2026年5月14日木曜日

●はっきり言えば「がんばらせる」ことができるようになる■社会※2026/05/13 15:03

「努力をすれば成功する」という文を考えた場合、努力をするかどうかが、成功するかどうかを決めるということになる。

しかし、実際には「成功したなら、努力をした」「成功しなかったなら、努力をしなかった」「成功しているなら、努力をした」「成功していないなら、努力をしなかった」ということになっている。

「成功しているなら、努力をした」ということになるのだから、成功しているかどうかが、努力したかどうかを決めることになる。

これ、逆なのである。

最初から、「成功しているなら、努力をした」「成功していないなら、努力をしなかった」ということが成り立っている。

だから、はずれることがないのである。

もちろん、でたらめだ。

「成功していないなら、努力をしなかった」ということになるので、成功していない人は、努力をしなかったと決めつけられることになる。

「自分は努力をした」と、努力をしなかったと決めつけられた人が言えば……努力をしなかったと決めつけたほうは「努力不足だ」とか「努力の方向が間違っている」とかと、言うことになっている。

最初から、決まっている。

でっ、こういうことが、上から下に、流れていくのである。成功の定義が言うたびにちがうし、言う人によってちがうので、その都度、成功の定義を自分の都合のよいように頭のなかで書き換えることができる。

だから、たとえば、底辺工場の下から二番目の人も、下から一番目の人には、『自分は成功した』という立場で、「おまえは、努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言える状態になる。

こういうことが、上から下に、順番に、成り立っている。

層をなして、成り立っている。

これは、別の角度から見ると、「上の人」には、なにも言えなくなるということも、意味している。

どうしてかというと、上の人から「おまえは、努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言われることになるからだ。

無理なことを言われても、無理なことができないのは、「おまえの努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからできないんだ」と言われるので、「それは無理だ」と反論しにくくなる。

基準を内面化しているので、さからえないのである。

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これは、「できると言えばできる」ということでも成り立っている。「それは無理だ」と言えば「無理だというから無理なんだ」「できると言えばできる」と言われることがわかっているので、「それは無理だ」と言いにくくなる。

特権階級の人が、一般人を支配するには、もってこいの言い方なのだ。こういう言葉がはやっていれば、特権階級の人は、一般人を酷使することができるようになるのである。

一般人のなかで、上下関係が成り立っているので、一般人のなかで、無理なことを上の人が下の人に押し付けることができるようになる。

ほとんどの人がみんな、言霊的な感覚をもっていない場合、 「できると言えばできる」なんて言っても、「なにをきちがいみたいなことを言っているんですか」と反論されるけど、ほとんどの人がみんな言霊的な感覚をもっている場合、「なにをきちがいみたいなことを言っているんですか」と反論しにくくなる。

まあ、言霊的な感覚をもっていない人もいる。けど、これは、程度問題だ。幼児期を経てきた人間は、幼児的万能感がちょっとは成り立っているので、言霊的な感覚を、ちょっとはもっているはずだ。

けど、なかには、幼児的万能感をまったくもっていない大人もいるかもしれない。それは、わからない。けど、多くの人が、大人になっても、幼児的万能感をちょっとはもっているはずだと考えたほうが、現実的だ。

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言葉は悪いけど、奴隷労働者を管理する上で、とても便利な言葉なのである。なにが便利な言葉かと言えば、「できると言えばできる」という言葉が、便利な言葉なのである。

そして、「努力をすれば成功する」という言葉が、便利な言葉なのである。

こういうことを奴隷労働者階級の人が(みずから)信じ込んでいれば、より効率的に管理できることになる。はっきり言えば「がんばらせる」ことができるようになる。 

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条件が悪い人は、成功できる確率が低いのである。だから、成功しない場合が多い。「成功していないなら、努力をしなかった」という言葉は、このことを覆い隠すことができる言葉なのである。

別に「成功していないなら、努力をしなかった」と言わなくても、なんとなく、そう思っていれば、じゅうぶんな効果がある。

成功していない人を(成功したつもりで)見下すことができるからだ。

そして、条件が悪い人にとたいして、「努力しないからダメなんだ」「努力が足りないからダメなんだ」「努力の方向が間違っているからダメなんだ」と説教をすることができる。

マウントをとることができる。

これは、気持ちがいい行為だから、社会のなかで繰り返される。やられたほうは、気分が悪くなることが多いので、どこかで、ほかのやつに、おなじことをやりかえそうとする確率が高くなる。

自分のより下の人間を見つけたら、「努力しないからダメなんだ」「努力がたりないからダメなんだ」「努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言って、マウントをとりたくなる誘惑にかられる確率が高くなる。

多くの場所で、これが繰り返されていく。

2026年5月13日水曜日

●次から次へと……■騒音※2026/05/13 21:21

 ひょっとしたら、歯医者に行く必要があるかもしれない。いやだなぁーー。どうして、こうなる? もう、いやだなぁ。なんか、もう、いろいろと、いやなんだよなぁ。体がかゆいのは、ダニなのか、アレルギーなのかよくわからない。

ダニなのかな。もう、いやだなぁ。全部が、いやだ。次から次へと……。親父対応とネズミ対応で、もう、ほんとうに、エネルギーを使い果たしてしまった。それから、なんていうのかな……。生きていても、楽しくない。なら、死んでもいいかというと、そうではない。このさき、楽しくなるような予感がない。ずっと、くるしいまま生きてきた。 

もう、つかれたなぁ。かゆいのは問題だ。やっぱり、虫か、ダニに刺されているなぁ。気温が上がると……これかぁ。

ともかく、兄貴の騒音と親父のきちがい行為で、人生がない。楽しいことなんてなかった。いや、ちょっとはあったけど……。それだって、ヘビメタ騒音に汚染された楽しみだ。「あの子」と普通に付き合いたかったというようなことを書いたけど、あれだって、わかいころじゃないと、ダメなんだよなぁ。そして、ヘビメタ騒音に汚染されていない、わかいころじゃないとダメなんだよなぁ。けっきょく、このさき、どれだけ、楽しむように心がけても、きちがいヘビメタ騒音にたたられていたわかいころとおなじように、ダメなんだよなぁ。この、雰囲気が、もう、ヘビメタ騒音だ。だれにも、頼れないまま、きちがいヘビメタ騒音にさらされて……それでも頑張って生きてきたけど……頑張って生きていればいいというものではない。頑張って生きていれば、楽しかったかというと、楽しくなかった。きちがいヘビメタ騒音でいつも、引きつっていた。きちがいヘビメタ騒音でいつも、暗い気持ちだった。けっきょく、その延長線上で生きている。気ちがい家族がおらず、家族のきちがい騒音にさらされ続けなかった人は、まったくわかっていないんだよな。「そんなの可能であるはずがない」と言ってやりたくなる。あいつらが言っていることは、全部、無理なことなんだよ。楽しめるわけがない。生きているだけで、くるしい。ヘビメタ騒音でくるしい。 

*     *     *

ひとつひとつが、めちゃくちゃに、憂鬱なんだよなぁ。いま、午後九時四一分だけど、ヘビメタ騒音の雰囲気がする。いつも鳴っていた。あんな状態でいいわけが、ない。きちがい兄貴の状態というのが、ほかの人にはわからない。実際に、きちがい兄貴の行為が続いてしまった場合の、影響というのが、ほかの人にはわからない。実際に、毎日つもらないとわからない。明るい気分になれるはずがない。どれだけ張り詰めた状態で暮らしているか、まったくわかっていないやつばかりだ。「そんなのは関係がない」「なにがヘビメタ騒音だ」と言ったやつを、なぐってやりたい。まあ、なぐらなかったし、なぐらないけど……。

ごく一部の例外を除いて、みんな、ほんとうに、わかっていない。こいつらが想像するようなことじゃないのである。こいつらが想像するような影響のでかさではないのである。これ、ほんとうに、ぜんぜんわかっていないやつが、えらそうなことを言う。家に、きちがい兄貴のような家族がおらず、きちがい基準の騒音にさらされなかっただけなのに、えらそうなんだよ。『自分なら平気だ』という、気持ちがある。「なんだ!!そんなのぉ!!」と言ったやつも、ゆるせんなぁ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。