2021年7月31日土曜日

(できない→障害者)(障害者→できない) これは、トートロジーだ。

なになにができないことを、なになにができないという障害があると表現しているのだ。しかし、言葉がひとりあるきすると、なになに障がい者だから、なになにができないと表現されることなってしまう。

これは、トートロジーだ。

どういうことかと言うと、たとえば、簡単な計算問題ができない人がいるとする。この人にテストを受けさせる。その場合のテストというのは計算量を試すテストだ。

で、このテストの結果、この人には計算能力に関して知的障害があるということになったとする。そうなると、この人は計算にかんして知的障がい者だということになる。

この人が、ある職場で計算ができなかったとする。その場合、「知的障がい者だから計算ができないのだ」という表現が成り立ってしまう。知的障がい者だから?まるまるができない? まるまるができないということがテストで確かめられたから(認定されたから)知的障がい者なんだろ。一回転している。

例1

計算ができないから、計算における知的障がい者だ。(できないから→障がい者)

計算における知的障がい者だから、計算ができない。 (障がい者だから→できない)

例2

言葉がうまくしゃべれないから言語障がい者だ(できないから→障がい者)

言語障がい者だから、言葉がうまくしゃべれない(障がい者だから→できない)

こういうことは、おさえておいたほうがいい。本当のできない理由に関しては、語られていない。脳みそのどういうところに問題があるから、計算ができないのかということがわからない。

ある仕事のある作業のなかに、計算能力が隠れていたとする。いちおう、電卓持ち込み禁止、電卓機能アプリ使用禁止で、暗算でやる必要があるとする。ある作業は、複数の能力要素かがかかわっているとする。しかし、複数の能力要素がなんなのであるか分析されてないとする。

ある知的障がい者が、普通にその作業のアルバイトをする仕事に応募したとする。そして、とりあえず、採用されたとする。しかし、その知的障がい者は、その作業ができない。どこがどうというわけではないけどできないのだ。

だいたい、その作業の能力要素のうち、ほかのものも、できない要素であるかもしれない。作業が複数の能力要素に分解されているということはない。作業のなかに混ざり合っている。

能力要素に分解するということが言えるのではないかということが、研究をすればわかるというレベルだ。要素に分解すると言ったけど、これは、「視点」を含む。視点ちがうのであれば、還元される能力要素がちがってしまう。なので、わりとめんどうな話なのだ。

だいたい、おのおのの職場で、この作業をするには、こういう能力要素が必要だということが、明らかにされているわけではない。

その場合、「なんだか知らないけど、できない」ということが、ある。さらに、時間をかければできるというのではだめなのだ。制限時間内に、求められる個数を処理しなければならない。そうなると、これも、要素に還元できるのだろうけど、作業のはやさ(機敏さ)が求められるということになる。なので、計算能力のほかに機敏さにおいて障害がある(と言えるレベルだ)ということになると、努力をしてもできないということになる。




 

2021年7月30日金曜日

昭和型の企業文化がもう通用しなくなったので、いろいろなところでほころびが出ている……セミリタイア・FIRE 流行の根源的問題

 

 さっきまで晴れてたけど、いまは雷雨。豪雨。すげーな。これで、外壁が傷むのはいやだな。限界なんだよな。どうにかしなければならない。

あのとき、修理するべきだったのか。大規模修理。

けど、どうするんだ? 俺は二十歳の時の記憶があるからむりだ。

これも、激しく頭にくるんだよな。

ここには書けないことがいっぱいある。

けど、今日はついていた。「ハンコがいらないものは、玄関の前においてください」というようなことを書いた紙があるんだけど、配達の人が、いちおうピンポンを鳴らしてくれたんだよね。まあ、服を着て出るのにちょっと時間がかわるわけだけど……。で、まあ、そのときに、それとそれ以外の郵便物を家に入れておいたわけ。あれで、ピンポンを鳴らしてくれなかったら、雨が降ってきたということを確認したあと荷物をとりに行くわけだから、ちょっとはぬれるよね。雨が降る方向によっては、ぬれるんだよ。風もあるし。

*     *     * 

二十歳の記憶についてだけど、

ほかの人たちの行動原理とぼくの行動原理はちがうんだよ。 きちがい家族にやられてめちゃくちゃになった。あのときの切れぐあいはない。おかしいんだよな。きちがいがずっと妨害しているのに、妨害していると気がつかない。

どれだけ言っても、気がつかない。

気がつかない状態でやりまくる。頭がおかしい。頭がおかしい家族にやられて、ぼくの人生が普通の人生ではなくなっていた。こういうところの「感覚のちがい」はじつは、でかくて、一般人にうけるようなことを、俺は書けない。

そりゃ、きちがい家族!……ふたり!!……を相手にしないですんだやつばかりだからな。普通に暮らせたわけだからな。学生時代をとおして普通に暮らして、就職して仕事をしているわけだから、まったくもって、ぜんぜんちがうということになる。リタイアするにしても、サラリーマンをしていた人が、サラリーマンをしているリタイア希望者に対してものごとを言うわけだから、最初からちがう。パイの大きさがちがう。

社畜あおりだって、『自分も社畜をしてましたぁ~~~』という前提で、社畜あおりをするわけだよ。社畜という言葉は、好きではないので特別な理由があるとき以外は、ぼくはつかないけど……。

彼らが社畜という言葉をとおして表現しようとしているのは、じつは、日本企業の商習慣だったりする。まあ、日本の企業文化だよね。

もうちょっと、くわしく言うと「昭和型・日本の企業文化」なんだよ。昭和型の日本企業で求められる行動様式について文句を言っている。昭和型の企業文化がもう通用しなくなったので、いろいろなところでほころびが出ているのだ。

昭和型の日本文化が通用する時代だと、愚痴は言ってたけど、けっきょく居心地がいいから、(やめないでそこで働き続ける)ということになる。

いまは、もうだめだよ。だから、「いちぬけた」とやめてしまうやつが出てくる。ようするに、「居心地が悪くなった」のである。

+++++

ほかのやつらは、きちがい家族がどれだけの頑固さで、ひとの人生(別の家族の人生)を破壊するわかってない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。