2026年10月8日木曜日

●一〇〇%構文の理論は、強者側が弱者側を食い物にする理論だ(2)■社会※2026/10/05 4:35

生きるために、働かなければならない……という意識がみんなのなかに成り立っていたとしよう。

実際に、そういう状態だと思う。基本的には、おカネがあれば、働かなくても生きていけるのだけど、普通は、おカネがないので……働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがないので……働いて、おカネを供給しなければならないということになる。

「人に親切にすれば、しあわせになる」というようなことも、このような社会を前提にした発言なのである。

もちろん、社会的な役割を喪失すると、つらいので、おカネとは関係なく、働くということもあり得る。しかし、それは、働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがある人が、働くことを選択する場合の話だ。働かなくても、じゅうぶんに、自分の寿命まで生きるおカネがない人は、必然的に働かなければならないのである。

あるいは、そのように思うのである。その場合、働くということを考えても、上位一%の家に生まれたほうが、下位一%の家に生まれたほうよりも、働きやすいのである。

なぜなら、さまざまな文化資産を受け継いでいるからだ。基本的には、下位一%の家に生まれた人は、よっぽどのことがない限り、従業員として働くしかないという状態になる。

そして、従業員にも格差があるのである。下位一%の家に生まれた人は、下のほうの会社で、下っ端として働くしかないという状態になる。会社にも、上下関係が成り立っている。会社にも、ピラミッド構造が成り立っている。なので、社会において、その会社が、どの程度の位置に属するかということは、重要なことなのである。

それは、働き方に影響をあたえ、賃金に影響をあたえるからだ。下のほうの会社で、下っ端として働く場合、不幸になりやすいのである。不愉快な出来事がたくさん生じやすいのである。

相対的なことを言えば、上のほうの会社で、上のほうの人間として働くほうが、不幸になりにくいのである。もちろん、じつは、日本の会社の場合、上のほうの会社でも、不幸になりやすい状態が成り立っている。

しかし、相対的なことを言えば、上のほうの会社に勤めている人のほうが、下のほうの会社に勤めている人よりも、不幸になりにくい。下のほうの会社に勤めている人は、不幸に感じる出来事が、起こりやすい構造のなかで仕事をするということになる。

だから、実際に、不幸だと感じることが多いのである。上位一%の家に生まれて、上位の会社に入った人が「人に親切にするとしあわせになる」と一〇〇%構文で言ったとする。

そうなると、下位一%の家に生まれて、下位の会社に入った人が、不愉快な思いをする確率が非常に高い。「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人は、不幸な人が不幸である原因は、人に親切にしなかったことだと(無意識的に)考えているのである。

なので、不幸な人が、人に親切にすれば、その不幸な人は、しあわせになるはずなのである。原因について考え違いをしているのである。

しかし、原因について考え違いをしているということは、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人にとっては、認めがたいことなのだ。どうしてかというと、「絶対に正しい」と信じているからだ。

実際に、自分は、人に親切にしたときしあわせになった。不幸な人も、人に親切にすればしあわせになるはずだと考えているからなのである。

そして、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人の立場で考えると、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人は、人をしあわせにしてあげたくて、助言をしているということになる。

不幸な人に、しあわせになるコツを教えてあげるつもりなのだ。

だから、別に悪意があってやっていることではなくて、「救ってあげたい」という善意があってやっていることなのだということになる。実際に、本人はそう思っている確率が非常に高い。ぼくの観察の範囲で言えば、一〇〇%人が、「助けてあげたい」「救ってあげたい」「コツを教えてあげたい」という気持ちで、「Xをすれば、しあわせになる」というような助言をしている。

しかし、不幸な人が不幸である原因を無視しているのである。

ほんとうの原因を無視しているということを指摘された場合、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人たちは、かなりの高確率で不機嫌になる。批判してきた相手に、怒りを感じることが多い。

ところで、「相手のやり方が悪い」ということを言ったり、「ネガティブなことを言うから不幸なんだ」という言い方がある。

これが、やっかいなのだ。相手のやり方が悪いということを言う場合は、XをすればYになるという根本的な理論を否定していることになる。

けど、これも、指摘してしまうと、おこってしまう確率が非常に高い。「ネガティブなことを言うから不幸なんだ」というのは、これまた、原因について考え違いをしているのである。

そして、「ネガティブなことを言うと、ネガティブなことが起こる」というような言霊的な思考がある。「ネガティブなことを言うと、ネガティブなことが起こる」いう言い方になると、一〇〇%構文の文で言うということになる。

これも、「XをすればYになる(Yが起こる)」という構文になる。 「相手の身に、不幸なことが起こるのは、相手が不幸なことを言ったからだ」という決めつけがあるのである。

これも、やっかいな話だ。ほかには、「そんなのはあまえだ」「そんなのは言い訳だ」という言い方がある。

これらは、サブルーチンを形成している。

ようするに、言霊主義者の例で説明したことが、「人に親切にするとしあわせになる」と言っている人たちにも、そのまま、あてはまる。


2026年10月7日水曜日

●こころも、からだも、汚染されるまえの状態には、もどらない■騒音※2026/10/07 7:20

頭がモヤモヤする。ヘビメタ騒音のことを考えながら、四時間ぐらい、横になっていた。どうやっても、ヘビメタ騒音のことは、解決しないのだということがわかった。いや、そんなことは、わかりきっていることなのだけど、あらためて、感じた。思った。考えた。しかし、この人生は、つらい人生だなぁ。もう、つかれた。ほんとうに、あの騒音のなかで、ぼくがどういう状態だったか。ぼくがどういう状態だったか、みんなわかっていないんだよな。だいたい、「俺だって騒音ぐらいある」とか「俺だって苦労した」とか「わたしだって、困難はあった」とかと言っている人たちも、けっきょく、あの『騒音缶詰め状態』を経験していない。わかっている人なら……同程度の経験がある人なら、絶対に、そんなことは言わない。どういうハンディがしょうじるか、身をもってわかっているから、絶対にそんなことは言わない。ともかく、きちがい兄貴が、きちがいセンスで、鳴らし続けてしまった。ほんとうに、殺して、しずかにさせればよかった。そうすれば、道がひらけた。いまよりも、いい人生をおくれた。きちがい騒音のなかで、我慢し続けて、症状が出て、他人から、なめられる状態になった。ゆるしがたい。たとえ、万にひとり、理解者がいてくれたとしても、けっきょく、やられてしまったことにはかわりがない。汚染されたあとに、どれだけ、正常な状態にもどろうとしても無駄だ。けど、他人は、汚染された状態がわかっていないのだ。そして、汚染された状態を軽く見る。あるいは、完全に無視する。そんなのは、あったってなくたって、おなじなのだ。「過去は関係がない」「過去は現在に影響をあたえない」「鳴り終わったら関係がない」と言えば、それで、ぼくの体に影響が残っていないことになる。こいつらの頭のなかで、そういう処理がされるのだ。ところが、影響がこのっているのだ。汚染されたあとの状態というのは、汚染される前の状態ではない。鳴り終わっても、汚染されるまえの状態にもどらない。こころも、からだも、汚染されるまえの状態には、もどらない。

たとえば、小六のときに、兄貴のことを殺していれば、ヘビメタ騒音にやられた期間は、最長で半年になる。半年だったら、どうにかなる。影響を受けずに、暮らすことができただろう。半年を過ぎて、ずっとずっと、一四年間鳴り続けてしまった。影響……。うけるよ。破壊的な影響を受ける。ところが、他人は 「鳴り終わったら関係がない」と軽く言う。そんなことであるはずがないだろ」ということを説明しても、そういうことを言う、思考力がたりない他人は、ゆずらない。「鳴り終わったら関係がない」という意見が正しいままだと思っている状態で暮らす。なめている。ふざけんな。実際には、きちがい兄貴のヘビメタ騒音と同レベルの騒音を人生のなかで経験した人は、ごく少数だ。俺以外、世界中探してもいないんじゃないかと思うほどだ。いたとしても、人数は限られる。ようするに、大多数の人間は、ヘビメタ騒音と同レベルの騒音を人生のなかで経験したことがない人間なのである。そいつらが、足りない頭で、想像でものを言うのである。こんなの、ない。しかも、決めつける力が強い。頭が悪いから、決めつけてしまう。そうしたら、もうそいつの頭のなかでは、そうなんだよ。こいつらが、ごく自然に、俺のことを、侮辱しやがるのだ。こんなの、ない。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。