一見よさそうに思える?助言というのは、恵まれた人が、恵まれない人をたたくための、道具なのだ。
これ、ほんとうに、ひどい話なのだ。
そして、恵まれた人たちには、悪意がない。善意でやっていることだ。たいていの場合、善意でやっていることだ。
結果だけを見れば、恵まれない人は、下に置かれるようになるのである。結果だけを見れば、恵まれない人たちは、時間というリソースを削られ、体力というリソースを削られ、下のポジションに置かれることになる。
下のポジションに置かれれば、建前はどうであれ、ストレスを感じるのである。
しかし、そこで、ストレスを感じることは、悪いことだということになっている。
「人間ができていないから、ストレスを感じる」ということになってしまう。あるいは、「こころがまえができていないから、ストレスを感じるんだ」ということになってしまうのだ。
言っていることが、わかるかな?
ほんとうは、関係がない「Xの不足」が原因だと言われる……。
「できない原因」や「ダメな原因」や「不幸な原因」だと言われる。
だから、Xを充足させる必要が出てくるのだけど、助言通りに、Xを充足させようとすると、必然的に時間というリソースを削られ、体力というリソースを削られ、下のポジションに置かれることになるのだ。
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一般人が、一般人に助言をした場合について、述べてきた。
ここには、金銭の受け取りがない。本というかたちであれ、セミナーというかたちであれ、金銭の受け取りがない。素人の一般人が、素人の一般人に、助言をした話だ。
しかし、これとは、別に、カネをとって、助言をする場合がある。この場合、恵まれないほうから、恵まれているほうに、カネが流れるということになる。恵まれている人から、恵まれない人におカネが流れるのではなくて、恵まれない人から、恵まれている人におカネが流れるのだ。
へんだとは思わないか?
Xの不足が原因だと決めつけることを、職業にしている人たちがいる。あるいは、副業にしている人たちがいる。本業は、経営者だけど、Xの不足が原因だと言って、副業をする人たちがいるのだ。メンター業?と言ったところか。
こまっている人たちは、ほんとうにこまっているのである。ものすごく、こまっている人は、ものすごくこまっているのである。
だから、こまっている人たちは、なんとかして、問題を解決したいと思っている人たちなのだ。
だから、「Xをすれば、すべての問題が解決する」というような言葉は、こまっている人たちにとっては、非常に魅力的な言葉になる。
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たまたま、いいことが起こったから、「この方法は、本物だ」と思う人たちがいるのだけど、もう、この時点で、「期待」がかかっているのだ。
わかるかな? 「この方法は、本物だ」と思う潜在的なエネルギーが高いのだ。ようするに、より、誤解しやすい状態になっている。
「儀式」と「いい出来事」の時間的な接近は、重要だ。「Xを充足させるための儀式」が、その人のなかで、重要なことになってしまうのである。
しかし、たいていの場合「儀式」と「いい出来事」のあいだには、因果関係はない。
たいていの場合……と書いておいたのは、儀式自体が、ある程度ストレス発散になり、有益なことである場合があるからだ。ならいいのではないかと思うかもしれないけど、いつでも、だれでも、ストレス発散になるわけではないのだ。
また、いつでも、だれでも、有益である実感が得られるというものでもない。たとえば、掃除が儀式だった場合、実際に、掃除をすると、きれいになるという実益がある。
しかし、これも、掃除をすることでトラブルが発生してしまう場合もあるし、掃除をすることで、身体がいたくなることもあるので、いつもいつも、かならず、「有益だという実感」が得られるわけではない。
「掃除をすると幸福になる」ということを信じている人が、掃除をして、さっぱりしたと思ったとする。掃除をするという儀式自体に、さっぱりする効果が、ある程度は、ある。
けど、これも、いつでもだれでも、かならず、そうなるというものではないのだ。つかれはてている状態で、掃除をしても、いい気分にはならず、つかれが増す場合もある。
「掃除をするとさっぱりして気持ちがいい」と、普通の状態で感じることができる人なのであれば、掃除という儀式のあと、快感を感じることができるので、掃除という儀式は有効だと思うのである。
けど、その人だって、気温四〇度のところで掃除をすれば、体にこたえる場合だってある。その人がきらいな音が、ガンガン鳴っている状態で、掃除をすれば、不愉快な気持ちになることだってある。
あるいは、粉塵が舞うところで、掃除をした結果、肺の病気になることだってあるかもしれない。原発作業員として掃除をした結果、なんらかの病気になることだってあるかもしれない。
「掃除をすると幸福になる」と一般化することはできない。
ようするに、一〇〇%構文の文で言うべきことではない。
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おカネの流れに注目した場合、恵まれない人から、恵まれている人におカネが流れるのである。これは、重要だ。
おカネの流れがない場合も、恵まれた人が(より高い地位になり、快感を得る)ようになっている。おカネの流れがない場合も、恵まれない人が(より低い地位になり、不快を得る)ようになっている。しくみは、カネが流れる場合とおなじだ。