2019年4月24日水曜日

つかれている。ずっと続きすぎた。


くらーーい。つまらないーー。さみしーーー。
さみしい。
どうにかならないか?
これなぁーー。この気分。
やなぎ荘とおなじだ。やなぎ荘にいたときの気分とおなじだ。

本当につまんない。
さっきは、午後六時ぐらいに、ヘビメタ騒音が鳴っている雰囲気がした。鳴っている感じがした。あれ、長いんだよな。雰囲気として鳴っている。つねに、その時間……夕方は鳴っていたので、夕方の感じとヘビメタノ感じがくっついている。不可分。もちろん、他の人にはわからない。そして、ヘビメタが鳴っている感じがしているときの破滅的な気分はわからない。不安でつまらない気分はわからない。あせって、不安で、破滅的……これがヘビメタ騒音の気分だ。頭がまわらない。ともかく、つかれている。つかれている。ずっと続きすぎた。

「つかれた、つかれた」と言っているからつかれる……というのは、一見正しいけど、正しくない。だれにとって、正しいのかということを問題にしなければならない。
たとえば、有機水銀で一五年間くるしんでいる人がいるとする。その人は、一五年間毎日「くるしいくるしい」と言ってきたとしよう。で、一五年目のある日、その人が「くるしいくるしい」と言っているのを聞いた人がいたとする。その場合、「くるしいくるしい」と言っているからくるしくなる(くるしく感じる)のだというのは間違っている。その人、別の人といういいかだと混乱するので、くるしいくるしいと言っている人をAさんだとする。そして、『くるしいくるしい』と言っているからくるしくなると言った人をBさんとする。Aさんは、「くるしいくるしい」と言うから、くるしくなっているわけじゃない。有機水銀という毒でくるしくなっているだけだ。だから、Bさんの解釈は間違っている。「くるしいくるしい」と言っているからくるしくなるという場合は、「くるしいくるしい」と言っている人が「気分的に」くるしくなっている場合のみに成り立つ。本当はくるしくないのに「気分で」くるしくなっていると感じている人の場合は、「くるしいくるしい」というからくるしくなる(くるしいと感じる)ということは、正しい(場合がある)。特に理由がないのに、「くるしい」と感じて、「くるしいくるしい」と言っている人はたしかに、「くるしいくるしい」と言うから『くるしく感じる』ということが成り立つ(ことがある)。けど、それとこれとは別だ。けど、「つかれた」もおなじ。「『くるしいくるしい』と言っているからくるしくなる」と他の人に対してよく言っている人は、すべての場合においてそういうことが成り立っていると思ってしまっている。特に理由がない場合と毒や騒音といった物理的な理由がある場合はちがう。「くるしいくるしいと言うからくるしくなる」……これのどこが間違っているんだ?とムキになってしまう人がいる。中立的な場合は正しいけど、そうなる理由が他にある場合は間違っている。『中立的な場合は正しいけど』と書いたけど、本当は、『中立的な場合は、正しい場合がある』と言った方が正確だ。どうしてかというと、『中立的な場合』というのが実際にはわからないからである。言ってみれば、本当に中立的で特に理由がない場合と、中立的に見えるけど本当は(発見されてない)理由がある場合があるからだ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。