きちがい兄貴は気がついていないけど、ぼくの人生というのは、きちがい兄貴のヘビメタ騒音に吸い取られてしまった。
一生、全部、吸い取られてしまった。
きちがい兄貴は気がついていないけど、ぼくの時間というのは、きちがい兄貴のヘビメタ騒音に吸い取られてしまった。
あの、時間……。
みんな、ほんとうに、ぜんぜん、わかっていない。
「みんな」というのは、一〇〇%詐欺じゃない。
ほんとうに、おなじことを経験しないとわからない。おなじことを、おなじ時期に経験して生きてみないとわからない。
ほんとうに、ちがう。
それから、ほかの人は、一五年目にヘビメタ騒音が鳴りやんだとき、ヘビメタ騒音がおわったのだから、ぼくがヘビメタ騒音から自由になったと思っているみたいなのだけど、ちがう。
いまも、ヘビメタ騒音の後遺症でくるしんでいる。
そして、あまりにも長い期間鳴っていたから、ぼくの履歴に取り返しがつかない汚点が残った。
これは、氷河期世代の問題どころではない。
ヘビメタ騒音そのもので、健康な体を失った。働けない体になった。ヘビメタ騒音で、働けない体になったままなのだ。ヘビメタ騒音が鳴りやんだとき……一五年目から、元の体に戻ったわけではないのである。
鳴り終わったあとも、働けない体のままなのである。
まあ、働けないというのは、通勤して働けないという意味になる。
しかし、家で働くにしろ、ヘビメタ騒音のハンディがある。
みんな、鳴り終わったら、ものと体にもどると思っている。
けど、そうじゃないんだ。そして、みんな、ヘビメタ騒音の影響について、考え違いをしている。
過小評価している。
ぼくが気持ちをかえれば、それで、切り替えられるものだと思っている。
ようするに、ヘビメタ騒音の影響を受けずに暮らせると思っている。
ヘビメタ騒音の影響を受けずに『普通に』働けると思っている。
ぜんぜん、ちがう。
* * *
ちょっとだけ言っておくと、就職氷河期の問題というのは、新卒カードの問題と適切な時期に正社員としてのキャリア(履歴)がない問題なのだ。
新卒カードの問題と適切な時期に正社員としてのキャリアがない問題と書いたけど、新卒カードの問題というのは、適切な時期に正社員としてのキャリアがない問題のなかに含まれるので、まとめて言うと、適切な時期に正社員としてのキャリアがない問題だと言える。
適切な時期に正社員としてのキャリアがない問題だけでも、就職氷河期の人には、非常にでかいハンディが発生している。
適切な時期に正社員として就職できなかっただけで、ものすごいハンディがしょうじるような社会構造なのだ。
就職氷河期の人は、七年間きちがいヘビメタ騒音の毎日を経験して、普通に働くことができなくなったぼくとは、ちがう。
いちおう、普通に働ける体をもっているのである。
それですら、大学卒業時において、あるいは、高校卒業時において、正社員として働くことができなかったということが、人生全体のハンディになってしまうのである。
就職氷河期の条件が普通の人は、就職氷河期の条件がいい人や、ほかの世代から、めちゃくちゃなことを言われるようになる。
ようするに、言霊理論、思霊理論、引き寄せ理論、努力論、自己責任論が根底にあることを言われるのである。
影響がでかい順に並べると、努力論、自己責任論、思霊理論、言霊理論、引き寄せ理論ということになるだろう。
しかし、この順番は厳密な順番ではない。
努力論のなかに自己責任論がとけてはいっている場合だってある。明確に区切ることはできないにしろ、発言の前提に努力論、自己責任論、思霊理論、言霊理論、引き寄せ理論が成り立っている発言がある。
就職氷河期の「普通の人」が経験した不利な状態というのは、ほかの世代の「考え方」や就職氷河期の「有利な人」が作り出しているという「側面」もある。
社会的な信仰が、不利な条件を成立させるのである。
適切な時期に正社員の履歴がないというが、不利な状態をつくりだしているのである。適切な時期に正社員の履歴がないことだけでも、ずっと影響を与えることなのである。
体がじょうぶでも、ずっと、影響を与えることなのである。
ヘビメタ騒音というのは、ほかの人には、あんまりわからないことなのだけど、適切な時期に正社員の履歴がないという状態をつくりだしてしまう。
その点では、就職氷河期の問題とおなじなのだ。
しかし、問題はそこでとどまらないのである。ぼくは、健康な体を失った。普通に働ける体を失った。社会が想定している普通の労働に耐えられる体を失った。普通に働ける体を失ったということは、でかいことなのである。
そして、普通に働ける体を失ったということすら、普通の人は理解しないのである。
ぼくには、きちがい家族が鳴らす、騒音の毎日がある。
それは、でかいことなんだよ。高校を卒業したあとも続いたけど、高校を卒業する時点の七年間で、鳴りやんだにしろ、ぼくは、普通に働ける体を失った。
ああっ。
あと、過去否定論者というのがいた。
こいつらは、問題を矮小化してとらえてしまう。
本人は、その問題を抱えていないから、わかっていないだけなのだ。
たとえば、過去否定論者である「本人」は、ぼくのような騒音問題を(人生のなかで)抱えなかった人なのだ。
だから、体の問題と、騒音の問題を切り離しして考えてしまうのである。
騒音の問題と切り離した体なんて、ヘビメタ騒音がはじまってから、なくなってしまったんだよ。
ずっと、つながっているのぉーー。
り・く・つ・づ・きなんだよ。陸続き。
切れ目なくずっとつながっているんだよ。
過去の問題じゃないんだよ。ほんとうにまったくわかっていない。