2020年2月18日火曜日

いつから日本は、こんなことになったんだ?


恵まれない人たちが、さらに恵まれない人たちにマウントを取って喜んでいるような状態なんだよな。けど、喜んでいると言ってもほんとうに喜んでいるわけではなくて、いじめて喜んでいるだけなので、どんどんこころがすさんでいく。

不思議なことに、精神世界の人が、特にそういうことをやる。

『引き寄せ』と『自己責任論』が結びつきやすい。不幸な人は、不幸なことを引き寄せたから不幸なんだと言い出す。病気になった人は、病気を引き寄せたからダメなんだということを言い出す。そして、『病気にならない』と言えば、病気にならないということを言い出す。ようは、対象方法は言霊的な呪文の世界だ。

けど、呪文と病原菌は別の原理で動いている。手短に言うと、抵抗力がおちている状態で、病原菌がいっぱいいるところに行くと、病気になりやすい。病原菌による病気の場合はそうだ。『病気にならない』と言うことと、病原菌が増殖するシステムはちがう。

『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』と言うことで、多少は、抵抗力が上がる場合がある(かもしれない)。しかし、その影響は絶対的なものではなくて、ほんの少しの影響しか与えないか、まったく影響を与えない。

なので、『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』『病気にならない』とどれだけ呪文を繰り返しても、病気になってしまう場合がある。それは、他の条件が悪かったからだ。

で、病気になってしまったら、病気になったで、『病気は治る病気は治る病気は治る病気は治る病気は治る病気は治る』と言うと、病気は治るということを言い出す。けど、それも、『病気は治る』と言うと、多少の抵抗力が上がる人もいるかもしれないので、まったく効かないとは言わないけど、『治る』かどうかを決定づけるような要素ではない。

ところが、『治ると言えば治る』と人に言っている人は、そうは思わない。『治る』ということが決定的に重要なことで、『治る』と言えば、どんな病気も治ってしまうのである……。その人の頭のなかでは……。その人は、ほんとうにそういうことを言っているのである。

けど、その人が、実際に病気になった場合は、病院に行ったり、クリスを飲んだりするのである。『治る』と言えばどんな病気も治るんじゃなかったのか? どうして、そういう嘘情報を人には本気で言うのに、自分はちゃっかり、医者に行くのか? だいたい、「病気にならない」と言えば、病気にならないんじゃなかったのか? 病気にならないといっていたにもかかわらず病気になったのなら、自分が言っていたことがまちがっていたということに気がつかないのか?

気がつかないのである。

自分はちゃっかり、医者に行くのに、他の人には、『治る治ると言えば病気は治る』なんてことを言いまくっているのである。

そのときは、本人は病気じゃないから、病気の人に対して、マウントを取れる。『病気になると思ったから病気になるんだ』といい気分で言うことができる。『病気になると思ったから病気になるんだ』のあとには『だから、自己責任だ』という言葉が続くのである。「『病気になる』と思ったから、ダメなんだ」とだめ出しをする。『病気になると思った人が悪い』ということを言い出すのである。思ったから、病気になるわけだから、そんなのは、自己責任なのである。


こういうところで、すぐにマウントをとろうとする。『おまえの責任で病気になったんだ』『おまえが病気を引き寄せたからダメなんだ』と悦に入って言う。ほんとうに、日本はこういう人が多すぎる。いつから、こんなことになったんだ。こんなの、スピリチュアリズムでもなんでもない。

病気と引き寄せについて述べたけど、自称明るい人が、暗い人に投げかける言葉は、だいたいこれと、似ている。バージョンがちがうだけ。こういうのがはやっている。いつから日本は、こんなことになったんだ?
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。