2019年3月18日月曜日

どれだけの差があるか



帰ってきた。いろいろと買ったぞ。
唐揚げまで買ってしまった。
揚げ物はなるべく避けるべきなのに……。
たまには、いいよ。

ところで、

つまらない

つまらない、つまらないと書いてもしかたがない。



しかし、つまらない。




つまらなくなるには、それまでに通ってきた道がある。
ぼくの場合、小学六年生の時から始まった、ヘビメタ騒音が「つまらなくなる」理由だ。
これが、きついんだよな。だれにもわからないけど……。他のだれにもわからないけど。俺以外のだれにも、このきつさがわからないのだけど、きつい。騒音が鳴っているときだけじゃなくて、すべての時間がくるしかった。耐えて生きてきたけど、なんも、いいことがない。……翻訳する、耐えて生きてきたけど、耐えて生きているということはつらいことで、つらいことの連続だったということだ。本当にヘビメタ騒音にすべてをとられた。一日なかで、三分の一(の時間)、鳴っているということは、他の三分の二(の時間)も、地獄になる。一日の中で二分の一(の時間)、鳴っているということは、残りの二分の一(の時間も)だめになる。人生の中で、中学時代高校時代すべての日、ヘビメタが鳴っているということは、他のすべての人生もだめになるということだ。

他の人は知らないから、俺に説教をする。

けど、そういうことじゃないんだ。「けど、そういうことじゃないんだ」ということは、常識に縛られている人は絶対にわからない。だから、またまた勝手なことを言ってくる。自分がまのがれていたからって、好き勝手なことを言いやがって。前提が間違っているんだよ。前提が。けど、気違い親父や気違い兄貴とおなじで、「前提が間違っている」ということに気がつかない。けど、ただ単に常識に縛られている人たちは、気違いではない。ただ単に、自分の常識をこえるものに関する理解がないだけだ。


これ、修復不可能なんだよな。これも、他の常識的な人たちは、ちょっとその気になって努力すれば、修復可能だと思っている。俺がちょっとその気になって努力すれば修復可能だと思っている。ぜんぜん違うのに。ぼくはヘビメタ騒音を鳴らされているあいだずっと、全力の努力をしてきたんだよ。これが、わかってない。どれだけはち切れんばかりの努力をしてきたか。騒音のなかで、騒音生活のなかで……。騒音生活というのは、騒音が鳴ってない時間もめちゃくちゃにくるしいんだよ。全部、ぼくのせいにされちゃうしな。そりゃ、常識的な人から見れば、ぼくがたるんでいるようにしか見えない。ぼくがあまえたことを言っているようにしか思えない。ぼくの能力不足で、気違い兄貴を静かにさせることができないと思っている。「そんなの(お兄さんに)言えばいいだろ」なんて言うやつは、みんなそうだ。これは、イ・ラショナル・シンキングじゃない。「みんな」であっている。で、こういうやつは、俺が説明しても、俺の説明を受け取らない。「そんな人いるかな」「そんなことってあるのかな」「そんな音で鳴っているのに、親が文句を言わないなんておかしい(だから、エイリさんが誇張して言っているだけなのではないか)」と思うわけだからさ。こいつらは、みんな(その点では)間違っている。みんな、(その点では)イ・ラショナル・シンキングをしている。前提が違うからな。「常識」的な前提に立って、実際の前提を無視している。こういうやつの相手をしなければならなくなるし、こういうやつから、バカにされるんだぞ。気違い兄貴。気違い兄貴が、気違い親父のやり方で、デカイ音でヘビメタを鳴らし続けるから。気違い兄貴は、気違いだから、「デカイ音で鳴らしている」ということ自体を認めない。そりゃ、どれだやったってやっていることにならないだろ。親父とおなじなんだよ。
おまえ、気違い兄貴、おまえは、親父に同じようなことをやられて、どれだけくやしがってたんだよ。やり方が親父とおなじなんだよ。無視する点が親父とおなじなんだよ。だから、「よそのひと」にはわからない。だから、「よそのひと」からやられた人が、誤解されることになる。おんなじ。まったくおなじ。

他の人たちからすれば、こういう話しは、不愉快な話しでしかないんだよ。どうしてなら、自我がゆさふられるからな。自分が常識だと思っていたことがなり立たない世界があるということが提示されるということは、不愉快なことなんだよ。自我にとって。「おちついていたせかい」がこわれるわけだから。もちろん、完全にこわれるわけじゃないけどな。もし、ぼくの話を信じるなら「たてかえ」が必要なんだよ。けど、「たてかえ」は不愉快なことなんだよ。

ともかく、「たのしいたのしいといえば、たのしくなる」なんて言っている人と、どれだけの差があるかってことだよ。そんなんじゃないんだよ。

2019年3月15日金曜日

それがない

たぶん睡眠の問題なんだろうけど、底の方からやる気が出てくるような感じが欲しい。それがない。ないので困っている。

これじゃ柳荘時代とおなじだよ。まだ、あの頃方がやる気があった。
あの頃はまだ、親友や友達がいたなぁ。いまは、いない。
本当、天涯孤独。ヘビメタ騒音が積み重なって、自分を社会的に抹殺したかった。それしかなかった。親友もけっきょくわかってくれなかったけど、ヘビメタ騒音は、他の人が考えるよりもずっとぼくの足を引っぱっている。「どうにかならない」から「どうにもならない」「だめだ」と言っているのに「そこを、なんとか」とか……。認識が違うんだよな。こういうやりとりを何百回、したか? もう、限界だったんだよ。「エイリがどんな目に遭ってきたか知っているけど」と釘を刺されたうえで「どうにかならない」と言われることがほんとーーーに、いやっだった。すべてが限界だった。ヘビメタ騒音で本当に咲いた威厳の社会的な暮らしをすることが、絶望的にむりなのに……むりなのに……普通に働くことを求めやがって……。それは、ぼくは、親友が中学一年生の時からどれだけぼくのことを心配してくれたか知っている。自分のことのように心配してくれた。その時は、社会的に復活することはは、望まれていなかった。それがよかった。まあ、学生なんだから、学生生活をしていれば、それは、社会的に生活していることになるから……そもそも、そういう言い方にならなかったのだと思うけど。

親父や兄貴の人生はあるのに、俺の人生がない。


   *   *   *

つまんない。つまんない。ほんとうにつまんない。つまらない。

2019年3月14日木曜日

うちが、常識的な普通のうちであったならば


自分でつくったとき卵スープをのんだらちょっと元気になった。うまい。本当は、長ネギのみじん切りが欲しいところなのだけど、そんなのは、ない。本当は、ほうれん草じゃなくてニラでつくりたいところなんだけど、ニラなんてない。というわけで、だいぶ手抜きをしたわけだけど、雰囲気は出ている。トキタマ風のなにかが飲みたかったから、ちょうどいいや。雰囲気があれば、それでいい。冷凍ほうれん草を買っておいてよかった。あとは、卵が二個しかなかったけど、本当は三個必要だったな。まあ、いいよ。あとで、卵も買わないとなぁ。
俺は明日の午前九時ぐらいに起きてなければならないのだけど、相当にくるしい。今日起きたのが今日の午後五時で、そのあと眠れないで起きているから、午前九時ぐらいは相当に頭がゆらゆらしている状態になる。
この時間になにか判断が必要なことを言われても困るんだよな。あとは、西暦と平成の変換が必要なことを言われても、「もう、しんね」「めんど」というような気持ちになる。この時間帯は本当になにもしたくないから、あんまり頭が必要なことを言われても困る。(もう、どうでもいいや)みたいな感じで判断がにぶくなっているから、そこで言ってしまったことで後悔するかもしれない。
ちょうど普通の人が働いている時間……午前九時から、午後五時ぐらいまで、眠っている状態なんだよ。いまは! なので、くるしい。しかも、昨日、午後七時まで眠れたので、今日は、午後八時にずれるかと思ったら、午後五時に戻ってしまっている。最後の眠りがとれなかった。昨日は、一度午後五時に起きたけど、もう一回ぐらい眠れた。二時間。だいたい、二時間で小便がしたくなる。ともかく、俺は大丈夫なのか?と 心配です。入院している人より俺が、だめになりそうなんだけどな。本当に、睡眠時間がどうにもならない。最初の予定では、眠ったあと、起きていくつもりだった。面会時間が午後二時以降に設定されているので、午後六時ぐらいに行こうかなと思っていた。けど、起きたあと、一時間ぐらいは、どうにも腰があがらない状態で、「行きたくない」という気持ちが非常に強く出たので、やめた。これで、仮眠がとれればいいんだけどなぁ。眠れないんだよね。

もう、一〇日間ぐらいよゆうがあったのに、これじゃだめだろ。なんて言うのかな? ともかく、睡眠時間の調整がつかなくてくるしい。ヘビメタ騒音でこうなった。一五年……あしかけだけど一五年……毎日のヘビメタ騒音で睡眠回路が壊された。あとは、その毎日の内容が問題なんだよ。実際には、学校に通っていたのは七年間だけど、七年間毎日の内容が問題なんだよ。俺は七年間、いつもくるしい思いをしていた。気違いヘビメタを鳴らされて夜眠れなくなる症状でつねに、寝不足状態で動いていた。朝、一番眠っていたときに起こされて、起きて動いているときの状態が問題なんだよ。これ、もう、本当に、自殺コースだからね。「もう限界だ」ってこころの中でずっと思っていた。動きにくい体を動かして動いているときの感覚が、もう、だめなんだよ。動きにくい体を動かして動いているときの精神が、もうダメなんだよ。動きにくい体を動かして動いているときの状態が、つらすぎる。

まあ、今回、三日後にずらしてもらってもよいのだけど、時間を指定された場合、一日に一時間ずつずれるという一種の法則性?が成り立たなくなる。時間を指定されると、何日後に何時間ずれているから大丈夫だということが言えなくなる。普通なら一日に一時間ずつずれるわけだから、三日後には三時間ずれているわけ。だから、その予想にしたがって、三日後には三時間ずれているはずだから、午前一〇時で大丈夫だと思うのだけど、それが、そういうふうにはいかない。そもそも、学校に行くには七時四〇分には起きていなければならないというのがあって……これ以降にずれると本当に遅刻するのである。で、けど、気違い兄貴のヘビメタの影響がおさまるのがだいたい午前五時ぐらいで、二時間四〇分ぐらいしか眠れなかった。で、これが、きついのなんのって……。しかも、家に帰ったあと、眠れるかというと眠れない。ヘビメタ騒音が鳴っているから眠れない。お母さんの部屋でなら眠れるのだけど、お母さんの寝床をうばってしまうとまずかった。あそこ、いやな親父の布団もおいてあって、親父の布団の上を歩くと水虫がうつりそうだったのでいやっだった。で、だけど、ヘビメタの音だけを考えると、お母さん(と親父の)寝室では、眠れた。実際に、ぼくの部屋よりも、お母さんの寝室の方が、ヘビメタ騒音の音が小さい。じゃあ、お母さんの部屋で勉強ができたかというと、それはちょっと違うんだよな。

で、まあ、話しをちょっとかえるけど……今朝……ゴミを出すために、自分の家の前の道を歩いたわけ。あの道は、ヘビメタ騒音が鳴っているとき、入学試験で歩いた道なわけ。本当にあのときの、記憶がつらすぎる。だれにもわからないんだよな。俺は、当時着ていたブルゾンの色や内側に着ていたトレーナーの色を覚えている。あのとき、どういう気持ちであの道を歩いたか。家の前の道を歩いたか。家の前の道は、当然、家の前の道だから、学校から帰ってくるとき、歩く道だ。家に近づけば近づくほど、気違いヘビメタの音がでかくなる。あんときのあのかんじはない。あんときのあの感じはない。だれにもわからないんだよな。俺がどれだけ繰り返したか。俺が何千日おなじように繰り返したか? 普通なら、本当に一日で終わることなんだぞ。気違い兄貴が気違いでなければ。うちが、常識的な普通のうちであったならば。

2019年3月13日水曜日

ヘビメタ騒音の場合は、廃液、悪臭、毒ガスのなかで動いているようなもの


うーん。つまらん。つまらん。つまらん。
いま、めしの用意をした。用意って、ご飯を炊く用意をしてスイッチを入れた。五目釜飯じゃなくて、山菜釜飯があまった。しばらく、山菜釜飯ばかりになってしまったので、白い飯を炊くことにした。山菜釜飯は、ガラスの容器にいれて冷凍庫に入れた。これでいいだろう。ふたつ、つくったよ。こうしておけば、だるくてなにもつくる気がしないときに、チンしてあたためればいい。解凍するときに、電気代がかかるのがいやだけどしかたがない。
白いご飯でボンカレーを食べるつもりだ。釜飯はうまいけど、カレーが食えなくなる。ボンカレー、なんとなく、食べたくなったから買っておいた。本当は、当時のやつがいいんだけどね。復活のやつが高かったから、安いボンカレーを買っておいた。甘口だよ。甘口。なぜか、ボンカレーは甘口がいい。
なんか、ねちがえた、らしく、微妙に左首と、左肩が痛い。
左が痛い。布団の下にマットをひくかな?
大型商品(通販)だと、時間の指定ができないんだよな。
ちょっと問題がある。

しかし、三〇代の状態には復活したいんだよな。体の状態と精神の状態。
むりか? 「本当につかれた」というのがある。寝ているとき、なんか自分のからだがしずんでいくような感じがある。これは、前からつかれたときはこんな感じになるのだけど、ちょっと今回のは、期間が長すぎる。毎日そんな感じだよ。
やせ我慢して生きてきたけど、ろくなことがなかった。
ヘビメタ騒音で友達をうしなっている。これ、本当に、「へびめたそうおんのせい」なんだよ。他の人はまったくかわらないだろうけど。他の人は、ヘビメタ騒音生活をまったく送らずに、「そんなのはいいわけだ」と言ってくる。「ヘビメタ騒音と友人関係と、なんの、関係がある?」と言ってくる。けど、本当に、ぼくと同じようなレベルのヘビメタ騒音が横の部屋でガンガン鳴っている状態が続くと、だめになる。友人関係なんてすっ飛ぶ。もちろん、一年間で完全に終わってくれればいい。けど、一〇年以上毎日続いたら、もう、だめだ。そういうことがわかってないんだよね。一〇年毎日、つもったときに、どういう状態になるかわかってない。それこそ、精神の状態とからだの状態。これは、実際に一〇年間毎日やられてみないとわからないと思う。つもるんだよ。ほんとうにつもる。けっきょく、ヘビメタ騒音一五年を経験したあとの三〇代なんだよな。なんで、三〇代が出てくるかというと、さっき、「せめて、三〇代の頃のからだにもどりたい」と思ったから。いまは、本当につかれた。つかれはてた。うごけない。へこんでうごけない。どうにもならない。
まあ、「いちにちいっこほう」でなんとかやっていくしかないのだけど、たとえば、Wordpressのテンプレートをつくって売ろうと思っても、しんどいのでできない。エクセルの使い方について、説明してyoutubeにのせるとかそういうことも考えたけど、しんどくてできない。だいたい、ヘビメタ騒音のせいで、ぼくの声が、暗い声になっているんだよね。ああいうのは、明るい声じゃないとだめなんだよ。これは、これは声の質自体のことじゃなくて、気持ちの問題ね。ヘビメタ騒音をやられて、なんて言うのかな?そういうところでも、だめなんだよね。ヘビメタ騒音が、毎日一四年以上も、午後一一時一一分ごろまで続かなければ、ぼくはこんなにくらい声になってない。こんなにくらい話し方になってない。何度も言うけど、ぼくはヘビメタ騒音前は、明るかったんだよ。わりと、たのしむことができた。楽しい気持ちもあった。けど、ヘビメタ騒音が一日をおおうようになってから、一日中、くるしいんだよ。楽しくないんだよ。つらいんだよ。これが、他の人にはわからない。経験してない人にはわからない。だから、他の人は「たのしいたのしい」と言えば楽しくなる……というようなことを言い出す。たとえば、その人が自分(その人自身)に向かって言ってるのであればそれでいいけど、ぼくに向かっていっているのであれば、対応しなければならなくなるだろ。で、もう、「あわせるよゆうはない」。あわせる余裕はない。サービスで、「そうですね」と言う余裕はない。そんなのは、ヘビメタ騒音一五年生活のなかで、何千回もためしたことなんだよ。そして、ダメだったことなんだよ。どれだけの崩壊があるか? どれだけの疲弊があるか? どれだけの「しっぱいたいけん」があるか? これも、また「しっぱいたいけん」などという言葉を使うと、そこをせめられる。「しっぱいとおもえばしっぱいだけど、しっぱいだとおもわなければしっぱいじゃない」「しっぱいだとうけとめるからだめなんだ」とせめられる。もう、いやなんだよ。これも、ヘビメタ騒音が本当に毎日一五年続くと、……そういうことでは、どうにもできない疲れに襲われるし、楽しくない状態になる。けど、たとえば、「たのしいたのしい」と言えば楽しくなる」とか「しっぱいとおもえばしっぱいだけど、しっぱいだとおもわなければしっぱいじゃない」というようなことを言う人に、ぼくの意見を言っても、相手は、わからない。相手は、そんなことを言っておいて、いざ自分が言ったことを否定されれば、不機嫌になる。「なんだ、こいつ」と思う。「そんなこといってるから、だめなんだろ」と思う。ぼくの意見は、ヘビメタ騒音生活に裏付けされた意見なんだよ。やってないで言っているわけじゃないんだよ。もう、そういうまじないのような思考法につきあうのはいやなんだよ。これ、普通の場面ではどうしたって、「そうですね」と言って返さなければならないような状態になる。ヘビメタ騒音でつかれてそんなこと、やってられない。こっちは、何十年も前から、「そんなことやってらないじょうたい」なんだよ。昨日物理の教師のことを話したけど、このやりとりは、物理の教師とのやりとりとちょっとだけ似ている。けっきょく、相手がヘビメタ騒音の本当のすがたを知らないから問題がしょうじる。相手が本当に、一五年間毎日毎日、午後一一時一一分まで、本当に本当にけたたましい音で、いつもいつもヘビメタをやられたという経験がないので、ヘビメタ騒音の本当の姿を知らないから、そういう「あつれき」がしょうじる。ぼくとのあいだに摩擦が起こる。本当に、一五年間毎日毎日、一五年間毎日毎日、午後一一時一一分まで、本当に本当にけたたましい音で、いつもいつもヘビメタをやられたぼくとのあいだにヘビメタ騒音にかんする認識のちがいがある。あるいは、気違い兄貴の性格について、認識のちがいがある。これは、わからない。いくら、「へびめたそうおんのなかで、ものをそろえることができない」なんて言っても、相手はわからない。どんだけ頭がこんがらがるか? どんだけそういう体験がいままで積み重なってきたか?わかってない。本当に、ヘビメタ騒音のなかで動くというのがたいへんなんだよ。水の中で動くのは、空気のなかで動くのよりも、抵抗があってたいへんだ。もっとも、水の場合は、そういう抵抗を楽しむことだってできる。けど、気違いヘビメタ騒音の場合は、廃液、悪臭、毒ガスのなかで動いているようなもので、呼吸しているだけで、相当に感覚をやられる。なんて言うのかな? わからないとは思うけど、本当に頭のリソースを九九%ぐらいもっていかれる。一%のリソースで動いてはいるけど、夢のなかで動いているような感覚で、どうしても、頭がすっきりしない。もやもや。どうしても、「ぬけ」ができる。「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」。「もう、いやなんだよ」。どんだけそういうことであせるか? どんだけ、そういうことで、つかれるか? これ、本当にわからないと思う。ヘビメタ騒音の「毒ガス」のなかで動いたことがない人にはわからない。これ、本当に、勉強をやっているときとおなじ状態になる。問題をどれだけ読んだってわからないような状態になる。学校で覚えたことを、ヘビメタ騒音のなかで復習すると、覚えたことなのに、おぼつかなくなる。へんな感じがつきまとうようになる。へんな感じと言ったけど、ヘビメタ騒音の不愉快な感じがつきまとって、それが、思い出すことを禁止するような状態になる。ヘビメタ騒音が、一度覚えたことを、思い出すことを妨害するたうな感覚というのがある。で、そういうことを、経験してしまうわけだからこまる。要するに、妨害されて思い出せないような感覚が記憶されてしまうのである。だから、ヘビメタ騒音のなかで勉強するのは、マイナスなんだよ。

   *   *   *


こっちに書いて良いのかどうかわからないけど、細かい、いやな記憶がよみがえってきて、困っているよ。本当に何十年も前の記憶なのに、その時の感覚や気持ちがそのまま、よみがえってしまうんだよな。


2019年3月8日金曜日

不安


ヘビメタでこころが重すぎる。いまのところ、書く元気がないので、書かない。もうちょっと復活しないと書けない。
それにしても、ほんのちょっとバイトですら絶対にできないということを思い知らされてしまった。ヘビメタ騒音の日がそのまま復活する。本当は起きれない状態で、起きて、動いていた死ぬほどつらい状態が復活してしまう。ともかく、くるしかったよ。いまは、しょうべんに起きるのもつらい。おなじだからね。一番眠りたいときに、無理をして動いている状態というのは、つらすぎる。小便はすぐに終わって寝床に帰ることができるけど、それができない……。そういう状態で動いているというのがつらすぎる。ヘビメタ騒音の時、つねに頭がモヤモヤしてつらかった。普通の人でいうと、起きた直後の状態が一番近いと思う。起きた直後はみんななにもやりたくないでしょ……。まあ、そういう寝起きが悪い状態を経験したことがない人もいるかも知れない。寝て起きたあと、なにもやりたくない気持ちを一兆倍ぐらいしたのが、ぼくの普段の状態だ。やる気、ないよ。何千日もヘビメタが続いてつらかった。鳴ってる時間もつらかったけど、鳴ってない時間もつらかった。


時間通りに起きれないということで、人生全部がつむということが、他の人はまったくわかってない。人間関係だって、悪くなるよ。で、どこかに行かなきゃならないとか、誰かに会わなきゃならないというのが、苦痛なんだよね。それは、別にぼくが、人間嫌いだからではなくて、やっぱり、睡眠時間がめちゃくちゃで、けっこう無理をして、動いているからだ。

ヘビメタ騒音のときとおなじなんだよ。ヘビメタ騒音期間中の苦しさとおなじだ。というよりも、なんか歳をとったぶんだけ、当時よりも、ひどくなっているような感じなんだよな。ともかく、しょうべんに起きたくないけど、むりやり起きて、小便をして横になるということをしている。実は、ヘビメタ騒音で困ったことがもうひとつある。

それは、頻尿だ。約二時間おきに起きて、トイレに行っている。睡眠科の先生の話では、それが原因で眠りが浅くてだめなんじゃないかということだった。で、頻尿だけど、これも、数千日ヘビメタ騒音(連続)の結果なんだよ。膀胱には問題がないということがわかっている。調べた。精神的に頻尿なんだよな。ともかく、きつい。

実は、お金の払い込みに行かなければならないのだけど、そういうちょっとした用事が、重い。なんかズタボロなんだよね。そとに出るときは、ヘビメタ騒音にやられた朝、そとに出る気持ちだからね。あるいは、ヘビメタ騒音が鳴っている夜、ヘビメタ騒音に焼き出されてそとに出ているような気分だからね。

深夜は、ヘビメタ騒音にやられて、このさきどうなってしまうのかわからないという不安が頂点に達しているときに、そとに出るような状態だからね。深夜は当時も鳴っていなかったので、そういう点では、安心感があるのだけど、破滅のなかの安心感なんだよ。ぜんぜん安心じゃない。

そりゃ、ヘビメタ騒音がガンガン鳴っていて、どれだけ(その中で)宿題をしようとしてもできなかった時間を経て、宿題ができてない状態でそとに出ているようなものだから。心配はある。不安がある。「このままではだめになってしまうのではないか」という不安がある。その不安が、頂点に達している。だれもわかってくれない。

気違い兄貴は、気違い兄貴モードでヘビメタを狂ったようにデカイ音で鳴らしていて、どれだけ言われても、言われたときだけ、腹を立てておしまいだからな。そのあとずっと気違い的にでかい音でガンガン鳴らしているんだけどな。親父のように、まったく気にしないよ。親父は、わけのわからないことでつねに怒り狂っていたけど、わけのわからないことでつねに怒り狂っていたということにかんしては、まったく無頓着で気にしていなかった。

気にするような人がそんなこと、できるわけがないだろ。で、こういう人の気にしないというのは、頭がおかしいレベルで気にならない。どれだけ言われても、気にならない。言われたら、反対の言葉をオウムがえしにかえしておしまいだ。まったく気にしない。自分が怒っておしまいなんだよ。

だから、気にしないというよりも、気にするということが一切合切できない。兄貴もおなじだ。自分がヘビメタを鳴らして弟が困っているということに関しては、どれだけ言われても気にすることができなかったのである。鳴らしているときに「静かにしろ」と言われれば、親父のように、怒り狂って、夢中になって鳴らしていた。気違い親父だって、きちがい的な理由で怒っているとき、「理由がないことで怒るのはやめてください」と言われたら、怒り狂って、怒るのをやめるということはなかった。夢中になって怒っていた。ようするに、「やめてくれ」と言われた行為を夢中になって繰り返している。気違い兄貴も気違い親父も、かわらないんだよね。困るんだよ……。相手が!! 相手が困る。相手は困るのだけど、当の本人はそんなことをやっているとはまったく思ってない。思わずに、夢中になってやりきる。

シランプリだからな。自分が夢中になってやっている破滅的な迷惑行為にかんしては、一切合切気にしない。気にすることができない。言われたら、発狂しておしまいだ。その都度、切れている。自分がやっていることが悪いことだという気持ちはない。認識もない。怒ったら、切れている。怒ったら、切れている。

前後のつながりがないんだよね。この前後つながりがないということが、また、他の人には、まったくわからないんだよね。「そんな人、いるのかな?」なんて言われる。俺が言われる。

やられた方は、……なんて言うのかな?……直撃を受けてくるしんでいる。その場合、「そんな人いるのかな?」なんていう質問がかすんで見える。こんなに明らかにやっているやつがいるのに、どうして、そういう質問をするのかな?と思ってしまう。まずい行為をやっている方は、夢中になって怒り狂ってやっている。やってないわけじゃないんだよ。ヨソの人はヨソの人で、そういうことがまったくわかってないんだよな。あんなに明らかに、目の前で起こっていることをうたがうのか?

本当に、気違い的な意地でムチューーになってやっている。ならば!やっているんだよ。しかも、やっている本人は本当にまったくそういう認識がない。あたりまえだという認識はあるのだろうけど、相手にとって迷惑なことをやっているという認識は明らかにない。なので、「そんなことはしてない」と言うことになる。すぎてしまえば、やったつもりがないのだから「そんなことはしてない」と怒って言えるのである。自分にとって「そのとき」不都合なことは、発狂して否定して、おしまいだ。一秒で忘れる。発狂して、〇・一秒で忘れてしまう。言われなかったことになってしまう。相手が(自分に文句を言ってきた)という事実そのものが記憶から消えてしまう。そして、その行為を続ける。で、つぎ、言われてもおなじなんだよ。

何十回言われても、言われた途端に言われてないことになるから、何十回こっちが言っても、あっちは、一回も言われなかったと思っている。そういう日が何千日も、続く。まったくかわらないまま続く。ヘビメタ騒音の洪水でくるしかったよ。ヘビメタ騒音につねにやられてくるしかったよ。

けど、やりたくない。


起きているけど、なにもできないむだな時間……。

こういう時間がやばい。

本当はやらなければならないことはたくさんある。

けど、やりたくない。


だいたい俺はお金を儲けるのがへたくそすぎる。
というか、ヘビメタ騒音でできあがってしまった状況がくるしすぎる。
昨日いろいろと書こうとしたけど、物理の教師との対立のところで、めげた。きちがいヘビメタ騒音が鳴っていると、本当に、「用意ができない」んだよ。あの音が鳴っていると、からだがヘドロの中で動いているようになっちゃうの! 頭がこんがらがって、本当に用意ができない。けど、「ヘビメタ騒音で用意ができなかった」ということは、認められないんだよ。美術の授業でもおなじことがあった。この歳で、そんなことを思い出していらいらしている俺がいる。

だいたい、ほんのちょっと時間を決められただけであんな状態になってしまうのであれば、仕事なんてできない。普通の人にとっては軽い仕事でもできない。やっぱり、家でやるしかないんだよな。

2019年3月3日日曜日

偏見と障害


シンクの掃除をした。ずっと気になっていた。やっと、掃除することができた。これで、しばらくはどうにかなるだろう。
これからどうしようかな。

ああっ、電子ジャーを買ったので、それを昨日から使っている。
小さいやつでなかなかいい。飯がうまい。やっぱり、最高で三合なら、小さい電子ジャーの方がいいな。段ボールのゴミがたまるよ。

これから横になることは確定しているのだけど、横になってなにを考えるか確定してない。確定しなければ……。ともかく、つらい人生だった。

これ、やりようがないんだよな。みんなわかってない。非二四時間睡眠覚醒症候群の上に不眠症がかぶさっているとどうにもならない。会合や面会の日時を決められると、眠れなくなる。病院から帰ったあと眠れなくなる場合もある。もう、一月三〇日から数えて、五回ぐらい、四〇時間以上眠れなくなった。で、この「四〇時間以上眠れずに」動いている状態が、ヘビメタ騒音の朝だったり、ヘビメタ騒音の日中だったりするわけ。気違いヘビメタ騒音が何千日もつもってつかれている……つかれているなら……騒音が鳴り終わったらすぐに眠れるはずだ……と思うだろ。そうじゃないんだよ。そういうところの健康をすべてうばわれた。ぼくはヘビメタ騒音が鳴る前は、そんなんじゃなかったわけだから……。十何年も毎日ヘビメタ騒音が続いて、睡眠障害になったわけだから。それから、「起きれない」ということを言うと、「起きれない」ということだけに、焦点が合いがちなんだけど、「起きれない」ということよりも、「起きれない」にもかかわらず、「起きて」動いているときの死にそうな気分が問題だ。だれもわかってくれない。何千日、俺がそんな世界のなかを、泳いできた?と思っているんだよ。泳いできたと書いたけど、ただよっている感じだ。ヘドロの海のなかをさまよっている感じだ。他の人にはわからない。最低でも、午後四時から午後一一時一一分ぐらいまで、毎日、激しい気違いヘビメタ騒音をあびせられると、不可避的にそうなる。俺が、ヘビメタが鳴り終わったあと、宿題をしようとして、どれだけあせったか? ヘビメタ騒音にやられてつかれているにもかかわらず、ぜーんぜん、眠れない夜を何千日すごしたか。そして、その眠れない夜が、何万日も続いている。一四年間やられたあとは、一五年目に、ヘビメタが鳴りやんでも、おなじなんだよ。これも、やられた人間じゃないとわからない。気違い兄貴のやり方があまりにも以上なので、他の人にはわからないんだよな。特に「常識的な他の人」にはわからない。それは、常識的な他の人に、気違い親父のしくみがわからないのとおなじだ。気違い親父のうちでの態度がわからないのとおなじだ。これ、気違い兄貴は、親父にやられて、腹を立てていたのに、ヘビメタに関しては、すべてがすべて、親父とおなじやり方になっている。まさに、自分がやられてくやしかったことを、ヘビメタを使って、弟にやり返している。親父にやられて、くやしかったことを、弟にやり返している。やり方がおなじなんだよ。そういうことだって、「普通の人」にはわからない。「言えばどうにかなる問題」だと思っている。エイリさんのコミニュケーション能力がたりないから、お兄さんに(言っていることが)通じなかったと、勝手に想像してしまうのだから。こんなの、頭が悪すぎる。頭が悪いから、間違った前提に立って、間違った判断を下している。けど、本人は、これまた、絶対にそういうふうには思わないだろう。(無職がなにを言ってるか)(引きこもりがなにを言っているか)と思うだけだろ。これも、時系列が間違っている。因果関係が間違っている。一五年……足かけ一五年ヘビメタ騒音の結果……激しい睡眠障害と根深い心的外傷後ストレス障害を抱えて、働けなくなっただけだ。だれだって、あの激しいヘビメタ騒音を毎日毎日あびせかけられれば、激しい睡眠障害と根深い心的外傷後ストレス障害を抱えることになる。無職や引きこもりがなんかを言ってるから、それは間違っている。甘えている。人のせいにしている……と考えるのは、怠慢だ。思考の怠慢。無職や引きこもりという属性は、ヘビメタ騒音のあとに付け加わったもんなんだよ。一五年間のヘビメタ騒音が原因で、そういう結果が生じたんだよ。これが、わからないのか? 本当にあまが悪い。こういう人たちは、原因と結果に関する考えとか、時系列的な考えというのがぬけているんだよな。偏見だけでものを考えて、それに基づいた結論を出している……。出しているだけだ。

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気がつくと「ぼくはもういい」「ぼくはもういい」とこころのなかで言ってる。


気がつくと「ぼくはもういい」「ぼくはもういい」とこころのなかで言ってる。

鳴り終わったあとも、興奮して眠れない

また眠れなくなった。
これだよ。これが、ヘビメタ騒音の早朝の雰囲気だよ。
比喩的な意味で死ぬ。この、雰囲気。これで、眠れないまま朝の七時四五分になって、学校に通ってたんだからな。そういうことが、たびたびあった。実際には、あの頃は、五時ぐらいから七時四五分ぐらいまで寝ていた。眠っていた。けど、この七時四五分が、こんどは、眠りたいさかりで、くるしいんだよな。あのときの、感覚がいまも生きていて、くるしい。感覚がよみがえるというよりも、小学六年生のころからずっと、陸続きでそういう感覚が続いている。くるしいんだよ。他のやつらはわからない。昨日も書いたけど、からだが、空気の波動を感じてしまう。鳴らされているあいだじゅうずっと、からだがいてもたてもいられない状態で、へんなんだよ。で、鳴り終わったあとも、興奮して眠れない。なかなか、副交感神経が優位にならない。ずっと前も書いたけど、気違い兄貴がヘビメタをスピーカーで鳴らすことにこだわらなかったら、俺は、もうちょっと背が伸びた。もっとだいぶ背が伸びたかもしれない。成長期に眠れないということが、どれだ影響を与えたかわからない。一一歳から二〇歳までずっと鳴らされいているわけで、成長期のあいだずっと毎日、午後一一時一一分まで鳴らされたことになる。これが、身長に影響を与えないわけがないだろ。身長のことを言うと、身長のことまでヘビメタのせいにしていると言われると思うけど、実際、成長期に眠れなかったことは、影響を与えているとしか思えない。ともかく、気違い兄貴が、ヘッドホンをして我慢すれば、それですんだんだよ。気違い兄貴がヘッドホンをして我慢できないという理由はないんだよ。そんなの、気違い兄貴の意地以外にない。半分の時間ヘッドホンをしてくれたわけでもないからな。それで、「ゆずってやった」「協力してやった」だからな。気違い兄貴の譲歩は、気違い親父の譲歩とおなじなんだよ。相手が困りきるような譲歩しかしてない。そういうのを「譲歩」と相手が言うと、言われた方は、頭の血管が切れてしまうような譲歩しかしない。けど、気違い兄貴のなかでは、譲歩でしかないんだよな。俺は、初恋の人よりも身長が低いので、身長のことはすごく気にしていた。すごくだからな!!

ヘビメタ騒音なしの人生が欲しい。
小学六年生の時から二五歳まで、ずっとずっと、毎日、ヘビメタが鳴ってなかった場合の人生が欲しい。普通の人はそうなんだよ。普通の人は、気違い兄貴が横の部屋に住んでいて、気違い的な意地でヘビメタを、ものすごくデカイ音で鳴らすなんてことはない。この、「ものすごくデカイ音」だけど、本当にでかい。だからぁ! 本当に幼稚園の騒音とかそういうものとは、くらべものにならないほどでかい騒音なんだよ。それなのに、「騒音なんておたがいさま」気違いが、人を気違い呼ばわりしやがる。気にしている方が悪いみたいな言い方をしやがる。ぜんぜん質がちがう騒音なのに、頭にくる。こいつだって、俺の部屋で、気違い兄貴の騒音を聞かされたら四分で発狂するほど腹を立てるんだよ。「騒音なんておたがいさま」なんて言っているやつだって、七時間近くヘビメタ騒音に……兄貴のヘビメタ騒音に俺の部屋でさらされれば、鳴り終わったあと眠れない状態になって、午前四時まで眠くなくなってしまうんだよ。時には、それ以上に長く眠れない状態になって、眠れないまま、試験に行ったり、学校に行ったりするということになる。それでも、他の人からは「不摂生」だと思われるわけだし、試験の場合は、「だれだって緊張する」理論を突きつけられたりする。けど、これはおかしい。だれだって緊張するけど、俺以外の人間には、俺の部屋で浴びている気違い兄貴のヘビメタ騒音はないのだから。気違い兄貴のヘビメタ騒音が小学六年生の時から、入学試験の前日まで鳴っていなければ、俺は、入学試験の前日、眠れたんだよ!! これも、実際にはなかったことだから、架空の話しになってしまうわけだけど。じゃあ、俺の部屋で聞かされるようなヘビメタ騒音を聞かされたあと、入学試験に行ったやつは何人にいるんだよ? 全世界で何人いるんだよ?? 普通の人と違うだろ。どうして、「だれだって」という話になる?? こういうことで、気違い野郎から……と言うよりも、非理論的な人から、なめられたことを言われるというのは、いやだ。けど、気違いヘビメタにやられているかぎり、非理論的な人からなめられたことを言われる機会が多くなる。なめられた口をたたかれる。本当に頭にくる。
無職だって、引きこもりだって、おなじなんだよ。俺の場合!! これがわかってないんだからな。ヘビメタ騒音がなければ無職ではないし(無職期間が長く続くということはなかったし)引きこもりでもない。俺は、友達がけっこういた。ヘビメタ騒音を巡って、いろいろなあらそいが起こって、友達が去って行っただけだ。ヘビメタ騒音がなければ、俺は、友達とヘビメタ騒音を巡ってあらそっていない。これ、ヘビメタ騒音を巡ったあらそいだって、ひとつひとつは「だれだって」理論を展開するようなバカな人とのあらそいとおなじなんだよ。同質。他の人が、「気違い的な家族に」やられてないからわかってないだけの話なんだよ。気違い兄貴のヘビメタ騒音に関する考え方や感覚は、本当に、気違い。頭がおかしい。頭が根本的におかしい人じゃないと、無理なんだよ。そういう感覚を持つこと自体が無理なんだよ。あんなに自分勝手な感覚を持つこと自体が無理なんだよ。そもそも、デカイ音で鳴らしているということを認めないということが、気違い的におかしい。こんなの気違いじゃなきゃ、可能じゃない。できないことなんだよ。まったく悪いことをしているつもりがないまま、ずっと、あの音のデカさでステレオを鳴らしてエレキギターを弾き続けるなんてことは、気違い的な感覚の持ち主じゃなければ無理なんだよ。その気違い的な感覚の持ち主の、気違い兄貴だって「よそ」じゃ、できないだからな。一分だって鳴らせないんだからな!! そういう音だ。そういう、気違い的に、デカイ音だ。気違いじゃなければ、絶対に、一分だって鳴らそうお思わないようなデカイ音だ。普通の人は鳴らせない。鳴らしたくても鳴らせない。普通の人は、鳴らしたくても、他の人のことが気になって、どうしても鳴らせない。そういう音だ。それを、「こんなのたいした音じゃない」と思ってずっと毎年毎年、毎日毎日、自分が満足できる時間、ずっと鳴らす。「たいした音じゃない」はずがないだろ。けど、気違いだから、まったく気にしない。どれだけ言われても、「おやじのように」気にならない。気にすることができない。気違い兄貴! 「おやじのように」なんだよ。おまえ、どれだけ親父に、親父のやり方でやられて傷ついていたと思っているんだよ。どれだけ親父に、親父のやり方でやられて起こっていたと思っているんだよ。兄貴は、親父に、親父のやり方でやられて、怒っていた。その怒りが、全部、ヘビメタに反映されている。気違い兄貴のやり方は、親父のやり方そのものなんだよ。そうなのであれば、俺がどれだけ気違い兄貴のやり方で、やられて、傷ついているかわかるよな? 俺がどれだけ気違い兄貴のやり方で、やられて、怒っているかわかるよな。「コード」がおなじだと言ったけど、そういうことだ。やり方がおなじなんだよな。やりつけているやり方がおなじ。そして、本人はまったく気がついてないというところも、まったくおなじ。本人は、気がついてないだけではなくて……そういうやり方に問題があるということについてまったく無頓着で気がつかないばかりではなく、本当に、「やった」と思ってないんだよ。この気違い感覚がわかるか? この気違い感覚は、「ヨソ」の人にはわからない。ヨソの人は、気違い的な家族にやられたことがないからな。このやり方でやられたことがないからな!! そうすると、「エイリさんがちゃんと言わなかったから悪い」とかそういう話しになる。これも、常識的には、問題がない考え方なんだろうけど、事実とは違う。間違った前提に立った間違った考え方なんだよ。けど、そういうふうに言うやつは、自分が間違っているとは思わない。こういう常識的なやつも、「おたがいさま」理論を繰り出す気違い野郎も、みんなまるまるまる。

2019年3月2日土曜日

ヘビメタ騒音以外のことを選んで話しても気が晴れない


最近、寿司が食いたくてたまらない。

というか、「寿司なら食べてもいいかな」と思うときが多い。

なにも食べたくないときがあるんだよな。

まあ、そういう時は、食べないでいれば、そのうち腹がへる。

けど、減りすぎたあと、食べると、腹が痛くなるので、こまる。



また、寿司を食べに行くか?



けど、ちょっとつかれたか?

本当にさみしい人生になってしまったなぁ。

つかれたなぁ。

だれと会って話しても気が晴れない。

ヘビメタ騒音以外のことを選んで話しても気が晴れない。

ヘビメタ騒音のことをちょっと入れて話しても気が晴れない。

これは、自分の体調とダイレクトに関係がある問題なので、どうしても、ヘビメタ騒音の話しが出てしまうというところはある。けど、まあ、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音に関係しそうな話は一切合切しないようにしても、ダメなんだよ。けっきょく、ヘビメタ騒音でつかれている。けっきょく、ヘビメタ騒音で人生的につかれている。

「それは、家族で解決してください」


とりあえず、生きている。
起きてから、マクドのチーズバーガーを食べた。
昨日、郵便物をでかい郵便局までとりに行って、帰りにマクドによって、ポテトを食べて、コーヒーを飲んだ。コーヒーを飲んだけど、別になんともなかった。腹も痛くならなかったし、蕁麻疹も出なかった。けど、なるべく飲まないようにしている。たまたま、平気だっただけだと考えている。昨日は、ちょっとやけくそになって、飲んでしまった。「もう、いいや」という気持ちがからだのなかをかけめぐっていたので、飲んだ。さいわい、腹が痛くならなかったけど、痛くなったらやばかった。
昨日は、寿司屋にも行ったよ。寿司屋で寿司を食ったあと、チーズケーキ、チョコケーキ、フィッシュバーガーを持ち帰りで買ってきた。まあ、それも、食べたけど、うまかった。特にチーズケーキがからだにしみわたるようだった。ほどほどにあまいものが欲しかったんだなぁと思う。

起きたとき、気分的には、死にそうだった。この、昼。この午後。ヘビメタ騒音でめちゃくちゃだ。やなぎ荘にいたときの感覚に近い。起きたときは、本当になにもやりたくない感情に支配されて、ずっと、うなだれていた。昔のことが思い浮かぶ。ヘビメタ騒音でくるしかったこととか。
やなぎ荘の雰囲気とか。

くるしかったなぁ。

だれもわかってくれないんだよ。

おなじように、やられたやつは、ひとりもいなかいからな。

やられないからだで、常識的なことを言う……。どういうことかというと、ヘビメタに午後四時から午後一一時一一分までやられれば、だれもが、遅刻をするようになるのだけど、ヘビメタ騒音に去られている生活をしていない人は「ヘビメタが鳴ってたって、遅刻しちゃ、だめだろ」とか「そんなのが、いいわけになるか」とか「ともかく、ちゃんと遅刻しないできて」と言うだろう。土曜は、一〇時間、日曜は一二時間三〇分とのびてしまう。鳴っている時間がのびてしまう。ものすごい音圧で、鳴っているのに、無視するということはできない。耳栓どころか、ものすごく強い力で、耳をふさいでも、がんがんがんがん、まったく無意味なレベルではいってくる。そういう耳を手でふさぐということが、まったく無意味なレベルで、音がはいってくる。さらに、音を感じているのは、耳だけではなくて、からだでも音を感じている。どういうことかというと、音というのは、空気の振動なので、空気の振動をからだが感じてしまうのだ。これは、防ぎようがない。で、この耳以外の、「おと」「振動」「空気の密と疎」の感覚が睡眠時間に影響を与える。睡眠全体に影響を与える。どうしても、眠れなくなる。やられてないひとは、音が鳴りやんだんだから眠れるだろ」と簡単に考えてしまうけど、そうじゃないんだよ。で、そういう状態が一〇〇〇日、つもったら、やっぱり、遅刻をするようになる。夏休み、冬休み、春休みなんて、日曜日よりも、さらに鳴っている時間が増えてしまうのだから。日曜日よりも鳴っている時間が長くなってしまうのだか、無理だ。「やすみ」が「やすみ」にならない。本当に三六五日中三六五日、「やすみなく」鳴っているというのがくるしい。「やすみ」がない。「やすみ」の日は、気違いヘビメタ騒音にさらされる時間が増えてしまう。「やすみ」に勉強の遅れを取り戻すということはできない。どうやってもできない。あれ、本当に「なっているなか」で、「べきょうする」といこうとができない。けど、そうなると、ぼくがサボっているように言われる。そりゃ、そうだろ。宿題をやっていかなければ、遅刻とおなじようにぼくがせめられる。そのとき「兄がヘビメタ騒音鳴らして」ということを言っても、「それは、家族で解決してください」というようなことを言われておしまいだ。兄貴が気違いだから、家族で解決することはできないのだけど、兄貴が気違いだということが、本当に他の人にはわからないのである。ほんーーとーーに、いやだな。いやだな。いやだな。ちなみに、親父も気違いだということが、他の人にはわからない。「はなせばいい」ということになっているらしい。他の人なかでは、「そんなのは、言えば解決する」ということになっているらしい。けど、それが無理なんだ。「けど、それが無理なんだ」ということが他の人にはわからない。

実は、特殊能力者同士の争いも書きたいと思っている

実は、特殊能力者同士の争いも書きたいと思っている。
これは、「騒音サイコパス」(家の音)
とはまったく違ったものだ。ラノベの部類だ。

2019年2月27日水曜日

一日中、頭がモヤモヤする


ボロボロにつかれた。
頭がモヤモヤする。
一日中、頭がモヤモヤする。モヤモヤした頭で、いちおう作業はしたけど、むなしい気持ちはぬぐえない。

ヘビメタ騒音で人生がない。だれもわかってない。ヘビメタ騒音の影響がどれだけのものか、わかってない。
俺がぎりぎりのところで努力してなんとか生きてきたのに、まだたりないというのか? ヘビメタ騒音をやられたことがないやつらが、好き勝手なことを言いやがって。ヘビメタ騒音を一日も経験したことがないやつらが、想像でものを言うな! どれだけくるしいか。ゆるせない。

ヘビメタ騒音が与える影響の範囲は、他の人が考えるよりはるかにでかい。けど、それがわかっているのは、実際にやられたぼくだけで、他の人は逆立ちをしてもわからない。自分のことじゃないから。自分の人生の中で生じたことじゃないから。自分人生なのかで、毎日毎日、あしかけ一五年間にわたって発生したことじゃないから。本当に、簡単に言いやがって!! 本当にどれだけ。どれだけ。どれだけ……。

もう、いやだ。

2019年2月25日月曜日

結果として、その女の人を傷つけてしまったような展開になってしまったわけだけど、その女の人の気持ちは、ものすごくわかる



むかし、集合住宅?に住んでいる女の人がいて、その女の人が、上の階のこどもの絶叫と足音がうるさいということで悩んでいた。その人の主張はあっている。相当に心を痛めていたと思う。その女の人は犬を飼っていたけど、静かな犬はいる。なので「おたがいさま」理論は成り立たないと思う。ようするに、一方的にやられているわけで、おたがいさまではない。
騒音なんて、「おたがいさま」という理論を展開するやつがいるけど、そいつらは、一方が強烈な音を鳴らしている場合のことを考えてない。

ちょうど、タイミングというのがあって、お互い様理論を展開するやつが、近くの幼稚園をうったえた人を気違いだと言っていたんだよ。だから、そいつからすると、俺がヘビメタ騒音にこだわっている気違いなわけ。「お互い様だから」。けど、ヘビメタ騒音は、お互い様ではない。あとは、ぼくの立場としては、子供の絶叫や幼稚園の騒音と、ヘビメタ騒音を一緒にするなという、気持ちがある。なので、そういうことを書いたのだけど、もし、その女の人がぼくのその考えを書いた文章を読んだとき、エイリさんは自分のことを「そう思っていたのか」と思ったかもしれない。で、言っておくと、ぼくはその女の人の味方で、その女の人のいっていることは正しいと思う。けど、幼稚園の騒音とヘビメタ騒音を一緒にすることはできないと思っているので、そういうことを書いた。別に、その女の人のことを批判しているわけじゃないのである。俺が批判していたのは、幼稚園を騒音のことでうったえた人を、気違いよばわりしたやつだ。
ともかく、結果として、その女の人を傷つけてしまったような展開になってしまったわけだけど、その女の人の気持ちは、ものすごくわかる。ヘビメタ騒音とは次元が違うけど、その女の人が上の階の子供の絶叫と足音でくるしめられていたのはたしかだ。この場合も、「おたがいさま」とは言えないと思う。ともかく、俺はその女の人の内面がよくわかるしどれだけくるしい思いをして暮らしていたかわかる。

2019年2月24日日曜日

これ、違う。違うんだ。これ、違うんだ。


本当に俺がやばい。
これ、違う。違うんだ。これ、違うんだ。
本当に、他の人には絶対にわからないことなんだよな。ヘビメタ騒音をあんなに毎日やられて、人間関係なんて維持できるはずがない。やらすぎ。期間が長すぎる。おれ、しゅうりょーう。本当に、他の人から、ずっと誤解、されてきたな。ずっと、誤解をされてきた。

本の人には絶対にわからないんだよな。おなじことをやられた人じゃないと、まったく想像ができないことなんだよな。たいしたことじゃないように思えるわけだから……。常識的な判断がすべて、俺を追い詰める。気違いにやられたということがわかってない。常識的な思考でアドバイスをくれる人は、俺を追い詰めている。それは、親友だろうがだれだろうがわかりがない。

三〇年、おせぇーーよ。


フレンズを視たり、部屋を片付けたりしていた。フレンズを聞きながら部屋を片付けるとはかどるかと思ったけど、そうでもなかった。むかしは、そういうふうにしてたんだよ。なんか、あれをかけっぱなしにして、掃除というか整理整頓をするのが好きだった。まあ、とりあえず、片付けたからいいや。
これだけ片付けているのに、全然すすんでいる気がしない。あとは、なんて言うのかな? ヘビメタ騒音でコナゴナになった人間関係をどうにかしたいとは思っている。
けど、俺の場合ももう、なんて言うのかな? 手遅れ? って感じがする。
三〇年、おせぇーーよ。

2019年2月23日土曜日

親父や兄貴のやり方はそういう「コード」を含んでいる


今日もひとつずつ、片付けた。数個 片付けた。しかし、いつになったら、片付くんだ? なんだかなぁ……。けど、ちょっとずつやるしかない。俺は楽しい貧乏生活をしているわけじゃない。俺、固有の問題がある。書けないけど、人生がむなしい。つねに苦労の連続だった。いまも、くるしい。累積した苦労が、だいぶ重たくなっている。気違いヘビメタ騒音が本当にいろいろなところに、影を落としている。影響を与えている。これは、実際にやられた人じゃないとわからない。影響の範囲がわからない。影響のデカさがわからない。影響の範囲は、時間とともに大きくなる。たしかに、俺はいろいろなところで選択をミスったのだろう。けど、気違いヘビメタが鳴っている状態と、気違いヘビメタが鳴っている状態が八年間積み重なった状態で一八歳になったということがものすごい影響を与えている。あのとき、入学試験にこだわらず、通信制の大学に行っていたらどうなのか? 通信制の大学でも、ちゃんと卒業して、通学生の大学院に入った人もいる。その人は、いま教授をやっている。入学試験とその分野(その人の専門分野)の能力はかならずしも!関係があるわけじゃない。けど、気違い兄貴が絶対に一分もゆずらない状態で、鳴らしていた場合、ぼくにそういう選択肢があったかというと、ない。ヘビメタが鳴っているうちにいるかぎり、無理だ。しかし、ぼくは、一八歳の時点で、バイトをする力(ちから)をなくしていた。それは、一八歳の時にバイトをしてよくわかった。どうやっても、無理なのだ。きちがいヘビメタ騒音が鳴っているなかから、バイトに行くことや、土曜日曜と、ずっと気違い兄貴が起きている時間ヘビメタが鳴っている状態だと、次の月曜日や火曜日に影響を与えた。当時、ぼくは、土曜と日曜と、バイトに入っていたのだけど、バイトに行く前、ずっとヘビメタ騒音にさらされるということに耐えられなかった。たとえば、ぼくだけ引っ越して、そこでバイトをするということも考えたけど、そのあとの状態……三年後やなぎ荘に出たときの実際の状態を考えると……それをやっても、無理だったと思う。もう、その頃には、ひどい睡眠障害を抱えていた。意志の力ではどうにもならないような状態だった。相当に無理をして、バイトをしたけど、けっきょくは、そんなに長く続かなかった。一一歳から一八歳までの八年間、ヘビメタ騒音が毎日つもった時点で、ぼくは、通学することも通勤することもできないからだになっていた。あのときのバイトは本当にいのちを縮めたと思う。最大限の努力をして、「むりだ」ということがわかった。これは、ほかのひとにはわからないと思う。実際に八年間、俺とおなじ生活をした人じゃないとわからない。土曜日曜もずっと鳴っているということの意味がわからない。土曜日曜は、鳴っている時間が長くなってしまうということの、本当の意味がわからない。からだに与える意味がわからない。けっきょく、人は、想像していうだけで、本当には経験してない。ヘビメタ騒音を経験してない。八年間毎日のヘビメタ騒音がどれだけのものかわからない。だから、普通の状態を想定して「努力すればできる」「なきごとをいうな」というようなことを言うわけだ。けど、そういうことを言う人たちは、ヘビメタ騒音を八年間、経験してない。毎日のヘビメタ騒音がどういうふうにつもっていくか、知らない。自分のからだを通してわかっているわけじゃない。想像して言っているだけだ。


大学入試なんてものがどうしてそんなにたいへんなものになってしまうかって?
中学と高校と、六年間ずっと毎日、午後一一時一一分までヘビメタがものすごい音で鳴ってたからだよ。こんなの、俺だけだ。世界で俺だけだ。こんなのは、きたない。おかしい。けど、事実そうだった。他の人は、気違いヘビメタに、中学と高校と六年間のあいだずっとたたられてない。俺だけがたたられた。ゆるせない。学生時代、全部取られた。まあ、小学六年生の九月まではたたられてないけど、それ以降ずっとたたられた。絶対に、一分もやめてくれなかった。一日中ヘッドホンをして静かにして、やっと、プラス・マイナスゼロなんだぞ。それでやっと、「普通の状態」なんだぞ。他の人とおなじ普通の状態なんだぞ。気違い兄貴は、一日に一分も静かにしてないのに、「静かにしてにしてやった」「ゆすってやった」と思っている。親父とおなじ思考だからそうなる。気違い兄貴は、親父とおなじ感覚の持ち主だからそうなる。どんだけ、くやしいか。そういうやり方が、どれだけくやしいか。一日やられただけでも、ハンダゴテの日のように腹が立って腹が立ってしかたがない状態になってしまうんだよ! それは、そういうやり方だからだ。相手の感覚が、気違い的なもので、すべてを無視したものだからだ。普通なら絶対にわかることを認めずにやりきって、やりきったと言うことを認めない。自分の関与をまったく認めない……そういうやり方だから、腹が立つんだよ。気違い兄貴が、親父に腹を立てたとき、親父はそういうやり方をしているんだよ。「憤懣やるかたない気持ち」になってしまう。親父や兄貴のやり方はそういう「コード」を含んでいる。コードって言ったけど、性質でもいい。


なんで俺だけこんなハンディをせおって受験せーねーばーならぬのだ?

2019年2月22日金曜日

意志と無意識の関係 「うえ」が「した」を支配することができない


「やるぞやるぞやるぞ」と言うことで、やる気が出るかどうかという問題。
これは、言ってやる気が出るとき、言ってもやる気が出ないときがある。言うことでやる気を出せると考えている人は、体調を含んだ無意識のことを無視している。

とりあえず、「うえ」と「した」で表現する。「うえ」が思考だ。意図的な思考だ。

「した」は無意識だ。

けど、これは、単なる無意識じゃなくて、ぐっすり眠ったかどうかと、連続的な作業が続いてつかれていないかどうかというような「体調」も含んでいるとする。この頭がさっぱりしているとか、さっぱりしてないとか、からだが重いとかからだが軽いということは、実際には、影響を与える。意志と行動に影響を与える。

しかし、体調というのは、基本的に無視される傾向がある。意識だけが問題にされる傾向がある。意識というのはこの場合は、意図的な思考だ。

「やるぞやるぞやるぞ」と言うことで、無意識的な部分が引っぱられるという理論を展開する人がいる。ようするに、彼らによれば「うえ」と「した」は連動しているので、「うえ」が「した」に「はっぱをかける」ことで、「した」もその気になるということだ。

けど、それはちがう。つねに「した」のほうが優位なのである。

たしかに連動はしているけど、それは、「した」から「うえ」に対する連動で、「うえ」から「した」に対する連動じゃない。だから、「やるぞやるぞやるぞ」と何回も言っているわりには、まったくやる気がしないということがしょうじる。

「した」の方が優位で、「うえ」が思ったようには「した」は動かない。

「うえ」が「した」を支配することができない。したがえることができない。「うえ」が「した」を無視して「やろうやろう」とすると、あるいは、むりをして「やっている」と、「した」のほうが、ストップをかける。「した」には「した」の事情があるからだ。

それでは、どうして、「やるぞやるぞやるぞ」と言うとやる気が出てきたような感じになることがあるかというと、それは、「した」がそれなりに働いているからだ。通常運転をしているからだ。「した」がダウンしている場合は、どれだけ「やるぞやるぞやるぞ」と言ってもやる気が出ない。「した」がダウンしているときは、だめだ。

また、「した」が実は「やりたがっていない」場合も、だめだ。「うえ」の命令を、あたかも「した」がきくように感じられるときは、……実際はそうじゃないのだけど……実際は、「した」が(「うえ」の)いうことを聞いているわけではないのだけど……もともと、「した」が「うえ」と同じ方向を目指しているときに、生じる現象だ。

「した」が通常運転をしていて「うえ」と同じ方向を目指しているときは、あたかも、「した」が「うえ」のいうことを「きく」ように見えてしまうのである。そういう人たちにとっては、これは、都合がいい考え方のなので、そういう人たちには、そういうふうに見えてしまう。

本当は、いつも、「した」方が優位なのだ。「した」が「うえ」が命令したことと同じ方向を目指しているときは、あたかも、「うえ」が「した」を屈服させたように思えるのである。これを、過大評価して、「うえ」が「した」を支配することができると考えている人たちは、間違いをおかしている。

何十年も前の小さなやりとりが、ぱっと思い浮かぶことが頻繁にある


むなしいむなしい、とどれだけ書いてもむだか。
たしかに、むだだ。むだむだ。
俺には技術があるんだけど、うまくマネタイズできない。
本当、どうなるんだろうな。俺は、保証人がいないので入院もできないような感じだ。保証人というか緊急連絡先。俺はこの先、ひとりで生きていくんだろうか? 何十年も前の小さなやりとりが、ぱっと思い浮かぶことが頻繁にある。四〇年前とか、四二年前とか。はははっ。あーーあ。歳を取ったなぁ。信じられない。女の子を泣かしてしまったことがある。もちろん、意地悪をしたんじゃない。俺は、そういうことは大嫌いだからしない。あのとき、信じていればよかったのか。小六の時に、小二の時のその子の発言を、気にしていて、信じてやれなかった。

俺が七〇歳になったら、どういう……。俺は本当はわりと明るい人間なんだよ。ヘビメタ騒音以降は、想像もつかないかもしれないけど……。ヘビメタ騒音ですべての感情がパンクした。全部、ぺしゃんこだよ。

2019年2月21日木曜日

基本きついなぁ。結婚しておけばよかったな


基本きついなぁ。結婚しておけばよかったな。このさみしさは、ない。まあ、俺はヘビメタ騒音で働けない状態だったから、お金は稼げないけどね。ヘビメタ騒音なしで普通に勉強して、普通に進学して普通に恋愛して普通に結婚したかった。これ、きついわぁ。きつい。

このさき、どうするんだ? 俺は??
どうするんだよ??


いまの時間も気違い兄貴が夢中になって気違いヘビメタを、ものすごい音で鳴らして、どれだけ言っても静かにしてくれなかった。いま、九時一九分か。午後九時一九分がどれだけ、うるさかったか? けたたましい音で鳴っていたか? そんなの、毎日やられていいわけがないだろ。気違い兄貴、おまえがまるまるまるまる。

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2019年2月20日水曜日

やっぱり、俺の人生がない。 これは、きつい。

やっぱり、俺の人生がない。
これは、きつい。

ヘビメタばっかりの人生だったな。
ヘビメタで恥をかいてばかりの人生だったな。
これ、他の人には、わからない。

うちでだけ異常な人がいる場合、うちでだけ異常な人がそとの人から悪く言われることはなくて、うちでだけ異常な人にやられている人が悪く言われるんだよな。親父も兄貴も、そとっつらがよくて、うちっつらが悪い。よそのひとには一秒だってやらないことを、うちの人には、一日に二四時間やっても、まるでなにも感じないんだよ。あたりまえだと思っている。だから、「やめろ」と言われると腹を立てる。腹を立ててやりまくる。けど、「やったつもり」がないんだよ。それは、一日に二四時間やってもそうなんだよ。一日に一五時間起きていて、一五時間やったとしても、まるで、「つもりがない」んだよ。やっているさいちゅうでさえ、どれだけ言われても「悪気がしょうじない」。「あたりまえだ」と思っているから。あたりまえの権利だと思っているから、別にどれだけ言われても悪いとは思わない。逆に、「言われたら」腹を立てる。そりゃ、自分がやりたいことを、自分がやりたいかたちでやりたいわけだから、それが邪魔されるとなったら、発狂して腹を立てる。けど、それが済んでしまえば、「腹を立てた」ということも、腹を立てて認めない。それは、「腹を立てた」ということが、その時の兄貴や親父にとって、不都合なことだからだ。気違い兄貴の場合、鳴らしているときに「やめろ」言われたら、不都合なことなんだよ。だから、怒って鳴らし切る。けど、「鳴らし切った」「どれだけ言ってもやめてくれなかった」ということを、言われると、それはその時の気違い兄貴にとって、不都合なことだからおなじように腹を立てて否定する。否定しているわけだから……。デカイ音で鳴らしているときだって、デカイ音で鳴らしているということを、否定して腹を立てて、デカイ音を鳴らし続けるということになってしまう。こういう反応は、気違い兄貴に特有で、つねにそうなるんだよ。ときどき、そういう反応をするというのではなくて、つねに、そういう反応をかえしてくる。自分が鳴らしたい音で鳴らしている時に、「そういうデカイ音で慣らすな」ということを言われると腹を立てる。もちろん、無視して、頑固に鳴らすわけで、ゆずらない。けど、「言われたのに」……「ゆずってやらなかった」という気持ちもないんだよ。だから、それの繰り返しになる。気違い兄貴は、気違い親父とおなじでやりたいとなったらやりたいわけで、本人が自動的にやっていることを、やめさせられるとなったら、発狂して怒る。手がつけられない状態なんだよ。殺して静かにさせないと、絶対に、静かにならない。気違い兄貴が「ゆずってやった」としても、それは、もとの音と聞き分けることができないほどうるさい音なんだよ。自分のやりたい音でやりたいということに、気違い的なこだわりがあるのだから、絶対にそういう線*1では、ゆずらない。要するに、効果的に、ちゃんと違いがわかるように、静かにしてくれない。最大限譲歩して、こういう状態だ。たいていの場合は、譲歩をまったくしないまま、鳴らし続ける。気違い兄貴のなかでは、「この音でならしていい」ということになっているで、気違い親父がこだわりの方法にこだわるように、こだわってそうする。で、そういうときの態度全般が、よそのひとにはわからない。だから、やられた人が困る。ずっと困り続ける。まるまるしたくなる。

気違い兄貴や、気違い親父が発達障害なのに、まるで、俺がコミ障であるように言われる。どうしてかというと、他の人には、気違い兄貴や気違い親父の意地がわからないからだ。「そんなの言えばいい」と考える人は、「エイリさんがちゃんと言わないからだ面だ」と考える。そういうふうに考えるやつは、エイリさんがコミ障で、「いいたいことをちゃんと言えない人だからそうなるんだ」と思っている。そういう前提がある。

こういうことは、他のことにも成り立っている。


*1普通に効果があるレベルではという意味。たとえば、ヘビメタをフォークギターぐらいの音まで落として鳴らすということは絶対にない。普通のレベルまで落としてくれなかったら、意味がない。

2019年2月19日火曜日

自分の騒音がいやだから弟がアパートを借りているという認識すらなかった状態


うーん。やっぱりつらい。どっちにころぶにしろつらい。ヘビメタ騒音でつらい。「もうつかれた」という気持ちになって横になっているとき、ヘビメタ騒音にやられて「もうつかれた」という気持ちになって横になっていたことを思い出す。どれもこれもひえひえだ。こころが冷えている。特に受験シーズンはやばい。相当にやばい。で、やなぎ荘(アパート)で横になっていたときだって……。やなぎ荘に出ていたとき、家に帰ればヘビメタ騒音が鳴っていた。気違いヘビメタ騒音をさけるために、わざわざ、家の近くにアパートを借りて住んでいるわけだから。けど、飯代と風呂代を節約するために、夜は、家に帰ることがほとんどだった。これも、時期で違うんだけど。当時、風呂を昼間にたてるということはできなかった。やはり、当時は家の人が夜に風呂に入っていたわけだからそれにあわせて、夜に入るしかなかった。で、銭湯代を浮かせていた。ご飯は、いちおう、家からおにぎりを持って帰ったりしてたんだけど、冷蔵庫がなくて、いろいろやばいことになったので、ストアで買うことにしたんだけど、けっきょく、節約のためにほとんど買わなかった。当時は、なんか、一日に一食だけ食べていたような気がする。これも、時期によって違うんだよ。やなぎ荘一年目と五年目だとちょっと違う。で、何回も言うけど、気違い兄貴のヘビメタをさけるために家を出ていた。気違い兄貴は、気違いだから、まったく記憶にないと思う。気違い兄貴は、当時、自分の騒音がいやだから弟がアパートを借りているという認識すらなかった状態だ。これが、何回もめてもそうなんだよね。これは、浪人しているときの大学入試のとき、大晦日正月のあいだ普段通りに鳴らし切って、絶対に一日に一分も静かにしてくれなかったことと対応している。正月のあとだって、入学試験のその日までずっと、普段通りに鳴らしていた。普段通りというのは、気違い兄貴が家に帰ってきた瞬間から、午後一一時一一分ぐらいまでだ。風呂と飯の時間をあわせた二〇分は鳴ってない。そのあいだに宿題をやろうと思っていたんだけど、宿題をやっていると(まだ続きがあるのに)気違い兄貴が風呂から出てき、ガンガン鳴らし始める。だから、ぼくはいまでも、「ヘビメタ騒音が鳴るんじゃないか」というような不安がある。静かなときも、がーーと鳴り出すんじゃないかというような恐怖というか、怒りというか、いやな感じというか、やはり、不安がある。やり始めたら、こっちがどれだけ怒鳴り込んでも一分も、一秒もやめてくれない。それが気違い兄貴だ。それが気違い兄貴のやり方だ。そして、気違い兄貴は気違いだから「やったつもりがないまま」なんだよな。どれだけ「やめろ」と言われても、「言われたつもりがないまま」なんだよ。言われたときだけ、親父のように怒って怒って、それでおしまい。あとは、自分が好きなように、好きな音のでかさで鳴らしているのに「つもりがない」状態になってしまう。これは、親父もおなじだ。親父か夢中になって迷惑行為をやっているときの状態とおなじだ。全部おなじなんだよ。兄貴がやったことは……。兄貴がやったことは親父がやったこととおなじ。態度や感覚認識がおなじ。全部おなじ。気違い兄貴だって、ハンダゴテのことであれだけ腹を立てていたのに、ヘビメタノやり方が、ハンダゴテのやり方とおなじなんだよ。ちょーーど、本当におなじ状態。気違い的な迷惑行為をむちゅーになってやっているときの態度と感覚認知が、おなじ。親父と兄貴でまったくおなじ。


このままだと、ぼくがまるまるぬ。
こんな人生でいいはずがない。
ここでひとりで暮らしていると「うっ」っていう瞬間があるんだよね。
俺だけがやられた。

俺だけが、毎日毎日、人知れずやられた。
俺だけが、毎日毎日、他の人がわからないようなことをやられた。
他の人は、「うるさかったんだな」というのはわかるけど、どれだけうるさかったのかわからない。
時間数だって、聞けば、「そういう長い時間やられたんだな」ということはわかるけど、実際に経験してないからそれが、どういう影響をおよぼすのかまったくわかってない。だから、過去のことは過去のことだ」などと言う。けど、違うんだよ。こうやって俺が、こだわっているように見えるのは、やはりおかしい。他の人間からすれば、俺がこだわりたくてこだわっているように見える。これがおかしい。やられてないからわかってないだけなのに……。やられてないから影響の深さと時系列的なゆがみの大きさがわかってないだけなのに。

   *   *   *

まあ、三〇代の孤独とは違うな。いつかくると思っていたけど、ついにきたか。

どうにかするべきなんだが……。本当につまらない人生になってしまったな。

   *   *   *

うちのトイレがさ……。玄関の真ん前にあるんだよ。こういう構造。これでどれだけ不都合な思いをしたか……。膀胱がいたんだ……。(親父が勝手にガス会社をかえていたんだけど、いろいろあっていろいろだ……予想もできない訪問者が突然あらわれる)(話しが長くなるなら、最初にそう言え……。)

なんか残尿感がある。……むかし貸していた名残なんだよね。下の部屋と上の部屋ふたつを貸していた。二階にかんしては、まあ、ひとつを六畳+三畳と考える。しかし、そういうアパートみたいなつくりだから、気違い兄貴が気にせずに鳴らし続けたというのもあるんだよな。親父なんて、しらんぷりだよ。注意をしなったのに、「注意をしなかった」というと「注意をした注意をした」と言う。で、怒って言うわけだからな。おなじなんだよ。全部が。親父が兄貴を注意したのは、二回だけなんだよ。もう、これ書いたからいいや。

ヘビメタ騒音「で」しあわせなんてないよ。かけらもないよ。ずっとくるしみの毎日だ。不安の毎日だ。そして、やられなかったやつから、「自己責任」だとか、「くるしいと思うからくるしいんだ」「くるしいと言うからくるしくなる」というようことを言われる立場におちいる。これがどれだけのことかわかるか? 気違い兄貴。おまえが、気違い的な意地で、親父みたいな意地で、親父みたいな感覚で、ずっと、ヘビメタを「気が済むまで」鳴らし続けたから、(こっちが)こうなっているんだぞ。これも、「人のせいにするな」「すべては自分の責任だ」とか、頭がおかしいやつがいうわけだけど、そういうやつらは、自分の意見がちょっと批判されただけで、怒っていかさま妨害行為をするようなやつらだ。「すべてが自分の責任」なら怒る必要なんてないし、スパム行為をする必要もない。ちゃんと、議論のルールに則った批判なのだから、ちゃんと、批判しかえすならしかえすで、議論のルールにのっとって批判しかえせばいい。それを、怒ってスパム行為だろ。ぜんぜん「自分の責任」だと考えてないじゃないか。「すべては自分の責任」なら俺に批判されたことも、自分の責任なんだよ。

生活保護で老人ホーム(介護付き)に入っている人がいるけど、ある意味最強


眠るつもりで寝床に入ったんだけど、腹がへって起きてきた。これはやばい。いま、冷凍シュウマイを解凍して食べたところだ。今後のことを考えるとわりと、つらい気持ちになる。八〇歳の時、俺はいくら持っているのだろう。

生活保護で老人ホーム(介護付き)に入っている人がいるけど、ある意味最強だな。医療費は上限知らずだし、老人だからもう、就業指導はないだろう。これは貧乏人にとっては最強の状態だ。しかし、俺が八〇歳になったときいまのような生活保護(制度)が成り立っているかどうかわからない。まあ、生活保護は受けたくはないけど、八〇歳になっときいくら持っているのかわからないからな。それにしても、あの子とつきあっておけばよかったとか、いまごろ考えたって……。あのとき、ヘビメタ騒音が鳴ってなかったら、本当にすべてが違っていたんだけどな。

ヘビメタ騒音なしでやりなおしたい。



ヘビメタ騒音で内面がボロボロでどうしてもつきあえなかった。もうその当時で八年間ヘビメタが毎日続いていた状態だからなぁ~~。

俺がまるまるまる。

もう、俺がまるまるまる。

俺は、緊急連絡先がないし、保証人もいないので、老人ホームも入院もむりだ。




さみしいなぁ。ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音。ヘビメタ騒音がなければ……。ヘビメタ騒音がなければ……。ヘビメタ騒音がなければ……。こんなことになってない。

毎日、午後一一時一一分ぐらいまでやられて、本当にまるまるしたいほど、くるしかった。毎日がそれだ。本当にくるしかった。なんの希望もない。気違いヘビメタが鳴りやむことが必要だった。まっさきに。



2019年2月18日月曜日

これが、パソコンだっていろいろとあってできなかったんだよ


まあ、それでも本当に、「むかしの方がましだった」と思うことがある。パソコンをいじっていて楽しいという感じはむかしの方があった。そのむかしの「楽しさ」だって、ヘビメタ騒音でよごれた楽しさだ。半分ぐらい、やる気がなくなった楽しさだ。本当にちゃんと、ヘビメタ騒音なしですごして、それで、自分が興味を持ったことをやっている場合とは違う。ぜんぜん違う。半分ぐらいと書いたけど、それは、やられたあとの半分で、もともとの半分じゃない。もともとは、一〇〇倍ぐらい楽しかった……はずだ。これが、パソコンだっていろいろとあってできなかったんだよ。どれだけ俺の足を引っぱっているか? ヘビメタ騒音なしで、気違い兄貴が静かにしていたら、対ヘビメタ騒音のためのステレオを買う必要がなく、その金をパソコンにまわすことができたんだ。そうすれば、かなり早い時期から、かなり早い時代からプログラマーとして働けた。ヘビメタ騒音のなかで手に入らないパソコンのことを考えすぎた。

2019年2月17日日曜日

だれだってあれだけやられればこうなるんだよ


いくつかの作業を完了した。
が、しかし、まだまだ続くのだ。
ど根性ガエルと金八先生を借りたので、見るつもりだ。
しかし、時間がたつのが早い。
あとは、なんていうのかな? ヘビメタ騒音でボロボロだ。これを書くと本当に人がいなくなるんだけど、しかたがない。

また、レスタミンを飲んで寝よう。
やっぱり、時間がずれている。たとえば、四〇時間ぐらい眠れずに起きたあと、時間のズレがとまればよいのだけど、そうではないんだよな。もとのリズムが強い。もとのリズムが一時間一〇分ずつずれるリズムだからこまる。これも、ヘビメタ騒音でそうなったのに、他の人はわかってくれない。だれだってあれだけやられればこうなるんだよ。

2019年2月16日土曜日

言って静かになるなら、苦労してない


やっぱり、きびしいな。これから先どうするか?
これ、本当に……。本当にヘビメタ騒音で人生がない。ヘビメタ騒音という特殊事情があんまり理解されないんだよな。くるしい。俺が深刻な睡眠障害とポストトラウマティックストレスディスオーダー(心的外傷後ストレス障害)でくるしんでいるというのは、あんまり理解されない。「そんなの、言えば静かにしてくれるのだから、言えばいいだろ」みたいな反応をするやつもいっぱいいる。言って静かになるなら、苦労してない。睡眠障害にも心的外傷後ストレス障害にもなってない。気違い兄貴の性格について言っても「俺なら静かにさせることができた」とそういう人は思うわけで、静かにさせることができなかったエイリさんが悪いということになる。自己責任!自己責任!!

もう、いいよ。もう、いい。こいつら本当に、気違い兄貴のことがわかってない。気違い兄貴を静かにできるなら、すべての総合失調症患者の妄想を修正することができるので、そいつが医者になって全国をまわればいい。気違い兄貴はそういうレベルだ。何度も言うけど、兄貴は無意識に問題があるタイプだと思う。けど、妄想的な現実認知がある。あんだけでかい音で鳴らしているのに「こんなのたいした音じゃない。フォークギターや三味線とおなじレベルの音だ」と思っているのだから、妄想的な現実認知だ。

   *   *   *

つまんない。いま、午後一一時四七分。気違いヘビメタが終わって約三六分か。三六分じゃどうにもならない。頭が、モヤモヤしている状態だ。この状態が、人生の中でずっと続くとは……。あーー。

本当につまんない。どうしても、ヘビメタ騒音なしで人生をやりなおしたい。他の人にとってはヘビメタ騒音なんてどうでもいいことであるわけだからな。だから、そういう感覚で、「むかしのことは忘れましょう」などと、けっこう、くだらないことを言う。これがどれだけ俺の身になって考えてない発言か、わからないのかね?

もう、いいよ。こんなやつら。


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意地の張り合いになったら、どうなる?

正直言って、いろいろと限界なんだよ。これもう、ずっと、ヘビメタ騒音が鳴り始めたときから、限界だった。くるしかった。もう、俺の人生は、ヘビメタ騒音だけでおしまいだ。どれだけ、ヘビメタ騒音が鳴っている中でがんばってもだめだった。どれだけ、ヘビメタ騒音を一五年間浴びたあとがんばってもだめだった。陸続きでずっとくるしい。リクツヅキ。リクツヅキ。
夜になると、ヘビメタ騒音で眠れなかったときの状態が復活してしまう。もっとも、それは、昼型のときだ。もう、四〇時間以上起きているときが頻繁にあって、睡眠相はめちゃくちゃ。ある一定の時間に起きなければならないということになると、もう、眠れなくなる。ずっと眠れないまま朝になってしまう。そして、「行かなければならない」から、行くけど……もう、ふらふらで頭が働かない。そういうときに、わりとめんどうなことを訊かれたりする。あーめんどう。俺が空想したことが現実になってない。そもそも、ヘビメタがなければ普通に楽しめたことだ。空想しなくても、現実世界のなかで現実化できたことだ。そういう「ゆめ」だ。あー、それなのに……。この、現実のみじめな状態はなんだ? 姿と書きたかったけど、それだと、やばい気持ちになるので、状態と書いたけど、姿だ。この、現実のみじめな姿はなんだ?

これも俺の選択だというのか? ヘビメタ騒音は、俺の選択じゃない。ヘビメタ騒音は気違いが気違い的な意地でやったことだ。殺さなければ、とめることができない。だいたい、気違い的な意地でやっているほうは、たいしたことをやっているつもりがないのだから。そして、「やめろ」という意味のことを言われると真っ赤になって怒ってやるわけだから……。これ、親父とおなじなんだよ。どれだけ困るか。本人は、シランプリ。やってないつもり。ちょっとでもゆずってやったら、全部ゆずってやったと恩着せがましい態度でやりきる。「やったってやってない」のである。「ちょっとでもゆずってやったら」と書いたけど、本当はまったくゆずってない。けど、気違い感覚だと、ゆずってやったということになる。
まあ、こう書くと、「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを言う人が出てくる。で、気違いヘビメタを、気違い兄貴が、気違い的な態度で鳴らさなければ……あしかけ一五年間も毎日毎日……午後一一時一一分ぐらいまで鳴らさなければ……そんなことにはなってないのである。つまり、もし鳴ってなかったら……気違い兄貴が気違い兄貴ではなく、こだわりの音でこだわりつくして鳴らさなかったら……毎日、鳴らす時間はヘッドホンをしてくれたら……「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを、言われなくてすんだ。「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを言う人は、けっきょく、正常な家族に囲まれて生きてきた人なのである。異常な家族に囲まれて生きてきた人は、絶対にそんなことは言わない。絶対に、他人に対してそんなことはいわない。要するに、正常な家族に囲まれて生きてきた「あまちゃん」だから、そういうキレイゴトを他の人に押しつけることができるわけ。実際の気違い家の状態なんてわかるわけがない。どんな意地でやっているかわかるはずがない。一分でも静かにさせようとしたら……本当に静かにさせようとしたら……殺さなければならない。殺す以外ない……そういう意地で鳴らしている。これがわからない。常識的な人にはわからない。気違い的な家族に囲まれて生きてきた人じゃないとわからない。どんだけの意地が投入されているか? 殺人相当の意地が投入されているんだよ。気違い兄貴は、殺人相当の意地ででヘビメタを鳴らしてきたんだよ。殺されなければ絶対にやめないという意地でやってきたんだよ。意地の張り合いになったら、どうなる? 気違いが、全身全霊の意地をこめてやっていたらどうなる? 殺さなきゃやめさせることができない……。これがあたりまえ。これが、気違い家の常識。あたりまえのこと。こんなの、わかるわけがないだろ。普通の人に囲まれて生きてきたやつがわかるわけがないだろ。そいつらは本当は守られている。本当は守られている。それがわかってないだけ。


2019年2月15日金曜日

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けど、そうじゃないんだ!! 


自分の用と他の人関係の用がある。
あーあ。つかれたなぁ。ヘビメタ騒音のことをどれだけ言っても他の人にはあんまりつたわらないしなぁ。いまだに、ひどい睡眠障害があって、日時を決められると、手短に言って眠れなくなるから、しんどい。起きたまま、動かなければならなくなる。前の日から眠れずに起きたまま、次の日の行動をしなければならなくなる。当然、そうなると不注意ミスなどが多発する恐れがある。眠れないまま次の日の行動をしているわけで、きつい。全体的にきつい。不注意ミスが発生すると、それの尻ぬぐいを、やっぱり、寝てないからだでやらなければならなくなるし、あたかも、全体的な能力がだめな人であるように思われるわけだ。あるいは、注意欠陥系の発達障害者だと思われるわけだ。俺は、睡眠関係で、表面上そう見えるだけで、睡眠がうまくいっていれば、ミスはしない。で、どうして、眠れないからだになったかというと、ヘビメタ騒音なのだ。あれの数千日の繰り返しでそうなった。だれでも、そうなる。つねに!!!ピンチなんだから。数千日、連続してピンチなんだから。数千日、連続して、日時を決められているわけだけど、ヘビメタ騒音で、日時を決められると、行動ができないという問題がある。要するに、ヘビメタ騒音で、眠れない状態のまま朝になるというようなことが続くと、緊張状態が発生するのである。その緊張状態というのは、「眠れないのではないか」とか「眠れないまま行って、失敗してしまうのではないか」というような不安がもたらす緊張状態だ。ヘビメタ騒音がなければ、決まった時間に毎日学校に行くということは、たいしてたいへんなことではない。そりゃ、眠たい朝もあるけれど、その「にちじょうせいかつじょう」の眠たい朝と、ヘビメタ騒音に数千日たたられて、すでに、負債がつもっているときの眠れない朝は、違う!! 質がまったくちがうんだよ。程度がまったく違うんだよ。けど、数千日、ヘビメタ騒音に午後一一時一一分まで「たたられてない」人はその違いがわからない。自分の!普通の「にちじょうせいかつじょう」の眠たい朝とヘビメタ騒音がつもった場合の眠れない朝がおなじものだと思ってしまう。同じような程度のものだと思ってしまう。けど、違う。違うけど、ヘビメタ騒音が数千日つもってない人は、基本的には、絶対にそれがわからない。経験しないとわからないことだから……自分のからだの感じとしてわからないことだから……経験してない以上、わからない。想像したって、わからない「眠たい朝」なのだ。前の日緊張状態ですごしたため、一睡もできないような次の日の朝なのだ。これは、本当に意見した人じゃないとわからない。ヘビメタ騒音の影響がおさまるのは、だいたい午前四時ぐらいなので、午前四時ぐらいに眠れなかったら、そのまま次の日も眠れずに学校に行ったわけだし、眠れた場合でも、ヘビメタ騒音がはじまる前のようには、眠ってないんだよ。これが、わからない。騒音が午後一一時一一分〇秒に鳴り終われば、午後一一時一一分一秒には鳴ってないわけで、騒音が鳴ってないのに、眠れないというのはおかしい……と考えるやつがいる。けど、そうじゃないんだ!! 

2019年2月13日水曜日

そして、精神もからだもこわれた。


やっぱり、ヘビメタ騒音で人生がない。どうしてもくるしい。どうしても……。どうして、くるしい。どうしてもヘビメタ騒音でくるしい。いま、午後五時一七分。気違いヘビメタが鳴っていた時間だ。どれだけ言っても、やめてくれなかった。どれだけ言ってもヘッドホンをしてくれなかった。一秒ずつ、ずっと、ヘビメタ騒音で時間を取られる。一ピコ秒ずつ、ずっとずっと、連続的に継続的に時間を取られる。どうしても、とられる。鳴らされていて、自由だということはない。鳴らされていて、鳴らされていないようにすごすということはできない。鳴らされていながらも、鳴らされていないような気持ちでいろいろなことをやっても、騒音に追い立てられている状態で、くるしい。

なんて言うのかな? ヘビメタ騒音連続しているんだよね。ピークとピークのあいだに、数十、数百のピークがあるという感じで、普通の状態ではいれない。ヘビメタ騒音が鳴っている中で、美術の宿題をやったことがあるけど、くるしかったな。彫刻刀を動かすあいだに、数千のヘビメタ騒音の邪魔が入る。数千のピークの音を持つヘビメタ騒音の邪魔が入る。その邪魔が、本当に邪魔で、腹が立って腹が立ってしかたがない。で、腹が立つというのも、ピークがいくつもいくつもつながっているような状態で腹が立っているわけで、くるしい。

だれに言ってもわからないけど、あの空間のなかでヘビメタ騒音を無視するということはできなかった。おれは、ヘビメタを浴び続けた。そして、精神もからだもこわれた。

いまでも、くるしい。

2019年2月12日火曜日

「ならない」って何回こたえたと思っているんだよ?

前略
この気分はなんだ? ヘビメタ騒音で人生がない。本当にヘビメタ騒音で人生がない。いまさら謝罪されても、ヘビメタ騒音で人生がない。
本当に、自分が通っていた小学校の前やうしろの道を通ると、死にたい気分に駆られるなぁ。それから、俺は、たとえ、二日後でも、時間を指定されたら、だめだ。この気分! これ、また眠れなくなっちゃうよ。で、眠れないまま、行くのか? ヘビメタ騒音期間中に受けにいった入試のように。入学試験のように。いまでも、入学試験場の看板を見ると、胸がきゅんとなる。悪い意味できゅんとなる。きゅーーーっとなる。くるしくなる。ヘビメタ騒音にたたられながら入学試験を受けていた、自分の姿が思い浮かぶ。その時の気分がそのまま復活してしまう。「ヘビメタ騒音?なにそれ?」と言うような人たちには絶対にわからない気分だ。わからないほうがいいと思うけど。ともかく、俺は自分がサボってこうなったわけじゃない。ヘビメタ騒音のなかで最大限の努力をした。しかし、「ヘビメタ騒音?なにそれ?」と言うような人たちは、俺がサボってこうなったと思うのだ。……すべてがすべて、こういう人生だった。もちろん、「すべてがすべて」というのは、正確にはイ・ラショナルシンキングの産物だ。しかし、「すべてがすべて」と言ってしまいたくなるほど、いろいろなことが発生したのである。ヘビメタ騒音に毎日、午後一一時一一分頃までずっとたたられている生活のなかで、いろいろなことが発生した。そして、一五年間たって、それが終わったあとも、ぼくの人生は、ヘビメタ騒音でまるくずれなのである。すべての時間、辛抱なのである。すべての時間、無理をしているのである。本当はもう、ヘビメタ騒音で崩壊しそうな気持ちかを抱えて、表面的には目の前の問題を解決しようとしてきたのである。本当は破裂しそうな気持ちを抱えながら、表面的にはなんでもないようなふりをして、がんばってきたのである。その結果が、長年の無職(当時)なのである。人に誇れない経歴なのである。(いまも普通の仕事はできない。普通の人間付き合いができない)(睡眠障害とPTSDのため)はっきり言えば、だれといても、ヘビメタ騒音のことで憂鬱で憂鬱で()気分だ。表面上取り繕ってあわせているだけだ。中身は、だれといてもヘビメタ騒音でズタボロ。)

すべてがくるしい。どれだけがんばってもヘビメタでダメだった。本当に一日の気分全体に影響を及ぼす、悪い騒音で、つねにくたくただった。死にそうだった。つねに、こころが破けた状態なのである。恋愛もクソもない。友情だって壊れてしまった。これ、そんなのは(ヘビメタ騒音とは関係がない)と思う人がいるかもしれないけど、やられればわかる。事実そうなのである。そうならざるを得ないのである。どれだけもがいても、どれだけがんばっても、そうならざるを得ない。これが、ぼくと同じような経験をした人じゃないとわからない。ぼくと同じような経験をした人は……兄貴の(ヘビメタ騒音にかける)異常さから言って……この世にひとりだけだから……ぼくの言っていることが本当にわかる人がいないということになる。(ぼく以外にいないということになる)。
事情をよく知っている友達にすら「どうにかならない?」って言われるんだからな。「ならない」って何回こたえたと思っているんだよ? 何回?? 何回?? 何年間も毎日、何回こたえたと思っているんだよ? 「ならない」って言っているだろ。

後略

2019年2月11日月曜日

常識人は勘違いをして、間違った前提に立って間違ったことを言うことになる

つかれた。ヘビメタでつかれた。どうして俺だけこんなハンディがあるんだ。こんなにもバカらしく、こんなにも大きなハンディがあるんだ?

他の人は、俺の話を聴いても「それほど大きなハンディ」には思えないだろう。けど、本当にずっとやられてみろ。一日に六時間四五分やられて見ろ。一日に六時間四五分でも、ものすごいことだ。

これ、本当に、他の時間まで、どうすることもできない影響を受ける。毒をうたれて、気にしないようにすると毒の効果がないとか、そういうレベルの話しだ。気にしないようにすればいいというのは、そういうレベルの話しだ。

けど、そういうレベルの話をしているとは、思わないだろ。

そういう意見・感想を言う人は、毒と騒音は違うのだから、毒のように影響を受ける必要はないと考えているわけだろ。

けど、違うんだよ。毒のように影響を受ける。それは、毎日毎日、積み重なるから、毒としての効果が発揮されてしまうのである。

この毒は、他の人には言いがたい毒だ。他の人はこの毒がどういう毒なのか、けいけんてきにわかってないから、実は!勝手なことを言う。ものすごく少なく見積もる。ものすごく少なく、毒の効果を見積もる。

そして、俺をバカにする。

さらに、気違いヘビメタを鳴らしている張本人の特性!……人格!性格!無意識!!がわからないから、俺がヘンな人にみえるのである。

これは、兄貴が使えないハンダゴテを持っていたときとおなじだ。使えないハンダゴテだということは、兄貴はわかっていた。

けど、気違い親父がわからなかった。で、これは、兄貴の説明のよしあしとは関係がないのである。この説明するの「ほう」の説明のしかたとは関係がなく、最初から「理解しない」ことに決まっているのである。

で、兄貴もそういうところがあった。親父とおなじように、ヘビメタに関しては、一切合切最初から理解しないのである。どれだけデカイ音で鳴らしても、デカイ音で鳴らしているということを理解しない。どれだけ俺が困ると言っても、俺が困るということを、絶対の意地で理解しない。

理解しないのであれば、「やったってやってない」ということが成り立ってしまう。これだって、ここを長く読んでいる人はわかるけど、普通の人が俺の話を一回だけ聴いて理解できることではない。常識的なバイアスがかかっている人には理解できない。

「そんなのは、言えばいいのにいわないからだめなんだ」「俺だったらちゃんと説明できる(ちゃんと説明してくれればやめてくれるはずだ)」「エイリさんがちゃんと説明しなかったから、お兄さんがわからなかったんだ」と思ってしまう。ぜんぜん違うのにね。バカだね。けど、そういうバカな人が、一般的な人で、常識的な人なのだ。だから!困る。

俺がヘビメタ騒音にこだわっているように思えるかもしれないけど、あしかけ一五年間、新距離で毎日、午後一一時までヘビメタが鳴っている状態を経験すれば、かならずしも、俺がこだわっているわけではないということがわかる。

はっきり言えば、俺とおなじことをされれば、常識的な人だって、ヘビメタ騒音(という出来事)にこだわるようになる。ヘビメタ騒音という過去の出来事に、こだわるようになる。

その場合、こだわりたくてこだわっているというわけではないのである。

むしろ、気違い兄貴がヘビメタにこだわってこだわってこだわってこだわって、自分が思ったとおりのデカイ音で鳴らすということにこだわってこだわってこだわって、鳴らした。こだわっているのは……あるいは、こだわっていたのは気違い兄貴の方なのである。

で、そのこだわり方が、常識人にはわからない。だから、常識人は勘違いをして、間違った前提に立って間違ったことを言うことになる。それは、ぼくに関する間違ったこと、あるいは、間違った思いこみなのであるから、ぼくとは無関係ということではない。

これも、「気にしなければいい」ということになるのだけど、「気にしなければいい」ですむことかね? すまないんじゃないかな。どうしてこういうことがわからないんだ?? 自分の身の上にしょうじたらということを考えることができないし、自分の身の上にしょうじたらということを考えても、「自分がいえば兄貴はしずかにしてくれるはずだ」というようなあまい前提に立ってものごとを考えてしまうのである。おまえが言ったって、静かにしてくれないよ。おまえが「家」の人間ならな。おまえが「うち」の人間で、気違い兄貴の「兄弟」ならな。

ぼくはヘビメタ騒音の日々を繰り返している。どこに行っても、気違いヘビメタ騒音の雰囲気がする。

2019年2月10日日曜日

うーーわーー、この雰囲気

まじひくわーー



うーーわーー、この雰囲気

うーーわーーー。



今日も雑用をこなした。

あーーあ。けど、気分が重い。

本当にひとり暮らしをしている四〇代、五〇代、六〇代、七〇代の独身男性ってどういう気持ちで乗りきっているんだろう。まあ、俺はヘビメタ騒音でいろいろあって他人と切れているから、特別なんだろうけど。



生きていて、不安にならないのかね?

「だから、全部ではない」「だから、イ・ラショナルだ」


しかし、今日、一日どうするか?
まず、ツメを切った。


なんだかんだ言って俺の人生がない。
やっぱり、これはきつい。どうして、一一歳の時、ヘビメタ騒音がはじまってしまったんだ。ヘビメタ騒音がはじまって依頼、ずっとくるしい。どうして、くるしい。どれだけ、かまわないように暮らしていても、どれだけかまわないように見せていても、やっぱりつらい。どうしてもつらい。全部がつらい。はいはい。「全部」というのは、イ・ラショナルシンキングですね。けど、長年やられまくってつもりまくると「全部」と言っていいほど「全部が全部」くるしくなる。どうして、そういうことを無視するんだ。じゃあ、「全部」とは言わずに「全部と行っていいほど」くるしくなると言おう。どんだけのことがわかるんだよ? 実際に一一歳から俺とおなじぶんだけヘビメタ騒音を経験してない人にどれだけのことがわかるんだよ? その人が無視している部分の方が大きい。「そんなんじゃない」のである。ひとことで言えば「そんなんじゃない」のである。「全部」ではないからイ・ラショナルシンキングだという言い方ははっきり言って、頭にくる。たとえば、一五年間毎日、気違いヘビメタ騒音を聞かされたとする。けど、実際には、一五年間のうち一日だけ、ヘビメタ騒音を聞かされなかった日があるとする。「だから、全部ではない」「だから、イ・ラショナルだ」というのは、肝心なことを否定している。それなら、一五年マイナス一日、毎日ヘビメタ騒音やられたと言い直すけど、言い直したとしても、言っていることはかわらない。ぼくが言いたいことはかわらない。全部ではないにしろ、ぼくが言いたいことは、かわらないのである。「全部ではない」ということをぼくが認めた場合、それで、ぼくの気持ちが少しでも楽になるかというとそうではないのである。「全部ではない」ということが正しいにしろ!「全部ではないのだから、(こっちが)言っていることは一切合切信憑性がない」とか、「全部ではないのだから、(こっちが)言っていることはたいして意味がない」とか「全部ではないのだから、(こっちが)間違った前提に立った間違った結論を述べている」とは言えないのである。言っていることがわかるかな? むしろ、全部ではないという前提を壊しただけで、相手が言っていることを無視するとか、相手が言っていることが(相手にとって)意味がないことだというふうにとらえてしまうということのほうが、問題がある……と言えば……ある。

これ、本当やられた人じゃないとわからない。どれだけつもるか。どれだけ、ズタボロ状態を強制されるか、どれだけ、他の人からバカにされるか。どれだけ、他の人からわかったようなことを言われるか……。つまり、どれだけ他の人から、わかったような説教されなければならなくなるか? ヘビメタ騒音がなければ、こんーーなことは、(ひとに)言われないですんだというのが、たくさんある。で、そういうことの一つ一つの経験は、「できない状態」であれば、マイナスの経験でしかないのである。プラスになったりしない。プラスの経験になったりしない。けど、それも、気違い的なキレイゴトにこだわるなら「プラスの経験にできないのはその人の問題だ」ということになってしまうのである。「その人の問題」というのを、「その人の受けとめ方の問題」とか「受けとめ方の問題」と言い換えれば、認知療法になじみのある人はわかるだろう。否定するかもしれないけど、これがどれだけ、現実を無視したキレイゴトの上に成り立っているのかわからないのか? そういうことだから、認知がゆがんでないにもかかわらず、くるしんでいる人をくるしめるんだよ。たとえば、ただちょっとおされただけなのに、強くなぐられたと思ってしまう人にはたしかに認知のゆがみがある。しかし、強くなぐられた人が強くなぐられたと認知した場合、そこには認知のゆがみはない……と考えるべきなのである。強くなぐられた人が、受けとめ方の問題で、なぐられたって痛くないとか、強くなぐられたように感じたけど、実はたいして強くなぐられてないと(あとから認知をむりやりかえるなら)それは、そっちのほうが問題なのである。わかるかな? それは、それで現実を受け入れてないということになってしまうのである。
強くなぐられたのに「弱くななぐられただけだ」と思い込むのは、やはり、思いこみが終了した時点で、認知がゆがんでいると言えるのである。逆に!認知がゆがんでしまう。キレイゴトよりの認知修正(のこころみ)は、現実を正しく認知している人の気持ちを傷つつける。認知療法の影響を受けた人は他人にも、キレイゴトよりの認知修正をおしつけてくる。しかし、本当にわりと正確に現実を認知している場合がある。ようするに、現実とその人の現実認知にそれほど開きがない場合がある。そういう場合は、認知療法的な説得というのは、意味がないと言うよりも、その人を傷つける。その人というのは、説得される方の人だ。

現実を正しく認知しているのかどうかということを考えるには、主観と客観の問題を考えなければならなくなる。それに関しては、いままでずっと、このサイトで書いてきた。

2019年2月8日金曜日

根本のところでこわれちゃったんだな。

やっぱり、暗い。ヘビメタ騒音で人生がない。うまいものを食っても、空虚なだけだ。あらゆるものを楽しめない。どうしても、鬱だ。俺の方がまるまるしちゃうよ。俺の方が。

本当にあれ以降、どれだけがんばっても、どれだけあがいても、ボロボロに暗いんだよ。ボロボロに暗い気持ちをおさえて、明るく振る舞っていた中高時代……。もう、あのときにこころがこわれた。根本のところでこわれちゃったんだな。

いかさま言霊主義、いかさま認知療法じゃどうにもならない。違うから……。根本が違うんだよ……根本が。だいたい、言霊主義的な助言をする人や、認知療法的な助言をする人は、ヘビメタ騒音毎日ずっと経験してない。毎日って言ったら毎日なんだよ。土日は休みとかそういうことはない。土日に増えてしまう。これがきつい。今朝も書いたんだけどさ。公開してないけど……。

ともかく、きついなぁ。これ、どこからどうはじめてよいのかわからない。本当にヘビメタ騒音「で」人間関係が切れた。これ、本当にヘビメタ騒音「で」なんだよね。これの意味がわからない。他の人はこれの意味が根本のところでわからない。俺が言っているだけに聞こえるのだろう。だいたい、他人事は他人事だから。そりゃ、俺だって他の人の根深い問題、根深い障害にいつも理解を示すとは限らない。

それにしても、自然に病気になった……のではなくて、ヘビメタ騒音が原因で病気になったのである。広い意味で病気ね。睡眠障害や心的外傷後ストレス障害、鬱病を含む。鬱病は狭い意味では「病気」じゃない。あれは、気分障害だ。

認知療法は、特に危機介入の必要性がない内因性の鬱病患者にだけ効果的な療法


俺はどうしたらいいんだ? 「あーー、もうつかれた」と深くため息をつくのでした。「あーー、もうつかれた」と深くため息をつくのでした。

限界なんだよな。限界。けど、どうしていいかわからない。

どうしても、ヘビメタ騒音でくるしい。

この雰囲気はなんだ? この雰囲気!

気違い兄貴は、あんなことをやって、普通に結婚して生きているんだからな。こんなのあるか?

まあ、兄貴の嫁さんが普通の人で助かっているわけだけど……。あれで、兄貴の嫁さんが気違いだったら、困るぞ。

あーあ。けど、わかってないところがあるなぁ。あの人も。

ともかく、つかれたな。

不安なんだよなぁ。

こんな人生はない。

不安だ。ヘビメタ騒音で不安だ。

今後のことが、まったくわからない。

このまま、俺もここで歳をとって死ぬのか?

しかも、ヘビメタ騒音以降まったく楽しいことがないまま、楽しい気持ちになれないまま死ぬのか? どうしても、ヘビメタ騒音以降、楽しめない。どーしても、楽しめない。認知療法やスピリチュアリズムは本当に、きれいごと。そーーんなことじゃないから、困っているんだろ。そうじゃないから、困っている。どうも認知療法が対象にしているのは、内因性の鬱病患者だけであるように感じる。けど、認知療法家が書いた一般啓蒙書が、「すべてにおいてそうだ」ということを他の人に吹き込んでいるような気がする。認知療法は、特に危機介入の必要性がない内因性の鬱病患者にだけ効果的な療法だと思う。実際、双極性感情障害である(いわゆる)躁鬱病には、効かない。へんなふうに影響を与えてしまう。ともかく、認知療法家が言うようなことを真実だと思って、すべての患者やすべての出来事に適応してしまう人が増えるのは、迷惑だ! 迷惑だ。認知療法家のカウンセリングを受けたもと鬱病患者が、「これは、すべての現象に応用できるすごい考え方だ」とか「認知療法的な考え方は、すべてにおいて正しい」と思って、他の鬱病患者にへんな説教をはじめると迷惑なんだよ。その人にとってはよかったことなのだろうけど、他の人は違う理由で鬱病になったり悩んでいたりするのだから、違う。けど、これが、もと鬱病患者だけの責任かというとそうじゃないんだよな。もと鬱病患者は認知療法家の理論を「誤解」しているわけではないのだから。ここらへん、きついよな。



ともかく、俺の場合、ヘビメタ騒音が長すぎる。ヘビメタ騒音期間が長すぎる。ヘビメタ騒音が毎日一週間だけ続いたことであるならば、俺だってこんなに影響を受けてない。一ヶ月でも、三ヶ月でも、影響を受けてない。そういう場合は、認知療法のようなプラグマティズみたいなポジティブな考え方がよい影響を与えるのかもしれない。しかし、一一歳から二五歳までの一五年間は長すぎる。影響を与えないわけ、ないだろ。こういう期間の長さを無視して(人体に影響を与える期間の長さを無視して)……全部一緒だと考えてしまうのが、認知療法のようなプラグマティズみたいなポジティブな考え方だ。





ちなみに

プラグマティズみたいなポジティブな考え方は、自分は負け犬になるのは絶対にいやだというものすごい気持ちがあるんだよ。これが、強迫神経症的な不安をもたらす絶対の感覚で、どんなことをしても負け犬になってはいけないという強迫的な観念にとりつかれている。「どんなきたない手を使っても、勝たなければしかたがない。社会的な弱者が言っていることは、すべて負け犬の当吠えだ。自分は絶対にそんなものになってはいけない(勝ち続けなければならない)」という価値感が彼らには成り立っている。どんなきたない手を使っても……というのは、普段はオブラートにくるまれて直接言及されることはないけど、戦いになったら、普通にそうするのが彼らだ。(もちろん、どんなきたない手を使っても勝てればいいいということは言わないけど……。こころのなかは、既にそうなっているんだよ。だから、そうする。そういう価値観に基づいて実際に行動をする。

やる気の問題というのがあって、やる気がないんだよ


つかれた。午後八時ぐらいから眠ったのはたしか。さっき起きた。午前一時ぐらいか。五時間ぐらい眠ったのか。けど、たりないなぁ。なんか喉がかわいて起きた。つかれた。
やる気の問題というのがあって、やる気がないんだよ。
これからまた、横になる。
だるいのがとれればいいけど……。だるい。
不安な気持ちで横になるというのはまずい。
まずいのだが……。もう、ちょっと限界。
だれもわかってくれないなぁ。

2019年2月7日木曜日

やっぱり、つかれた。


あー、本当につかれた。からだが重い。
ちょっと横になるわぁ~~あああ。
本当につかれた。

俺、つかれた。
やっぱり、つかれた。あのあと、肉を焼いて食べたり、トマトを切って食べたりした。まあ、いつもよりバランスがとれた食事だと思う。
けど、つかれた。それから、これからの見通しが……。どうしても、暗い気分なんだよ。ヘビメタ騒音以降、ずっと暗い気分だ。この不安はない。本当に鳴ってるあいだも、鳴り終わったあともくるしかった。午後一一時一一分までドカスカ鳴っていたあと、眠れずに朝になって、動いているのがつらかった。眠れずに朝になって、しかたがなく、入学試験会場にモヤモヤした頭で向かったのが、昨日のようだ。「なんとか高校試験会場」「なんとか大学試験会場」みたいな看板を見ると、やばい。

どうしてもつらいんだよな。本当に浦島太郎。まだ、静かなとき「鳴るんじゃないか」という不安がパッと浮かぶ。とてもくるしい。生きていること自体が地獄。騒音のおり。夜コンビニに向かって歩いているとき、ぼくがどういう気分で歩いていると思っているんだ? 気違い兄貴!! おまえの騒音にやられて死にそうな気分で歩いているんだよ。不安がいっぱい。これからの人生について不安がいっぱい。不安の根元が気違い兄貴のヘビメタ騒音なんだよ。ヘビメタ騒音の連続なんだよ。毎日、どれだけ言っても、へんな顔をしてエレキギターを弾き続ける気違い兄貴……あんなやつにやられて、まったくうまくいかない……うまくいかない生活。将来のことが気になる……。日常の失敗が積み重なる。どれだけ言っても、気違い親父のように鬼になって、鳴らしてたな。あれ、ゆずっているつもりだったの? たいしてデカイ音で慣らしているつもりがなかったの? そういうことだから、困るんだろ!! どれだけ言っても、親父のように無視して、親父のようにわからない。本人はまったくわからないから、やったってやってないのとおなじなんだよ。主観的には。兄貴も親父も。けど、兄貴の方がひどかったな。兄貴の方が、何兆倍、何京倍もでかい影響を与えた。あいつは、親父だけなんだからな。俺は親父と兄貴だ。特に、兄貴の騒音はこたえた。まるまるたいほど困った。どうにもならない。当時もどうにもならなかったけど、いまもどうにもならない。普通に働けないからだで、恥をかくのは俺なんだぞ。

ヘビメタ騒音「で」人づきあいがとげとげしいものになった。どうしてそうなるかというと、日本では働けるように見えるのに、働いてないやつは、犯罪者とおなじだからだ。どんだけ人に誤解されてつらい思いをしてきたか。しかも、近づきたくないこわい犯罪者じゃなくて、説得したくなる弱くてダメな犯罪者なのである。

その認知療法家は、間違った思いこみにとらわれている


なんか、午前五時ぐらいは、きりもやがかかっていて、雨が降りそうな雰囲気だったんだけど、午前七時になったら、晴れてきた。
部屋が明るい。明るい部屋は、気違いヘビメタの朝の雰囲気なんだよ。しぬ~~。

カーテンを閉めて、横になろうかな。カーテンを閉めても、遮光カーテンじゃないから、当然明るい。(遮光カーテンと言っても、遮光の度合いがあるから、遮光カーテンなら、真っ暗になるということを言っているのではない。)

まあ、カーテンを閉めても、部屋は、夜よりもずっと明るいということを言いたいわけ。で、まあ、昼間の!カーテンを閉めた部屋の雰囲気が独特なんだよね。

まあ、こーからだが重くて、動くのがしんどい。ヘビメタ騒音にやられて、寝て起きたときの状態だ。これがずっと、続いているんだよな。裂け目なく、陸続きで。

だから、「過去のことじゃない」と言っているのけど、他の人には過去のことのように思えるんだろうな。これは、毒のところでも説明したけど、過去、毒を摂取したということが、現在に影響を与えることがある。

そういう場合は、過去のことは過去のことだから、現在の自分のからだに影響を与えないということは成り立たない。それ自体が過去のことであろうが……つまり、過去の出来事であったとしても、影響が「現在」におよぶ場合がある。

どうして、過去のことだと、影響が「過去」に限られると考えてしまうのか? もちろん、そういう「出来事」はある。そういう過去の出来事はある。

しかし、「すべて」ではない。

過去の出来事なら、影響の範囲が過去の一定の時間内に限定されるというのは、間違った思いこみだ。ある認知療法家が、過去のことは現在に影響を与えないと考えるのであれば、もちろん、その認知療法家は、間違った思いこみをしているということになる。

すべてではないというのがわかってない。いきすぎた一般化だ。すべての過去の出来事は、現在影響を与えないというわけではないのだ。過去の出来事を考える場合、現在に影響を与える過去の出来事と、現在に影響を与えない過去の出来事の二種類を考えるべきだ。

(注)「間違った思いこみ」と書いたけど、これは、すなわち、彼らの用語で(イ・ラショナル・ビリーフ)だ。

「昔のことは忘れて……」と言うけれど、いまのことなんだよね


公開しないかたちでいろいろと書いておこう。しかし、つかれた。もう、ぼくはいい。しかし、つかれた。つかれた。鏡を見たら、目の下が三角にくぼんでいるやつがいた。これはもう、若い女と恋愛する可能性はないな。あー。ぼくの人生……。あー、小さいときは親父にやられて、ちょっと大きくなったら、気違いヘビメタ騒音兄貴にやられて、いいことがない。ともかく、つかれた。つかれたなぁ。なんか、自分でも眠ったのかどうかわからない。考え事をしたまま起きていたのかな? 布団の中で……。ともかく、暗いな~~。人生、暗い。ヘビメタ騒音で「楽しい」という感情がなくなった。これだけでも、本当にでかいことなんだぞ。他人は、自己防衛で、「昔のことは忘れて……」と言うけれど、いまのことなんだよね。

2019年2月6日水曜日

睡眠、トライ、してみる。

睡眠、トライ、してみる。

たぶん、眠れない。



どれだけカネがあったって、どれだけ旅行に行ったって、ぼくのこころは暗い。これ、なんて言うのかな? そりゃ、楽しい旅行記の方が読む気になるよな。ヘビメタ騒音のせいで、あらゆる点で、「手負い」になる。


けど、事実そうだ。不可避的にそうだ


いろいろ、考えすぎて、だいぶおかしい状態になっている。考えすぎ。不確定因子が多すぎる。ひとつを固定して、いくつかのパターンについて考えたけど、それだけでも、頭がパンクする。しかし、どっちにしろ、なんて言うのかな? 俺はくるしい。ヘビメタ騒音以降、ずっと、俺の生活はくるしい。俺のこころは、へしおれてしまうほどくるしい。それなのに、気違い兄貴は、まったくなにもしてないつもりだからな。どんだけ……。
中略。……。くそ。公開できないな。

ともかく、ぼくの生活は……。ともかく、ぼくのこころがくるしい。ヘビメタ騒音以降、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音波及問題でくるしい。ヘビメタ騒音波及問題は、一般の人が、俺の話を聞いて考えるよりもずっとひろい。ひろくて、深い。俺の感じ方をどうしても、奥の方から規定してしまう。それは、走り続けると、息が上がるというようなことと等しい。ずっとずっと、走っているのに、息が上がらないなんてことはない。四三時間も起きていれば、どうしても、体の反応が鈍くなる。やる気がなくなる。重いからだをむりやり動かすということになる。けど、動けるけどね……。いちおう普通に動いていても、四三時間起きているときに走れば、いつもよりも、タイムが遅くなるはずだ。ヘビメタ騒音を浴びせられるというのは、不眠や走るというようなことよりも、ずっと大きく、不可避的に人体に影響を与える。それは、まのがれない。やられているのに、平気だなんてことはない。やられれば、つかれる。うるさい音で「発狂した」状態になる。ストレスに対抗するために、からだが、気張った状態になる。何時間も激しい音を鳴らされたあとは、その激しい音がやんだにもかかわらず、眠れなくなる……。

あとの時間もくるしい。ヘビメタを八時間浴びせられた、残りの一六時間もくるしい。ヘビメタを一四時間浴びせられたら、残りの一〇時間も泣きたくなるぐらいにくるしい。けど、他の人はそんなことはまったくわからない。言ったって、理解しない。本当にやられている人じゃないとわからない。「ちょっとしたこと」だと思ってしまう。ヘビメタ騒音が鳴ってない残りの時間がどれだけ破滅的で破綻した時間かわからない。けど、事実そうだ。不可避的にそうだ。

こんなのはおかしい。どうして俺だけこんなことになるんだ? どうして俺だけ気違い兄貴のハンディがあるんだ。ハンディのもとになっている張本人はまったくやっているつもりがないんだからな!! やっている最中も!! だから!!! 困るんだよ!!!! 困るんだよ!!!

緊急入院した人の、第一連絡先になる。俺は非二四時間睡眠覚醒症候群でとてもくるしい。「そんなのは、関係がない」と言われるが、無理なものは無理なんだよ。俺以外に第一連絡先になれる人間がいない。

「あたりまえの状態」が毎日毎日、何年間も何年間もなかった



しかし、気違い兄貴もくさっているよな。「ちょっと、うるさくしすきだか」だと??? 「ちょっと」……ふざけるな!!!! ふざけんな!!! ふざけんな!!!
本当に気違い兄貴の趣味のせいでおれの人生がない。はずかしい人生になってしまっただろ。ヘビメタを聞くのが趣味だとしても、気違いヘビメタを爆音で聞くことはないだろ。スピーカーで鳴らすことにこだわらずに、一日中、ヘッドホンをして聞けばいいだろ。それを、気違い兄貴がこだわってこだわってこだわって、一日中スピーカーで鳴らしたから俺の人生がないんだぞ。返せ!!!返せ!!!返せ!!!返せ!!! 俺じゃない人間は、ここのところがわからないんだよな。気違い兄貴のこだわりがわからない。気違い兄貴が実際にやったことが、いまいち、わからない。そして、気違い兄貴が実際にやったことが、人間個体に与える影響のデカさが、まったくわからない。俺が、そんなに気にしなくてもいいことを、気にしているように思う。あの生活が……そんなものであるはずがないだろ。どんだけズタボロか。どれだけ積み重なったか?
一日中ヘッドホンをして鳴らして、やっと、プラスもマイナスもない状態なんだよ。あたりまえの状態なんだよ。他の人の状態なんだよ。俺以外の人のあたりまえの状態なんだよ。その「あたりまえの状態」が毎日毎日、何年間も何年間もなかった。これが与える影響がどれだけデカイか、「なかった」人にはわからない。

2019年2月4日月曜日

そう信じたい

みかたをしてくれる人だってきっといる。そう信じたい。

2019年2月3日日曜日

ぼくはもう、しりましぇーーん

ぼくはもう、しりましぇーーん
どうにでもなーーれ
しらないよぉーーーだ

ぼくはもう、しりましぇーーんぼくはもう、しりましぇーーん

理想、現実、こえていけ~~

つぎ、生まれ変わったらぼくは

つぎ、生まれ変わったらぼくは、ヘビメタがない世界にいきたい。
ヘビメタがない世界にいきたい。そこでぼくは、初恋の女性と結婚して、学者であってなおかつ文化人的芸能人として活躍したい。
ヘビメタ騒音がない世界にいきたい。

ヘビメタ騒音なしでやりなおしたい。

じゃあ、ぼくは寝るよ。

じゃあ、ぼくは寝るよ。

なんの不安もなく、他の人と楽しいひとときをすごしたあと、眠れたらなぁ。そんなの、ヘビメタが鳴る前は、あたりまえだったのに。ヘビメタが鳴っている期間中も、けっこう、ともだちといろいろなことをしていた。一番、人間付き合いが濃厚なときだ。けど、ぼくのこころは、いつも、ヘビメタ騒音で八〇%ぐらいは曇っていた。人には隠していたけど。本当にいろいろなことをしゃべったなぁ。グループ交際?みたいな感じもあった。あーあ。けど、他のクラスの子に片思いをしていたからなぁ。あーあ。

現実可能な、楽しいことを考えて寝たい。
俺は本当に気分がかわった。悪い方向にかわった。かれてるよ。
昨日なんか、家に帰ってきたとき、庭のところで「おかあさん」とかデコイ声で言っちゃったよ。知ってるよ。もう、この世にいないのは知ってるよ。



街で学生を見ると

そろそろ人づきあいを再開しようかなと思っている。

にしても、……。

「街で学生を見ると、どれだけ時間がたってしまったんだ」と思う。

もう、ぼくは彼らの親よりも年上だろう。まあ、年下の親もいるかとは思うが。



にしても、俺の一生はなんなんだろうな。

「もういいかげん……」


ダイヤ。むなしいよ。むなしいよ。ごめんよ。君には本来感謝の言葉しかないはずなのに、俺は……。どうしても、つらかった。ずっと「できない」と言っているのに、「そこをなんとか」などと言われるのが、つらくてつらくて、たまらなかった。本当に「できなかった」。いまも、できないと言うべきなのか? 

たしかに君は知ってた。けど、経験したわけじゃない。ぼくが「できない」と言ったら、もうすべてのことをこころみたけど、「できない」ということだ。「できなかった」ということだ。ようするに、いまの時点でどうしても「できない」ということだ。

休むしかなかった。けど、君の目から見れば、ヘビメタ騒音の脅威は、あたかもなくなったかのように見えた。けど、あれは、なくなったわけじゃない。

一番つらいときだ。

つもりにつもって、一番つらいときだった。

あのときだって、家に帰ってご飯を食べているとき、ヘビメタが鳴っていた。家に帰って風呂に入っているとき、ヘビメタが鳴っていた。別に終わったわけじゃない。あまりにも長い過程を、君は知りすぎている。だから「もういいかげん……」というような言葉が出る。

けど、鳴らされているぼくは、朝も昼間も夜もつらかった。深夜も、早朝もつらかった。起きてからも、ずっとヘビメタ騒音「で」つらい状態なんだよ。それは、君にもわからないだろ。だって、他人だから。別の個体だから。くるしかったんだよ。

とてもじゃないけど、「やれる」状態じゃなかった。「できる」状態じゃなかった。普通に勤めるには、普通におなじ時間に起きなければならないが、それが、死ぬほどつらいことになった。

それは、ぼくがヘビメタ騒音生活を七年間、八年間、九年間、一〇年間、一一年間、一二年間経験してきて、……そういうふうに「なった」。やられていないぼくなら、普通の意味でくるしいというのはあったけど、「できない」ということではなかった。

だから、「できない」という意味が違う。「くるしい」という意味の、意味が違う。違うんだよ。つもったつらさは、ほんとうに本人にしかわからないのだと思う。

2019年2月2日土曜日

完全浦島太郎状態


完全浦島太郎状態……。●ぬ……。あれ~~あれ~~~あれ~。ここが火のまるまるまる(バス停の名前)? あれーー?? うそ~~あれ~~。
もう、いやだな。あーーあんな音で鳴っているうちなんてない。兄貴にしたってあんな音じゃ鳴らせない。やはり、ここだから、鳴らしたんだな。うちだから、かまわないで鳴らしたんだな。あーあ。まあ、どこに引っ越すにしろ、気違い兄貴みたいな音でステレオを鳴らすやつはいないということか。それに、いまは、最終手段として引っ越すということができるからな。気違い兄貴……。おまえ……。
小学校の裏側と、まるまる大学と、むかしよく通った道を通って、自転車を買いに行った。徒歩でなんとかいける距離だ。その自転車屋ははじめて行ったところだけど、有名な自転車チェーン店のひとつだから、なんか検索して知っていた。(楽天にも店が出てたんだけど、なんか、ない)。本当は楽天で注文して、そこに取りに行った方がいいのだけど、注文せずに、店においてあるやつを買うつもりで行った。なんか、自転車を買ったあと、ちょっと気になることがあったので、そのことを考えていたら、道に迷った。で、なんか、地図のある看板を頼りに、すすんだ。途中でバスをまっている人に、『こっちに行くとまるまる駅ですか』と聞いた。そうしたら、『そうね、ずっと道にそって行くと……』と言うので、『どうもありがとうございます』と言って、そのまますすんだ。で、あってたわけだけど、本来出る道ではなかった知っている道に出て……「あれーー」を連発しながら帰ってきた。本当、浦島太郎状態。あれが? あれが? あのバス停なの? いやーー信じられない。あれ? 俺、あのバス停で、ダイヤ君といっしょにバスに乗って帰ったことがあるわと思った。もっとも、バス停のオブジェクトはまったくかわってしまったけど……。それでも道はおなじわけなんだけど、ぜんぜん違う道に見える。あのときはまだ、みどりがあったのか。あれーーって、連発してきた。

もう、時間がたったんだな。知っている友達の家のネームプレートを見たけど、違う人の家になってた。三軒ぐらい見たけど、全部違うネームプレートになっていた。
あそこの坂……あれーーー。ぜんぜん雰囲気が違う。やっぱり林みたいなところがなくなっている。あそこはなんか、(はやしみち)だったのに。あーあ、時間がたったんだな。そりゃ、そうか。

小学校を裏か見たわけだけど、思い出のある渡り廊下とか……なつかしい。なかには、入らなかった。なんか、煙が出ている土のようなもの?をそのままのせているトラック(積み荷のところがオープン)がとめてあって、そこから、きりのような煙がもくもくと出ていたので、あの煙を吸いたくないなと思ったんだけど、そのトラックがこっち側に向かって走り出したので、ちょっとよけて、隣を歩いてきた。あんま、あういうのは、吸いたくないんだよな。なんの煙かわからないから。あそこは、ああいう車が通っていても、おかしくないところなんだよな。けど、なんだ? あの煙は? うらみちを、行くんじゃなかった。これは、歩いて、買い物に行くときの話しね。道に迷ったのは、自転車で帰ってくるときね。自転車を買った。かつての自転車を廃車にするために、かつての自転車を買ったところに、漕いでいくつもりなんだけど、それも、かなりたいへんなんだよね。

あーあ。俺がもうだめかもしれない


あーあ。俺がもうだめかもしれない。
あー。けっこうやることがある。本当にひとり暮らしや介護暮らしは、けっこうやることがある。まあ、ひとり暮らしにプラスして、仕事をしているという場合が多い。そういう人からみれば、(通勤)仕事をしないでひとり暮らしがつらいなんていうのは、あまえだと思えるだろう。健康体ならそうなのだけど、重度の睡眠障害や心的外傷後ストレス障害(ポスト・トラウマティック・ストレス・デスオーダー)があると、けっこうたいへんだ。

もう、つかれたな。
そろそろ、

なんか、あせった気持ちになったり、「つかれたからもういい」という気持ちになったりする。

かねかねかね。
かねかねかね。
病院も施設もかねかねかね。
生活するにはかねがかかる。かねかねかね。

保証人の問題もでかいな。


失敗が雪のように積み重なる

もう、お腹が痛いだけでへこむ。

これは、しくしく系。

ビオフェルミンで治るはずなんだけど

寝る前のスパゲッティーがだめだった。

スパゲッティー、大好きなのに、なんかあぶらっぽく感じて、はきそうになった。



トイレにゴー。



ほんとう、腹痛いだけで、なんかへこむ。不安になる。

不安といっても、腹が痛いということに関する不安じゃなくて、全部に関する不安だ。この先の生活とか人生に関する不安が、こみあげてくる。へんなことになっちゃってるんだよな……。いろいろ。



いま、飯のセットをしてきた。



ヘビメタ騒音以降、なんか俺は、居場所がない。

本当に困ったことになったな。そして、積み重なった。

ヘビメタ騒音の積み重なりがひどすぎる。

これ、絶対にわからない。ほかのひとにはわからない。

たいしたことがない問題に思えるわけだ。時間が経ったなら、どうにかなりそうな問題にみえるわけだ。

けど、ちがう。時間が経てば経つほど重くのしかかる。一一歳から二五歳まで鳴らされたわけだけど、一一歳から一六歳ぐらいまでの六年間で終わっている。

一一歳から一八歳の八年間で、本格的に終わっている。もう、それ以降は、失敗が雪のように積み重なる。冷たい雪が、とけないまま、積み重なる。

   *   *   *

布団をかぶって思うことは、「もうげんかいだ」ってこと。
もう、限界。どれだけ、限界を乗り越えてきたか。けど、ヘビメタ騒音のハンディがあると、普通ならなんでもないことがものすごい障害になる。

普通なら、まったく問題にならないことが、問題になる。普通なら、簡単に日常の範囲でできることが、できなくなる。

普通なら、余裕でできることが、どーーしても、できなくなる。

ヘビメタ騒音障害というのは、そういう障害だ。睡眠障害もポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダーも、ヘビメタ騒音生活でしょうじたことだ。あしかけ一五年ヘビメタ騒音生活でしょうじたことだ。

いま、さっき書いたけど、一八歳の時には、完全に終わっている。これは、どういうことかというと、一八歳の時に、完全に鳴りやんだとしても……一日に一分だってヘビメタが鳴ってない状態に移行したとしても……もうだめだということだ。ここらへの感覚が、一一歳から一八歳までずっとやられた人間じゃないとわからない。経験したことじゃないとわからない。

で、へんにポジティブな人とは、対立することになる。それから、へんにポジティブではなくても、普通の人だって、なにか不健康的な人やなにか不幸そうな人には、なんか希望があるようなことを言いたくなる。元気づけたくなる。

というか、まあ、それが礼儀だ。そんなことは思ってなくても、なるべくポジティブな言葉をかけてあげることがいちおう、礼儀になっている。ぼくだって、よく知らない人の、よくしらない不幸にかんしては、そういう態度をとる。これはまあ、あいさつみたいなもんなんだよね。

ビオフェルミンをさらに投下。

ところで、なんて言うか、親の見舞いや状況を確認するのが常識的な行為だとするだろ。たとえば、親が入院しているのに、何日も見舞いにもいかないとなると、非常識な人だなと思われるわけだろ。

けど、もう俺は限界だ。医者とか病院の人にあんまりよく思われないんだけど、限界だ。これ、本当に、ヘビメタ騒音生活のとき、ヘビメタ騒音の影響を受けた体で、そとに出るような感じなんだよな。

そして、バス代を浮かすために歩くとすると、自分が通っていた小学校の前を歩くことになる。俺は、ランドセルをせおっていたときだって、ヘビメタ騒音をやられてたんだぞ。俺がどういう気持ちで、ヘビメタ騒音が鳴る「うち」に、ランドセルをせおって帰ったと思っているんだ。小学校の


2019年2月1日金曜日

あんなに意地になって、鳴らさなきゃいいのに

誰かたすけて。

誰かたすけて。

うーーん。



本当にヘビメタでひとりぼっちになっちゃったな。

これ、ヘビメタなんだよね。

あんなに意地になって、鳴らさなきゃいいのに。あんなに意地になって鳴らして、なにも悪いことをしたつもりがないんだよな。すべての時間、自分が好きなように鳴らせて、あたりまえだから。あたりまえのことだから、悪いと思わない。一四時間鳴らせれば一四時間、入試の前に鳴らしても、まったく悪いと思わない。逆に『協力してやった』と恩着せがましく思う。それが兄貴だ。



全部、毎日それなんだよ。



そして、俺が、親友から『どうにかなってくれよ(仕事をしてくれよ)』と言われる。

俺が常識的な他者から『覇気がない』『元気がない』と言われる。

あんな音で鳴らされ続けたら、神経がさかだって、眠れない

どうしていつもぼくだけこんな思いをしなければならないのか。こんな思いをさせている張本人は、いつも、シランプリ。やってないつもりでいる。

絶対の意地で一〇〇%時間やっているのに、まったくやってないつもりでいる。いつもいつもそうなんだよな。こっちは、ヘビメタ騒音で、たいへんなのに。死にそうな気持ちになるのに……やっている本人は、シランプリで、高いびき。やってないつもりで高いびき。

それじゃ、俺がひとりで勝手に悩んでいるように見えてしまうだろ。他の人からそう見えてしまうだろ。『言えば、いいのに、いわないから悪い』……他の人から見ればそうみえてしまうだろ。

ちょっと、今日はショッキングなことがあって、いまの時点で二六時間ぐらい寝てない。ずっと起きている。この先も、なんかずっと起きているような感じがする。そうすると、肝心な電話がかかってきたときに、猛烈に眠い状態で動かなければならなくなる。これがまさに、ヘビメタ騒音に夜たたられて、眠れなくなって、朝、猛烈に眠い状態で試験会場に行くような状態なのである。

いつもそうだ。『健康管理も含めて実力のうちだ』とヘビメタ騒音を鳴らされてない人が言う。気違い兄貴のような、かわった人に……事実を否定して、やってないつもりでやり続ける人に……頑固に頑固にやり続ける人に、一日もやられてない人が、そういうことを言う。

これは、社会人としての建前だけど、スピリチュアリズムや認知療法の建前にも通じる。『すべては、受けとめ方の問題だ』というようなキレイゴトと似ている。すべてじゃないのに、すべてだと言う。前の日、昼間から午後一一時までやられた音で、次の日の試験が、ボロボロになる。

けど、『健康管理ができないのは自己責任』ということになってしまう。あんな音で鳴らされ続けたら、神経がさかだって、眠れない。眠るべき時間に眠れない。一睡もできなくなる。普通の人は絶対に眠れなくなる。だいたいやっている人間が、ものすごい音で鳴らしているのに、フォークギターぐらいの音で鳴らしているつもりの人間だ。
頭がおかしい。
耳がおかしい。
こころがおかしい。

やっている人間のそのことに関する認知や、やっている人間の態度や、やっている人間の性格は、やられている人間の感情に影響を与える。受けとめ方の問題じゃないのである。

自分は一分もやられてないという状態で、その日だけで数時間あるいは十数時間、鳴らされ続ける人間の状態をとやかく言う。数千日積み重なって、数万時間積み重なっている状態の人間に『健康管理』だなんだと言いやがる。

おまえ、一分もやられてないだろ。
毎日やられてないだろ。

気違いの腹が立つ言い分を聞いたことがないだろ。そういう人間が、どれだけ自分のこころをひっかきまわすかわからないだろ。そういう頭がおかしい人間が、どれだけの頑固さでやり続けるか知らないだろ。どれだけの無視でやり続けるか、知らないだろ。

『やっていることの無視』『相手の言い分の無視』『相手の存在の無視』。重層的な無視が積み重なっている。そういう状態で、絶対の意地でやり続ける。

けど、絶対の意地でやり続けたということを、絶対の意地で否定する。「そんなんじゃない」「やってないやってない」「ゆずったゆずった」。否定のしかたと、やっているときのやり方がおなじ!!これ、ほんとうにそのまま、そういう人になっちゃっている人にやられたことがない人は、想像がつかない。

どれだけ腹が立つことか想像がつかない。意固地になってやっていることを、意固地になって否定する。否定したら、もう、かまいなく、やる。やるけど、「やってない」つもりのままだ。

どうしてぼくだけがこういう人間にやられ続けなければならないのか? どうしてぼくだけが、二人のこういう人間にやられ続けなければならなかったのか?

ちゃんと言ったのか? 最初の日から、最初の瞬間からちゃんと言っている。(やってる人間の性格が)あまりにもおかしな性格だから、(状況を知らない他の人が)つねにやられている方に無理難題を押しつけるということになる。

やっているやつは、「へっへーんしらないよーー」という態度で、やり続ける。どれだけ言われたって、自分がやっているということを理解しないままやり続ける。「そんなのはおかしい」「おかしいからない」「へんなことを言っているのはおまえだ」と決めつけてくる。

常識的な人がそういうふうに決めつけてくる。どんだけこういうことがつもったか。

だれかぼくを眠らせてくれ

だれかぼくを眠らせてくれ



だれかぼくを眠らせてくれだれかぼくを眠らせてくれだれかぼくを眠らせてくれだれかぼくを眠らせてくれ



あーあ、わかい時間、全部ヘビメタでとられちゃったよ。

ヘビメタで、すべての友をなくした。

俺の人生はなんですか~~

俺の人生はなんですか~~

ヘビメタ騒音なしで、普通の体で暮らしたかった。


みんなお休み~~
たぶん眠れないけど、横になる。
睡眠導入剤は、あとで、認知症になる確率が上がるので飲みたくない。
けどさぁ、俺の方が先にまいりそうなんだよな。

本当にむなしい。
これから俺の人生をきりかえすのは、無理。
ヘビメタ騒音なしで、普通の体で暮らしたかった。
あれ、本当にくるしかった。
くるしくてくるしくて、毎日に、ヘビメタ騒音でまるまる気持ちだった。
けっきょく、どれだけがんばってもヘビメタ騒音の負債は消えず、くるしいだけの人生が残った。
明るくなれったって無理なんだよ。ヘビメタ騒音でやられているとき、俺は他人の前ではなるべく明るく振る舞っていた。ヘビメタ騒音のことは、あまりいわなかった。『どうして遅刻したと』とか『どうして宿題をやってこなかったんだ』と言われたときだけ、ヘビメタ騒音のことは説明した。けど、他の人にとってはそんなに根深い問題じゃないと思えるわけよ。どうしてかというと、『言えば、やめてくれる』だろうと思っているから。『いっくらなんでもそんなに意地になって鳴らしている』とは思わないから。から。けど、気違い兄貴の、根本がわかってない。あからさまなことを無視してやる。自分がやっていることを「やめろ」と言われたら、ふくれてふくれて、逆上して、やってしまう。これが親父とおなじなんだよ。
親父は、歳をとって、体がよわくなって、マシになった。
これが他の人にはわからないんだよ。

俺の人生を返してくれ!!! 俺の人生を返してくれ!!! 俺の人生を返してくれ!!!


俺の人生をかえせ!!!
俺の人生を返してくれ!!!
ヘビメタが鳴ってなかった場合の人生をくれ!!
時間を巻き戻して、気違いヘビメタが鳴ってなかった場合の人生をくれ。
気違い兄貴が、鳴らすときはつねにヘッドホンをしてくれた場合の人生をくれ。
これ、鳴らすときはつねにヘッドホンをしてくれなかったのが現実だ。
ぜんぜんゆずらなかったのに、ゆずってやったつもりでいる。親父とおなじで、自分がやってやりたいことしかしないんだよ。自分がやってやりたい譲歩というのは、相手にとってまったく無意味な譲歩なんだよ。

「そんな譲歩で、譲歩したことにされてたまるか!!!」と思うような譲歩なんだよ。屈辱的な譲歩なんだよ。やってもらっただけ、余分にくるしむような譲歩なんだよ。自分がやりたいようにしかやらない。一〇〇%それで通す。「それでいいだろ」というノリがある。

「よくないんだ」とどれだけ言っても、通じないんだよな。やりたいうちは通じない。絶対に自分のやり方で通す。自分のやり方で通すということは、譲歩してないということなんだよ。相手の言うとおりに譲歩して、はじめて譲歩したことになるんだよ。

相手が言うように、一分間ヘッドホンをして、やっと、一分間譲歩したことになるんだよ。〇分間しか譲歩してないので、〇分間しか、譲歩してもらってません。

これ、本当に、魔法のようにわからなくなるんだよな。「うちでは、自分が好きなように一〇〇%やっていい」と決めていたから、うちでは、自分が好きなように一〇〇%やった。これが気違い兄貴が決めた規律だ。自分に対する規律だ。その規律に違反することがない。一〇〇%その規律通りにやる。


本当に譲歩して、鳴らさないですごすとか、ヘッドホンをして鳴らすなんてことは絶対にない。本当に、テレビの音ぐらいに音を落としてやるということも絶対にない。そんなのは、感じが出ないからいやなのだ。感じが出る音で鳴らす。けど、感じが出る音で鳴らしているのに、譲歩したということにしてしまう。

それが、気違い兄貴の譲歩のしかただ。これ、本当、客観的に言えば、あんなにデカイ音で鳴らして、譲歩したとかあり得ないんだよ。人をバカにしているとしか思えない。『あれで譲歩したなんて、人をバカにして』と、譲歩された?方の人間が本当に腹を立ててしまうような、ニセの譲歩なんだよ!!本人は、気違いだからわからない。

全部、自分が最初に決めたように、すべての時間、自分が満足できる音で鳴らす。気違い的な人が「これくらいいいだろ」と思う音が桁違いにうるさい音(デカイ音)だったらどうなる? 本物の気違いが「これくらいいいだろ」と思って、クソデカイ音で鳴らしたらどうなる?

クソデカイ音で鳴らしているときも、本人は「こくれらいいい」と思って鳴らすことになる。

本人は、「これくらいいいだろ」と思ったままだ。どんだけデカイ音で鳴らしたって、「これくらいいだろ」と思うことは可能なんだよ。だから、気違いが一〇〇%……すべての時間、気違いの基準で「これくらいいい」と思うような、デカイ音で鳴らす。

本人は、まったくつもりがないという状態ができあがる。

本人は、まったく『デカイ音で鳴らしているつもりがない』という状態ができあがる。発狂的な意地で鳴らしているのに、まったくこだわってないつもりでいる。自分が鳴らしているときに、(思ったとおりの音で鳴らしているときに)『ヘッドホンをしてくれ』と言われたら、怒るんだよ。発狂的に怒るんだよ。親父とおなじように怒るんだよ。

「宿題をするから、静かにしてくれ」と理由もつけて静かにするように言うと。

「なんだ!そんなの!!」と言って、むくれて怒るんだよ。

怒ったあと静かにするわけがないだろ。

本人がやりたいようにやる。だから、客観的にはものすごくうるさい音で鳴らしている。けど、気違い兄貴は気違いなので、まったく、デカイ音で鳴らしているつもりがない。

やっている最中だってそうだ。おまえ、ヘビメタを鳴らしているときに『静かにしろ』『ヘッドホンをしろ』と言われたら、どれだけ不機嫌になって怒ると思っているんだ。そんなやつが、本当に静かにするわけがないだろ。本当に譲歩と言える譲歩をするわけがないだろ。気違い兄貴は、気違い兄貴がかけた魔法にかかって、ぜんぜんわかってない。親父とおなじだから!!

気違いヘビメタが本当に、くるしかったよ!!
俺の人生を返してくれ!!!
俺の人生を返してくれ!!!
俺の人生を返してくれ!!!

2019年1月31日木曜日

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働くのが苦手な人をむりやり働かせるとろくなことにならない


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世界の富の82%、1%の富裕層に集中 国際NGO試算
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国際NGO「オックスファム」は22日、世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%を、世界で最も豊かな上位1%が独占し、経済的に恵まれない下から半分(37億人)は財産が増えなかったとする報告書を発表した。資産の偏在が格差拡大を招いているとして、世界の指導者に対策を呼びかけた。

 報告書は、スイス金融大手クレディ・スイスによる家計資産のデータをもとに推計した。昨年6月までの1年間で上位1%の資産総額は、株価の上昇などによって7625億ドル(約84兆円)増えた。これは、1日1・9ドル未満で暮らす絶対的貧困をなくすのに必要な額の7倍以上にあたるという。

 さらに下位半分の37億人分の資産総額を、米経済誌フォーブスの長者番付と比べたところ、上位42人の資産総額(合計1兆4980億ドル)とほぼ同じだった。昨年1月の報告書では、上位8人の資産総額に相当するとしたが、クレディ・スイスの調査に中国などのデータが追加されたため下位半分の資産総額を修正した。同じ基準で前年の資産を再計算すると上位61人の分と同じになることから、前年より格差は拡大しているという。

 オックスファムは、スイス・ダボスで23日に始まる世界経済フォーラム年次総会を前に、世界の指導者にタックスヘイブン(租税回避地)への対策や富裕層への課税強化などの取り組みを求めた。(ダボス=寺西和男)

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えっと、まあ……。こういうこと。
金の椅子とか書いたけど、金の椅子に座るのは、世界で最も豊かな上位1%ではない。金の椅子に座る人だって、従業員。世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%とは関係がない人たち。18%の奪い合いをしているところでの金の椅子。
タックスヘイブンの資産に国連?などが課税するしかない。国連と書いたけど国家をこえる機関を使わないとだめだ。(ヘビメタ騒音がなければ、俺は国連の職員とか経験したかった)。

基本、働くのが苦手な人が働くのはよくない。働くのが苦手な人が働くと、余計な用事が増えることになる。それに、まわりの人の精神労働が高くなる。もう、働くのが苦手な人はたらかなくてもいいこということにした方がいい。だいたい月7万ぐらいだけど、あげればいい。
働くのが苦手な人に以外にも、事実上働けない人もいる。そういう人たちは、働かない方がいい。そういう人たちが働かなくてもいい社会を作った方が効率がいい。

富の再分配とAIロボットの発達で、相当に人間が働かなくてもいい状態になる。衣食住のうち、一番重要なのは、『食』だ。いまの生産力から言って、そんなに働かなくても、社会はまわる。まあ、人間が一日に三時間ぐらい働けば、それでいいという状態になる。

まあ、人間なんて、暇になったらジムに行って体を鍛えたりする生き物だ。そのジムに行って体を鍛えている時間は、労働時間なのかというと労働時間じゃない。レジャーの時間だ。AIロボットの監視などは、けっこう、レジャー感覚でできると思う。

レッサーパンダ事件もそうだけど、働くのが苦手な人をむりやり働かせるとろくなことにならない。どうしてこういうことがわからないのかな? 『人間は働くべきだ』『どんな人間も働くべきだ』という考えは、よくない。そんなことを言っている人間だって、無職だったりするのだから。定年退職して無職になっているけど、無職であるという自覚がない人たちがそういうことを言って、働くのが苦手な人をむりやり職場に追い込む。

当然、働くのが苦手な人は職場でうまく働くことができない。

なので、いじめられたりする。

レッサーパンダ事件の犯人も、実は、働いていたのである。その時のストレスがどれだけ犯罪に影響を与えているかわからない。障害者枠で働こうとしたのだけど障害者枠では働けなかった。

で、普通に底辺の職場で働こうとしたのだけど、はっきり言えば、無理だった。どうして、働くのが苦手な人をむりやり働かせようとするかな? 事実上働けない人を底辺の職場にぶちこむのはやめた方がいい。

どうして、底辺の職場になるかというと、底辺の職場しかアクセスできないからだ。もっとも、障害者枠はあるにはあるけど、障害者枠で採用されない障害者だってたくさんいる。

この、働くのが苦手な人を底辺の職場にぶち込みたい思想を持っている人は、働いてない人間を、底辺の職場にぶち込んだから大丈夫だと思ってしまうんだよな。(働き出したのだから大丈夫だ)と思ってしまう。

そんなこと、あるわけないだろ。どうしてそこで、気がつかないな? 

この人たちは、絶対に労働を美化している部分がある。労働を美化して、すべての人が労働をするべきだと考えているから、ぶち込まれた方の人間が見る世界がわからない。そんな、不得意なことをやって、他の人たちの足を引っぱって気分がいいわけがないだろ。失敗して怒られて気分がいいわけがないだろ。

他の人たちだって、最初は丁寧に教えていたかもしれないけど……そのうち、怒ってぶん殴るようになる。(もっとも、最初からぶっきらぼうな教え方をして、あるいは、ろくに教えないで、ぶん殴ってたかもしれないけど)。


障害者を殺してしまった介護要員だって、生活保護をもらったまま働かなければ、あんな事件を起こさなくてすんだ「かも」しれないんだぞ。あれは、たぶん、介護の現場に行ったら、障害者にかかっているおカネが自分が給料としてもらっているおカネなんかよりずっと上だったから、へんな考えにとりつかれてしまったんだと思う。

この人も、働くのが苦手な人であったわけだから……妄想障害があった……働かなくてもいいんだよ。ただ、この人の場合、薬物で妄想障害になっているから、あんまり同情したくない。

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2019年1月30日水曜日

本当にヘビメタ騒音で、オシダサレテシマウ


眠れるかどうかわからないけど、眠る態勢にはいる。

全部がめちゃくちゃだった。俺がこんなことを書けるも、いつまで続くのやら。
俺がどういう気持ちで生きていると思っているんだよ! 気違い兄貴。午後四時五六分、この時間鳴ってた。一年三六五日中三六五日、けたたましい音でヘビメタが鳴ってた。どれだけ「やめてくれ」「しずかにしてくれ」と言っても、一分も静かにしてくれなかった。それが、気違い兄貴が、この世で、客観的にやったことだ。気違い兄貴の主観だとどうなっているかわからないけど。絶対の意地で鳴らし続けて絶対の意地で、鳴らし続けたと言うことを認めない。そういう毎日だ。そういう毎時間だ。期末試験だろうが入試だろうが、例外がなかった。これ、一日だけ例外があるけど、その一日の例外を除けば、本当に、それ以外の一日の例外もない。例外的な一日をのぞいて、一日に、一分だってやめてくれなかったのが気違い兄貴だ。一日の中で、一分間でも静かにしてくれなかったのが、気違い兄貴だ。これ、あんだけ意地になってやったことなのに、本人が「やってないつもりでいる」なんてことが本当にあるのかね? まだ書いてないことで、本当にヘビメタ騒音の負の影響を受けたことがいっぱいある。もう、すべてにヘビメタ騒音の負の影響がある。いまだってそうだ。いまだってそうなんだよ。書かないけど、いろいろあるんだよ。
俺がどういう気分で眠って、どういう気分で起きていると思っているんだ。「ごみすて」だって貸しができるんだよ。これは、町内会の仕事で、資源ゴミの日は、資源ゴミのゴミ袋を朝早くに出さなければならない。それから、普段の燃えるゴミの日も、からすがゴミをつっつかないように、青色の網をかける必要がある。これがちょっと改善されて、網の箱になったわけだけど、ともかく、朝一定の時間に、そういうことをしなければならない。けど、俺はヘビメタ騒音の『睡眠障害』で起きる時間がくるくる回転しているので、どうしても、それができない。だから、となりの人がやってくれているのだけど、借りができるんだよ。借りが! となりのシャッターの音がうるせえんだよ。犬がうるさいんだよ。けど、借りができいるから……。まあ、俺は言うけどな!! うるさいときは、デカイ声で「うるさい」ということにしている。これも、気違い兄貴の影響なんだよ。ここにも書いているけど、俺が兄貴のことについて書くと、まるで俺が兄貴にちゃんと言わなかったから、兄貴が鳴らし続けたんだろと勝手に思うやつが出てくる。『(エイリさんがコミュ障でちゃんと)言えないからだめなんだ』なんて、決めつけてくるやつがいるんだよ。実際には、兄貴がコミュ障で、相手が言っていることがまったくわからないから問題がしょうじる。親父の態度だって、他の人に言ったって、わかってくれなかっただろ。それと、ちょうどおなじことが兄貴の態度にも成り立っている。気違い家族の『うちでの状態』というのは、他の健康的な人にとって信じがたいらしく、どれだけ説明しても、信じないやつが、かならず、出てくる。そいつらは、やられている方を、不当に、バカにして、不当な解釈を押しつけてくる。不当なんだよ!! 不当!!!
気違い兄貴のヘビメタ騒音が原因で『忘れ物』をして、他の人に借りができると言うことがいっぱいあった。ゆるせない!! ヘビメタが鳴っていると時間内に宿題が終わらないから、前の日に鞄に入れるものを用意しておくということができない。不可能。これが不可能だと言うことが、実際にヘビメタ騒音に一一時までさらされたことがない人だとわからない。そんなのは、いっくらヘビメタ騒音?が鳴ってたって可能だと、言う。そういうふうに本当に思っている。けど、可能じゃない。一日中やられて、一週間のうち七日間ずっとやられている状態がつもると、本当に宿題すらできない状態になる。どれだけ俺が、しんどい思いをして、午後一一時一一分以降に、宿題をしようとしたかわかっているのか? それから、おまえは、本当に、俺から友達をうばう。人づきあいをうばう。金を稼ぐ機会をうばう。金を稼ぐ能力をうばう。普通の日常生活をする能力をうばう。うばいきってきた。それで、問題親父を俺に任せやがって。本当にあまにくる。おまえ、気違い兄貴のせいで『働けない状態』になって、どれだけ俺が恥を書いてきたかわかっているのか? どれだけ! それは、働く前の学生時代だっておなじなのである。借りができるんだよ! これは、そのうち、ちゃんと書かなければならないと思うけど、本当にヘビメタ騒音で、オシダサレテシマウ。この「オシダサレテシマウ」というのが、本当に並みじゃないのである。どれだけ、努力しても、「オシダサレテシマウ」。浪人だって、宿題ができないのだって、おなじなんだよ。

このあいだ書いて、かんきまわって、書き続けることができなくなってしまったんだけど、たとえば、「入試の合格祈願のために神社に行こうよ」と複数の友達から誘われたとする。けど、ヘビメタ騒音でそれどころじゃない。他の人は、息抜きのために、神社に行くこともできる。けど、俺はできない。できないんだよ!!! ヘビメタ騒音で押し出されてできない。どうしてもできない。すべてが、押し出される。一日中、午後一一時一一分まで、まったく勉強できる状態じゃないということかが、どれだけのことかわかっているのか?

時間が押し出される。どうしたって、余裕がない話になる。ヘビメタ騒音二時間を取られて、普通に時間を使うことができない。ゼンブガゼンブ『ヘビメタ騒音でだめな時間』になってしまう。そりゃ、一日に七時間から一四時間ヘビメタ騒音を浴びてしまうと、午後一一時一一分からも、自由がきかない。体の自由がきかない。しんどくてむしゃむしゃして、言いがたいからだの状態になる。これ、至近距離でずっと毎日何千日も、自分がこの世で一番嫌いな音を聞かされる続ける生活をしたことがない人はわからないのだろうけど、本当に、ヘビメタ騒音が鳴り終わったから、すぐに勉強できるとか、ヘビメタ騒音が鳴り終わったからすぐに眠れるということがない!!! こういうのだって、実際に経験しないとわからないことだろ!!! けど、何千日も、そういう状態で暮らしている俺にとっては、ものすごくリアルな問題なんだよ。あのからだの状態を文章であらわすことができない。『しんどい』とか『体が自由に動かない』とか『ものすごく不安な気持ちで、なおかつ、カリカリした気持ちになる』というような言葉でしか表現ができない。けど、そういうときのしんどさは、本当にそういう言葉で表現できるようなものじゃないのである。ぜんぜんちがう。言葉で表現していることと、実際の内容がぜんぜんちがう。からだが、本当にしんどくて動かない。どれだけ動かそうとしても動けない。それなのに、あせっている状態で、それなのに、気が抜けている?状態なのだ。ばんばんばんばん、ずっと、激しい騒音にさらされて、神経がおかしくなっている。体調がものすごく、おかしくなっている。頭の状態が尋常じゃないのである。泣き出したいような怒りたいような状態で、なおかつ、憂鬱で、なおかつ、体が重たくて動けない状態だ。毎日強制的にそんな状態にされて良いわけがないだろ。普通に暮らせるわけがないだろ。俺がどれだけ切羽詰まった状態で中学生活、高校生活を維持しようとしてきたかなんて、他の人にはまったくわからない。ヘビメタ騒音にさらされなければ……その人がこの世で一番嫌いな音にさらされなければ……わからない。


気違いヘビメタがはじまってから、楽しいことなんてひとつもないよ!!! 気違い兄貴!! おまえが!!! おまえ、こだわってこだわってごたわって!!!ならしたから!!!!ならしたから!!!

どれだけの意地で鳴らしたと思ってるんだよ。鳴らしてないわけがないだろ。気違いだからわからないんだろうけど、ものすごい音で鳴らしてたよ。それは、気違い兄貴が、いま住んでいるところで、当時の音で鳴らせば、一分でわかるよ!!! これ、そういうことだって、誠意がないから、しない。本当に自分が鳴らした音が『フォークギターぐらいの音』だと思っているなら、いま住んでいるところで、夕方から午後一一時一一分まで鳴らしたって、まったく問題がないわけだろ。だったら鳴らせよ。日曜日は朝の一〇時から、夜の一一時一一分まで、ずっと鳴らしたって問題がないんだろ。その音で鳴らしたって問題がないんだろ。俺には、「まったくあたりまえのこと」としてやったことを、他人にやることができないだろ!!! うちで弟にやったことは、どれだけデカイ音で鳴らしたって『普通の音』なんだよ!! そういう気違い回路が成り立っている。で、本人はそれに絶対に気がつかないというもうひとつの気違い回路が成り立っている。だから、本人はまったく矛盾を感じない。うちの態度とよその態度がちがいすぎるということがわかってない。うちの人には、問題なく何千日もやったことを、よその人には一日もできない。うちの人には、一日に一四時間、まったく問題なくやったことを、よその人には一日に一分間だってできない。一日に一四時間、よそのうちでは絶対に鳴らせないようなデカイ音で鳴らしたって、「ゆずってやった」と思っているのが気違い兄貴なんだよ。そういう態度のちがいにぜんぜん気がつかない。入試の前の冬休み、一四日中、一四日間、ずっと、一日一四時間近く鳴らしてた。気違い兄貴が鳴らすなら、ものすごくデカイ音で鳴らすんだよ。破壊的な音で鳴らすんだよ。毎日、一日に一四時間近く、入試の前の冬休み期間ずっと毎日鳴らしてたって、『入試に協力してやった』とか言ってまったくゆずらないのが気違い兄貴なんだよ!!! どれだけ、たのんだと思っているんだよ!!!
どれだけ、たのんだと思っているんだよ!! ずっと、たのんでたんだよ!!俺は!!!

それで、いまになれば、『知らなかった』『そんなの知らなかった』だろ。ふざけんな!! 兄貴は、気違い親父より気違い!! どれだけの意地でやったか、本当にわからないのかよ!! 問答無用で、入試だろうがなんだろうが一分だってゆずらずにずっと鳴らし続けてたんだよ。それで、『入試に協力してやった』とか……本当に頭にくる。


いつも、その調子だ!!!

これ、わかるか? いつも毎日ずっとそういう調子なんだぞ。

いつも毎日、そういう調子で、すべての時間ヘッドホンせずに、ずっとスピーカーで鳴らして、なおかつそれが異常なことだと待った気がつかない状態なんだぞ。いくら言われても、認めない状態なんだぞ。

どれだけのことがつもるか? 俺の一一歳から二五歳までを返してくれよ!! 人間にとって一番大切な時期を、うばわれた。

底辺の職業にしか就けないようになったとしても、そんなのは、自己責任だということになる。そんなのは学生のときに勉強しなかったやつが悪いといこうとになる。そんなのは、学生のときに努力しなかったやつが悪いということになる。そういうふうに言われる。

ヘビメタ騒音がずっと毎日鳴っていて、そんなところじゃなかった。そんなこと、できるわけがないだろ! そんなことが!できるわけないだろ!!!

底辺の仕事だって、気違いヘビメタでからだが弱くなってできない。どれだけ俺が卑屈になって、働こうとしていたかわかるか? ゆるせない。ゆるせない。卑屈になるんだよ。本来俺は、睡眠回路が特別に悪いわけじゃなかったけど、ヘビメタ騒音生活で睡眠回路が特別に悪い状態になった。障害を背負った。けど、睡眠回路に関しては、障害が、他の人にはよくわからない。要するに、「そんなのは、根性がないからだめなんだ」とか「起きようと思えば起きられる」とか「起きられないなんて言うのは甘えだ」と言ってくるやつらが出てくる。けど、そいつらは、数千日のヘビメタ騒音を経験してない。数千日にわたる激しいヘビメタ騒音の結果睡眠回路がこわれたと言っているのに、頭が悪いやつらだな。そういう頭が悪いやつらに対しても、実際に『起きることができない』となると、卑屈になる。睡眠回路がこわれた状態……というのを、引き受けると……自分で認めると、どうしたって卑屈になる。ひとができることができないということにを認めたって……いいことなんてないんだよ。これ、まるで、あるがままの自分を認めればいい(それで問題が解決する)みたいな考え方があるんだけど、そんなんじゃ、よくならない。できないことを認めたってしかたがないんだよ。


   *   *   *

俺はこのまま●んでしまうのだろうか?
本当にヘビメタ騒音がはじまってから、つらいだけでいいことがなかった。チャンスは全部、棒にふった。そりゃ、そうならざるを得ない。
このまま、なにもいいことがないまま、●んでしまうのだろうか。

   *   *   *

ヘビメタ騒音なしで生きたかった。
どうしても、ヘビメタ騒音がなかった人生を返して欲しい。
気違い兄貴! かえせ!!! かえせ!!!!

おまえが全部維持になって鳴らしたんだぞ。
ヘッドホンをしようと思えばすすべての時間ヘッドホンをすることができたんだぞ。けど、気違い兄貴は意地になってすべての時間、ヘッドホンをつけずに鳴らした。

スピリチュアリズムは堕落してしまった


なんか、いろいろ、もういいやというのがある。ぼくが、スピ系のことについて言うことは、本当は、スピ系の人たちから出てこなければならない言葉だ。スピ系の内部からそういう声がまったくあがらないというのがおかしい。スピリチュアリズムは堕落してしまったんですね。あーーあ。

2019年1月29日火曜日

言ってわかるぐらいの『障害』であれば、そんなのは、障害でもなんでもない


世の中には、他者が自分と同じような人間だということが根本からわからない人たち(人間)がいる。で、幼稚な人間だから、他人が自分の思ったとおりに動かないと、ストレスを感じて腹を立てるのである。けど、自分が他人からおなじことをやられれば、それは、腹を立てる。要は、もうひとり、他人が自分と同じような人間他言うことが根本からわからない人がいて、その人が、その人の行動したいように、行動すると、その人にやられた人は、(同じような構造的な欠陥を持つ人間でも)腹を立てるのである。要するに、自分がやられたら、腹を立てるけど、自分がやっているときは、自分の態度には腹を立てない。自分がやっているときは、相手が自分の思ったとおりに動かないということに、腹を立てる。人間というのは、多かれ少なかれそういうところがある。けど、多かれ少なかれの、差はでかい。他者が自分と同じような感情を持つ人間だということが、根本のところでわからない人は、人間関係で問題を抱えることになる。これは、不可避的に抱えることになる。こういう人間が、他の人間とまじわって、問題が生じないということはない。

   *   *   *

『そんなのは、言えばいいじゃないか』と思う人がいるかもしれない。けど、言ってわかるぐらいの『障害』であれば、そんなのは、障害でもなんでもない。これ、たとえば、『親』であれば、そんな人間はいないとか決めつけている人がいるけど、そうじゃない。これ、たとえば、『だいの大人』であれば、そんな人間はいないとか決めつけている人がいるけど、そうじゃない。『結婚している人』であれば、そんな人間はいないとか決めつけている人がいるけど、そうじゃない。『働いている人」そんな人間はいないとか決めつけている人がいるけど、そうじゃない。そういう決めつけがある人はたぶん、常識的な人で、家族のなかにそういう人がいなかった人なのだろうけど、考えがあますぎる。それこそ、あまい。けど、これが問題なのだけど、常識的な人からみると、たとえば、親がそういう障害がある人間だった』と言っている人が甘えている人間に見えるのである。そういうところがある。常識的な人間が、類推する部分とはまた違った現象が生じているのである。けど、これまた、常識的な人はその区別がつかない。なので、本当に障害がある親にやられて、こまっている人に対しても、『親のせいにするな』などと言ってしまう。これは、本人がわかってないからそういうことを言っているだけだ。

2019年1月28日月曜日

本当にどうしようかなぁ

本当にどうしようかなぁ
あーーあ。
どうするかどうするか。
腹は、一度なおったあとしくしくしている感じだ。どうするかなぁ。まだ、食べると腹が痛くなる可能性が高いから、食べられないなぁ。

この先の人生、どうするかなぁ?
本当にヘビメタのままなんだよな。だれに言ってもわからないのだけど。

人に言えば「そんなのは……」「なんとか克服してください……」という話になる。
他の人にはまったくわからないことなので、困るよ。ほんとーに楽しくない。


+++
これ、まったく関係がない話しなんだけど、
訃報を収集するのはやめた方がいいよ。

2019年1月27日日曜日

「こんなのたいした音じゃない」「なんだなんだ」と言って、あらがえるわけだよ



起きて、お湯やお茶や紅茶だけ飲んだ。
そろそろなにかを食べるべきだ。
起きたとき、インターネットが不通だったが、いまはなんとか動いているみたいだ。しかし、かわりばえしない毎日だな。
かわるわけがないか。基本的に、ヘビメタ騒音で「いたんで」いる。くるしいんだよ。他の人には絶対にわからないけど。これがどれだけ俺の行動を制限しているか? 俺のハッピーな経験を阻害してきたか? 気違い兄貴はまるでつもりがないのだけど、ぜんぶ、やっている。この「ぜんぶ」というのは本当に全部だ。可能な限り、デカイ音で、可能な限り長い時間、可能な限り長い期間、ヘビメタを鳴らしている。限界まで鳴らしている。なのにまったくつもりがないという気違い的な認知。そして、そういう認知しかない、毎日。毎日がつらいんだよ。毎日。だれに言ってもわからないとは思うけど、ぼくは毎日つらい。いまでもつらい。眠る前、ヘビメタ騒音のことを考える。考えると言うよりも浮かんでくる。ともかく、つらい。他の人にはわからないだろうけど。

他の人は「いろいろとやりようがあったのではないか」と思うかもしれないけど、最善の道でこれだ。気違い兄貴が不通に静かにしなければ……つまり、よその家にいるつもりで静かになければ……どの道を通っても、失敗する。できない。これも、言霊信仰者は「失敗する」というから「失敗したんだ」など言って、攻撃してくる。既にヘビメタがはじまっていた。気違い兄貴が気違い兄貴モードでヘビメタを鳴らしていた。そして、気違いだから、どれだけなにを言っても、不通に不通の声が届かない。気違い兄貴に言っておくけど、気違い兄貴の態度は、親父の態度とおなじだから。気違い兄貴は、親父にどれだけ腹を立てたんだよ。その気違い兄貴が腹を立てた、親父の態度で、ヘビメタを鳴らしてたんだよ。弟にどれだけなにを言われても、親父の思考、親父の感覚、親父の態度で、否定して、自分がやりたいことを一〇〇%、通した。そして、まるでやったつもりがないのである。これも、親父の感覚だとそうなる。気違い親父はとりつかれたように、気違い的な主張をしていたけど、気違い親父はそれら全部を覚えてない。「やってない」つもりだ。「やった」と言われたら「やってない」と怒っておしまいだ。やり方が、やりたいことを通しているときとおなじだ。こんなもの、やったつもりがないのだから、責任を感じるわけがないだろ。本人は、まったくやったことがないと思っているのだから。「そんなの、なんだ」と言ってやり通しているときとおなじ態度で「やってないやってない」と言ってしらをきる。しらをきるというよりも、本当に、否定しているときはやってないつもりなのである。否定しているときだけ、気になるのである。だから、いわれて否定していないときは、なにも考えてない状態なのである。なにも感じてない状態なのである。だから、その状態でやっていることが、わからない。自分にとって不都合なことを言われたら、怒って否定する。気違い兄貴だってやっただろ。あんなにデカイ音でずっと鳴らしているのに、「デカイ音で鳴らすな」と言われたら、「こんなのたいした音じゃない」「なんだなんだ」と言って、あらがえるわけだよ。それは、親父が「このハンダゴテは使えない」と言われたときの態度とおなじなんだよ。まっーーったくおなじ。知らないのは本人だけだ。本人だけは、二四時間中二四時間知らないままなんだよな。だから、そういう毎日が続いても、知らないままだ。そういう毎日が何十年間続いても、本人は、毎日やっていることを知らないということになる。正直に言えば、こういう感覚は、やられた人じゃないとわからないだろう。こういう感覚が成り立っている人間がいるということが、他の人、ヨソの人にはわからない。なので、ぼくがへんなことを言っていると、ヨソの人は思う。「そんなのいえばいい」「言えばちゃんとわかってくれる」「ちゃんと言わないからだめなんだ」。普通の人は、普通の人だから気違いじゃないけど、解釈がちがうんだよ。どうして解釈がちがってくるかというと、現実認知に差があるからだ。うちの状態なんて、うちの人にしかわからない。これが問題だ。

2019年1月26日土曜日

「気にしないでやった」ということと「やってない」ということが、イコール

気違い兄貴は、ぜんぜん気にしなかったのだけど、ぜんぜん気にしないでやったからこそ、ぜんぜんやってないと思うところがある。気違い兄貴には、ある。

これは親父もおなじなんだよな。「気にしないでやった」ということと「やってない」ということが、※イコール※であるようなところがある。「気にしないでやった」ということと「知らなかった」ということが※イコール※であるところがある。

本当は、言われたのに、全力で受け入れることを拒否して、記憶に残らないようにしただけなのに、それが、「やってない」ということと、※イコール※になってしまっている。

この感覚、わかるかな?

「気にしないでやった」というのは、「気にしないで一〇〇%やりきった」ということだ。「気にしないですべて、自分が思うようにやった」ということだ。それが、気違いマジックで「やってない」ことになってしまうのである。

感じ方がうすいんだよね。

これ、他の人にどれだけ言ってもわからないかもしれないけど、「気にしない」ということと「やってない」ということが、地平線でまじわってしまうようなところがある。

だから、「気にしないでやったのだから、やってない」ということになってしまう。「気にしない」というのは、「やってない」のと※イコール※なんだよ。

これ、親父と兄貴には、成り立っている感覚なんだけど、他の人にはどれだけ言ってもわからないだろうな。気違い兄貴と気違い親父が、自分のこととして意識的にこれを理解するということは、絶対にあり得ない。

そんなことができるなら、「気にしないでやった」ということと「やってない」ということの境界線があいまいになることなんてないからだ。

本人が気張って、発狂して、否定した瞬間に「気にしないからやってない」ということになってしまう。どこで発狂するかというと、言われた途端に発狂する。既にやっていることなんだけどな。

自分にとって不都合なことを言われたら、言われた途端に、「そんなんじゃない」「なんだなんだ」と発狂する。そうしたら、もう、ぜんぜん関係がない人になってしまって、気にしない。気にすることができない。

相手が言ったことと、自分の行為の関係性自体を切ってしまうので、そのあとその当の行為をずっとやり続けても、「気にしない※から※やってない」ということになってしまう。

本人が気にしてないことは、どれだけやっても、やってないことになってしまうのだ。そういう感覚が成り立っている。

だから、どれだけ言っても、その都度、怒るだけで、なにも言われなかったと思って、まったく気にしないでやりきる。気にしないでやりきることができれば、本人にとっては、どれだやってもやってないことになってしまう。

やり終わったら、そんなことはやってないという感覚がしょうじてしまう。実際にはやっているさいちゅうから、そういう感覚が続いていると思う。

たとえば、一四時間鳴らしたら、一四時間一秒後には、「やってない」ということになってしまう。それは、「気にしてないから」。

もう、これ以上説明できないけど、ともかく、気違い兄貴には……「気にしてないからやってない」という感覚が成り立っている。

だから、十何年間毎日やったとしても、やってないことになってしまうのである。気にしてないから。それは、一日の中でも成り立っていて、言われて怒ったら、やってないことになってしまう。……気にしてないから。

「気にしないから、どれだけやったってやってない」ということになってしまう。そういう感覚が成り立っている。毎日一四年間にわたってそうしたとしても、一五年目にやめれば、一回も「そんなことはしたことがない」「そんなのは知らない」という感覚になってしまうのである。

(注)おまけで言っておくと、気違い親父にもこの感覚は成り立っている。


2019年1月25日金曜日

友人関係も含めて、本当に追い込まれた。


今日、すすんだのは統計学だけで、あとのことはすすんでない。まあ、文章は書いたけど……。
ともかく、たとえば、風の谷に行くにしろ、憂鬱で憂鬱でしかたがない。もちろん、行かないのだけど、めちゃくちゃに憂鬱になる。蕁麻疹のことで病院に行くつもりになったのだけど、これも、考えただけで憂鬱になったのでやめた。ヘビメタ騒音のことがこたえている。どこまでもどこまでも。友人関係も含めて、本当に追い込まれた。相当に追い込まれているよ。けっきょく、ヘビメタのことで意見の相違が出てくる。やられた人とやられてない人の差が出てくる。ぼくは、自分の引きこもり(ヘビメタ騒音にやられて働けない状態になっていること)に他の人をつきあわせるつもりはない。だから、なるべく影響を与えないように、友達が働く気になったら、つきあうのをやめるつもりでいた。けど、それが、素っ気ない態度と思われたりするんだよ。

また、これから横になる。

今日、これからやるとしたら洗濯だな。
あとは、一二時から二時のあいだに通販で買った靴下がくる。
世間では、正月なんてとっくのとうに終わっているのだろうけど、俺は、去年のクリスマスから、いまのいままで、そんなに時間が経ってない感じがする。

2019年1月24日木曜日

『波動』による説明は、不幸な事件にかかわった人の気持ちを傷つけている なんでもワードの功罪


波動という言葉について言っておくけど、これは、なんでもワードだ。すべてが『波動』で説明できてしまう。しかし、それは、その人の頭の中で、説明がつくというだけの話しだ。すべてを無視して、波動だけであらゆる現象を説明することができるのだ。そして、それは、以上に都合がよいものなのである。波動には放出系と、チューニング系がある。放出系は、すべてのものが独自の波動を出しているから……あーで、こうーーで、こうだーーという、理論に使われる。チューニング系は、要するに受け取り側の話しで、チューニングするからそういうはどうを受け取るということになる。出す方と受け取る方の説明ができるので、すべての現象が説明できる。彼らの意見だと、毒が毒なのは、毒の波動を出しているから……ということになる。薬が薬として効くのは、薬がよい波動を出しているからということになる。生化学的な変化なんてまったく無視している。また、生化学的変化について言う場合も、それは、ある物質が特別な波動を出しているから、特別な物質と結びつきやすいのだというようなことを言い出す。特別な物質も特別な波動を出しているから、その物質が結びつくと言い出す。量子力学の世界では……と、これまた、学者が言っていることを、独自の波動理論で解釈して、妄想的な理由をこじつける。だから、全部、波動で説明がつく。売れているアイドルが売れているのは、よい波動を出しているからで、売れてないアイドルが売れないのは、悪い波動を出しているからだということになる。いじめが発生するのは、いじめられる方が悪い波動を出しているとか、言い出す。いじめる方といじめられる方が引き寄せあうような波動を出しているから、いじめが発生するとか言い出す。こういうレベルの説明をするなら、すべての現象を波動で説明することができる。
こういう人たちにとっての『波動』という概念は、・・(中略)・・。こういう、すべての事柄を単一のワードで説明しようとするのは、よくない。それぞれ、別の理由が成り立っているのに、本当に、魔力的な力でそうなると言っているのとおなじだからだ。魔力的な力が『波動』であったり、『電磁波』であったりするわけだ。あるいは、『宇宙意識』でも『神』よいのだけど。彼らが、書いた文章があるとする。そういう文章の中の『波動』という部分を『電波』で言い換えても、意味がわからない。『電磁波』と言い換えても意味がかわらない。『引き寄せ力』と書いても意味がかわらない。
こういうふうにして、「ひとにかかわること」を説明すると、傷つく人が出てくるのである。どうしてわからないのか? そういう理由じゃないのに、そういう理由でそうなったと決めつける。彼らは、世界のすべてを説明して、人生の意味を説明するから、自動的にそうなる。まあ、相手にしなければいいだけなのはなしなのだけど、わりとまともな人も、『波動』の魔の手にかかってしまうことがある。全部がそれで説明がつくので、全部そうなのだと思ってしまう。
こういうレベルの話しで、いじめや不幸な事件を語られると、ぼくは不愉快だ。そうやって、『なんでもワード』を出して、自分の都合がいいように世界を解釈するなと言いたくなる。はっきり言えば、そういう勝手な決めつけ解釈は、いじめや不幸な事件の関係者を傷つけている。どうして、こういうことがわからないのだろうか?
そういう低いレベルの話しが、受けるんだよな。彼らの言い方で言うなら、彼らは都合がいい解釈をして人を傷つける波動を出しているということになる。彼らがどれだけ『心が温まる話し』をしていても、よい波動が出てない。出ている波動は、『にせもの』という波動だ。『波動』で『すべての現象』を説明するのはむりがある。

どうも、風邪をひいたわけではなくて、いつものだるさであるような気がする


郵便物だけど、ハンコが必要なやつで送ってくるとは思わなかった。投函だと思っていた。

あーあ。それから、いまとても、やる気がない状態なので、買わなくてよかったなと思っているのだけど、どっちにしろおなじじゃないか。あー、早くこの状態から抜け出たい。

正直言うと、相当にだるい。世間で言う、風邪をひいたのか? だるーー。



俺もよく生きてきたなぁ。

横になってもだるいけど、起きていてもだるい。

あーー。



うー、正直言って、ひざがかゆい。乾燥肌か寒冷蕁麻疹かよくわからないけど、アレルギー反応だな。虫系じゃない。



コンビニに行くかどうかまよう。

寒いとなぁ。行きたくないなぁ。けど、おかずが欲しい。寝る前に、納豆とフランクフルトでご飯を食べた。

外食は無理だな。食いたいものが浮かばない。



なんか、さぁーー。去年の一二月から買い物運がよくないんだよね。



そうだ、キュウリのキューちゃんみたいなやつ。なんか、高い感じがする。あれって、二回分だよね。一回分で50円か。なんか高い。ともかく、原発が爆発しなければ、茨城の野菜を安心して食えたのに……。食べて応援企業ばかりだから、しんぱいだろ。駅前のストアがほとんど食べて応援企業なんだよな。外食もやばいよ。特に、ファミレスのサラダバーとか、やばい。野菜はなんとなく健康的なイメージがあったのに、原発で吹っ飛んだ。





とりあえず、自然解凍したチーズバーガーでも食べるか。レタスがあるんだよ。レタスをたすよ。このレタスは京都産。水性栽培。



++++++

どうも、風邪をひいたわけではなくて、いつものだるさであるような気がする。いつものだるさって、ヘビメタ騒音のだるさだから。他の人にはまったくわからない話さ。



しかし、つかれたな。

めんどうくさい。



おりゃ、どうすればいいんだ??



2019年1月23日水曜日

高度なことをやる人の給料は高くてあたりまえ、高度ではないことをやる人の給料は低くてあたりまえという常識


高度な知識を必要とする仕事、高度な判断力を必要とする仕事は、給料(年収など)が高くてあたりまえだという考え方を是正しなければならない。労働量というのが問題なのだけど、労働量がおなじであれば、給料はおなじであってもいい職業に貴賎はないのだろ。ならば、高度な仕事は高くて、だれでもできるような仕事は安いというところをかえていかなければならない。とは、言っても市場関連の方はかえることができないだろうから……AIや関税でかわってくるとは思うけど……直接かえることはあんまりよくないという考えにたつこともできるので、まずは、公務員関係をかえていけばよいのである。高度な知識を必要とする仕事も、だれにでもできる仕事も、だいたいおなじ給料にすればいい。
高度なことをやる人の給料は高くてあたりまえ、高度ではないことをやる人の給料は低くてあたりまえという常識をかえた方がいい。
そして、たとえば、高度なことをやる人の給料は高くて、高度ではないことをやる人の給料は低くていいという考え方のもとに、学校歴がかかわっているのであれば、それも、かえた方がいい。勉強をがんばった人は高い給料であたりまえ、勉強をサボった人は低い給料であたりまえ……まあ、こういう感じ方をかえるべきだ。そうすれば、まわりまわって本当の学問が発達する。だいたい、多くの人が『世のため人のために働く』と言っているのだから、別にここらへんの関係がくずれてもいいだろう。ここらへんの関係というのは、高い学力が高収入につながるポテンシャルな能力の高さを示しているという関係だ。学力はポテンシャルな知的能力をかなり正確にあらわしており、学力が高いものが、高収入を得るのはあたりまえだという考え方は、近代学校システムの誕生とともに発達したのだが、そろそろ、こういう考え方をかえるべき時代に突入した。*1

まあ、一方では、起業の自由があるので、学歴がない人学校歴がない人でも、金を稼ぐことは可能だろということも成り立っている。しかし、これは、これで別に考えよう。起業の自由は保障されているけど、実際には、やはり、金銭的な資本があり、文化的な資本があり、親が高度な職業ついている人が圧倒的に有利であることにはかわりがない。そして、このことは、リンクしている。つまり、金銭的な資本があり、文化的な資本があり、親が高度な職業ついている人が、高い学校歴を手に入れることのほうが、そうではない人が高い学校歴を手に入れることよりも、容易だという関係がある。

高学歴ニートさんには別の意味でがんばって欲しい。

(日本の企業が重視しているのは学校歴だけではなくて、部活などをするときに求められる行動様式だ。この行動様式に対する適応度が、会社で高く評価される。と言うよりも、部活などをするときに求められる行動様式が根本的に身についてない人は脱落する。それは、『コミュ力』というような言葉で語られることもあるのだけど、『コミュ力』という言葉で表現されているのは、部活などをするときに求められる行動様式の一部だ。


*1(その前は身分制度なので、学力は収入や富といった経済力とは関係がない。そもそも、近代的な意味での『学力』というものがない。)

何度も言う、俺は貧乏、を、やめるぞ。

何度も言う、俺は貧乏、を、やめるぞ。

やめるぞ。やめるぞ。





あーあ。俺はいったいなんだったんだよ。

俺は~~ いったいなんだったんだ。

こんなに自分の人生を大切に考えていたのに、むちゃくちゃになってるやついないな。すべて、ヘビメタ騒音が悪い。全部、ヘビメタ騒音が悪い。すべて、ヘビメタ騒音でくずれた。全部、ヘビメタ騒音でくずれた。

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俺はこのままここで「かれて」いくのかな。


簡易味噌汁を作った。
うまい。

しかし、俺はこのままここで「かれて」いくのかな。
現状維持が精一杯で、新しいことなんてできない。
あーあ。

年末年始からずっと、こんな調子だ。
けっこう、くるしい。
本当に、ヘビメタ騒音の打撃が大きい。
ヨソの人は、ヘビメタ騒音の影響の大きさを過小評価する。気違い兄貴はまったくわかってない。けど、大きい。とてつもなく、つらい。いまもつらい。


寝る前に、『俺はここで終わるのかな』と考えた。起きてからもおなじだ。

2019年1月22日火曜日

Aさんは働けない人だと思えば良いのである



事実上働けない人のことについてちょっとだけ書いておく。事実上働けない人は、本人の経験から、『自分は事実上働けない』と思っている。

そして、これは、あたっている。

正解だ。

しかし、事実上働けない人でも、他の人から見ると『働けるように見える場合』がある。他の人から見れば、その人は働けるのに働かずにサボっている人なのである。

日本人であれば、『働けるのに働かないのはケシカラン』と思っている。なので、その人に向かって「働けるのに働かないのはケシカラン」「働けないなんていうのは、甘えだ」と言うことになる。そういう言葉が、実は、その人を追い詰める。どうしてなら、『事実上働けないから』だ。

他の人たちは、その人が実は働ける人だと思っている。めんどうくさいから、AさんとBさんとCさんに登場してもらおう。Aさんは、自分が事実上働けない人間だと思っている。そして、それは正しいとする。

しかし、Bさんから見ると、Aさんは働ける人間に見える。その場合、Bさんは、Aさんにはっぱをかけたり、働くように促したりする。

Cさんは自分が事実上働けない人間だと思っている。そして、それは正しくないとする。ようするに、Cさんは「自分が事実上働けない人間だ」と思っているにもかかわらず、働ける人間なのである。

Bさんから見ると、AさんとCさんの違いはない。AさんもCさんも「自分は事実上働けない」と言っているけど、Bさんから見るとAさんもCさんも、本当は働ける人間に見える。

しかし、自分は事実上働けないと思っているAさんの認識は正しく、自分は事実上働けないと思っているCさんの認識は間違っている……とする。

その場合、Aさんは、Bさんから説教をされて、針のむしろの上にいるような気分になる。実際、ぼくから見ると、Bさんは、Aさんを言葉の針で刺していると思う。Aさんにとっての現実というのは、だれからも、針で刺される現実なのだ

だから、Aさんがそとに出た場合、針の上を歩いているような状態になる。右からも左からも、Bさんのような常識的な人が、針をつきだしてくるような状態になる。

なので、非常に生きにくくなる。

どうしてなら、Aさんの場合は「事実上自分働けない」という認識が正しいからだ。実際に、働けないので働かないだけなのだけど、BさんやBさんに類似している人たちは、それを認めない。

BさんやBさんに類似している人たちにとっては、Aさんは働けるのに働かない人間だ。だから、言葉の針で刺してもいいということになる。いや、むしろ積極的に刺すべきなのである

しかし、それが、……そういう現実が、Aさんにとっては「たえられないこと」なのである。なので、Aさんは自殺したいと思うだろう。しかし、BさんやBさんに類似した人たちは、Aさんがそれほどくるしんでいるとは思ってない。

ここに、認知・認識の差がある。

なので、もし、BさんやBさんに類似した人たちがAさんの自殺をとめたいなら、Aさんに対する認識を変える必要がある。Aさんが言うようにAさんは働けない人だと思えば良いのである。BさんやBさんに類似した人たちがAさんは働けない人だと思えば、Aさんの自殺は食い止められる。簡単なことじゃないか! Aさんは生きやすくなる。

思うだけなら、ただでしょ。自殺対策に金がかからない。もちろん、Aさんが働けない人間なので、生活保護をもらう場合や障害年金をもらう場合は、金がかかる。けど、それは、しかたがないことだ。

CさんとAさんの区別をどうするかという問題がある。それは、まあ、医者に任せてもよいけど、本人が働けないと言っているのであれば、すべて働けないということにしておいたほうがよいと思う。

働いていると、働いていないだと、二値で考えることになるけど、実際には、少ない労働量であるにもかかわらず、たくさんの金をもらっている人たちがいる。それは、実際の給料だけではなくて、将来の年金や恩給も含んでいるとする。

つまり、たとえば、一〇〇の労働に対して、一〇〇の収入があるのではなくて、人によって、一〇〇の労働をしているにもかかわらず一〇しからもらえない人もいるし、一〇〇の労働をしているだけなのに、一〇〇〇〇ももらっている人がいる。

なので、かならずしも、働いている人はよくて働いていない人は悪いということは言えない。実際には、二値ではないのに、二値であるかのように言っている。

『働く』と『働かない』という二値で考えてしまうといろいろな誤解が生まれる。そして、働いた人は、将来の年金や恩給に関しても、働いたのだからもらって当然だと考えてしまう。

しかし、量を考える必要がある。もし、働き(労働量)に対して高すぎる賃金をもらっている人は、実は、働いていないにもかかわらずおカネをもらっている人とおなじ立場にたっていることになる。あるいは、かかる公的なおカネが、働いてない人にかかるおカネをこえてしまう。

なので、本当に公的なおカネ(財源)を圧迫しているのは、だれなのかということを考えなければならない。

あとは、生活保護の医療扶助は上限を定めるべきで、浮いた金を、より多くの人に配分するべきだ。あとは、自衛隊の恩給と高級な公務員の共済年金を減らすべきだ。ディフェンスシステムにお金をかけて、歩兵の数は減らすべきだ。ともかく、兵器システム側にシフトするべきで、自衛隊の人員を減らすべきだ。


2019年1月21日月曜日

何万回「やめろ」と言われても、まったく関係がないつもりで「やりきる」


世間は、クリスマスイブらしい。他の人のブログを見て、気がついた。あーー、ぜんぜん気がつかなかったよ。

ぼくの頭にはヘビメタ騒音の悪夢が色濃く残っていて、ずっと、それとたたかっている。たたかっている状態だ。ヘビメタ騒音のクリスマスなんて、めちゃくちゃに決まっているだろ。あしかけ一五年ヘビメタ騒音以降のクリスマスなんて、ひえひえで、さみしくて、憂鬱で死にそうな気持ちになってすごしているに決まっているだろ。どれだけ、気持ちを盛り上げようとしても無理なんだよ。ヘビメタ騒音以降、他人は、とげとげだ。これがわかるか? この意味がわかるか? 気違い兄貴のやつ自分が夢中になってやっているだけで、やっているあいだどれだけ何回、「やめてくれ」ということを言われても、わからないんだよな。言われたことになってない。一日に一四時間こだわりつくして、絶対にゆずらないで、頑固に、自分が満足できるデカイ音で鳴らしていても、本人は、一四時間、ずっと静かにしてやったのとおなじ気持ちでいる。あるいは、最初から、鳴らしてないのとおなじつもりでいる。最初から鳴らしてないので、ヘビメタ騒音がなんなのかわからないといった気持ちとおなじ気持ちでいる。そりゃ、たとえば、自分がヘビメタを一日に一分も鳴らしてないのに、「ヘビメタ騒音を鳴らすな」と言われたって、頭にクエスチョンマークが浮かんだ状態になるだけだろ。一四時間鳴らしてないのに、『兄貴が一日に一四時間も鳴らすからつらかった』と言われたって、『なにを言っているんだ?」と思うだけだろ。それとおなじなんだよ。それとおなじぐらいに、関心がない。『関係がない』と思っている。気違い親父とおなじように、気持ちがくっついてないんだよね。やりたいときは、自分がやれればいいわけで、それ以外のことは一切合切、関係ないわけ。「やめろ」と言われたら、それは、やりたい自分にとって不都合なことだから、無視しておしまい。この無視が、普通の人間の無視じゃなくて、『言われた』ということも、無視して、なくなくっちゃっている状態なんだよな。だから、次に『兄貴が一四時間鳴らしてたから、うるさくてこまった』と言われたら、自分の行為と関係があることを言われているように思えない。思うことに失敗する。自分人関係がないことを言われている』『自分が、自分に関係がないことで文句を言われている』というような『胸くそ悪い気分』になる。で、胸くそ悪い気分になったら、無視しておしまいなんだよ。だから、永久これが繰り返される。何万回言ってもおなじだ。自分に関係がないことで文句を言われているような気にしかならない。で、もうひとつの自分は、やりたいことは絶対の意地で自分が思ったとおりにやりたいわけだから、まったく無視して、自分がやりたいように、思った通りに夢中になってやる。それが、九三デシベル付近の音で、ヘビメタを鳴らすということであれば、絶対の意地でそうする。だから、そうしているのだけど、「そうしている」というつもりが、いつもない。ヘビメタを鳴らしているということ自体や、エレキギターを弾いているということ自体は認識しているけど、ほかの家では絶対にあり得ないほど大きな音でヘビメタを鳴らしているということ自体や、ほかの家では絶対にあり得ないほど大きな音でエレキギターを鳴らしているということ自体は、認識してない。そういう認識のまま、大きな音で鳴らしているとき、「ヘッドホンをしてくれ」とか「静かにしてくれ」ということを言われると、怒って無視する。それは、親父が怒って無視したのとおなじなのである。兄貴に、『ハンダゴテが使えなかった』という都合が悪いこと……その時!の親父にとって都合が悪いこと……を言われて、怒っている親父とおなじなのである。で、自分が怒ってしまえば、それでおしまいだ。感情が切れている。自分が怒って『無視すれば』あったってないことになってしまうのである。だから、まったく気にしないで、その行為を続けることができる。その行為を続けているのだから、続けているわけで、また、言われる可能性があるのだけど、言われるまでは、まったく言われなかったのとおなじ気分でやりきることができる。で、つぎ、言われたときもまったくおなじ反応で切り返す?!!! ……おなじ反応しかしないので、何万回「やめろ」と言われても、まったく関係がないつもりで「やりきる」ことができるのである。「やりきったら」それがどれだけ長い期間でも、やってないのとおなじなのである。一五年間こだわりつくして毎日やったことでも、「やった」と言われたら「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!」と親父のようにいいきることができるのである。兄貴は……。兄貴は親父とおなじだから、その時不都合なことを言われたら、その時、否定しておしまいなのである。まったくなにも残らない。反省なんてするわけがない。なんてたって、「やってない」と思っていることなのだから、反省できるわけがない。「そんなんじゃない」のだから。

●もし特撮のウルトラシリーズが入試科目になっていたら


たとえば、A君とB君がいたとする。社会科のテストでA君が九〇点をとり、B君は六〇点をとったとする。その時、A君が「一〇点、失敗した」「あそこと、ここで間違った」と言ったとする。


A君にB君が「九〇点なんてすごいね」と話しかけたとする。そのときA君が「ぼくなんてまだまだだよ」と言ったとする。


その時、B君は『九〇点でまだまだなら、俺はどうなるんだ』『バカにしやがって』と思ったとする。けど、この場合は、バカにしてない。A君は自分のことしか語ってない。

これが、たとえば、『六〇点しかとれなかったよ。バーカ』と言えば、バカにしたことになる。怒っていい。私もおなじ立場だったら腹が立つと思う。「ばかにしやがって」と思うかもしれない。



けど、「ぼくなんてまだまだだよ」と言葉は自分のことにしか言及してないので、A君はB君をバカにしてない。じゃあ、どうして、B君は自分がバカにされたと思うのか?



それは、B君が自分のことをバカにしているのである。B君が、自分のことをバカにするような基準を持っているのである。B君の内在化された基準は、根拠がないものではない。



『早食い競争が入試科目になったら』のところで話したように、学校のなかで暮らしていると、学科があたかも重要なものになってくるのである。できるとかっこよくて、できないとカッコウワルイと感じるようになってしまうのである。



学校で生活するとそういうことになる。



そういう価値観を植えつけられる。



たとえば、これが、社会科のテストではなくて、ウルトラ怪獣テストだったらどうか? A君はものすごく怪獣が好きで、ウルトラシリーズのすべての怪獣や怪獣相当の生命体、怪獣相当の非生命体のデータを詳しく知っている。



さらに、撮影裏話や、シナリオのセリフまで正確に記憶しているとしよう。その場合、ウルトラシリーズに、まったく興味がなければ、そんな知識はまったく無駄な知識だと思うだろう。



ウルトラリーズについてものすごく詳しく知っているA君に対して、劣等コンプレックスを抱くだろうか?



「そんなにくわしく知っているなんてすごいなぁ」と思うかもしれないけど、たいして、劣等コンプレックスは感じないのではないだろう。



劣等コンプレックスを感じるのは、本人もそれが重要だと考えている場合のみなのである。



もし、それにたいして興味がない場合は、相手がどれだけそのことを知っていたとしても、自分とくらべて劣等コンプレックスを持つということはない。



B君が「そんなにたくさんウルトラマンの怪獣のことを知っているなんてすごいね」と話しかけたとしよう。それに対してA君が「ぼくなんてまだまだだよ」とこたえたとする。



その場合、B君は『あんなに知っているA君がまだまだなんて、それじゃ、ぼくはどうなるんだよ』と感じるだろうか?



ウルトラシリーズに出てくる怪獣の知識がくだらないものだと思っていれば、絶対にそんなふうには感じない。ウルトラシリーズに出てくる怪獣の知識が重要だと感じている場合は、自分と相手をくらべて、自分が劣っていると感じてしまう。

もし、ウルトラシリーズに関する知識が、日本史に関する知識のように、学校で教えられていて、なおかつ入学試験の科目になっているとしたら? 

そういう場合は、ウルトラシリーズに関する知識に関しても、人間というのは劣等コンプレックスを感じてしまう可能性がある。



ようするに、学校で教える知識として、その分野の知識が選ばれているなら、その知識のあるなしで、人間の『能力』を推し量ってしまうところが、出てくる。この能力というのは、少なくても、『ポテンショナルな知的能力全体』をあらわしているように思えるはずだ。そして、なんとなく、その人間のポテンショナルな全人格的能力まであらわしているように感じてしまう人が出てくるだろう。


学校教育のなかで暮らしていれば、学校的な価値観を身につけてしまうことはよくある。むしろ、学校教育のなかで暮らしているのにもかかわらず、学校的な価値観を内在化しない方がめずらしいと言ってよいのではないだろうか。

2019年1月20日日曜日

●フローとストック 言霊と開運財布と社会構造


●フローとストック 言霊と開運財布と社会構造

「カネがないと言う※から※カネがないのだ」ということが真実であれば、「カネがあると言えば、カネがある状態になる」ということも、高確率で真実であるはずだ。

言霊が成り立つなら、どんな場合でも言霊は成り立つ。ヒトコト言えば、そうなる。「おカネがない」と言うときにだけ、言霊が成り立って、「おカネがある」と言うときは、言霊が成り立たない……なんてことはない。

おカネがあるかどうかは、「収入と支出」と「いままでにどれだけおカネをためたか」で、決まる。「あるある」と言うこと、あるいは「ないない」と言うことで決まるわけじゃない。おカネがある状態というのは、「おカネがある」「おカネがある」と口癖のように言うかどうかとは関係がない。

おカネがあるかどうかは、「収入と支出(フロー)」と「いままでにどれだけおカネをためたか(ストック)」で、決まる。

収入は高ければ高いほどよくて、支出は低ければ低いほどいい。

長期にわたって、収入が支出を大きく上回っていれば「おカネがある」状態になる。

まあ、「収入と支出」はフローで「いままでに貯めたおカネ」はストックだ。

もしかりに、収入と支出がイコールであれば、おカネは貯まらないということになる。もしかりに、支出が収入を大きく上回っているいるなら、それは、問題だ。ストックがある場合は、ストックが減っていくということになる。また、ストックがない場合は借金をするということになる。

なので、おカネを貯めるには、長期間にわたって「収入の方が支出を上回っている状態」を維持すればよいということになる。これだけ!!


「おカネがある」「おカネがある」「おカネがある」と呪文のように繰り返していても、収入と支出がイコールか、あるいは収入よりも支出が上回っていれば、おカネがない状態になる。

「おカネがない」と言っている人は、長年、実際におカネがないから、おカネがないと言っているのである。「おカネがない」と言うことがおカネがないことの原因ではないのだ。

逆に、「おカネがある」と言っている人のところにおカネが実際にあったとしても、「おカネがある」「おカネがある」ということ自体は、おカネがある理由ではない。

もしかりに、「おカネがある」と言っている人のところに、おカネがあるなら、その人は収入の方が支出を上回る状態を何年間も何十年間も維持してきた※から※、おカネがあるのだ。おカネがある人のところに、おカネがあるのは「支出よりも収入が上回る状態を維持してきたから」にすぎない。

まあ、例外的に宝くじに当たった場合も、カネがある状態になる。この場合は、短期間だけど「支出よりも収入が、大きく上回る状態を維持してきた※から※カネがある状態になったということだ。

いずれにせよ、「あるある」とか「ないない」と言っていたからではなくて、実際の収入と支出の差が「ある」状態と「ない」状態の差を生み出したということが肝心だ。そっちに注意をむけなければならない。

宝くじに当たった人でも、そのあと浪費して、ストックを使い切ってしまえば、おカネがない状態になる。宝くじを当てた人が金持ちなのは、宝くじを当てたからだ。「あるある」と言った※から※ではない。

「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」と言ったにもかかわらず、宝くじが当たらなかった人は、おカネがないということになる。

なのであれば、「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」「宝くじが当たる」と言ったかどうかは、宝くじが当たるかどうかにはまったく関係がないということになる。

宝くじを当てて……おカネがある状態になったとしても、ストックを使い切れば、おカネがない状態になってしまう。それは、貯めたおカネ、あるいは、あるおカネを使い切ってしまうという行動が原因だ。「おカネがない」と言ったから、おカネがなくなったわけじゃない。

けど、おカネがなくなってしまったのであれば「おカネがない」と言う回数は増えるだろう。それは、お金を使うときに、あるいは、お金を使おうとしたときに、そう感じるからだ。「おカネがない」と言う※から※、おカネがない状態になるのではなくて、おカネをストック以上に使ってしまったから、おカネがない状態になるのだ。

どうしてこんなことがわからなくなるか?

2019年1月19日土曜日

ヘビメタ騒音と班の連帯責任


むだに明るい窓。
むだに明るい日光。

この時間がまたまた憂鬱なんだよな。
まあ、横になって待機しているだけでよいのだから、我慢するか。
しかし、憂鬱だ。育ち盛りのときに繰り返された記憶というのは、なかなかぬけないんだな。三島由紀夫が言っていたとおりだ。

一年の抱負を考えたときは、ぜんぜん考えないわけだが、こうして、この時間帯に起きているとなると、あの頃の憂鬱が復活してしまう。

ちょっと寒い思いをしただけで、蕁麻疹、きた。


南向きの窓があって、部屋が明るいのだから、いいじゃないかと思うかもしれない。けど、この朝の光はヘビメタ騒音の朝の光だ。俺がどれだけくるしい思いをしてきたか? これ、だめだったんだな。もう、あのときに終わってたんだな。あのとき、ヘビメタで眠れなくて、まるで睡眠時間が足りてないのに、切羽詰まって、動いていた。『帰ればまた鳴っている』……。この気持ちがどれだけ重いか、暗いか。あれ、(あいつは)俺にこんな思いをさせていたのに、気がつかずに鳴らしていたんだな。『どれだけ言っても気がつかずに鳴らしていたんだな』。

他の人にはまったくわからないと思うけど、十一歳の九月からずっと、くるしい。朝、ぼくは『精神の人』になって、動かない体をむりやり動かして、学校に行った。けど、全部がむだだった。オシマイだった。この雰囲気はない。ぼくはあのときにもう、だめになっていたんだな。むりやり体を動かしすぎた。これ、今日は待っているだから、いいけど……これで、いま、どこかに行くとなったら、精神が張り裂ける。精神が張り裂けるのを我慢して、学校に通っていた。不登校の場合は学校でいやなことがあるわけだけど、俺の場合は「うちでいやなことがあった」わけだ。しかも、帰ってきてから、……どれだけやめろと言っても……一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、四十分間と続く。六時間四十分。楽だと思うか? 楽じゃない。毎日続いてみろ、死にたくなる。毎日、死にたくて死にたくてたまらない思いに駆られる。俺は、それを、見えない接着剤でつなぎ止めて、ぎりぎりのところで生活していたんだ。これ、一回も経験してないやつが、『ヘビメタ騒音がなんだ』とか『ヘビメタ騒音なんて関係がない』とか『過去のことは過去のことだ』とか言いやがるけど、本当になんなんだろう? おまえらは、経験してないから言えるだけだろ。

うちでいやなことがある」だけではなくて、ヘビメタ騒音の影響で学校でもいやなことが、あるんだよ。連発する。たとえば、ヘビメタ騒音で宿題ができないわけだけど、班の連帯責任されると、文句を言うやつが出てくる。その時、『どうして宿題をやってこなかった』と聞かれて『ヘビメタ騒音でできなかった』と答えたら。『なにがヘビメタ騒音だ』と言いやがったんだよ。そいつは、自分もヘビメタが好きで家で鳴らしていたやつなんだけどな。どのくらいの音で鳴らしていたかは知らないけど。ともかく、ヘビメタ騒音でズタボロで、貸しができるんだよ。可視が。俺の立場が悪くなっていく。遅刻をした場合も、班の連帯責任されると、文句を言うやつが出てくる。『どうして、遅刻した』と聞かれるので、しかたがなく、本当の理由であるヘビメタ騒音について説明する。『ヘビメタ騒音がなんだ。そんなことが理由になるわけないだろ』とそいつは、言いやがったんだよ。貸しができるだろ。こういうやつに貸しができるだろ。本当にボロボロだったね。

警察が帰ってしまえば、いつものデカイ音で鳴らしたと思う


今日はだいぶ落ちている。
なんもしたくない。
だれか俺の代わりに俺のご飯をつくって持ってきて。
ゴミ捨てて~~
まあ、契約をすればそういうこともできるか。
金がかかるけど。

ここに書いてもしょうがないけど、やっぱり冬はやばい。いろいろないみでやばい。まあヘビメタ騒音だけど。あれがぼくの人間関係と人生を破壊してしまったんだ。
どーしてもゆるせない。
だれだって、あんだけ長い間ヘビメタ騒音にさらされればそうなる。けど、そういうことがわからない連中が、俺をバカにするんだよな。手短にいうとそうだ。ヘビメタが鳴ってたって俺なら勉強することができた(ヘビメタが鳴っているから勉強することができないなんてことはない)。俺だったら、お兄さんを静かにさせることができた。静かにさせることができないんだったらしたがない。静かにさせることができなかったやつが悪い。あーあ、気違いの状態がわかっているやつがいない。本当にあの音がずっと鳴っていたらどんな気分になるかわかるやつがいない。毎日続いたらどうなるかわかるやつがいない。警察だって、……これ、頼まなかったから、すべては想像の話になるけど……警察が帰ってしまえば、いつものデカイ音で鳴らしたと思う。何回も警察を呼んで、警察はきてくれるか? そのうち、うちのことは、うちで解決してください(家族のことは家族で解決してください)ということになると思う。気違い兄貴が、注意されても、こわい人?が帰ってしまえば絶対の意地で普段通りに、鳴らすのは確定事項だ。だって、気違い兄貴は、『たいした音で鳴らしているつもり』がないのだから。あんなにデカイ音で鳴らして、デカイ音で鳴らしているつもりがない。〇・一デシベルでもゆずってやったら、九〇デシベルぐらいゆずってやったつもりになってしまう。頭がおかしいほど、小さな量、ゆずったら、頭がおかしいから、すべてゆずってやったと思ってしまう。「もう、いいな」なんて言って、いつもの通りの気違い的にデカい音で鳴らす。どれだけ、『デカイ音だ』と言っても『デカイ音だ』ということを認めない。ゆずってやったら、気違い親父とおなじように、問答無用で、自動的に、ものすごく小さな音で鳴らしていると思ってしまう。こんな、意地悪があるか? こういう意地悪をふつーにやるんだよ。デカイデカイ音で鳴らしているのに、ゆずってやったと本気で言う。他の人がびっくりしてしまうぐらいにデカイ音で鳴らしているのに、「もう、こんくらいゆずったらいいんだ」と言って、ずっーーと鳴らし続ける。鳴らし続けているあいだ鳴らしているのに鳴らしてないと思っているんだ。ゆるせない。

   *   *   *

実は『俺が言ってやる」と言ってくれた友達が二人いる。両方とも高校生のときの友達だ。で、俺は、あのときことわってしまった。どのみち、気違い兄貴は、ゆずらないと思うから。けど、きてもらった方がよかったのかもしれない。だいたい、ことわったということで、きらわれているんだよな。その『俺が言ってやる』と言った人の妹に、その人が『お兄ちゃんその人に相手にされてないね』と言ったらしいんだよ。こんなのまったく予想できなかった。俺は『悪い』と思っていたんだよ。『わざわざきてもらうのが悪い』と思ってしまった。『無理だ』と言った。俺が電車賃のことを言ったら、……ここは俺が持つべきだと思うけど……『俺が自腹で行くからいい』と言ったんだよな。で、よけいに悪く思ってしまったわけ。だから、『無理だと思う(兄貴に言っても無理だと思う)』という気持ちが大きかったのだけど、『(きてもむだだから)わざわざ、きてもらうとなると悪い』という気持ちがあったんだよ。で、まあ、二人とも俺から離れていくわけ。まあ、『悪い』と思わないで、きてもらって、言ってもらえばよかったんだけどね。まあ、絶対にやめないだろうけど。他の人に注意されて、やめるようなことなら、とっくのとうにやめているよ。どれだけ注意してきたと思っているんだよ……という気持ちもあった。だって、本当に、家にいるときの兄貴は、家にいるときの親父とおなじで、頭がおかしい。うちでなら、どれだけ指摘されても、どれだけ注意されても……「そんなことはない」という意識のまま、フツーーーーにズーーーッとやってしまう。やめない。どれだけ言っても、一分だってやめないし、どれだけ言っても、一分だってヘッドホンをつけてくれない。自分がゆずってやりたい分だけゆずって?それで、全部ゆずってやったことにしてしまう。親父のハンダゴテとおなじなんだよ。あんなにデカイ音で鳴らしているのに、デカイ音で鳴らしているという気持ちがない。認識がない。それは、指摘されればわかることじゃないんだよ。指摘されたら、発狂してしまう。そして、正反対のことを叫んで、正反対のことを叫んだあとは、『なにも言われなかった』ステータスに復帰して、そのままフツーーーーにズーーーッとやってしまう。まあ、どんだけひどい音で鳴っているか、証人をひとりでも多くつくっておくために、むだだとは思うけど、きてもらうべきだったんだな。まあ、もちろん、どんなに貧乏でも、くるためのおカネ(電車賃)は俺がだして、きてもらうべきだった。きて、注意したとしても、絶対に、やめないと思うけどね。兄貴は、うちでは、やっていいつもりでやっているから、親父とおなじように絶対に、言うことを聞かない。きちがい行為を……「そうじゃないそうじゃない」と……絶叫しながら、認めずにやりきっていたときの親父とおなじだから、絶対にどんなことがあっても、やめない。うちではやめない。うちでなら、すべての時間、自分が思ったとおりの音で……鳴らす。本当に我慢して、一分間二分間、すごすということはありえない。うちにいるなら、絶対に一分間であろうが、※我慢して※鳴らさないようにするということはありえない。あるいは、つけたくないヘッドホンをつけて鳴らすといこうとはありえない。ヘッドホンをつけて鳴らすということをこばんで、鳴らしていた音が、静かにした音だと思っているんだよな。そういうことなのであれば、俺の友達が注意してもおなじだろ。本人は、ちゃんと静かにしてやったつもりで、気違い的にデカい音で鳴らしているわけだから、本当には、静かにせずに、静かにしたつもりで、頑固に鳴らすと思う。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。