2017年11月12日日曜日

育ての親をゆるしたつもりだったから、自分が理由がないことで発狂してこどもにぶちあたっているということがわからなかった

ヘビメタ騒音が鳴っている感じがする。
ヘビメタ騒音に関係がない文章を書いているあいだもヘビメタ騒音が鳴っている感じがする。雰囲気がある。日曜日の午後三時一八分。この時間帯はヘビメタが鳴ってた。どれだけ『鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!』と言っても、ヘビメタが、けたたましい音で鳴っていた。ほんとう、耳元で人が目一杯絶叫する声よりもデカイ音で鳴ってた。もう、死にたい。あの連続は死にたい。ほんとうに、自分の部屋で慣らしているから『関係がない』と思っているのかもしれないけど、つながっていて、ほぼ、きちがい兄貴の部屋で鳴っているのとおなじ音で鳴っているんだよ。きちがい兄貴とスピーカーの距離は、壁を考えなければ、ぼくとスピーカーの距離とおなじなんだよ。ぼくのほうからみれば、後ろを向いているけど。けど、けど、あまりにも音がでかすぎるので、後ろからも相当の音が出ていて、ほとんど、かわりがない音で鳴っている。

死にたい。どれだけなにを言っても、この雰囲気がかわらない。
人に説明したって、そりゃ無理さ。そもそも、そういう経験がない人ばかりなのだから。そりゃ、無理だ。

それにしてもつらかったな。鳴っているあいだじゅうずっとつらかった。そして、鳴り終わった後もつらかった。一日の中で、鳴っているあいだもつらかったし、……発狂的につらかったし……鳴り終わった後も発狂的につらかった。発狂的に不安になって発狂的につかれた。そして、人生の中で鳴っているあいだもつらかったし、鳴り終わった後もつらい。人生の中で、鳴り終わった後も、ずっとくるしい。全部とられた。この、是分とられたというのは、行きすぎた一般化じゃない。大げさに言っているわけでもない。これ、あしかけ一五年間、一一歳から二五歳まで、毎日やられた人間じゃないとわからないけど、ほんとうに人生の全部がヘビメタ騒音だよ。ヘビメタ騒音の影響で、何周も何周も遅れて、くるしいよ。ヘビメタ騒音がなければ、普通に立てたスタート地点にすら、四〇歳後半で立てないという状態だ。どんだけみじめな状態か。これ、ほんとうに、普通の人は言ってみれば、ヘビメタ騒音ゼロ時間、ヘビメタ騒音ゼロ日、ヘビメタ騒音ゼロ年で暮らしているのだから、ずるい。ぼくからみるとほんとうにずるい。こんな、ブーストアップはない。ヘビメタ騒音がどれだけのハンディになっているか? ヘビメタ騒音をゼロ日しか経験したことがない人に、わかったようなことを言われる。きちがい兄貴まで、わかったようなことを言っているような状態だからな。『人生はくるしい』『働くのはたしかにたいへんだ』とか……きちがい兄貴がやったのに!!! きちがい兄貴が静かにしてくれれば、こまってないんだよ!!!! おまえ、ほんとうに、きちがい親父とまったくおなじ頭なんだな。まったく、わかってない。自分がこだわってこだわって、毎日毎日、何年間も何年間も、頑固にやったことがまったくわかってない。ひまさえあれば絶対に全力で鳴らして……気違い的にデカい音で鳴らして、静かにしてくれかなったんだよ。親父の態度とおなじなんだよ! 

これも、『親父の態度とおなじ』と言っても、他の人は、まったくわからない。『親父の態度』がわからないからだ。『うち人』じゃないとわからない。お母さんは天国に行ってしまったので、『うちでの親父の態度』がどんなものか知っているのが、きちがい兄貴だけだ。きちがい兄貴よ!!

きちがい兄貴は親父だ。きちがい兄貴は、親父の態度でヘビメタにこだわりくつして、親父の態度でヘビメタをガンガン鳴らした。こっちのことなんて、考えない。考えることさえ出ない。けど、本人は「考えた考えた」となる。真っ赤な顔して、そういう嘘を絶叫する。嘘なんだよ。

これ、ほんとうに頭がおかしい気違い野郎だから、まったく!!!!!まったく!!!!!わかってないんだよ。そういうふうに言ったあと、全力で鳴らしてもまったくなにも感じない。どれだけもめても、まったく!!!!!なにも感じない。「やったってやってない」ことになっている。やっている最中から「やったってやってない」ことになっている。

どれだけ、こだわってこだわって!!!やるか。

どうしたって「やってんじゃないか」「こんにゃろうほんとうにふざけやがって」という気持ちになる。。これ、悲しいことだけど、ふざけているつもりがまったくないの。

全力でやっていて、やってないと思っていて、ふざけているつもりがまったくない。けど、「自動機械」のようにやってしまう。息を吸うようにやってしまう。人間って普段息を吸っているよね。そういうレベルでやるんだよ。気にしないで。息を止めることができないのとおなじで、やっていることを止めることができない。これ、ほんとうに、言いがたい態度だからな。

これ、言いがたい。

きちがい親父は、若い頃……子供が小さいころ……息を吸うように、わけのわからないことで怒り狂っていた。普通の人は、『理由がないのに怒る人なんていない』と考える。けど、その場面では理由がないことで怒る人はいる。人生的な八つ当たりなんだよ。自分の育ての親にやられ、くしやくてくやしくくやしくて、たまらなかったことを、やり返している。しかも、自分は「まったくこだわってないつもり」なのである。育ての親をゆるしたつもり!なのである。

これ、「ゆるし」とかそういうことを、言う人がいるけど、意識的な「ゆるし」が、こういう人間にとってどれだけ有害なことか、まったくわかってない。

親父の場合、意識的には「水に流して」ゆるしたつもりだから、自分が(理由がないことで怒っている)ということが、わからなくなるのである。否認する。頭がおかしくなってしまう。矛盾した意識が生じてしまう。ほんとうに普通の人もぜんぜんわかってない。

親父は無意識的なレベルでゆるしてかなかったから、理由がないことで爆発していたのである。怒り狂っていたのである。うちにいれば、息を吸うように、わけのわからないことで怒り狂っているというのが、普通の状態なんだぞ。

しかも、八つ当たりしているということがまったくわかってない。発狂的なレベルで頑固にそうして、発狂的なレベルで頑固にやっていることを認めない。ほんとうに、意識のレベルでは、わからない。やってないことになっている。じゃあ、やめられるのかというとやめられない。こういうことが、ほんとうに他の人にはわからないんだよな。これ、大学院を出て心理カウンセラーをやっている人、精神科医でもわからない人がいる。わかってない人がいる。

兄貴のやり方もおなじで「やったってやってない」なのである。止めようとしたら発狂して刃向かって、発狂して頑固にやる。ほんとうにやめさせようとしたら、殺さなきゃならない。兄貴は、自分の部屋で鳴らしてたからわかってないのだろうけど、俺は自分の部屋で、兄貴を殺さなければならないという理論、感情と戦ってたんだよ。容赦なく!!!きちがいヘビメタが連続して!!!攻めよせてくる。どういう空間だと思っているんだよ!! この部屋が!! この部屋が!!

2017年7月31日月曜日

負の交流(ぼく固有のものであって公開バージョン)

やっぱり、ヘビメタで人生がないから、つまんない。
つまんない~~~
この時間、ヘビメタが鳴ってた。どれだけやっても、やめてくれなかった。いま、午後七時〇三分。
キーキードカスカ鳴っていた。


ガーーって鳴ってた!!!鳴ってた!!くそうるさかった。
死にたかった。うるさいから死にたかった。
「このままじゃぼくの人生がない」と思っていた。思っていたというか、きゅーーっとくる。騒音……爆音のなかで、発狂的な気持ちになっていた。あの連続は、たまらない。鳴っているあいだじゅうずっと連続する。朝から、一二時間やられているような状態だと、鳴り終わったあと、きゅーーーっと一気に冷えて、死にたくなる。

鳴っているあいだも、死にたいし、鳴り終わったあとも死にたい。これ、鳴っているあいだは、暑くなって死にたいし、鳴り終わったあとは冷たくなって死にたい。そういうことの繰り返しで、人にはわからない、「疲労」がたまった。「暗い気持ち」がたまった。

だから、これは、そういう毎日が何千日も続いた、ぼく固有のものであって、一般的な日常生活のなかでの疲労や一般的な日常生活のなかでの「暗い気持ち」とはちがう。

だから、一般的な日常生活のなかでの疲労に対処したことをやればいいと言われても、困るんだよ。意味がない。「そんなの、やりもしないで」などと腹を立てられてしまうのだけど、つらい。

ぐたぐたな一五年間は……そんなことは、やること自体が……無理だし、それ以降も、無理なんだよ。

体がちがってしまっている。

だから、あれをやれば良いこれをやれば良いというアドバイスは、なんか、つらいのである。で、なんて言うのかな? これ、アドバイスされた通りにやっても、ぜんぜん楽にならないと言ったら、そういう人たちは、機嫌が悪くなるわけだろ。機嫌が悪くなるとまでは言わないまでも、あんまり、いい気分じゃないわけだろ。そういうあんまりいい気分じゃない経験が積み重なると、やばいんだよ。親友や友達とのあいだでも、そういうことが、いっぱいあった。

ともかく、これは、負の交流なんだよな。きちがい兄貴が、ずっと鳴らしていて、治る見込みがない場合は。普通の生活をしているわけではない。それは、ヘビメタ騒音生活一五年に関しても言えるし、一五年目以降も言える。実際には、一四年と数ヶ月間なので、一六年目以降じゃなくて、一五年目以降という言い方で、正しい。

2017年7月27日木曜日

これで、俺がそとで働いてもおなじなんだよ


俺の一生、どうすっかな??

これ、ほんとう、困ったことになってしまった~~
ヘビメタ騒音のことでずっと悩みっぱなし。
他の人には、ない悩みなんだよな。これ、ほんとうに、どれだけ長いか?

きちがい兄貴がどれだけ「他人」の不利をしてやってきたか。これは、血がつながっているから他人ではないのにという意味ではない。「やってない人」としてやってきたのである。「鳴らしてない人間」として鳴らしてきた。「関係がない人」として、ずっと「関係があるのに」「張本人なのに」鳴らしてきた。ずっとやっている張本人が、ずっとやってないつもりでいるとか、いたとか、どういうことなんだよ? で、問題の本質はそこにある。どれだけ長い間、毎日毎日、そういう立ち位置で「やってきたか」。舞値に毎日、こだわりつくしてやっているのに、本人は、毎日毎日、まったくやってないつもりなのである……これ!! こういう「きちがい構造」……これが問題なんだよ!! これがぁ!!

他の人にはわからない問題。他の人にはまったくわからないぼくの悩み。問題。それで、だるくなったら、俺が他の人から悪く言われる。虚弱体質だと思われる。だれだって、あんな生活をしていたら、つかれるのに……。俺は、がんばってがんばって、そういうところを見せないようにやってきたのに……最終的には、疲れ果てて、けっきょく、つかれやすいからだになった。睡眠回路もこわれたので……根本的なところで睡眠回路がこわれた。これも、「ひきこもる」と普通に昼夜逆転して、夜起きて、朝寝るような生活になるんだけど、それとは、違うんだよな。ヘビメタ騒音が七時間から一二時間鳴っているにもかかわらず、通い続けた七年間があるかどうかで違う。この期間の長さは言いようがない。ぎりぎりのところで、たえてきたけど、限界だ。ヘビメタ騒音+通学ということを繰り返してきたぼくと、引きこもったあとに昼夜逆転といった睡眠障害を抱えた人とでは、おなじ睡眠障害であったとしても、質が違うんだよな。ぼくのほうが治りにくい。

で、これも……たとえば、「Aさんというもと引きこもりの人も、働き始めたら、昼夜逆転が治った。だから、あなたも働けば、昼夜逆転が治る」「入眠時間の回転が、ちょうど一般人とおなじになったときに、楽なバイトからはじめれば良い」と言ってくるひとも出てくるわけなんだ
けど、違う。

違う!!違う!!違う!!!

これも、せっかくのアドバイスをぼくが※むげに※否定しているように思えるかもしれないけど、違う。経験が違う。そもそも、病気の原因も病気の程度も違うのだから、せっかくだけど……悪いけど、役に立たない。役に立たないどころか、ヘビメタ騒音をまったく体験したことがない人のこういったアドバイスは、ぼくを傷つけまくる。それは、ぼくが何十回何百回?とトライしたけど、できなかったことなんだよ。最初の七年間の経験がきつすぎる。日曜日も、ガンガン鳴っているという状態が、きつすぎる。平日と土曜日だけではなくて、休みの日も容赦なく、一日中鳴るというのがきつすぎる。休みにならない。休憩できない。日曜日は、ヘビメタ騒音の時間が、増えてしまう……正確には、長くなってしまうので、きついままであり、……正確にはきつさが増す。他の人にとっては、休みである日曜日に、ヘビメタ騒音のつかれが、増大してしまうのだ。こんなのはない。月曜日どれだけきついか。夏休み期間中なんて、毎日が日曜日みたいなものだから、ほんとうに、エンドレスに四〇日間、朝から晩まで、……他の家では迷惑だから、兄貴自身が鳴らせないようなでかい音で……鳴らしやがるんである。主語は、もちろん、兄貴だ。兄貴が鳴らす。鳴らした。



ああ~~

そとに出ても、つまんない。
これで、俺がそとで働いてもおなじなんだよ。だから、「引きこもり問題」自体はそんなに問題じゃない。「ヘビメタ騒音問題」自体のほうがずっと問題だ。

あれ、ほんとうに、俺が大学入学試験前に死にものぐるいで頼んでいるときに、わりと「のんきな」反応を返してくることがあったんだけど、ほんとうに!!でかい音で鳴らしているつもりが、まったくなかったんだな。あれだけでかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているというつもりだけが、ずーーっとずーーーっとまったくないとか、ほんとうにどうかしている。

で、兄貴にとってみれば、そういう感覚で「好きなだけ」鳴らした方が都合がいいわけだから……。でかい音で鳴らしているという知覚・認知・認識はないほうがいいんだよな。ほんとうに、ばかにしている。

ほんとうに、そういう「人をばかにした態度」なんだよな。

もちろん、これも、無視の度合いが強いほど、そういう態度で接しているということがわからない度合いも強くなる。これ、「ほんとうは悪意があって、わからないふりをしている」というのではないんだよ。だからこそ!!!たちが悪い。

どれだけ言っても、ほんとうには、通じない。どれだけ言っても通じない親父のように、通じない。

これだって、「そのこと(ヘビメタ騒音問題のこと)はお兄さんとよく話し合えばいい」とアドバイスしてくる人には、わからない。「通じない」の「通じない」がわからない。

アドバイスをしてくれる人は、相手が普通の人だと思っているんだよな。相手が特殊な精神異常者だから、困る。どこが特殊かというと、「うちでだけ」そういう感覚で、悪さをするということが違う。

よそでもやれば、一発でわかるのに!!

引っ越した先の新しいうちでは、一分間だって鳴らしてないんだよ。だったら、うちでも、できたはずなんだよ。

けど、一分間だって鳴らさないどころか、一分間だって、絶対に静かにしなかったんだよ。そういう毎日なんだよ。

うちにいるあいだの一四年と数ヶ月間(あしかけでは一五年間)は、そういう毎日なんだよ。

で、そういう毎日でまったく疑問を持たない。親父のように、まったく疑問を持たない。親父のようにどれだけやっても、まったくやってないつもりでいる。発狂して押し付けたことなのに、親父のようにまったく押し付けてないつもりでいる。押し付けてないつもりなら、どれだけ押し付けたって、押し付けたことにならないのである。

精神異常者だから、「押し付けているだろ」とこっちが、どれだけ言っても、「わからない」状態なんだよな。ほんとうに、気違い的なレベルで相手のことはまったく考えない。自分がやっていることで相手が困っているということを、けっきょく、一五年間ずっと認めないで、一五年間毎日鳴らし続けた。何度も言うけど、一五年間というのは、あしかけ一五年間だ。

2017年7月24日月曜日

クーラーをつけている理由は、蕁麻疹対策。

ほんとうにつまらない。どうにかしてくれ。ダイヤ、遊びこい!

あ~~~

実は、一昨日、……。まあいいや。

ともかく、今年は電気代を気にせずに、ずっとクーラーをつけているから、涼しいよ。それでも、……それでも! なんか、暑くて、だるいときがある。やはり、節約モードからはぬけられないらしく、三〇度に設定してつけているから、暑いときもある。まあ、二九度にするけどさ。二九度は、だいぶ涼しい。けど、ほら、クーラーっておなじ温度設定でも、涼しいときと涼しくないときがあるじゃん。

それに、うちの他の部分は、猛烈に暑くなっているからね。(自分の部屋以外は、かなり暑い状態)。

クーラーをつけている理由は、蕁麻疹対策。
暑くても、寒くても、蕁麻疹がでる。

ずっとクーラーなし耐熱生活をしていたら、体が、適応できなくなったらしくて、だめだ。慣れれば適応できるような感じがするだろうけど、つかれとストレスがドンドンたまってだめになったみたい。消耗する。暑さで、だいぶ消耗する。で、四〇日以降、相当にくるしくなる。夏が長くなったからね。やっぱり、連日三三度以上はきつい。

二九度なら、楽勝なんだよな。




2017年7月17日月曜日

『さみしいアパート』で暮らしてきたよ

起きたあと、文章を書いた。
一発でちゃんとした漢字変換をしてくれればなぁ~~といつも思うよ。

残された人生の時間、とか考えている。
こんなの、考えたってわからないけどね。
わりともてたのに女性関係は、悲惨のヒトコトだな。

ヘビメタ騒音で全部ない。

俺がこの先、少しでも楽しく生きるにはどうしたらいいんだろうな?
ヘビメタ騒音が原因で、『さみしいアパート』で暮らしてきたよ。いまも、その延長だ。ヘビメタ騒音がなかった場合のちゃんとした人生というのがなかった。

2017年7月16日日曜日

全部が、嘘なんだよ。やっているときから、最中から。

起きた。

この先どうするかな?

とりあえず飯は食べた。

きちがい兄貴のことで腹が立っている。
日曜日の雰囲気はこれだからな。

あいつ、ほんとうに鳴らしているつもりがなかったんだろうなと思う。あれだけでかい音で鳴らしている最中、鳴らしているつもりがないのと同じ状態だというのが、信じられないけど、きちがい兄貴の態度や発言を考えるとどうもそうなんだよな。

これ、親父や兄貴と一緒に住んだことがない人だとわからないと思う。

親父と一緒に住んだことがない人に、ハンダゴテ事件の時の親父の態度をどれだけ説明しても、リアルにはわからないんじゃないかなと思う。絶対さが異常なんだよ。

絶対的な意地が異常。絶対的な無視が異常。絶対的な無理解が異常。ほんとうに、ヒトコト説明されれば絶対に「普通なら」わかることが、一切合切つたわらないんだよな。で、怒るわけだから。こっちが怒りたいよ。怒って、顔を真赤っかにして頑固に認めない。

で、認めないということも、認めないということになっている。なっていると書いたけど、これも、ゼロなんだよね。本人の主観としては、「認めてやらなかった」「言葉として理解してやらなかった」というのが、ない。なければ、「やってない」のとおなじなんだよ。

だから、いつでも、「そんなんじゃない」ということになる。「そんなんじゃない」というのは、あとで、自分がやったことを認めなければならないハメになると、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」と発狂して、認めないんだよ。

だから、同じ構造が成り立っている。だから、何万回言っても、どこまでもどこまでも、話が通じないままだ。で、兄貴も、親父とまったく同じで、何万回言っても、まったく、話が通じない。頭がおかしいレベルで無視している。

で、無視しているということも、頭がおかしいレベルで無視するので、無限の時間、わからないままだ。どこかでわかるというのがないのである。で、判らない時間は、自分が好きなようにやりきるわけで、ゆずらない。びた一文譲らない。

けど、ゆずらずにやりきったということが、これまた、抜けているんだよな。だから、何万時間、頑固にやりきったとしても、……こだわりの、きちがい的にうるさい音で鳴らし続けたとしても……そんなことは、一日もなかった……一分もなかった……一回もなかったという「つもり」のままなんだよ。

そういうつもりのまま、ずっと、本人だってよそのうちに行けば一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らして、鳴らしたつもりがまったくしょうじないということになる。全部が全部、毎日そうだ。だから、反省のしようがないのである。

やってないつもりのままだから。いまだに、やってないつもりのままなんだよ。で、やってくれなかったことに関しては、「やってやったつもり」なんだよ。こだわりつくしてやったことに関しては、まったくやってないつもりで、頑固にやってくれなかったことに関しては、「やってやったつもり」なんだよ。本当は、一日、一分だって静かにしてくれなかったのに、「静かにしてやった」というつもりがある。そういう「嘘」でできあがっているんだよな。「嘘」をついたまま、やりきる。自分がやりたいことをやりきる。だから、自分がやりたいことを、やりたい方法で、常にやっているのに、……「そんなことは、やってない」と思っている状態ができがある。

全部が、嘘なんだよ。やっているときから、最中から。



2017年7月7日金曜日

不安と怒りで死にたくなる

毛布を洗った。
けど、まだ、風呂場のなかだ。あれを持ってくるのがめんどうくさい。というか、風呂場のなかである程度かわかさないと、持ってこれない。いま、バスタブにかけて「みずぬき」しているさいちゅう。

あとは、洗濯をした。干した。今日は、エアコンなしでもなんとかいけるかな。

自分、やんなっちゃうよ。
俺は、自分が好きだけどな。
自分が好きなんだよ。けど、もう、つかれたな。

こういう人生、なんなんだろうな?
ヘビメタ騒音にやられたときのままなんだよな。
ヘビメタ騒音にやられて、五年経ったときのままなんだよな。
ヘビメタ騒音にやられて、九年経ったときのままなんだよな。
九年経った時点で、九年間、毎日フルの音で、フルの時間の長さやられている。兄貴がうちにいて、ゆずる時間というのはない。兄貴が兄貴の用事で、自分の部屋を離れるとき以外は、ずっと鳴っている。でかい音でずっと鳴っている。ものすごく足を引っぱられる。死にたくなる。

こんな人生ないだろ。本当に、すべての時間鳴らしている。鳴らすとなれば、かならず、どでかい音で鳴らしている。

いま、曇りで、そとは、まあ、穏やかな感じなんだけど、こういう時間ですら、なんていうのかな……ヘビメタ騒音の雰囲気のままなんだよ。長い間やられすぎた。本当にすべての時間鳴らしてた。鳴らすとなったら、かならず、よそのうちでは一秒も鳴らせないようなでかい音で鳴らしていた。だから、こっちは、つねに、きちがい兄貴のヘビメタ騒音にやられてくるしかった。そとに出れば、鳴ってない時間があるわけだけど、そのあいだも憂鬱で暗い。帰ればかならず鳴っている。ドッカスカドッカスカとてつもなくでかい音で鳴らしている。鳴っている。そとに出れば鳴ってない時間があると書いたのは、たとえば、買い物に行けば、買い物に行っているあいだは、ヘビメタ騒音を聞かなくても済むわけだ。自転車でそとに出れば、自転車に乗っている時間はヘビメタ騒音が鳴ってない時間であるわけだ。けど、漕いでいるあいだずっとくるしい。ヘビメタ騒音のことで、くるしい。気持ちが重い。不安と怒りで死にたくなる。殺したくなる。どうしてもくるしかった。解放されない。ずっと鳴っているから。帰れば鳴っているわけで、帰ったその時から、どれだけ何回「ヘビメタを鳴らすな」「静かにしろ」と怒鳴り込んでも、ずーーーーーっと鳴らしている。やめてくれない。毎日毎日、何年間も何年間もそういう状態だったから、毎日毎日くるしかった。勉強することができないということもくるしかったけど、それ以外のことでもくるしかった。いまも、そとに出るときは、そのときのままなのである。その時の気持ちのままなのである。一一歳から二五歳の鳴らされていたときのままなのである。本当に、どれだけ続いたか。ずっとずっと、慣れなかったよ。あの音にはずっとずっと慣れなかったよ。鳴らされているあいだも、一日の中で鳴らされてない時間も、くるしかった。死にたくなるほどくるしかった。つねにヘビメタ騒音問題で死にたかった。

2017年5月20日土曜日

「ダメ人間」カテゴリに登録している人が「ダメ人間」と言われて怒るわけ 考察1

そもそも、ダメ人間という言葉が嫌いなので、あんまり書きたくないのだけどいちおう、書いておくか。最初に断ったとおり、ぼくは、ダメ人間という言葉が嫌いだし、他の人を「ダメ人間」と言う気持ちにはなれない。

ブログ村のカテゴリーにはダメ人間というカテゴリーがある。で、当然登録している人たちもたくさんいる。で、登録している人たちは、たぶん、「ダメ人間」という言葉によいイメージを持っていると思う。ここらへんは、本人じゃないからわからないのだけど、悪いイメージしか持ってないなら、登録しないんじゃないかと思う。

「ダメ人間」という言葉に対するイメージは人それぞれだ。たぶん、ダメ人間カテゴリーに登録している人たちは、「愛すべきダメ人間」「愛嬌のあるダメ人間」というようなダメ人間をイメージしているのではないだろうか。いっぽう、「ダメ人間」という言葉に対して、「愛すべきダメ人間」「愛嬌があるダメ人間」というようなイメージを、持ってない人たちもいる。

愛すべきダメ人間の場合は、ダメと言われる要素を持っているのだけど、他のところでよい部分がたくさんあるから、ダメな部分が対照的な魅力としてうつるのではないだろうか。

いっぽう、普通の人が持っているダメ人間に対するイメージは、「ガチのダメ人間」「真性ダメ人間」のイメージなのではないだろうか。これは言ってみれば、「悪いダメ人間」で、よいイメージが入ってない。

だから、登録している人は「ダメ人間」という言葉によいイメージを持っていて、ダメ人間カテゴリーに登録されたブログを読む人はダメ人間という言葉に対してよいイメージを持ってない場合があるのではないだろうか。

そのような場合、ダメ人間によいイメージを持って、ダメ人間カテゴリに登録した人に対して、ダメ人間に対してよくないイメージを持っている人が「本当にダメ人間ですね」というようなコメントをすると、ダメ人間によいイメージを持ってダメ人間カテゴリに登録した人が、傷つき怒るのではないのではないかと思う。


「本当にダメだな」「本当にだめ人間だな」と愛情がない状態で言われた場合、自分が腹を立てるかどうかを考えてから、だめ人間を標榜したほうがいいんじゃないかと思う。



2017年5月13日土曜日

不都合なことを言われたら、否定して荒れるという選択肢しかない

あれ、本当に「やめろ」「鳴らすな」「いいかげんにしろ」「やめろ」「うるさい」「鳴らすな」と言われた後、何時間鳴らしても※まったく鳴らしたつもりがなかった※んだな。

親父が切れちゃうのとおなじで兄貴も切れちゃうんだよな。

自分が怒ったら、相手にそれを押し付けても、押し付けたつもりがない状態になる。「押し付けた」ということがほんとーーーにわからない状態になってしまう。これは、関係性の否定だ。

きちがい親父が兄貴に使えないハンダゴテを押し付けたとき、たしかに、「押し付けた・押し付けられたという関係性」が生じている。きちがい親父が「大丈夫だ大丈夫だ」と言って押し付けたのだから、親父はこのことに関係がある。関わりがある。けど、怒って押し付けた瞬間に、「そんなんじゃない」ことになってしまう。

切れちゃっている。関係が切れちゃってる。

「なにも押し付けなかったつもり」なんだよな。

そして、たとえば、「大丈夫だ」という意見を押し付けたつもりもない。ハンダゴテを押し付け、「大丈夫だ」という意見を押し付けているのだけど、押し付けたつもりがまったくない。

で、「大丈夫だ」というのは、合理的な判断ではなくて、もし、大丈夫でないことを認めてしまったら、自分が金を払わなければならなくなるという恐怖から出てくる判断なのだ。

だから、この恐怖が続く限り……可能性としても!恐怖が続く限り……認めてやるわけにはいかないのである。「ともかく、なんだろうが、大丈夫!」なのである。「大丈夫でない」ということは、死んでも認めることができない。

そういう意地で、「大丈夫だ大丈夫だ」と言い張る。何度も言うけど、そういうふうに言い張っているのは、ただ単に、認めてしまったら、金を払わなければならなくなるからで、相手が言っていることを理解して、理解した上で大丈夫だといっているわけではない。

兄貴も「大丈夫大丈夫」と言ったことがある。それは、兄貴の友達に「こんなでかい音で鳴らして、家族の人、大丈夫なの?」と聞かれたときに、「大丈夫、大丈夫」と答えている。

で、本人はまったく気にしない。本当に、まーーーったく気にしない。この時点でも、きちがい兄貴が鳴らしている音が、「でかい音なのだ」ということに兄貴は気がついてない。

うちの人に言われたら、無視するというのはわかるけど、よその人に言われても、重要なこととは受けとめないで、言われたって言われなくたっておなじこととして、まったく気にしないで「流してしまう」のである。言われたつもりさえしない。カオ君……兄貴の友達まで、「うるさい音」「大きな音」と言っているのだから、普通なら「大きな音で鳴らしている」「うるさい音で鳴らしている」ということに気がつきそうなもなのだが、絶対に気がつかない。気がつかなければ、どれだけでかい音で鳴らしてたって、でかい音で鳴らしていることに鳴らないのである。本人の中では!! それが、一年続けば、一年続くわけで、最終的に一〇年間続けば、一〇年間続くわけなのである。で、その一〇年間は、毎日、大きな音で鳴らしているのに、本人のなかでは!!ぜんぜんそのつもりがない一〇年間なのである。

よその人に「大きな音」と言われても「大きな音なのかな?」と疑問に思ったりしない。よその人に「大きな音」と言われても「大きな音」だとは認めない。これが、兄貴のやり方だ。兄貴のなかで、これがあたりまえなので、大きな音で鳴らすことはなんら問題があることではないのである。

で、そう決めたら、もう、そうなんだよ。

無意識的に決めたら、どれだけ、起きているときに、「大きな音だ」と言われても、本人はまったく「こたえない」。大きな音で鳴らしているという認識すら、ぜんぜんしょうじない。で、そのまま、鳴らし切る。だから、大きな音で一日中鳴らしているのに、本人は、「大きな音で一日中鳴らした」ということはないと思っている状態だ。そういうところで、突き抜けている。ぬけている。素通り。どれだけ、こっちが「大きな音」と言っても、一四年と数ヶ月間、ずっと毎日、「大きな音だ」ということを認めずに、やりきるのである。だから、一四年と数ヶ月間、毎日「大きな音」で鳴らしてたにもかかわらず、本人は……本人には、まったくそういう「つもりがない」のである。

そういうヘンなことが、普通にあるのが「うち」。きちがい親父にやられてから、きちがい兄貴はずっとそうだ。だから、毎日やっていることなのに……こだわりきってこだわりきって毎日毎日、絶対の意地でゆずらずにやっていることなのに……ぜんぜんやったつもりがないというきちがい的な状態ですごしていた。うちでは、それが普通。それが普通の毎日。それが普通の状態。

きちがい親父のハンダゴテとおなじで、「うるさいからやめろ」と言われた時点で関係性が切れてしまっている。どれだけ言われたって「やったってやってないこと」なのである。「やったってやってないことだから、一切合切関係がないこと」なのである。「うるさくしているとしてもうるさくしてない」のである。「大きな音であるとしても、大きな音じゃない」のである。

自分がでかい音で鳴らしているということに気がつくのは、兄貴にとってとてつもなく不都合なことなのである。

で、不都合なことは、どれだけ何回言われても、認めない。

その認めないというのは、親父とおなじで、自分が関わっている感じすらしないのである。自分が頑固に押し付けたこと、押し付けていることなんだけど、……その場面さえすぎてしまえば……言われなかったことになってしまう。「そんなんじゃないこと」なのである。

もし自分が認めてしまったら、自分が「いやなこと」をしなければならないときは、どれだけ明らかなことでも認めるわけにはいかないのだ。なんて言うのかな、兄貴も親父も、言われる前から決まっているんだよ。

で、どれだけ言われても、それがかわることがない。相手がどれだけ、強く、何万回言っても、最初の気持というか、最初の徹底がわかることがない。

親父にしてみれば、新しいハンダゴテを買うために金を払うのがいやだという気持ちがある。そして、兄貴は、なんだろうが自分が思った通りの音で鳴らしたいから、本当に音を下げるのはいやだという気持ちがある。この気持ちが、表面には出てこないのである。理解してやらない本当の理由は、これだ。絶対に認めない本当の理由はこれだ。けど、「自分はやってやりたくないから、相手が言っていることを認めるのはよそう」というように、意識的に思っていることではないのだ。

けど、最初から、決まっている。要するに、認めてはならないことが、最初から決まっているから、どれだけなにを言われても認めないで怒るだけなのである。

で、これ、二〇万回繰り返したって、三〇万回繰り返したって、おなじなんだよ。もとの部分が、消失しない限り、ずっと続く。親父にしてみれば、金を出したくないという気持が消失しない限り、どれだけ「このハンダゴテは使えない」という証拠を出されても、「大丈夫だ大丈夫だ」と繰り返すだけで、「使えない」「だめなんだ」ということを、認めない。

これ、判断はなされてないのだけど、命はかかっているんだよ。

命がけで、認めない。逆上して認めない。
相手がハンダゴテをなにに使うのか、そして、自分が押し付けたハンダゴテがどういう用途のハンダゴテなのかということを冷静に考えて、それで判断して、「大丈夫だ」と言っているわけじゃないのである。最初から、親父のなかでは「大丈夫」に決まっているのである。大丈夫でなければ、金を払わなければならない……金を払う可能性が生じてしまう。だから、考えるまでもなく、最初から、相手がなにを言おうと、相手が何万回言おうが「大丈夫だ」ということになっている。で、怒り狂う。これ、本当は、相手が怒りたいところなのだけど、否定する本人が怒っちゃうんだよな。怒り狂ってはねのけて、認めない。ちょっとでも時間が経つと、こんどは、「認めなかった」ということを認めないということになる。おなじしくみが成り立っているから、代入される項目がちがうだけで、反応はおなじ。出てくる結果もおなじ。金を出したくないときは「大丈夫だ」と言って、自分がそういうことを実際にしたということを認めたくないときは、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」と言うんだよ。言うというよりも、絶叫!!! 逆上して、絶叫する。発狂して、怒鳴り散らす。「やってやった!!やってやった!!!そんなんじゃない!!!そんなんじゃない!!!なんだぁ!なんだぁ」と顔を真っ赤にして、怒り狂う。で、その時も否定しているのだけど、今時ちょっと時間が経つと、そうやって「否定していた」ということを否定する。代入される項目がちがうだけで、やっていることはおなじなんだよ。

不都合なことを言われたら、否定して荒れるという選択肢しかない。兄貴もおなじなんだよ。自分が思いっきり鳴らしたい……自分が満足できるでかい音で鳴らしたいという気持ちがあると、それに反することは、一切合切認めない。ちょっと時間が経てば、認めずにやりきったということも、認めない。認めないまま、その行為をやり続ける。「やってんじゃないか!!!」というのが通じない。本人は、「そんなんもりじゃないまま」「頑固に」「やり続ける」。終わりがない。本人がやりたい以上、終わりがない。うちでは、自分が思ったとおりの音でガンガン鳴らしたいという気持ちがあったんだよ。で、そういう気持ちがある以上、うちでは、なにがなんだろうが、どんなことを言われようが、こだわりきって鳴らした。これが事実だ。きちがい兄貴が「ゆずってやった」とか「そんなに鳴らしてない」と言っているのは、真っ赤な嘘。きちがい親父の「やったってやってない」とおなじ。で、親父も兄貴も「やったって」の部分がとれてしまう。だから、本当は意地になってやったこと!! 頑固にこだわりきってゆずらずにやったこと……なんだけど、「やってない!!やってない!!」と言う。言い出す。言い出したら、おなじなんだよ。代入される項目がちがうだけで、パターンはおなじ。で、自分が発狂して、否定したら、本人だけは!!!それで、済んじゃってるんだよな。ぜーーぜん、関係ないことになっている。自分が関係したという感じがまったくしない。本当にまったく関係がないことになってしまう。で、それもパターンとして繰り返すわけで、その場で、殺さなければ、やめさせることができない。





2017年5月5日金曜日

今回見た夢は、かなりよかった

午前四時ぐらいに、ドクターペッパーを買いに自動販売機まで行って、買って帰ってきた。で、飲んで、「つかれたな」と思っていた。そのあと、紅茶を飲み出して、何杯も飲んでた。で、眠りたくなったので、横になって眠った。

今回見た夢は、かなりよかった。小便に起きるたびに話しがリセットされてしまうのだけど、続きが見たかった。特に、第一部の続きが見たかった。第一部の夢は、男女二〇人、三〇人ぐらいが、でかいプールのような風呂に入っていているのだけど、たまたま横に来た女の人がものすごく話があう人で、「ほんとうにそうだ」と頷きながら話しを聞いているという夢だ。風呂と言っても、みんな水着を着ている。横に来た女の人は白いワンピース型の水着を着ていた。で、その人が言っていることが、全部正しい。「ほんとうにその通りだ」「それは言える!」と言いながら、話を聴いていた。あれだけ、話があう人は、めずらしい。「ほんとうにそうだよね」と相づちをうちながら聞いていた。ともかく、意見があう。

で、二部は、宇宙船が不時着してしまう話しだ。男女二〇人、三〇人ぐらいが乗っている宇宙船にぼくも乗っている。で、これ、まあ、宇宙船で高速移動しているのだけど、なかは、共同スペース付きアパートみたいな感じなんだよ。といっても、スタートレックみたいな感じの宇宙船なんだけど。で、どこかの星に不時着してしまう。燃料不足なのか、どこかが故障したのかわからないけど、たぶん、「こしょう」なんだろうなと思う。いま、こしょうを、胡椒、呼称と変換したので、話が途切れた。故障したのあとに、こしょうと書いたら、故障と変換してくれよ。

で、その星は廃墟になっている星で、……(ほしも)うまく変換できなかった。困るなぁ。その星が廃墟のようになっていて、先住民というか、星の人がいるのかいないのかわからない。で、地下のようなところに食料となんか使えそうなものがあるんだけど、地下のようなところを探索していたら、他の人が出てくる。出てくるのだけど、最初から、こっちを敵として認識しているようで、ジュウのようなもので撃ってくる。で、まあ、「あらそうつもりはない」「宇宙船が故障した」「食べ物があったらわけてほしい」「なかったらしかたがない」「燃料があったら、わけてほしい」「なかったらしかたがない」「宇宙船をなおして出て行くから、協力してくれ」というようなことを言っているのだけど、なんと言っても、言葉が通じない。物陰に隠れて、撃ってくるので、応戦したくないのだけど、うえに書いたようなことを言いながら、身を守るために、なるべく、相手が傷つかないように、しかたがなく応戦しなければならなくなった。まあ、なんて言うのかな。応戦と言っても、威嚇射撃みたいな感じだ。で、実は、先住民(星の人)のほかに、やはり、宇宙船の不調で不時着した、別のグループがいて、そのグループのリーダーみたいな人とも、食料と燃料を巡ってあらそいが生じる。あらそいが生じるのだけど、あらそいを通じて友情のようなものも生じてしまうという、すごくいい話だ。

   *     *     *

俺の人生はというと、言葉が通じない宇宙人よりも話が通じない家族にやられて悲惨なものだったよという……。これ、ほんとうに、どれだけ言っても、普通ならヒトコト言えばわかることがまったく通じてなかったんだなと思う。それは、相手の頭の問題なのである。けど、騒音が続いてしまったら、俺の問題になってしまうというところがある。

2017年4月27日木曜日

あれ、一日に七時間吸わされると、眠れなくなる神経ガス

だから、どうするかというと、打つ手がない。打つ手がないんだよな。決め技なんてものはない。それをすれば解決というような近道がいない。やられすぎて八方ふさがりなんだよ。どう考えても、一四年間は長すぎる。若いときの一四年間は長すぎる。そんなのあるわけがないだろ。

ずっとやられて体調が悪いわけだから。ずっとやられて精神力や体力が削れているわけだから。そんなの、あるわけない。

俺が、ヘビメタ騒音なかでどれだけ、がんばってきたと思っているんだよ。あんなのほんとうに、毒ガス。あれ、一日に七時間吸わされると、眠れなくなる神経ガス。きちがい兄貴は、やりたい音で思いきっりヘビメタを鳴らして、気が済んでいるからいびきをかいて眠れる。ぜんぜん寝不足にならない。

俺は、……自分のせいじゃないのに……眠れなくなる。これ、だけど、その時間に鳴っているわけじゃないのに、眠れないなんてことはないというようなこと言うやつも出てくるんだよ。「その時間に鳴っているわけじゃないんだからさ……」と。

けど、それは、そいつが、至近距離できちがいヘビメタ騒音を聞いたことがないから、そんなことを言ってられる。これ、絶対俺のせいじゃないんだけど、まるで俺が、好きで!夜更かしをしているというように思われる。

ほんとうに、ヘビメタ騒音がまあ、五時間以上続いていると、夜、眠る時間に眠れなくなるんだよ。で、そういうことが一〇年、一一年積み重なると、……毎日積み重なると……完全に睡眠回路が壊れる。

で、これも、まるで俺が、たるんでいるから、決まった時間に起きれないんだと思われるわけだよ。「そんな、決まった時間に起きれないとか、甘えている」と言われるわけだ。ゆるせん。どう考えてもゆるせん。それから、俺の人生がゆるせないんだよ。人生自体がゆるせない。人生全部がゆるせない。

これ、ほんとうにやられてみろ。そういう生活が一四年間も続いてみろ。日曜日はかならず一二時間以上鳴っている状態が一四年間続いてみろ。ほんとうに、全部が全部うまくいかくなる。他のひとは、きちがい兄貴じゃないから、ヘビメタ騒音鳴らした本人じゃない。それは、わかる。

けど、ヘビメタ騒音を実際に鳴らされたひとじゃないので、実際に鳴らされ続けたぼくとは、ヘビメタ騒音に対するに認識がちがってくる。そういうところでも、ぼくは人とつきあいづらくなる。

もちろん、きちがい兄貴が、ぼくを孤独にしてやろうと思って鳴らしたわけじゃないんだけど、そういう効果がある。ともかく、兄貴は、一日目に、ヘッドホンをして鳴らすようにするべきだったんだよ。そのあとずっと一四年と数ヶ月間、うちにいるあいだ、鳴らすときはつねにヘッドホンをして鳴らすべきだったんだよ。

どこまでも、ヘビメタを鳴らし続けてどこまでも、鳴らしてないつもりだったんだよな。ほんとうに、まったく関係がないひとして暮らす。けど、絶対に鳴らす。鳴らすけど、鳴らしているあいだも含めて、でかい音で鳴らしているつもりがまったくない。そういう状態だ。きちがい親父とおなじなのである。

もし、ほんとうに相手が言うことを認識してしまったら、やめなければならなくなるようなことは、発狂して認めない。あれだけでかい音で鳴らしていて、でかい音で鳴らしているというつもりがまったくない状態なんだよな。だから、困る。ほんとうに、言われれば、発狂して頑固に鳴らし続ける状態だった。その場で殺さなければ、やめさせることができない状態なのである。

2017年4月25日火曜日

無意識的には、自分がでかい音で鳴らしていたということを知っている

日曜日の午前一一時四五分。ヘビメタ騒音が鳴っている時間だ。もう、鳴り始めてから一時間以上経過していることになる。どれだけ「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言いに行っても、静かにしてくれなかったよな。

この、一時間数十分のあいだに何回、「明日テストだから、静かにしてくれ」と言いに行っても、一分だって中断して静かにしてくれることがなかった。一分間、ヘッドホンをして静かにしてくれることがなかった。きちがい兄貴は、気分がいい時だけ、まったく役に立たない譲歩をして、普通の場合は、頑固に無視して鳴らしてた。「鳴らしたっていいだろ」という理屈なのだ。……それだけ。

どれだけ言ってもやめてくれなかった。

これが事実だ。

けど、よその人の前で、そういうふうに鳴らしてたということを言われると(あるいは、書かれると)……「そんなことしてない」「そんなに鳴らしてない」「譲歩してやった」と嘘をつくことになる。

けど、これは、たぶん嘘をつているつもりがない。鳴らしているときから!!そういう態度だった。

あれ、あれだけがめつく頑固に、親父のように意地になって鳴らしているのに、鳴らしているつもりがまったくなかったのかよ?? きちがい兄貴よ!! きちがい兄貴が嫌いな音が、あの音のでかさで、日曜日の午前一〇時二〇分間ら鳴ってたら、どう思うんだよ????

次の月曜日に試験があるのに、鳴ってたらどう思うんだよ。一〇分だって、耐えられないだろ。鳴っている一〇分のあいだ、腹が立って腹が立って、しかたがない状態になる。うるさくて、くるしい状態になる。鳴ってるあいだ、ずっとくるしい状態になる。そういう音のでかさなんだよ。

これも、親父のように認めないんだよな。

不都合なことは、どれだけ、明らかなことでも認めない。きちがい兄貴が鳴らしていた音が、でかい音だということは、きちがい兄貴がいま住んでいるところで、おなじ音のでかさで鳴らせないということではっきりしている。

けど、うちでやったことに関しては、当時の感覚のままだから、でかい音で鳴らした」ということですら、認めることができないんだよな。強情な態度で認めない。「普通の音で鳴らした」「そんなにでかくない音で鳴らした」などと言って、その場を乗り切ろうとす。

これ、嘘なんだけど、嘘をついているつもりが、たぶんない。鳴らしていたときの態度というが、まさしくそういう態度だからだ。

で、頭がおかしいひとじゃない言えない発言を三回している。きちがい兄貴が一四年間のあいだで俺に話しかけてきたのは、三回だけなんだよ。その三回が、まったく迷惑をかけいるつもりがなければ、到底、言えないことなんだよ。

だから、迷惑をかけているつもりがまったくなかったんだろうと思う。鳴らす歯なら住んだよ。すべての時間、自分が満足できる音で鳴らすんだよ。

で、鳴らしていたら、自分が鳴らすのをやめて、一時間我慢するなんてことは絶対にないんだよ。ヘッドホンをして一時間、「感じが出ない音で鳴らす」なんてことは、絶対にないんだよ。

だから、鳴らしているのに、そういう音で鳴らしているという認識が、鳴らしているあいだじゅう、まったく成立しなかった……のだろうなと思う。そうとしか考えられない。いま、よその家の人の前で認めてないような態度で、まったく認めないで鳴らしてた。つねにそうして鳴らしてた。

だから、困って、「鳴らさないでくれ」といこうとをさんざん兄貴の部屋に言いに行ったのに、その都度、ハンダゴテの金を要求されたときの「親父の態度」のような態度で、怒ってはねのけていた。

だから、やっぱり、鳴らしているのに、鳴らしてないつもりでいたんだろうな。

あれだけでかい音で、意地になって鳴らしているのに……どれだけ、「うるさいからやめろ」「明日試験だからやめろ」「勉強するからやめろ」と言われても、迷惑をかけているつもりがまったく生じなかったんだろうな。

これ、夜の一一時一〇分まで鳴らすんだよ。自分がどうしてもエレキギターやヘビメタ騒音用のでかいオーディオセットの前を離れる必要があるときをのぞいて、すべての時間、鳴らしている。だから!!鳴らしているのに、鳴らしているあいだどれだけ言っても、まるで、俺の勉強の邪魔をしているつもりがないままなんだよ。

エレキギターやヘビメタ騒音用のでかいオーディオセットの前を離れる必要がある時間は、一階の部屋でご飯を食べるときと、風呂に入る時間だけだ。小便の場合は鳴らしたままだからな。まあ、トイレの時間、鳴らすのをやめて入ったということはない。

めしは一〇分間、風呂も一〇分間でだから、昼飯と夜飯、風呂で三〇分間だけだ。朝飯は、食ってから鳴らす。だから、三〇分間をのぞいてすべての時間、「こだわりつくしたどでかい音」で鳴らすんだよ。日曜日など、うちに朝からいるときは、つねに、そうしていた。どれだけなにを言われても、兄貴が一五歳から三〇歳までのあいだ、ずっとそうしていた。例外はない。

日曜日はつねにそうだ。

兄貴が大学生のとき、土曜日が休みなら土曜日もつねにそうだった。会社員になって、土日が休みになってからも、つねにそうだった。俺が、バイトをやっていたときだって、あれだけ、「土曜と日曜、ずっと鳴らすな。そうじゃないとバイトに遅刻する」ということを言っているのに、一日中ずっーーーっと、「まったく関係ないひと」として、一日中、三〇分間をのぞいて、朝から夜までずっと鳴らしてたんだよな。

「テストがあるからやめろ」「宿題をするからやめろ」と言ったって、宿題の邪魔をしているつもりがないんだよ。まったくしょうじない。生じないまま、ずーーっと鳴らし続ける。だから、「まったく、邪魔をしてないつもり」なんだよ。

本人は……。そういうことが、毎日あたりまえのように成立し続ける。そういう一四年間なんだよ。毎日毎日。だから、どこかで気がつくということがないんだよな。よその家に行かないと、ヘビメタを、あのくらいの音で鳴らしていいという気持がなくならない。よそのうちに行ったら、ぴったりやめるんだよ。一日中鳴らさない。


だから、よその人はわからない。「よそのひと」って新しい家族のことだけどな。生まれの家であたりまえのようにしていたことで、なおかつほんとうに迷惑をかけてないと思えるぐらい静かな音であるならば、よそのうちでもおなじようにできるはずなんだよ。けど、一日だってできない。だから、無意識的には、自分がでかい音で鳴らしていたということを知っているんだよ。けど、意識的にはそれを見みとめることが、何十年も、絶対にないんだよ。うちで!!やったことに関しては、納得している。まったく問題がないと思っている。……そういう気持が……あるいは、認識が、どこまでもどこまでも、どこまでもどこまでも、毎日毎日!くずれない!!!

うちでなら、よそのうちじゃ、一分だって鳴らせないようなでかい音で、一日中何時間も何時間も鳴らして!!あたりまえなのである。そして、そういうことをしたからと言って、弟の勉強を邪魔したということは、絶対にないのである。それは、本人がおもいあたらない」からないわけであって、弟が、どれだけはっきりと「勉強の邪魔だから静かにしてくれ」と言いに来たとしても、まったく認めないのである。

何万回言われたって「そんなの知らない」という気分が成立している。そういう気分が成立している以上は、どれだけ何万回言われても、そういうことが「わからない」ままだ。で、一四年間、毎日、「わからない」まま、一日中やり通すんだよ。可能な時間はすべて使ってやり通す。

相手に「静かにしてくれ」と言われたから、一時間、ちゃんと我慢してやるということがまったくないんだよ。これは、見事にまったくない。一四年間で一日だけだぞ。あとの数千日は、一秒もゆずらないで頑固に鳴らしてた。あれ、「鳴らしたつもりがない」のかよ?? 「静かにしてやった」と思っているのかよ? 親父より、頭がおかしい。

親父モードで常に鳴らしてた。親父モードで鳴らして、親父モードで「やってないつもり」だ。うちにいるときは、全部毎日、そういう状態。そうじゃない日がない。一日がマンさせられたとき、どれだけ、くやしい気持ちになったかだよ。

そんなことも、もう数十年前のことだから、忘れているのだろうけど、……きちがい兄貴が「静かにする」わけがないだろ。ほんとうに「静かにしてやった」と思ってるのかよ?? 一日中、静かにしてやっているつもりで、一日中、よそ家では一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らしていた。それが、兄貴の毎日だ。うちにいるときの「普通の状態だ」。そうじゃない状態がない。

2017年4月20日木曜日

おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!

きちがい兄貴の主観というのがきちがい親父の主観とおなじなんだよな。絶対の意地でやったことは、認めない。絶対の意地でやったことは、絶対の意地で、やったと認めない。認めないとなったら認めないんだよ。

で、その認めない意地が、やっているときのぜったいにやるという意地とおなじなんだよな。だから、どの時点でも修復しない関係ができあがる。やっているときはもちろんやっているわけで、「とめられそうになったら」「やめてくれといわれたら」エンジンがかかって、ひきつって、怒って、無視してやる。だから、やっているのだけど、このひきつって、無視してやっているときは、「なんだろうが、関係がない!!!」という気持で頑固にそれに執着してやるわけで、普通なら、相手がとめるのを聞かないで「やった」という気持ちがあるはずなんだけど、これが、都合良く!!ないんだよ。ないことになっている。

だから、現在進行形でやっていることをとめることができない。兄貴は、殺さなければ絶対にやめないという意地で!!!「やりたいこと」をやりきる。何度も言うけど、やってるんだよ。

けど、「やった」「やっている」という認識がない。やっているのにそういう認識がしょうじない。できあがらない。認識することができたら、やめなければならなくなるわけで、認識することができないまま、やりきる。

だから、それには、※いのちがかかっている※わけで、意地が尋常じゃない。絶対にやめたくないわけで、あるいは相手が言っていることを認識してしまったら、やめざるを得ないことは、いのちがけで認識しないで頑固にやりきる。

だから、現在進行形で「やっていること」を無視するということの他に、「言われた」ということを無視する。それが、現在進行形の場合だ。

で、やり終わって一秒でも時間がたって「過去のこと」になったら、もう、「やった」ということが、一切合切気にならなくなる。「やったつもり」じゃなくなる。「やってない」ことになる。さらに、こだわってないことになる。本当は、こだわりつくしてやったのに、こだわってないことにしてしまう。意識的には、まったくこだわりのないことを、やったということになる。あるいは、矛盾しているようだけど、まったくこだわりがないのでやらなかったということになってしまう。あるいは、「言われたということも」忘れてしまう。相手が何回も何回も、「やめろやめろ」と言ってきたことをずっと続けてやったのに!!!なにも言われなかった」ということになってしまう。抗議はなかった。文句はなかった。「やめろ」と言われなかったから、気がつかずにずっとやったということになってしまう。

これは、記憶の問題になる。だれでも、一〇年前に言ったことを憶えてない場合がある。一年前に言ったことを憶えてないことだってある。しかし、その日にやったことはたいてい憶えている状態だ。いやなことはとっとと忘れるというのではなくて、最初からやった記憶がない状態なのである。やりきっておいて、その日に忘れている状態なのである。やり終わった直後に、「なんでもないこと」になっている。やり終わった直後に「相手は、なにも言ってこなかった」ということになってしまう。きちがい兄貴の頭のなかでは、そういうことになっている。そういうことになっているとしか理解できない発言をしている。

きちがい兄貴よ。言っておく。親父が「理由がないことで怒ったことはなんて一度もない」「子供が小さかったとき、理不尽なことで怒ったことなんてまったくない」と言ったら、兄貴は!!!どう感じるよ? 

さらに、「理不尽なことで怒ったことなんて一度もない」ではなくて、「怒ったことなんてない」と言ったら、どう思うよ? 兄貴は、どう感じる??

あれだけ、怒っていた人が、怒った記憶なんてまったくないと言ったらどう思うよ。「怒ったとしたら、ちゃんと怒る理由があったから怒ったんだ」と親父が言ったら、兄貴は!!!どう思うよ?

そりゃ、あの親父の状態を知らない人は、中立的な立場で……とか言うかもしれない。けど、きちがい兄貴! あの親父が……あれだけ毎日怒り狂っていた親父が「そんなんじゃない!!そんなんじゃない。怒鳴り声を上げて怒ったことなんて一回もない」と言ったら、どう思うよ?

「ふざけるな」と思うだろ。きちがい兄貴の「鳴らしてない」「そんなに鳴らしてない」「静かにしてやった」「いいぶんがある」というのは、俺にとって、そういうふざけた発言だ。

知らない人に言っておくと、親父は怒ってた。で、居合わせれば、居合わせた時間、ずっと、なんらかのことで連続的に怒ってた。かならず、うちの人と一緒にいれば、その時間は、わけのわからないことで、怒り狂っていたのである。

それも、毎日そうだ。親父と五分間おなじ場所にいたら、五分間、きちがい親父がなんらかのことで文句をつけて怒りっぱなしなのである。二〇分間、きちがい親父と残りの家族がいたら、きちがい親父が残りの家族に向かって、きちがい的な理由で!!怒り狂っていた。親父が家にいるときは!怒っているいるのがノーマルな状態!! 親父が家にいるときは、わけのわからないことで怒鳴り声を上げて起こっているのが普通の状態!! そうじゃない状態がない。うちにいるのに、そして、親父が眠ってないのに、怒ってない状態というのがないのだ。うちにいて、他の家族に囲まれていたら、かならず、きちがい的な理由で怒鳴り声を上げて怒っている。そうでない状態が、ない。一分もない。繰り返し言うけど、そうではない状態というのが、「うち」ではない。

「よそのうち」に行けば、静かになるけど、「うち」ではつねにはらわたが煮えくりかえっている状態で、いちゃもんをつけて怒っていた。逆上して八つ当たりしている状態が、あたりまえの状態なのである。「うち」にいるときはつねにそうだった。

で、よそのひとは「そんなことないんじゃないの」とか「誤解しているのでは?」とか「カミナリ親父だな」「そんな人いるのかな? いたら、どうして、精神病院に連れて行かなかったんだよ?」なんてことを言う。

「そんなの、精神病院に連れて行くレベルなんだから、連れて行かなかったとしたら、連れて行かなかった家族が悪い」ということを言うやつまでいる。これ、おまえ、精神病院に連れて行けるわけがないだろ。精神科医に払う金はだれの金なんだよ。

お母さんは当時働いてなかった。親父の金で親父が精神病院に行くわけがないだろ。お母さんが氏の相談所に相談しなかったのは、まずいことだと思うけ……これ、当時だと、相談しに行っても「カミナリ親父なんてどこにでもいる」ぐらいのことを言われておしまいになっている可能性がある。

だいたい、暴力はほとんどない。思い通りにならなかったら、逆上してぶつこともあったけど、暴力には抵抗があるらしく、暴力を振るったということに関してだけは!!!きちがい親父は、あやまりはしないけど、※気にする※。

これ、「お父さんに(やめて)と言えばいい」とか言った人がいるけど、その人はまったくわかってない。「そういうことはやめて」と言ったら、なぐられるんだよ。そもそも、相手の状態が思い通りじゃないということで怒るっているのだから、口ごたえする相手は、ゆるせないのである。相手が口ごたえしてきた、あるいは「やめてくれ」と言ってきたということ自体が、思い通りじゃないのである。

だから、言ったらなぐられた。きちがい親父がまったくわけのわからないことで怒る。親父がわけのわからないことで怒鳴り込んできたとき「そういうのはやめてください」と言ったとするだろ。そうしたら、「お相撲さんの世界では、親方が黒といったら白でも黒なんだぁ!!」と怒鳴って、なぐるんだよ。言ったら、そうなるわけだから、言えるわけがないだろ。

これが不思議なところなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。「おんだされた!!おんだされた!!おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!」と逆上しっぱなしなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。これ、親父がよその家で、そんなことを言ったらぶんなぐられて、「追い出された」ということを言いたいのだろうけど……。自分はどれだけひどいことをされても、口ごたえしたら、なぐられて、おんだされたということを言いたいのだろうけど……。

なんて言うのかな? 基準がそういうところにあるんだ。普通の人じゃないんだよ。実際、ひどいことをされて、「やめて」ということを言ったら、その家の人が親父をなぐって、けって、家に入れてくなかったということがあるんだろうな。何回も……。

その家の人って親父の養父だけど。まあ、育ての親といっても、親父の場合なんにんもいるんだよ。で、ひとりを抜かして、全員が虐待するような人なんだよ。だいたい、親父が小さかったころは物資がなくて、みんな貧しかったから、親父みたいな子供が家にくるということ自体が、たえられないことなんだよ。

自分たちですら食べられないのに、親戚の子がくるということが、はらだたしいことなんだよ。これ、しかも、親父の親は勘当されている。一度、縁が切れているんだよね。親父の親が駆け落ちして、両親とも親戚関係が切れている。どうも、最初の頃は金があったみたいなんだよな。ボンボンとお嬢さんみたいな……。けど、親父が生まれた頃には、最初に用意した金がなくなりかけていたんだろうな。時代も時代でものがない。両親が死んだあと、親戚の家に行くんだけど、その親戚がどれもこれも、親父を虐待するようなやつらだったんだよ。で、親父がおかしくなっている。

きちがい的な理由で怒っている。これ、ほんとうに頭がおかしいレベルの話しなんだよ。「そんなことで怒る人はいない」と他のひとが考えるようなことで、ガンガン怒っている。うちにいれば怒っているのがノーマルな状態。

これが、どういうことだか、わかってない人が多い。そりゃ、そういう人間を間近で見なければわからないのだろうと思う。けど、ほんとうに目に入ったものすべてに対して、逆上するという状態で、とまらなかった。親父と一時間いたら、一時間親父がずっと、なんらかのことで怒っているのだ。このなんらかのことというのは複数あって、一回一回の爆発は案外短い。ほんとうは理由にならないようなことで怒っているから、本人が逆上してしまえば、その途端にどうでもいいことになってしまうようなことなのである。逆上して怒鳴り声を上げて、発散できればいいというようなところもあったんじゃないかな。ともかく、理由がない。どれだけ、些細な事で怒る人でも、きちがい親父のようにわけがわからないことで怒るということはできないと思う。


普通の忘却というのときちがい兄貴の忘却はちがう。きちがい兄貴がやっているやっているそばから否定するというかたちの忘却?だ。短期的にそうだ。けど、長期的には普通の人の忘却とおなじ忘却がはじまる。なので、きちがい兄貴の「やってない」「そんなに鳴らしてない」「そんなの知らなかった」というような発言が普通の忘却と同じように考えられる可能性が高くなっていく。時間が経つにつれてそういう種類の忘却とおなじしくみが成り立っていると思われる可能性が高くなる。他のひとから、なんて言うのかな……普通の忘却とおなじ忘却だと思われてしまうのだ。実際に、昔のことだから憶えてないとかそういうことがはじまる。

で、それは、きちがい兄貴にとって都合がいいことでぼくにとっては都合が悪いことだ。

忘却と言うよりも否認なんだよな。で、否認した内容で「記憶」が置き換わる。だから、本人は嘘を言っているつもりがない。こういう困った!!状態!!

それじゃあ、あの意地はなんなんだ? ということになる。居合わせて知っている人にしてみれば「ヨク、イウヨ」「オマエガイウカ」といったことなのだけど、本人はほんとうにしらばっくれることができる。で、時間が経てば、普通の人から見て、普通の忘却と同じようにみえてしまう。けど、ちがう。言いようがないな……。

やっているさいちゅう……無視して、顔を真っ赤にしてやりきる。やっているつもりは、いくらなんでもあると思うけど、ほんとうに「やったってやってない」状態なのだ。相手の都合は一切合切考えてない。自分の都合が優先。「やめてくれ」というのは、自分にとって不都合な情報だから、そんなのは、無意識のレベルではねのける。だから、はねのけたつもりがないまま、無視しているということになっている。それが、「知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということのほんとうの中身だ。自分にとって都合が悪いことは、何万回言われても無視して、やる。やりきる。で、まったくやったつもりがない状態ができあがる。実際には何万回も言われているのだけど「そんなの知らなかった」状態ができあがる。本人は、「まったく言われなかった」という認知のままなのである。何万回言われても。その都度、怒っても。怒ってやりきっても。……いや、怒ってやりきったから言われた記憶がないというような状態だ。そういう状態でやりきればやりきることができるわけだから……。一日に一四時間どかすかでかい音で慣らしていて、一日に三〇回「宿題をするからやめてくれ」と言われても、一日が終わる時間には、「なにも言われなかった」「一分も鳴らさなかった」という記憶に置き換わってしまう。鳴らしたとしても!!!そんなのは、どうでもいいことなのである。たいしたことじゃないのである。

やった直後……それまでのあいだ、何時間も何時間もやったというつもりがない。もちろん、うすい意味ではやったと思っている。行為自体に対する記憶はあるのだけど、相手がやめてくれと言ってきたのに、それをはねのけてやったというつもりがない。相手にとって自分の行為がこまる行為だ「迷惑行為だ」ということは、まったく認めないのである。どれだけ言われても。だから、自分が一〇分間でもやられたら、はらわたが煮えくりかえるようなことを、一四時間もやり続けたんだけど、そんなつもりがまったくない状態になってしまう。

自分はまったく関係がない人間のつもり。一日経ったときに、自分がやりたいことがある場合は、それを同じような態度でやる。要するに、昨日も「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていて、今日も、「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていたら、どれだけなにを言われても、入試だろうがテスト期間中だろうが、自分の意地を通して、そのまま鳴らす。やっている最中は、前日のやっているさいちゅうの態度、認識とまったくおなじだから、やり終わった途端に、なにもやってないつもりになってしまうのである。ほんとうは、すべての時間、ドカスカどでかい音でヘビメタを鳴らして弟の勉強の邪魔をしたのに……。まったく、そんなことはした覚えがないという状態のままなのである。どれだけやっても……。

2017年4月18日火曜日

一秒だってヘッドホンをするのは嫌なのである

どうするかな? ほんとうにヘビメタ騒音対策だけの人生だったな。そして、対策に失敗している。やっぱり、きちがい兄貴が一日中ヘッドホンをするというような解決策しかなかったと思う。鳴らされていて、こっちがどうにかするということはできない。で、他のひとには全然関係がないことなのだけど、ぼくにとってはほんとうに、地続きで関係があることなのだ。これ、過去のことじゃない。いまのことだ。いまこのとき」に深く深く関係していることだ。まるで、過去のことだからどうでもいいというようなことを言う人もいるけど、それちがうんだよな。陸続きなんだよ。地続きなんだよ。だ!か!ら!つらいんだよ。まあ、毎日やられた人じゃないとわからないというのは、わかる。そりゃ、実際にそういう毎日を経験しなければ、それがどれだけつらいことがからない。「六ヶ月でいいから経験してみろ」と言いたい。六ヶ月では無職にならないけど、一〇年以上毎日やられたら、だれだって、無職になる。一〇年以上毎日やられたら、だれだって、引きこもりになる。そりゃ、睡眠回路が壊されるからな。そして、普通の体力、普通の精神力が壊される。どうしようもないほど、毎日、悪い物理刺激を受けて、壊されていく。どれだけその中でがんばってこらえたとしても、悪い物理刺激が脳の味噌をむしばんでいく。それに違いがない。俺なんて、良く持っている方だと思うよ。ただ、こういうことをされた人間があまりにも少ないから、俺だけがこだわっているように、見えるわけだけどさ。まったく関係がないその他大勢からしてみれば、俺がだけが、「ヘビメタ騒音www」にこだわっているように見える。これも、まるで「こだわっているから、いけなんいんだ」というようなことを思う人もいる。けど、そういうふうに思っている人は、一四年と数ヶ月間のきちがいヘビメタ騒音を経験してない。そういう、きちがいヘビメタ騒音をいのちがけで、鳴らしているのに、本人は「たいして鳴らしてない」と思っているきちがいのやり口がわかってない。「静かにしてくれといえばいい」「よく話し合えばいい」だもんな。そんなんで片付くなら、苦労はしてない。ほんとうにおかしな感覚がなりたっていて、本人がすべての時間、自分がやりたいようにできれば……実際にできれば……やってないのとおなじという感覚が成り立っているんだよな。「ソンナノシラナイ」「鳴らしてない」「そんなに鳴らしてない」とまじで思うことができる。鳴らしっぱなしなのに、そういうふうに基地おくを書き換えることができる。実際に鳴らしているときは、やめることができるときなのだけど、そういうときは、怒って鳴らし続けるんだよ。「やめてくれ」と言われたら、怒って、顔をまっかにしてやりきる。その時に、殺してやめさせることができないのであれば、やられてしまう。そういう状態なんだよな。毎分毎秒。そうやって、一四時間鳴らせるときに一四時間鳴らしたら、もう、一四時間と一分目には、「そんなの知らなかった」「そんなに鳴らしてない」と嘘でなくイウコトガデキル状態なんだよ。これが、きちがい兄貴本人にも、第三者にもわかってない。きちがい兄貴本人はわかってないけど、一〇〇%そういう状態で鳴らし切って、一日を終える。それが毎日続く。鳴らしているときにどれだけ、でかい声で、「やめろ」「こまるからやめろ」「宿題をするからやめろ」「明日テストだからやめろ」と言われても、一分だろうが一秒だろうが、静かにしてやるつもりはないんだよ。これか完全にない。ないから、静かにしないのに、……静かにしないまま鳴らしているのに……一四時間自分が鳴らし切ることができたら……それがすべて関係がないことに鳴って……自分とは関係がないことに鳴っているんだよ。だから、不都合なことを認めるのはいやだという気持ちがあるから、「やったということ自体」を認めない。これも、普通に、まったく意識しないで、認めない。だから、際限がないんだよな。必ず、すべての時間鳴らすように「セットされていて」その通りにならすけど、本人は鳴らしたつもりがまったくないとおなじ態度で、俺に接する。一日に何十回怒鳴り込まれても「そんなの知らなかった」という状態を維持できる。テスト期間中にそういう態度で、一日中、休みなく鳴らされて、くるしかったよ。きちがい兄貴は、静かにしてやったというのなら、テスト期間中は、何時から何時まで鳴らさないで静かにしてやったのか、答えてみろ。答えられないだろ。テスト期間中は、午後四時から午後七時までは静かにしてやる……鳴らさないで静かにしてやる……ヘッドホンをして静かにしてやる……居間のテレビぐらいの音に落として静かにしてやる……ということがなかった。きちがい兄貴は、こだわりの音で鳴らしている。だから、一秒だってヘッドホンをするのは嫌なのである。だから、試験期間中だろうが入学試験前日だろうが、一秒だってヘッドホンをして死すがにしてくれるということがなかったよ。それが毎日の態度だ。あれで、静かにしてやったつもりなのかよ? きちがい兄貴が、「感じが出ない」音まで、音を下げると言うことは、死んでもないんだよ。「うちにいる限り」一分だろうが一秒だろうが、自分にとって「感じが出ない音」まで音を下げるということは、死んでもない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。