2026年6月3日水曜日

●「掃除をすることで運があがって、就職することができた」■掃除※2026/05/26 7:08

「実際に、掃除をすると運気があがる」と思っている人は多いと思う。「掃除をすると運気があがる」というライフハック?は、けっこう、やっかいなライフハックだ。

ウィルパワーというのがあるのだけど、これはまあ、意志のエネルギーみたいなものだ。その場合、意志のエネルギーというのは、一日のなかで、使うと減るものなのだ。

だから、会社では、てきぱきと動くけど、家に帰ってくるとぐたーっとして、動けなくなるというようなことが発生する。実際に、体もつかれているのだけど、ウィルパワーも消費してしまっている。体力消費とウィルパワーの消費があると思っていい。

ウィルパワーの残存量が少ないと、「やろう」と思ってもできない状態になる。「掃除をしよう」と思っても、掃除をする気にならないということになる。

だから、会社に行って働くということで、体力とウィルパワーを消費してしまった場合は、家に帰ってきて、家の掃除をすることができなくなる。料理をする気力もないので、インスタント食品で済ませて、インスタント食品の容器をゴミ袋に入れない状態で、寝てしまう。風呂キャンセルになってしまう。歯磨きも、キャンセルになってしまう。

まあ、わずかに残ったウィルパワーで歯磨きをしても、ウィルパワーがいっぱい残っているときの歯磨きのしかたとは違った歯磨きのしかたになってしまう。

まあ、だいぶ省略した歯磨きのしかたになってしまう。そして、これは、一日のなかの話なのだけど、毎日、このような状態が続くと、一日のなかで消費できるウィルパワーが減ってくるのだ。

ウィルパワーのチャージ量も、減ってくるということになる。そうなると、余計に掃除がしにくくなる。

ある程度、休暇をとって、ウィルパワーの(一日の供給量が)あがってくると、「掃除をしよう」という気持ちになる。

だから、この時点で、ウィルパワーが枯渇している状態ではないということになる。掃除をすることができるぐらいに、ウィルパワーが回復しているということになる。

その場合、掃除以外のほかのことも、チャレンジしたくなる。ウィルパワーが回復しているからだ。

たとえば、退職して、しばらく休んだあと、そろそろ、新しい会社に応募してみようかなという気持ちになったとする。そうしたら、就職できたということがあったとする。掃除をやり始めた時期と、就職ができた時期が、だいたいおなじであって、なおかつ、掃除をやり始めた時期のほうが、就職活動をし始めた時期よりも、まえだと、「掃除をしたから、就職できた」と思うかもしれない。

「掃除をすることで運があがって、就職することができた」と考えても不思議ではない。 

ようするに、退職して休んでいる期間にウィルパワーがあがったので、掃除をする気になったということが、重要なのだ。この場合、掃除ではなくて、ウィルパワーの回復が、実際には、次の就職に結びつくことになる。 

掃除をしていたら、三万円が入った封筒を見つけたとする。これも、自分が三万円をいれた封筒のことを、忘れていただけなのだけど、三万円の臨時収入があったと思うこともできる。

その場合、 「掃除をすることで運があがって、三万円、ゲットすることができた」と考えても不思議ではない。この場合は、掃除をすることで、おカネを見つけたということだ。

けど、そのおカネは、ほんとうは、まえから、カウントするべきおカネだったのである。

まあ、掃除には、家のなかのものを(あらためて)見つけるというような効果はある。

けど、これは、「運」という考え方を応用しなくてもよい効果だ。単純に、掃除をしたので、家のなかにあるものを見つけたということを意味している。「運があがった」と考えても、いいけど、ほんとうに、「運があがった」のかどうかわからない。

掃除をしたら、田舎のおかあさんから、小包が届いたとする。その小包のなかには、メロンが入っていたとする。

これも、別に、掃除をしていなくても、小包はとどいたかもしれないのだけど、「掃除をすることで運があがって、メロンをゲットすることができた」と考えても不思議ではない。

掃除をしたあと、たまたま、メロンが届いたので、掃除の効果だと思うこともできるけど、それが、ほんとうに、掃除の効果なのかどうかは、わからない。「運があがった」と考えても、いいけど、ほんとうに、「運があがった」のかどうかわからない。

雨が降ると言ったあと、雨が降ったので、言霊(理論)は正しいと思うのとおなじような思考スタイルだ。言ったから、言霊の力によって、雨が降ったのではなくて、言ったあと、さまざまな物質の物理的な運動によって、雨が降ったのだ。

これは、言ってみれば「偶然」なのか「必然」なのかという問題なのである。

ほとんどの人間には、必然だと思いたい気持ちがあると仮定すると、この現象をよく理解することができるようになる。「言ったあと」「思ったあと」「おまじないをしたあと」「引き寄せ行為をしたあと」「掃除をしたあと」「お祈りをしたあと」「感謝をしたあと」……その個人にとっていいことが起こった場合は、自分がそれぞれの行為をしたから、そうなったのだと思いたい気持ちがある人が多いのだと思う。

これも、思いようなので、そう思っている人にとっては、そのような効果があるということになる。

「掃除」をしたあと、いいことが起こった場合、掃除をしたから、掃除の効果によって、いいことが起こったのだ(引き寄せられたのだ)と思っている場合、掃除は、いいことを引き寄せる効果があるということに……その人のなかでは……なる。

2026年6月2日火曜日

●「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」■社会※2026/05/28 3:40

まず、条件が無視されているである。そして、条件が無視されているということも、無視されている。

ところが、条件が与える影響がものすごくでかいのである。条件がちがう人は、ちがう状態で生きているのである。かりに、AさんとBさんで、能力がまったくおなじだとしても、条件がちがえば、ぜんぜんちがう結果になるのである。

ところが、条件のちがいを無視して、「言えば言ったことが現実化する」ということを言う人たちがいる。

この人たちは、洗脳されている人たちだ。

より条件の悪い人に、「無理なことを言う」というという役目がある。まあ、そのほかにも役目があるのだけど、あんまり、いい役目ではない。

ともかく、言霊について語る人たちというのは、現実的な条件を無視している。もちろん、自分のことに関しては、無視しないのである。自分が一倍速で感じることに関しては、現実的な判断をするのである。

言霊なんて、ひとつも出てこないような判断をする。

しかし、「ぬけぬけ」だから、ひとつも出てこないような判断を……自分がしたということは無視してしまう。

ともかく、条件の無視というのが非常に重要なポイントになっている。見えないスタート地点で、条件を無視している。あとの話というのは、見えないスタート時点で、条件を無視したことが、土台になっている。

あとは、特殊なことなのだけど、「人間は働くべきだ」という前提もある。

働くと書いたけど、現実的な意味を言ってしまうと、「人間は奴隷労働をするべきだ」ということになる。特権階級の人間は、奴隷労働をしなくてもいいのである。

しかし、非・特権階級の人間は、奴隷労働をするべきなのである。こういう意識がある。こういう意識が、見えないスタート時点で成り立っている。

だから、非・特権階級の人間であって、奴隷労働をしている人は……非・特権階級の人間なのに、奴隷労働をしない人間を見かけると、攻撃したくなるのである。

しかし、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提もうたがう必要がある。「生活をするために、非・特権階級の人はだれでも、奴隷労働しなければならない」という考え方は、間違った考え方かもしれない。

まあ、非・特権階級の人間であるにもかかわらず、奴隷労働をしなくてもいい社会というのが、できあがるかもしれない。そういう社会において、働くということがどういう意味をもつかというと、たぶん、ボランティアのような意味をもつと思う。

ともかく、現実世界の現実世界的な条件を無視しているということと、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」ということが、無視された前提として、話の最初にあるのだ。話の土台になっている。

言霊理論、思霊理論、引き寄せ理論、努力論を考えた場合、各論のスタート地点のまえに、現実的な条件の無視と「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という感覚がある。

「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」と、文にすると、違和感を覚える人がいるかもしれないけど、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提は、すべての論に影響を与えている。

特に、サブルーチンのなかに出てくることに影響を与えている。ものすごく、いいことを言っているように思える場合でも、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提が横たわっている場合がある。

その感覚があるんだよ。

だから、けっきょく、どの理論をとっても、「がんばればいい」ということになる。

まあ、たとえば、言霊理論の場合は「できるできると言って、がんばればいい」ということになるわけだ。言霊理論が正しいなら、別にがんばらなくてもいいのである。

言えば、それで、問題を解決できる。

だから、ほんとうは、「言えば言ったことが現実化する」ということから、「できるできると言って、がんばればいい」ということが出てくるのはおかしなことなんだよ。

けど、たいていの言霊主義者は「おかしい」と思わない。

ぬけぬけだからだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。