2026年5月16日土曜日

●努力論者は、相手をせめることに成功する(3)■社会※2026/05/15 4:38

ごくごく、簡潔に書いておく。

才能がないからできないのに、「努力をしていない」とか「努力が足りない」とか「努力の方向が間違っている」とかと言われることになるAさんの問題は、ヘビメタ騒音で「能力」を失った僕にも成り立つ問題なのだ。

努力論者というのは、努力だけを問題にして、ほかの条件を考えない。条件が導入されたときは、条件について、都合がよい集合的一括思考をするので、その条件は「成功するかどうか」に影響を与えないということになる。

まあ、その条件は「成功する」ことに影響を与えないということになる。たとえば、貧しさ」という条件を導入した場合は、貧しさに関係なく、努力をすれば成功するということを、努力論者は言い出す。

貧しい状態なのに、成功した人の例をひとつあげて、貧しさという条件は、関係がないと断定してしまうのである。貧しい状態で、成功しなかった例をひとつあげて、貧しさという条件は、関係があると断定することはないのである。

それとおなじように、ヘビメタ騒音で、夜眠る能力を失うと、ヘビメタ騒音で夜眠る能力を失ったのに、夜眠る努力をしないから、夜眠ることができないのだということになってしまうのである。

夜眠れるかどうかは、次の日を「元気に」すごすことができるかどうかに影響している。夜眠れるかどうかは、次の日の「注意力」に影響を与える。与えるのだけど、与えるということを無視されることになるのである。

ヘビメタ騒音で、そうなった」と言っても、「ヘビメタ騒音なんて関係がない」ということになるのである。

ところが、ヘビメタ騒音がなかったとき、ぼくはちゃんと、夜眠ることができたのである。

もちろん、たいていの場合だ。ヘビメタ騒音がはじまってからは、たいていの場合……夜眠れることができ鳴ってしまったのである。これは、ヘビメタ騒音のせいなんだよ。

きちがい兄貴が、よそのうちでは絶対に鳴らせないようなでかい音で、長時間ヘビメタを鳴らしきるということに、こだわってこだわって、実際にそうしたから発生したことなんだよ。

毎日のことなんだよ。夜眠れるかどうかに影響がないわけがない。ところが、こいつらは、「夜眠るように努力していないからダメなんだ」「夜眠れるように努力すしているかもしれないけど、努力の量がたりないからダメなんだ」「夜眠れるように努力しているのかもしれないけど、努力の方向が間違っているからダメなんだ」と、「努力をしていない」とか、「努力がたりない」とか「正しい方向で努力をしていない」とかということを、言い出すのである。

全部、努力関連事項の「せい」なのだ。だれの努力かと言えば「エイリの努力」に他ならないのである。

ちなみに、「過去は関係がない」と言ったやつが、「努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言ったことがある。これ……努力の方向が間違っているということは、間違った方向で努力をしたと……こいつが認識している……ということを意味しているのである。

過去の時点における「努力の方向」が間違っていると言っているのである。過去が関係ないなら、過去の時点における努力の方向も関係がないはずだ。

「努力の方向が間違っている」と、「現在も努力の方向が間違っている」ということを示唆している言葉を使っているのだけど、こいつらがいう「現在」というのは「現在という瞬間」でしかないのだ。

ようするに、過去から現在までの努力の方向が間違っていると認識しているのである。

もちろん、本人ではなくて、相手の過去から現在までの努力の方向が間違っていると、本人が認識しているのである。ならば、過去は関係があると認識しているのである。

「努力をしないからダメなのだ」という表現には、「過去から現在まで」努力をしないからダメなのだという意味が含まれている。努力をしないというのは、過去から現在までの「時間帯」のなかで、その人(相手)が努力をしなかったということを意味しているのである。

ようするに、過去は関係があると思っているのである。

相手が「過去から現在」において、努力をしなかったから、まるまるすることに成功していないということを言っているのである。「過去は関係がない」と言いつつも、「過去の状態を問題にしている」のである。相手の状態だけどな……。

たとえば、「過去は関係がない」と言っているのに「努力不足だからダメなんだ」と言った人をAさんだとする。

そして、実際にAさんが、ぼくに、「努力不足だからダメなんだ」と言ったとする。Aさんは、ぼくの過去も問題にしているのである。Aさんは現在の状態も問題にしているけど、過去の状態も問題にしている。過去は「関係がある」と思っている。

Aさんが、俺に対して「努力不足だからダメなんだ」と言ったということは、過去の出来事だ。「瞬間としての現在」の出来事ではない。何度も言うけど、「努力」の「ど」を言ったという過去の出来事が、文の意味を全体をつたえることに影響しているのである。

「努力不足だからダメなんだ」と言い切ったということは、すぐに過去の出来事になる。「努力」の「りょ」を発音したということは、「不足」の「ぶ(ふ)」を言っているときには、すでに、過去の出来事になっているんだよ。

「ど」「りょ」「く」と言ったということは、そのあとの「ぶ(ふ)」を言っているときには、過去の出来事なのである。

しかし、「努力不足」言葉全体の意味を考えるなら、「ぶ(ふ)」「そ」「く」という言葉に影響を与えている過去の出来事なのである。「そ」のまえに「ぶ(ふ)」と言い、「く」のまえに「そ」と言わなければ、「ぶそく」と言ったことにならないのである。これは、とりもなおさず、過去のことが現在の認知に影響を与えているということなのである。

そして、「努力不足だからダメなのだ」と言ったという過去の出来事は、ぼくの「現在の感情」に影響を与えるのである。Aさんが言ったなら、Aさんに対するぼくの「現在の感情」に影響を与えるのである。だから、過去は関係がある。

Aさんが努力論者だとする。その場合、なんらかの努力をした……ということは、成功するかどうかに影響を与えると考えているということを意味しているのである。ところが、Aさんは努力論者なのに、「過去は関係がない」とどや顔で、豪語するのである。Aさんは、自分が言っていることの意味がわかっているのかと、ぼくは疑問に思う。こういう人は多い。

Aさんは努力論者なのに、ぼくが、努力論の批判をすれば、ぼくが努力を論を批判したという過去の出来事を重視するのである。ぼくが努力論を批判したということに、Aさんが腹を立てて「単純なのが正しい」とか「だいたいあっている」とか「こまかいことは、いいんだよ」とか「理屈じゃねぇーーんだよ」とかと言ったとする。

その場合、ぼくが過去のある時点において、努力論を批判したという出来事が、そのとき……「単純なのが正しい」とか「だいたいあっている」とか「こまかいことは、いいんだよ」とか「理屈じゃねぇーーんだよ」とかと言っているときの感情に影響を与えているのである。ようするに、過去は関係がある。過去の出来事は、関係がある。

これを、否定して、わけのわからないことを言いやがる。しかも、こういうふうに言ったあとも、「過去は関係がない」と考えているのである。「ぬけぬけ」なのである。いいかげん、矛盾に気がついてくれ。

*     *     * 

「不足」という言葉は普通は「ふそく」と発音されるのである。しかし、まえに「努力」という言葉がつくとたいていの場合は「ぶそく」と発音されるのである。

不足という言葉を単独で言う場合、たいていは「ぶそく」とは言わないのである。

「ふそく」のまえに、単語があるかどうかということや、不足という単語のまえにある単語は、「ふそく」と発音するか「ぶそく」と発音するかに影響を与える。

これも、時間的に過去の出来事が……つまり、時間的に過去の発音が……現在発音中の単語の発音に影響を与えるということの例だ。まあ、そんなことを言わなくても、過去の出来事は、現在の状態に影響を与える。

じゃあ、過去否定論者というのは、なにを言っているのかというと、じつは、「過去にこだわるな」ということを言っているのである。ようするに、「こだわること」を問題にしているのである。

ところが、この「こだわること」を問題にしているということが、本人にとっても、あいまいなのである。

「過去にこだわるな」と言いたいのか「過去は関係がない」ということを言いたいのかということが、本人にとって、よくわからないことなのである。

ひょっとしたら、「過去にこだわるな」という文と 「過去は関係がない」という文は、おなじ意味をもっていると考えているのかもしれない。

そして、前にも書いたけど、不可避的に影響を受けて、能力を失った相手に対して「過去にこだわるな」と言うのは、よくないことなのである。

これも、失礼な話なんだよな。相手がこれこれに「こだわっている」という断定は、よくない。もう、前に書いたから、説明は省略する。

2026年5月15日金曜日

●信者のなかでは、正しいことなんだよ■社会※2026/05/04 14:03

ほんとうは、人によって、差がある。

ほんとうは、人によって、ものすごい差がある。条件の差がある。

ところが、最初に出てくる一〇〇%詐欺構文は、条件を無視したものなのである。だから、現実には合致しないのである。だから、条件が悪い人は、詐欺構文のようにうまくいかない場合がある。一〇〇%詐欺構文の信者は「努力すれば成功する」と言うわけ。

信者のなかでは、正しいことなんだよ。

ところが、実際には、一〇〇%詐欺構文は、理論的に間違っている。

信者が信じるような(信者の頭のなかにある文がもつ意味)と、現実的な意味での意味が食い違っているのである。しかし、信者のほうは、食い違っているということに無頓着だ。

あるときは、ほんとうに一〇〇%成り立つと思っているし、あるときは、一〇〇%じゃなくても成り立つ(だいたいは成り立つ)と思っているのだ。

また、あるときは、「努力すればする場合だってある」と思っているのだ。

条件に関係なく一〇〇%の確率で(文の内容が)成立するのか、あるいは、条件によっては成立する場合があるのかは、重要なちがいなんだよ。

ところが、努力論者は、自分のなかで、文がもつ意味を切り替えて、暮らしているのだ。

そして、何度も言うけど、切り替えていることに、無頓着だ。

努力論者自体が、無頓着なのだ。モードがちがえば言うことがちがうのである。自分のことであれば、条件を考慮しなければならなくなるので、自分のことに関しては、条件を考慮したことを言うのである。

けど、ほかの人のこと……に関しては、条件を考慮しなければならない理由がないので、条件を無視してしまうのである。

ともかく、言うたびに、一〇〇%詐欺構文がもつ意味がちがうということは、重要ことなんだよ。思うたびに、一〇〇%詐欺構文がもつ意味がちがうということは、重要ことなんだよ。まったく気にしないけどな。

本人がやっていることなのに、本人の意識にはのぼらないのだ。いったいどれだけの努力論者が、「努力すれば成功する」という文は、現実的ではないということを理解しているのか。

言霊主義者が、言霊理論が正しいと思いながらも、普段の生活のなかでは、言霊理論を無視してしまうということと、似ている現象が、努力論者にもしょうじる。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。