2017年5月20日土曜日

「ダメ人間」カテゴリに登録している人が「ダメ人間」と言われて怒るわけ 考察1

そもそも、ダメ人間という言葉が嫌いなので、あんまり書きたくないのだけどいちおう、書いておくか。最初に断ったとおり、ぼくは、ダメ人間という言葉が嫌いだし、他の人を「ダメ人間」と言う気持ちにはなれない。

ブログ村のカテゴリーにはダメ人間というカテゴリーがある。で、当然登録している人たちもたくさんいる。で、登録している人たちは、たぶん、「ダメ人間」という言葉によいイメージを持っていると思う。ここらへんは、本人じゃないからわからないのだけど、悪いイメージしか持ってないなら、登録しないんじゃないかと思う。

「ダメ人間」という言葉に対するイメージは人それぞれだ。たぶん、ダメ人間カテゴリーに登録している人たちは、「愛すべきダメ人間」「愛嬌のあるダメ人間」というようなダメ人間をイメージしているのではないだろうか。いっぽう、「ダメ人間」という言葉に対して、「愛すべきダメ人間」「愛嬌があるダメ人間」というようなイメージを、持ってない人たちもいる。

愛すべきダメ人間の場合は、ダメと言われる要素を持っているのだけど、他のところでよい部分がたくさんあるから、ダメな部分が対照的な魅力としてうつるのではないだろうか。

いっぽう、普通の人が持っているダメ人間に対するイメージは、「ガチのダメ人間」「真性ダメ人間」のイメージなのではないだろうか。これは言ってみれば、「悪いダメ人間」で、よいイメージが入ってない。

だから、登録している人は「ダメ人間」という言葉によいイメージを持っていて、ダメ人間カテゴリーに登録されたブログを読む人はダメ人間という言葉に対してよいイメージを持ってない場合があるのではないだろうか。

そのような場合、ダメ人間によいイメージを持って、ダメ人間カテゴリに登録した人に対して、ダメ人間に対してよくないイメージを持っている人が「本当にダメ人間ですね」というようなコメントをすると、ダメ人間によいイメージを持ってダメ人間カテゴリに登録した人が、傷つき怒るのではないのではないかと思う。


「本当にダメだな」「本当にだめ人間だな」と愛情がない状態で言われた場合、自分が腹を立てるかどうかを考えてから、だめ人間を標榜したほうがいいんじゃないかと思う。



2017年5月13日土曜日

不都合なことを言われたら、否定して荒れるという選択肢しかない

あれ、本当に「やめろ」「鳴らすな」「いいかげんにしろ」「やめろ」「うるさい」「鳴らすな」と言われた後、何時間鳴らしても※まったく鳴らしたつもりがなかった※んだな。

親父が切れちゃうのとおなじで兄貴も切れちゃうんだよな。

自分が怒ったら、相手にそれを押し付けても、押し付けたつもりがない状態になる。「押し付けた」ということがほんとーーーにわからない状態になってしまう。これは、関係性の否定だ。

きちがい親父が兄貴に使えないハンダゴテを押し付けたとき、たしかに、「押し付けた・押し付けられたという関係性」が生じている。きちがい親父が「大丈夫だ大丈夫だ」と言って押し付けたのだから、親父はこのことに関係がある。関わりがある。けど、怒って押し付けた瞬間に、「そんなんじゃない」ことになってしまう。

切れちゃっている。関係が切れちゃってる。

「なにも押し付けなかったつもり」なんだよな。

そして、たとえば、「大丈夫だ」という意見を押し付けたつもりもない。ハンダゴテを押し付け、「大丈夫だ」という意見を押し付けているのだけど、押し付けたつもりがまったくない。

で、「大丈夫だ」というのは、合理的な判断ではなくて、もし、大丈夫でないことを認めてしまったら、自分が金を払わなければならなくなるという恐怖から出てくる判断なのだ。

だから、この恐怖が続く限り……可能性としても!恐怖が続く限り……認めてやるわけにはいかないのである。「ともかく、なんだろうが、大丈夫!」なのである。「大丈夫でない」ということは、死んでも認めることができない。

そういう意地で、「大丈夫だ大丈夫だ」と言い張る。何度も言うけど、そういうふうに言い張っているのは、ただ単に、認めてしまったら、金を払わなければならなくなるからで、相手が言っていることを理解して、理解した上で大丈夫だといっているわけではない。

兄貴も「大丈夫大丈夫」と言ったことがある。それは、兄貴の友達に「こんなでかい音で鳴らして、家族の人、大丈夫なの?」と聞かれたときに、「大丈夫、大丈夫」と答えている。

で、本人はまったく気にしない。本当に、まーーーったく気にしない。この時点でも、きちがい兄貴が鳴らしている音が、「でかい音なのだ」ということに兄貴は気がついてない。

うちの人に言われたら、無視するというのはわかるけど、よその人に言われても、重要なこととは受けとめないで、言われたって言われなくたっておなじこととして、まったく気にしないで「流してしまう」のである。言われたつもりさえしない。カオ君……兄貴の友達まで、「うるさい音」「大きな音」と言っているのだから、普通なら「大きな音で鳴らしている」「うるさい音で鳴らしている」ということに気がつきそうなもなのだが、絶対に気がつかない。気がつかなければ、どれだけでかい音で鳴らしてたって、でかい音で鳴らしていることに鳴らないのである。本人の中では!! それが、一年続けば、一年続くわけで、最終的に一〇年間続けば、一〇年間続くわけなのである。で、その一〇年間は、毎日、大きな音で鳴らしているのに、本人のなかでは!!ぜんぜんそのつもりがない一〇年間なのである。

よその人に「大きな音」と言われても「大きな音なのかな?」と疑問に思ったりしない。よその人に「大きな音」と言われても「大きな音」だとは認めない。これが、兄貴のやり方だ。兄貴のなかで、これがあたりまえなので、大きな音で鳴らすことはなんら問題があることではないのである。

で、そう決めたら、もう、そうなんだよ。

無意識的に決めたら、どれだけ、起きているときに、「大きな音だ」と言われても、本人はまったく「こたえない」。大きな音で鳴らしているという認識すら、ぜんぜんしょうじない。で、そのまま、鳴らし切る。だから、大きな音で一日中鳴らしているのに、本人は、「大きな音で一日中鳴らした」ということはないと思っている状態だ。そういうところで、突き抜けている。ぬけている。素通り。どれだけ、こっちが「大きな音」と言っても、一四年と数ヶ月間、ずっと毎日、「大きな音だ」ということを認めずに、やりきるのである。だから、一四年と数ヶ月間、毎日「大きな音」で鳴らしてたにもかかわらず、本人は……本人には、まったくそういう「つもりがない」のである。

そういうヘンなことが、普通にあるのが「うち」。きちがい親父にやられてから、きちがい兄貴はずっとそうだ。だから、毎日やっていることなのに……こだわりきってこだわりきって毎日毎日、絶対の意地でゆずらずにやっていることなのに……ぜんぜんやったつもりがないというきちがい的な状態ですごしていた。うちでは、それが普通。それが普通の毎日。それが普通の状態。

きちがい親父のハンダゴテとおなじで、「うるさいからやめろ」と言われた時点で関係性が切れてしまっている。どれだけ言われたって「やったってやってないこと」なのである。「やったってやってないことだから、一切合切関係がないこと」なのである。「うるさくしているとしてもうるさくしてない」のである。「大きな音であるとしても、大きな音じゃない」のである。

自分がでかい音で鳴らしているということに気がつくのは、兄貴にとってとてつもなく不都合なことなのである。

で、不都合なことは、どれだけ何回言われても、認めない。

その認めないというのは、親父とおなじで、自分が関わっている感じすらしないのである。自分が頑固に押し付けたこと、押し付けていることなんだけど、……その場面さえすぎてしまえば……言われなかったことになってしまう。「そんなんじゃないこと」なのである。

もし自分が認めてしまったら、自分が「いやなこと」をしなければならないときは、どれだけ明らかなことでも認めるわけにはいかないのだ。なんて言うのかな、兄貴も親父も、言われる前から決まっているんだよ。

で、どれだけ言われても、それがかわることがない。相手がどれだけ、強く、何万回言っても、最初の気持というか、最初の徹底がわかることがない。

親父にしてみれば、新しいハンダゴテを買うために金を払うのがいやだという気持ちがある。そして、兄貴は、なんだろうが自分が思った通りの音で鳴らしたいから、本当に音を下げるのはいやだという気持ちがある。この気持ちが、表面には出てこないのである。理解してやらない本当の理由は、これだ。絶対に認めない本当の理由はこれだ。けど、「自分はやってやりたくないから、相手が言っていることを認めるのはよそう」というように、意識的に思っていることではないのだ。

けど、最初から、決まっている。要するに、認めてはならないことが、最初から決まっているから、どれだけなにを言われても認めないで怒るだけなのである。

で、これ、二〇万回繰り返したって、三〇万回繰り返したって、おなじなんだよ。もとの部分が、消失しない限り、ずっと続く。親父にしてみれば、金を出したくないという気持が消失しない限り、どれだけ「このハンダゴテは使えない」という証拠を出されても、「大丈夫だ大丈夫だ」と繰り返すだけで、「使えない」「だめなんだ」ということを、認めない。

これ、判断はなされてないのだけど、命はかかっているんだよ。

命がけで、認めない。逆上して認めない。
相手がハンダゴテをなにに使うのか、そして、自分が押し付けたハンダゴテがどういう用途のハンダゴテなのかということを冷静に考えて、それで判断して、「大丈夫だ」と言っているわけじゃないのである。最初から、親父のなかでは「大丈夫」に決まっているのである。大丈夫でなければ、金を払わなければならない……金を払う可能性が生じてしまう。だから、考えるまでもなく、最初から、相手がなにを言おうと、相手が何万回言おうが「大丈夫だ」ということになっている。で、怒り狂う。これ、本当は、相手が怒りたいところなのだけど、否定する本人が怒っちゃうんだよな。怒り狂ってはねのけて、認めない。ちょっとでも時間が経つと、こんどは、「認めなかった」ということを認めないということになる。おなじしくみが成り立っているから、代入される項目がちがうだけで、反応はおなじ。出てくる結果もおなじ。金を出したくないときは「大丈夫だ」と言って、自分がそういうことを実際にしたということを認めたくないときは、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」と言うんだよ。言うというよりも、絶叫!!! 逆上して、絶叫する。発狂して、怒鳴り散らす。「やってやった!!やってやった!!!そんなんじゃない!!!そんなんじゃない!!!なんだぁ!なんだぁ」と顔を真っ赤にして、怒り狂う。で、その時も否定しているのだけど、今時ちょっと時間が経つと、そうやって「否定していた」ということを否定する。代入される項目がちがうだけで、やっていることはおなじなんだよ。

不都合なことを言われたら、否定して荒れるという選択肢しかない。兄貴もおなじなんだよ。自分が思いっきり鳴らしたい……自分が満足できるでかい音で鳴らしたいという気持ちがあると、それに反することは、一切合切認めない。ちょっと時間が経てば、認めずにやりきったということも、認めない。認めないまま、その行為をやり続ける。「やってんじゃないか!!!」というのが通じない。本人は、「そんなんもりじゃないまま」「頑固に」「やり続ける」。終わりがない。本人がやりたい以上、終わりがない。うちでは、自分が思ったとおりの音でガンガン鳴らしたいという気持ちがあったんだよ。で、そういう気持ちがある以上、うちでは、なにがなんだろうが、どんなことを言われようが、こだわりきって鳴らした。これが事実だ。きちがい兄貴が「ゆずってやった」とか「そんなに鳴らしてない」と言っているのは、真っ赤な嘘。きちがい親父の「やったってやってない」とおなじ。で、親父も兄貴も「やったって」の部分がとれてしまう。だから、本当は意地になってやったこと!! 頑固にこだわりきってゆずらずにやったこと……なんだけど、「やってない!!やってない!!」と言う。言い出す。言い出したら、おなじなんだよ。代入される項目がちがうだけで、パターンはおなじ。で、自分が発狂して、否定したら、本人だけは!!!それで、済んじゃってるんだよな。ぜーーぜん、関係ないことになっている。自分が関係したという感じがまったくしない。本当にまったく関係がないことになってしまう。で、それもパターンとして繰り返すわけで、その場で、殺さなければ、やめさせることができない。





2017年5月5日金曜日

今回見た夢は、かなりよかった

午前四時ぐらいに、ドクターペッパーを買いに自動販売機まで行って、買って帰ってきた。で、飲んで、「つかれたな」と思っていた。そのあと、紅茶を飲み出して、何杯も飲んでた。で、眠りたくなったので、横になって眠った。

今回見た夢は、かなりよかった。小便に起きるたびに話しがリセットされてしまうのだけど、続きが見たかった。特に、第一部の続きが見たかった。第一部の夢は、男女二〇人、三〇人ぐらいが、でかいプールのような風呂に入っていているのだけど、たまたま横に来た女の人がものすごく話があう人で、「ほんとうにそうだ」と頷きながら話しを聞いているという夢だ。風呂と言っても、みんな水着を着ている。横に来た女の人は白いワンピース型の水着を着ていた。で、その人が言っていることが、全部正しい。「ほんとうにその通りだ」「それは言える!」と言いながら、話を聴いていた。あれだけ、話があう人は、めずらしい。「ほんとうにそうだよね」と相づちをうちながら聞いていた。ともかく、意見があう。

で、二部は、宇宙船が不時着してしまう話しだ。男女二〇人、三〇人ぐらいが乗っている宇宙船にぼくも乗っている。で、これ、まあ、宇宙船で高速移動しているのだけど、なかは、共同スペース付きアパートみたいな感じなんだよ。といっても、スタートレックみたいな感じの宇宙船なんだけど。で、どこかの星に不時着してしまう。燃料不足なのか、どこかが故障したのかわからないけど、たぶん、「こしょう」なんだろうなと思う。いま、こしょうを、胡椒、呼称と変換したので、話が途切れた。故障したのあとに、こしょうと書いたら、故障と変換してくれよ。

で、その星は廃墟になっている星で、……(ほしも)うまく変換できなかった。困るなぁ。その星が廃墟のようになっていて、先住民というか、星の人がいるのかいないのかわからない。で、地下のようなところに食料となんか使えそうなものがあるんだけど、地下のようなところを探索していたら、他の人が出てくる。出てくるのだけど、最初から、こっちを敵として認識しているようで、ジュウのようなもので撃ってくる。で、まあ、「あらそうつもりはない」「宇宙船が故障した」「食べ物があったらわけてほしい」「なかったらしかたがない」「燃料があったら、わけてほしい」「なかったらしかたがない」「宇宙船をなおして出て行くから、協力してくれ」というようなことを言っているのだけど、なんと言っても、言葉が通じない。物陰に隠れて、撃ってくるので、応戦したくないのだけど、うえに書いたようなことを言いながら、身を守るために、なるべく、相手が傷つかないように、しかたがなく応戦しなければならなくなった。まあ、なんて言うのかな。応戦と言っても、威嚇射撃みたいな感じだ。で、実は、先住民(星の人)のほかに、やはり、宇宙船の不調で不時着した、別のグループがいて、そのグループのリーダーみたいな人とも、食料と燃料を巡ってあらそいが生じる。あらそいが生じるのだけど、あらそいを通じて友情のようなものも生じてしまうという、すごくいい話だ。

   *     *     *

俺の人生はというと、言葉が通じない宇宙人よりも話が通じない家族にやられて悲惨なものだったよという……。これ、ほんとうに、どれだけ言っても、普通ならヒトコト言えばわかることがまったく通じてなかったんだなと思う。それは、相手の頭の問題なのである。けど、騒音が続いてしまったら、俺の問題になってしまうというところがある。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。