午後四時から考えても、きちがいヘビメタ騒音の一日というのは、悲惨なのである。
この悲惨さがわからないやつが「関係がない」「影響なんてない」「できると言えばできる」「あまえているだけだ」「いいわけをしているだけだ」と言う。言ってくる。
こいつらは……ぼくの経験の範囲で言うと……みんな、「自分だって苦労した」ということを言った。
しかし、自分のきらいな音が、実際に、あのレベルの音量で、きちがい家族が、なんだろうがの意地で、鳴らしている状態というのを経験したことがないのである。それが、何千日もずっと続くという状態を経験したことがないのである。
一日目の騒音が与える影響と、五〇〇一日目の、騒音が与える影響がおなじだと思っている。ちがいがないと思っている。
だいたい、きちがい兄貴の行為を肯定している点で、すでに、こいつらに、正義はない。
きちがい兄貴の態度というのが、きちがい親父の態度とおなじなんだよ。「よそのいえ」の人は、きちがい兄貴の態度も、きちがい親父の態度もわかっていない。
きちがい兄貴やきちがい親父がどういう認知的な特徴をもっているのかも、わかっていない。ようするに、きちがい兄貴のきちがい感覚や、きちがい親父のきちがい感覚がわかっていない。
わかっていないのだから、わかっていないということを前提に話せばいいのに、わかっているつもりなのである。「ちゃんと説明すれば、お父さんだってわかってくれる」「ちゃんと説明すれば、お兄さんだってわかってくれる」……こういう言葉が、どれだけ、現実的ではない言葉か、こいつらはわかっていない。
そして、実際に、きちがい家族による、しつこい騒音が、続く状態で、生きたことがない。
こいつらは、ヘビメタ騒音に関する、一番重要な点を無視している。
ところが、無視しているつもりがないのだ。「そんなの、ちゃんと言えば、わかってくれるのに、ちゃんと説明しないからダメなんだ」と、やられているほうをせめる。こういう態度なんだよ。こいつらの態度は、こういう態度だ。
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ヘビメタが好きな人やヘビメタが苦手ではない人は、ヘビメタを自分のきらいな音に置き換えて考えてみればいい。