2015年12月31日木曜日

これは、僕の人生じゃない

虚しい。だるい。むなしい。だるい。なんだったんだろうな~、俺の三〇年は。三〇年。なに、この三〇年。本当に三〇年経ったのか? おかしいんじゃないか。計算が合わないんじゃないか。あれが、三〇年前とか、……それはないだろ。それはない。けど、そうなんだよな。おそろしいことに、そうだ。否定出来ない。あれが、三〇年前、あれが三一年前、あれが三三年前、あれが……二五年前。あれが、八年前。あれが、五年前。おかしい……こんなはおかしい。まるで、異次元に迷い込んだみたいだ。こんなのはおかしい。こんなのはおかしい。こんなのはおかしいんだ。……これは、僕の人生じゃない。こんなのは、僕の人生じゃない。

2015年12月29日火曜日

俺は!言っただろ!!!(公開バージョン)

僕が不安になっても、なにもわからない。不安になるな。不安になるな。不安になるな。

本当にヘビメタ騒音がうるさかった。どれだけ、不安な時もヘビメタ騒音が鳴っていた。近所の人にどう話すんだよ。かりに、親父が死んだら、なんて言おう。俺はヘビメタ騒音で働けない。ヘビメタ騒音が一四年間鳴っていたので働けない。


は~、死にましょ死にましょう。死にましょう。本当に、ヘビメタ騒音を鳴らされてから死ぬことしか考えてないよ。すべての普通の生活が、雲の上の出来事だ。どうやったって手にはいらない、雲の上の出来事になってしまった。普通に、普通の女の子とつきあう……ヘビメタ騒音で、浪人、無職だから、立場がない。その人に実は無職だということをいいたくない。はじめに嘘をついて、つきあいたくない。浪人、格好悪すぎる。ヘビメタが鳴っていた。どうやっても、ヘビメタが鳴っていると、ダメなんだよ。暗黒世界なんだよ。すぐにでも首をつって死にたい気持ちなんだよ。どうしても、どれだけ言っても、鳴ってた。

ヘビメタ騒音が鳴ってから、全部、夜だ。全部が全部、二浪三浪で、自転車を漕いでいる夜だ。闇だ。死にたい。なんとも言えない不安に取り憑かれる。死にたい。ともかく、ヘビメタ騒音で死にたい。ヘビメタ騒音が鳴っているから、死にたい。ヘビメタ騒音が鳴っていて、すべてのことに手が届かなくなったから死にたい。

いまだって、そうだ。いまだって。じゃ、いま、「さびしい」ので、女の人とつきあうとする。それで、働けないことを、どうやって説明する。一応この国では、男が収入を得るということになっている。男が働いて女が働かないというのは、ありだけど、女が働いて、男が働かないというのは、なしだ。もちろんあるけど、「ひも」とかそういう言葉で、罵倒される。「なんで働かないんだ」と、精神的に責められる。働けないんだけど、相手には、働けるのに働かないと見える。俺が、どれだけみじめな思いをしてきたか。どれだけ……。だから、きちがいヘビメタが鳴り止んで、近くにアパートを借りることも、部屋の工事をすることもないほうが、いいに決まっているのだ。ちゃんと、全部鳴り止んで、くれれば……。ちゃんと全部、鳴り止む以外の解決方法はない!!!


あの時本当にヘビメタ騒音で苦しかった。やりようがないんだもん。鳴らされていたら、やりようがない。前の日と同じになってしまう。同じだ。我慢するだけだ。朝、どれだけしんどいと思っているんだ。遅刻をすれば俺が文句を言われる。髪の毛なんてとかしているひまがない。歯磨きなんてできない。それで、「だらしがないやつ」と思われるのは俺だ。宿題を忘れた……それで、「だめなやつと思われるの俺だ。けど、どうしても、どうしても、週に五五時間以上ヘビメタ騒音が鳴っていると、できない。一日に七時間以上ヘビメタが鳴っているとできない。平日、学校から帰った後、六時間四五分鳴っていると、どうしても、どうしても、次の日の用意ができない。宿題をして次の日の用意をして寝るということができない。俺が、不安な日々をすごしてきたと思っているんだ。全部、格好悪い。死にたい。

俺が死ねば、俺が楽になれる。

俺が親父や兄貴にい言いたいのは、お前らが、俺にどんなことをしたかわかってるんだろうな?ということだ。お前らが……お前らが。お前らが俺になにをしたか、理解してから死ねよな。けど、理解しないんだろうな。どこまでも、……死ぬまで。死んだ後も……当然。死んだ後も理解しないんだろうな。生きているあいだじゅう、理解しない。死んでからも理解しない。ろくでもないやつらだ。だから、やったんだろうな。やりやがって。自分が俺になにをしたか理解してから死ね。俺が俺が……。俺が、俺が……。俺がどれだけ、お前らのせいで苦しんだと思っているんだ。俺がどれだけ、お前らのせいで恥かいたと思っているんだ。理解してから死ね。せめて、理解してから死ね。

お母さんはけっきょく、助けてくれなかった。困っていただけだ。ずっと俺と一緒に困っていただけだ。自分の息子なのに。きちがい兄貴は自分の息子なのに。やめさせることができない。きちがい兄貴の、ヘビメタに対するきちがい的なこだわりというのは、言いようがない。自分が思った通りに鳴らしたというのがあって、音を下げたり、ヘッドホンをしてしまっては、自分の思い通りじゃないんだよ。自分の思い通りに(でかい音で)ヘビメタを鳴らすということに、殺人的なこだわりがある。そのことの前では、すべての道理が、力を失うのである。すべて、無力。自分がヘビメタを思い切り鳴らしたい。それを邪魔する奴は、断固、無視。無視して鳴らす。それだけ。殺さなければ、絶対にどれだけ言っても、やめてくれない。実際に、十数年間にわたって、やめてくれなかった。どういう気持で生きてきたと思っているんだよ? 俺が!!

きちがい兄貴もきちがい親父も、当時一四年間、どれだけ言っても、まるで理解しなかった。まるで関係がない人なのである。自分がやっているのに。きちがい兄貴は自分がやっているのに、きちがい親父は、自分の息子がやっていることなのに。毎日、何時間も何時間も。こだわってこだわってやっていることなのに、「知らなかった」だからな。「つもりがなかった」だからな。全部これだよ。全部、こういう嘘くさい理由で、やり切る。どれだけ言われても、知らないまま。どれだけ鳴らしても、つもりがないまま。頭がおかしい。お前らのせいで、どういう目に遭ってきたと思っているんだよ。

なんで俺がこんな孤独に、一人でたえなきゃいけないんだよ。本当に人生がない。人生がない。ヘビメタ騒音で人生がない。なんて言うんだよ。なんて言うんだよ。どうやって説明するんだよ?どうやって。ともかく、五体満足でも働けない。いいや、俺もヘビメタ騒音で頭のなかが壊れちゃったんだな。本当に親父なんて、こっちが困ることしか、言わない。やろうと思わない。どうして、きちがい兄貴を説得してやめさせないんだ。どうして、俺の部屋の押し入れに防音材を貼って、きちがい兄貴にはひとことも注意しないんだ。同じなんだよな。今回の、俺のために外壁工事というのだって、同じだよ。どういう目に遭ってきたと思っているんだよ。

ヘビメタ騒音をやられて三年経った時から、僕の人生は終わっている。僕の人生は終わっている。ボロボロだ。その三年間だって……。ボロボロだ。あの時は、まだ、お母さんやダイヤがいたから、さんざん愚痴ってしまったけど……。愚痴ったって、ヘビメタ騒音が鳴り止まなければ、僕の苦しみは、終わらないんだよ。僕が落ちていくだけだ。学業成績、働く能力。落ちていくだけだ。きちがい兄貴!!!きちがい兄貴!!!おまえが、やるつもりで、鳴らした。どれだけ言っても、絶対の意地で、全部の時間、鳴らした。

俺がひとりで、たえなきゃいけないのか?? これからも。きちがいヘビメタにやられて、人生がない。全部どんな努力も、ヘビメタ騒音のなかで、消えた。あれだけもめているのに、しらんぷりで鳴らす。全部の時間鳴らしきる。それで静かにしてやったつもりだ。それで、協力してやったつもりだ。ぜんぜん静かになってないから。命がけで、全部の時間、協力せずに鳴らしたのに、協力してやったつもりがどうやって生じるんだ? 本当きちがい野郎。どれだけ言っても、伝わらないんだからな。自分が鳴らすのは当たり前……自分が鳴らしたいように鳴らすのは当たり前……まるで問題がない……ガタガタ言ってくるほうが悪い……こんくらいの気持ちしかない。で、一四時間鳴らせるなら、一四時間鳴らす。

お母さんも、ダイヤも、もういない。僕がこの部屋で、歳をとってきただけだ。僕がこの部屋で、孤独にたえ、歳をとってきただけだ。なんも、楽しみがない。「楽しみなんていうのは、自分でつくればいいだろ」……そりゃ、ノーマルな人の話だ。……つくれるわけがないだろ。……あんな状態で、……学生時代全部を暮らして、……人生をつかめない状態で、……楽しめるわけがないだろ。時間の制御ができず……つまり、決まった時間に起きれず、……。だるいからだを引きずって……。ヘビメタ騒音でボロボロで、憂鬱で……。楽しめるわけがない。どうしても楽しめない。どうしてもくるしい。


2015年12月28日月曜日

東京のおしゃれな街を歩いても、むなし~~

東京のおしゃれな街を歩いても、むなし~~。この、雰囲気。ひとりで、ぎりぎり、耐えている。仮にぼくが、東京で割と高いご飯を食べたとしよう。うまいにはうまいのだろう。けど、楽しかというとそうではない。ヘビメタ騒音で、おちぶれて、「こんなことをしていていいのだろうか」みたいな気分がつきまとう。ぜんぜん、楽しくない。ヘビメタ騒音が一二年ぐらい続いて、人間関係が切れだした頃……。あれ、書こうとしたことを忘れた。そういえば、さっきむせたな。最近、むせるんだよな。食べているときに、ヘビメタ騒音のことを考えていて……当時のきちがい兄貴の態度のことを考えていて、……気持ちがどっかに行っちゃってむせた。

これ、薬、飲んでも変わらないだろう。

なんか、市の講座というか、市民サークル?みたいなものに参加すればいいだろとか、言う人もいる。まあ、そうなんだろう。けど、案外金が出てくんだよな。人と付き合うとそういう安そうなものでも、けっこう金が出てくんだよな。さっきも書いたけど、俺、こころの中で、ヘビメタ騒音のことを考えていて、みじめでみじめでしかたがないんだよな。「人生なかった」「あれからずっと苦しい」……こういう気持ちがうずを巻いている。他の人がいろいろな活動をしている。その人は、ヘビメタ騒音なんて、一日も体験してない。あの、邪魔な状態、邪魔な感じ、……キレるような邪魔な状態……あれがずっと続く。鳴っている限りは続いてしまう。で、鳴り終わっても、頭の一部が、ものすごく興奮して眠れない。死にたい。きゅーーっとひえて死にたくなる。あの時のままなんだよな。俺の頭。苦しいままなんだよ。どうしたらいいんだよ。死にたい。

そりゃ楽しく感じればいいけど、「しんどいな」「めんどいな」「つまらないな」と思ったら、参加できるわけがない。金を払って、やりたくない仕事をしているような状態になってしまう。

しかし、最近、きゅーに、くるな。くる。極端な不安とうつが、急に来る。やばいやばい。やっぱ、さみしいんだな。本当に、ヘビメタ騒音は、ぼくの人付き合いも、全部つぶした。長い長い時間をかけて、全部、つぶした。すべて、つぶした。ゆるせない。

2015年12月24日木曜日

常に、ひとりだ。

ついに一人になってしまった。ついに。あ~あ。きちがい兄貴は、こういう時でも、嫁さんがいるんだよな。ひとりじゃない。俺だけ、ひとりだ。常に、ひとりだ。

ヘビメタ騒音が始まってから、ずっと、いいことがない。死にたい。全部崩壊している。外に出た時の気分、出る前のドアの前にいる時の気分、お母さんが入院した時の気分、親父が入院した時の気分、親父と言い合いをしている時の気分、他の人と話をしている時の気分、全部めちゃくちゃ。なんかこう、常に不安で、常に、言い切れない気持ちを抱えている。言い切れない気持ちってきちがい兄貴に対する気持ちだけど……。きちがい兄貴にやられたことに関する言い切れない怒りだけど。「いい年こいて無職」と思われる不安。「何年、浪人してんだよ」と思われる不安。

働けない。きちがいヘビメタ騒音が始まってから七年間で、簡単なアルバイトもできない体になりました。きちがい兄貴、おまえのせいでどれだけの失敗があると思っているんだよ。

位牌に話しかけても当然返事なんてない。
僕が死にたい。けど、今死んだら、本当にみじめな人生だったなと思う。小さい時は親父に、わけのわからないことで怒鳴りまくられ、成人してからも、きちがいヘビメタ騒音にずっと、毎日たたられている状態だ。全部うまくいかないぞ。

誰も助けてくれない。死にたい。きちがい兄貴のきちがいヘビメタ騒音で死にたい。あれはないぞ。死にたい。

2015年12月23日水曜日

本当に、ヘビメタ騒音だけの人生だったな

おれもう、これ、だめだぞ。どうも、だめそうだ。くるしいー。あ~~あ。どれだけさみしいのを我慢してこらえても、こういうことになってしまうんだからな。俺、一五年前よりも、明らかにさみしいな。この、空虚。この、むなしさ。これは、やばい。ほんとうにやばい。きちがいヘビメタ騒音が始まってから、ずっと苦しい。ヘビメタ騒音って人間関係の「やまい」なんだよな。これ、やまいだよ。まちがいなく。ほんとーーーに、全部の時間苦しかった。きちがい兄貴は、好きな音で鳴らしただけだ」なんて思っているかもしれないけど、おまえがやったことはでかすぎる。

ともかく、さみしい。人間づきあい必要だな。特に、おんな。ともかく、さみしい。さみしったらありゃしない。まずしさに耐えられる人いるかなぁ。ともかく、抱きしめたい。おれが、とれだけこらえていきてきたか。きちがいヘビメタが始まってから、七年経った時、もう、だめだったんだな。あらゆる意味でダメだったんだ。ほんとう~に、きつい。薬を飲んでも落ち着かいない。「もう、死ぬかな」って気分になる。まあ、どうせ死ぬなら、薬なんて飲まなくていいしな。なんとか生きようとするから薬が必要になる。死にたい。いままでの時間、耐えてきたけど……今日も……今日も、耐えた。けど、苦しいな。なんとかしないとなぁ。なんとか。お金を減らすのが嫌だから、すべての交わりを断ってきたようなところがあるな。

ある程度付き合いを増やすか。けど、ヘビメタ騒音で憂鬱で無職という流れだと、同じなんだよな。座っている時の気分、相手の話を聞いている時の気分……全部、きちがいヘビメタ騒音でだるくて、きちがい兄貴の態度に腹を立てている。相手のいる時も、俺、本当はものすごく、ボロボロにつらいんだよ。ヘビメタ騒音でつらい。ヘビメタ騒音の憂鬱がとまらない。誰と一緒にいても、ヘビメタ騒音の憂鬱がとまらない。

でも、これだけ、付き合いがない生活をしているとさすがにつらいな。つらすぎるわ。「やっぱ、もう死ぬか」となる。俺は、苦しんで死にたくない。闘病生活の末に……なんていうのは嫌なんだ。寝ているあいだに、すーーっと死にたい。だから、昔の睡眠薬、最高なのに……。昔の睡眠薬がほしい。いまの睡眠薬では死ねない。寝ているあいだに死にたいな。眠ているあいだに、苦しまないで、死にたい。

誰と一緒にいても、普段、ここ書いているようなことが、頭のなかを回っている。人と別れて、家に帰ったあともそうだ。ヘビメタ騒音で苦しい時の、つらい時の、いろいろな記憶が頭のなかを駆け巡る。もう、だめ。

ともかく、年をとった。本当に、ヘビメタ騒音だけの人生だったな。

2015年12月22日火曜日

一日一個法

最近、自分で一日一個法というのを考えて実行している。一日に一個、何かをやればいいという方法だ。一日にゼロ個でもいい。一週間に二日ぐらいゼロ個の時があってもいい。いわば、週休二日制だ。

たとえば、「病院に行った」ら、一個タスクを完了したことになるで、今日も一日、一個すすめたと思うようにする。病院に行くのはけっこう大きなイベントだけど、そうではなくて、たとえば、「買い物に行った」というのも、数えるべきタスクとなる。

それどころか、「通販の注文をした」とか「通販の受け取りをした」ということも、数えるべきタスクとなる。それだと、今度はけっこう数えるのが大変になると思うかもしれない。けど、一日一個法では、細かく、数えない。

だいたい、なにを数えるべきタスクと感じるかというのも、その日の状態によって違う。だから、人によって、状態によって、なにがタスクなのか、違ってくる。何にもしなかった日は、たとえば、ご飯を作ったというのものを、数えるタスクにくわえてもいい。「今日は、自分でご飯を作ったから、いい。自分でご飯を作ったから、進歩した」……「ご飯を作ったので、一歩前進!」……こう思えばいい。

まあ、タスクというのは、普段やっていることではなくて、やるのがちょっとしんどいことかな。けど、やるのがちょっとしんどいことは、ひとによって違うし、同じ人でも状態によって違う。だから、気分次第で、なにをタスクと考えるか変えてしまっていい。それじゃ、意味がないのではと思うかもしれないけど、それだから、意味がある。

書き出す必要もない。ただ、思えば、よい。「今日も一歩進んだ」と思えればいい。まあ、その人にとって、ちょっと大変なことを、タスクとして考えるのだけど、今日は、料理をタスクに昇格とか、そういうことでいい。「今日、ゴミ出しをした」……ということなら、ゴミ出しをタスクに昇格して、「今日は、ゴミ出しをしたからいいや」と思うことにする。

一日に、一個やればいい。一日に一歩すすめればいい。そういうふうに思う。……そうすると、わりとすすんだ感じがする。普段、普通にやっていることを、タスクとして考えると、また話が違ってくるんだよね。数が多すぎる。本人にとって、わりと大きなイベントなんだよね。一個として考えるのは。基本はそうなんだけど、ふだんやっていることをタスクとして考えてもいい。

けど、それは、他の人から見れば、小さなイベントだし、「そんなの毎日やっている」「そんなの一日に三回もやっている」と言いたくなるようなことなのだ。しかし、本人がどう感じるかの問題だから……。

しかも、本人の中に明確な基準があるわけではなくて、その日によって、……その日の体調で、基準が変わってくる。

「今日も一歩すすんだ」と思ったほうが、「今日もなにもしなかった」と思うより、精神的な健康を保てる。「今日は、ゴミ出しをしたからいいや」「今日は、医者に行ったからいいや」「今日は、買い物に行ったからいいや」……こう考えたほうが、「今日もなにもしなかった」と考えるより、気持ちがいい。気持ちが落ち着く。やっていることは同じなのに、一歩すすんだ!!と感じることができるのだ。だから、一日一個法としては、固定した明確な基準を作らないというのが、キモになる。本人が思うだけで、「本人が思ったことを紙に書き出す」必要がないわけだから、らくちん。

もちろん、「今日は休みの日だからゼロでいい」という考え方もある。自分が普段やっていることを、「タスクに昇格」しなくてもいい。それはまあ、考え方次第。「昨日、でかいこと(タスク)を二つやったから、今日はゼロでいいや」と考えることもできる。

2015年12月21日月曜日

できないからできない(公開バージョン)

お母さんの位牌を抱いて寝ているけど、さみしい。むなしい。ついに、こういうことになってしまったか。あ~~。ついにこういうことになってしまったか。時間の問題でいつかはこうなると思っていたけど、早い。早い。早い。


ほんとう、夜、気持ちが押しつぶされそうになって、位牌に語りかけたり、写真に語りかけたりしているけど、当然、返事なんてかえってこない。俺のひとりごと。完全に一人になってしまった。一人も味方がいない。

お母さん。ダイヤ(親友のアダ名)。お母さん。お母さん。お母さん。ついに、一人になってしまったよ。きちがいヘビメタをやられて、僕は自分を社会的に抹殺しようと思った。本当に、そうするしかない。ヘビメタでだるくて動けない。死にたい。だから、「できないからできない」ってずっとダイヤに言っていたのに、ダイヤが、「そこをなんとか、立ち直ってくれ」ってけっこうしつこかった。

「ダイヤ、ダイヤは俺がどんなことをされてきたか知っているよね。俺はもうだめだ。俺につきあって(ダメになる)必要はない。先に行ってくれ」……こういう気持ちだ。こういう気持ちだよ。で、そういう風に言ったけど、それは、「じゃ、そうか」ってわけには行かなくて、それで、俺は……俺は、わざと嫌われるためにひどいことを言って、去ってもらうようにしたんだ。

どうしてもできない……「どうしても立ち直れない」と言っているのに、……。俺がどういうことをされていたか知っているのに……「そこをなんとか立ち直ってくれ」と言ってなかなか、引き下がってくれない。ダイヤが言った……「どういうことをやられてたかはわかっている。俺も、となりにアパートができた時、騒音を経験している。どんな気持ちになるのかは、わかった。けど、どうにか立ち直ってくれ」と。俺が「立ち直れない」と言っているのに、けっこうしつこかった。だから、……無理だから無理って言っているのに。

「もう、俺のことはおきざりにしてくれ!!!君は先に進んでくれ!!!」……そういうことだ。けど、そういう風に言っても、「じゃあ、そうする」とダイヤは言わなかったので、……言うような人ではなかったので、ひどいことを言ってわざと別れた。


「そんな昔の友達のこと、どうだっていいだろ。いまのことを考えよう」……こういう風に言う人もいるだろう。けど、これ、けっこう、でかいんだよ。ダイヤとの関係は変わっているけど、他の友だちとの関係も、ヘビメタ騒音で壊れている。ヘビメタ騒音の連続で壊れている。

ヘビメタ騒音の一四年毎日、連続で壊れている。新しい人間関係も、同じなんだよ。だから、つきあいはじめても、けっきょくは、ダイヤや、他の友だちとの関係のように、壊れるんじゃないかな。ヘビメタ騒音。ヘビメタ騒音にたたられ続けた、ヘビメタ騒音にたたられて仕事ができない体になったということが、いまのつきあい、これからのつきあいに与える影響がでかい。

「会う」ったって、仕事してないで、自分の金がないのに、会うのはつらい。日本人は、男は働いているのが当然だと思っているから、なんで働いてないのか、新しくあった人に説明しなければならなくなる。そうなると、当然ヘビメタ騒音のことを話すしかない。だいたい、人と会っていても、ヘビメタ騒音のことで、頭がいっぱいだ。心が、グレーだ。崩れ落ちそうなほど、苦しい。そういう状態にたえて、たえてたえて、話をしている。明るいようにしていても本当は、暗い。

これからの生活に対する不安、きちがい兄貴に対する怒りで、こころのなかが、ぐっちゃぐちゃになっている。人と会っていても、人となにか話していても、本当は、くるしい。ヘビメタ騒音で高校に落ちまくって、それで、友だちに会って、気にしてないような素振りで話をしているような状態になってしまう。帰ったらヘビメタが鳴っているわけで、まだ、これから高校の入試があるのに、きちがい兄貴が一日中、けたたましい音で鳴らしているという状態が、変わらない。

これが、変わってくれなかったら困るのに。一日に、一時間も鳴ってない!状態にならなかったら困るのに……。……一日中鳴っている状態は、非常事態なのに……非常事態だということを、まるで理解しないで、普通に鳴らし続ける。

落ちまくって困っている時も、同じように鳴らしている。非常事態のままだ。鳴っているから、非常事態なんだ。その非常事態が、落ちまくっている時も続く。

一日に一分だって、静かにしてくれない。明日、高校入試があるというのに、きちがい兄貴が夜の一一時一一分まで、ドカスカ、ヘビメタを鳴らす状態というのが変わらない。それが、原因で困っているのに。それで、困っているのに。

それで、小学六年生、中学一年生、中学二年生、中学三年生とずっと困っているのに。破綻なのに。生活破綻なのに。精神破綻なのに。ヘビメタ騒音ですべてが上手くいってないのに。ヘビメタ騒音が普通に、すべての時間鳴る。鳴り続ける。まだ明る夕方から、ずっと夜の一一時一一分まで鳴り続ける。

「入試だからやめろ」と、合計、何十回何百回、何千回、何万回??怒鳴りこんでも、ずっと、無視してヘビメタを鳴らし続ける。入学試験一ヶ月前から考えたって、何百回も言ってる。一日に、七回以上、は、怒鳴りこんでいるからな。


惨めなんだよな。お母さんの時もそうだったけど、病気で、弱くなった人の姿というのが、むしょうにむなしい気持ちをかきたてる。そして、ヘビメタ騒音で人生がない状態がかわらない。お母さんに対して俺はずっと、頼りない存在だった。自分で金が稼げない。

あー、やっぱり、死にたい。死にたいのであれば、これからの生活のことなんて考える必要がないのだから、気が楽なるかというと、一瞬だけ、気が楽になる。一瞬だけだ。「もう死のう。死ぬからいい」と考えると、一瞬だけ気が楽なる。


しかし、どうして、この時期に足場を建てて工事なんだ。この時期に足場を建てて工事なんて、俺に対するいじめに等しい。騒音攻撃をするつもりか。トラウマ大爆発だ。死にたくなる。そういうことを、「俺のためにやる」と言うんだからな。そりゃ、怒るだろ。親父のためにやる、というのであれば、まだ、話が通るけど。

「俺のために」……この時期に、家のまわりに足場を組んで工事……そりゃ、ありえん。二週間ぐらいいいじゃないか。二週間だってダメだ。死ねと言っているようなものだ。おれがどれだけ!!!!!!おれが、どれだけ!!!!わかってない。そういうところが、わかってない。で、ずっとずっとずっと、言っているのに、まだ、それなんだよ。平気で、この時期に、家のまわりに足場を組んで工事をするようなことを言う。こんなの、俺に自殺しろと言っているようなものだ。自殺するほどくるしめと言っているようなものだ。どうして、わからない。

しかも、「俺のために」。「俺のため??? 俺のためだったら、やめてくれ」……そうやってもめたんだ。この時期に足場の工事なんて、本当に、いじめだ。あいつが俺を殺すつもりだ。全然つもりがないんだろうけど俺はそういうことで、どれだけ苦しんできたと思っているんだ。あんたのそういう性格で俺がどれだけ苦しい思いをしてきたと思っているんだ!!! こう言いたくなった。

だいたい、「注意してない」ということも、認めてない。あれだけもめているのに、まだ、「注意してない」ということを認めてないんだからな。俺があんたのそういう性格で、どういう思いをしてきたと思っているんだよ。認めてくれよ。

親父は兄貴に、一四年間で、三回ぐらいしか注意してない。一週間に一回注意したとしても、年に五五回注意することになるんだけど、年に五五回も注意したなんてことはありえないということを、認めてくれよ。「注意した注意した」「いっぱい注意した」「積極的に注意した」だからな。

「こうしてくれ」といった時は、かならず、俺が言ったように、してくれることがないんだよ。「こうしてくれ」……たとえば、兄貴に注意して兄貴を静かにさせてくれといった時は、「防音材防音材」「地下室地下室」ということになる。ひとことも注意してくれない。俺が言ったことはやってくれないで、親父が思いついたことをやろうとする。

で、親父が思いついたことというのは、俺にとってものすごく、負担があることなんだよ。不安を掻き立てられるようなことなんだよ。「この時期に、地下室の工事なんてやったら、入学試験までうるさくなるだろ」……こういうことがわからない。いくら掛かると思っているんだよ? 掘った土を処理するだけで金がかかる。「そんなのは、庭に出しておけばいい」……これが、一回目の大学入試の時の、会話だよ。

あの時は、俺がやってほしいことは、兄貴を説得して、兄貴を一日に一分も鳴らせない状態にすることだ。俺がそうするから、そうすることに協力してくれということだった。で、親父の方の答えは、なんだか知らないけど「地下室を作る」ということだ。きちがい兄貴が、一日中、爆音でヘビメタを鳴らすことに関しては、容認したままだ。で、一度、「地下室地下室」って言い出したら、地下室を作ることにこだわる。自分のアイディアにこだわりまくる。負けてしまうと、工事が始まってしまう。

それも、俺のために地下室を作ってやるつもりになったのだろうけど、俺は、あの時期に地下室の工事なんてことになったら、どこに住んでいいかわからないし、うるさくなるわけだから、めちゃくちゃに困るんだよ。

で、同じなんだよな。何十年も前から。ずっと。ずっとずっと同じだ。だから、親父がやってくれたことには、感謝してないといったんだよ。そうしたら、ショックだったらしい。親父が説得しても、兄貴が、一日に一分も鳴らさないなんてことに、同意するわけがないけどね。俺が、何万回言ったってそんなことには、同意をしなかった。

けど、協力して、兄貴に働きかけてくれということを言っているのに、「地下室地下室」って。で、「地下室だったら、アパートのほうが助かる」と言ったら、アパートのほうが安いのに、首を縦に振らない。あくまでも、自分のアイディアにこだわる。自分がやってやりたいことこだわる。

で、俺のため……。で、「地下室より、アパートのほうが助かると」俺が、言った時だけど、その時に、アパートを借りてやらない理由が、「アパートを借りたら、(おまえが)勉強しなくなる」ということなんだよ。勝手に思いつきで、(アパートを借りたくないから)……口からでまかせで言ったことなんだけど、これがまた、俺の感情をかき混ぜるんだよな。

小学六年生時から七年間毎日、ヘビメタが鳴っていて、勉強をしたくてもしたくても、できなかったということを、認識してない。無視している。ないがしろにいている。勉強したいから、言ってるんだろ!! ヘビメタ騒音が鳴っていると、どうしても勉強ができない。普通の静かなところで勉強したいから、そう言っているのに、「アパートに行くとサボって勉強しなくなるから(だめだ)」みたいなことを言い始める。全然、わかってない。

アパートに行くと、サボって勉強しなくなるとして、家では、どれだけ勉強したくても、まったく勉強でない状態が続いているんだぞ。だから、もめているんだぞ!!ってそれがわかってない。わからない。どれだけ言っても、通じない。「お前のため工事」って、なんなんだよ!! それ!!!

同じ。三〇年前と同じ。ずっと同じ。まず、きちがいヘビメタが鳴り止んでくれなければ、一日に一分だって鳴ってない状態になってくれなければ困るんだよ。それめぐって、注意してくれと言っているのに、そういうことを言う。しかも、せんぜん、悪気がないし、侮辱したつもりがない。オヤジの頭のなかでは、俺のために地下室を作ってやるということになっているんだけど、俺はそれをされると困るんだよ。兄貴を静かにさせなきゃダメだろ。

兄貴に言っておくけど、一日に一分だってヘビメタを鳴らせない状態なんて、考えたことがないだろ。俺が、静かにしてくれと言っている場合の、静かにしてくれというのは、そういう内容のことだから。そういうことをしてくれということだから。これも、親父以上に伝わらないんだよな。

兄貴は、静かにしてやったと言っているけど、じゃ、一日に一分だってヘビメタを鳴らせない日は、いったい何日あったんですか? 一日しかないでしょ。一日中、ヘッドホンをしなければならない日は、一四年間で、いったい何日あったんですか? 一日もないでしょ。譲歩して、一日に一時間、たとえば、午後四時から、午後五時までは、ヘビメタをフルの音で鳴らしていいけど、五時からは、ヘビメタを鳴らさないで静かにするか、あるいは、ヘッドホンをして静かにするというような約束をしてくれたことがありますか? 

一日に一時間、ヘビメタをフルの音で鳴らしていい……これが、俺にできる最大限の譲歩だから。けど、この譲歩ですら、一日だって、成立したことがない。一日に、一時間しかヘビメタを、フルの音で鳴らせない日は、いったい何日ありましたか? 兄貴が、家で住んでいる間、ヘビメタを一時間しか、フルの音で鳴らせない日は、いったい何日ありましたか? 一日もない。

ヘビメタを二時間しか、フルの音で鳴らせない日は? ヘビメタを三時間しか、フルの音で鳴らせない日は? ヘビメタを四時間しか、フルの音で鳴らせない日は? ヘビメタを五時間しか、フルの音で鳴らせない日は何日ありましたか? そんな日は、一日もない。六時間鳴らせるなら、六時間、全部鳴らす。七時間鳴らせれば、七時間全部鳴らす。一〇時間鳴らせれば一〇時間、全部鳴らす。一二時間鳴らせれば、一二時間全部鳴らす。一四時間鳴らせれば、一四時間、全部鳴らす。こう決まってた。

一日に一時間だって、三〇分だって、二〇分だって、一〇分だって、五分だって、一分だって、鳴らしたいのに鳴らせないという時間がなかった。だから、静かにしてない。これで、「静かにしてやった」とか、どうしてそういうことが言えるんだよ!!! 本当に、うちに住んでいる間、ずっとずっと毎日、そういう状態なのに、「静かにしてやった」とか「知らなかった」とか「そんなつもりじゃなかった」とかよく言えるな。これが、俺が兄貴に対して、いま持っている感情だよ。言い分があるらしいな? 上記の質問に答えてから、言い分を言え。ふざけるな。全部それだ。

たとえ、一分だろうが、自分が本当に鳴らせない形で我慢するのは、死んだって絶対に嫌だから、してやらなかった。これが、きちがい兄貴の本当の感情だ。本当にやってきたことだ。十数年間毎日、毎日、こういう感情でずっと鳴らしてきた。一日に一分、ヘッドホンをするのでさえ、嫌だった。嫌だったか、やってやらなかった。七時間鳴らせるときに、七時間のうち、一時間はヘッドホンをしてやって、六時間はフルの音で鳴らした……こういう日だってない。

六時間鳴らされるとつらいけど、一日に、一時間、ヘッドホンをして、……いわば鳴ってない状態で……静かにしてやるというつもりが、根本的に、なかった。それは、三〇分でも一〇分でも同じだ。こういうことをやってきて、人前では、まるで、しずかにしてやった」みたいなことを言う。一日だけのことじゃないぞ。入学試験前のことだけじゃないぞ。毎日だ。何年間も、十数年間も、ずっとずっと、こういう態度で鳴らした。兄貴が、ヘッドホンを一時間してくれたなんてことが、一日もないんだから。一回もないんだから。どれだけ、なまの音……ステレオのスピーカーから出す音に、こだわってたんだよ。入試一週間前ですら、一日に一時間、ヘッドホンをして静かにしてくれたことがない。これが事実だ。この事実から導き出されることはなんだ? 一日に一時間だって、静かにしてやらなかったということだ。



なんで僕だけ。なんで僕だけ、きちがいヘビメタ騒音に祟らなければならないんだ。あんなの無理だよ。どんな頭がいい人だって、大学に受からないよ。死にたいよ。




2015年12月20日日曜日

待合室で座っている時(公開バージョン)

僕が精神科(分子栄養学)、睡眠科、内科、皮膚科、その他の病院で、待合室で座っている時、どういう気持になっていると思っているんだよ。僕が……。僕がどうして……。僕がどうして、こんなところに座ってなきゃいけないのか? 僕がどうして。どういう気分になると思っているんだよ。

入試の時と同じ気持になる。入学試験の、午前一一時の気持ちになる。前日ヘビメタ騒音にやられていたときの入学試験中、午前一一時の気持ちになる。入学試験の時、きちがいヘビメタ騒音で苦しかった。あの感じになる。むなしい感じになる。睡眠科でどれだけ話をしても、ヘビメタを鳴らした当の本人である兄貴は、……その場に……いない。

相手が不在のなかで、当時ああだったこうだったという話をしなければならなくなる。過去のこと? いま俺が、睡眠科に行かなければならないのは、いまのことじゃないか。いま、俺が睡眠相の問題で困っているんじゃないか。いまの問題じゃないか。相手不在……。過去の問題。いま、そんなことをどれだけ言ってもしかたがない……。あのね、あのね。鳴らしている当時、どれだけ本人に言ってもしかたがなかったんだよ。

これ、本当に、鳴らしている当時一四年間、「過去のことだからしかたがない」というような態度で、ずっと鳴らす。鳴らしている当時。やめようと思えばやめられたとき、まるで、過去のことだから、しかたがないというような態度でずっと鳴らしてきた。一四年間。毎日。そういう状態で話が伝わらない。本当に、自分がちゃんと静かにすることは、まったく考えてない。想定外の出来事。過去のことだから、今更どうしようもないこと……これが、きちがい兄貴が現在進行形でやっているときの態度だ。

ヘビメタ騒音が三年間毎日、鳴っていた時点で僕の人生はおしまいなんだよ。

で、三年間、親父が毎日曜日、一年間に五五回、兄貴に注意をしたかというと、一回もしてないから。あの時は、俺に怒ってた。「なっちゃったらしかたがない」「自分で兄貴を静かにさせることができないのだったらしかたがない」「全部やめろと言うわけにはいかないだろ」「裁判なんて起こせるはずがないだろ」……こういうことしか言わない。俺にこういうことを言って、二階に行って、兄貴に注意しようとしなかった。

これが、親父の態度なのである。

ヘビメタ騒音のことは、一切合切心配しないのに、……俺にとっては毎日、生きるか死ぬかの問題なのに……ヘビメタ騒音のことは、一切合切かかわらないで、それで、入試当日に「財布を持ったか」と心配すると、心配してやったことになるのである。俺の入試に関心があったことになってしまうのである。三年間、ほったらかしで。俺が、家族会議家族会議と、言って、親父と兄貴を交渉のテーブルにつけるということが、ずーーーっとできない。……できない。

中学三年生の、入試一週間前、四日前まで、ずっとできない。兄貴が加わったのは、もっとあとか。二階で鳴らしているのに、注意しに行かなかったじゃないか。俺が、兄貴に「下に来い」と言って、下にやっと連れて来て、それで、兄貴に、つぶやくように「静かにしてやれ」と言っただけだ。その前に、俺がさんざん言っている。兄貴は全部、無言だよ。

やっぱ、もう、僕が死にたい。僕が死にたい。どれだけ、どれだけ、どれだけ。どれだけたえてきたと思っているんだ。僕が死にたい。僕が死にたい。

兄貴が帰ってきて、自分の部屋に入った時点から



非24時間睡眠覚醒症候群というのは、だいたい、一日に一時間ぐらい入眠時間が後退するというものだ。俺の場合は、一日に一時間から、一時間三〇分ぐらいは、後退する。

しかも、どうにかしようと努力すると、一日に六時間から八時間ずれてしまう。さらに、調整しようとすると、眠れなくなって、二〇時間以上眠れないような状態になってしまう。疲れているけど、眠れない……これ、ヘビメタ騒音が鳴っていた日の「毎日の状態」だから。あとは、「遅刻しないようにしよう」というような気持ちがあると、まったく眠れなくなる。これも、きちがいヘビメタ騒音の後遺症の一つで、今も、苦しんでいる。


きちがい兄貴は全然覚えてないんだろうけど、最初の大学入試の時、俺の部屋の横で、横の家を新しく建築するための工事をしてたんだよ。で、足場を組むためのポールを、うちの庭に(敷地)に建てなければならないほど接近しているんだよ。手を伸ばせば?伸ばさなくても、俺の部屋の窓から、足場に手が届くような状態だったんだよ。で、なんかの機械で釘をバンバン打ち込んだり、金槌で釘を打ち込むという工法でうるさかった。

で、その工事は、午後五時までということだったんだけど、実際には、明かりをつけて午後八時ぐらいまで工事をしている時があった。で、きちがい兄貴が帰ってきたら、俺がどれだけ、入試だから鳴らすなと言っても、ふつう~~~~に、全部の時間鳴らしてた。

きちがい兄貴が帰ってきて、自分の部屋に入った時点から、きちがい兄貴が眠るまでの時間、全部、一分も譲らないで、一分も静かにしてくれないまま、きちがいヘビメタがけたたましい音で鳴っていた。で、「ああ、これでおしまいだ」と思っていた。「高校入試と同じだ」「中学高校と六年間ずっと、毎日、きちがいヘビメタにやられた」「このままじゃ、おしまいだ。受からない。ともかく静かにさせなきゃ」と思った。

けど、きちがい兄貴は、入学試験一日前だろうが、一分も静かにしなかった。これが事実だ。静かにするわけがない。普段通りに鳴らしてたよ。静かにするというのは、鳴らさないで静かにすることだから。あるいは、ヘッドホンをして静かにすることだから。きちがい兄貴が、満足できる音で、ヘビメタを聞いて、静かにしてやったとか、頭がおかしい!!!!. 

おまえは、本当に……本当は自分がやったことがわかってない。どれだけ言っても、こたえないんだろうけど、俺が言っていることが、真実……きちがい兄貴が実際にやったことだから。

毎日頑固に、十数年間にわたってやったことだから。「つもりがない」とか「そんなんになっているとは知らなかった」とか「静かにしてやった」とか、頭がおかしい。事実とは、一八〇度違うことだ。それを、事実とは一八〇度違うことだと、認知できないんだろ。それが、おかしいと言っているんだよ。

で、そういう感覚で、全部毎日、好きなように(実際には我慢しないで)鳴らしてきたのがおまえなんだよ。きちがい兄貴。おまえがやったことなんだよ。おまえが、頑固に、毎日毎日やったことなんだよ。「そんなつもりじゃなかった」ふざけるな!!!!!おまえ、「わるかったわるかった」の一言ですまそうとしているんだろ。すまないよ!!!!!!!!!!!そういう感覚もおかしい。

そういう(ヘラヘラした気楽な)感覚で、こっちがどれだけ真剣にやめてくれと言っても、全然やめないで、ドカスカ鳴らし続けてきたのが、きちがい兄貴なんだよ。お前のせいで、めちゃくちゃだよ。とても、ゆるす気になれない。まず、自分がやったことを、真摯に認めろ。「そんなつもりじゃなかった」「そんなの知らなかった」「静かにしてやった」全部嘘だね。そういう嘘をついて、……脳内でそういう嘘をついて、まるで気にしないで……俺のことはまるで気にしないで、頑固に一日中鳴らしてたのが、きちがい兄貴なんだよ!!! 態度が同じ!!!!


おまえは本当に、気楽に鳴らし続けやがって、おまえが、中断して静かにしてくれるわけがないだろ。本当に、知っているはずだからな。自分がやったことが全然わかってない。わかってないけど、知っているはずだからな。自分が本当はなにをしたか知っているはずだからな。よそのひとの前で認めるとなると、バツが悪いことを、頑固にやり続けたことを知っているはずだからな。



2015年12月19日土曜日

兄貴よ。お前はひどすぎる 昔の家族に関しては、どれだけ、やったって、やってないのと同じだ

きちがい兄貴よ。お前はひどすぎる。お前がやったことはひどすぎる。嘘だと思うなら、お前がやったことを……お前が俺にやったことを……お前が俺に毎日毎日やったことを、いまの家族に対して、できるのか? 一日にでもできるのか? 一時間でもできるのか? 

自分がやったことは大したことじゃないのに、弟が文句を言っているというような印象を与えたいのだろうけど、そうは行くか。きちがい兄貴が俺にやったことは、他の誰に対してやったとしても、ひどいことだ。なぜだか知らないけど、年下の家族は「例外」で、自分が好きなようにやっていいと誤解してしまったのである。

だから、俺の言うことは、一切合切聞かずに、自分がやりたいことを最優先して、好きなだけやった。どれだけ言われても、悪いことをしているつもりがなかった。やっていいことをやっているにすぎないからだ」。けど、辛かったよ。本当に辛かった。

事実、兄貴の七年間にわたる行為で僕の人生はない。僕がどれだけ頑張っても不幸になるしかないような状態をつくりだした。やっはいけないことをした。他の人にできるのかよ? 

俺にはまったく問題を感じないで、七年間、一〇年以上毎日やってきたことを、他の人にできますか? いまの家族にできますか? 他の家族がどれだけ文句を行ってきても、無視して、続けて、何も感じないということができますか? それは、正常なことですか? 異常なことですか? どっちですか? 「俺」には、どれだけやってもいいことになってたんだよな。

それで、一度そうなると、それが強力で強力で、何年間も何年間も、どれだけ何を言われても何も感じない。何も感じないというよりも、何回も言われれば、「怒る」。「なんだ!」って思う。本当は静かにしてないのに、「静かにしてやったのに、あとからあとかなんだ!」「がたがた言ってくると、もっとやるぞ!!」と思う。

知らなかったんじゃないよ。そういう反応をしたのだから、僕が兄貴の音で困っているということを、「知らなかった」わけじゃない。これも、いまになれば、都合が悪いことは認めたくないので、「知らなかった」ということにしたいのだろうけど、明らかに違う。

それから、繰り返しになるけど、いまの家族に対する態度と、僕に対する態度が明らかに違う。態度だけではなくて、認識がまず違う。俺に関しては、昔の家族に関しては、どれだけ、やったって、やってないのと同じだった。

自分の部屋で鳴らしている以上、「横」に人がいないのと同じなのである。昔の家族は、頑固に無視していたので、いてもいないのと同じなのである。その、いてもいないのと同じ存在が、自分の野郎としていることを邪魔してくる……こういう感じ方だ。「うるさいと思っているから」静かにしてやろうなんて思わない。

で、また、この「静かにしてやる」だけど、「うち」では、きちがい兄貴が、やれる範囲で静かにしてやればいいということになっていた。これは、きちがい兄貴がやれる範囲で静かにするの、静かにする、が、実際には静かにしないことを意味していたとしても、問題ではなかった。問題というより、きちがい兄貴のなかでは、問題であっては困るのである。

どれだけ自分がうるさい音で鳴らしていても……客観的にはものすごくでかい音で鳴らしていても、……「本人が静かにしてやった」と思うことができれば、でかい音で鳴らしているのに、「静かにしてやった」と思うことが可能なのである。嘘だと思うなら、いま住んでいるところで、「当時」の「最大限静かにしてやった音」でヘビメタを鳴らしてみろ。自分の認識に間違いがあることがわかるから。で、いま住んでいるうちでは一日に一分だってできないこと……悪いことだからできないのだけど……一日に一分だってできないことを、家では、試験前に一二時間やってたって、全然悪いと思わなかった。悪いと思う気持ちがなかった。そういう認識がない。そういう認識回路自体が抜け落ちている。

かわりに、「どれだけやったって問題がない」というような認識が成立していて、結果、無視して頑固に鳴らしまくった。そして、無視して頑固に鳴らしまくったにも関わらず、本人は「静かにしてやった」と思うような状態が成立した。だから、きちがい兄貴は、「静かにしてやった」と思っているのかもしれないけど、それは、事実に反している。きちがい兄貴の認識が間違っている。きちがい兄貴は、普通に、普段通りに、うるさくしていた。客観的に言って、ものすごくでかい音で、何時間も何時間も鳴らし続けていた。

僕が、その日一日だけで、十数回、二十数回、怒鳴りこんでも、絶対にやめてくれなかった。怒鳴りこまれてやることは、きちがい兄貴の主観で「静かにしてやる」ということだ。

で、このきちがい兄貴の主観で静かにしてやっているつもりの時間は、全然静かじゃないから。客観的に言って、ものすごくでかい音で鳴っている。ここをまず認めてくれないと、話にならない。これ、親父と同じで、「じゃ、いま、どうすればいいんだ」なんて言うのである。言わないか? それすらも感じてないか? 親父は追いつめられたから、……何十年もかかって俺に追いつめられたから、「じゃ、どうしろってんだ!!!」と大声を出すけど、追い詰められなかったら、何も感じないのである。何も感じない。何も感じないで、適当な、思いつきのいいわけをするだけなのである。で、兄貴は、今も「適当な、思いつきのいいわけ」をしている段階で、「じゃ、どうしろってんだ!!!」と感じてないんじゃないかと思う。

で、これ、骨絡みで、十年、二十年、三十年、四十年って、歳月がかかっても、「じゃ、どうしろってんだ!!!」というところにすら、到達しない。いまだに「静かにしてやったのになんだ!!」と思っている段階なのである。適当に、嘘のいいわけをして、そのいいわけを自分で信じているような段階なのである。そういうレベルだ。

兄貴よ。三十年、四十年かけて、そういうレベルだということに対して、なにも感じないのか? 本当になにも感じないのか? おまえ、いい加減、自分がやったことを、ちゃんと認めろよ。まずは、それからだろ。

親父は自分が実際にやったことは認めないで、「じゃ、どうしろってんだ!!!」(絶叫)というところまで進んだけど、兄貴は自分が実際にやったことを認めないまま、嘘をついている段階にとどまっている。せいぜいのところ、嫁さんや嫁さんの家族に「これ、本当なの?」と聞かれるだけだ。

嘘を言って、言い逃れをしていれば……事実を認めないで言い逃れをしていれば、そのうちに時間がたってしまう。何十年たったと思っているの?? 嘘をついたまま、何十年たったと思っていの?? 認めないまま、何十年たったと思っているんだよ?? 

で、きちがい兄貴はきちがいなので、いまだに、「自分は静かにしてやった」と思っているところがある。それは、嘘だ。静かにしてない。自分が主観的に静かにしてやれば、客観的に静かになっているというわけではないのだ。ここに、嘘のからくりがある。

で、いまだに、自分をだましている状態なのである。こんなんで、ゆるせるわけがないだろ。俺は、いまだに、きちがい兄貴がやったことで困っている。人生がなくて困っている。ひとりで生活していて困っている。味方がいなくて困っている。仕事ができなくて困っている。無職歴が積み重なって困っている。学歴がなくて困っている。疲れやすくて困っている。無気力で困っている。頻尿で困っている。蕁麻疹で困っている。人に自己紹介できなくて困っている。無職なので恋愛に積極的になれずに困っている。けっきょく、ひとりで、さみしい思いをして困っている。何十年間も、ひとりで、さみしい思いをして困っている。何十年間も、無職、童貞、低学歴で困っている。ヘビメタ騒音で苦しくて、恋愛どころじゃなかったよ。

これ、この間、……親父が倒れたことを知ったあと……返さなければならない本を返しに行くために図書館に向かっている道で……感じた。あんな気持ちで、……あんな気持ちで、恋愛なんてとても無理。向こうから寄ってきても、あんな気分じゃ、つきあうなんてとても無理。本当にすごい不安が襲ってくる。……ちょっとずれるけど、高校入試に失敗して落ちていた時……例えばの話だけど、……まだ募集をしている学校に願書をもらいに行かなければならなかった時……も、気違い兄貴は。まるで気にしないでヘビメタを普段通りに、すべての可能な時間、ずっと鳴らしてたんだぞ。こっちが、どれだけ、「まだ入学試験が残っているからやめろ」と言っても。むす~~っとして、無視して、鳴らし続けた。あの時、殺さなければ、やめてくれなかっただろ。一分だって。そういう態度だ。絶対に、自分が鳴らさないで静かにするのは、たとえ、一日に一分だろうが絶対に嫌だったのである。やりたくなかったのである。やってやるのは、くやしくしてくやしくてくやしくて、1分間ですら、続けて我慢することができないのである。俺には、何時間も、我慢させているくせに。半分の時間、鳴らさないで我慢するなんて、できるわけがないだろ。「静かにした」と言っているらしいけど、じゃ、一日に何分、「鳴らさないで」あるいは「ヘッドホンをして」静かにしたんだよ? ゼロ分じゃないか。入学試験シーズンですら、「鳴らさないで」あるいは「ヘッドホンをして」静かにしてくれなかったじゃない。入学試験シーズンですら、一日に、ゼロ分しか静かにしてくれなかったじゃない。

気違い兄貴のやり方というのは、そういうやり方なんだよ。あれだけ、こだわってこだわって、一日に一〇分の一だって、一〇〇分の一だって、本当に静かにするのは、絶対に嫌だったので、静かにしなかったくせに、なにを言っているんだ。今、午後六時五一分だけど、午後六時五一分に、俺が「宿題をやるから静かにしてくれ」「試験があるから静かにしてくれ」と言って、午後六時五一分から、午後七時〇一分までの一〇分間、「鳴らさないで」あるいは「ヘッドホンをして」静かにしてくれたことがあるか? 一日でもあるか? 一日もない。どれだけ毎日毎日、怒鳴りこんでも、一〇分ですら、一分ですら、「鳴らさないで」あるいは「ヘッドホンをして」静かにしてくれなかったというのが、気違い兄貴の真の姿だ。そういうのは、やっていれば、絶対にわかるはずなのに、まるで、「そんなことはしてない」みたいな態度だよな。そういうところにズレがあるんだよ。親父並みのな!! あるいは、ヘビメタに関して、親父なんか足元にも及ばない、ズレがある。兄貴は気がついてないかもしれないけど、兄貴は親父より、ずっと頑固だよ。あの親父よりずっと話が通じない。自分と親父の関係を考えた時、親父に対して言いたいことがたくさんあるのだろうと思うけど、その一〇〇〇〇〇〇〇〇〇倍、俺は、おまえ、気違いに兄貴に言いたいとがあるよ。本当に、気違い兄貴の、しつこいヘビメタ騒音で、人生がない。どうしてくれるんだよ。

気違い兄貴の、気違い的な頑固な態度なんて本当に他の人に説明しても信じてくれない。そのくらい、おかしいからな。気違い兄貴は、自分は正常で、親父が気違いだと思っている。けど、気違い兄貴、おまえのヘビメタに対する態度は異常だ。おまえの俺に対する態度は異常だ。頭がおかしい。

あれだけ頑固に頑固に、しつこつしつこく、あれだけうるさい音で鳴らし続けて、「つもりがない」とか「静かにしてやった」とか、頭がおかしい!!! おまえ、気違い兄貴は、それでいいんだよ。鳴らせたからな。自分の意地を押し通して、鳴らせたからな。毎日毎日、本当には一分だって譲らないで、思った通りに、しつこくしつこく、鳴らせたからな。それで気がすんでいるのだろう。過去のことなのだろう。俺にとっては、現在のことだけどな。あれから、おまえが気違いヘビメタを鳴らした時から、俺がどういう目にあってきたと思っているんだ。

わからないよな。そりゃ、わかったら、……わかるような神経があったら、鳴らせないからな。キチガイ野郎!!

ヘビメタに対する異常なこだわりに関しては、自覚があるのかよ。ヘビメタを全部鳴らしてもいいという前提で全部鳴らしきって。こっちがどれだけ言っても、静かにしなかっただろ。本当に頭がおかしい。あれだけでかい音で鳴らして、ゆずってやったとか、頭がおかしい。じゃ、一日に何分、鳴らさないで静かにしてくれたんだよ。試験期間中は、一日に何時間、ヘビメタを鳴らすのを、我慢したんだよ? 鳴らさないで我慢したんだよ? 〇分だろ。〇秒だろ。鳴らせるのに、鳴らさないで我慢してやるなんてことは、試験期間中だって、一分もなかった。これが、気違い兄貴のやり方だ。普段のやり方だ。一四年間、全部毎日、普段通りに、こっちがどれだけなにを言っても、鳴らしてた。これが事実だ。この世で起こったことだ。親父並みじゃないからな。気違い兄貴のヘビメタに対する執着、固着は親父並みじゃない。親父よりひどい。あまりにもヘビメタに対する執着が強すぎて、自分のじゃまになること、認めないのである。その執着に反することは、どれだけ明確なことでも、一切合切認めないのである。もし、認めてしまったら、自分が思った通りにできなくなるようなことは、どれだけ明確なことでも、絶対に認めない。認めない以上は、ないのと同じで、どれだけ言われても、気にしないで、思い通りにやることができるのである。一〇〇%思い通りに鳴らさなければならないわけで、それが九九・九九九九%になるのは、どんなことがあっても嫌なのである。そういうこだわりだ。こだわり方だ。執着ぶりだ。それが九九・九九九九%になるのは、どんなことがあっても嫌だから、どんなことを言われても、静かにしなかった。これが、事実だ。ゆずってやった??? おまえなに言っているの???




2015年12月18日金曜日

けっきょく、さみしい道を行くしかないのか?

死ぬかぁ。死ぬかぁ。

いま、ちょっと浮かびあがった。けど、奥底に、不安が、びっしり付いている。不安。これ、薬を飲んだとして、薬がきいている時だけ、不安を押しのけることができたとして、それで……どうなる? しかも、だんだん効かなくなるから、量を増やしていかなければならなくなる。増やして、治ったところで、徐々に減薬して、やめられればいいよ。しかし、それは、難しい。どうしてなら、もう、スクリは必要がないと思えるところに到着できるかどうかがまず問題だからだ。薬でごまかせる部分ではないところに、問題がある場合は、そのもとの問題が片付かなければ、不安要素というのは、消えない。残り続ける。それが問題だから。元のやつが解決しないと、そこから生み出される不安というのは、なくならない。

俺の場合は、五〇〇〇万ぐらいあれば、一応は落ち着くんだよな。それで、なんか女の人とも付き合えるようになる。というか、探すことができる。俺はなんとなくだけど、金も仕事もない状態で、女の人にアクセスするのは、失礼なような感じがする。

というか、それを隠して付き合って、後でばらすというのは、まあ、……。それはちょっと心苦しい。常に、付き合っている時、「最初に嘘をついた」「嘘の設定で付き合っている」ということが気になると思うんだよな。そういうところで、変に真面目だから、いろいろなところでおかしくなる。けど、金も仕事もない状態だということを最初にバラしても、何人かは、付き合えるような感じだった。けど、引いてしまう。なんというか、これまた、自分にとって一番の人、などという考えに取り憑かれて、……妥協するというか……。

つまり、本当に好きな人と付き合いたいのだけど、「いいな。かわいいな」と思える人でも、本当に好きな人ではない場合、付き合ってもいいのだろうかと考えてしまう。これも、不誠実な感じがする。こういうところで、変に真面目なので、いろいろと変なことになる。その時、「一番好きな人」じゃないとダメな感じがする。で、向こうは結婚するつもりで付き合っている場合、やっぱり、なんか、気が滅入る。気楽さがない。そんなことを言っているあいだに、結婚適齢期?をはるかに過ぎて、中年になってしまいましたとさ。

五〇〇〇万あったとして、……ないんだけど、あったとして、それでも、ヘビメタ騒音の苦痛が和らぐかというと、和らがない。けど、五〇〇〇万あれば、二人乗りで、生活できそうな感じもする。二人で仲良く、暮らせる感じがする。まあ、できれば一億あったほうがいいけどさ。

五〇〇〇万ですら、現実的じゃない。三〇〇〇万ですら、現実的じゃない。二〇〇〇万は、まあ現実的かもしれないけど、年に一〇〇万使ったとして、二〇年しか持たない。年に一〇〇万ってどれだけの節約貧乏生活か。居住費、税金、税金ではないけど税金のように払わなければならないものを入れて考えた場合、一〇〇万円はきついぞ。一人乗りで一〇〇万。二人乗りだったら一〇〇万は無理だろう。嫁さんの国民年金まで払うとしたら、そりゃ、無理も無理。おお無理。二〇〇〇万という金は、でかいけど、二〇〇万ずつ使っていたら、一〇年間で、パーだよ。一一年目はどうするの? 一二年目は? 稼ぎがあって、それで二〇〇〇万の貯金があるならいい。けど、稼ぎがなくて貯金だけで暮らすとしたら? 不安で不安でしたがないだろ。とてもじゃないけど、嫁さん募集なんてできない。

けっきょく、さみしい道を行くしかないのか?

ちょっとずつ用意していかないとダメだ。

けど、なんか不安だ。

あとは、うつ病系の薬だけど、アルコールと同じように肝臓に負担をかける。肝臓に負担をかけないような薬だってあると思うかもしれないけど、ビールとワインぐらいの差しかない。やはり、何十年も飲み続けるのは問題だ。けど、これが、さっき言ったように、根本のところが薬で治らないと、ぐだぐだぐだぐだ、続くことになる。根本の部分が、新しい不安を常に生み出すからだ。根本の部分が、新しい憂鬱を常に生み出すからだ。俺の場合、根本の部分というのは、ヘビメタ騒音だ。ヘビメタ騒音がどうにかならないと、薬を飲んでも、新しいうつや不安が生み出されてしまう。すでに、人生の中間地点を回った。いままで解決がつかないのだから、つかないのだろう。

けど、薬も試してみる価値はあるかもしれない。その時、しのげればいいという考え方だけどな。クリスで本当に治る人というのは、根本の部分が、薬で治るようにできている人の場合なのではないかと思う。まあ、酒に溺れるよりは、薬でしのいだほうがいいのかもしれない。けど、それって、比較対象が「酒」だから。酒は本当に、肝臓に負担がかかる。あんなものをずっと飲み続けていたら、そりゃ、肝臓が五〇代ぐらいで、だいぶだめになってしまうだろう。あとは血管が破れやすくなるので、あんまり書きたくないけど……。やめよう。


あ~、早くヘビメタ騒音から解放されて、気楽になりたい。けど、これ、無理なんだよな。本当に、一一歳から二五歳までやられたことって、ぬけない。まあ、まるまるそう時代を抜かせば、一一歳から二一歳までの一〇年間なんだけど。その一〇年間にやられたことがぬけない。毎日やられたことだから、ぬけない。いま、なんか、急に胸が痛くなった。胸が苦しい。これ、たぶん、なんとかなるけど、……一時的なものだろうけど……ひとりで暮らしていると、そういうのも、ものすごくこたえる。腹が痛くなっても、ひとりで暮らしていると、こたえる。話せる人がいない。俺は、本当にヘビメタ騒音でひとりだったな。これ、全過程を説明するのは面倒くさいのだけど、必然的にそうなる。騒音と、孤独と、そんなに高い関連性がないように思うかもしれないけど、ヘビメタ騒音と同じような騒音が成長期に、ずっと続いた場合、そうなる可能性が高い。騒音と言ってもいろいろあるからね。本当、成長期の、毎日の騒音が、きついわ。きつい。成長期が過ぎたあとも、ずっと祟り続ける。死にたい。本当に、ヘビメタ騒音のせいで、成長ホルモンが足りなくて、身長が低いんだよ。あれは、夜二時とか三時とか、寝ているあいだに、ぐーーっと出てくるものだから。その時間、俺は、その日のヘビメタ騒音にやられて、疲れているのに、頭の一部が激しく興奮していて、眠れないという状態だった。成長期における毎日のヘビメタ騒音は、身長も奪う。「男」は、身長が高いほうが、断然もてる。女の人だとそうとは言えないのだけど。



2015年12月16日水曜日

「相手は自分を助けるためにそこにいる」と考えると気が楽になる……気にする人に対するアドバイス

たとえば、図書館に行くとき、図書館のスタッフは僕を助けるために待機していてくれると思うと気が楽だ。助けると言っても、この場合は、借りたい本を出してくれるということなのだけど、それでも、助けてくれることには変わりがない。僕のために、本を用意して待ってくれてると思えば、そんなに、緊張することはない。医者も同じ、医療事務員も同じ。みんな僕を助けてくれるために待機していると思えばいい。例外はある。例外は、自分に害悪をなす人で、この、自分に害悪をなす人は、避けなければならない。

けど、普通の人に関しては、自分を助けるために待機していてくれると思ったほうが何かと気が楽だ。たとえば、自分の服装に自信がない場合、こういう格好で行ったら、変なふうに思われるかなと思うような場合、あるいは、中年なのに「扶養」になっていて格好が悪い場合など、いろいろと気をもむ。

けど、自分を助けるために待機していてくれると思えは気が楽だ。実際のところ、若い医療事務員が、保険証の情報を調べて「この人は、まるまる歳なのに、扶養なのか」と思うかどうかはわからない。で、「扶養である場合、こころの中で下に見るかどうか」はわからない。で、わからないのだから、気にしてもしかたがない。そういうふうに、言葉に出ない、相手の判断に関しては、言葉に出ない以上は気にしない。

コンビニのスタッフも、俺を助けるためにわざわざ商品を用意して、待機していてくれるのだと思うと、気が楽だ。いろいろと変なことを考えないですむ。で、変なことを考えないほうが、明らかに、良好な関係を築ける。まあ、ただ買うだけだけど。知らないところに行って、通りがかりの人に道を聞く場合も、その人は、俺を助けるために、いま、この通りにいると思えば、気が楽だ。もちろん、この場合は、そうじゃないのだけど、そういうふうに思っていたほうが、気が楽だ。交番で道を聞くときも、わさわざ、僕を助けるために、おまわりさんが待機してくれていると思ったほうが、気楽に聞けるだろう。

例外というのは、悪意がある人達で、できるだけ避けなければならない。たとえば、勧誘とか。自分にとって不要な勧誘をしてくる人は、なんとしても避けなければならない。そういう人は、自分を助けるためにいるのではなくて、自分に害悪を与えるためにそこにいる人だと認識していい。避けるべし。無視するべし。

人にものを頼みにくい人というのがいる。なるべく、人の手を煩わせないほうが良いのではないかと、いろいろと気を使う人がいる。僕のように。けど、その人は、スタッフにしてみれば、挙動不審に見える場合がある。自分に聞けばいいのに、さっきから、うろちょろしている……こう思う場合だってあるかもしれない。

いろいろと気にして話しかけられないとか、あるいは、自分の容姿を必要以上に気にしてしまう場合は、とりあえず、「スタッフは自分を助けるために待機していてくれる」と思って接したほうがなにかと、得点がいいんじゃないかなと思う。で、こころで思っていることは、気にしないようにする。どう思っているのかは知らない。スタッフの人だって、人間だから、その日のいろいろな感情や、その人のいろいろな常識・価値観を通して、他の人を判断するわけで、そういうものがまったくないとは思わない。人として感情があるわけだから。そして、感情の元になる判断基準(その人の持っている常識)があるのだから。

けど、言葉に出さなかった場合は、気にしない。その人が、その人の家族と揉めて、機嫌が悪いのかも知れない。だから、目つきや全体の雰囲気は気にしない。「こう思われたのではないか」と言うようなことは、気にしない。気にしないと言っても、気にする人は、おおいに気にするから、考え方としては、「相手は自分を助けるためにそこにいる」と考えておいたほうがいい。

あくまで、気にする人に対するアドバイスね。

2015年12月15日火曜日

やっぱり、外に出るのが憂鬱だ

作業をするにはだるい。だるすぎる。心配である。しかし、しかし、寝ていても、くるしい。死にたい。本当に話す人がいないな。相手がいない。こういう時に話せる人がいない。いや、こういう時だではなくて、話せる人がいない。不安だ。助けて。不安だ。

これ、どうしたらいいんだ。やっぱり、外に出るのが憂鬱だ。ヘビメタ騒音のことを思い出してしまう。家にいても、ヘビメタ騒音のことばかりだが、外に出るとなると、また、これ、極端な例が思い出せれるんだよな。入学試験とか。ヘビメタで、高校に落ちている時に、まだ願書の募集をしている高校に行った時のこととか……。

死にたい。あれから、ずいぶんがんばったけど、けっきょく、落ちていくしかなかったな。ヘビメタ騒音がでかすぎる。俺にとってはヘビメタ騒音問題が、でかくてでかくして、いつもいつも、死ぬか生きるかの問題なのに、きちがい兄貴にとっては、まるでやってないのと同じぐらいの気持ちしかない。まるで、一日中、鳴らしてないのと同じ気持でいる。

本当に、全部の時間鳴らすけど、まるで鳴らしてないのと同じ気分なんだよな。鳴らせるから、そのくらいの気分しかない。全部鳴らせるから、そのくらいの気分しかない。本当に、全部の時間、自分が思った通りに鳴らせれば、まったく関心がない状態なのである。空気に満たされているのと同じで、空気に関心がない。

けど、なければ、一分でも続かなければ、そりゃ、大騒ぎだ。空気を吸えないなんて、そんなことはありえないのと同じ。一分でも、全面的に我慢させられたとなったら、大騒ぎだ。けど、一分もゆずらずに、やることができるときは、……毎日そうしているのだけど……まるで関心がない。まるで、一切合切鳴らしてないのと同じ気持ちだ。

だから、一切合切鳴らしてないのだから、「鳴らすな」など言われても、気にもとめない。そういう態度だ。そういう態度で、空気のごとく、鳴らし続ける。当たり前。あって、当たり前。全部やれて当たり前。で、全部やれるから関心がない。鳴らすななんて言われたって、鳴らしてないのと同じ気分だから、気にもとめない。関心がない。好きな時間鳴らすことができれば、ぜんぜん関係がないと思っている。鳴らしているのに!!! 

どれだけ言われたって、鳴らせるなら、一切合切関心がない。空気を吸うように、全部の時間、ものすごい音で鳴らし続ける。つもりなく。気にしないで。意識しないで。関係性を認めないで鳴らしきる。関係あるのに。鳴らしているから関係があるのに、ぜんぜん関係がない人のつもりで鳴らす。鳴らしきる。全部の時間自分が思った通りのでかい音で、鳴らしきる。それで、当たり前。けど、関心がない。関係を認めない。まったく認めない。きちがい兄貴が鳴らしている音なのに、その音に文句を言われても一切合切、自分が関与していると思わない。「そんなのは知らない」ままなのだろう。「つもりがないまま」だ。

外に出たり待合室で座っていたり、そういう時間、俺がどういう気持でいると思うんだ。これ、押さえつけられている。きちがい兄貴の、鳴らすけど、一切合切関心がないという態度に、押さえつけられている。それが僕の生活上にさまざまな!問題を引き起こすのに、一切合切関係がない人として、全部の時間、爆音で鳴らしきる。

昨日のヘビメタ騒音の影響で、試験中眠たい……そういうことを、どうすることもできない。暑くても寒くても、ちょうどいい温度でも、苦しい。気持ち悪い。死にたい。昨日のヘビメタ騒音だけでなくて、一〇〇日前、一〇〇〇日前、三〇〇日前、四〇〇〇日前のヘビメタ騒音の堆積がある。ずっと、毎日積み重なっている。だから、膨大な量になる。常に、そういう膨大な量のヘビメタ騒音を背負って、事に当たらなければならない。外に出なければならない。座ってなければならない。死にたい。どうして僕だけ……。どうして、僕だけ。




ヘビメタで死にたい

ダイヤ、たすけて……ヘビメタ騒音で死にたい。お母さん、たすけて、ヘビメタ騒音で……ヘビメタ騒音で、人生がない。死にたい。ヘビメタで死にたい。全部ダメだった。どうしても苦しい。どうしても、できない。どうしても苦しい。苦しい。死にたい。ヘビメタで死にたい。


2015年12月14日月曜日

生活体力を破壊されたのが一番いたい

さっきまで、やばかったけど、なんとか脱した。けど、なんというか……いま、たとえば、部屋のゴミを拾って、ゴミ袋に入れるという作業をしたのだけど、その作業をしているあいだ、感じることは、ここに書いてあることなのである。ここに書いてあるここと同じようなことが頭の中を回転している。エンドレス。で、いま夜の一〇時なんだけど、……この夜の雰囲気も、きちがいヘビメタがエンドレスで鳴っていたときの雰囲気なんだよな。

ぜんぜん変わらない。ずっときちがいヘビメタ騒音で困っている。自転車を漕いでいるときも、きちがいヘビメタをやられて、困って、追い出されるように、騒音から逃げて、ペダルを漕いでいるとき同じ気分になる。そして、破滅破綻。これ、本当に、苦しいんだわ。終わりがないんだよ。人がどう思うか気にせずに書くと、……いや、ようは、こっちの苦しい状態と、きちがい兄貴の気持ちなんだよね。どれだけの乖離があるか。きちがい兄貴は、いまになれば、外向きには、「言われれば静かにしてやった」というような雰囲気を醸し出しているけど……そう、誤解できるようなことを言っているけど、本当は、どれだけなにを言われようが、自分が一分だって静かにするのは嫌だから、静かにしてやらなかっただけなんだよ。

これだけ。本当にこれだけ。自分が一分だって静かにするのは、嫌だということがまず、あって、そこから、いろいろないいわけが派生している。だから、まず、静かにしないということを守って、それで、無視して、「つもりがない」といういいわけをしているという状態だ。本当には、自分がやらなければならないこと、自分が認めなければならないことがわかっている。

それは、最初に言われたときから認識している。だからこそ、ああいう態度になる。鳴らざるを得ない。頑固に、認めないでやりきる。……もし、認めてしまったら、静かにせざるを得ないことは、絶対に、どれだけわかりやすいことでも、認めない。わからないようにする。自分に催眠術をかけて、そこだけは、ぽっこり穴があいて認識できないようにする。

あとは、自動機械のように、頑固にやりきる。で、やったってやってない」状態ができあがる。どれだけ頑固に全部やりきったとしても、ゆずってやったと思うことができる状態ができがある。それだけ。それだけなんだけど、毎日やる。毎日毎時間、毎分、毎秒、やる。全部、細部まで自分が思ったとおりに……要するに、びた一文ゆずらないでやりきる。

けど、本人は、「やりきったつもり」がない。やりきるんだけど、やりきったつもりだけは、一切合切生じないという、きちがい兄貴とってだけ、都合がいい状態がしょうじる。あとは、本当に、それの繰り返しなんだよ。どれだけむきになった思っているんだよ。「言われれば静かにしてやった」というような雰囲気を醸し出そうとするな。誤解を生むようなことを言うな。ふざけるな。

で、ともかく、なんていうのかな、体温差というか、認識差がある。俺にとっては、きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、たとえ一〇分間の連続でも、一日の気持ちを悪い方に吹き飛ばす効果があるのだけど、きちがい兄貴は、気楽なんだよ。一切合切ゆずらずに、全部が全部、自分が思ったとおりの音で、思った通りの時間鳴らせるなら、まったく、鳴らしてないのと同じ気分なのである。だから、気楽だ。けど、これが……。気楽なら、やめてくれるかというと、一分だって絶対にやめない状態なんだよ。常にそうだから、常にやりきる。で、これが、つらくてつらくてたまらない。他の人にはわからないだろうけど、つらくてつらくてしかたがない。いまもつらいよ。

人間の大切なところを取られた。人間生活にとって大切な部分を根こそぎ、取られた感じがする。で、それは、僕の努力のたまものなんだよ。これが、言いがたい。文句を言わないで……親友以外の友達には愚痴をこぼさずに、がんばってがんばって、得たものが、この状態なんだよ。ヘビメタ騒音で全部が全部ダメになったこの状態なんだよ。端から、むりなんだよ。むり。むりなんだよ。張りぼて。普通に座っているだけで張りぼて。きちがいヘビメタでいまにも倒れそうな状態で座っている。座ってがんばっている。

けど、教師には自分の話をちゃんと聞いてないように見えたりする。ぼけーーっとしているように見えたりする。きちがい兄貴のことが頭の中でいっぱいになって、昨日の、ヘビメタで崩壊的に疲れていて、なんて言うのかな……ぼーーっとしてしまうときがある。気を抜くとそうなる。気を抜かなくても、断続的にそうなる。これ、本当に言いようがないのだけど、本当に、「すべて」なんだよな。生活のすべて。どうやっても、普通に暮らせなかった。「そんな人無視すればいい」というような助言をくれる人もいるけど、むりなんだよ。鳴らされている以上、むりだった。そんな人というのは、兄貴のことな。


もう前にも書いたけど、生活体力、と言うべきものがある。これは、持続力みたいなものだ。睡眠相、疲れやすさを含んだ長期的な体力のことだ。普通体力といった場合、握力とか背筋力といったものが想像される。反復横跳びも、作業検査も、わりと、短時間で計ることができるものだ。たいてい一日あれば計れるもので、何百日もかけて計るものではない。

けど、実際に働くとなると、朝起きること、通勤することが必要になる。それを、一日だけではなくて、一〇〇日続けた場合からだがどうなるかということがものすごく重要だと思う。とりあえず、普通に測れる方の体力を作業体力と言うことにしたい。別に他の言い方でもいいんだけど、とりあえず、ここでは、簡単に測れる体力を作業体力と言っておこう。

一方、何十日、何百日の経過を見ないとわからないものを、生活体力と言っておこう。作業体力が平均並みにあっても、生活体力がないとどうにもならない。作業体力より、生活体力の方が上なのである。あるいは、別の言い方をすれば、生活体力が基盤になって、その上に、作業体力が成り立っている。

けど、作業体力の方が、計りやすいので、作業体力を計ることになる。動作テストも、そうだ。単位時間あたりに、ある動作を何回繰り返すことができるかというような検査は、労働者の適正を計る検査として適切ではあるのだけど、そこで計っているのは、あくまでも、計りやすい作業体力の方だ。計りにくい生活体力の方は、あって当然のものとして見なされる。

また、とても計りにくいので計測されない。けど、計測されないけど、履歴はわかる。過去の記録が残っている。学校の休みが多いか、あるいは、遅刻は何回あるかというのが、なんていうのかな、おおざっぱな目安とされる。で、普通はそれで問題がないのだけど、僕の場合は、そこのところで、かなり根の深い問題を抱えている。

きちがいヘビメタで一番困ったのはそこだ。きちがいヘビメタ騒音の連続で、失った能力のうち、一番でかいものがそれだ。これは、あんまり重視されないのだけど……問題になることが少ないから、あるいは、計りにくいので無視されがちなのだけど……これが壊されたら、サラリーマンも公務員もできない。普通に働くということができなくなる。

けど、普通の人は、毎日一〇年間にわたって、ずっときちがい的な騒音を聞かされるということがないので、なんていうのかな……それは、ちょっとがんばればできることだと認識されている。普通の人だって、自分が嫌いな音を、……この世で一番嫌いな音を、爆音で、毎日聞かされたら……生活体力がなくなるのに……そういうことがないから、ちょっとがんばればできるものだと思ってしまうのだ。

ようするに、俺のような人は、あるいは俺が言うようなことを言っている人は、根性がない甘えた人間だと認識するわけだ。そういう人が多い。けど、その人たちは、一日に七時間から一四時間、週に五五時間から九八時間、自分が一番嫌いな音に、大変でかい音量でさらされたわけではないのだ。そういう生活を一〇年間続けたわけではないのだ。

だから、そういう生活を体験せずに、経験せずに、そういうことを言っているということになる。「がんばればできる」「ちょっと根性を出せばできる」「損なのができないというのは甘えている」と。けど、じゃ、一〇年間、あるいは、一〇年以上毎日、経験してみろといいたい。そのあとの自分の体力状態がどうなるか、経験してみろと、いいたくなる。

けど、これも、多勢に無勢で、いったところで経験するわけではないので、その人の持っている基準で、ものを言うということになる。その人の持っている基準だと、要するに、「通勤ができないなどというのは甘えている」「みんな、嫌だけどやっている」「根性を出して、がんばればできる」というような基準を持っているので、生活体力がないとかそういうのは、甘えているようにしか見えないのだ。

けど、本当に、俺の同じ分だけ、俺と同じ期間、ずっと、自分が一番嫌いな音にさらされ続けてみろと言いたくなる。さっきから、繰り返しだけどな。まあ、他の人はどうでもいいや。けど、面接官や、採用する側の人が、やっぱり、「そんなに生活体力と言うべきものがないのなら、うちでは無理だ」ということになるだろ。で、それは、正しい。だから、本当はできないのだけど、「できます」と言うしかないという状態を突きつけられる。

生活体力、作業体力、学力、この三つを失った。生活体力は、作業体力と学力の基盤になるものだ。こっちの方が重要だ。当たり前すぎて、問題にならないのだけど、本当は、こっちの方が、でかい。問題として大きい。作業体力がなくても学力があれば、高度な仕事には就ける。学力がなくても、作業体力があれば、繰り返し作業をするような仕事には就ける。けど、生活体力がなければ、そのどちらにも就けない。




2015年12月12日土曜日

ちきりん「自分メディア」はこう作る!感想。高野悦子の「二十歳の原点」

これは、なかなか、複雑な感想を持った。言いがたい。

・日記をつけるきっかけが高野悦子の「二十歳の原点」

ちきりんが小学五年生から日記をつけるきっかけになったのが、高野悦子の「二十歳の原点」だということ。高野悦子の「二十歳の原点」・・そうとう昔に読んだ。あれを小学五年生で読んでいたのか。案外早熟だったんだね。へー。

高野悦子の「二十歳の原点」、漫画家の山田花子「自殺直前日記」、杉本治「マー先のバカ」、作者名と本のタイトルを忘れたけど、一七歳で睡眠薬を飲んで自殺したひとの日記……は、自殺関連本として、記憶にある。この一七歳で睡眠薬を飲んで自殺したひとの日記は、働きたくないから自殺、社会にでるのが怖いから自殺系で、けっこう、読んで心を動かされた。まあ、時代が時代だから睡眠薬で自殺できる。いまはできないけどね。(いま、普通に手に入る睡眠薬だと自殺はできない)。タイトルは一七歳の日記だっけな。けど、一七歳の地図でばない。「一九歳の地図」は、小説だけど面白かった。浪人生が新聞配達のバイトをするのだけど、かならず、不愉快なことが起こるのである。で、不愉快なことが起こった家には、印をつけておくようにしてしたら、最後には、地図が全部印で埋まってしまったという話だ。これは、中上健次の小説で、実話じゃないけど面白かったよ。もっとも、小説で読んだんじゃなくて、映画で視た。と言っても、映画館で視たわけではなくて、たまたま、夜中にテレビでやっていたのを視ただけだ。

高野悦子の「二十歳の原点」と山田花子の「自殺直前日記」をくらべると、まあ、高野悦子のほうが観念的、山田花子のほうがリアルだな。山田花子の漫画のほうを読めばわかるけど、いじめがリアルだ。学校生活をどういうふうに感じていたのかが、わりとリアルに書いてある。
一七歳で睡眠薬を飲んで自殺したひとの日記は、タイトルを忘れてしまったけど、買っておけばよかったか。本屋で立ち読みしただけなんだよな。山田花子「自殺直前日記」は、神経症的な理由で買えない。杉本治「マー先のバカ」は買った。この、杉本治という人は、小学生の時に、飛び降り自殺してしまったひとなんだけど、……これまた、心情はよく理解できる。

・はてなブックマークの波に乗った

はてなブックマークとツイッターの波に乗って、「ちきりんブログ」が成功したということが書いてある。で、これは、波に乗ったからで、いまから、はてなブックマークとツイッターを利用しても、同様の効果は得られないだろうなということ。まあ、タイミングというのがあるんだよね。ヒカキンのYoutubeもそうだけど。あとから、真似して利用しても、その時は、もう、ダメだよということだ。なんかのメディアの波があって、その波に乗れた人が有名になって、「こうすればうまくいく」みたいなことを書く場合があるけど、それは、波に乗った人だから書けることで、なんて言うのかな、その人がそういうことを書いた時点で、たいていは波が去っている。だから、同じことをやっても、受けるわけじゃない。だいたい、同じことをやろうとする人が、いっぱいいるから、売れる前に、沈没する。波に乗れるかどうかは、運みたいなところもある。もちろん、全部が運ではなくて、それなりに、おもしろいものを作っていると思う。ただ、これは、一般受けするということであって、よく考えられた哲学的な思考であるということは、意味してない。

・はてなブックマークをやめた理由

まあ、有力なサイトになると、いろいろな人が来るわけで、その人たちが、自分のメディアを悪用?しようとするわけで、それに対処するために、やめることになったという話だと思う。悪用というような言葉は使ってないけど。「自分メディア」はこう作る!の感想としては、ここらへんをもうちょっとクローズアップして書くべきなんだろうなと思う。はてなブックマークにしろ、掲示板にしろ、コメント欄にしろ、同じような問題が発生してしまうのである。しかも、トラックバックのように、相手のウエブページに自分側のリンクができてしまうようなしくみは、悪用されやすい。この、はてなブックマークというのもそういう感じのものなんだな。そういえば、言い方は違うけど、いろいろなブログサービスで似たような仕組みがあるよね。ああいうものはこばんできたんだけど、なんか波にのる過程で必要らしく、波に乗ったあと、閉じるというのが、良い使い方みたいだよ。

・相手に会って、言えないことは書かないというスタンス

基本的に、僕はちきりんさんが書いたものに興味がない。この「自分メディア」だけは、関心があるので、ちきりんさんの文章を読むことになった。社会批判、評論の部分は興味がない。なので、ちきりんさんのブログを一度も見たことがない。で、まあ、ちきりんさんのブログには興味がありませんということを、ちきりんさんに会って言えるかというと、まあ、言えるけど、言わないほうが良いよなという感じがする。まあ、会うことがないので、書いておくけど。
もともと、好意を持っている女優さんの演技について、批判するつもりは最初からないけどな。まあ、けど、会って言えないことは書かないというスタンスは偉いと思うよ。僕は、もう一つの方を選ぶけど。社会的な事柄に関しては、朝まで徹底討論みたいなほうがいいから。芸能人の演技とか態度に関しても、社会的な事柄ではあるかもしれないけど、そういうのじゃないから。たとえば、教育制度はどうあるべきかというような感じの話が好きなので、当然、意見が違う人に会っても同じことがいえます。

・顔出しせずにペンネームだけで有名になるということ

僕には、有名になりたいという気持ちと、有名になりたくないという気持ちがあって、有名になりたくないという気持ちのほうが強いみたいなのである。そこら辺を再認識した。

2015年12月11日金曜日

牛丼とビールが、貧乏くさいとは思わない

貧-bpさんのところに、わりと長いコメントを入れたので、こっちにも乗っけておきます。


貧困にリアリティを感じると、目を背けたくなるのかもしれない

↑この文章に関する、コメントです。

---ここから、僕が書いたコメント

たしかに、貧乏と貧乏くさいは違う。

けど、牛丼とビールが、貧乏くさいとは思わない。まあ、その人は、実際にホームレスになればそんなことは言ってられなくなると思う。覚悟なんてものは、その時ちょっと思っているだけのことだ。

漫画カイジでは、柿ピー、ビール、焼き鳥が、ごちそうとして描かれているのだ。牛丼、ビールが貧乏くさいなら、柿ピー、ビール、焼き鳥も、貧乏くさいんだろうな。その人にとっては。

全体的に言いたいことはわかるけど、賛成できないな。貧乏が嫌なのであれば、あるいは、貧乏くさい生活が嫌なら、バリバリ働けばいいということになる。
まあ、バリバリ働いても、牛丼ビールですら、あまり飲み食いできないという場合もあるけどな。

サラリーマンの、昼飯の内容を考えた場合、五割以上が、五〇〇円以下ランチだと、思う。飲み物を含む。
景気が良い時だって、たしか平均は、八〇〇円ぐらいだったぞ。

牛丼ビールの組み合わせは、貧乏というよりも、むしろ平均なのでは。貧乏くさいというよりも、普通でしょ。

多分だけど、元のつぶやきをしている人の感覚だと、安ドミトリー住人の食事もそうとうに貧乏くさい食事に見えると思う。価格差はあるけどさ。(ドミトリーは料理禁止で、外食しているという場合も、外食先の食事が牛丼に比べでものすごく高価だとは思えない)。高価と書いたけど、それは、貧乏くさくないということね。もっとも、その人の感覚だから、私は知らない。

ま、あ、総合していうと、牛丼、ビールがそれほど貧乏くさいとは思わないということだ。まあ、ちゃんとしたところで一万円ぐらい払って飲めということか?

まあ、放射能に汚染されてない野菜をいっぱい食べたほうが、贅沢と言えば贅沢だ。
吉野家はわざわざ、福島周辺に農地を買って、米を栽培しているからな。(話がずれるが)

まあ、生活の質ということに関して言えば、なにが贅沢だと感じるかかな。大切なのは。

牛丼ビールは、普段の話じゃなくて、飲むなら!どっかもっと高いところに行って飲めという話なのだろうか。山田うどんで、パンチ(もつ煮込みかな)と酒を飲んで、節約するとかそういう話でしょ。それは、普通の人がやっていることだからね。特に貧乏じゃない人たちが節約のためにやっていることでしょ。で、それが、貧乏くさいから嫌だというのは、まあ、その人の感覚としては、認めるけど、肯定しがたい。
それは、貧乏じゃなくて、節約の話だ。貧乏じゃなくて、節約が嫌いなのでは。もしくは、節約話の雰囲気が嫌いなだけなのでは。

私は、なんにしろ飲まないから、貧乏飲みも、普通飲みも、ぜんぜん興味がない。

---ここで僕が書いたコメント終了




2015年12月10日木曜日

あせって用意をしている時、すべてを投げ出して、死にたくなる

死のうかな。どうしても鬱だ。これ、どうにもならない。まあ、死ぬのはいつでもできるから、いまはよそう。けど、疲れたな。というか、今日は、……いまは、疲れたというか、からだの不愉快感がマックスだ。あとは、なんて言うのかな……つらい記憶がよみがえってくる。ともかく、つらい。これ、同じなんだよな。けっきょく、きちがいヘビメタ騒音でつらい……けっきょく、きちがいヘビメタ騒音で苦しい……けっきょく、きちがいヘビメタ騒音で不安だということなんだけど、……ずっとずっと、続いている。

ずっとずっと、この記憶というか……記憶というか、この世の存在の知覚、そのものなんだよな。きちがいヘビメタが一〇〇日積もった時から、この世のすべてが、きちがいヘビメタ騒音で、不安で、苦しくて、つらいものになっている。この世のすべてのものが……。存在がぁ~。知覚がぁ~~。

この世の知覚そのものが、ヘビメタ騒音で汚染されて、死ぬ一歩手前なんだよな。自殺の一歩手前。きちがい兄貴、「なにもしたつもりがない」んだろうけど、それは、きちがい兄貴がきちがいだからだ。普通だったら、一日でも、ものすごく自分のわがままを押し通して、人の言うことを聞かなかったという気持ちが残っていいんだよ。一日でも。

本当に、きちがい兄貴は、「やったってやってない」のマジックを使いやがって、どれだけやっても、「やってない」のと同じつもりでいる。だから、反省なんてできない。じゃ、言えばやめてくれるのか、というと、絶対にやめない。ムキになって、鳴らして、やめない。やめるということは、ない。一分だろうが、ゆずらない。

入試だろうがなんだろうが、自分が一分、本当に静かにするのは、なんだろうが絶対にいやだから、やらない。そういうスタンスで、すべての可能な時間、鳴らし続ける。毎日毎日。冬だろうが夏だろうが、晴れていようが雨だろうが。雪だろうが雷だろうが、なんだろうが、全部、鳴らす。だから、鳴らしてたんだよ。これ、「つもりがない」とか。

いまも、そんな状態なんだからな。自分がやったことを、真摯に受け止めようとしない。全部、嘘で、やってないことになっている。つもりがないことになっている。そのせいで……そういうきちがい認知システムのせいで、俺がどれだけ……。朝、起きた時、感じることが、「ヘビメタと同じだ」ということだ。ヘビメタと同じというのは、ヘビメタ騒音時代と同じだということだ。

昨日、実は、午前七時五〇分に起きていたのだけど、……その前に起きていたんだけど……午前七時五〇分の、明るい日差しを見た時……眩しい日差しを見た時、死のうかと思った。同じ日差しなんだ。きちがいヘビメタ騒音にやられて、バス停まで、腹をすかせて、脇腹を抱えて、走っていた時と同じ日差しなんだ。あれから、三〇年たったけど、同じなんだよ。同じ。まったく同じ。この、気分が同じ。全部同じ。記憶というか、光そのものが、ヘビメタ騒音だ。きちがいヘビメタにやられた朝だ。

本当にねぇ、午前七時五〇分は、くるしかったな。あれだけ苦しい午前七時五〇分をむかえる中学生はいないな。本当、どれだけ。どれだけ苦しいと思っているんだよ……きちがい兄貴。苦しいなんてものじゃないよ。きちがい兄貴のヘビメタ騒音で、苦しかった。他のことで苦しいわけじゃなくて、きちがい兄貴のきちがいヘビメタ騒音で苦しかった。

たとえ、午前七時五〇分にヘビメタが鳴ってない状態でも、前の日のヘビメタ騒音で、苦しかった。夜眠れなかったから苦しかった。で、それが本当に、毎日積み重なる。これ、積み重なるんだよな。一〇〇日積み重なったら、一〇〇日ぶん、三六五日積み重なったら、三六五日ぶん、重たくなる。で、三六六日目は、三六五日目のくるしさと、一日目から三六四日目の苦しかさが積み重なる。だから、ずっと苦しい。

で、これ、気のせいじゃないから。本当に身体が苦しい。で、光が同じなんだよな。今日は、曇だった。で、曇でも同じなんだよ。なぜか、曇だと、二〇歳の頃のくるしさで、ばりばりに晴れていると、中学一年生ぐらいのくるしさが浮かんでくる。浮かんでくるというか、そのものを感じてしまう。けっきょく、雨の日も、雪の日も、鳴ってたんだよ。で、なんていうのかな、その時の雰囲気が、もろに復活してしまう。朝、七時五〇分で、これ、どれだけ急いで着替えても、遅刻する時間なんだよ。

朝、七時四〇分に起きて、五分で、小便をして、着替えて、ご飯を食べないで、髪の毛もとかさないで、七時四五分に、家を出てた。で、七時四五分でも、遅刻だな。遅刻ギリギリ。四三分に出ないとダメなんだよな。きちがい兄貴は、その頃、俺より遅く、家を出てたんだよ。で、きちがい兄貴は、午後一一時一一分までガンガン、自分が好きなように鳴らしているから、こういうしんどさとはまるで、無縁なんだよな。これは、おかしいと思う。きちがいがやり切って、正常な人が、うつ病に追い込まれる。おかしいだろ。どれだけのことが積み重なったと思っているんだよ。ともかく、ヘビメタ騒音で苦しかった。死にたい。

これが続いたら死んでしまう……こういう日差しだ。猛烈に明るいんだけど、死ぬことしか思い浮かばない。なんて言うのかな、しんどい。からだがしんどい。何百日も積もったヘビメタ騒音で朝から、からだがしんどくてしんどくて、そのしんどいからだを、動かすというのが、猛烈に苦しい。死にたい。本当に、死にたい。もう、朝から死にたい。朝急いで、用意をしている時、……あせって用意をしている時、すべてを投げ出して、死にたくなる。もう、布団の中にいる時から、苦しい。死にたい。光が、死にたい。光がしんどい。光が暗い。暗いんだ。眩しいほど明るいんだけど、死にたいほど暗い。死にたい光だ。明るいけど、自殺しか思い浮かばない。で、あせって用意をする。死にたい。死にたい。もう、全部を投げ出して死にたい。死にたい。



きちがい兄貴が「へへーんっ」という感じで、まったく気にしないで頑固に鳴らして、俺が、弱って、俺が、人から悪く言われる状態というのが中学生の時から、……小学生の時から続いている。こんなのゆるせるか。どれだけなにを言われても、気にしない。気にしないというか、ムキになる。ムキになって頑固に鳴らしているわけで、鳴らしている。ほぼそのままの、どでかい音で鳴らしている。鳴らし続ける。どれだけなにを言われても鳴らし続ける。入試だろうがなんだろうが鳴らし続ける。

入試の時ですら、すべての時間、鳴らすわけだから、普段の日にどれだけ言っても、鳴らし切るに決まっているだろ。知っているよ。なにが、「そんなに鳴っているとは知らなかった」だよ。どれだけムキになって鳴らしたか、ぜんぜんわかってない。きちがい兄貴がやったことなのに。

で、きちがい兄貴が……言ってみれば……知らないまま、こだわりきって鳴らすと、俺がだらしないとか、言われることになる。俺が、できないやつだと思われる。俺がぐちぐちわけのわからないいいわけをする人間たと思われる。「わけがわからないいいわけ」というのは、「ヘビメタ騒音なんていうのは、お兄さんに相談すればそれで解決するはずの問題なんだから、言えばいいだろ」という意見に取り憑かれているから、「わけがわからないいいわけ」に聞こえるのである。

本当にどれだけの音で、鳴っているか、わかってない。どれだけの音で、どれだけの長さ鳴っているかわかってない。どれだけの意地で鳴らしているかわかってない。それから、「どれだけつもりがないか」わかってない。どれだけつもりがないかわかってないのは、きちがい兄貴だけどな。きちがい親父もそうだ。やっている本人、やっている本人の親、やっている本人とはまったく関係がない人が、簡単な問題だと思っている。たいした問題じゃないと思っている。「うち」でどれだけ鳴っているか知らない人が、そんなのは、たいして重大じゃない問題だと思ってやがる。きちがい兄貴は、まったく問題じゃないと思っている。

だから、どれだけ言ってもやめない。そんなに、簡単な問題であれば、簡単にゆずればいいだろ。重大じゃないなら、いくらでもゆずれるだろ。これ、まったく気に留めてない状態で、全部の時間、頑固に頑固に、鳴らしきる。絶対に一分だってゆずらない。あれ、本人が入試の時ですらゆずらなかったということを理解してないのか。

で、本当に、鳴らしている最中も、そういう、態度なんだよ。まったく関係がないと思って鳴らしている。どれだけ何回怒鳴りこんでも、全く関係がない人のつもりで鳴らしている。本人にとってもこだわりがないこと、軽い問題なのであれば、全部の時間ゆずったっていいだろ。けど、全部の時間ゆずらないで、軽い問題だと思っている。

どうでもいいことであれば、ゆずればいいだろ。一日中、ゆずればいいだろ。一日中ゆずったって、どうでもいいことなのだから、どうでもいいはずだろ。きちがい兄貴が!!こだわった。こだわりぬいた。俺がこだわったんじゃなくて、きちがい兄貴が、すべての時間、でかい音で鳴らすことにこだわった。きちがい兄貴が、こだわってこだわってこだわったのである。きちがい兄貴にとって、一分間、鳴らさないでゆずってやることは、どうでもいいこと、簡単にできることじゃないのである。死んだってやってやりたくないことなのである。

だから、そういうこだわりがある。けど、鳴らせる限りは、ぜんぜんこだわってないと思っている。だから、いまになれば「言われれば、ゆずってやった」というような印象をあたえるようなことを言う。平気でそういうことをいう。頭がおかしい。どれだけのこだわりで鳴らしたと思っているんだよ。一秒ゆずるのだって、死んだって嫌なことなんだよ。そういうこだわりがあるんだよ。きちがいだから、自分のこだわりがわからない。まるでこだわってないような態度で、全部こだわって鳴らし続ける。本人は、どれだけ、何回言われても、「知らなかった」状態で鳴らし続ける。そのくらいに頭がおかしい。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。