生きるために、働かなければならない……という意識がみんなのなかに成り立っていたとしよう。
実際に、そういう状態だと思う。基本的には、おカネがあれば、働かなくても生きていけるのだけど、普通は、おカネがないので……働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがないので……働いて、おカネを供給しなければならないということになる。
「人に親切にすれば、しあわせになる」というようなことも、このような社会を前提にした発言なのである。
もちろん、社会的な役割を喪失すると、つらいので、おカネとは関係なく、働くということもあり得る。しかし、それは、働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがある人が、働くことを選択する場合の話だ。働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがない人は、必然的に働かなければならないのである。
あるいは、そのように思うのである。その場合、働くということを考えても、上位一%の家に生まれたほうが、下位一%の家に生まれたほうよりも、働きやすいのである。
なぜなら、さまざまな文化資産を受け継いでいるからだ。基本的には、下位一%の家に生まれた人は、よっぽどのことがない限り、従業員として働くしかないという状態になる。
そして、従業員にも格差があるのである。下位一%の家に生まれた人は、下のほうの会社で、下っ端として働くしかないという状態になる。会社にも、上下関係が成り立っている。会社にも、ピラミッド構造が成り立っている。なので、社会において、その会社が、どの程度の位置に属するかということは、重要なことなのである。
それは、働き方に影響をあたえ、賃金に影響をあたえるからだ。下のほうの会社で、下っ端として働く場合、不幸になりやすいのである。不愉快な出来事がたくさん生じやすいのである。
相対的なことを言えば、上のほうの会社で、上のほうの人間として働くほうが、不幸になりにくいのである。もちろん、じつは、日本の会社の場合、上のほうの会社でも、不幸になりやすい状態が成り立っている。
しかし、相対的なことを言えば、上のほうの会社に勤めている人のほうが、下のほうの会社に勤めている人よりも、不幸になりにくい。下のほうの会社に勤めている人は、不幸に感じる出来事が、起こりやすい構造のなかで仕事をするということになる。
だから、実際に、不幸だと感じることが多いのである。上位一%の家に生まれて、上位の会社に入った人が「人に親切にするとしあわせになる」と一〇〇%構文で言ったとする。
そうなると、下位一%の家に生まれて、下位の会社に入った人が、不愉快な思いをする確率が非常に高い。「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人は、不幸な人が不幸である原因は、人に親切にしなかったことだと(無意識的に)考えているのである。
なので、不幸な人が、人に親切にすれば、その不幸な人は、しあわせになるはずなのである。原因について考え違いをしているのである。
しかし、原因について考え違いをしているということは、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人にとっては、認めがたいことなのだ。どうしてかというと、「絶対に正しい」と信じているからだ。
実際に、自分は、人に親切にしたときしあわせになった。不幸な人も、人に親切にすればしあわせになるはずだと考えているからなのである。
そして、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人の立場で考えると、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人は、人をしあわせにしてあげたくて、助言をしているということになる。
不幸な人に、しあわせになるコツを教えてあげるつもりなのだ。
だから、別に悪意があってやっていることではなくて、「救ってあげたい」という善意があってやっていることなのだということになる。実際に、本人はそう思っている確率が非常に高い。ぼくの観察の範囲で言えば、一〇〇%人が、「助けてあげたい」「救ってあげたい」「コツを教えてあげたい」という気持ちで、「Xをすれば、しあわせになる」というような助言をしている。
しかし、不幸な人が不幸である原因を無視しているのである。
ほんとうの原因を無視しているということを指摘された場合、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人たちは、かなりの高確率で不機嫌になる。批判してきた相手に、怒りを感じることが多い。
ところで、「相手のやり方が悪い」ということを言ったり、「ネガティブなことを言うから不幸なんだ」という言い方がある。
これが、やっかいなのだ。相手のやり方が悪いということを言う場合は、XをすればYになるという根本的な理論を否定していることになる。
けど、これも、指摘してしまうと、おこってしまう確率が非常に高い。「ネガティブなことを言うから不幸なんだ」というのは、これまた、原因について考え違いをしているのである。
そして、「ネガティブなことを言うと、ネガティブなことが起こる」というような言霊的な思考がある。「ネガティブなことを言うと、ネガティブなことが起こる」いう言い方になると、一〇〇%構文の文で言うということになる。
これも、「XをすればYになる(Yが起こる)」という構文になる。 「相手の身に、不幸なことが起こるのは、相手が不幸なことを言ったからだ」という決めつけがあるのである。
これも、やっかいな話だ。ほかには、「そんなのはあまえだ」「そんなのは言い訳だ」という言い方がある。
これらは、サブルーチンを形成している。
ようするに、言霊主義者の例で説明したことが、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人たちにも、そのまま、あてはまる。