2026年9月4日金曜日

●自分が「なまの身体」を通して、認知、認識したことではない■騒音※2026/09/03 14:46

『自分は、死ぬまで、どんな大きな病気にかかっても、体が動かない状態になっても、絶対に、働く』と思っている場合でも、他人には、「人間は働くべきだ」と言うべきではないのだ。

どうしてかというと、他人には他人の事情があるからだ。

他人には、他人の条件があるからだ。

他人の条件は、尊重しなければならない。

ところが、「人間は働くべきだ」という言い方には、他人の条件は含まれていない。人間であるという条件を満たせば、すべての人間であるという条件を満たすものは、働くべきだということになる。

傲慢だ。

そして、ある条件を満たした場合、自分は働かなくてもいいということになっているのに、それをかくして、他人には「人間は働くべきだ」と言う人は、もっと傲慢だ。

自分の場合は、働かなくてもいい条件というのが決まっているからだ。

たとえば、自分の場合は、大きな病気をしたら、働かなくてもいいのである。

たとえば、自分の場合は、一生涯、生活できるだけのカネがたまったら、働かなくてもいいのである。

自分の場合は、条件を満たせは、働かなくてもよいのである。

けど、条件については、一切合切、語らない。

『自分が、働かない状態になる場合だってある』と、心の底で、思っているのに、他人には「人間は働くべきだ」と、言ってしまう。

他人には、条件に一切合切関係なく、働くべきだということを言ってしまう。

しかも、本人は、気がついていないのだ。

その人たちは、「そういう場合は別だ」と簡単に言う。

けど、それなら、「そういう場合」について言及するべきなのだ。

「これこれの条件を満たした場合は、人間は働かなくてもいいけど、これこれの条件を満たしていない場合は、人間は働くべきだ」と条件について、明示するべきなのである。

「人間は働くべきだ」……という言い方は……自分のなかには、条件があるけど、他人の条件は、認めないという言い方なのである。

自分のことは、自分のメタ認知と認知があるので、わかっているのである。他人のことは、自分の認知ではないし、自分のメタ認知ではない。

他人が『他人の条件について』言ったことに関しては、他人に関する自分の側の認知が発生する。けど、それは、他人が言ったことに対する自分の側の認知だけだ。

自分が他人の言ったことについて、賛成するとは限らないのである。ようするに、「それが、働かなくてもいい条件だ」ということを認めるかどうかということは、自分が決めることなのである。

ところが、自分のなかには、いくつかの条件が、あるのである。他人に「人間は働くべきだ」と言うまえに、すでに、自分のなかには、「自分の場合は、働かなくてもいいと思える条件」がある。

そして、その条件について、言及せず、「どんな条件でも、人間は働くべきだ」という意味で「人間は働くべきだ」ということを言ってしまう。あきらかに、傲慢だ。ずるい。

ところで、「人間は働くべきだ」という言葉も、他人に理不尽なことを押しつけるための言葉なのだ。

「人間は働くべきだ」という言葉は、「職業に貴賤はない」という言葉と、おなじ機能をもっている。

「人間は働くべきだ」という言葉は、「わかいときの苦労は、買ってでもしろ」という言葉と、おなじ機能をもっている。

*     *     *

他人の身に起こったことに関しては、「聞いた話」だ。相手が語ったことだ。

なので、本人の体験ではないのである。本人の身の上に起こったことではない。本人の身の上に起こったことに関しては、いやおうなく、認知とメタ認知が発生してしまう。

なので、本人は、それについて考える。体験に基づいた思考ができる。

しかし、他人の身に起こったことは、本人が経験していないことであり、ただ単に「聞いた話」だ。

自分の身に、他人の身に起こったことが、起こるわけではないので、他人の身にしょうじた認知とメタ認知がない。

自分には、当然、他人の身に起こったことの認知とメタ認知がない。あるのは、「話」だけなのである。相手が、ジェスチャーをまじえて説明したり、なんらかのビデオを見せて説明すれば、「話」だけではなくて、資格情報も入る。

しかし、他人の身に起こったことは、自分が「なまの身体」を通して、認知、認識したことではない。ただ、情報として、そういうことがあったということを、聞いただけだ。

あるいは、知っただけだ。

自分の身に起こったことに関する認知とメタ認知は、当然、他人の身に起こったことに関する認知とメタ認知とはちがうものなのである。

なので、そこに、ズレがしょうじる余地がある。

というか、最初から、ズレがしょうじるようにできているのである。

●セミリタイアをしても、問題なんて、解決しない■騒音※2026/09/04 8:18

むなしーー。サラリーマンとして働くことに抵抗がある人は、セミリタイアすれば、それで問題が解決する。

体力的に、どうしても、普通に働くことができない人もいるだろう。

この人たちは、セミリタイアして、自分の時間を調節して働けば、それで問題が解決する。サラリーマン時代にどんなにつらい思いをしても、サラリーマンをやめてしまえば、それで、問題が解決する。サラリーマンとして、一日に八時間、週に五日間、働くのが無理だと思っている人の場合は、時間の調整ができる働き方をすれば、それで、とりあえず問題は、解決する。

ところが、ぼくは、ヘビメタ騒音の問題を抱えている。

そして、ヘビメタ騒音の結果、一日に八時間、週に五日間、働くことが無理な状態になっている。

だから、一日に八時間、週に五日間、働くのが無理だという点においては、サラリーマンとして働くことができない人と、おなじなのである。

けど、じゃあ、ぼくが、セミリタイアすれば、問題が解決するかというと、解決しない。どうしてかというと、ヘビメタ騒音の問題が残るからだ。

ぼくの場合、セミリタイアをしても、問題なんて、解決しないのである。

時間を決められると、死にたくなる問題も、ヘビメタ騒音の結果なのである。なので、バイトすら、できない。

それどころか、歯医者に行く予定が近づくと、やはり、死にたくなるのである。

あの気分になってしまう。

けど、じゃあ、ほんとうに死にたいかというと、そうではないのである。ただ単に、死にたくなるほど、憂鬱になるのである。

繰り返されてしまう。感情と、感覚が繰り返されてしまう。

記憶が……何千、何万、何十万という記憶が、繰り返されてしまう。

思い出されてしまう。感覚として(ヘビメタ騒音期間中の感覚が)思い出されてしまう。

だから、憂鬱になる。鬱になる。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。