2020年8月8日土曜日

意識的な努力は、作用の反作用として機能してしまう


みんな、気違い的な親がどういうふうにたたるかわかってない。
影響を受ける必要があるか、ないかなんて考えられるわけがないだろ。気違いが、死にものぐるいになってかかってくるんだぞ。「よし、影響を受けよう』と思って影響を受けたのではないので、『影響を受けるのはやめよう』と思っても、影響を受ける。それから、必死になって……意識的な部分では『影響を受けないぞ』と頑張ると、無意識的な部分が反応して、神経症の症状が形成されるのである。だから、この場合『影響を受けないぞ』という意識的な頑張りが、神経症の症状を生み出す直接的な原因のひとつになってしまうのである。それが、認知療法家には、わからない。そして、認知療法家の影響を受けた人もわからない。
 

 
気違いの認知のほうが、押しがちしてしまうのである。それが問題なんだよ。それが直接的な原因なのだけど、『気にしないようにしよう』『影響を受けないようにしよう』という意識的な努力は、作用の反作用として機能してしまう。ようするに、押しがちされてしまったということが、作用で、気にしないようにしようという意識的な努力が反作用だ。しかも、気違いの親が『押しがち』しているにも関わらず、押しがちしているとは思ってないのである。やっている本人がやったと思ってない。気違いが、意地を押し通してやったにもかかわらず、気違いが「やってない」と思っている空間全体が、神経症の症状を押し出すのである。もちろん、やられたほうの神経症だ。いったんそうなると、『おかしいのは子供の方だ』ということになる。

精神異常である親はいる。しかも、精神異常の『以上』が微妙で、うちでだけ、妄想的な怒りを爆発させる人がいる。本人にしかわからない理由で起こっている。しかし、本人もわかってないのだ。けど、気違い的な怒りを感じているのは確かなのだ。普通は、理由がないことでは怒らないけど、そういう親は理由がないことでおこる。けど、それが、よその人にはわからない。『理由もなくおこる親なんていない」と信じている人たちは、子供の訴えを、まともに聞かない。そして問題なのは、理由がないことで怒り狂っている親が、怒り狂ったということを、怒り狂った瞬間にわすれてしまうのである。ぜんぜん関係がないことになってしまうのである。こんなのは、狂気も狂気のだけど、普通にやる。ちなみに、そうやって、意地を張っている親を説得するというのはムリだ。怒っている真の理由を聞き出そうというのはムリだ。気違いを相手にすることがどれだけ無意味なことか、普通の人はわかってない。相手は、妄想のなかで怒り狂っている。そして、対象は、リアルな子供だ。妄想的な理由で、リアル世界の子供を対象にして怒り狂う。目の前の子供に向かって、気違いしかわからないようなへんな理由で怒り狂う。で、このときの、強情さがまた、気違いなのだ。気違いとしか言いようがない。『殺して排除しなければ、言うことを聞かせる』ということができない。ようするに、『怒らないようにしてもらう』ということができない。もう、本当に、まるで違う交流(コミニュケーション)なのである。気違い的な親にたたられてない子供時代を過ごした普通の人は、この交流について理解することができない。他の人は……健常者に育てられた人は、異常者に育てられた人間の言葉を信じることができない。

 

気違い親父がわけのわからない理由で、怒り狂っているときの頑固さがすごい。強情さがひどい。

「このときの強情さが、また気違いだ」と書いたけど、兄貴がヘビメタを鳴らしているときも同じなんだよ。まったく同じ仕組みが成り立っている。殺さなければ、やめさせることができない。相手は……つまり、親父や兄貴は、気違い的な意地でやりきって……やりきったということを、気違い的な意地で認めない。

 

俺が、どれだけ、他の人に受けないことを書いているかわかる。こんなことを理解できるのは、よっぽど頭がいい人か、実際に同じようにやられた人でしかない。割合としては本当に、小さい。どこまでも、例外的な少数者。例外的な少数者というのは、多数者から理解されない。多数者には、理解しようとする理由がない。少数者がどうして、そんなこと!にこだわって!!いるのか、多数者は、わからない。多数者から見ると、その、やられた方の少数者が非合理的なことを言って、こだわる必要がないことにこだわっているようにしか見えない。 

 

 


2020年8月7日金曜日

俺が言っていることは、他の人には理解されない


俺が言っていることは、他の人には理解されない。他の人は、俺が言っていることがわからない……。こんなのは、どれだけ書いてもムダだ。ムダ!ムダ!!

けど、書かざるを得ない。実際にそういう事があったわけだし……。こういうレベルの騒音にさらされ続けると、「人類」はどうなるかということは、実験できないわけだから、実際に経験した俺が記録を残しておくしかない。

けど、他の人には理解できないということがわかってしまった。

そこまで、つたわらないのか……。

まるで理解できてない。

理解できる人はほんの少し。大半の人は、俺がなにを言っているのかわからない。まったくわかってない。それは、気違い兄貴がヘビメタを始めたときから、つづいている。気違い兄貴がヘビメタを鳴らし始めたとき、俺は小学六年生だったけど、小学六年生のときから、ずっと理解されてない。

俺が、『兄貴のヘビメタ騒音』について語っても、他の人は、デフォルトで理解しない。他の人が無視するのは、大きくわけてふたつある。

ひとつは、影響の大きさだ。この世で一番キライな音が、ずっとなっているということが、どれだけの影響を与えるか、他の人は理解しない。他の人にとっては、「そんなのはたいしたことがない」ということになっている。

もうひとつは、兄貴の性格だ。兄貴の認知と態度を含めて性格と言ってしまうけど、他の人は兄貴の性格を理解しない。「そんなのは、お兄さんに言えばいい」……これが、普通の人の反応だ。どれだけ言っても他の人には理解できない部分があるから、ムダなのだけど、ぼくが認知していることと他の人が認知していることの差がでかすぎる。

他の人には、ヘビメタ騒音が小さな問題に見える。影響を受けないようにすれば、影響を最小限にすることができる問題だと思っている。けど、それは、他の人が『俺の言うことを聞いて』思ったことだ。

他の人は、現実を知らない。現実には、いろいろな情報が含まれている。他の人は、いろいろな情報がわかってない。だから、俺との間に差ができる。これが強烈にでかい差なのだ。

だから、ぼくはつねに誤解されるということになる。

しかも、誤解している方は誤解しているとは思わない。思えるはずがない。その人の知っていることを土台にして、その人の思考方法で考えているからだ。

情報にどれだけの差があるかわかってない。俺が言ったこと……を、その人が理解したことだけで、すべてだと思っている。

だから、導き出される結論がまったく違う。それは、親友でもそうなんだよ。実際にヘビメタを聞いたことがある人でも、そうなんだよ。

これは、絶望的だ。他の人は、システム的に俺を誤解するようにできている。これが、絶望でなくてなんだ? 言っていることが通じない。理解されない。


 

2020年8月4日火曜日

一番問題なのは、俺の意欲がなくなってしまったことだ


一番問題なのは、俺の意欲がなくなってしまったことだ。親父とネズミに持っていかれた。本当にくるしかったよ。
友だち、親友、彼女は気違いヘビメタに持っていかれた。ともかく、くるしいだけの世界になったよ。

ああっ、意欲も、じつはヘビメタ騒音でぼろぼろになっていた。そういうところが、他の人と違うんだよな。そもそも、違う。で、ほんのちょっと残っていた、意欲を、親父とネズミにとられた。


2020年8月2日日曜日

なんでおまえらは、過去の影響を軽く見積もる?


ヘビメタががーーーって、鳴ってた。ヘビメタががーーーって、鳴ってた。ヘビメタががーーーって、鳴ってた。……と、自分が出せる最大の声で、怒鳴っている。
みんな、わすれちゃっているけど、も!の!す!ご!い!音で鳴ってたんぞ!!!……と自分が出せる最大の声で怒鳴っている。
俺が、俺が怒鳴る声の、何十倍も、何百倍も千倍もでかい音でヘビメタが鳴ってたんぞ。……と怒鳴りまくる。

この風景に……いきているこの風景に、ヘビメタ騒音が「くっついて」いる。認知が、同じだ。いきている感じに、ヘビメタ騒音が「くっついている」。くるしい。まるまるたい。まるまるたい。

あの、感覚が、後の人生に影響を与えないはずがないだろ。過去が関係ないはずがないだろ。学生時代ずっと毎日、あんな音を聞かれさて、育って、それで人生がうまくいくはずがないだろ。過去が現在に影響を与えている!! なんでおまえらは、過去の影響を軽く見積もる? どうして、過去の影響を無視する?

あっ、そうか。気違いヘビメタにやられてない過去だからか。そりゃ、そういう、特別な過去がなければ、過去の影響なん無視できるよな。けど、どうして、あたかも、だれにでも成り立つ一般法則のように言うのだ? おまえが、「無視できる過去」しか経験してないということだろ。おまえが、「現在に影響を与えない過去」しか持ってないということだろ。

2020年8月1日土曜日

突然、さみしさを感じた。


突然、さみしさを感じた。
けど、動きたくない。どこにも行きたくない。
だれともあいたくない。
ヘビメタ騒音でくるしい。
累積ヘビメタ騒音でくるしい。
「あんときの、あれはない」と俺が言っても、他の人にはわからない。「あんとき」の体験がないからだ。「あんとき」は、何千回も何万回も繰り返された「あんとき」だ。ヘビメタ騒音でくるしい「あんとき」。ヘビメタ騒音が前の日ずっと何時間も何時間も鳴っていたので、何時間も何時間も眠れず、やっと眠れたと思ったら?起こされて、しかたなく起きた「あんとき」。ヘビメタ騒音に六年間毎日たたられて、ほとんど眠れないまま行った、試験日当日の「あんとき」。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。