2019年7月18日木曜日

かかわった人の気持ちが、ぐちゃぐちゃになる。



俺がずっと、濡れ衣を着せられてきた。

気違い親父が作り出した「ぬれぎぬ」

気違い兄貴が作り出した「ぬれぎぬ」

だれによって濡れ衣が作り出されたかなんて、本人以外、だれが気にする? 本人以外の人は、濡れ衣を濡れ衣だと思ってない。

無意識的に子供に「ぬれぎぬ」を着せる気違い親父。無意識的に弟に濡れ衣を着せる気違い兄貴。

これ、ほんとうにまったく、つもりがないんだよな。やるほうに、まったく、つもりがない。やったほうは、やったとも思ってない。ぬれぎぬをきせた」なんて思うわけがない。ごく自然に、ごく普通に、きちがい行為をやりきることによって、濡れ衣を着させる。

本人はとまらないよ。気違い的な意地でやりきる。だからやっているのに、「やっているつもりがない」。だからやったのに、「やったつもりがない」。けど、毎日、かわらずに、毎時間毎分毎秒、そういう「モード」で暮らすんだよ。だから、そうじゃない「モード」のときがない。うちにいるときは、常にそういうモードなんだよ。そういうモードができあがっている。そういう感じ方ができあがっている。そういう感覚ができあがっている。本人は、否定できない。

じゃ、こっちがひとこと言えばやめてくれるかというと、それは絶対にない。こっちがわかりやすい説明をすればわかってくれるのかというと、それは絶対にない。理解してしまったら「できなくなる」だろ。気違い兄貴だったら、思いっきりヘビメタを鳴らすことができなくってしまうだろ。俺が兄貴のヘビメタで困っているということと兄貴のヘビメタがものすごくデカイ音だということを「理解してしまったら」できなくなってしまうだろ。できなくなってしまうことは、絶対の意地で認めないんだよ。けど、「絶対の意地」が意識的なことではなくて、無意識的なことなんだよ。だから、意識は、まったく感知してないのである。だから、本人はぎちゃぎちゃな意地を張って頑固に頑固にやっているのに、「まったく知らなかった」というような意識を持つ。「意地なんて張ってない」というような意識を持つ。そういう毎日だ。そういうモードしかない。で、認めることが不都合なことである場合は、絶対の意地で認めない。これもおなじしくみが成り立っているから、意識的には、ほんとうに「やってないつもり」でいるのである。これが頭にくる。これが完全に「はいっている」と、本人はぎちゃぎちゃな意地でやっているけど、ちゃぎちゃな意地でやっていいることを意地でも認めなというようなことになるので、やられた人は腹が立つことになる。かかわった人の気持ちが、ぐちゃぐちゃになる。

   *   *   *
今日、お母さんの夢を見た。もっと見ていたかった。
まあ、お母さんもこまっているだけで助けてくれたわけじゃないけどな。そりゃ、無理なんだよ。気違いが意地を張ってやっていたら、無理なんだよ。殺さなければやめさせることができないんだよ。この、殺さなければやめさせることができないような意地……というのが、他の家族の元に生まれた人にはわからない。やっぱり、うちのなかで、見てないとわからない。他の人たちは健常者に育てられた人たちだから、わからない。まあ、異常者は異常者で、異常さの度合いと、異常さの分野?が違うんだけどな。けど、この開きは、デカイ。

常識的な「親子フレーム」を持っている人は、毒親についてあれやこれやと書いている人のことを、おもしろく思ってない。健常者同士でもあらそいはあるし、言い間違いはある。けど、片方が異常者である場合と、双方が健常者である場合は、違う。話がまったく違う。けど、双方が健常者である場合の人のほうが多いわけだ。主流なわけ。だから、そいつらは「いつまでも親のせいにするな」というような勘違い発言をする。あるいは、「俺だってこれこれこういうことがあった」というような勘違い発言をする。けど、違うから……。親子フレームを持っているということ、親子フレームに準じた発言をしているということ自体が、そのことを雄弁に物語っている。親子フレームに準じた発言をしている人の親は、健常者なのである。健常者の親であっても、それは、あらそいはある。いきちがいはある。けど、それは、異常者・健常者の組み合わせの、あらそうや、異常者・健常者の組み合わせの、いきちがいとは、ちがうものなのである。質がちがう。どうして、こういうことがわからないのか?
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。