重要なことなので、もう一度言うことにした。
言霊理論が正しいなら、働く必要はない。
「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という言霊理論と「人間は働くべきだ」という価値観は、相性が悪いのである。
「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」ということは、「言えば、言った通りになる」ということだ。条件に関係なく、言ってしまったら、言った通りになるのである。
だから、なにかが欲しかったら、「そのなにかが目の前に出現する」と言ってしまえば、それで済むことになる。おカネが欲しかったら、「おカネが目の前に出現する」と言えば、それで、おカネをゲットできる。
例外はないのである。
言えば、言ったことが現実化するのだから、言った通りになる。
言ったのに、現実化しないということはないのだ。
言い方が悪いから現実化しない……。言霊理論が正しいなら、こんなことはありえない。どんなに悪い言い方で言っても、現実化してしまう。
言霊主義者は、こういうレベルでも、言霊理論が正しいと思っていないのである。
どうして、言霊主義者は「言い方が悪いと現実化しない」ということを、突然、言い出すのか?
言霊理論を理解していないからなのである。「言霊は絶対だ」というようなわけのわからないことを言うくせに、言霊を信じ切れていないのである。
条件に関係なく、言ったことが、現実化するのだから、悪い言い方で言うという条件は、そもそも、関係がない。
なんだって、言えば、言った通りになるのだから、そもそも、通貨があるということ自体がおかしい。もちろん、通貨があってもよいのだけど、言えば言ったことが現実化するのであれば、通貨なんて必要がない。
必要がない通貨というものについて、考えて、「通貨なるものが出現する」と言う人も、まれにはいるかもしれないから、「必然性」はないのだけど……言えば、欲しいものが出てくる世界で、どうして、通貨なるものが必要なのか?
言えば、なんでも手に入るのである。
口をきけない人は、かわいそうだ。言えないからだ。けど、だいじょうぶだ。だれかが、助けてくれる。
「〇・一秒以内に、口をきけない人は、口をきけるようになる」とだれかが言えば、それで問題が解決する。まちがいなく、口をきけるようになる。
言霊理論が正しい世界では、言っただけで、すべての病気を治すことができるし、そもそも、「これ以降、すべての人間は病気にならない」と言ってしまえば、それ以降、すべての人間が病気にならないのだ。
いま、ぼくが「これ以降、すべての人間は病気にならない」と言った。言霊理論が正しい世界に住んでいるのであれば、これ以降、すべての人間は病気にならないので、「病気になってしまうのではないか」と心配する必要はない。
言霊主義者は「言ったことが現実化する」と言うけど、「言ったことが現実化してしまう世界について、ちょっとでも考えたことがあるのか」と言いたなくなる。
なんで、病院があるのか?
どうして、おカネなるものが必要なのか?
みんな、言うことで、欲しいものをゲットできる。
自分だけではなくて、ほかの人だって、言うだけで、欲しいものをゲットできるのだ。働く必要なんてない。
どうやって、働くのだ?
どうやって、ほかの人が欲しがるものをつくるのだ?
なぜ、欲しいものが、すべて、言っただけで手に入る世界で、働く必要があるのか?
欲しいものがすべて手に入る世界で、働くということは、一体どういうことなのか?
ものの生産にかかわるということはどういうことなのか?
サービス業をするということはどういうことなのか?
悪いけど、みんな、自分で、できる。欲しいものは、欲しいものを思い浮かべて、「(その欲しいものが)出現する」と言えば、それで、出現するのだ。他人から、もらう必要もなければ、他人から借りる必要もない。
ほかの人も、ほかの人がほしいものを、言うだけで生産できるのだから、だれかほかの人のために、なにかものを生産するということ自体が、無意味なことになる。
もちろん、やったっていいんだよ。
相手が受け取るかどうかはわからないけど……。食べるために働かなければならない世界……というもの想定している時点で、「言霊の力が成り立っていない世界」について、考えていることになる。
言霊の力が成り立たず、言っても、言った通りにならないから、働く必要があるのである。
言えば、ものが好きなだけ、出てくるという前提がわかっていないのだ。言えば、言っただけで、好きなものが、好きなだけ手に入る世界になっているはずなのである。
だれもが、言っただけで、必要なものを手に入れることができる世界なのである。働く必要なんてない。
どうやって、働くのか?
自分以外の他人も、そういうことができる世界なのである。
「なになにが目の前に出てくる」と言えば、それで、なになにがないという問題を解決できる。「一秒以内に」という言葉をつけて言えば、一秒以内に出てくるのである。言霊理論が正しければそうなるのである。
ところが、言霊理論が正しくないので、『働く必要(働くということの必要性)』が発生するのである。
言霊が存在せず、人間が言霊の力を利用することができないので、欲しいものを手に入れるために働く必要がある世界になってしまのである。
「言霊(理論)は正しい」と思っている人で、なおかつ「人間は働く必要がある」と思っている人は、それらの理論の関係性について考えたほうがいい。
なんで、考えないのだ?
言霊の力なんてないから、「人は働くべきだ」と考える人が発生する世界になっている。言霊の力がほんとうに、働いているのであれば「人は働くべきだ」と考える人は発生しにくい世界になっている。
働くということが、まったく成立しない世界のなかで、「働く」ということについて、考える人がいるかもしれないということは、否定できないけど、その人にとって「働く」ということは、この世の人にとって「働く」ということとは、だいぶちがうものになるのではないかと思われる。
もしかりに、言霊があり、言霊の力が働くなら、そもそも「働く必要がある」世界になっていない。
言えば、言った通りになるので、働く必要がないのだ。
自分だけではなくて、他人もそうだから……たいていの場合、他人のために、なにかをつくるということ自体が、価値を失う世界になるのである。
それでも、だれか特定の他人のために、こういうものをつくってあげたいと思う人はいるかもしれない。けど、それは、仕事なのかという疑問が発生する。
それは、おカネのやり取りがない取引になるので、働くとは言えない。
趣味で、茶碗をつくっている人が、どれだけ茶碗をつくって、ほかの人にあげても、「働いた」ことにならない。茶碗をつくって、市場において販売すると、それで、やっと、働いたことになる。これは、ものすごく重要なことなのだ。
言霊主義者なのに「人間は働くべきだ」と言っていたやつは、言霊がほんとうに成り立っている世界で、どういう労働が可能なのか、考える必要がある。
言霊が成り立っているということは、だれもが、言霊の力を使える世界なのである。
しかも、言ったか言わなかったかの二値しかないので、言えば、かならず、現実化されるのである。言霊理論が正しいならそうなる。
頑固な言霊主義者のくせに、言霊の力なんて、まったく信用していないのだ。『言霊なんてないから、言ったって、現実化しない』と深く思っているのである。
だから、言霊が、ほんとうに成り立っている世界のことを、想像することすらできない。
言霊が成り立っていたら、生産手段を所有することも、言っただけで可能なんだよ。
そして、売り物として売るものは、すべて、ほかの人が言っただけで、手に入れることができるものなんだよ。相手は、いくらでも、言霊の力を使って、同様のことができる存在なんだよ。
言霊があり、だれもが言っただけで言霊の力を使える世界というものについて、言霊主義者は、考えたほうがいい。そのような世界では、逆に、働く必要がないのである。
それどころか、どうやって、働いていいのか、迷ってしまうような世界なのだよ。
いまの通貨が持っているような意味を見出せないものを、とりあえず、通貨としてみなして、それを、相手にまえもって、渡しておく。あるいは、相手がその「通貨らしきもの」を言霊の力によって、つくっておく。
そのあと、自分がなんらかのものをつくりだして、相手にあげて、相手から、「通貨らしきもの」をもらうという行為をした場合、外から見れば、なんとなく、働いたように見える。
しかし、この世における「働く」ということとは、ちがったことをしているのである。働いたように見えるけど、じつは、この世で働くということとは、ちがったことをしているということになる。