言霊主義者は「言い方が悪いんだ」「うまく言えば現実化する」ということについて、なんの疑問も持っていないけど、『言い方が悪いから』現実化しないわけではないのである。
最初から、言霊によって、現実化することは、絶対にないのである。
だから、勘違いしたときだけ、言霊があるように感じるだけだ。
そして、「ぬけぬけ」という言葉で書いたけど、言霊主義者自体が、言霊の力なんて信じていないのである。言霊主義者は最初から、誤解をしている。
自分が「雨がふる」と言ったから、雨がふったというような誤解と、「元気だ元気だ」と言ったから元気になったという誤解がある。「雨がふる」と言ったから、実際に雨がふったのだという誤解は、ふたつの出来事に関連性があると思い込む妄想から、発達したものだ。
これ、言霊の力によって、雨がふったわけではないのである。最初から、勘違いをしている。
そして、「元気だ元気だ」と言ったから、実際に元気になったのだという考え方も、間違いだ。最初から、間違いなのである。
これは、言葉の力だ。
言霊の力で「元気になったような感じがした」わけではなくて、「言葉の力」で、元気になったような感じがしただけだ。
しかも、本人が、元気になったような感じがしたと自分で報告しているだけで、ほんとうは、元気になったのかどうかさえわからない。
言霊主義者だって、大病を患い、横になっているときは「元気だ元気だ」と言っても元気にならないのだ。事故にあって、横たわっているとき、「元気だ元気だ」と言ったら、「元気になって、すぐに歩けるようになる」わけではない。事故にあって、たおれている状態であって、動けない状態は、元気な状態ではない。
この状態で、口はきけるので「一秒以内に、元気になる」と言ったって、元気にならない。「一秒以内に、骨折がなおる」と言ったって、一秒以内に骨折がなおることはない。言霊の力でなおっているのであれば、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」と言えば、「事故にあうまえの体になる」のである。
それ以外の結論はない。
ところが、言霊の力でなおるわけではないので、「事故にあうまえの体になる」と言ったって、事故にあうまえの体にはならない。言えば、言ったことが、言霊の力によって現実化するのだから、「〇・三秒以内に、事故にあう前の体になる」と言えば、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」のである。
けど、ならない。
言霊の力によって、なおるわけではないからだ。
たとえば、Aさんが、車にひかれて、いろいろな部分を骨折したとする。Aさんが、言霊主義者で、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」と言っても、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」ことはない。
Aさんが、入院して、治療を受けて、そのあと、なおったとする。
その場合、「自分が、なおると言ったから治った」と誤解をして言う場合がある。「いつかなおる」と思って、「いつかなおる」と言ったとする。そして、実際になおった……だから、言霊理論は正しいと決めつけてしまう。
Aさんが決めつけてしまう。
誤解をしているだけだ。
言霊の力でなおったわけではない。
ちなみに、自己治癒能力でなおっているのである。治療行為というのは、自己治癒能力の助けをしているのである。自己治癒能力が、人間の体に備わっていて、自己治癒能力の範囲内でなおることであれば、なおる。
別に「なおる」「なおる」と言わなくてもなおる。
ほんとうは、自己治癒能力によってなおったのに、「言霊の力によってなおった」と勘違いしているだけだ。『「なおる」「なおる」と言ったら、実際になおった……だから、言霊の力によってなおったのだ』とAさんが、勝手に思っただけだ。
Aさんが自信をもっている場合、他人に、言霊主義的な助言をすることがあるだろう。
その場合、助言をされたほうは、言霊の力を使って、言ったことを現実化することに、かならず、失敗する。失敗することが決まっている。一〇〇%の確率で失敗するのである。
しかし、助言をれた相手も、Aさんとおなじように、誤解をすれば、言霊理論は正しいと思うのである。
ようするに、「自分が言ったから、言った通りになったのだ」と思うようになる。これも、誤解なのである。ほかの理由で、言った通りになっただけだ。
表面的に、言ったことと、現実の出来事が一致したので、原因について勘違いをしてしまうのである。