ。
親父の部屋に、ネズミシートにひっかかった、ネズミがいた。たぶん、バルサンのガスで死んだんじゃないかと思う。一回目の粗大ごみ処理のときに、粗大ごみ処理業者の人が、親父の部屋で死んでいた、ネズミを発見した。ネズミシートの上で死んでいた。それとは、別に、ぼくがしかけたネズミシートの上に、バルサンをやったあと、ネズミがひっかかっているのを発見したことがある。そのネズミは、バルサンの煙を経験したのに、生きていた。その時点で、生きていたので、『バルサンの煙で死ぬわけではないのか』と思った。ともかく、バルサンの煙の中で生き残ったやつがいる。これは、事実だ。問題なのは、窒息させたことがひっかかるということだ。これ、毒ガスで殺した場合は、そんなに、ぼくが気にしないのである。ところが、最初のネズミを、袋の中に入れて、たぶん、窒息死させたことに関しては、気になって気になってしかたがないのである。このあいだというか、数年前に、横の部屋にネズミが侵入したことがあるのだけど、そのネズミは、ネズミシートにかるくひっかかってくれた。ネズミは、ネズミシートを避けて通るので、よっぽど、急いでいるとき以外は、ネズミシートにかかることがない。急いで隠れようとしたときは、ネズミシートにひっかかるけど、ほかのときは、ネズミシートにひっかからない。たぶん、ネズミシートの粘着剤のにおいに反応しているんじゃないかと思う。ともかく、窒息死させたことは、気になる。いまでも、気になる。「窒息死はまずいんじゃないか」と言う気がするのである。ともかく、横の部屋に出たネズミは、袋に入れて、袋をとじないで、袋にいれたまま、市のゴミ袋に入れて、ゴミ袋を出した。これができたのは、日曜日の午後11時ぐらいにネズミを捕まえたからだ。月曜日の朝まで、市のゴミ袋ごと、外に出しておくことができた。そして、3月だったので、まだ寒かった。一日ぐらいなら、カラスにやられずにすむと思った。実際に、カラスにやられなかった。ともかく、袋を密閉したことが、気になるのである。穴をあけてやりたかった。空気校をつくってやりたかった。けど、六月だったし、木曜日だったので、次の週の月曜日まで待たなければならなかった。ネズミの死骸から出る、いろいろなものが気になった。もし、空気孔をあけて、その空気孔から出てくるものによって、ぼくが、病気になったら、ぼくは、後悔をすることになる。
白い半透明の袋に(ネズミシートごとネズミ本体を)入れたのだけど、そのときに使えるでかい袋がそれしかなかった。空気がなくなって、くるしい状態で、白い半透明の袋を見ている状態を考えると、めちゃくちゃに憂鬱になるのである。「だから、ネズミの侵入経路をふさごうと言ったのだ」……と思ってしまう。親父が入院したら、ネズミの処理句を俺がしなければならなくなる」と俺が言ったとき、親父が「入院しないよぉ!!!入院しないよぉ!!!入院しないよぉ!!!」と絶叫したのだ。けど、親父は、数年前に、実際に、脳梗塞で入院していたのである。実際に入院したことがあるのに、「入院しないよぉ!!!入院しないよぉ!!!入院しないよぉ!!!」と絶叫する。そのとき、言いがちすれば、それでいいのだ。こういうことが、このネズミ処理以外のときも、繰り返されてきた。兄貴のヘビメタ騒音について、親父に相談しても、親父がこんな状態だから、だめなのである。けど、ほかの人は、「そんな音で鳴らしているのに、家族が文句を言わないのはおかしい」と思って、「ヘビメタ騒音が、エイリの言うほどでかい音で鳴ってなかったんじゃないか」と思うのである。 これだって、そう思った人が、間違った推論をしているのに、その人に、どれだけ、ぼくが言っている音のでかさで、ぼくが言っている期間の長さ鳴っていたと言っても、その人は、信じないのだ。
ともかく、そのときはねのければいいというきちがい的な思考がある。親父にはある。じつは、兄貴にもある。認めなければ、どれだけやっていたって、やっていないことになってしまうのである。きちがい兄貴は、自分が聞きたくない音をあの爆音で聞かされたら、おこるのに、自分が爆音で鳴らしているということを、最後の最後まで認めなかった。親父とおなじやり方で、「認めるということを拒否」すれば、それですんでしまうのである。「やったってやってないことになってしまう」のである。これも、ほかの人には理解できないことなので、ぼくが、ほかの人から誤解されることになる。
ともかく、なぜだか知らないけど、「窒息死」させたことは、気になる。自分が袋に詰められて、動けない状態で酸素がなくなっていく……というところを想像してしまうのである。
窒息死する前に飢え死にしたと考えるようにしているのだけど、それも、どうも、窒息死したのではないかと思えるので、あんまり効果がない。『窒息死はだめで、飢え死にだといいのか』と思う人がいるかもしれない。ぼくもそう思うところがある。なぜか、窒息死はダメなのである。
どのみち、市のゴミ袋に入れられた時点で、圧死するか、焼き殺されることが決まっているである。だから、「窒息死させたこと」にこだわるのは、へんなことなのである。けど、どうしても、気になるのである。
ああっ。こんなに気になるなら、空気孔をあけてやればよかった。