2019年1月23日水曜日

高度なことをやる人の給料は高くてあたりまえ、高度ではないことをやる人の給料は低くてあたりまえという常識


高度な知識を必要とする仕事、高度な判断力を必要とする仕事は、給料(年収など)が高くてあたりまえだという考え方を是正しなければならない。労働量というのが問題なのだけど、労働量がおなじであれば、給料はおなじであってもいい職業に貴賎はないのだろ。ならば、高度な仕事は高くて、だれでもできるような仕事は安いというところをかえていかなければならない。とは、言っても市場関連の方はかえることができないだろうから……AIや関税でかわってくるとは思うけど……直接かえることはあんまりよくないという考えにたつこともできるので、まずは、公務員関係をかえていけばよいのである。高度な知識を必要とする仕事も、だれにでもできる仕事も、だいたいおなじ給料にすればいい。
高度なことをやる人の給料は高くてあたりまえ、高度ではないことをやる人の給料は低くてあたりまえという常識をかえた方がいい。
そして、たとえば、高度なことをやる人の給料は高くて、高度ではないことをやる人の給料は低くていいという考え方のもとに、学校歴がかかわっているのであれば、それも、かえた方がいい。勉強をがんばった人は高い給料であたりまえ、勉強をサボった人は低い給料であたりまえ……まあ、こういう感じ方をかえるべきだ。そうすれば、まわりまわって本当の学問が発達する。だいたい、多くの人が『世のため人のために働く』と言っているのだから、別にここらへんの関係がくずれてもいいだろう。ここらへんの関係というのは、高い学力が高収入につながるポテンシャルな能力の高さを示しているという関係だ。学力はポテンシャルな知的能力をかなり正確にあらわしており、学力が高いものが、高収入を得るのはあたりまえだという考え方は、近代学校システムの誕生とともに発達したのだが、そろそろ、こういう考え方をかえるべき時代に突入した。*1

まあ、一方では、起業の自由があるので、学歴がない人学校歴がない人でも、金を稼ぐことは可能だろということも成り立っている。しかし、これは、これで別に考えよう。起業の自由は保障されているけど、実際には、やはり、金銭的な資本があり、文化的な資本があり、親が高度な職業ついている人が圧倒的に有利であることにはかわりがない。そして、このことは、リンクしている。つまり、金銭的な資本があり、文化的な資本があり、親が高度な職業ついている人が、高い学校歴を手に入れることのほうが、そうではない人が高い学校歴を手に入れることよりも、容易だという関係がある。

高学歴ニートさんには別の意味でがんばって欲しい。

(日本の企業が重視しているのは学校歴だけではなくて、部活などをするときに求められる行動様式だ。この行動様式に対する適応度が、会社で高く評価される。と言うよりも、部活などをするときに求められる行動様式が根本的に身についてない人は脱落する。それは、『コミュ力』というような言葉で語られることもあるのだけど、『コミュ力』という言葉で表現されているのは、部活などをするときに求められる行動様式の一部だ。


*1(その前は身分制度なので、学力は収入や富といった経済力とは関係がない。そもそも、近代的な意味での『学力』というものがない。)
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。