2018年5月23日水曜日

小説も女もどうでもいいや

とりあえず、ジュースを買いに行こうかな。

炭酸ジュースを飲むことだけが、唯一の楽しみ。



小説も女もどうでもいいや。

ヘビメタ騒音で全部吹っ飛んだ。



気違い兄貴の、気違いモードはない。

あれは、親父の気違いモードとおなじ。



気違い的にこだわって、やったことは、全部やってないことなんだよな。何万回いわれても、自分が関係しているということが、まったくわからない。そのまま押し通してやる。



その期間が、一〇年間続いても、わからないままだ。二〇年間でもおなじだ。気違い兄貴が引っ越したから一五年間で終わっただけ。毎日、すべての時間、気違い的な意地で押し通してやったことは、全部やってないことなのだ。全部知らないことなのだ。



こんな精神異常ない。しかも、それが発揮されるのは、家族に対してだけだ。気違い兄貴だって、よその家では、一分だって鳴らしてない。こんなのあるか? 自分の『うち』でやったことは、全部了承済みで、やっていいことなんだよ。やっていいことだからやったというモードが崩れない。



けど、じゃ、「そうしたんだな」と言われると「やってないやってない」「そんなの知らない」「ゆずてっやったゆずってやった」と興奮する。むすーーっと不愉快になる。



で、毎日、そういうモードでやったの。そういうモードで否定してやったの。「やめてくれ」と言われたら、「なんだそんなの」と怒り狂って、夢中になって、絶対にゆずらないでやったんだよ。



そういうことの繰り返しだから、ほんとうに全部通してやったのに、本人は、全部自分が譲らずに、全部自分が通してやったなら!やってないということになる。「ゆずってやったゆずってやった」と興奮しているときのモードと、ゆずらずにやってるときのモードがおなじなんだよ。



「やめてくれ」と言われてたら、そういうモードに移行して、ゆずらずにやりきる。ゆずらずにやりきったことは、全部『やったってやってないこと』なのである。だから、本人は『知らない』。「そんなの知らなかった」なんて言い出す。



それは、全部やりきったあとだから、そういうふうに言い出す。もう、ゆずってやることができない状態になったら、「そんなの知らなかった」と言い出す。



たとえば、一五年経って、(兄貴が)他のうちに住むことになって、自分のうちではもう鳴らす必要がなくなったら、「そんなの知らなかった」と言い出す。



気違い兄貴はまったく気がついてないけど、気違い親父とおなじなんだよ。やり方が全部おなじなんだよ。ほんとうにまったく気づいてないんだからな。親父が、自分のやったことに対してまったく無頓着なのとおなじで、兄貴も自分がやったことに対して、まったく無頓着なんだよ。.



けど、じゃあ、ゆずって欲しいときに、ゆずってくれるかといったら、それは、もう、絶対にない。そういうジンカクなんだよ。『うち』にいるときは、常にそういうモードでやりきる。やりきったって、やったという気持ちがしない。いつまでもいつまでも、『そんなの知らなかった』という気持ちのままだ。何万回、何十万回もめても、そういうモードのままなんだよ。そういうステイタスにおさまる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。