今日は、もうすでに、防草シートをはった。むかし、プロがはった防草シートに穴があいたり、隙間ができたりしていたので、なんとか、ふさごうとしたのだ。
考えると簡単なのだけど、実際には、地面の高さで切れない、木の幹や竹があるので、でこぼこで、むずかしい。
西側は、隣の家との間に、ブロック塀があるのだけど、ブロック塀と防草シートのあいだに、隙間ができてしまうのだ。さらに、家屋と防草シートのあいだに、隙間ができてしまうのだ。
これが……。
隙間が、どんどん、ひろがっていく。
そして、防草シートを突き破って、成長するやつもいるので、いろいろなところに、竹や雑草や木がはえてしまう。とくに、竹はすごい。雑草だけではなくて、木もはえる。
ともかく、思った以上に、難航した。いちおう、防草シートをかぶせて、ブロックを置いたけど、実際、太陽光線をどの程度、ふせげるのか、わからない。
ブロックは、庭に放置されていたものを使った。
そのあと、物置に入ったのだけど……「この物置に入ったのは、失敗した」と思った。これが、きったないのだ。そして、自転車が二台はいっていて、その二台を外に出して、自分が今使っている自転車を物置にいれようとしたのだけど、一台しか、自転車を外に出せなかった。
二台目の自転車が、でかい脚立にひっかかっているのである。脚立は、ほとんど倒れているのだけど、台があって、完全には横になっていない状態だ。
暗くてよく見えないけど、脚立の出っ張った部分が、自転車のスポーク(の間)に入っているみたいなのである。脚立の出っ張った部分というのは、ようするに、はしご部分の先端のことだ。
あれが、たぶん、スポークの間に挟まっている。
だから、自転車を動かそうとしたら、脚立まで動いた。脚立が動いたとき、中央を支える柱が、動いてしまったので、自転車を動かすことをやめた。この中央を支える柱というのは、ほんとうは、なかったものなのだ。
けど、物置の「天井」がさがってきたので、親父が、中央に木材をいれて、天井を支えるようにしたのだ。イメージとしては、突っ張り棒みたいなものだ。中央の柱(突っ張り棒)がちょっと動いたとき、天井から、ほこりのようなものが落ちてきた。
いやーー。ほこりなんだけど、なんか、かゆくなりそうなほこりだったので、いやだった。実際、なんか、背中がかゆくなったような感じがした。
ともかく、こっちのほうも、イメージ通りにはいかず、自転車を二台、出すことができなかった。一台しか出せなかった。あと、蛇が死んで、乾燥したようなものがあった。
それも、自分の自転車を出し入れするときに、踏みそうなところにあったので、なんとか、外に出した。これも、なにを使って出すかということで悩んで、けっきょく、枝切りばさみを使って出すことにした。いちおう出せた。
けど、これが……物置の内部に草が生えている。つる性の植物が侵入したみたいだ。でっ、草がひっかかって、めんどうだった。
そして、この物置は、親父が、なまごみを一時的に入れておく物置だったので、初期の段階で、ネズミが入ってくる物置だった。
これも、ほんとうに……親父が急に「生ごみを物置に持って行ってやる」と言い出して、聞かなかったのだ。おれがどれだけ「持って行かなくてもいい」と言っても、「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」「持って行ってやる」と言って聞かなかった。
俺が、料理係だったんだよ。
それで、なんだか知らないけど、「生ごみが、お勝手にあるのはいやだろ」ということになって、聞かなかった。親父の頭のなかで、俺が……「生ごみがお勝手にあるのは、いやだ」と思っている……ということになってしまうのだ。
これも、頭がおかしいのだけど、一度、言い出すと聞かないのだ。この頑固さとしつこさが並じゃない。自分のなかで……親父のなかでやりたくなったら、相手がなんと言っても、けっきょくやってしまう。
それも、俺のためにやってやるということになっているらしい。俺のためにやるなら、俺がやらなくていい」何十回も強く言っているのだから、退けばいいのに、退かない。
絶対にゆずらない。きちがいだから、そういうところで、一切合切、融通がきかない。これ、こまるんだよ。俺が、「持って行かなくていい」と何十回も、でかい声で言っているのに、それは、認めないのだ。
自分のなかで、一度スイッチが入ってしまうと、こっちがなにを言っても、聞かずにやってしまう。ともかく、まったく意味がないことなのだけど、親父が生ごみを、物置に入れて、ゴミの日まで、放置したので、ネズミがいっぱい寄ってくることになった。
けど、そのときは、まだ、物置に入るだけで、うちの中には、はいってこなかった。
けど、親父が、これまた、「酒粕のついた魚」をほぼ、一日中、テーブルの上に置いておくことに、こだわってこだわってこだわって、そうしたので、一日中、ものすごいにおいが、うちじゅうに、蔓延することになった。
鼻が正常なら、「臭い」「猛烈ににおっている」ということがわかるのに、きちがい的な意地と、きちがい的な無意識があるので、今度は、におっているということを、認めないのだ。
俺が「部屋じゅうがくさくなるからやめろ」と親父に言えば、親父が「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」と絶叫して、くさいということを、全否定するのだ。
こういう脳しくみがわかるか?
こういうことになっている人がいるということがわかるか?
「お父さんだって悪気があるわけではない」……と、むかし言われたことがある。けど、親父がやっていることは、むかしからこういうことだ。
親父と一緒に住んでいたら、「お父さんだって悪気があるわけではない」……と言った人だって、腹を立てるのに、一緒に住んだことがないからわからないんだよね。
ちなみに、親父が「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」「くさないよぉぉぉ!!!」と絶叫する態度というのは、きちがい兄貴が、「しずかにしてくれ」と言われたときの態度とまったくおなじだ。
絶叫するか、真っ赤になって、黙りこくるかのちがいがあるのだけど、頭のなかで起こっていることは、おなじなのだ。
どれだけ言っても、認めない。
きちがい兄貴が、親父の真似をして……「でかい音で鳴らしている」ということを、はねのけたのだ。親父の真似をしてというか、脳みその作りがおなじだから、基本的なことを認めないで、やりきるという態度になる。
しかも、そうやったということが、わからないのだ。兄貴は、いつもいつも、自分が鳴らしたい音で鳴らすということにこだわてっこだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、こだわって、でかい音で鳴らしていたのだけど、でかい音で鳴らしているということを、認めなかったのだ。
絶対に、認めない。
しかも、でかい音で鳴らしているということを認めずに、断固して、一秒も静かにしてやらなかったということも、無視してしまうのである。
自分が、全力で、頑固にやったことを、全力で認めないということになる。
そりゃ、最初から、自分が、全力で、頑固に鳴らしきったという自覚がないのだから、認めないのである。こういうところで、二重三重におかしいんだよ。
これが、腹が立つ部分なんだな。こっちの腹が立つ……ところなんだよな。これだって、よその人にはまったくわからないだろう。
こういうことばかりなんだよ。