ほんとうに、ヘビメタ騒音なしで生きたかった。それだけなんだよなぁ。
みんな、ほんとうにはわからない。あの生活がどれだけくるしい生活かわからない。わかっていない。
ほんとうに、ヘビメタ騒音で「おしだされてしまう」ものがある。
どれだけ、騒音のなかでたえて、頑張っても、「おしだされてしまう」ものが増えてしまうのだ。
きちがい兄貴が、容赦なく、きちがい的な意地で鳴らし続けたのだけど、あれは、異常な状態だ。普通の家で、あんなことがあるわけがないのである。
これも、ぼくの経験の範囲で言うと……みんながみんな「自分だって苦労した」「自分だっ騒音ぐらいあった」というけど、ちがうんだよね。
俺とおなじレベルで、きちがい家族の騒音を浴びて、暮らした人がそんなことを言うわけがないのだ。
もし、俺とおなじレベルで、きちがい家族の騒音を浴びて、暮らした人がいたら、その人は、ぼくが言うことを、すべて理解してくれる。
どんなことになるか「自分だって苦労した」と言う人は、わかっていない。
わかっていないで、言っている。
彼女のことだって、親友のことだって、ヘビメタ騒音で破壊された。ところが、こいつらはみんな「そんなのは関係がない」というのだ。どうしても押し出されてしまうことがあると言っているだろ。
どれだけ我慢したって、影響をは受けるんだよ。ずっと鳴っていていいわけがない。きちがい兄貴のやり方が、異常なのだ。
そして、普通の人だったら、いっくらなんでも、「弟がこまっている」ということがわかる。
ところが、きちがい兄貴の頭は、きちがい親父の頭とおなじだから、そこのところが、ほんとうにまったくわからないのである。
だから、悪いことをしている気持ちというのが、一切合切ないんだよね。
そして、自分が鳴らしているとき、ちょっとでも「やめろ」ということを言われると、発狂する。発狂してはねのけたら、もう、関係がない人になっているんだよね。
ものすごくでかい音で、意地になって鳴らしているのに……そのあともずっと鳴らしているのに、関係がない人になってしまう。
これも、きちがい兄貴ときちがい親父で、まったく、おなじなんだよ。
そっくりの反応なんだよ。
どれだけ、意地になってやっているか、本人がわかっていない。
「ゆずる」というのも、きちがい兄貴が、でかい音で鳴らしたいわけだから、ほんとうには、ゆずらないんだよ。
けど、〇・〇〇〇〇一デシベルでも、しずかにしてやったら、しずかにしてやったと言うことになってしまう。これも、親父と兄貴でおなじなんだよ。
「ヘビメタ騒音なしで、あの子と普通に付き合いたかった」という気持ちが、ある。「ヘビメタ騒音なしで、ダイヤとツーリングに行きたかった」という気持ちがある。
いまだに、ある。これ、両方とも、きちがいヘビメタ騒音がなければ、実行可能だったことなんだよ。ヘビメタ騒音と恋愛なんて関係がないと言う人がいるのだけど、関係があるんだよ。
あのときの、ぼくの気持ちというのは、すごい気持ちだ。
ヘビメタ騒音が鳴り始めて、六年目の気持ちなんて、ほかの人には絶対にわからない。どれだけほかの人と対立することになったか、ぜんぜんわからない。「ヘビメタ騒音で大変だということを、ほかの人に言っても」「ヘビメタ騒音でたいへんだということを、ほかの人に言わなくても」かなりまずいことになるのだ。
両方とも、悪い結果につながるのだ。「そんなことはない」と思う人がいるかもしれないけど、ちがう。あれが毎日続いていいわけがない。
どれだけ、俺が、いろいろなことで、誤解されたと思っているんだ。
「俺だって、騒音ぐらいあった」「俺だって、つらいことがあった」「俺だって苦労した」「そんなのは、関係がない」「鳴り終わったら関係がない」「そんなのは、言い訳だ」と言った人は、誤解している人なんだよ。
誤解している人が、誤解していないつもりで、半分、腹を立てて、無理なことを言ってくる。そういうことになってしまう。毎日、十数年間も鳴っていたら、そうなってしまうんだよ。
無理がいぶり発揮しているやつが「そんなのは関係がない」と言う。
いや、関係、あるんだよ。