「言う」ということと「悪い言い方で言う」ということについて、もう一度考えてみよう。
かつて、わたしは……「悪い言い方で言う」という集合は、「言う」という集合の部分集合だということを、指摘した。
ここでは、「悪い言い方」が、実際には、定義できないということについて、指摘しておきたい。これは、もう、かつて指摘したことなのだけど、もう一度言っておく。
「悪い言い方」なんてないのである。「よい言い方」もない。言霊主義者が、勝手に、結果を見て、「悪い言い方だ」と決めつけているだけなのである。
どういう言い方が悪い言い方なのかということについては、イメージがある。
たとえば、「小さな声で言う言い方」「もごもごした声で言う言い方」「こころをこめないで言う言い方」だ。反対に、よい言い方のイメージは、「大きな声で言う言い方」「はっきりとした声で言う言い方」「こころをこめて言う言い方」というようなイメージになると思う。
しかし、どれだけ、「大きな声で言う言い方」「はっきりとした声で言う言い方」「こころをこめて言う言い方」で言っても、言霊の力なんてものはないから、ダメなものは、ダメなのである。
ようするに、恒常的な悪い条件によって、悪いことが発生している場合、どれだけ「大きな声で言う言い方」「はっきりとした声で言う言い方」「こころをこめて言う言い方」で言っても、言ったことが(言ったあとに)現実化しない場合が多い。「言ったあと」に……現実化しない、確率は非常に高い。
一方、恒常的によい条件下で暮らしている人の場合、どれだけ、「小さな声で言う言い方」「もごもごした声で言う言い方」「こころをこめないで言う言い方」で言っても、言ったことが(言ったあとに)現実化するということが、ありえる。「言ったあと」に……現実化する確率は、中ぐらいだ。
しかし、この場合も、「瞬間移動できる」といったものは、避けられている。言霊主義者は、言っても現実化しないとわかっているものに関しては、言霊を使って現実化しようとしないのだ。
「なんとかいう本が手に入る」といった現実化する確率が高いものが選ばれている。
ともかく、言霊の力はないので、言霊の力で「なんとかという本が手に入った」わけではないのだ。
言ったあと、「なんとかという本」を手に入れることができたので、言霊主義者が「言ったから手に入った」と思っただけなのだ。
たとえば、「なんとかという雑誌の二〇一〇年一〇月号がほしい」人がいるとする。
まあ、Aさんということにしておこう。
言霊主義者のAさんが「なんとかという雑誌の二〇一〇年一〇月号を手に入れる」と言ったとする。そうしたら、「なんとかオークションというサイト」で、「なんとかという雑誌の二〇一〇年一〇月号」が出品されているのを(Aさんが)見つけたとする。
そして、Aさんが落札したとする。
Aさんは、言霊主義者なので「言ったから、手に入れることができた」と思うわけだ。
けど、条件が成り立っているのだ。
たとえば、Aさんが無職で住所不定だったら、そもそも、オークションサイトに登録することができない。Aさんが、落札できるおカネをもっていたということも、条件のひとつになる。
そして、クレジットカードやデビットカードをもっているというような条件もある。ようするに、支払い手段に関する条件もある。Aさんは、クレジットカードをもっていたので、オークションサイトに登録できたのである。Aさんは、住所があるという条件、おカネがあるという条件、支払い手段があるという条件を満たしていたのである。
だから、落札できた。
本人にとって、あたりまえの条件は、しばし、見過ごされがちになる。
言ったという条件だけを満たしているわけではないのである。オークションサイトに登録できなかったら、そもそも、オークションサイトに「なんとかという雑誌の二〇一〇年一〇月号」が出品されても、手に入れることができないのだ。
Aさんは「言ったから、手に入れることができた」と思っているだけで、自分が満たしていた条件を無視している。
条件が悪い人は、オークションサイトに登録できず、たとえ、「なんとかという雑誌の二〇一〇年一〇月号」が出品されても、手に入れることができないのだ。
人間には、他人の悪い条件については、考えにくいという傾向がある。
さらに、無理やり(他人の)条件に付いて考えても、ステレオタイプの考え方しか浮かばない傾向が強い。他人の条件というのは、短い文で表現される場合があるけど、その短い文で表現されている条件というのは、「その人が抱えている条件」のうち、目立った条件だけだ。そして、普通の人は、他人の条件に対して注意を払わない(傾向がものすごく強いので)他人の条件は、無視されるか、軽視されてしまうのである。その人が抱えているリアルな条件というのは、他人によって、無視され、軽視されることになる。
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もう一つ言っておかなければならないことは、Aさんは、住むところを「言霊の力」で、手に入れたわけではないというとだ。
部屋を借りる場合は、手続きをして、住むところを手に入れたのである。自分で、マンションを買う場合や、自分で家を買う場合も、手続きをして、住むところを手に入れたのである。
「現実的な手段」で手に入れたということだ。
現実の手続きを無視して、言霊の力で、手に入れたわけではない。
「三秒以内に、この土地に、自分の家が建つ」と言ったから、言霊の力で、自分の家が建ったわけではない。
物理的な方法で、自分の家を手に入れたのである。社会制度にそったかたちで、いくつかの行動をして、自分の家を手に入れたのである。
家をつくる人たちだって、物理的な方法で家をつくったのである。
「言った」だけで、「言ったから」……急に、家ができたわけではない。
そういうことを、全部、無視しているのが、言霊主義者だ。
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話を元に戻す。ほんとうは、「悪い言い方」の定義はない。ほんとうは、「よい言い方」の定義もない。うまくいったら、よい方で言ったということになり、うまくいかなかったら、悪い言い方で言ったということになってしまうのだ。
言霊主義者が、事前に誤解をしていて、「自分は言霊を使える」と思っていたとしよう。
その場合、誤解をしているだけなのだけど、言霊主義者の頭のなかでは、「これは、真実だ」ということになっている。
言霊主義者の頭のなかでは「言霊はある。言霊の力がある。言霊の力を自分が使うことができる」というのは、真実なのだ。
ところが、嘘なのである。事実じゃないのである。真実じゃないのである。
ただ、言霊主義者が、誤解をしているだけなのである。
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言霊主義者は、言霊的な考え方をひろめるのは、いいことだと思っている。ほかの人が悩んでいたら、その悩んでいる人に、言霊的な解決方法を教えてあげることはいいことだと思っている。だから、言霊的な助言をしてしまう傾向が強い。
条件が悪い人は、条件が悪いので、たいていの場合は、どれだけこころをこめて言ったとしても、問題が解決しないのである。
ところが、問題が解決しなかった場合、「言い方が悪かった」ということになってしまうのである。言霊主義者が、問題が解決したなかった人に、「言い方が悪いからダメなんだ」とダメ出しをすることになる。けど、これも、間違っているのだ。