2021年3月6日土曜日

「運」「才能」「努力」「環境」

 

 午後3時ぐらいに、一度起きて、パンを食べた。これは、食パンだな。で、また、眠った。で、起きて、またパンを食べた。これは、食パンだな。

あーー。そういえば、たくあんも食べた。食パンに乗せて食べたわけじゃない。食パンを食べたあとに、たくあんを食べた。あーー。

人は、環境か才能かというのは、教育学のなかで、さんざん議論されていることなのだ。一般的には、これに、「運」や「努力」ということがつけくわわる。努力をすることができるというのが、才能のひとつなのかどうかということはけっこう重要だ。これは、才能なのか、それとも、才能とは別の要素なのか? 

基本的には、別の要素として考えるのではなくて、才能のひとつとして考えたほうが整合性がとれると思う。整合性は重要。「運」というものを出してしまうと、基本的には、ちゃんとした議論ができなくなる。基本、学問的にやりたいなら、「運」という要素はとりあげるべきではない。「運」ということを言い出したとたんに、整合性がなくなる。

しかし、「運」という言葉にこだわっている人たちがいるということは、確認できる。なので、無視してはいけないと思う。人がどういうふうに考えているか?だからね。原因帰属理論なんだね。これは。

 

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この生活もほんとうにつかれたなぁ。だれか、半分やってくれ。もう、つかれた。横になるかな? じつは、洗濯ものを取り込み忘れた。夜10時に取り込んだけど、だいじょうぶかな? 午後3時ぐらいに起きたとき、「取り込もうかな」と思ったんだけど、まだ、日光にさらしたいなという気持ちがあったんだ。だから、本人としては、もうちょっと、日光にさらしてあとで取り込むつもりだった。が、眠ったので、忘れた。カーテンは、しめてあるからな。

まあ、夏じゃないからだいじょうぶだということにしておこう。さいわい、蛾のような虫がいない。たぶん、だいじょうぶ。それにしても、これは、どう書けばいいのか? まあ、たとえばの話だけど、無職歴が20年間とか25年間とかある人が、就職しようとしているとしよう。まあ、普通なら、応援するよね。で、ともかく、つらい思いをして頑張っている?日本の適応的な従業員勢が言うことがすごいんだよね。どうしても、自分の人生というものが、基準としてあるから、20年ぐらい働かずに引きこもっていた人が、「運だ」と言うと、ものすごく、怒りがわきおこるようだ……日本の適応的な従業員勢……。ちなみにだけど、「正社員」という法律用語はない。それに相当する言い方は「正規従業員」だ。「正社員」という言い方が正式なものとして法律用語のなかにあると思っている人たちが多いんだよな。まあ、うんちくだけど……。

やっぱり、能力とか努力とかに関する考え方は自我に直結しているので、ほかの人の考えを聞くと、心が揺さぶられる部分であるらしい。まあ、心が揺さぶられるから、怒っているわだからさ。「そんなのはゆるさない」という怒りがわいてくる。ヘイトなんだよね。けど、これは、従業員側の人がまちがっている。「なにも努力せず、さぼってきたやつが、運とか言うのはゆるせない」という気持ちになるみたいだ。その背後には「自分は苦労してきた」という自負がある。「自分は、これこれこういうハンディがあるのに、がんばってやってきた……それをなんだ」という気持ちになるみたいだな。けど、これは、そういうふうに感じる人たちがまちがっている。いろいろな不満は、無職20年選手にぶつけるようなことじゃない。それそこ、経営者にぶつけろよ。まあ、だから「自分は我慢してやってきた」「いまも、我慢我慢の連続だ」という怒りがあるんだよ。けど、その怒りは、本来、経営者にぶつけるべき怒りだ。怒りをぶつける対象がまちがっている。

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どういう家に生まれたか? どういう親のものとに生まれたか? ということは、だれにとっても重要なことだ。まあ、「運」「才能」「努力」「環境」に関しては、そのうち、まとめるよ。これがけっこう、でかいテーマなんだよな。人がどう考えるかという部分があるから……。なにを原因として考えるかということは、自我に直結しているから、日常生活においても、無視できることではない。

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。