2026年4月9日木曜日

●だったら、それ以降、騒音の影響を受けなてもすむか?■騒音※2026/03/31 3:54

あーー。やっと、頭が正常な感じになってきた。

頭が、モヤモヤして、モヤモヤして、したがなかった。

動画を視ていても、いやなことを思い出してしまう。ひとつの動画を視ると、二・三個は、いやなことを思い出してしまう。全部、細かい、いやなことだ。なんか、出口がないんだよな。

けっきょく、長期騒音で普通の生活ができなかったということが、いろいろな後悔につながっている。

長期騒音がなければ、ほんとうにかわいい子と、つきあえたのだけど、長期騒音でダメなのだ。長期騒音期間中の一日というのが、ひどい。とてもじゃないけど、正常気持ちもで、女子と付き合えるような状態ではないのだ。

でっ、わかいころにできなかったことに、人間というのは、……一生こだわるらしいのだけど……。ぼくの場合も、そうなっている。

いま、長期騒音の影響がないかと言えば、ないわけがない。ようするに、ある。おおいにある。ものすごく、ある。影響がものすごくある。影響というのも、つみかさなるからね。毎日ずっと、やられたことが影響を与えないわけがないのだ。

「関係ない」と言えば、関係なくなるか?

「関係ない」と言ったって、関係がなくなるわけではない。

だいたい、俺が、ヘビメタ騒音の影響を受けたと言っているのに、「そんなのは関係がない」と言うやつは、なんなんだ。

こいつら、ほんとうに、失礼だな。

こいつらが考えてのるようなことではないのだ。

一一歳から二五歳まで、毎日続く騒音が、影響を与えないわけがないだろ。一生に、影響を与えないわけがないだろ。二五歳のある日、騒音がなくなった。

だったら、それ以降、騒音の影響を受けなてもすむか?

そんなことにはならない。体に残っている。「そんなのは関係がない」と言っているやつらは、なにを考えて「そんなのは関係がない」と言っているのか?

ほんとうに、アホだな。こいつらがみんな……ほんとうに、みんなみんな、「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」と言うのだ。

こいつらが想定している苦労なんて苦労じゃないよ。

終わればすぐに影響がなくなってしまうような苦労……。

そんなんじゃない。

「関係がない」と言えば、すぐに、「関係がなくなってしまう」ような苦労……。

そんなんじゃない。

●そもそも、認識自体がしょうじないということもある■社会※2026/04/08 6:52

どれだけ、「自分は自己責任で生きている」と思っている言霊主義者だって、「あなたの言い方が悪い」と言ったとき、「相手が失敗したのは、自分の理論が間違っていたからだ」とは思わないだろう。

「ほんとうに、相手のやり方がまずかったから、言ったのに現実化しなかった」と思っているのだ。だから、もっとうまくやれば、現実化するはずなのである。しかし、もともとの言霊理論が間違っているので、「言ったのに現実しかなかった」のだ。

だから、もともと、言霊理論が間違っているという前提に立てば、まさに、「相手の言い方ではなくて、だれが言っても、言霊の力がないから、現実化しない」ということになる。

しかし、言霊主義者が、この説明をうけたとしても、それを認めることはないだろう。言霊主義者にとっては「言霊は絶対」であり「間違っている」などということはないからだ。

むしろ「言霊理論が間違っている」と言っているやつが、失礼なやつだと思うだろう。しかし、言霊理論は間違っているのである。言霊で言ったことが現実化することは、一〇〇%ない。

一〇〇%だ。

だから、だれがやっても、失敗するのである。

しかし、言霊主義者が、「言霊はある」「言霊の力は絶対だ」と思った根拠はある。それは、「言ったから」と「言ったあと」の区別をしないということからしょうじるのだ。あるいは、「言霊の力」と「言葉の力」を区別しないということからしょうじるのだ。

ただ単に、区別をしないから、勘違いしているだけなのである。

けど、実際の場面で、言霊主義者がそれを認めることは、まずない。だから、別に自分は「間違ったことを教えたのではない」と思うわけだ。

そして、「相手の言い方が悪かったから、現実しなかった」と思うわけだ。

前に、ルールのことについて話したけど、これは、ルール以前の問題だ。

ようするに、言霊主義者が、言霊について誤解をしているから、「相手の言い方がまずいから、現実化しなかった」と(嘘いつわりなく)思っているわけだ。

だから、この言霊主義者が「すべては自己責任だ」とか「自分は、自己責任で生きていくつもりだ」ということを言ったとしても、ほんとうは、このレベルのことに関しては、自己責任をまったく感じないで生きているのである。

ルールとルール同士の衝突と衝突回避(自分にとって重要なルールを優先して、自分にとって重要ではないルールを無視する)というようなことでも、「すべては自己責任だ」と思っている人も、実際の運用の場面では、 優先順が低いルールを無視してしまうということが発生する。

「自分は自己責任で生きていく」というようなルールが、その場面で、劣位のルールだとしたら、「自分は自己責任で生きていく(べきだ)」というルールは、完全に無視されてしまうのである。

今回、指摘したのは、そういうレベルの無視ではなくて、認識自体からしょうじる無視だ。

認識自体からしょうじる「自分が正しいと思うルールの無視」は、さけようがない。

だから、「自分は自己責任で生きていく(つもり)」の人が、どれだけ増えても、対立が生まれ、トラブルがしょうじるのである。

他人の発言や他人の行為に対する「うらみの感情」もしょうじるのである。

もし、ほんとうに「すべてが自己責任」であるなら、他人の発言や他人の行為に対する「うらみの感情」はしょうじない。

その人は、他人の他人の発言や他人の行為に対する「うらみの感情」もたない人になるのである。どうしてかというと、「すべては自己責任」だからだ。

ところが、こんなのは、お題目で、どれだけ「自分は自己責任で生きているつもり」でも、場面場面で、劣位ルールが無視されるのだ。

そして、そもそも、認識自体がしょうじないということもある。

現実の場面では、お題目は、無視されるのである。自分がルールとして採用したことでも、実際の場面では、無視してしまうのである。

だから、どれだけ、お題目のルールが正しい認識している人が増えても、世の中はよくならないのである。

「こういうことがいい」「こういうことが正しい」と深く深く思ったとして、現実の場面では、それを無視してしまうのである。

例外があるかどうかはわからないけど、人間というのは、そういう動物だ。これは、一〇〇%構文になってしまうので、一〇〇%詐欺の可能性がある。

けど、社会のなかで普通に生きている人は、「劣位ルールの無視」をしていると思う。そして、たぶん、例外なく、認識自体の問題も発生しているものと、思われる。

離島で、ひとりで暮らしている人は、たしかに、自己責任で生きているのだろう。

そして、自己責任で生きているかどうかわからないけど、人間としての感情を失った人も、上記ような反応をしないと思われる。

ようするに、例外はある。普通の社会のなかで生きている人だと、相当に多くの人が上記のような反応をする。

それは、しかたがないことだ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。