2026年8月17日月曜日

●「人間ができることは、あなたにもできる」■社会※2026/08/16 2:20

命題として考えた場合「努力をすれば成功する」という命題は、あきらかに、『偽』だ。

「だれも、努力をすれば、瞬間移動ができるとは言っていない」と思う人もいるかもしれない。

しかし、「努力をすれば成功する」という命題が『真』であるなら、自動的に「努力をすれば、瞬間移動をすることに成功する」という命題も『真』であるということになってしまうのである。

「常識で考えればわかる」と思う人もいるかもしれない。

この人たちが言いたいのは……「努力をすれば成功するということは、そういうことではなく、人間が努力をすればできることについて、努力をすれば成功すると言っているだけなんだ」ということになると思う。

「常識で考えればわかる」と言う人たちの多くが「人間ができることに限定した話に決まっているだろ」と思っているのだ。

しかし、「努力をすれば成功する」という命題は、「人間ができることなら、努力をすれば成功する」という命題とはちがうのだ。

でかいでかい「ちがい」がある。

このちがいを無視して、気分次第で「努力をすれば成功する」と言うことは、あってはならないことなのである。

どうしてかというと、『間違いのバッファー』ができあがってしまうからだ。

間違いなんだよ。

そして、「人間ができることなら、努力をすれば成功する」という命題も『偽』だ。

どうしてかというと、「あなた」という特定の人ができることと、「別の人」ができることはちがうからだ。

まえ、走り幅跳びで八メートル以上跳ぶことについて、話したけど、走り幅跳びで八メートル以上跳ぶことができる人間はこの世に存在するけど、だれもが、走り幅跳びで八メートル以上跳べるわけではないのだ。

多くの人間は、どれだけ、努力をしても、走り幅跳びで八メートル以上跳ぶことなんて、できないのだ。

「人間ができることなら、努力をすれば成功する」という文を口にする人は、「人間ができることなら、あなたも、努力をすれば成功する」という意味で、その文を口にしているとする。

その場合、「あなた」は、「人間だ」だから、「人間ができることは、あなたにもできる」と思っているのだ。

「人間ができること」の集合は、その都度、選ばれているのである。

その都度、どんなことが選ばれても、「人間ができることなら、あなたは、努力をすれば(人間ができることに)成功する」という命題が『真』であると、気軽に、考えているのである。

しかし、これは、間違いだ。

ある人間にできることが、別のある人間にできるということは、保証されていない。

ある人間にできることでも、別のある人間には、できないことかもしれないのである。

つまり、「ある人間にできることなら、別のある人間にもできるはずだ」という思い込みが間違っているのである。

「努力をすれば成功する」という言葉が、どういう場面で、他人に対して発せられるかということを考えてみよう。

この言葉が発せられる場面というのは、「できない相手」に対して「できる」と言い切る場面で発せられることが多い。

ポジティブな意味をもつ場合もあるけど、たいていは、ネガティブな意味をもっている。

言われたほうは、「いやなこと」を押しつけられるのである。「できる」と「やらなければならない」はちがう。

しかし、社会の多くの場面では、「できる」ということを認めてしまうと、「やらなければならない(ことだ)」ということを認めてしまうことになる。

たとえば、ブラック社長が名前だけ店長に「努力をすれば成功する」と言う場合について考えてみよう。

この場合、「努力をすれば成功する」という言葉を、名前だけ店長が受け入れてしまうと、名前だけ店長は、自分が「もう無理だ」と思っている、過酷なサービス残業をすることになるのである。

まさしく、過酷なサービス残業を「受け入れて」しまうことになるのである。

『成功する』という言葉を『なになにをすることに成功する』という言葉に置き換えると、『成功する』という言葉は、この場合、『なになにすることができる』と言葉とおなじように機能するのである。

『特定のなになにをすることに成功する』という言葉が意味する集合は、『成功する』という言葉がが意味する集合のなかに、含まれている。内包されている。『成功する』という集合のなかに、『特定のなになにをすることに成功する』という部分集合があるのである。

ポジティブな場合は、本人の夢や希望に関して、本人が、自発的に『努力をすれば成功する』と思うときだけなのである。これも、社会のなかでは、上のものが、下ものになんらかのことをさせるときは、プラスに働く。

だから、労働をさせたい階層にとっては、「努力をすれば成功する」という言葉はプラスに働く言葉なのである。ようするに、過剰な奴隷労働をおしつけるときの「あまい言葉」になる。

ほんとうは、社会が「そういう圧力が高い状態」を目指さないほうが、社会のなかにいる「人間」の幸福度を高めることができる。社会のなかで「努力をすれば成功する」と頑張り続けると、かなりの高確率で、しっぺ返しを食らうことになる。

そして、社会のほうが、ダメダメな社会なので、かなりの勢いで努力をし続けないと、みじめな思いをすることになるのである。

みじめな思いをする人は、社会の一員だ。

ようするに、社会が「悪い社会」なので、「努力をすること」に対する圧力が、めちゃくちゃに高くなっているのである。

そして、すべてをかなぐり捨てて「努力をしても」……結果的にはあんまりしあわせになることができないのである。

すべてをかなぐり捨てなくても、かなりのことを捨てて、努力をしないとしあわせになることができず、みじめな思いをすることが決まっている社会というのは、よい社会とは言えない。

ようするに、「努力をすれば成功する」というような言葉がははやっている社会というのは、よい社会ではない。

そんなに努力をしなくても、あるいは、まったく努力をしなくても、しあわせに生活できる社会のほうが、よい社会だと言える。

2026年8月15日土曜日

●これは、無実の罪で、死刑宣告をされたに等しい■騒音※2026/08/15 17:04

 ヘビメタ騒音さえなければ……。

もう、だめだ。

だから……「やめてくれ、やめてくれ」と言っただろ。

「やめろ」と言っただろ。

うちの兄は……頭がおかしいから、自分がどれだけでかい音で鳴らしているか、わからないまま……ようするに、絶対の意地で、汚い手を使って認めないまま……普通の音を鳴らしているつもりで、すべての使える時間を使って、鳴らしたのだ。

やめてくれ、やめてくれと言ったのに……。

必然的に、不可避的に、一日がめちゃくちゃになる。

鳴らされている時間だけでなく、鳴らされていない時間も、鳴らされている時間の影響を受けて、めちゃくちゃになる。

入眠時間がズレれば……、俺がほかの人から、だらしがない人だと思われる。

宿題をやっていかなければ……いくことができないのだけど……俺が……ほかの人から、ダメ人間だと思われる。いまも、入眠時間はズレまくりだ。

入眠時間を調整しようとして、死にたくなったことは、数千回では済まない。数万回、入眠時間のことで、死にたくなった。

俺が……「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」ということを、ほかの人から言われることになる。

これが、どういうことだかわかるか。

わかるわけがない。

これは、無実の罪で、死刑宣告をされたに等しい。

どれだけくやしいか、「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」ということを、言うやつには、わからない。屈辱……。ぶんなぐってやりたくなる。

「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」ということを言っているやつは、言っているやつで、自分が、どれだけくそおろかなことを言っているか、わからない。

きちがい兄貴が、きちがい的な感覚で、きちがい的な意地で、よその人が、よそのうちではやられないことを、毎日やりきると……意地になって毎日やりきると……俺が……俺が、よそのひとから「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」ということを、言われる羽目になる。

これ、どれだけ、腹が立つか、「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」ということを、言っているやつには、わからないのである。

そして、こういうやつらが、みんな、「自分だって苦労した」ということを言う。みんなというのは、この場合、リアル世界で出会った人たちのことだ。

これも、どれだけひどいことを言っているか、言っているやつらは、わからないのである。

わかっていないのである。こんなの、ない。ほんとうに、全部が全部……こんなことになる。

あーあ。これ、どうして「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」という言葉が死刑宣告になるのか、ほかの人は、まったくわからないのだろうなぁ。

これ、別の言葉でいうと……「がんばって、自殺すればいい」と言っているのとおなじなのである。どうして「がんばって、自殺すればいい」言っているのとおなじなのか、ほかの人は、わからないのだろうな。

わからないのなら、ぼくと同等の苦労をしたことがないということになる。

「そんなのは、くるしんで、死ねばいいのだ」と言っているのとおなじだ。

きちがいヘビメタで、どれだけおいつめられているか、まったくわかっていない。

「そんなのは、気にしないで、がんばればいい」と言うやつは、まったくわかっていない。

*     *     *

無実の罪は、誤解だ。ヘビメタ騒音の影響について、普通の人たちは……同等の経験がない人たちは……誤解をしている。

誤解をして、「関係がない」と思っているのである。

だから、「そんなのは、気にしないで、自殺をするまで、がんばればいい」と言える。

あるいは「そんなのは、気にしないで、死ぬまで、がんばればいい」と言える。

誤解をしている。

まったく、わかってないんだよな。

まったく、わかっていない。

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。