2026年2月12日木曜日

●まったくちがうことが「働く」という言葉で表現されている■社会※2026/02/12 4:02

有利な人にとって働くということがどういうことかというと、勝てるゲームをやっているようなものなのである。勝ちやすいゲームと言ったほうが、正確かな。

ともかく、有利な人にとって働くということは、楽しいゲームをやっているようなものなのである。

だから、こういう人たちのことを、念頭に置いて、「働く」ということについて考えても、しかたがない部分がある。

どうしてかというと、不利な人は、働きにくいからである。

不利な人がやっていることと、有利な人がやっていることがまったくちがうのである。まったくちがうことが「働く」という言葉で表現されているのである。

この、ちがいを無視して、「働くとは」ということについて考えてみたって、しかたがない。

ところが、「働くということについて考えてみよう」という場合は、働いていない人に説教する文脈で「働くということについて考えてみよう」と言っている場合が多いのである。

これが、こまったことなんだけど、こういうことを言う人は、「働く」という内容が、有利な人と、不利な人で、ぜんぜんちがうのだということに、気がついていない。

そりゃ、楽しいゲームをやるのと、つまらないゲームをやるのでは、話がちがう。ところが、条件を考えないで、精神論で乗り切ろうとするのである。

ようするに「つまらないゲームだって、楽しいと言えば楽しくなる」というような妄想的なことを言うのである。ポジティブ言葉を使っていれば、つまらないゲームをやっていたって、楽しいゲームをやっているときのように、ポジティブな状態になれると言うのである。

こんなの、暴言。

「妄想も、たいがいにしろ」と言いたくなる。

●健康であることは、重要なのだ■社会※2026/02/12 3:01

二〇歳の時にくらべれば、おカネをもっている。これが、だいぶちがうんだよね。失ったものは、あるけど、得たものもある。おカネ……。

あと、二〇歳の時にもっていなかったけど、今は持っているものは、クレジットカードだ。これも、カネ関係か……。あの時は、ほんとうにくるしかった。くるしかった。

「働く」ということについて、ちょっとだけ書いておく。「働く」ということを考える場合「働く」という文字を使うことによって、抽象化されてしまうのである。具体的な内容は、捨象されてしまうのである。

「働く」というのは、じつは、個々人の条件が、一番とは言わないまでも……かなり反映されるところなのである。ようするに、個人によって、「働く」と言っても、「働く内容」がちがうのである。

なので、まったく別のことについて、話しているということがよく、しょうじる。

*     *     *

金持ちというのも、人それぞれに、ちがった意味で使っているので、金持ちの定義から始めなければならないのだけど、特権階級的な金持ちは、基本的に、働くのが楽なのである。

まず、健康であることは、重要なのだ。働くとき、どうやって働くのかというと、自分の身体を動かして働くわけだから、健康というのは、重要なのである。働いているあいだ、つねに、いたいところがある場合は、問題がある。

楽しくは働けない。

それとおなじように、身体的なだるさというのも、問題がある。だるさにも、程度がある。ぼくの場合、きちがいヘビメタ騒音によって、ひどいだるさを経験するようになった。

睡眠回路がこわされた。そして、睡眠回路以外の回路も、実際にこわされたと思う。

手短に言うと、働いているあいだ、つねに、身体的にだるいので、おもしろくないのである。楽じゃないのである。根性論だと、個人の「だるさ」というのは、無視される。

「俺だってつかれている」と一言いえば、きちがいヘビメタ騒音が毎日続くという、異常な出来事によって引きこおこされた「だるさ」も、普通の人間が日常生活の中で感じるだるさも「おなじ程度のだるさだ」ということになってしまう。

「俺だってつかれている」と言っている人の「つかれ」とぼくが、感じている「つかれ」はちがうのである。

「だるさ」と「つかれ」で、表現はちがうけど、めちゃくちゃにつかれている状態は、だるい状態とほぼおなじ状態になる。

だるい状態というのは、つかれた状態のうえに、さらに、病的な不快がつみかさなっている状態なのである。

ここちよい「つかれ」はあるけど、ここちよい「だるさ」はない……と言ってみたくなる。

ともかく、だるさというのは、ここち悪いつかれの、上位バージョンなのである。だるさのほうが、つかれよりも、悪いほうに、傾いているのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。