2019年9月19日木曜日

援助をするべきだと考えるなら、Aさんは働けない人だという前提で、話をすすめるしかない


「そのうち働くんでしょ」という紐付きの援助を求めなかった人の気持ちがわかる。事実上働けない人が、他の人からは「働ける人だ」と思われている場合であって、なおかつその人(事実上働けない人)がまじめな人である場合、どうしたって、援助は受けられないという気持ちになる。どうしてかというと、「働けない」からだ。「働かない」のではなくて、「働けない」からだ。その人、その人というとわかりにくくなるので、事実上働けない人をAさんということにしておこう。

問題なのは、Aさんが主観的に働けないと思っているだけだということを、Aさんが否定できないということだ。そりゃ、医者がAさんは働けませんと書けば、それで、行政的にはおさまるけど、Aさんの障害について、医者が働けないという太鼓判を押さなかった場合の話をしているのだから、Aさんが主観的に働けないと「思ってるだけなのか」Aさんが働けないのかは区別がつかない。

たとえば、しばらくの援助であれ、やがては働く必要があるという条件付きの援助なのであれば、働けない(という確信がある)Aさんは、そういう援助を受けるわけにはいかないということになる。

けっきょく、「はたらかざるものくうべからず」という文言に縛られて、死んでいくということになる。そりゃ、援助は、無条件の援助ではなくて、将来、働かなければならないのだから、働けないAさんの場合は、援助を受けられないということになる。

まあ、ふまじめな人であれば、とりあえず、援助を受けて、そのあと、働くそぶりは見せるけど、働かないようにするということをするのだと思う。(実際に働けない人なのであれば、このようなことをすることは、悪いことではない。)

けど、そういうことをしたくないという人は、やはり、紐付きの援助は受けられないので、援助を受けずに死ぬということになる。(飢え死に)。まあ、一種の「殉教」みたいなものだな。世間では「働かざる者食うべからず」というおそろしい戒律?が成り立っているのだから。まあ、戒律じゃないにしろ共同幻想ではあるよね。

だから、助けを求めなかったのだと思う。実際に飢え死にするほうを選んだ人は、援助を求めなかったのだと思う。(どうして、援助を求めてくれなかったのか?)という疑問を持っている人がいたので、それに対する答え。

もうひとつの答えは、「あおりがある」ということだ。「働かざる者食うべからず」という共同幻想が成り立っている社会で、働かないで生きていくというのは、批判を受ける生き方なのである。実際には、Aさんのなかでは、働かないのではなくて、働けないのだけど、Aさん以外の他の人がAさんは働けると見なしているのだから、Aさん以外の他の人は、必然的に、Aさんをせめるのである。

せめてあたりまえだ。

そうなると、Aさんは、自分以外の人の前に出ると、いつも、「なぜ働かないのか」という質問を受けることになる。Aさんは「働かないのではなくて、働けないのだけど、それは、Aさんのなかの話しなので、他の人はAさんが働けると思っている以上、Aさんが働けるという前提で、質問をすることになる。あるいは、ものをいうことになる。説教することになる。

しかし、そのような説教をされても、AさんはAさんのなかでは働けないので、無理なのだ。働けないので働けないと答えるしかないということになる。

しかし、世間の人は、Aさんが働けないということを認めていないのだから、そういう答えでは納得しない。だから、質問と説教を繰り返すことになる。

これは、できないことを求められているので、Aさんの主観的な感覚で言えば、「あおられている」のとおなじだ。世間の前に出るということは、尋問されるということなのである。(働けないということは)自分のなかでは自明なことなのだけど……。

そして、「働かざる者食うべからず」ということが、特殊な個人の特殊な幻想ではなくて、共同幻想なので、Aさんをせめる個人を、おなじ共同幻想を持った社会の人たちが支持するということになる。ようするに、Aさんのまわりは、みんな、Aさんの『敵』なのである。

だから、Aさんとしては、援助を求めるわけにはいかなかったのだろう。

だいたい、生活保護だって、一時的に助けるものだということになっている。働くまで、一時的に助けるものなのであるから、働けないAさんは、受けるべきではないのである。まじめに考えれば……の話しだ。

ともかく、どうして働かないのだ?と質問するほうは、ほんとうはAさんがなにを答えても、「働かないかぎり」納得しない。Aさんが働けると思っている個人は、Aさんが働かないかぎり、納得しないのである。ともかく、Aさんは、『働けない証明書』を手に入れなければならないのである。

まあ、『働けない証明書』をAさんがもらえば、たいていの人は、納得して、追及の手を休めるだろう。けど、『働けない証明書』をAさんが持ってないかぎり、追及の手を休めるということがない。Aさんがその追及の手からのがれるには、一切合切、人前に出ないということが必要だ。

もちろん、世間話を振ってきたら、世間話にはつきあうけど、『援助にかかわること』を振ってきたら、その話には『のらない』ということが必要になる。実際に、援助を受けたほうがいい』ということをAさんに話す人は、Aさんが援助を受けたあと、働かなくても、追及をするということはないだろう。役割分担がちがうからだ。『働いてください』と言ってくるのは、また別の人だからだ。

いずれにせよ、紐付きの援助を受けるつもりがないのだから、最初から関わり合いを持たないようにするというのが、Aさんの考え方なのだろう。この考え方の背後には、もちろん、『働かざる者食うべからず』という考え方がある。


もし、実際にAさんを助けるとするならば、Aさんは働けない人だという前提で、話をすすめるしかないのである。そういう前提で、援助を申し出たのであれば?援助を受けたかもしれない。

まあ、『働かざる者食うべからず』という共同幻想を持っている人は、そういう前提で援助をすることには、反対するだろう。

『働かざる者食うべからず』という共同幻想を持っている人でも、『障害者は働かなくてもいい』『主婦は働かなくてもいい』『学生は働かなくてもいい』『定年退職者は働かなくてもいい』というような例外の補足規定?のようなものを持っているので、(Aさんのようなものをふくめるかどうかについては)例外の範囲のちがいでしかないということになる。医者に『障害者』として認定された人は、障害者なので働かなくても食べていいと考える人が、『働かざる者食うべからず』と考えている人のなかにもいる。

けど、その人から見てAさんが働ける人なのであれば、当然、Aさんは例外にはあてはまらず、「サボっているだけなのだから、食わずに死ね」という考え方をAさんに押しつけることになるだろう。

まあ、それがあおりで、それがわかっているからこそ、Aさんは、援助をことわって、飢え死にしたのだろう。いちおう、共同幻想と一致しているので「サボっているだけなのだから、食わずに死ね」という考え方は、ひどいことには思えないと思うけど、ひどい考え方だと、ぼくは思うね。Aさんは『サボっているわけ』ではないのだから……。ただ単に『働けない』だけだ。

基本的には『働かなくても食っていける社会』をつくったほうがいいと思う。技術的にはそういうものはつくれる。富の偏在と分配のしくみがうまくなりたってないだけだ。いまの資本主義経済社会だと、『働かざる者食うべからず』というおどしがまず必要になる。これは、おどしてあると同時に『現実』でもあるので、抗しがたい。

けど、これは、いまの特殊な社会が生み出した、特殊な信念であるとも言える。まあ、みんなが信じていれば、共同幻想なのだから、それなりの拘束力はある。

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生活することと、働くことのあいだには距離がある。生活することはできるけど、働くことができない人は、いる。ただ、その人が運良く?『自分が働けない』ということを証明できるとはかぎらない。医者といたって、いろいろいるからね。

2019年9月18日水曜日

もし、殺人者が「過去は関係がない」と言ったらどう思うか?

全部自分がやりたいことはやりきって、「ゆずってやった」とはなんだ!!! ふざけるな。それだけで、デコパッチンFBだ。一切合切ゆずらない状態で、気違い的な意地で鳴らし続けて、「ゆずってやった」だからな。親父とおなじなんだよな。しかも、繰り返し行為。全部おなじ。そのしわ寄せが、全部、俺にくる。ほんとうに、一三時間(じゅうさんじかん)鳴らせるなら、一三時間、ものすごくデカイ音で鳴らして「ゆずってやった」だからな。頭がおかしい。「ゆずらずにずっと鳴らした」という認知ができあがってもいいはずなのに、そういう認知が「あくまでも」存在しない。「やったってやってない」という認知なのである。頭がおかしいけど、そういう頭のおかしさを利用すれば、「やってないつもりで」自分がやりたいことを全部やってしまうことが可能なのだ。「やってしまったら」……「もう、関係がない」だよ。前提はまったく違うけど、「過去とは関係がない」と言っているやつとおなじだ。「過去は関係がない」……頭がおかしいことを、気違い的な意地でやりきって、他人に迷惑をかけた人が、その言葉を言ったら、どう思うよ?? おまえを自殺未遂に追い込んだやつが「過去は関係がない」と言ったら、どう思うよ? カウンセリング・ルームでヒエラルキーが保たれているから、そういう発言が可能なんだよ。これがわかるか?


ぼくが欲しかった生活


いやー、もうつかれている。いつものつかれだ。ぼくが欲しかった生活というのはなんなんだろうな?
手に入れることもできたのに……。ヘビメタでくるしすぎる。気違い兄貴が気違い的にこだわってこだわって、毎日、毎時間、毎分毎秒やった行為が、でかすぎる。行為の影響がでかすぎる。
つかれた。

2019年9月16日月曜日

正義は勝つんじゃないのか?


俺がいまこうなっているのはたしかだ。おかしいな。正義は勝つんじゃないのか?
ともかく、ボロボロだ。こんなのはおかしい。

どうしても、ヘビメタ騒音でくるしい。どうしてもくるしい。いま、くるしい。どうしてもくるしい。ヘビメタがはじまってから陸続きでどうしてもくるしかった。

世間の人にたいしてだって、なんて言うのかな? ふがいない思いをしなければならない。気違いヘビメタで、「失敗している」わけだから。こんなの、かっこう悪くて、てれわらいだ。あるいは、無言でたえている。

他の人にはなかなかわからないと思うけど、ヘビメタ騒音でくるしい。あれ、ほんとうに、一日中くるしい。あれほんとうに、一生中、くるしい。くるしくないときがないからな。ヘビメタをやられたあと、くるしくないときがない。

一秒もない。

鳴っていない時間も含めて、ヘビメタ騒音でずっとくるしい。他の人にはこれがわからない。「鳴ってない時間がくるしいなんて、そんなの言い過ぎだ。人のせいにするな」と思う気違い野郎もいることだろう。こいつはわかってないだけだ。

こいつだって、四六時中……ほんとうに四六時中ずっと鳴らされればわかるよ。しかも俺はあのとき、未成年だったんだぞ。子供だったんだぞ。学生だったんだぞ。ゆるせない。

けど、まあ、「ゆるせない」なんて書くと、「やみおちしている」とか思って人が離れていくんだよな。

けど、実際ぼくとおなじことが、ほぼぼくと同じ時期に起こって、ちゃんと生きられる人間なんているのかよ? ぼくはこれでも、ちゃんと生きているんだぞ。そとでは、働けないけど。だいたい、そとで働けない……ヘビメタ騒音でそとで働けないということが「弱点」になってしまうだろ。

ほかのやつがほかのひとにいじめられていたとき、俺は助けてやったのに、助けてやったやつは、俺がやられているとき?別に助けてくれるわけじゃないんだよな。こういうのは、多かったな。まあ、好きで助けたわけだから、別にいいのだけど……。

……それにしても、そとで働けない、引きこもりだ、ながらく無職だったということは、いまだに「せめられる」ポイントではある。

あー、それにしても、入試の時、気違い兄貴がキチガイ的な意地でヘビメタを鳴らして、どれだけこまったか。他の人の前に「おちた人」「高校おちまくりの人」として登場しなければならないんだぞ。

女の子の前に立たなければならなくなるんだぞ。かりに、女の子がものすごく心配してくれたにしろ、「やっぱり、かっこうわるい」「ばつがわるい」。俺が学校でどれだけはずかしい思いをしても、俺が学校でどれだけかっこうわるい思いをしても、気違い兄貴は、「まったく無関係な人」として、問題であるヘビメタ騒音をやりきる。

「やったってやってない」が成り立っている。どれだけ俺が「こまるからやめろ」「恥をかくからやめろ」と言っても、まったく関係がない人として、鳴らし続ける。鳴らすことしか考えてないから、どれだけ言われても、自分とその発言の関係がわからないのである。

これは、気違い親父とおなじなんだよ。

たとえば、これはもう、何回も書くけど、気違い兄貴が、「親父が押しつけたハンダゴテのことで」学校で恥をかいたというとを親父に言っても、親父はまったくわからないんだよ。「つかえるつかえる」の一点張りだ。自分にとって不都合なことは認めない。

普通なら、……普通の人間であれば……あやまらなければならないところで、怒り狂う。逆ギレなんていう、なまやさしいものじゃない。

逆ギレは、普通に流れがわかる。

どうして、逆ギレしているのか、普通の人は、見ていればわかる。けど、気違い兄貴や気違い親父の場合、そういうレベルにも到達してないのである。逆ギレレベルにも到達してない。ほんとうに、自分と「相手が言っていること」の関係性が、とことんわかってない。

だから、まったく迷惑をかけたつもりがしょうじないのである。どれだけ迷惑行為をしても……意地を張ってこだわってこだわって、逆上してやっても……ぜんぜん迷惑をかけたつもりがしょうじないのである。

で、本人が一日中やりたかったら、絶対の意地で一日中やるのである。一秒だってゆずることができないのである。そういう意地だ。

けど、「意地を張って、一秒もゆずらずにやった」ということがまったくわかってないのである。どんだけ、こまるか?

「話し合えばいい」なんて言う人にはわからない世界の話しだ。だから、俺がよけいにこまるのである。普通の人は、「話し合えばいい」「家族なのだから相談すればいい」と思っている人たちだからだ。

どんだけ、ズレているか。そして、けっきょく、家のなかのことだから、学校にいる人とかはじめてあった人にはわからない。(兄貴の場合、近所の人にはわかるけど)。

それだって、近所の人からすれば、「あの家の人は」「あの家は」ということになっていて、俺が兄貴の騒音を「承認」しているように思われてしまう。「承認」というのは、ようするに、「やってもいいと思っている」ということだ。さらに、そとから見た場合、だれが本当に鳴らしているのかわからない。ひょっとしたら、もと北側の奥さんは、俺が鳴らしていると思っていたかもしれないんだぞ。あの人は俺のことが気に入っていたから、文句を言わなかったのかもしれない。

ともかく、くるしい。これ、ほんとうに、騒音が鳴ってない時間、どれだけくるしい思いをしているか、他の人にはまったくわからない。ハンディがありすぎる。

2019年9月15日日曜日

ほかの個体は、ほんとうの意味でヘビメタ騒音がどれだけつらいかわからない


行ってきた。大根おろしを食べてきた。けど、ポン酢だったので思った味とは違っていた。ぼくは、醤油をかけるつもりだったから。まあ、言えば醤油も持ってきてくれるのかもしれないけど、試しにポン酢をかけてみた。ポン酢のほうがレタスにはあっている。(レタスがついてくる)。

実は、昨日は、マグロのぶつ切り二皿を食べている。これが、ちょっとした手違いで、会計がまちがっていた。なので、言ったら、適切に処理してくれた。あれは、料理している人にたのむのではなくて、やはり、アルバイトの人にたのんだほうがいいんだな。あのときいなかったから、目の前で料理をしている人にたのんじゃったよ。そうしたら、アルバイトの人がまちがって、マグロのぶつ切り二皿、プラス、マグロの切り身一皿だと思ってしまったわけ。今度は、あっちのアルバイトの人にたのもう。

けど、マグロの切り身とライス(小盛り)を食べると一三〇〇円ぐらいいってしまう。最近、外食で食べる金額が高い。今日も、ほうれん草のソテーをお土産で買ってきたけど(テイクアウトで買ってきたけど)、それを入れて一三〇〇円ぐらいだ。で、飲み物を飲まないようにしているのである。注文としてはちょっと、おかしい。普通は絶対に(と言っていいほど)飲み物もいっしょに注文するはずなのである。実際、「お飲み物は?」とかならず聞かれるので、ことわるのに苦労している。

飲み物を飲まないようにして、お金を浮かせる作戦は、みえみえなんだろうけど、やらざるをえない。「この人、金がないんだな」と思われるのがちょっといやなので、トマトの切り身とかほうれん草のソテーとかといった一品をいれるようにした。実際、飲み物よりも、トマトやほうれん草のほうが、うれしい。ほぼ同じ値段だし……あるいは、飲み物のほうが高いし。

たとえばの話しだ。店のなかでコーラが二五〇円で飲めるとする。……コーラは、帰りにローソン100で買えば、一〇〇円ぐらいだ。さらに、一リットルの一〇〇円のコーラもある。なので、帰りに飲んだ方がいいやということになる。で、飲み物として、欲しいのは、実は、大根の味噌汁とか、ナスの味噌汁なんだけど、アサリの味噌汁しかなかったりする。

これ、飲み物をたのまないというのが、けっこう、くるしいんだよな。こころのバリアーをはずさないとだめだな。「とりあえず、これだけ」と言って、けっきょく、飲み物はたのまないで、外に出る(会計する)とかまあ、そういう手を使っているけど……。これ、基本、やはり、栄養のバランスとしてほうれん草やトマトは欲しいけど、別にどうだっていいやという気持ちもある。というわけで、やはり、単品をたのんで、腹がへっている場合はご飯の小盛りをたのむということで、切り抜けたい。

ああ、けど、今回のココスでは、ご飯じゃなくて石窯焼きパンをたのんだ。これは、前から食べたかったものだから、食べてみた。うまかった。

まあ、まるまるするまえに、このくらいのぜいたくはしてもいいだろう。別にいま、まるまるするわけじゃないけど。

「おかあさん、やっと、ファミレスで一三〇〇円ぐらいのものを食べられるようになったよ」などと思ったけど、基本、くらい。そりゃ、ヘビメタにやられっぱなしだからな。ココスに行くまでの道というのは、ヘビメタ騒音が鳴っている期間、何千回も通った道なのである。激しくつかれた状態で通信制大学の面接授業に行くときも通った道なのである。どんだけ、疲れ切ったむなしい気持ちで通ったか。そして、高校入試の願書に貼る写真を撮るためにダイヤ君と通った道なのである。どれだけ、張り裂けそうか。俺は、張り裂けそうな気持ちだったんだよ。ヘビメタ騒音が終わってないから。帰ったら聞かされるから。ずっと、夜の一一時まで鳴らされるから。
ヘビメタ騒音を鳴らされると、ほんとうに自分のことのように俺のことを心配してくれた人ともうまくいかなくなるのである。これは、必然だ。これ、必然じゃないと思っている人もいるかもしれないけど、普通にそうなる。鳴り終わらなかったら、そうなる。だって、ほかの個体は、ほんとうの意味でヘビメタ騒音がどれだけつらいかわからないから。


他の人がわからないのは、たぶん、ヘビメタ騒音が鳴り終わったあとの状態なのである。このからだの状態がわからない。精神の状態がわからない。この場合、精神と書いたけど、臓器としての脳みその状態だ。あれは、尋常じゃない。あんなの、毎日、繰り返していたら、どうしたって、能力がおちるし、鬱になるのである。能力がおちて鬱になると、ヨソの人から、攻撃を受けるようになるのである。どんだけつらいか。


気違い兄貴が長くやりすぎなんだよ。あんなに長い期間やりやがって。あんなに長い時間やりやがって。期間は、人生の中の期間で、時間は、一日のなかの時間。これ、一日に一三時間、やられているような状態でいいわけがない。一日に一四時間近くやられている状態で、いいわけがない。ほんとう、どれだけやったって……がんばろうとしても、どうしてもどうしても、できなくなる。この状態が、他の人にはわからない。だから、俺が夏休みの宿題や冬休みの宿題をやっていかないと、俺がサボっているように思われるわけだ。これが、きつい。ほんとうに圧倒的な」騒音で、くるしい。一日に一三時間やられたら、残りの一一時間もめちゃくちゃになる。宿題なんてできない。
どれだけ俺の、勉強の邪魔をしているか……中学高校とずっとマイニチそんな状態でいいわけがないだろ。高校受験をひかえた中学の夏休み、冬休みが、そんな状態でいいわけがないだろ。どれだけ学力がおちるか。「自己責任」「自己責任」のあらしだ。どれだけ「ヘビメタ騒音?が鳴ってたって、宿題ぐらいできる」と思うやつがいっぱいいる。そいつらは、何度も言うようだけど、実際のヘビメタ騒音を一分も経験してない。あの騒音が毎日、一年間つもった場合も経験してない。どれだけひどい状態かわかってない。「できないんだよ」。
むかし、「できる・できない問題」について書いたけど、これも、俺と他者とのあいだで、意見や感覚が異なるものだ。他者は、実際に経験してないから……話しで効いただけだから、わからない。ほんとうくるしさがわからない。これを、書くと人気がおちるけど……「俺だってくるしいことはあった」「俺だってつらいことはあった(けどがんばって働いている)」というような意見を言う人とは、つきあえない。どれだけ、侮辱しているかわかってない。「この人(エイリという人)は、自分だけつらい思いをしたと思っている」と思うかもしれない。ちがう。そういうことじゃない。そういうことじゃない。俺がどれだけそういうことじゃないと言ってもわからないのだろう。その人のつらさについてぼくはわからないけど、ぼくの「ヘビメタ騒音」のつらさは、ほんとうに、経験しないとわからない。その人のちょっとした騒音経験と一緒にしないで欲しい。もし、俺とおなじぐらい騒音を経験した人なら、そのひどさがわかっているから、絶対にそんなことは言わない。絶対にだ。絶対に。そういう発言をしてしまうということ自体が、実際には、ヘビメタ騒音級の騒音を経験してないということをあらわしている。如実にあらわしている。明示している。そして、その人のつらさをぼくは経験してない。それは、わかる。けど、「外で働けるぐらいのつらさ」なんだろ。「外で働けるぐらいの持続時間だったんだろ」と言ってやりたくなる。これも、ほんとうに騒音でひどい目に遭った人は、言わないことだ。ヘビメタ騒音級の騒音を六ヶ月でいいから経験した人は、ほかにどれだけつらい経験があったとしても、そんなことは言わない。あたかも、自分なら、ヘビメタ騒音が鳴っていたにしろ、外で働けるはずだということは言わない。もし、エイリさんの兄が鳴らしていたような時間の長さ、期間の長さ、音の大きさで、ヘビメタを鳴らしている人が横の部屋にいたとしても、自分なら平気だ(通える)というようなことは、言わない。けっきょく、そういうことを言う人たちは、想像力が欠如している。あるいは、ほんとうの騒音体験がない。ちがうから。どんだけの長さ鳴らされていると思っているんだよ。そんなの、成長期にずっと鳴らされたら、影響が残るに決まっているだろ。毎日、一〇年以上、鳴らされていいわけがない。そういう場合の効果というのがわからない。わかってない。わかってないから、「自分だったら平気だ」「自分だったら、たとえ鳴らされていても、ちゃんと働くことができる」という前提で、ものを言う。佐藤さんいYuさんも、そういう前提でものを言っているというとがわかっているのか? これは、失礼なことなんだぞ。俺を侮辱したんだぞ。




兄貴の構造は世間的な一般的な人にはわからない

寝る。寝る。
もう、いいや。
けっきょく、今日はなにもやらなかったな
まあ、掃除と殺虫剤まきはやったけど……。ほんとうにむなしい。
これ、ほんとうに休めば回復するようなことじゃないからな。気晴らしに海外旅行をすれば復活するようなことじゃないからなぁ。

ほんとうに、皮肉じゃなく、海外旅行をすると気分がよくなる人がうらやましい。

まあ、こういう点でも、気違いヘビメタが俺の交友に影響を与えているんだよな。

   *   *   *

あとは、鬱は伝染すると、人を汚染物質みたいにあつかいやがって。こういうのだって、人間付き合いに影響を与える。深い深い影響だ。そういふうに避けている人だって、気違い兄貴の、あの態度で、一五年間毎日ヘビメタを鳴らされ続けたら、鬱になるんだよ。

しかも、わりと哲学的なことに興味を持っている人ですらそういうことをする。それじゃ、哲学っていうのはなんだよ?

   *   *   *

あっ、それから言っておくけど、鬱な人を見たぐらいで、鬱になるのは、精神の修行がたりない。特に、精神世界みたいなことを言っている人は、気をつけたほうがいい。霊界だ!たましいだ!と言っていたってその程度のレベルなんだよ。精神世界マニアは、どちらかというと憂鬱な人を排斥する方にまわるんだよな。抑圧する方にまわる。あおり運転をする方にまわる。それで、なんの精神世界か? 霊界か? たましいか?

けど、憂鬱な人と話しをすると憂鬱になるって?? それは認めるよ。だから、ヘビメタ騒音にやられているときも、やられて人生がなくなって一〇年ぐらいたったあとも、礼儀として、人といるときは憂鬱な感じを出さないように苦労していたんだよ。けど、そのノリがまた、へんなんだけどな。けっきょくは、ヘビメタ騒音の憂鬱をがまんして、他の人とつきあっているわけだから……。

俺がどれだけ、人に気をつかって、憂鬱な状態を隠して、がんばって生きてきたか。ヘビメタ騒音にやられているあいだ、ヘビメタ騒音の愚痴を(世間的なつながりしかない人には)言わないできたか?

気違い兄貴は、無視してやっているけど、俺は、もう、六ヶ月を過ぎたあたりから、死にものぐるいだったんだ。あれは、そういう騒音だよ。気違いだから、無視してやっていることは、まったくやってないことだと感じてらしいけど……。

そして、そういう兄貴の構造は世間的な一般的な人にはわからない。「あったってない」ことなのである。あるいは、「そうだとしても、影響を受ける必要がないこと」なのである。これが、合理的な判断かね? 気違い兄貴の態度であのデカイ音を鳴らされ続けていたら、つらいに決まっているだろ。夜、眠れなくなるに決まっているだろ。朝、死にたい気持ちになるに決まっているだろ。

これしきのことがわからない精神世界の人ってなんだよ? これしきのことがわからない臨床心理学の専門家とかなんだよ?

どんなことがあっても、愚痴を言うべきではないとか、どんなことがあってもポジティブにとらえることができると言う人は、不幸な人をどれだけあおっているか、自覚がない。こんなの、無理難題を押しつけて、『死ね』と言っているのとおなじだぞ。

   *   *   *



2019年9月13日金曜日

ヘビメタ騒音は死にいたるやまいだ

つかれた。
どうしようかな。

今日は回転寿司に行った。途中、公園でカップルを見かけて、ちょっとこころが動いた。カップルは三組いた。

ヘビメタさえなければそんなことは造作もないことなのに。

バルサンをやらなければならないのだけど、腰があがらない。外食も、逃げているようなところがある。お勝手に行きたくないから、外食をしているような感じだ。

煮物が食いたい。
風呂、ガスレンジ、電子レンジ、冷蔵庫……これが、ネズミダニ地帯を通過しないと、利用できないものだ。

「えーっと、あれが二三年前か」「あれが、二八年前」「あれは、三〇年前??」「そんなバカな」なんてことを考えながら陸橋を渡っていた。電車が見える。電車にもいろいろな思い出がある。

ともかく、起きたとき「信じられないような」感じになる。「あれが、三二年前?」と思う。信じられない。これはおかしい。
このままぼくは死ぬのだろうか。ヘビメタ騒音は死にいたるやまいだ。

どのみち、親友とおなじことになる。


ヘビメタでくるしい。
どんだけがんばってもヘビメタでくるしい。
どれだけ横になって休んでもヘビメタでくるしい。

ヘビメタがなければあの娘と仲良くできた。あっちからアプローチしてきたのだから、仲良くしておけばよかった。けど、俺の内部は、ヘビメタ騒音地獄だった。とても、人とつきあえる状態じゃないのである。
後悔はしているよ。ヘビメタが鳴っていても、ヘビメタが鳴っている毎日でもつきあっておけばよかったと……けど、実際には無理なんだよ。ヘビメタでくるしい。どのみち、親友とおなじことになる。

毎日、強迫的で脅迫的なヘビメタが鳴っているのだから、そうなる。俺のこころが地獄だ。くるしい。

くるしいって、言ってんだろ。
しずかにしろよ。
ほんとう、すべてがくるしい。

2019年9月12日木曜日

もし、そんなにやられていたら、もっとぐちゃぐちゃになってる

「もし、それがほんとうなら、もっとぐちゃぐちゃになってる」って言った人(Yu氏)がいたなぁ。知的な人ですら、こうなんだからな。俺はこの人の本を読んでいる。書いてあることは正しいと思うよ。

けど、ヘビメタ騒音のことを説明したあとの発言がこんなものだからな。

どれだけ、ヘビメタ騒音、気違い兄貴の性格、気違い親父の性格が普通の人に理解されないかわかる。

普通の人というのは、健常者の親に育てられた中産階級の人という意味だ。親に学歴があるだけで、文化がちがうんだよな。

けど、中産階級ではなく下層階級でも、(父親が)健常者なら、気違い親父のような振る舞いはしない。いろいろなことに関して、気違い親父らしい反応はない。これ、普通の人にどれだけ話しても、話半分で理解して、本当のところは理解しない。

だから、「たとえ、そうだとしても、影響を受ける必要はない」と認知療法家のような必要論を展開してくる。まあ、Yu氏が、「たとえ、そうだとしても、影響を受ける必要はない」と言ったわけじゃない。

Yu氏の話にもどると、Yu氏の発言がどういう意味だかいちおう説明しておこう。ヘビメタ騒音の時間の長さ、ヘビメタ騒音の大きさ、ヘビメタ騒音が鳴っていた期間の長さについて、俺は説明した。

「もしそれが、ほんとうなら、エイリさんがもっとぐちゃぐちゃになっていてるはずだ。見たところちゃんと話もできるみたいだし、エイリさんのヘビメタの話しは嘘なのだろう」……こういう意味で、上記(右記に修正)の発言をしたのである。

ほんとうなら、もっとぐちゃぐちゃになっている……嘘だから、まとも?なのだろうということだ。

で、まともはまともだけど、長い間働いてないことはケシカランことであるから、「そういう人とはつきあうのはいやだ」「そういうひとを相手にするのはやめておこう」という気持ちが……あったのではないかと思う。

気違い家族のヘビメタ騒音に耐えて、どれだけくるしくても毎日学校に行った結果がこれだ。手短に言って、「学校に行けたのなら、問題がない」とYu氏は思っていたようなのである。

どれだけまちがっているか? Yu氏の教育論はまともだけど、ヘビメタ騒音に関しては、完全に誤解している。俺の人格に関しても完全に誤解している。

Yu氏の話じゃないけど、ヘビメタ騒音が鳴っていたから、無職なのに(決まった時間に起きて働くことができなくなった)のに、無職の人がいっていることだから、ヘビメタ騒音のことも嘘に違いがないと思う人たちもいる。

因果関係がわかってない連中だ。そういうふうに言う人たちだって、俺とおなじ環境で、俺が経験したのとおなじ分量の騒音を、長い期間にわたって押しつけられたら、働けなくなるのに、それがわかってない。

知的な人ですら、こういう反応だ。いかに、労働にかかわる(仕事にかかわる)共同幻想の力が強いかわかる。無職なら問答無用で、信頼がおけない人なのである。長期間無職な人の発言は、信用することができなのである。

一度、こういう妄想的な偏見が成り立つと、すべての解釈に、その妄想的な偏見が影響を与える。

これが、日本だ。これが日本人だ。これが、日本労働教徒だ。

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ちなみに、因果律がわからない人はダメだと思う。ヘビメタ騒音の話を聞いて、ヘビメタ騒音が原因で俺が働「け」なくなっているということが理解できない人は、人間としてダメだと思う。なおさら、その人たちが興味を持っている哲学の話しなんてまったくの無意味だ。因果律がわからない人たちが語る哲学の話しなんて、意味がない。


気違い兄貴が、普通の人たちがわからないようなしくみで、気違いヘビメタを(気違い的なこだわりで)鳴らした結果がこれだ。普通の人は、理解できない。気違い兄貴のこだわりがわからない。うちのなかで、それまで成り立ってきた(明文化されない)ルールがわかってない。気違い兄貴のやり方が、それまで、うちで成り立ってきた(明文化されない)ルールに基づいた、やり方なのである。「そんなのはない」「そんなひとはいない」と考えるやつらが、納得するわけがない。

どんだけ、世間からずれているか。うちの基準が……うちのなかでだけ成り立つ基準が世間の基準からずれているか? それこそ、気違いが意地を通せばそれが成り立ってしまう世界なんだぞ。そして、気違いだから、自分がやったことを、絶対の意地で認めないということをしやがる。それも、問題のある行為をするときとおなじ意地で認めないのである。そういうしくみが成り立っている。

だから、本人はまったく気にせず(やっているつもりがないまま)絶対的な無責任体制でやりきることができるのである。こういう気違い家族に、勉強の時間をうばわれていいわけがないだろ。睡眠時間をうばわれていいわけがないだろ。

これは、他の人にはわからないことだと思うけど、一日に約七時間ヘビメタを鳴らされていると、眠れなくなる。この不眠に関しても、「自己責任」「自己責任」のあらしだからな。こんなの、ない。

どれだけ、他人がひどい存在になるか、だよな。気違い兄貴に、気違いヘビメタを鳴らされる日々をすごすということは、どれだけ耐えても、まるで報われないのである。すごした時間が長ければ長いほど、働けなくなるけど、他人はまったく理解しないという構造が成り立っている。俺がどれだけがんばって、学校に通ったか、「通えたなら問題はない」と考えるYu氏のような人にはまったくわからないのである。倒錯。倒錯。


2019年9月11日水曜日

中学三年、高校三年の計六年間、鳴ってなければ、そもそも、俺はこのうちにいない


ネズミが出た。

この時間にネズミが出ると、どこに助けを求めていいのかわからない。24時間対応と言っても、自動アンサーリングマシンだからな。



通気口はふさいだので、かべのなかにいるやつがでてきたということなのだろう。だから、通気口のひとつは、開けたり閉めたりできるようにしておいてくれと言ったのに。

この、こころぼそい気持ちはなんだ。そして、この疲労はなんだ。

超音波のやつをずっとつけておいたので、うまいこと逃げたときに、通気口にフタをできたかなと思ったけど、だめだったか。問題なのは、床下でネズミが死んでしまうことだ。



もう、本当につかれたよ。親父が魚の切り身を使ってネズミを餌付けしなければこんなことにならなかったのに……。いったんねらわれたら、どこまでもねらわれる。壁のなかのネズミに関しては、ぼくがバルサンをやったあと、かたづけるはずだったんだけど、床下に逃げてしまった場合問題がある。しかし、ほんとうに、すべてにつかれた。

いまある、米、まな板、炊飯器、冷蔵庫のなかのもの、電子レンジ、包丁、鍋、皿、スプーン、箸、醤油、味噌、油などを捨てるつもりになれば、バルサンは、たける。もう、それでいいか。

それとも、バルサンをやる前に、ネズミの専門家(別のやつ)を呼ぶか?

なんか、いろいろと疲労が積み重なる。

気違い兄貴のヘビメタだけで、ズタボロなのに、この時間にネズミ。

しかも、通気口をふさいだあとに……。あっちからは入れないようになっているんだよな。あの人を信用した場合……。やはり、通気口をふさいだとき、床下か壁のなかにネズミがいたんだな。



ネズミがどこで死ぬかが問題なんだよな。

最後のネズミをネズミシートでつかまえて、粗大ゴミを出したあと、壁の工事をするというのがひとつのアンサーだったわけだけど……。



ほんとうに、ヘビメタ騒音で心細かった。不安だった。気違いヘビメタもネズミもおなじ。というか、俺にかんして言えば、すべてがヘビメタ騒音から発していることなのである。ヘビメタ騒音が一五年間も鳴ってなければ、少なくても、中学三年、高校三年の計六年間、鳴ってなければ、そもそも、俺はこのうちにいない。

だから、ネズミなんてどうだってよかった。親父が餌付けをして、急性胆嚢炎になったとき、親父は死んでいた。その前の日に、バスタブの中で後ろに倒れて、立てない状態になったところで、死んでいた。まあ、そのときすでに急性胆嚢炎になっていたはずだから、バランスを保つことができなかったのだろう。

ともかく、俺があのとき、たすけてやらなければ、親父は死んでた。さらに、ある理由で、親父は救急車を呼びたくなかったわけだから、救急車を呼ばずに、急性胆嚢炎で死んでいただろう。あの朝、俺が、ストローで水を飲ませてやったり、ストローでライフガードを飲ませてやらなかったら、親父はたぶん死んでた。

ぼくが、死んだのは、高校受験の時だ。

あれ以降、こころが死んでいる。高校生活だって、気違いヘビメタに毎日たたられてたいへんだったよ。あの時点で、一日に一分も鳴らない状態になれば、どうにかなっていたかもしれない。

あるいは、ほんとうに、小学六年生の半年間と、中学一年生、二年生、三年生の三年間で、死んでいたか。だめになったあと鳴りやんでもだめなんだよね。(こころが)死んだあと、鳴りやんでもだめだ。毒ガスで死んだあと、きれいな空気のところに死体を持っていけば、生き返るかというと生き返らないだろ。

クリティカルポイントがある。

リターン可能ポイントがある。

それをすぎたら、ダメなんだよ。

気違い兄貴のやつ、まるで気にしないでやりやがって。あのとき、とどめを刺されたよ。とどめを撃たれた。入学試験前に、それまで三年間ずっと毎日勉強の邪魔を続けた騒音が六時間、七時間、一〇時間、一二時間鳴ってということがどういうことだかわかるか?

わかるわけがない。『ただの入試の失敗なんて、どうでもいいことだ』ということではないんだよ。入試の失敗はでかいけど、ヘビメタ騒音が三年間鳴っていたことの方がデカイ。俺の場合は、そういうことだ。

けど、入学試験の時のことを言えば、入学試験の失敗で死にたくなるんておかしいと思うだろ。そうじゃないんだよ。先行する三年間、毎日、じゅうぶんにと言うか、すこしも勉強ができなかったことの方がおかしい。

そして、睡眠回路をずっと乱され続けたことの方がデカイ。俺がどれだけ根性を出してがんばっても、睡眠回路がこわれていく。この状態がどういう状態だかわかるか? 根性主義者、まるまるまる。ちがうんだよ。ちがうの。

おかあさん、気違いヘビメタ騒音でまるまるまる。
おかあさん、気違いヘビメタ騒音でまるまるまる。


   *   *   *

すさむなぁ。こんな人生ない。
ヘビメタでくるしすぎる。
ヘビメタでくるしいと言っているだろ!!!

   *   *   *

俺がネズミでこまっているのに……。
この時間帯もヘビメタが鳴ってた。気違い兄貴がほんとうに気違いで、気違い的な意地で鳴らした。気違い的な意地で、一分もゆずってくれなかった。試験だろうがなんだろうが一分もゆずってくれなかった。

それが、気違い兄貴がこだわってこだわって、毎日毎日やったことだ。

試験前日だって一分だって静かにしてくれないのに、普段の日、静かにしてくれるわけがないだろ。それなのに、親父のように『しずかにしてやった』と思っている。

気違いだから、そういうふうに思うことが可能なんだよ。普通の人だったら絶対にそういうふうに思えない。正常な感覚ではなくて妄想に支配された感覚だから、そういうふうに現実を言い換えることができる。やっているそばからそういう感覚だ。

たとえば、だれだって自分勝手なところがあるとする。けど、病的に自分勝手な人は普通の人ではない。病的な自分勝手さで、現実を書きかえてしまう人は、普通の人ではない。自分勝手な人だから、自分がやったことがわからない。

自分が夢中になって夢中になって、こだわってこだわって、絶対の意地でやったことがわからない。今度は、絶対の意地で否定する。やり終わったら、今度は、絶対の意地で否定して自分がやったということを認めない。逆に、自分が命がけでやってやらなかったことは、「やってやったこと」になっいてる。気違い兄貴のあたまのなかではそうなっている。そういう、なんて言うのかな? 自分にとってだけ都合がいいち書き換え」がある。

たとえば、異常な人はただ単に、正常な人も持っている性格の一部を異常に強く持っている※だけ※だというような言い方をする人たちがいる。そういう言い方で、異常な人がやったことを、うやむやにしていいのか? やられた人がゆるせばいいのか? やられた人がゆるさない場合どうなる? 

弱肉強食とか強いものが生き残るとか言っている人たちがいるけど、強いのではなくて、自分勝手なだけだ。認知や人間としての感覚を書きかえて、自分勝手に振る舞っているだけだ。

それなら、やられたほうが、殺してもいいということになってしまうのである。やられたほうが、やったほうを殺したら、それは、その場では、やられたほうが実は強かったということになるのだから……。その理論にしたがえば……。

そして、やり勝ちが承認される。やられたほうが怒って、殺せば、それで、すんでしまう。だって、だれでも怒りがあるから、怒って殺した人だって、正常な人が持っている感情を特別に強く持っていた※だけ※なんだということになってしまうからだ。

これ、ちょっとでも飢餓陣営の人はわかるのか? こういう現実を『異常な人』『異常な家族』につきつけられたらどうなるんだ? それは、どうでもいい小さな問題じゃないんだぞ。

やられた方が、我慢して我慢して、働けなくなって、他の人からバカにされるようになればいいということではないんだぞ。働けなくなった……にもかかわらず、それを我慢して働けば、それでいいということではないんだぞ。

ネットが発達したから、たまたま働けているだけで、ネットが発達してなかったら、働けない状態が続くのである。気違い兄貴がやったことで、俺がバカにされて続けていいわけがないだろ。「ゆるし」……。

だれがなにをゆるすのか? 俺が気違い兄貴をゆるせば、それですむ問題じゃないんだよ。俺のなかではそうだ。俺以外の人のなかでは、俺が気違い兄貴をゆるせば、それですむ問題なのだろう。けど、それは、俺以外の人間だからそう思えるだけだ。

俺が兄貴のことを、俺が中学三年生の時に殺さなかったから、(外では)俺が働けないからだになっているんだぞ。我慢して我慢して、俺が働けないからだになっている。俺が三五歳の時、おまえらは俺になんと言ったか覚えているか?

なんで、殺すことを我慢した善人である俺が、他の人からだめ人間のように言われるのか? 働かずにサボっているからだめな人間だと思われなければならないのか? 「その歳で働いてないなんておかしい」と思われなければならないのか。

学歴? 学歴? 職歴? 職歴? おまえ、そんなもの、ヘビメタ騒音で、吹っ飛んでしまうに決まっているだろ。一日に何時間も何時間も、あのデカさのヘビメタ騒音にたたられるということは、ものすごくひどいことなんだよ。どれだけ我慢強い人だって、働けないからだになるに決まっているだろ。進学に失敗するに決まっているだろ。ほんとうに他人ごとだと思って、ぼろくそに言いやがって。偏見。差別。無職差別。引きこもり差別。

佐藤氏に言っておくと、盛氏の態度がああなのは、佐藤氏が盛氏に、『(社会経験がないから)指導してやってくれ』というようなことを言ったからなんだよ。盛氏のなかではあれが『指導』だったんだろ。だから、ああいう態度なんだよ。(ネットのことを担当しているあいだは)。(言っておくけど、俺はあの時点で、盛氏よりも、ネット(ウエブサイト構築)に関して知識があった。秀丸のマクロに関してもたぶん盛氏よりも知識があった)。ネットの知識や技術に関しては、森氏はぼくに指導ができない。(そりゃ、知識や技術がない人がある人に指導できるわけがないだろ)。

そして、俺は、機種依存文字については、佐藤氏に判断をあづけたあと『好きにやってくれ』と言われたので、機種依存文字を機種に依存しない文字に書きかえただけなんだよ。これもやってやらなければよかったことなんだけど。

あと、俺に対してガンガン言ってきた人(かりにA氏)が、どうして俺のことをうらんでいるか(いたか)というと、佐藤氏が司会をやったとき、ある人が質問をした。その質問にかなり時間をとられていた。で、その質問に関しては、ぼくも興味があったので、なるべく深く話して欲しかったのでそれはそれでよかった。A氏は(たぶん)あのとき『他の人だっているのだから、もっと短くしろ(するべきだ)」と言った人なんだよ。けど、その人だということに気がつかずに、ぼくが横の人に『あの話しはもっと掘り下げて欲しかったな』と言ってしまったんだよ。で、それを聞いたA氏が怒ったというわけ。

++++++++++

あの中でヘビメタ騒音はひどいことなので、働けなくなるのももっともだ(しかたがない)と思った人は何人いた? これ、ちょっと気になるんだよな。ああいうレベルの人たちですら、そういうふうに思うことに失敗する。これは、おかしい。どうして、「ヘビメタ騒音なんて鳴ってたって、働けるはずだ」と思うのか? 俺は、ヘビメタ騒音がどういう時間の長さ、どういう期間の長さ、どれだけの大きな音で鳴ってたか、短めに、説明したぞ。そういう説明を信じなかったやつは何人だ?


これがぼくの人生なのか?


めちゃくちゃにつかれた。

けど、このままだとやばいので、なにか食べに行ってくる。

ほんとうに、つかれたなぁ。

こういう日々。



これがぼくの人生なのか?



仕事なんていうのは個別具体的な作業の積み重ねだから、つかれちゃったらだめだ。このレベルで、つかれちゃったら、だめだ。どんな仕事もできなくなる。で、ぼくの場合、ヘビメタ騒音でつかれている。ここのところが、実感として他の人にはわからない。

ある程度元気がないと、世間的な付き合いができない。真の交友もない。ある程度、元気がないと、ほんとうの交流だろうとうわべだけのにせの交流だろうと、できなくなる。

ヘビメタ騒音連続というのは、そういう「やまい」を引き起こす。
そういう状態に、ごく自然に追い込まれていく。人のしくみということを考えると、ヘビメタ騒音にたたられてない『他者』の感じ方というのもわかる。

けど、むりなんだよ。他者の感じ方を認めて、元気に振る舞うとか、ヘビメタ騒音について語らないというのは無理だ。ヘビメタ騒音について語らないと、誤解を受けまくるのである。

けど、ヘビメタ騒音について語っても、誤解を受ける。約半分の人から、誤解を受ける。ヘビメタ騒音について語った場合、ぼくがただ単に『愚痴を言った』と考える人は、ぼくがただ単に愚痴言ったと考えるだろう。ははっ。そういう人とは、つきあえない。

けど、気違い兄貴のやり方がそういう人たちが考えるやり方をこえているので、……悪い方向でこえているので……必然的に、その人たちとぼくのあいだには溝ができる。

じゃあ、説明しないとどうなるのかというと……そいつらにバカにされておしまいだ。勝手にサボってそうなっていると考えるわけだから……。そいつらは……。

そして、そいつらにとって、働かないということは悪なので、ぼくが悪いやつで、ぼくが悪を実行しているということになる。ヘビメタ騒音のことを説明して、『ヘビメタ騒音で疲れ果てて働けない』いうことを言ったにしろ、そう感じるやつは感じる。『ヘビメタ騒音なんて働けない理由になるわけがないだろ』と感じるわけだ。

この感じ方は、まちがっている。この意見は、大きくまちがっている。しょせんは、気違いヘビメタ騒音を毎日一五年間にわたって、浴びせられたやつじゃないからわからないだけだ。どれだけの困難がしょうじるかわかってないだけ。想像すらできない。そういう想像力だから、わからない。想像力がある人はわかる。けど、それは、やはり半分ぐらいの人だ。





2019年9月10日火曜日

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俺がいま、めちゃくちゃに、つまんない。
どうにかしてくれ~~
けど、基本、ほんとうの意味で『休暇』なのかもしれない。

最近、いろいろといそがしかったからなぁ。けっきょく、掃除と洗濯はしたけど、昔のことでけっこうつらい。この昔のことというのは、いまのことだ。いまの状態に直接激しく、影響を与えている。

いま、雷が鳴っているんだよね。ジュースが飲みたい。炭酸が飲みたい。

今日も刺身定食を食べたかったなぁ。
ちょっとぜいたくをして、刺身定食を三日ぐらい食べるかな?
今年は、ステーキを四日ぐらい食べたからな。けど、ヘビメタ騒音の記憶で、めちゃくちゃなんだけどな。どんだけつらい気持ちであの道を(自転車で)走ったか。
ステーキを食ったって、刺身を食ったって、気持ちなんて晴れないんだよ。しかも、俺は酒が飲めるタイプではないので、酒を飲むと頭がガンガンするだけで、ぜんぜん気持ちよくなれないのだ。

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●●騒音で人生がないという話し一一



騒音で人生がないという話し一一。
だるいけど、がんばって出した~~


作風が暗すぎてあんまり宣伝できない。

みんな詐欺師みたいな人の言うことには賛成して、ゼミに行って、三万円も四万円もみつぐのに。
まあ、騒音サイコパスは、お得情報はないけどさ。

しかし、お得情報を求めている人は、本当に喜んで騙されに行くからな。

まあ、哲学系人間学系の話はあんまり、うけないよな。
自己実現、気付き、SNSのうまい使い方(もうけかた・ビジネス)といった感じのところには、金を出すのにね。けど、その人達が言っていることというのは、〇円で落ちている。メンターとかマインドセットとか虚業のキーワード。しかし、本当に、そこでビジネスをするしかないようなところがあるな。

けっきょく、後発組の自営業が飯を食っていくには、そこらへんで儲けるしかないのかな。

人気云々を考えても、なんていうのかな、出し惜しみする人が、最初から騙すつもりで、話を作っている場合のほうが、だんぜんうけるんだよね。おかしいだろ。マインドセットって、騙すマインドセットだったりする。けど、やっぱり、そっちのほうが、旗色がいい。人気が出る。おかしい。

まあ、今日感じたのは、そんなところ。

あと、何万時間もやられたから、やっぱり、だるい。
もう、そういう点で、人気がある方には行けない。
そりゃ、明るくて、やる気がある人のほうがモテるからな。
これは、本当にそうだよ。


どんだけ『負の学習』を繰り返したか


起きたけど、これは、ヘビメタ騒音時代の朝の雰囲気だ。からだがしんどい。目がつかれている。この、雰囲気。終わってる。
あんまりにも長くやられすぎた。どんだけ『負の学習』を繰り返したか。もう、焼き付いてとれないよ。脳に焼き付いてとれないよ。この雰囲気がこの世の雰囲気だ。気違いが意地になってやると、こういうことになってしまう。気違い兄貴の『意地』なんて、到底 他の人にはわからない。で、気違い兄貴自身が一番わかってないところがある。アクティング・アウトしているのに、本人は、まったくわかってないんだよな。やっているということがわかってない。ほんとうの意味でも、嘘の意味でもわかってない。『こっちは、やられて朝からさんざんだよ』。この『こっちは、やられて朝からさんざんだよ』という文だって、認知療法家がつっこんでくるところだ。けど、ちがうんだよ。何千日もやられて、ハンディ(障害)が生じて、いいわけがないだろ。どうしてこれがわからないか? どれだけやられても変化を受けないじょうぶなからだを前提にして、ものを言うな!!

2019年9月9日月曜日

『過去のことなんて関係がない』なんて言っているやつだったら、とっくに自殺していると思う


むかしのアイドルの動画を視ていたけど、●ぬ。
あーあ。
ヘビメタ騒音がでかすぎる。
ネズミとヘビメタ騒音。
体の疲労。

ともかく、どこかうちではないところで食べたいので、どこかに行く。
しかし、その近所というのが、ヘビメタ騒音にたたられたころの近所なので、こまる。まあ、時間がたったので、いろいろと建物がちがっているけど、けど、物理的には、また、地理的にはおなじところだ。

ヘビメタ騒音にやられて、ここで一人で住んでいるとか……。
これ、ほんとう、俺だから生きているけど、とっくに死んでいる。
もしも、『過去のことなんて関係がない』なんて言っているやつだったら、とっくに自殺していると思う。そういうことを、想像力がないから言えるやつはヘビメタ騒音に二年目に、首つり自殺だ。ただ単に、ヘビメタ騒音に毎日さらされたことがないから、『過去のことなんて関係がない』なんて言えるわけで、実際にやられたら、毎日どれだけくるしいかわかる。

あの生活はない。

ヘビメタ騒音のことを過小評価しているやつは、ただ単に想像力がないから過小評価しているだけ。過小評価しているやつだって、実際にやられたら、どれだけつらいか、わかる。

俺はしつこいから生きているんだよ。希望をすてられないから生きているんだよ。どれだけのことがおそってくるか。二〇〇〇日目にどれだけつらいか、わかるわけがない。

こういう想像力がないやつらに、なめられことを言われるのも、ヘビメタ騒音障害のひとつだ。不可避的にしょうじる「いやなこと」のひとつだ。ひとつだと言っても、想像力がないやつに会えば、そいつは、そういうふうに考えるので、かずは多い。ただ単に、想像力が欠けているだけなのに、『強い』と勘違いしている。ただ単に、想像力が欠けているだけなのに、俺よりも騒音耐性があると思っている。ただ単に、想像力が欠けているだけなんだよ。まあ、想像力が欠けているやつらは、そういうこともわからないだろう。たりない頭で、ヘビメタ騒音のことを考えて、『たいした障害じゃない』『そんなに長い間影響を与える傷害じゃない』と思うわけだ。そのわりには、障害児にはやたらと、同情するんだよな。こういうの、おかしいよ。先天的か後天的かのちがいだけだ。俺は、ヘビメタ騒音で睡眠障害を背負った。障害なんだよ。これがわからないのか? まるで俺が好きで夜更かしをしているようにいいやがって。自分が起きれるからと言って、起きれないのは甘えだと言いやがって。けど、おまえが起きれるのは、ヘビメタ騒音を五〇〇〇日浴びてないからだ。おまえだって、ヘビメタ騒音を五〇〇〇日浴びたら、睡眠回路がこわれて眠れなくなり、起きれなくなる。適切な時間に、行動できなくなる。


こんなところは、とっくのとうに、おさらばしていた。

ネズミのことがでかくてでかくて……。これ、夜の雰囲気とか、ヘビメタ騒音とおなじ……。俺のこころが破壊される。だいたい、どうしてぼくがこんなところに取り残されなければならないのだ。ヘビメタ騒音が鳴っていたからだ。くるしい。ヘビメタ騒音が鳴ってなければ、こんなところは、とっくのとうに、おさらばしていた。

2019年9月8日日曜日

どこに行ってもキレイゴトのほうが勝つ


だめだ。こころが動かない。ちょっとやられすぎたな。これ、不思議なんだけど、能力を制限され、家族に毎日やられるとなると、こういう経路をたどってだめになると思う。気違い兄貴のやり方があまりにも特殊だからな。世間の人が押しつけてくるのは……ぼくに押しつけてくるのは、キレイゴトだ。気違い兄貴がぼくに押しつけてくるのは気違い的な意地だ。気違い的な意地で騒音を鳴らすことだ。そして気違い的な意地で騒音を鳴らしてもまったく気にしないことだ。目の前で、常識が踏みにじられているのに、常識に従わなければならない。自分はうえてぎりぎりなのに……自分よりもいっぱい食べている人にご飯をあげなきゃいけないようなものだ。自分よりもいっぱい食べている人というのは、常識的な量、食べている人だ。俺はまったく食べられない状態なのである。自分はほとんどまったく食べられない状態なのに、自分よりいっぱい食べている人に、自分のご飯を差し出さなければならないなんて……。そして、そういうことに気がつく人がいない状態なのである。これが、うちの親父・うちの兄貴型の気違い家族にやられている人の状態だ。キレイゴトにあわせるということは、そういうことだ。そりゃ、一回ぐらいはいいだろう。けど、毎回毎回毎日毎日ということになったらどうなるか? やはり疲れ果ててしまう。言いようのない不満を抱えることになる。


どこに行ってもキレイゴトのほうが勝つわけだけど、これはやはりおかしい。根本的なところでまちがっている。

ともかく、能力一〇分の一のしばりプレーで、他の人から文句を言われている状態なんて、たえられるわけがないだろ。それで底辺に突き落とされて、『自業自得』『自己責任』なんて言われる状態とたえられるわけがないだろ。

2019年9月7日土曜日

目が見えない人に、『もっとちゃんと前を見て歩いたほうがいいよ』と言っているのとおなじ


今日は、動いてないから、〇円だな。注文もしてないし、外食もしてない。
にしても、……。こたえるなぁ。つかれている。やる気になれない。どうしてもやる気がしない。左胸の下あたりに、ダニ?に刺されたあとがある。あんまり、気にしてなかったのだけど、複数個刺されて、なんていうのかな? だいぶ赤いエリアが思ったよりデカイ。これ、気にしてなかったんだけど、案外目立つので、薬を塗っておいた。
あーー。こんなことして……。
ともかく、つかれている。

ヘビメタ騒音にやられなかった人たちが……普通の人たちがうらやましい。どんだけむだなエネルギーか。ヘビメタ騒音対抗で一生分のエネルギーのほとんどを使っている。気違いヘビメタがなければそんなことはなかったんだぞ。気違い兄貴だって、『ヨソのうち』に行ったら、一発で、やめやがって。そういうやつなんだよ。気違いだから、そういうことができる。うちで』どれだけ意地になって鳴らしたか。毎日、一秒だってゆずってくれなかった。絶対の意地で鳴らしていたの絶対の意地で鳴らしてないと思っている。でかい音で鳴らしてたのに、でかい音で鳴らしてないと思っている。よそじゃ、一秒だって鳴らせないようなデカイ音なんだよ。兄貴にしたって、『ヨソじゃ』一日に一秒だって鳴らせないような……デカイ音なんだよ。それを……。しかも、ヨソの人たちは、それがわかってない。俺に『働いたほうがいい』なんて説教をしたやつは、気違いヘビメタを一秒もきてない。ヘビメタ騒音が一日に一四時間近く鳴っている日を経験してない。それで、『働いたほうがいい』だからな。『ヘビメタ騒音で働けない』と言っているだろ。
ヘビメタ騒音の連続は、ほんとうにデカイ。デカイデカイ影響をからだに与える。人生全部に与える。他の人が考えているような騒音じゃないのである。せいぜい六ヶ月で終わるような、工事の音じゃないのである。しかも、午後八時以降は、鳴らせないだろ。工事の音なんて、普通は午後五時以降、鳴らせない。ほんとうに、目の前がデカイ幼稚園だから、俺だけが……真横の部屋に住んでいる俺だけが、やられた……。お母さんだって、ウチのなかでは一番音が小さくなる部屋にいるわけだし、お母さんは左耳がちょっと聞こえないので、その点でも恵まれていたのだろう。ともかく、真横の部屋の音圧はすごい。無視できない。やられておいて無視をするということができない。何時間も鳴らされて、影響を受けないということができない。俺が、意図的に夜更かしをしている場合とおなじだと思っているんだよな。『次の日、つらい』と言っても、気違いヘビメタを聞かされている場合と、自分で選択して起きている場合はちがうよ。たとえ、午前四時まで起きていたとしても……。そういうちがいがわからないやつが、『俺だって、夜更かしをしたときはつらかった』とか言いやがる。『つらかったけど、ちゃんと学校に通い、ちゃんと仕事をしている』と言いやがる。おまえのそれとはちがうだろ。おまえは、好きで、深夜ラジオを聞いたり、ゲームをしていたりしていたんだろ。ぜんぜんちがう。『ヘビメタ騒音で次の日がつらい』『ヘビメタ騒音で、朝起きれない(起きれなくなる)』と言っても、こういう理解度のやつが、あほなことを言ってくるということになってしまう。これが地獄でなくてなんだ。『働いたほうがいい』と言ったやつも、こういう、やつとおなじなんだよ。ヘビメタ騒音の影響を完全に無視している。過小評価している。そりゃ、ヒトゴトならなんとだって言える。こいつらは、実際には、「あおっている」ということがわかってない。世の中には、働けるように見えて働けない人間がいる。その人に『働いたほうがいい』なんて言うのは、目が見えない人に、『もっとちゃんと前を見て歩いたほうがいいよ』と言っているのとおなじなんだぞ。おまえら、事情がわかってないだけだろ。

※注解 働くというのは、外で普通に働くということな。そりゃ、おなじ時間に通勤しなくてもいいという条件が加わるなら、働けるようになる。けど、それは、ちょっと前まで現実的ではなかった条件だ。ともかく、このサイトの中でただ単に『働く』と言った場合は、外で働くということだから。端的に言えば、企業で(やとわれて)働くというとだから。

2019年9月6日金曜日

聞いて、理解した話しと、実際の一時間、二時間は、ちがう


精神的にくるしいなぁ。
どうするべきか?

俺はやはりヘビメタ騒音でくるしい。

他の人にはまったくわからないことだけど、二四時間中二四時間、くるしい。
いまも、ヘビメタが鳴っている時間だ。
2019年09月06日16時30分27秒
鳴り始めて三〇分と言ったところか。

他の人にはまったくわからないことなんだよなぁ。だから、他の人には、俺がこだわりたくてこだわっているように見えてしまうんだよな。実際、ぼくの立場になればわかるけど、ちがう。実際、一一歳から二五歳までの一五年間、毎日やられれば、「そうじゃないんだ」ということがわかると思う。けど、そういう人はいないので、「そうじゃないいんだ」ということがわからない人だけしかいない。まあ、想像はできるかもしれないけど、想像は想像だ。現実とはちがう。話しで聞いて、理解した話しと、実際の一時間、二時間は、ちがう。

午後四時から、午後四時三〇分までのくるしみだって、実際にその音のなかにいた人しかわからない。気違い兄貴の気違い的な感覚や、気違い兄貴の気違い的な意地がわからない。普通の人はわからない。頭にくるのが、気違い兄貴が普通の人以上に自分がやったことや、自分の感覚が異常だということに無頓着だということだ。気違い兄貴が一番わかってない。で、『わかってない構造』を利用して、やり続ける。だから、本人はほんとうに『やってないつもり』でいる。やったとしても、『たいしてやってないつもり』でいる。頭がおかしいからそういう態度で、実はこだわりきって、やることができる。やり続けたって、問題を感じない。それは、どれだけ言われても問題を感じないわけで、俺が言わなかったわけじゃないんだよ。読解力がない人のために言っておくと、俺が兄貴に注意しなかったわけではないということだ。

   *   *   *

重すぎる。どこに行っても、ヘビメタ騒音以降の体力じゃダメなのだ。ヘビメタ騒音以降の睡眠力じゃダメなのだ。障害者差別に敏感な人でも、平気で無職差別、引きこもり差別をしやがる。しかも、無職差別や引きこもり差別に関しては、悪いと思ってないのである。普通の人が、そういう感覚を持っている。これは、日本労働教の影響だと思うけど、これは、考えてみればひどい話しなんだよ。考えないから、ひどい話しだとは思ってないだろうけど。

2019年9月5日木曜日

『ヘビメタでくるしい』と言っているだろ!


風呂終了。のんびりしているようだが、のんびりしているわけではない。基本、いやな記憶がよみがえってくる。『ヘビメタでくるしい』と言っているだろ。『ヘビメタでくるしい』と言っているだろ!! 『ヘビメタでくるしい』と言っているだろ!!!

長期騒音のひとつの症状として、「くるしい」「つまらない」と言って人から嫌われるという症状がある


2019年08月21日03時12分07秒
わりと、すずしい。
たすかるぜ。
しかし、なんかつかれた。
横になっていてもくるしい。
やるべきことはある。
めんどうくさい。

2019年08月21日04時04分52秒
ひげを剃った。
ひげを剃ったけど、めんどい。
なにもかもがめんどいな。
とくに、ネズミ事件。あー、ネズミ事件から解放されたい。
電灯をつけていても、ネズミはくるけど、明るくしておきたいので電灯をつけている。(俺のいない西の部屋)。ああー、電気代、むだ。
しかし、これ、いろいろな思い出かあるけど、ヘビメタ騒音でくるしかった。ヘビメタ騒音でくるしかった思い出がでかくてなまなましい。いまでも一日中くるしい。あいまあいまに、くるしい思いが復活する。
おいつめられた。

関連して言うと、なんて言うのか……すべてがつまらない。こう、なんて言うのかな? 「あっ、これもういいや」という気持ちが強い。ぼくが成し遂げたことというのはほんとうはいろいろとある。あるけど自分が覚えたところで終わっている。まあ、なんだかんだ言って、ともかく、しんどいのだね。
で、また、なんて言うのかな? 理屈としては、前向きで明るいことを言っている人のほうが魅力があるというのは、わかる。「つかれた」「つまんない」……たしかに、魅力がない。
けど、「ヘビメタ騒音を、あの態度で、何千日も、毎日毎日、やられていいわけがない」という気持ちがある。そりゃ、つかれるだろ。そりゃ、つまらない思いをするだろ。何千日も、何万時間もそうだった。だから、こっちのほうが「リアル」なのである。だから、まあ、何次汚染と言うべきかわからないけど、ヘビメタ騒音のひとつの症状として、「くるしい」「つまらない」と言って人から嫌われるという症状がある。気違い家族による長期の騒音というのは、そういう側面がある。一般読み物的な心理学は、一般的な人を相手にしているから、気違い家族による長期の騒音を経験した人には「あわない」。そもそもがちがう。緊急介入が必要な「とき」が、十数年も、続いてしまうというのは、「普通」ではない。一般的じゃない。

これ、じゃ、自分のリアルな感情を裏切って「たのしいたのしい」と言っていれば、楽しくなったりするかというとそうではないのだ。そんなことより、ヘビメタが一日で鳴りやむことが必要だった。

ヘビメタ騒音でくるしくてくるしくて、やる前から「はてて」しまう。そういうことの繰り返しだ。どれだけ、気違いヘビメタの堆積がくるしいか……。ヘビメタ騒音が積み重なって(堆積して)社会生活ができなくなった人じゃないとわからない。わからないから「たてまえ」「きれいごと」「ありそうなこと」「ポジティブなこと」を言うわけだけど、こっちにしてみれば、それは、リアルじゃない。リアルじゃない。リアルじゃない。

リアルじゃないという話しは、やられてない人にとってはどうでもいい話なので、うけない。どのみち、ゴクゴク少数の人しかわからない。「騒音」と言ったって騒音の程度はいろいろだし、持続時間もいろいろだ。騒音を出している「ぬし」との人間関係もいろいろだ。ぜんぜんちがう、騒音なんだよ。けど、音のデカさと持続時間は重要だけど……。

人間の反応としてはそうなるということを、(やられてないひとから)せめられるということになってしまうのだ。

2019年9月3日火曜日

そういう問題じゃない。そういう問題じゃないんだ。


生きてるぞ。頭の中はヘビメタ騒音のことでいっぱいだけどな。

CSSのかなり高度な本を読んだ。文字が小さい。昔ならいいけど、いまはきつい。だから、おくと文字がおおきくなる系のルーペを使っているのだけど、これは、これで、不便なところもある。

まず、今日はシャワーを浴びることができたということがいい。これが、いい点。
あとは、いまもやってもらっているのだけど、ネズミ対策が進行中だ。

いやな点
ヘビメタ騒音に関することで、他人が誤解するので頭にくる。これ、必然的に『善人』が誤解するわけだから、いだよな。これも、この世の地獄の一つだ。気違いがヘビメタ騒音を出して、出してないつもりでいるということが押し出すことがでかすぎる。これ、しくみがわからないんだよ。他の人には……。ヘビメタ騒音生活は、それだけで破綻だ。

「だれだってやなことはある」「俺だっていやなことはある」ですむ問題じゃない。日常生活をしていれば、それは、「いやなこと」はある。しかし、それは、ヘビメタ騒音がなくてもあることだ。

で、家にいるときはいつもヘビメタ騒音がガンガン鳴っている日常生活というのは、切羽詰まった状態でいやなことばかりなのである。どうしてかというと、ヘビメタ騒音がいやなことを……日常生活上のいやなことをつくりだすからだ。これは、必然的に作り出す。これが実感としてわかってない人だから、「だれだってやなことはある」「俺だっていやなことはある」と言えるのである。そういうレベルじゃない。

俺は、ヘビメタ騒音がはじまる前から、気違い親父にたたられていたわけで、それだけでも、他の人よりも、いや目に遭うことが多い。気違い親父が直接、わけのわからないことで怒り狂ってくるということだけではない。

気違い兄貴の『ハンダゴテ事件』のようなものが、毎回起こってしまうのである。だから、ここでも、気違いが気違い的な感覚でふんばると、やられたひとが、まわりの人……事情を知らない人から、無能呼ばわりされるという問題がしょうじる。

これは、そのまま、気違い兄貴-俺とのあいだにも成り立つ。「ウチ」のなかで、あれている人が、あまりにも気違い的な感覚であれているので、他の人がわからないのである。

ともかく、普通に暮らしてたって、そりゃ、いやなことはあるけど、ヘビメタ騒音生活は、ヘビメタ騒音だけで、限界値に達する。そして、ヘビメタ騒音にたたられていることが、次々にトラブルを引き起こしてしまうのである。その日、宿題ができないということもそうだし、そういう日が三年間毎日積み重なって、入学試験に失敗する(という結果を得る)ということも、人生上のトラブルだ。ともかく、量がちがう。ひとつひとつが離れてないのである。ヘビメタ騒音を鳴らされていることによって、まわりとのトラブルが不可避的に、かつ、自動的に発生する。そして、そのトラブルに、ヘビメタ騒音のなかで対処しなければならないということになってしまうのである。ヘビメタ騒音のなかというのは、ヘビメタ騒音生活中に、ということだ。そうなると、片付く問題だって片付かないのである。この量が、ひどすぎる。大きすぎる。他の人は、『ヘビメタ騒音にたたられた』というぼくの話で、そういうところまで、想像することができない。その人の『騒音トラブル』やその人の『日常生活のいやなこと』を思い出してしまう。その基準で、ものをいいやがる。けど、これは、実際にヘビメタ騒音生活を経験した人じゃないとわからないと思うけど、ヘビメタ騒音生活中のトラブルというのは、そうじゃない生活中のトラブルとは、質量ともにちがうのである。また、すでにからだがテンパっている状態なので、……究極的にがんばっているのにもかかわらず、トラブルが生じるということになってしまっているのである。これは、気をぬいていたからトラブルが発生したというのとはちがう。気をぬいている場合は、改善する余地がある。改善するための体力がある。気違いヘビメタ騒音生活では、余地も体力もない。ほんとうに生きるか死ぬかの究極の状態なのである。そのくらい、追い詰められる。毎日追い詰められる。にもかかわらず、他人は他人なので、その深刻さがわからない。

死にものぐるいでがんばっているのに、耐えて耐えてがんばっているのに、気をぬいていると思われる。サボっていると思われる。甘えていると思われる。こんなのはない。

感覚がズレた家族が、気違い的な意地で、よその家では一分だってやらないことを毎日毎日7時間以上やるということによって、強烈にくるしい状態になる。そのくるしい状態は、他の人にはわからない。感覚がズレた家族に毎日毎日7時間以上やられまくった人じゃないとわからない。あんなの、気違い兄貴にしたって、別の音であれば、騒音だとわかる音の大きさなのに、自分がやりたい気持ちでやっている以上、絶対の意地でわからないわけだからな。これは、意識して認めないというのではなくて、無意識的にそういうところをすり抜けてわからないのである。だから、本人はどれだけやったって、「やったつもりがないまま」なんだよ。キチガイ的な意地で毎日長時間にわたってやっていることなのに、「やってない」と思っている……こういう奇妙キテレツことが起こってしまう。そして、本人はそれでこまらない。本人はそれで『得』をしている。だって、よそのうちならやれないようなことを、うちでは『気にしないで』やれるわけだから。そして、それをやりたいわけだから。気違い兄貴は思いっきりヘビメタを鳴らしたいわけだから、そうできるというのは、気違い兄貴にとっていいことだ。

2019年9月2日月曜日

言われて、不愉快な気持ちになって怒ったら、それで終わりなんだよ

ヘビメタの問題を軽く見て、俺にえらそうなことを言ったやつらを

デコパッチンBしたい。



俺が、音のデカさも、一日のなかでの持続時間(鳴っている時間)についても言っているのに。合計で一四年数ヶ月、毎日鳴っていたと言っているのに……。あんなことをやられて、普通に通勤できるわけがないだろ。七年間の、ヘビメタ騒音と通学で、全部こわれたよ。日曜祭日なんて、一三時間ぐらい鳴っているんだぞ。それも、どれだけ言っても一〇〇%の音から九九・九%ぐらいの音で鳴らしている。気違い兄貴が思いつく「しずかにしてやる」というのは、九九・九%ぐらいの音で鳴らし続けることなんだぞ。その九九・九%ぐらいの音にする時間だって、五分か一〇分だ。あと、他の時間はずっと一〇〇%の音で鳴らしている。自分が鳴らせる最大限の音で鳴らしている。自分の耳が悪くなるようなデカイ音で鳴らしている。



それで、「やったつもりがまったくない」状態なんだからな。俺の生活に影響を与えているつもりがまったくない。どれだけ言われたって親父とおなじで、意識に残らないのである。聞いた途端に、「ひてい」だよ。自分が否定したら、たとえ、全力でやってたってやってないことになってしまう。ほんとうは関係があることなのに……張本人だから関係があることなのに……まったく関係がないひとになってしまう。言われて、不愉快な気持ちになって怒ったら、それで終わりなんだよ。



切れて、関係がないつもりになってしまう。



実際にその、〇・一秒後には、まったく関係がないつもりで、気違い的にデカイ音でならすことができる。鳴らしたい気違い兄貴にとっては、「静かにしてくれ」「静かにしろ」ということが、認められないことなんだよ。それは、親父が正反対のことを言って怒っている状態とおなじだ。認めたくないことは、頑固に無視して、やりきる。



普通の人間の場合、「そうした」という意識や記憶がある。自分が意地になって否定して、自分がそのあとやった(やめろと言われた行為をした)という記憶がある。



そりゃ、やっているんだから、記憶に残るだろう。

意地になってやっていることなんだからな。



けど、気違い兄貴と気違い親父は、そういう記憶がない。そんなの、やったってやってなくたって、関係がないことなのである。頭がおかしいからごく普通にそういう態度がとれる。



普通の人だったら、意地になってやった場合は、意地になってやったということが記憶に残る。普通の人だったら、無視した場合、無視したということが記憶に残る。



けど、あいつらは、一切合切記憶に残らないのである。



相手が言ってきたというとも、無視してしまう。これは、怒ったときに忘れているわけで、〇・一秒後には、まったく言われなかったという気持ちでやり続けることができる。他の人がわからないことで、あるいは認めたがらないことで、俺が毎日こまってた。



そりゃ、気違い親父と気違い兄貴は、人格としてそうなっているわけだから、毎日普通にそうする。自分がやりたいことはそうやって通す。その自分がやりたいことを通すというのが、兄貴の場合、ヘビメタ騒音を思いっきり自分が満足できる音のデカさで鳴らすということだった。



親父のやり方のコピーなのである。けど、ほんとうに頭の構造がおなじでなければ、やろうと思ったってできないことなんだよ。そりゃ、無視してやり続けた場合、普通の人の場合は、どうしたって「無視してやり続けた」という意識がしょうじてしまうからだ。



そして、それは記憶に残る。



けど、気違い兄貴と気違い親父はそれがない。そういう意味で、自己中心的なのである。そういう意味で、非常に自分勝手なのである。

2019年9月1日日曜日

表面では、他の人に対処しているけど、実は、人と話しているときも


今日、やるつもりだったんだけど、やめようかな。バルサンに汚染されたくないものを袋につめていたら、けっこう袋が増えてしまった。理由は、お勝手においてあったものを、最初から二階の部屋にあるものといっしょにしたくなかったから。お勝手においてあったものは、表面がネズミのばい菌に汚染されている可能性がある。可能性なのだけど。



ともかく、ご飯が入ったジャーを袋に入れて、それを、箱に入れるというようなことをしていたら、思ったより時間がかかった。で、腹がへってきたので、わざわざ、袋に入れたあと、箱に入れたものを出して、めしを食った。



あとは、哲学的な文章を書き始めたら、きりがつかずにけっこう書いたので、それも時間がかかった。

ともかく、行く気がなくなった。

基本的に言って、ヘビメタ騒音でだるい。この雰囲気はヘビメタ騒音の日曜の雰囲気なので、とてもくるしい。気分的にもからだもきつい。

だれがいても、この雰囲気はかわらない。だれと話していても、底の方にある「ヘビメタ騒音の不安」と「ヘビメタ騒音の怒り」と「ヘビメタ騒音の憂鬱」が消えない。表面では、他の人に対処しているけど、実は、人と話しているときも、底の方に、ヘビメタ騒音の不安、いかり、憂鬱がある。とてもくるしい。24時間中24時間、この三つが消えない。

もう、全部の雰囲気がだめなんだよ。この世の雰囲気。たとえば、家の中で、自分の部屋の中で、これを書いているような雰囲気もだめだし、外を歩いているときの雰囲気もだめだし、店のなかで食べ物が出てくるをまっているときの雰囲気もだめだし、食べているときの雰囲気もだめだ。帰ってくるときの雰囲気もだめだ。コンビニにいるときの雰囲気もだめだ。すべて、ヘビメタ騒音に汚染されている。

2019年8月30日金曜日

「やり出せば体がなれる理論」が無視していること


やる気がない。
ほんとうにやる気がないなぁ。
やらなきゃならないことは山積みなのに。
ネズミのことが気になる。
ひとつひとつの作業がめんどうくさい。

このあいだゲンシケン2を見たけど、特にうらやましくなかったなぁ。ゲンシケンを卒業かな。ヘビメタ騒音がなければあんなのよりもっといい大学生活をおくれたと思う。
基本、ポジティブ思考とかアドラー心理学とか言っている人たちには、ヘビメタ騒音相当のしつこい障害はない。その人たちが思っている障害は、ぼくから見ると小さい。相当に小さい。「いやなこと」「不愉快なこと」と言っても、たいしたことじゃないのである。ともかく、毎日あのヘビメタ騒音が続けば、そうは言ってられなくなる。けど、これを、受けとめ方の問題とか、言いやがる。これはこれで、正しいような印象を与える。彼らの例(彼らがあげる例のかずかず)は、適切であるかのように思える。しかし、ぼくは、受けとめ方の問題ではすまない生物的な問題があると思っている。

これからやるつもりだけど、スモールステップで、いくつかの作業をしようと思う。今日は、これでも体調がいいから、そういうことができる。
たとえば、英語の練習のためにフレンズを英語で聴くというようなことができる。で、これは、負担度が小さい。けど、これですら、できないときがある。疲れ果てていたら、こういうことだってできない。あとは、いまは、フレンズを聴こうという気持ちになっているけど、フレンズというものに興味がなければ(たとえ浅い興味でも興味がなければ)やる気になれない。
聴きながら、別の作業をすることはできる。たとえば、ゴミ片付けだ。あらったプラスチックのゴミがあるので、それをプラスチックのゴミ袋に入れるということができる。これも、疲れ果てているときはできない。このあらったプラスチックのゴミというのは、食品の容器だ。まあ、昨日は弁当のスパゲッティーを食べたわけよ。あっためないで食べた。冷えたのが食べたかった。
あとは、ダニバルサン用に、米あぶらやその他の食品をポリ袋に入れるという作業がある。デカイポリ袋に入れて固く結ぶ。これで、バルサンをやっても大丈夫だと思う。(これらは二階の部屋におくので、ほんとうは、やらなくてもいいことなのだけど、俺には必要だ。
ただ、米あぶらやその他の食品をポリ袋に入れるということが、めんどうくさくてできないときがある。それは、ヘビメタ騒音でぐちゃぐちゃにされた俺の特徴の一つだ。他の人とまったく違う。で、たとえば、仕事というのは、そういう作業の連続だろ。だから、ヘビメタ騒音で壊された部分で一番でかいのはこういうところなのかもしれない。普通のエネルギーがないのである。鬱病で、体を動かしたくない状態がずっと続いている。で、たとえば、正論に従って体を動かしたとしても、きついのである。たとえば、正論に従って体を動かしたら、勢いがついて、徐々にできるようになったとか、あるいは、前は負担だったことがそれほど負担とは感じなくなったということにはならない。これが、普通の人……からだがなまっている普通の人と……ヘビメタ騒音障害者(長期騒音障害者)のちがいである。体がなれてくる……体がなれるはずだ……という暗黙の理論がよこたわっている。ちょっとしたことでもやり出せば、勢いがついて普通にできるようになる(特に負担を感じないでできるようになる)というような暗黙の理論がある。これは、明言されることもあるけど、あたかも、動けばそうなるというような意味で、明言されないこともある。つまり、「ちょっとずつやれば、そのうち体だってなれてくるさ。つかれたらまたやりなおせばいいんだ」というようなアドバイスがさも、だれにも成り立つアドバイスだと思われているのだ。この人たちは、普通の鬱病患者、普通のつかれた人を相手にしている。長期騒音障害者を相手にしてない。長期騒音障害者には、長期騒音障害者の事情がある。たとえば、やり出しても勢いがつかない(しんどいままだ)というようなことがある。これは、「やり出せば体がなれる理論」が無視していることだ。さらに「つかれたらやすめばいい」と言う場合は、「すぐにつかれがとれて復活できるはずだ」というような暗黙の理論が背後に成り立っている。やすんだって、つかれがとれない場合は、無視している。だから、長期騒音障害者がこれらのアドバイスにしたがうことはできない。けど、暗黙の理論なので、暗黙の理論に、正面から戦いを挑むというわけにはいかなくなる。「自分だって、なんだかわからないけどうまくいかない」というような感じが続くわけだ。体がなれるということを言う人は、いつまで経っても体がなれない人のことは、最初から考えてない。最初から考えてないということも考えてない。「つかれたら休めばいい」ということを言う人は、休んでもつかれがとれない人のことを考えてない。最初から考えてない。最初から考えてないということも考えてない。だから、最初に考えるべきは、実は! 範囲なのだ。適応範囲。そうじゃない人もいるということは、最初にことわるべきだ。しかし、そうじゃないひともいるということは、無視される。だから、そうじゃないひとは「どうしてうまくいかないんだろう」と悩むことになる。

2019年8月29日木曜日

常識的な人が、そういう「敵」になる



これから楽しめったって、どうやって楽しめばよいのやら? やらやら?
もう、ほんとうにヘビメタ騒音以降、地獄なんだよな。ヘビメタ騒音で睡眠力(一定の時間に眠る能力)を失ってから地獄だ。ヘビメタ騒音で睡眠力(一定の時間に眠る能力)を失ってから地獄だ。虚弱体質みたいになってしまった。疲れがぜんぜんとれない。数千日の連続で、つかれがとれないからだになった。しかも、そういう状態でがんばっているにもかかわらず、ほかの日から文句を言われることが多くなる。いつも、からだがてんぱっている。学力だって、ちょっとこれは、俺の場合表現がむずかしくなるのだけど、興味のあることなら、俺はほとんど勉強しなくても(ちゃんと本が読める時間があるなら)偏差値で言うと七五ぐらいはとれる。それが、興味がある分野でも、ヘビメタでだめだめになる。これがくるしかった。興味がない分野に関しては、勉強しなかった。(小学生の時)。小学六年生の時からヘビメタが始まっている。気違い兄貴は気違いだから、毎日やるとなったら、どんなことがあっても、毎日、細かい時間も全部使って、だれになにを言われようが、ヘビメタを、自分が満足できるでかい音で鳴らすんだよ。命がけの意地がかかっている。一秒だって、ゆずりたくないのである。一秒ゆずらないことに、命がかかっているような状態だ。大げさじゃなく、そういう状態なんだよ。常に毎日。毎時間毎分毎秒。だから、ほんとうに殺さないとやめさせることかできない。この殺さないとやめさせることができないというのは、大げさな表現じゃない。「静かにさせる」のも、「やめさせる」のとおなじだ。気違い兄貴のなかの基準でしか静かにしない。自分の「でかい音で鳴らしたい」という気持ちがまったく傷つかないようにして、「静かにしてやる」ということだから、静かにならない。で、これがまた、異常なのだけど、そういうこだわり方で……そういう「がちがち」のこだわりを持って、絶対にゆずらないでやっているのに、本人は「まったくつもりがないまま」なのである。この「絶対にゆずらない意地の程度」と「つもりがない程度」が正比例している。頭がおかしいからそういうことが可能なんだよ。他の人にはわからない。ほんとうにくるしい。で、この態度は親父とおなじ。親父のコピー。親父と兄貴の頭の構造がおなじ。だから、親父にはうちのなかの問題を「かたづける」能力がない。そりゃ、そうだろ。兄貴がヘビメタでやっていることは、それまで親父が、別のことでやってきたことなのだから。親父に問題が解決できるわけがない。頭がおかしい反応しかしない。「しかたがないしかたがない」の一点張りだよ。「兄貴に注意してくれ」と親父に言ったら、「そんなのできるわけがないだろ」と激怒してたんだぞ。それなのに、「兄貴に注意してくれなかった」と言うと「注意した注意した」と怒って言う。全部おなじ。「そんなのできるわけがないだろ」と「注意した注意した」のあいだには実に一五年間の時の流れがあるのである。これも、他の人にはわかりにくいことだ。ようするに、実際に注意できる可能性があるときは、絶対の意地で注意しないのだけど、注意する可能性がなくなれば、「注意した注意した」と言うことができる。で、これも、兄貴が、「うちでは一五年間、絶対の意地で鳴らしたのに」よそのうちでは「一秒も鳴らしてない」というのと、一致している。こういうのだって、他の人はわからないだろ。まるで、俺が兄貴に注意しなかったから、兄貴が鳴らした続けたというように解釈してしまうような常識的な人だっている。「お父さんが注意しなかったのなら、たいした音で鳴ってなかったのだな」とまちがった推論をしてしまう常識的な人だっている。どれだけの距離があるか。うちの常識……実際に繰り返されてきたことと……世間の常識のあいだにどれだけの距離のへだたりがあるか? こんなのわかるわけがない。俺の説明を聞いて、そんなことを言っている人に、「うちの現実」がわかるわけがない。首をひねって信じない。そいつのなかでは、俺が嘘を言っているか、俺が大げさに言っているということになる。で、そうやって、実際に起きたヘビメタ騒音の実害を無視して、「そんなの鳴ってたって、勉強ぐらいできる。言い訳するな」と言ってくる。常識的な人が、そういう「敵」になる。これが、家族がヘンな人だった場合の、現実だ。

2019年8月26日月曜日

楽しい気分で人とつきあうということができない


居間にいるネズミを確認。
粗大ゴミ回収業者にメールで仕事を依頼しておいた。
ネズミ業者は、日程の都合で28日。
今日は、病院と施設に行かなければならない。
ネズミの用事と親父の用事がかさなるんだよな。
親父の手術日には、かならずネズミが出ている。
連続で出るようになったのは、今回がはじめて。
親父が、ネズミを餌付けした。(それも、どれだけこっちが、そういうことはやめてくれと言っても、聞かないんだよな。けっきょく、何十日も、そういうことをやって、ネズミを招待した。おびき寄せた。)しかも、親父は「俺がつかまえるからいい」と言ってネズミの糞と、ネズミのしょうべんとネズミの侵入口に対処しようとしなかった。家が古いから、どーしても、ネズミ業者だけでは対処できない部分が出てくる。

俺は、もういやだよ。
俺は、もういやだよ。
俺は、もういやだよ。

病院や施設では普通の親子を演じなければならない。
親父がどういう環境で暮らしてきたと思っているんだよ? と言いたくなる。

ネズミは親父の置き土産だ。

   *   *   *

俺もう、●のうかなと思うのだけど、どうせ●ぬなら、別に問題ないかと思うことにしている。けど、つかれているときは、●のうかなと思う。ネズミのことだって、ネズミのばい菌でへんな病気になって苦しむのがいやだとか、ダニに刺されてへんな病気になって●ぬのがいやだとかそういう気持ちがある。ダニでかゆいのはともかく、肌がきたくなくなるのは、耐えられないというのがある。もちろん、●ねば、全部かたづく。気にしなくていいことになる。だから、本末転倒……生きたいから、気にしている。親父の奇行、兄貴のヘビメタ。世間の不理解。もうつかれたよ。

つまり、ぼくはよりよく生きたいと思っているということ……。
けど、つかれているということ……。
つかれがとれないということ……。

楽しい気分で人とつきあうということができない。楽しいと言うよりも普通の気分でと言った方がいいか。これは、他の人にはない事情がかかわっている。ヘビメタ騒音だ。これ、普通の引きこもりの人ともちがうんだよな。しかも、一般的な人が思い描く引きこもる理由ともちがう。ヘビメタ騒音……これがどれだけ俺に影響を与えたか。影響を与えられた俺にしかわからない。他の人に言ってもわからない。他の人は、経験してないので、ヘビメタノ影響を過小評価する。「そんなの気にしなければいい」というような方向に(話しを)持って行きたくなる。これも、俺が他の人とつきあいたくない理由のひとつだ。兄貴の行為というのは、ほんとうにきちがい行為なんだよ。あれだけこだわって、あれだけ長い期間にわたって毎日、どでかい音でヘビメタを鳴らすというのは、おかしな行為なんだよ。普通の世界ではあり得ない行為なんだよ。普通の人のうちではありえないことなんだよ。横の部屋に住んでいる「家族」!!!がそういう、しつこい気違いだ(こだわり型の気違いである人は)少ないんだよ。だから、影響の大きさがわからない。鳴っているときだけうるさいと思っているようなやつらばかりだ。鳴り終わったあとどれだけきついか。どれだけつらいか。どれだけ眠れない状態になるか。ヘビメタ騒音の影響で眠れない深夜がどれだけつらいか。そういうことが、学生時代毎日繰り返されると、どれだけその後の人生に影響を与えてしまうか、経験してないからわからない。その当時(学生時代の人間関係にどれだけ影響を与えるか)……不可避的に影響を与えるかわかってない。まるで、気にしないようにすれば影響がない(影響がなくなるはずだ)と思っている。さらに、気にしたのはエイリだから、自己責任だと(自己責任をなすりつけてくる)。これは、その人がその人の行為や出来事について自分の責任だと考えることとは、ちがう。実際に気違い家族が横にいて、気違い的なこだわりで、気違い的にデカイ音で鳴らすということの影響を受けてない人が、想像で勝手に、影響を過小評価して、説教くさいことを言う。こういうのだって、気違い兄貴が気違い兄貴ではなく、普通の兄貴だったら生じないことなんだぞ。兄貴が、うちでも、よそのうちにいるつもりになって、一日に一分もヘビメタを鳴らさなければ生じなかったことなんだぞ。通学していた七年間のヘビメタがどれだけくるしいか。

2019年8月24日土曜日

「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。

買い物行ってきた。
さみしいなぁ。あーー。「ただいま」とか言ってもだれもいないしなぁ。けど、これで、誰かといっしょに暮らしていたらどうなんだろう? あー。ともかく、ヘビメタで人間関係がズタボロだ。いっしょに生活している人じゃなくて、たんなる友達との人間関係もズタボロだ。

ただ、これで、たとえば、今日の午後二時友達と会う約束があるとする。それで、楽しいかというとそうじゃないんだよ。午後二時まで起きていられるかどうかわからない。午後二時はいまの睡眠リズムだとだいぶ眠たくなる頃なので、眠たい体を引きずって動くということになる。そうなると、ヘビメタ騒音で眠れなかった朝の状態とおなじ状態になってしまう。そうなると、いいようのない感情に襲われる。ま、あ、鬱になる。
ヘビメタ騒音の数千日がとてもくるしかった。特に、夏休みはくるしかったな。毎日、一日に一四時間のヘビメタ騒音だからな。ずっとたたられて、くるしかったよ。夏休み宿題も出なくてくるしかったよ。友達のうちに、それこそ、行ったけど、ヘビメタ騒音のなかから出ていって、へびめたそうおんのなかにもどってくるとういう状態だからくるしかった。あたかも、友達のうちに行く時間、友達のうちにいる時間、友達のうちから帰ってくる時間は、ヘビメタ騒音が鳴ってないのだから、ヘビメタ騒音の影響がない時間(対)だと思うかもしれないけど、ちがう。毎日ずっと、何時間も何時間も、十何時間も十何時間も鳴っていると、ちがう。ほんとうにくるしかった。これ、経験した人じゃないとわからないんじゃないかな。夏休みの四〇日でもいいから、一日に一三時間(じゅうさんじかん)一四(じゅうよじかん)の騒音を経験してみなよ。その騒音は、あなたが一番嫌いな音の騒音だとする。それが、一日に一四時間……これがどういうことかわかる。残りの一〇時間だって、くるしくてくるしくてたまらない状態になる。けど、他人は他人だから「すべては受けとめ方の問題だ」とか「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」「しずかにさせることができなかったのなら、自己責任」とか「過去は関係がない」とか「だれだって、騒音ぐらいある」とか「だれだって、つらいけどがんばっている」とか言いやがる。これ! これ!
これが、俺をどんだけくるしめたか。俺の中学三年間、俺の高校三年間が、どれだけ、こういうたてまえで塗りつぶされていたか。他の人の愚痴を言えない状態でヘビメタのハンディを抱えて生きてきて、さらに、そういうことを、一八歳以降は言われなければならない状態になる。そういうことを言うやつは、実際にはヘビメタ騒音に一日に一四時間たたられたことがないやつなんだぞ。それが四〇日間続く夏休みを経験したことがないやつなんだぞ。そいつは、四〇日間、いつでも勉強をしようと思えば勉強ができる状態だったんだぞ。
それがどういうさになるか、受験競争が激しい時代を生きてきた人にはわかるはずだ。だいたい、こういうことだと、勉強もできなくなるし、働くこともできなくなる。体力がうばわれるからな。もう、書いたから詳しくは書かないけど、教師に「どうして、夏休みの宿題をやってこなかったんだ?」と聞かれて、「ヘビメタ騒音でできなかった」とこたえたにもかかわらず「そんなの、お兄さんに言えばいいじゃない。ともかくちゃんとやってきて」と言われたときの気持ちは、ない。あんなのない。どれだけ、くやしいか。気違い兄貴の気違い姿が思い浮かぶ。「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。で、殺す勢いでぶつかる。けど、気違い兄貴は気違い野郎だから、自分がやることしか考えてない。そして、気違い兄貴の「静かにしてやる」が親父の「ハンダゴテ」とおなじようにまったく意味がない譲歩なのだ。だから、気にしないで静かにせずに鳴らす時間と、気違い兄貴はゆずってやったつもりで鳴らす時間だけになるということになる。ゆずってやったつもりの時間は、長くて一日に一〇分、どれだけ言っても、一五〇日に一回ぐらいかそういうことをしないという割合だ。そういうけちくささ。気違い兄貴よ、言っておくけど、俺が「宿題をするから静かにしてくれ」と言ったとき、俺は兄貴を刺し殺してもいいような気分だったんだぞ。そのくらいの気持ちだったんだぞ。そのくらい真剣だったんだぞ。毎回毎回。けっきょく、しずかさせられずに、自分の人生を「ふいにしてしまった」けど。そりゃ、しずかにさせることができないなら、自滅するしかない。「できないじょうたい」になってしまう。「かよえないじょうたい」になってしまう。「はたらけないじょうたい」になってしまう。

「ハンダゴテとおなじように」と書いたけど、実際には「ハンダゴテを持ってくるのとおなじように」ということだ。親父も兄貴も、どっちとも、「やってやった」という気持ちになる。これ、一秒でもほんとうに我慢させられたら、煮え湯を飲まされたのとおなじ気分になる。だから、一秒すぎたら「こんなことやってられるか」と怒り狂った状態になって、がむしゃらに無視してやり出す。けど、そのあと、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間と、一〇時間ならしたにしろ、一分も鳴らしてないのとおなじ気分なんだよ。一回も「静かにしてくれ」といわれなかった気分なんだよ。矛盾しているようだけど、「やってやらなくてもいいのに、静かにしてやった」と思い込んでいるような状態なんだよ。

   *   *   *

「がむしゃらに無視してやり出す」と書いたけど、これ、ほんとうに、気違い兄貴と気違い親父で、態度がおなじなんだよ。状態がおなじなんだよ。あのとき、「無視している」つもりはないのかね? それは、ぼくにはわからないけど、完全に無視した状態になって、無視していることも無視した状態になっているとしか言いようがない。おかは真っ赤だよ。だから、無意識的には、言われたことがわかっている。言われたないようがまったくわかってないのとはちがう。けど、あたかも、(時間がすぎれば)(ようするに、自分がやりたいようにやりきれば)まったく言われなかったような感触になってしまう。

+++++++++++

やっぱり、この人生はおかしい。どうして俺だけ、気違い兄貴と気違い親父のハンディがあるんだ。気違い兄貴の騒音と気違い親父の奇行をくらべると、気違い兄貴の騒音のほうが、俺に与えた影響がデカイ。一兆倍ぐらいちがう。たとえ、気違い親父にやられたとしても、気違いヘビメタ騒音がなければ俺は自分の力で自分の人生を選び取ることができた。

気違いヘビメタが鳴っていた人生……。こんなのはあり得ない。気違いヘビメタが鳴っているということは、自動的に「たにんになめられる」ということなのである。ヘビメタ騒音が鳴っている以上「はねかえす」力がない。ヘビメタ騒音の連続のなかで「はねかえす」力がなくなってしまう。

ヘビメタ騒音はタンル騒音の問題じゃないのである。実際に気違いヘビメタにたたられたことがない人は、そのこところがわからない。実際にあの気違いの音が続いたらどうなるか、からだでわかっている人しかわからない。わからないところで、「わかったようなことを」言う。もし、地球上にぼくひとりしか、体験的にわからないのであれば、ぼくは、他の人すべてを敵にまわすことになる。これは、自動的にそうなる。こんなのない。実際にあの気違いの音が続いた人間……ぼくと、それ以外の人間……。俺だけが圧倒的少数。こんな世界、ない。やつらは、ヘビメタ騒音なしの基準で、説教をする。キレイゴトを言う。役に立たないアイディアを言う。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の行動を判断する。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の履歴を判断する。こんなのはない。全部判断がまちがっている。

親父がかじられるのは、自業自得だけど、おかあさんがかじられるのは自業自得じゃない


あとは、洋書とかすてる。しかたがない。
気違いヘビメタで人生がない。気違いヘビメタでつらい。けっきょく、俺がここで孤独死をすることになったか。俺がここで、ネズミ対策をすることになったか。俺がここで、ひとりゴミを片付けることになったか。あーあ。ほんとうにヘビメタは人づきあいをうばう。職をうばう。進学の機会をうばう。学力をうばう。まるまるしたい。俺が、俺を虐待した気違い親父の世話をしてるんだぞ。おかあさん。おかあさん。おかあさんがいたって、どうにかしてくれるわけではないけど……。だいたい、おかあさんが下(一階の部屋)で寝ていたら、ネズミのことが気になってしかたがない。ネズミにかじられちゃうからな。親父がかじられるのは、自業自得だけど、おかあさんがかじられるのは自業自得じゃない。「すべては自己責任」なんて言っているやつらはバカだ。親父はあほだから、なにもかけないで、マグロの切り身を出しておきたいと思ったら、出しておくんだよ。どれだけ言われたって行動がかわらないんだよ。まあ、自分のマグロの切り身が、「きえてしまって」から、行動がかわったけど。「きえてしまって」と書いたけど、ネズミがぺろりと食った。俺はその皿を見たけど、ほんとうに、ネズミがなめ尽くしているんじゃないかと思えるほど、「きれい」なんだよ。食べ残しがないという意味ではきれい。親父がテッシュペーパーをかけたときは、テッシュペーパーごと、ほんとうにきれいに、食われている。

親父の入院の手続きとか退院の手続きとか、老人施設入居の手続きとか、正直言って、くるしい。どうしてかというと、睡眠障害だからだ。睡眠障害は、ヘビメタ騒音の繰り返しでなった。毎日十数年も騒音が続いたので、睡眠回路がこわれた。治ってない。「過去のことなら関係がない」と言っている、親父並みのあほはだれだ?


   *   *   *

まあ、一度だけ「(皿を)入れるスペースがない」ということを親父が言ったんだよな。たしかに、冷蔵庫のなかがこんでいた。だから、皿を入れるスペースをつくったので、そのあとは、入れられたはずなんだよな。やっぱり、めんどうくさかったんじゃないか。冷蔵を買い換えて冷蔵庫がまえのにくらべて小さくなったのはたしかだ。(けど、電気代が浮いた)。

楽しくない。ぼろぼろに楽しくない

楽しくない。ぼろぼろに楽しくない。美少女と花火大会に行っても楽しくない。楽しくない。楽しくない。

俺がどんだけこまっていても、気違い兄貴がヘビメタを鳴らしていた。ガンガンものすごくでかい音で鳴らしていた。お構いなしにずっと鳴らしていた。そのあいだにぼくの感情がこわれた。正常な睡眠回路がこわれた。

楽しくない。どれだけ言っても、気違いが鳴らしていた。絶対にやめてくれなかった。そういう時間が一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、一二時間、一三時間、一三時間四〇分、続いていいわけがない。

   *   *   *

これもちょっと、ネズミに関係しているのだけど、スキマ用スポンジテープを貼って、はがしたものがある。で、ビニールゴミの袋に入れてしまったのだけど、これは、不燃ゴミだった。なので、取り出そうとしたのだけど、くっついている。そういうことを気にしないで、ビニールゴミの袋にいれたまま出せばよいのだけど、性格的にそれができない。で、はがそうとしたときにほこりが出た。で、腹が立つ。けっきょく、スキマ用スポンジテープは不燃ゴミとして出すけど、そういう作業でほこりがでるとすごく腹が立つ。(スポンジテープがすでにビニールゴミ袋のなかにあるビニールにくっついてしまったのだ)

あとは、洋書とかすてる。しかたがない。

爆発的に腹が立って、何冊か、ぶん投げた。階段のところにおちてる。スキマ用スポンジテープのことで腹が立って、思いでの本を何冊かぶん投げた。むせるし、もういい。

もう、全部すてるか? もう、いいか?

ネズミ駆除業者が役に立たない。

俺のゆめにほこりがかぶっている。

なんか、むかしの本を見ていると、

「ゆめやぶれし本」という感じがする。

ほんとうに、俺のゆめにほこりがかぶっている。

うつろ。

まるまるしたい。



どれだけ生きてたってつらいだけかもしれない。

ヘビメタ騒音以降、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音の体調不良と、ヘビメタ騒音に対する他人の態度でくるしい。

ミルトンの洋書があるんだけどどうするかな。
あれ、買ったの、いつだ?
ともかく、ヘビメタ騒音でつかれまくっていると、他人との関係がうまくいかなくなっていくのである。つかれまくっているとと書いたけど、これには、睡眠障害も含まれている。睡眠障害、易疲労性、頻尿を抱えていると、いいいことがない。まあ、騒音が鳴っていたときのくるしい記憶というのがあって、鬱なんだけどな。あのやりきれない気持ちはない。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱を抱えて無職だとすると、他の人は「無職」だとみなすので、日本労働教徒が多いところだと、居場所がないような思いをすることになる。その人たちにとっては、「睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱」はなんでもないことなのだけど、俺にとっては、なんでもないことじゃない。「睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱」で、働けないということはないと思っている人たちなので、説教をしてくる。で、そんな状態で、楽しいわけがないだろ。じゃあ、働けばいいということになるのだけど、外で働くのは、不可能なんだよ。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱で。けど、それは、他人にはわからない。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱は、そのときの現在の症状で、そのとき(現在進行形でヘビメタが鳴っていなくても)つらい思いをしていた。それは、事実なんだ。妄想じゃないんだよ。自分がヘビメタにやられなかったからと言って、ヘビメタ騒音による睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱が、「いま現在」影響を与えない(与えたとしてもちいさな影響なので無視できる)(与えたとしても、働けないなんてことはない)と考える方が、おかしいんだよ。間違っている。妄想的な考えにこだわっている。どうして、ヘビメタ騒音が原因で発生した(その時点で影響を与えている)睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱を、無視できるのか? それは、やられてないからだろ。「過去のことは関係がない」「いまなってないのであれば関係がない」と言ったやつの顔をまるまるまるまるしてやりたい。デコパッチンBをしてやりたい。ほんとうに頭にくる。
一五年のヘビメタ騒音が影響を与えないわけがないだろ。成長期の九年間のヘビメタ騒音が影響を与えないわけがないだろ。九年で終わったわけじゃないけど、成長期をまるごとヘビメタ騒音でとられている。ヘビメタ騒音で、午前二時、三時に眠れなかった。成長期の午前二時、三時は成長ホルモンが出るので、影響がある。まあ、そんなことよりも、鬱状態、疲労、睡眠ができない(寝るべき時間に眠れない)ということのほうが、表面的にはずっとずっと、影響がデカイのだけど……。それも、けっきょく、気違い兄貴が言うことを聞かない以上、俺が我慢するしかないという状態で暮らすしかない。生きている以上、そうだ。こんなバカな話しがあるか? どんだけつらいか? 気違い兄貴は俺を自殺未遂に追い込むようなことをして、まったく平気なんだからな。まったくなにも気にしてないんだからな。弟の人生を破壊してもまったく気にしてないんだからな。「やりたいからやった」……それだけなんだよ。自分の気持ちしかないから、相手がどういう気持ちかということを、一切合切考えられない。あるいは、考えない。そうしたら、考えないのだから「ない」のとおなじなんだよ。「そんなの、気にしている方が悪い」ぐらいの気持ちで、「静かにしろ」と言われたら、怒り狂って夢中になってやるわけだから。で、何度も言うけど、夢中になってやったことは、やってないことなのである。これ、ほんとう、この症状。しつこさと、やってない気持ちが、正比例している。やりたい気持ちと、やったと思わない気持ちが、正比例している。反比例じゃないよ。正比例。やりたい気持ちが強烈だからまったくやってないと思ってしまうのだ。こういう、本人にとってだけ都合がいい、気違い構造。

2019年8月23日金曜日

言霊(ことだま)じゃなくて俺の推理が当たった。



むかし、ネズミシートにくっついて動けなくなっているネズミを前にして、俺が言った。「親父が入院したり死んだりしたら、俺がこれを片付けなければならなくなるから、プロにたのもう」と。親父はこたえた。「俺がやるからいい。だいじょうぶだ。だいじょうぶだ」と。
俺が言ったとおりになったんだよな。あの段階でプロにたのんでいたら、展開がちがっていたのに……。壁の修理の依頼も、あれやこれやの依頼も、全部俺がやらなきゃならなくなっただろ。しかも、「ネズミなんて、まだいるのか?」なんて反応だからな。親父が餌付けしたのに……。本人は入院しちゃっているから、ネズミとは関係が切れているんだよ。「うちに入ってくる」ネズミの問題だからな。俺が言ったとおりになって、親父が言ったとおりにはならなかった。だいじょうぶじゃなかった。「プロにたのもう」の答えが「俺がやるからいい」なんだからな。そして、親父の部屋の押し入れが「がらあき」だった点も含めて、ものすごく、ネズミの侵入と親父のやったことは、関係がある。もと玄関のところに入っているぶら下がり健康器と親父の道具箱にしたって、ネズミ退治の大きな障害になっている。あれをとりあえず、粗大ゴミ回収業者に持って行ってもらわないと、ネズミを食い止めるための工事ができないのだ。粗大ゴミ回収業者だって、ネズミの糞がついているものは回収したくないだろう。で、汚物あつかいになるから、かなり料金が高くなる。ドアのところだって、先に工事してもらいたいけど、ネズミのばい菌にドアの工事の人をさらすことになる。いちおう、俺がアルコール消毒をしておくけど……。もしたのんだとしたらだ。ネズミ業者だって、あれだけごちゃごちゃしてところをいじるのは無理だ。けど、ネズミ業者に消毒をしてもらってから、粗大ゴミ回収業者に連絡をしたほうがいいのかな? とも思う。

本人は、気楽だ。怒り狂っているけど、怒り狂ったあとは「気楽だ」

あー、もう人間はいやだな。
人間はいやだな。
あー、ほんとうに、人間、いやだわ。
あー。

+++++++++++


ネズミが出た。
もう、いやだ。
もう、いやだ。

親父関係のことで俺が家を留守にした日は、ネズミが出る。実際には、留守にした日の次の日だ。
気分的にしんどい。

やっぱり、ネズミでものすごく不安な気持ちになるな。で、この時間だろ。2019年08月23日03時45分11秒
午前一時ぐらいに見かけたわけだけど、ネズミバスターズが午前七時から、電話受け付けになっている。
親父トラップがあるから、実は、……。ともかく、どの順番でやっても、なにかしら問題があるということになる。

親父の奇行でこまったよ。あいつ、原因をつくっているのに、ぜんぜんわかってないからな。じゃ、説明すればわかるかというと、わからない。発狂して否定するような態度で、自分のへんな考えにこだわるから、けっきょく、あとあと問題が起こる。問題が起こることがわかるようなことなのに、自分の考えにこだわって行動をかえないんだよ。だから、こまる。
あーーまるまるしたい。あーー。
これ、ヘビメタにやられて、入学試験だというのに、深夜の一時に、二時、三時に、四時に、眠れないときとおなじなんだよな。いまでも、実は、高校入試に行ったときの絶望感が残っている。これ、入試の時はだれだって緊張するとかそういう「一般的な問題」じゃないから。試験前日だというのに、日中ずっと、気違いヘビメタにさらされたということが問題。午後11時まで、どれだけ気違い兄貴に言っても、午後一一時一一分まで気違い兄貴がこだわりつくして鳴らしたと言うこと。で、入試の前にそんな時間まで、デカイ音でヘビメタを鳴らしたら、弟がこまるということが、わかりそうなものなのに、まったくわからないんだよ。で、そういう時の態度や感覚が、親父とおなじなんだよ。わからないなら、言えばいい」と言う人がいるけど、その日だって、何十回も言っている。「家族会議のテーブルにつけ」と何回も何回持っている。けど、気違い的な意地で鳴らしやがるんだよ。自分が、一分だってほんとうに我慢するのは、いやなんだよ。だから、意地分意地を通して鳴らしているのに、「鳴らしているつもり」がないんだよ。こういう、気違い状態だ。で、この兄貴の態度がまさに、奇行を繰り返すときの親父の態度おなじなのである。どれだけ言ったって、やめてくれない。やったことには、一切合切責任を持たない。自分がかかわっているということすら認めない。自分が、文句を言われたという「なんとなく感触」しかないんだよ。相手がどれだけこまっているかということが、根本的にわからない。兄貴も、自分が鳴らしているときに、「鳴らさないでくれ」とか「静かにしてくれ」と言われたら、自分にとって「なんとなく不都合なことを言われた」というような認識しかない。で、怒り狂って、意地になって、やる。何度も言うけど、親父の奇行とおなじだ。やっているときの態度や、やり終わったときの態度がおなじなのだ。やり終わったあとの認識がおなじだ。ほんとうはやったのに、自分はやってない」と思っている、あるいは、「自分はまったくそんなのは知らなかった」と思っている。あるいは、「自分はまったく関係がない」と思ってい。「おまえがやったことだろ」と言われたとする。そのときはそのときで、また、「なにか不都合なことを言われた」という感触しかない。そういう感触しか感じない。だから、夢中になって否定するということになってしまう。怒り狂うということになってしまう。そりゃ、自分にとってちょっとでも不都合なことを言われたら、むかっとくるわけだよ。これはもう、何回も書いたけど、「おまえがこうしたしたから、こういうことになった」という内容のことを言われると、怒り狂う。で、その当の行為を続けることができる。そりゃ、怒り狂った途端に「関係がない」ということになっているのだから、本人は、気楽だ。怒り狂っているけど、怒り狂ったあとは「気楽だ」。性格としてそうなっているから、何万回もそういうことが繰り返される。

2019年8月22日木曜日

ダニに刺されるのを覚悟で親父の部屋に入って、親父の腕時計をとってきたことがある


そう言えば、ダニに刺されるのを覚悟で親父の部屋に入って、親父の腕時計をとってきたことがあるなぁ。俺が、親父の腕時計を二月に、親父の部屋の棚においてしまったんだけど、これが失敗だった。二月の時点では、親父の部屋には刺すダニがいなかった(親父の部屋に入っても刺されなかった)のだけど、五月の暑い日に、さされるようになった。で、「腕時計」「腕時計」と親父が騒ぎ出したのが、六月だったから、「親父の部屋にはダニが発生していて、腕時計は取りに行けない」と言ったのだけど、親父はあんまりなんのことかわかってない様子だったなぁ。二月に親父の棚のところに時計をおいたのは俺だし、「腕時計」「腕時計」としつこく言うので、とってきてやったんだけど、一箇所、刺された。で、とってきた腕時計が、動いてなかった。これ、意味がない行為だったのである。で、安い腕時計を買ってやることにしたんだけど……。今度は腕時計の文字が見えなとか言いやがるんだよ。ともかく、とりに行かないで、アナログの腕時計を買ってやるべきだった。俺が買ってやったのは、デジタル時計だからね。音が出ると、問題があるからデジタルにした。親父は気にしないけど、聴覚が敏感な人がおなじ部屋にいると問題があるから、秒針が動くアナログ時計は、いやだった。まあ、気にしないとは思うけどね。耳をくっつけなければ聞こえないだろうから。けど、アナログの時計よりも、デジタルの時計のほうが一四〇円安かったんだよ。だから、デジタルの方を買った。八六〇円ぐらいだと思う。アナログのほうは一〇〇〇円したんだよね。
ともかく、入るべきじゃなかったということを言いたい。刺される危険を冒してはいるべきではなかった。で、俺は、入りたくないと言ったんだけどね……親父はぜんぜんわかってなかったみたいだな。

どれだけしつこく言われても、あの部屋に入るべきじゃなかったんだ。さっと入って、さっととってくれば刺されない可能性もあると思って入ったんだけど、やはり刺された。失敗したなぁ。考えてみたら、あいつが餌付けしたネズミのせいで(刺す)ダニが発生しているわけだから……。

時計は、MRIで検査するときにとったんだけど、あのときから、「時計」「時計」と言ってんだよな。
++++++++++

だるい。はっきり言って、介護施設に行きたくない。今日、行かなければならない。俺ははっきり言って、だるい。昨日の夜から起きている。そろそろ、横になりたくなる時間なのだ。(けど、特養に入れるチャンスなので、行く。けど、めんどうくさい。)

絶対無責任の境地で自分が好きなことをできる


2019年08月21日07時26分13秒
セブンイレブンに行ってきた。

そのあと、帰ってきていろいろとやった。
そのうちのひとつにハンディクリーナー(掃除機)のゴミをすてるというのがあったんだけど、紙パック式がいいなと思った。
これは、紙パック式じゃないやつで、水で洗わなきゃならないんだけど、それがめんどうだった。紙パック式のほうがほこりを吸わないですむ。なにかいい方法があるのかな?
ともかく、これはだめだ。紙パック式のを買わないとだめだと思った。けど、紙パック式の安いやつがそれほどはない。むかしはあったのになぁ。

なので、どうしようかと思っている。

あとは、親父の病院関係のことがつらい。お母さん、たすけて。まあ、お母さんが生きてたとしても、たよりにはならないんだけどな。俺が動ける時間に、全部すめばいいけど、俺が動けない時間に電話が掛かってきた……みたいだ。これで、「何日の何時」という約束をすると、これまた、眠れなくなる。ヘビメタ騒音副作用なんだけど……。そりゃ、ああいう切羽詰まった思いを毎日していたらそうなる。

俺がどれだけ、「動けないからだで、動いてきたと思っているんだよ」と言いたくなる。そういう、六時間、七時間、八時間、眠たいのに眠れないまますごす六時間、七時間、八時間。もう、いやだよ。ヘビメタ騒音で睡眠回路を壊されたというのがでかすぎる。いちおう、医療ソーシャルワーカーの人には俺が、非・二四時間睡眠覚醒症候群だとは伝えてあるけどね。
夜、不愉快なことを思いだして死にそうになる。
昼間、動けない時間帯に電話が掛かってくるとくるしい。実は、昨日は、介護施設のほうから電話が掛かってきた。そのあと、マナーモード(サイレント)にして、眠る用意をした。けど、なかなか眠れなかった。あのとき起きていたのだから、マナーモードにしないで、電話に出ておけばよかったなぁ。

ネズミの問題と親父の問題がデカイ。もちろん、ヘビメタ騒音で人生がないという問題が一番でかいけどな。あそこらへんは、通っていた小学校がある地域で、俺としては前を通りかかるだけでつらい。トラウマ大爆発だ。ランドセルを背負ってた頃も、ヘビメタ騒音にやられていた。どれだけくらい気持ちで、しょぼしょぼとあの校庭を歩いていたと思っているんだ! 気違い兄貴。おまえはやった。なにもやってないつもりなんだからな。何回も言うけど、親父が、親父が強制的に押しつけたハンダゴテで兄貴が困ったということを理解しないとおなじ。理解しなければやってないのとおなじことになってしまう。理解しないというのと、やってないというのは等価なのだ。これもおかしな話しだけど、そういうことが、普通に成り立ち続けるのが、うちだ。普通に成り立ち続けるのが、気違い兄貴であり気違い親父だ。気違い、気違いと言っているけど、そういうことが普通に成り立ってしまうところを気違いと表現しているのだ。普通は絶対にそんなことは成り立たないんだよ。「やったってやってない」とかそんなことは絶対に成り立たない。で、これは、怒り狂って自分の意地を通している人に取っだけ都合がいいことなのだ。そりゃ、絶対無責任の境地で自分が好きなことをできるのだから。「やったことにかんして」一切合切主観的な責任が生じない。どうしてかというと、本気で「やってないつもり」だから。一〇〇%やりきるのに、本人は、まったくやってないのとおなじ気持ちでいられる。そういう状態で、毎日、押し切ってやり続ける。それが、気違い兄貴の正体であり、気違い親父の正体だ。それが、気違い兄貴がやったことであり、気違い親父がやったことだ。本人は気がつかないのだから、ほんとうにこまる。

2019年8月21日水曜日

「エイリが言っているだけ」に聞こえる人もいるだろう

俺はどうしたらいいんだ?
すべてがバカらしいよ。
ともかく、ヘビメタ騒音なしですごしたかった。ヘビメタ騒音なしで生きたかった。とくに、中学生活と高校生活がきつすぎる。ほんとうに毎日、午後一一時一一分までガンガン鳴ってた。何時間も浴びせられると、ほんとうに眠れなくなる。あの眠れない時間が、ぼくの精神をおかしくした。緊張がなみじゃないのである。他の人に知られず、他の人に理解されることなく、ズッとやられた。気違い感覚が成り立っているから、ぜんぜん気にしない。どれだけ言っても、気違い兄貴は気にしない。言われたときだけ、「怒って反応」するけど、自分が怒ったあとは、もう、なんにも感じないでやりきることができる。だから、言われるたびに怒って、やりきるということになってしまう。時間までやりきるということになってしまう。午後一一時一一分までやりきるというとになってしまう。やりきったら、一分だって鳴らさなかった気分のままなんだよ。その日、二〇回文句を言われて、二〇回怒ったとしても、なにもなかったということになってしまう。そういう毎日の繰り返しだ。他人が理解するにしても、それは、やられなかった人が、「そういうことがあったんだ」と理解するだけで、実際の経験がともなってない。実際の経験とそういう知識はぜんぜんちがう。俺は戦争に行ったことはないけど、テレビドラマに出てくる戦争と実際の戦争がちがうようにちがう。気違いヘビメタが鳴っているということを理解したとしても、そんなことでは、気違いヘビメタによってしょうじる障害や変化を理解できない。もちろん、「エイリが言っているだけ」に聞こえる人もいるだろう。これ、ちがうんだよな。こんな人生ない。

ポジティブ心理学は、ヘビメタ騒音の被害者を追い詰め、殺す


夢の世界から現実世界に帰ってきたのだけど、さみしいね。
挨拶だけのSNSでも続けていたほうがよかったか。
にしても、この、「なげだされ」感がすごいなぁ。
ほんとうにヘビメタ騒音で、何十年もかけて、孤独になってしまった。それはそうなる理由がある。ヘビメタ騒音で、そうなる。必然的にそうなるのだ。ただ、他の人は、ヘビメタ騒音の連続が……十数年の連続が……十代の九年間の連続が……どういう意味を持つか、わからないのだ。これ、ほんとうに、必然的に友をなくすようになっているのだ。ヘビメタ騒音を実際に経験したのはぼくだけなので、どれだけ親しい友人も、その点では、わかってない人間のほうに入るということになる。気違い兄貴は無視して、まったくやってないつもりで、頑固にすべて時間、気違いヘビメタを鳴らしまくったけど……。ものすごい効果がある。ほんとうに、気違い兄貴にちょっとでもわかりやすいように言うと、「ハンダゴテの日」を繰り返しているようなものなのだ。いや、「ハンダゴテの日」よりももっとひどい日を繰り返しているようなものなのだ。気違い兄貴が、気違い親父とおなじ(構造の)頭を持っているので、それがわかってないだけだ。ほんとうに、気違い親父にやられてくやしかったことを、俺にやり返している。行動や原理がおなじだ。で、気違い親父の行動や原理、と、気違い兄貴の行動や原理は、他の人にはわからない。結果、俺だけが悪く言われることになる。俺だけが、「わかったようなこと」を突きつけられるような話になる。ポジティブ心理学?の定義はしないけど、たとえば、認知療法やアドラー心理学や精神世界のいろいろな法則のたぐいをポジティブ心理学と仮に言うとすると、ポジティブ心理学は、ヘビメタ騒音の被害者を追い詰め、殺す。そういう力(ちから)がある。これ、ほんとうに、神が悪いんだよな。神が、人間をそういうふうに作ったとしかいいようがない。

ポジティブ心理学者?あるいは、ポジティブ心理学信者が言ったことをこころみてみると、一〇〇%の確率で非常にネガティブなことが起こるのである。こういうときは、ユングのシンクロニティー(共時性)を信じたくなるよ。まあ、(フロイト的な)無意識も関係している思うけど……。「どうしてこのタイミングでこうなる?」みたいなものは、(フロイト的な)無意識だけでは説明できないからな。

ポジティブ心理学が死に追い込むのは、ヘビメタ騒音被害者だけじゃない。頭がおかしい家族に長期間やられた人は、みんな、ちまたにはびこるポジティブ心理学の「負の影響」を受けて、死んでしまう。神がおかしい。神がまちがっている。このプロセスを説明するのは強烈にむずかしいけど、説明するしかない。

2019年8月20日火曜日

ネズミが出た。いま、居間にいる。



ネズミが出た。いま、居間にいる。あーー、もう、いやだな。ほんとうに、親父が何十日もかけて餌付けしたからこうなっている。入れる穴があいてたとしても、マグロの粕漬けで餌付けをしなければ、入ってこなかった。これ、ほんとうに、何十年も入ってこなかったわけだから、マグロの粕漬けを出したまま寝るというような行為が数十日にわたって繰り返されなければ、ネズミは入ってこなかった。
あとは、一匹目を見つけたときに、俺が「プロにたのもう」と言ったのに「俺がつかまえるからいい」と気違い親父が怒って言うので、初期段階でプロにたのむことができなかった。ネズミの糞とネズミの小便がマーカーの役割をしていて、ネズミの糞がありネズミ小便くさいところには、ネズミがよってくる。
どれだけ、生ゴミを出さないようにしても、一度こうなったら、ネズミの糞を排除するまでダメだ。まあ、完全にふさげればいいんだけどね。
完全にふさいだとしても、ネズミの糞をほうっておくわけにはいかない。親父の「俺がつかまえるからいい」プランだと、ネズミの糞をずっとほうっておくプランなのだ。親父はネズミの糞なんて一切合切気にしないわけだから。これ、ほんとうに困るんだよな。ネズミの問題は、ネズミの問題だけではなくて、ダニとナメクジの問題でもあるのだ。こういうこともわかってない。俺だって、ネズミの侵入を受けてから、わかったことだけど。
ネズミのばい菌にやられて本人は入院しているからいいけど、俺は、いまだにネズミの糞対処、ネズミ侵入経路の対処をしなければならない。そして、これが肝心なんだけど、すべての場所に「親父トラップ」がある。で、親父トラップのせいで、業者に対応してもらわないと、だめな部分がある。ネズミの侵入口を、ふさげない。たとえ、二〇個の穴をふさいだとしても、二一個穴があいているなら、ネズミは入ってくる。
あとは、ネットでは書けないことがある。それが原因で、プロにたのみにくいのだ。
気違い兄貴のヘビメタ騒音で、睡眠回路を壊されているので、プロの活動時間である午前一〇時から午後七時ぐらいまでの時間帯に、俺が眠っている日がある。いまも、ほんとうは電話をかけたいのだけど、午前五時四三分なので、電話をかけられない。二四時間受付のところも、実は、自動アンサーリングフォンなので、意味がない。
普通の人が活動している時間、眠っているとき、俺がいい気分でいるかというとそうじゃないのだ。これ、破滅破綻の時間で、猛烈にくるしい。で、そういう時に、親父の入院のあれこれで、二四時間起きているような状態で外に出なければならないのだ。この、二四時間起きているような状態で動くというのがくるしい。それは、気違いヘビメタ騒音にやられていたときとおなじだからだ。気違いヘビメタ騒音に毎日七時間以上さらされていたら、だれもが、眠るべき時間に眠れなくなる。「騒音」だとしたらそうなる。もちろん、気違い兄貴にとっては「騒音」ではないので、神経が逆立って眠れないということはない。けど、それは、感じ方の問題で片付く問題ではないのだ。これを、あたかも、感じ方の問題で片付く問題であるかのように記述するやつや、そういう意見を持っているやつは、ゆるせない。ほんとうに、どれだけ、腹が立つか?? おまえだって、気違いヘビメタに実際ふれれば、眠れなくなる。日中、ヘビメタ騒音をあびているのに、夜、眠れなくなる。実際には、午後一一時一一分まで鳴っているわけだから、日中から午後一一時一一分ということになる。「騒音」だと感じているのであれば、無理だ。眠れなくなる。気違い兄貴にとっては、どれだけデカイ音でも、騒音じゃないんだよ。気持ちのいい音だ。だからこそ「感じ方の問題だ」と言えるかというとそうじゃないんだ。これが、頭が悪い人にはわからない。

あーー、もう、いやだな。ほんとうに、親父が何十日もかけて餌付けしたからこうなっている。入れる穴があいてたとしても、マグロの粕漬けで餌付けをしなければ、入ってこなかった。これ、ほんとうに、何十年も入ってこなかったわけだから、マグロの粕漬けを出したまま寝るというような行為が数十日にわたって繰り返されなければ、ネズミは入ってこなかった。
あとは、一匹目を見つけたときに、俺が「プロにたのもう」と言ったのに「俺がつかまえるからいい」と気違い親父が怒って言うので、初期段階でプロにたのむことができなかった。ネズミの糞とネズミの小便がマーカーの役割をしていて、ネズミの糞がありネズミ小便くさいところには、ネズミがよってくる。
どれだけ、生ゴミを出さないようにしても、一度こうなったら、ネズミの糞を排除するまでダメだ。まあ、完全にふさげればいいんだけどね。
完全にふさいだとしても、ネズミの糞をほうっておくわけにはいかない。親父の「俺がつかまえるからいい」プランだと、ネズミの糞をずっとほうっておくプランなのだ。親父はネズミの糞なんて一切合切気にしないわけだから。これ、ほんとうに困るんだよな。ネズミの問題は、ネズミの問題だけではなくて、ダニとナメクジの問題でもあるのだ。こういうこともわかってない。俺だって、ネズミの侵入を受けてから、わかったことだけど。
ネズミのばい菌にやられて本人は入院しているからいいけど、俺は、いまだにネズミの糞対処、ネズミ侵入経路の対処をしなければならない。そして、これが肝心なんだけど、すべての場所に「親父トラップ」がある。で、親父トラップのせいで、業者に対応してもらわないと、だめな部分がある。ネズミの侵入口を、ふさげない。たとえ、二〇個の穴をふさいだとしても、二一個穴があいているなら、ネズミは入ってくる。
あとは、ネットでは書けないことがある。それが原因で、プロにたのみにくいのだ。
気違い兄貴のヘビメタ騒音で、睡眠回路を壊されているので、プロの活動時間である午前一〇時から午後七時ぐらいまでの時間帯に、俺が眠っている日がある。いまも、ほんとうは電話をかけたいのだけど、午前五時四三分なので、電話をかけられない。二四時間受付のところも、実は、自動アンサーリングフォンなので、意味がない。
普通の人が活動している時間、眠っているとき、俺がいい気分でいるかというとそうじゃないのだ。これ、破滅破綻の時間で、猛烈にくるしい。で、そういう時に、親父の入院のあれこれで、二四時間起きているような状態で外に出なければならないのだ。この、二四時間起きているような状態で動くというのがくるしい。それは、気違いヘビメタ騒音にやられていたときとおなじだからだ。気違いヘビメタ騒音に毎日七時間以上さらされていたら、だれもが、眠るべき時間に眠れなくなる。「騒音」だとしたらそうなる。もちろん、気違い兄貴にとっては「騒音」ではないので、神経が逆立って眠れないということはない。けど、それは、感じ方の問題で片付く問題ではないのだ。これを、あたかも、感じ方の問題で片付く問題であるかのように記述するやつや、そういう意見を持っているやつは、ゆるせない。ほんとうに、どれだけ、腹が立つか?? おまえだって、気違いヘビメタに実際ふれれば、眠れなくなる。日中、ヘビメタ騒音をあびているのに、夜、眠れなくなる。実際には、午後一一時一一分まで鳴っているわけだから、日中から午後一一時一一分ということになる。「騒音」だと感じているのであれば、無理だ。眠れなくなる。気違い兄貴にとっては、どれだけデカイ音でも、騒音じゃないんだよ。気持ちのいい音だ。だからこそ「感じ方の問題だ」と言えるかというとそうじゃないんだ。これが、頭が悪い人にはわからない。

2019年8月19日月曜日

言わないことで現実がかわるか?


あと、言ったってしかたがないという人がいるけど、言わなくたってしかたがないんだよ。言わないことで現実がかわるか?

俺は、この世で起こったことを記述する義務がある。長期騒音の効果(負の効果)について絶対に記述しておかなければならない。人類に対する俺の義務だ。こういうとが繰り返されてはならないのだ。家族騒音に関しては、もうちょっとちゃんとした法律を作る必要がある。長期騒音は、殺人級の悪いことなのである。人を自殺に追い込むようなことなのである。人の人生を破壊するようなものなのである。

ひどい人だと、「あのとき、親がこういうアドバイスをしてくれなかった」「あのとき、カウンセラーがこういうことを言ってくれなかった」と人のせいにしておきながら、他の人には「自己責任自己責任」と念仏のように繰り返している人がいる。
アドバイスをしてくれなかったにしろ、自分で判断して、自分が選択したのだ。こういう意味でなら、ほんとうに「自己責任」だと思う。自分が選択をしたわけだから。こういうひとは、たとえ、親がアドバイスをして、親が言ったとおりに動いた(洗濯した)にしろ、あとで文句を言うと思う。「カウンセラーがこういうふうにしたほうがいい」と見ちびていくレなかったと言うことについて文句を言っている人も、自分が選択したと言うことについて、わかってないところがある。こういう人も、カウンセラーが言ったとおりに動いた(洗濯した)にしろ、あとで文句を言うと思う。言ってくれなかったことについてあとで文句を言う人は、言ってくれた場合もあとで文句を言うと思う。
アドバイスがあったにしろ、なかったにしろ、自分が選択したのだから、ほんとうは文句を言えないはずだ。そういう意味では、たしかに自己責任だと思う。けど、それと、ヘビメタ騒音はちがうのである。アドバイスととヘビメタ騒音はちがうのである。こういうことがわかってない。

もともと、さみしい気持ちで歩くわけだけど、ガス欠になってしまう


とは言え、
まず、松屋にミニ牛丼を食べに行き、じゃなかった。
まず、ローソン100に行き、入院セットの振り込みをして、食べ物を買った。
そのあと、松屋に行ってミニ牛丼を食べた。
で、帰って、シャワーを浴びた。
で、しばらく文章を書いたり、ブラウジングしていたりした。
(なんとしても、ブログなどを見る時間は少なくしなければならない。)
いつのまにか、朝になったので、洗濯をした。
で、干した。

俺はどうしようかな。めんどうくさいんだよな。
来週というか、今週はいそがしくなりそうだな。
いやな用事で、つかれそうだ。
ところで、たとえば、ぼくが電車に乗って、秋葉原に行ったとしても、ぼくはおもしろくないのだ。破滅破綻の道を歩かなければならない。ヘビメタ騒音でへこんでいる。秋葉原を歩くときも、いつも、ヘビメタ騒音のことで真っ暗闇だった。ぼくのこころね。昼間でも、真っ暗闇なんだよ。
まあ、こういうことは、ここには書かなかったけどね……。
これを書くと、すごく人が減る。いいよ。べつに……。去れ、減れ。

そんなことよりも、ぼくのやる気をどうにかしたいのだ。
なんかこう、いっぱいになっている。
もともと、さみしい気持ちで歩くわけだけど、ガス欠になってしまう。
これは、やばい。けど、人に会うとか(本来は楽しいことが)ガソリンにならない。
くるしいまんまなんだよな。
ヘビメタ騒音以降、どこを歩いていてもくるしい。

2019年8月18日日曜日

俺がどういう気持ちで、養命酒の横のネズフンを片付けたか?




そう言えば、セブンイレブンの豚汁(レトルト)があるはずなので、ご飯にそれをかけて食べようと思った。しかし、豚汁がない。どこかにおちている。探さなければならない。

う、なんだこれは?」と思った。なんか、コンビニの袋にやわらかいものが入っている。
これは、しっとりリンゴのケーキという菓子パンだ。忘れてた。そう言えば、昨日の夜というか、今日の午前三時ぐらいに、ローソン100に行って買ったんだった。そして、その袋のなかには、弁当の焼きそばが入っていた。これも、ローソンで買ったんだけど、そのときは、食べたかった。実は、焼きそばを買って帰ってから食べるか、松屋で牛丼を食べるか迷っていたのだ。で、けっきょく、牛丼を食べたあと、焼きそばは冷蔵庫に入れて保存するつもりだった。が、冷蔵庫に入れ忘れた。
「室温約三〇度。買ってから約一六時間。大丈夫だろうか?」と思って臭いをかいだけど、大丈夫そうだったので、食べた。

ともかく、探さなければ。あとは、居間のサイドボードの下に、アルコール消毒液をガンガンかけないとダメだ。あそこは、うまくかからない。だいたい、サイドボードをひとりで動かすことができない。だから、サイドボードの下には、たぶんネズフンがおちている。うー、考えたくないけどそうなっていると思う。どのくらいおちているかというと、時間経過から考えて、相当におちていると思う。考えたくないけど、多分そうだ。まず、サイドーボードを動かすには、サイドボードの上に置いてあるサイドボードを動かさなければならない。これは、サイドボードと言うよりも、たぶん、食器棚なんだろうな。食器棚を動かすには、親父が四六年ぐらい前に買った、養命酒を動かさなければならない。けど、この養命酒を動かしたくない。四六年分のほこりがつもっている。中身が入っているので、中身を捨てて、ゴミの日に出さなければならないのだけど(たぶん、ガラスの資源ゴミ)その作業をしたくない。まあ、ガラスではあるけど、養命酒成分が瓶の内側についている場合は、不燃ゴミになる。けど、不燃ゴミとして捨てるとなると、「それは、資源ゴミだろ」と思って、(清掃作業員が)持って行かないかもしれない。ともかく、さわりたくない。あれずっと邪魔なんだよな。俺がどういう気持ちで、養命酒の横のネズフンを片付けたか? これが、けっこうおちていて、マスクをしているのに、むせながら、片付けた。あの食器棚も、実はアルコール消毒液には弱い。幸いなことに、その食器棚の中はきれいだ。ガラス戸がついていて、しめられていたので、ネズミが入らなかった。

と、ここまで書いているときに、アマゾンからの届け物がきた。これは、キンチョールの殺虫剤だ。ほんとうは、居間では、殺虫剤は使いたくないけど、ダニを殺すために使う。この殺虫剤は、ハエとかゴキブリを殺すためのものだけど、実は、ダニにも効く。
居間に置いてある食事関係のものを、全部、ケースに入れて、ほかの部屋にうつして、殺虫剤をたたみ(ゆか)にまく。


にしても、養命酒が邪魔。あれ、ほんとうに、いやなんだよな。ほんとうに46年前からずっとそこに頓挫しているからな。あれは、若い頃の気違い親父のようすを思い出してしまうものなので、俺からすると、「けがれている」。そうじゃなくても、まわりにネズフンがおちていて、いやな雰囲気だった。ネズフンを俺がどういう気持ちで、撤去したと思っているんだ? ネズフンだって親父がまき散らしたようなものなんだぞ。魚の粕漬けで、餌付けしやがって。(ほんとうに、入れる穴があったとしても、そういうエサがなければ、ネズミは入ってこない。俺が穴というかいろいろな隙間をふさいでいく過程で、気がついたことなんだけど、ほんとうに、親父が粕漬けを出したまま、眠るということを何十日もする前は、隙間があったにもかかわらず、ネズミなんて入ってこなかった。何十年もそうだよ。で、ネズミの入っている穴をふさごうとしたら、穴がたくさんあることに気がついた。一番でかい穴は、親父の部屋の押し入れの床がおちたことによって生じた穴なんだけど、これは、穴と言うよりも、隙間と言うよりも、……なんて言えばいいのだろうか? ともかく、デカイ。おしいれの床がおちたら、どうにかしようと思うよな。

「自己責任」「自己責任」と言っている人は、気分だけの人なのである


つまんない。ほんとう、どうしようかな。
これ、俺がどれだけ時間を損しているか?
気違い兄貴のヘビメタ騒音という他の人にはないハンディでどれだけ俺が損をしているか?
俺の基本的な能力が損なわれたか? 俺の基本的な人格が損なわれたか?
これ、ほんとう、あれだけのことをして、ほんとうに「やったつもりがない」わけだからな。兄貴は。で、常に毎日、そういう「ノリ」でやってた。常に、毎分毎秒、毎時間、そういう「ノリ」でやってた。気違い親父とおなじで、そういう「ノリ」でやったことは、全部「なし」なのだ。こんなのはない。けど、実際そうだ。こだわりつくしてやったのに、あたかも「まったくやってない」という態度だ。本人のつもりとしてはほんとうにやってないつもりなのである。じゃあ、やっているときに「やめてくれ」と言えばすむかといえば、すまない。だから、こまる!! どんだけの意地で鳴らすか!! 他の人にはこれがわからない。そして、気違い兄貴本人がまったくわかってない。それは、ハンダゴテのことで文句を言われた親父が怒り狂っているだけで、自分が押しつけたこというとがわかってないのとおなじだ。絶対の意地で、相手がなにを言っても、否定語を繰り返し、絶対に認めずに、押しつけたのだ。けど、それがわかってない。使えなかった」と言われたときは、また、おなじように否定語を繰り返して、怒り狂って認めない。だから、そういうことを、何万回、何十万回、何百万回繰り返しても、本人だけは「やったつもりがない」ままなのだ。こういう「日常」。こういう、日常。あり得ない。あり得ないけど、うちでは普通に、毎日、一年三六五日中、三六五日、そうなのだ。それがあたりまえ。一日二四時間中、いつもそうなのだ。それがあたりまえ。言っておくけど、「一日二四時間中、いつもそうだ」というのは、行きすぎた一般化じゃない。イ・ラショナルシンキングじゃない。これを、イ・ラショナルシンキングだと考える方が、イ・ラショナル。これがわかってないんだよな。はっきり言えば、俺が一一歳の時点で、「緊急を要する問題」だった。俺が一一歳の時点で「緊急介入」するべき問題だった。けど、「家の中の問題は家の中で解決してください」……「家族で話し合ってください」と言われておしまいだった。
あんな音で鳴らしているうちはどこにもない。気違い兄貴だって、嫁さんには一秒たりとも、自分のヘビメタ騒音を聞かせてないのだ。「よそのうち」にいったら、嫁さんや嫁さんのお父さんお母さんがこわくて、ならせなくなった。それならば、うちでも、一日中我慢することができるんだよ!! これ、気違い親父とおなじでまったく気がつかないんだよな。いま言われたって、気がつかないよ。「そんなのはどうでもいい」と思っていやがる。頭にくる。頭をかち割ってやりたいほど、頭にくる。
そして、たとえば、ぼくが「頭をかち割ってやりたいほど、頭にくる」と書くと、ヨソの人から、「エイリさんはこわい」と思われる可能性があるのだ。そりゃ、そういうふうに思わない人もいるかもしれないけど、思う人もいるかもしれない。実際、そういうふうに思った人が過去、存在した。なので、これは、「そういうふうに思われる」というような「妄想」ではない。けっきょく、だれも……俺以外のだれも……やられてないので、ほんとうのことは、わからない。あれ、午後四時から午後一一時一一分まで、三〇分間の休憩をぬかして、鳴らされ続けたら、午後一一時一一分から眠れなくなるということがわかってない。これ、実際にやられたら……あの至近距離で、あの音のデカさで、やられたら、だれだって、眠れなくなる。そうなると、一日目から、次の日が「ピンチ」になる。次の日がものすごくきつくなる。一〇〇日やられたときと、一〇〇〇日やられたときは、ちがう。これがわかってないんだよな。三〇〇〇日つもったときと、四〇〇〇日つもったときが、ちがう。体力も気分もちがう。否応なく、憂鬱になったり、怒りやすくなったりする。けど、キレイゴトを言うやつらは、そういう効果をまったく無視して、俺の元の性格が悪いから(不適切だから)憂鬱になったり、怒りやすくなっていると考えるのだ。ヘビメタ騒音の影響がでかいと言っているのに、「過去のことは過去のことだから関係がない」という理論で、俺をディする。これは、ほんとうに、やっているやつらは、これまたつもりがないかもしれないけど、これこそ、ディするということなんだよ。悪口を言うということなんだよ。こういうやつらは、俺が兄貴や親父の悪口を言っていると思うのだ。こんなのない。こんなのは、ない。どこまで人をバカにするのか?

実際にやられてない人は、一日やられたとき、一〇〇日やられたとき、一〇〇〇日やられたとき、二〇〇〇日やられたとき、三〇〇〇日やられたとき、四〇〇〇日やられたとき、五〇〇〇日やられたときの、ちがいがわからない。言っておくけど、「連続だから」な。一回一二〇〇日あたりで切れているけど、その一日だけをぬかして、そのあとは数千日にわたって、ほんとうに連続して、最短でも夜の一一時まで鳴らしていた。これも、家の前がデカイデカイ幼稚園で、よその家が離れていたからできたことだ。俺のことだけ無視すれば、自分がやりたい音でできたのである。で、「うちでは」絶対の意地で無視して、絶対の意地で無視しているということを、絶対の意地で無視するということで、やりきることができる。これは、親父が兄貴に先行して、一五年間毎日やっていたことだ。「うち」では、なじみがあることなのである。兄貴がやり始めたことじゃないのである。「うちではあたりまえだった」ことなのである。さらに、やっている張本人は……気違い的な意地でやっている張本人は、どれだけ言われても、自分がやっていることに気がつかないということも、うちではあたりまえのことだった。これ、本人の努力でかえられるはずがない。本人というのは、俺のことだ。俺が親父や兄貴に働きかけて、かえられることじゃないのである。それなのに、あたかも、俺がちゃんと説明しなかったからだめなんだという「イ・ラショナル」な考え方をするやつがいる。そういうやつは、「無限自己責任」を俺に押しつけている。人に、「無限自己責任」を押しつけるやつってどういう頭をしているんだろうね? 人に押しつけているんだよ。俺はそいつから見て、他人だから、人に押しつけている。これは、実は「自己責任の精神」に反するのである。他人の責任を無限に追及している。なじっている。無茶なことを言っている。範囲がちがう。自分のことだけ考えていればよいのである。「自分の場合は自己責任だ」と肝に銘じて動いていればよいのである。生き続ければよいのである。他の人の身に起こったことが、その人の責任なのかそうじゃないのかなんてことは、関係がないのである。自分のことだけ考えていればいい。そして、常に、自分の場合は自己責任なのである。……けど、これは、たてまえで、「自己責任」「自己責任」と言っているやつが、自分の身に起こったことをほんとうに自分の責任だと思っているかというとそうではないのである。そうではないということは、彼らの言動を見ればすぐにわかる。この「自己責任」「自己責任」と言っている人は、気分だけの人なのである。「自己責任」「自己責任」と言っているときだけ、そういう気分になっている人なのである。彼らは本人は気がつかないのかもしれないけど、いろいろなことについて、自分の責任ではないということを主張している。気がついてないだけ。まあ、まれにそういうことがわかっている人もいるけど、ほとんどの人が(ほとんどの自己責任自己責任と言っている人が)ほんとうは、自分の身に起こったことについて他者の責任を追及している。あるいは、自分の身に起こったことじゃないことについて他者の責任を追及している。ここらへんは、親父や兄貴とちょっとだけ似ている。あくまでも、ちょっとだけな。すごく似ているなんて言わない。誤解のないように。

ちなみに、北朝鮮がミサイルを撃ったら「すべては自己責任」と言っている人の責任だ。北朝鮮の最高指導者の責任ではない。「すべては自己責任」と日頃から言っている人の責任。本人が「すべては自己責任」と言っているのだから間違いない。A国とB国が戦争をしたら、そいつの責任だ。かつて、日本とアメリカが戦争をしたことがあるけど、それも、当時存在しなかったそいつの責任だ。「すべては自己責任」なのだから、そいつの責任だ。自分の力がおよばないところで、なにごとかが起こったら(発生したら)それは、そいつの責任なのである。火山が爆発したら、そいつの責任だ。そいつは、自分の力がおよばないことを含めて「すべては自己責任(自分の責任だ)」と言っているのだから、そういうことになる。

   *   *   *
もちろん、「すべては自己責任」と自分に言い聞かせるような、まともな人もいる。他の人に向かって「すべては自己責任」という言葉を放っていながら、自分は、他人の責任を追及してばかりだという甘えたやつもいる。こいつは甘えていると思う。甘えだ。甘え。

「すべては自己責任」と自分に言い聞かせる人はまともだということを書いたけど、その人にしたって「言い聞かせている」のである。どういうことかというと、一度は、人のせいにしたあと、「すべては」自己責任だと思い直しているということだ。

「他者の行為の結果、そうなった」という認知が「一度は」成り立っているのである。けど、他者の行為の結果そうなったにしろ、(自分に関係していることなので)自己責任(自分の責任)なのである。他者の行為をゆるしてしまったという責任が生じていると考えているのである。

だいたい、「人のせいにする」というのは、ネガティブな言葉で、それ自身が価値観を含んでいる。人のせいにするというのは、ほんとうは、その人のせいなのに、その人が他の人のせいにしているという認識の上に成り立っている言葉なのだ。だから、最初から、ネガティブな言葉だ。

しかし、「人のせいにしない人」も含めて、実は、他人の行為について考えているのである。他人の行為がこういう結果をもたらせたという(コーザリティー)を考えている。

2019年8月17日土曜日

電子レンジでご飯を温めるとき、金属のスプーンを入れるという儀式に親父がこだわってこたわって(こまった)

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2019年08月17日17時09分57秒
喉がかわいて起きてしまった。
水分補給した。
しかし、どうしたものだ?

暑い。
まあ、冷房があるからね。
けど、ぼくはあんまり冷房に強い方じゃない。

やばいことに、寝る時間がだいたい午前九時から午後七時ぐらいのあいだにおさまっている。これが続いている。これは、やばい。ぼくにとってはあり得ないことだけど?二週間近くこの状態が続いている。ちょうど、他の人に合わせて動かなければならない時間帯が、睡眠でふさがっている。中心的な睡眠時間の前後二時間は、動けない状態なので、やばい。

あとは、親父が呼び込んだネズミのせいで、ダニが発生している。で、親父の部屋のゴミを片付けたときに……。木曜の不燃ゴミの日に、一度出したものが返されたとき(持って行かなかったとき)……。けっきょく、一度袋に入れたものを出して、入れ直さなければならなかったとき……ダニにやられている。で、居間でやったから、居間がダニ地帯になってしまったみたいなんだよな。
(進入路をつぶすために)プロにたのんだほうがいい……俺がつかまえるからいい(20回、30回おなじ会話?)
これ、「俺がつかまえるからいい」と親父が言っているとき、親父は怒っているんだぞ。頭がおかしい。
けっきょく、親父はネズミの小便とネズミの大便は無視していたので、現在の状態にいたっている。俺が、どんな気持ちで、親父の部屋にあるネズミの大便を片付けたと思っているんだよ? ものすごい量のネズフンがあった。で、親父の部屋の押し入れが、ひどかったんだよ。不燃ゴミにまとめて入れたから……。そりゃ、だって、ネズミの糞がついているものを可燃ゴミに入れるというのは抵抗があった。ともかく、その作業中に、「強烈にかゆいダニ」にされている。

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電子レンジでご飯を温めるとき、金属のスプーンを入れるという儀式に(気違い親父がこだわって)やめさせることができなかった。何十回でも、何百回でも、そうする。親父が電子レンジでご飯を温めるときは、なぜだか、ご飯に金属のスプーンをさして、温めようとするのだ。で、これ、何回言っても、とめられない。好きにさせるしかない。けど、あぶないだろ。金属のスプーンなんだから。ちゃんと、あぶないと言うことを言い聞かせればやめてくれると普通の人は思うだろ。けど、ちがうんだよ。聞かない。頭がおかしいから、自分が思いついたやり方でやる。自分が思いついたやり方に対する気違い的なこだわりがすごい。「爆発する可能性があるからやめろ」「スパークする可能性があるからやめろ」と言っても、聞かない。「爆発なんてしないよ」とか言いやがる。で、見てたんだけど、たしかに爆発はしなかった。けど、可能性はあるんだよ。爆発する原理を説明するのは、けっこうむずかしいんだけど、説明したって理解しない。気違い親父側に、金属のスプーンを入れなければならない理由があるかというと、ないのだ。親父が思いついたことで、親父自身も、どうしてやるのか?ぜんぜんわかってないのだけど、ともかく、そういうことにこだわってそうする。で、「やめてくれ」と言っても、聞かない。何十回言っても聞かない。そういうことになっちゃうんだよ。他の人はわからないのだろうけど。
で、これは、脳梗塞の影響や認知症の影響じゃない。親父がわかいときの方が、ひどかった。どんだけの威力があるか。他の人は、頭がおかしいやつの「踏ん張り」を知らない。これ、気違い的な父親にたたられたことがない人だと、ぜんぜんわからないんだよな。そういう幸せな人が、親子フレームを持っていると、気違い的な父親にたたられた不幸な人を、悪く言い出す。これも、不幸だよな。悪が援助され、正義がくじかれるわけだから。しかも、親子フレームにのっとって、そういう発言をする人は、普通の行為をしていると思っているわけで、悪を援助しているつもりがないんだよな。これもおかしい。けど、気違い的な父親にたたられた人と、気違い親父にたたられてない人の割合を考えると、圧倒的に気違い的な父親にたたられてない人のほうが多い。
男の子の場合、父親が適切なロールモデルにならないということが与える影響はデカイ。自分を虐待してくる気違い的な父親が適切なロールモデルになるわけがないだろ。もう、こういうところでも、話しがちがってしまっているんだよな。

2019年8月15日木曜日

やられた人間が、ほかの人間から(外部の人から)悪く言われることになってしまう


また、カツサンドを食べようかな?
しかし、セブンイレブンは「食べて応援」協賛企業だからな。
料理ができなくなってから、金が掛かるなぁ。

やっぱり、台所ははやいところ、バルサンをやらないとダメだ。台所に立つことができないとなると、やはり、食費が掛かる。
しかし、ほんとう、気分的につんでるなぁ。考えることがヘビメタ騒音のことばかりだ。ヘビメタ騒音と、ヘビメタ騒音話に対する外部の反応について考えてしまう。外部の反応って、リアルの話しだ。

どうしても、追い込まれていくしかないんだよな。これ……。気違いがまったく気にしないでやるとなると、やられた人間が押し出されることになってしまう。やられた人間が、ほかの人間から(外部の人から)悪く言われることになってしまう。

それが、毒・疲労系の話しだ。もちろん、毒・睡眠障害系の話もある。これ、騒音と書いているけど、騒音は騒音だけの問題じゃないのである。一日に七時間、週に六〇時間以上続く騒音というのは、騒音の問題というよりも、生活全部の問題になる。実は「生活」ではなくて「性格」の問題にもなる。そりゃ、人知れずやられているわけだから、問題になる。

兄貴は感覚を書きかえることができるズレた人なのだけど、そういうズレた人にやられると、やられた人が、信用を失う。他の人からの信用を失う。これ、事実。気違いという言葉は使いたくないのだけど、あれだけでかい音で鳴らして、たいしてデカイ音で鳴らしてないと思っている兄貴は、正真正銘の気違いだ。

どうして、勝手に自分の感覚を書きかえることができるのか? 感覚器をだましてしまうわけだからな。自分がやりたいと思ったら、それに付随する問題は、全部ないことになってしまう。

それが、兄貴のやってきたことだ。こだわりつくしてやってきたことだ。すべての可能な時間を使ってやってきたことだ。すべての可能な時間の累積が、半端じゃない。すべての可能な時間の累積……期間の長さが、他の人には、これまた、感覚的にわからない。どれだけつもるかわからない。

だから、「過去のことなら関係がない」などと、(そっちから見れば正しいことなのかもしれないけど)こっちから見ると、相当に間違ったことを言いやがる。ひとごとだと思って、軽く見積もりやがって……。けど、そういうことを言うと、大半の人が、「軽く見積もる人」だから、そういう人からは嫌われる。

こういうことだって、気違い兄貴が、感覚を書きかえて、気違い的な意地でずっとずっとずっとやり続けなければ、生じなかったことなんだぞ。半年でやめてくれたら生じなかったことなんだぞ。十代の九年間をとられて、いいわけがないだろ。どんだけ、人生に影響を与えると思っているんだよ?

2019年8月13日火曜日

ほんとうにどれだけのことが積み重なったか


さみしいよな。ついにこうなったか? ほんとうにヘビメタ騒音で人生がない。ぜんぜんちがう人生だったと思う。しくみは詳しく書けないけど、ヘビメタ騒音をやられてない人とヘビメタ騒音をやられたぼくとのあいだにはものすごく深い溝がある。体験的な溝だから、わからない。

一四年間、毎日ヘビメタを浴び生活をしないとわからない。いや、七年でいい。七年間……。友達とも、意見の違いでわかれることになる。こういうことも、他の人にはわからないだろう。ほんとうにちょっろっと普通の意見を言う人は、それがどんだけ困難なことかわかってないのだ。

俺は、そういう人たちの意見と同じような意見を実行してきて、だめになったのだ。これがわからない。わかってない。普通の意見と書いたけど、ヘビメタ騒音の威力を小さく見積もると、そういう意見になる。普通の意見と書いたけど、まあ、ポジティブな意見だ。「どうにかしよう」という意見だ。「どうにかする」のは、ヘビメタ騒音生活を続けながら、あるいはヘビメタ騒音後遺症生活を続けながら、「どうにかする」ということであって、無理なことなのだ。体験がないから「無理なことだ」ということがわかってない。

ほんとうにどれだけのことが積み重なったか。

気違いが気違い的な意地で毎日、気違い行為を続けると、やられた方がどういう目に遭うか? 他の人からどういうあつかいを受けるようになるかわかってない。他の人は、ヘビメタ騒音生活が実際に続いた場合の話もわかってないけど、気違いによるヘビメタ騒音だということが根本的にわかってない。そして、親父も気違いだということがわかってない。

うちでは!気違いが意地を通すと、意地が「とおった」。

それが毎日あたりまえだった……これがわかってない。

しかも、気違い的な意地でやったやつは、気違いだから「まったくやったつもりがないまま」なのだ。こんなのは、ない。けど、ある。実際、うちでは毎日そうだった。気違い親父が意地を通して、気違い行為をやるのがあたりまえだった。

とめようとしても、殺さなければとめることができないような状態だったんだ。

これもわかってない。さらに、台風の目なのか……気違い行為を気違い的な意地でやったやつが、気違い的な意地で、気違い行為をやってないと言い出す。無責任。無責任の極地。けど、それが「あたりまえ」なんだよ。うちでは!!あたりまえ。

どんだけ、他の人の常識を覆す親だったか。ほんとうに、気違い親父の姿を家族として小さいころからみた人じゃないとわからない。感覚がちがうんだよな。(ヨソの人とうちの人ではここらへんの感覚がちがう。)気違い兄貴がやったことは、気違い親父がやったことのコピーなんだよ。やり方がおなじなんだよ。感覚がちがう。普通の人と、気違い兄貴の感覚は、ちがう。だから、「そうじゃない」という前提でヨソの人は、俺に意見を言う。ポジティブな意見を言う。

それは、やられてないから言えることだ。

比喩的な表現だけど「毒を飲まされてないから言えること」だ。ちがうんだよ。毒を飲まされてない普通のからだだと思って……こっちが普通のからだだと思って……建前として正しいことを言う。それが、ポジティブなことだ。ポジティブな解決法。

そういうことにこだわって?俺が、どれだけ傷ついてきたかわかってない。それは、言ってみれば、毒を飲んでいるからだでがんばって、毒の効果をあげてしまうことなのだぞ。毒で体力がおちているのに「もっとしっかりしないとだめじゃないか」と言われるようになるんだよ。毒で起きれない状態になっているのに「遅刻しちゃ、だめじゃないか」と言われる状態になるんだよ。

きちがい行為なんてそいつの気分でやっていることで、「やる必要があること」ではないのだ。実際には「やる必要がないこと」だ。

けど、気違いにそういう話しが通じるかというと通じない。気違い的な意地で、やり通す。すべてを無視してやり落とす。時間がたてば、すべてを無視してやり通したということを、すべてを無視して否定する。頭がおかしいからできることだ。

けど、そういうスイッチが入っている。これは、常に入っている。気違い野郎がきちがい行為を夢中になってやるときは、常にそういうスッイチが入っている。どれだけの自分勝手か? ほんとうに頭がおかしいレベルで、「自分の気持ちだけ」なんだぞ。気違い兄貴の場合は、「ヘビメタをデカイデカイ音で思いっきり鳴らしたい」という夢があった。

だから、そうした。

夢中になって夢を叶えればいいという話しではないのである。話がずれた。けど、あたかも、他人が言うことを無視して、夢中になってやったほうがいいというようなことが言われるけど、それはちがう。で、そういうことに興味がある人は、ちゃんと道徳観が成り立っている人たちなのだ。道徳観が成り立っているから、問題にならない。気違いがおなじことをやったら問題になる。道徳観が成り立っているかどうかが強烈に問題なのだ。

けど、そういうことに興味がある人たちは、道徳観がある人たちなので、そういう問題には気がつかない。で、ぼくが、言っていることを半分は誤解する。「人に迷惑が掛からないことなら」というような条件をつければ、それで、オールグリーンだと思っている。

しかし、「人に迷惑が掛かるかどうか」は「その人」が判断しているということになる。だから、「その人」が気違いであった場合は、「迷惑なんて掛からない」と判断してやるわけで、行為には本質的なちがいはない。これも、本質的な違いはないというと、誤解されるんだけど……。本心的な違いがないからおなじだと言っているわけじゃなのだ。

「迷惑が掛かるかどうか判断するのが自我だということを言っているのだ。だから、相対化しないと話にならないだろということを言っているのだ。一度は相対化しておかなければならない。ようするに「人に迷惑が掛かるかどうかということをよく考えれば」いいというわけではないのだ。

どうしてかというと、「人に迷惑が掛かるかどうか」を判断しているのが「その人」だからだ。ここは、相対化しておかないとダメなのだ。どうして、そういうことがわからないか? ひとこと「人に迷惑が掛からなければよい」というようなただしがきをしておけばよいということではない。人に迷惑が掛かるかどうかを判断しているのは「その人」だから。

2019年8月12日月曜日

「やってない」「そんなんじゃない」と発狂してこたえる


どうなるんだ? 俺は?
明るくなってきちゃったよ。
これはやばいぞ。一睡もできずに行くことになる。ヘビメタ騒音にやられた入試の日のようだな。俺がどれだけこまっていたか? 俺がどれだけこまっていたか? 憂鬱だったか。頭が働かなかったか? 呆然とした状態で入試を受けているあいだ、どれだけあせったか? 頭が働かないから、呆然としているわけだけど、一方で、あせる。これがどういう気分かわかるか? それでも気違い兄貴は、情け無用で、気違い的な意地でヘビメタを鳴らしていた。俺が入試から帰ってきて、「これこれこうだった。鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!」と怒鳴りまくっても、絶対に一分もゆずってくれなかった。入学試験の日ですら、ゆずらないやつが、普段の日にゆずってくれるわけがないだろ。三日後に、別の高校の入試があったんだ。これで俺の人生を邪魔してないと言えるのか? まったくなにも感じてないんだからな。親父とおなじなんだよ。親父が、自分が持たせたハンダゴテのことを気にすることができないように、兄貴も自分がやっているヘビメタのことを気にすることができない。親父にどれだけ言ったって、気違い的な態度で起こっているだけだっただろ。どれだけ使えないと言っても「使える使える」と言って怒鳴っていただけだろ。友達や先生に誤解されてこまったということを言っても、気違い親父は一切合切認めなかっただろ。(理解しなかっただろ)。気違い兄貴よ。おまえの態度はあれとおなじなんだよ。気違い兄貴よ! 普通だったら、「そりゃ、すまんことしをした」という反応が返ってくるものなんだよ。そりゃ、自分が言ったことが間違っていたわけだから……。発狂して強く主張したことが間違っていたわけだから……。けど、間違っていたって、間違ってないんだよ。どうしてかというと、間違っていたということを認めてしまうと、ハンダゴテを買ってやらなければならなくなるからだ。それは、死んだっていやなのである。だから、「自分が間違っていたということを認めてしまったら、ハンダゴテを買ってやらなければならなくなる」という条件が成り立っているかぎり、絶対の意地で、認めない。相手が……この場合、兄貴が……どれだけ、詳しく、わかりやすいように説明しても、(わかってはいけない)という命令が気違い親父の頭にくだっているわけだから、認めないんだよ。理解しないんだよ。わからないんだ。それとおなじなんだよ。気違い兄貴は、自分が、思った通りのデカイ音でヘビメタを鳴らしたいという気持ちが成り立っている以上、認めてしまったら、静かにしなければならないことは、意地でも認めない。そして、それが、わかってない。意識的に、そうしてやろうとおもってやっているんじゃない。これが問題なんだよ。だから、毎日、気違い的な意地で、絶対ゆずらないで、デカイ音で鳴らしているのに、そのつもりがないという奇妙きてれつな状態が成り立ち続ける。親父とおなじ。一〇〇%おなじ。ただ単に、ハンダゴテなのかヘビメタ騒音なのかの違いだけ。反応がまったくおなじ。相手がこまっているということがわからない。自分が発狂的な意地で押しつけたこと・あるいは、押しつけたものが原因になって、相手がこまっているということは、発狂的な意地で認めることができないのである。認めてしまったら、死ぬというような態度で認めない。けど、それが自我にのっているわけではないから、本人は、そんなつもりがないままなのだ。で、そんなつもりがないままやったことは、次の瞬間になれば、……ハンダゴテやヘビメタとおなじように……認めたくないことになってしまうのである。そりゃ、「そういうふうにした」ということがそのとき!!不都合なことであれば、ハンダゴテが使えないということを認めないように、あるいは、ヘビメタの音がデカイ音だということを認めないように、認めない。項目がちがうだけなんだよ。ハンダゴテやヘビメタ騒音が、過去の出来事にかわっただけだ。過去の出来事……自分が気違い的な意地でやったことにかんしては、気違い的な意地で認めない。「やってない」「そんなんじゃない」と発狂してこたえる。で、発狂したら、本人のなかでは終わっている。そのまま、問題行為を続けることができる。こういう構造が、兄貴にも、親父にも、ヨソの人にもわかってないから、俺がヨソの人から、悪く言われるんだぞ。あたかも、まぬけであるように言われるんだぞ。……こんなのない。

2019年8月11日日曜日

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事について……「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事についての感想。


働け圧力が強いから、「もういいや」と思って飢え死にすることを選んだんですよ。どうして、これがわからないのか?
「どうして、助けを求めなかったのか?」ということが言われているけど、それ対する答えは、「もういいや」と思っていたからだと思う。

この人はたぶんハイリー・センシティブ・パーソンだったんじゃないかなと思う。受け答えから考えて、発達障害じゃないと思う。で、発達障害だと、障害年金をもらえるのだけど、ハイリー・センシティブ・パーソンだと障害年金はもらえないので、そういうところで、「つむ」要素がある。

無職の現象学でも書いたけど、働けるように見えるけど働けない人がいる。実質上、働けない人がいる。この人は「働けるのに働かないという」タイプではないのだ。ここが、肝心。事実上、働けない。特に、日本の会社では働けない。

けど、外側から見ると、五体満足で、ちゃんとした受け答えができるので、働けるよう見える。けど、実質上働けない。だから、「甘いことを言ってないで働け」という圧力が加わる。「甘いことを言ってないで働け」というのは、日本では正論なのである。

けど、日本でも「障害があるならしかたがない」という条件がつくことがある。けど、彼の場合は、たぶん障害者認定されないだろうと思う。すなくても、障害年金で暮らすことはできないと思う。

働けるけど、働きたくないから働かないのか、あるいは、実質的に働けないので働かないのかということには、大きな差がある。けど、その差は、外からはわからない。「働けるように見える」のであれば「働ける」とごく普通に判断される。

医者に行かなかったことに関しては、たぶんだけど、「お金がない」ということが影響しているのではないかと思う。実際には「お金を稼ぐことができないので、自分のお金で医者にかかることができない」ということが影響していると思う。これ、金を稼げない立場で、家の中で暮らしているとなると、こういうところで、「ドケチ」にならざるを得ないのだ。

普通に医者に行ける人と金銭感覚がちがうかもしない。案外自分で働いて金を稼いでいるサラリーマンのほうが「気楽」に心療内科に行けるのかもしれない。まあ、稼ぎによるけどね。底辺労働者だと、お金がおしくて、医者にかかれないという傾向が強くなる。まあ、心療内科だけではなくて、歯医者にも行きにくいということになる。

まあ、この人の場合、「扶養だと、医者に行きにくい」という気持ちがあったのかもしれない。病院に行くと「いいとしをして、親の金で暮らしている」ということが、病院関係者にばれてしまうのだ。少なくても、医療事務員にはばれる。

だから、「はずかしい思い」をすることになる。(どうしてかというと普通の日本人は日本労働教徒であり、日本労働教の教義を信じているからだ。)彼は、はずかしい思いをするのがいやだから、あんまり病院には行きたくなかったのだろう。


たぶんこの人の場合、「自分は働けない」という確信が何百回も何千回も頭の中をよぎったのだと思う……わずかな労働期間中に……。


父親の労働観は、日本人の労働観そのものだと思う。ぼくの言葉でいうと、「日本労働教」の「信者」だ。父親から「働かざる者食うべからず」という考えを押しつけられていたので、「なら、食わないで死ぬ」ということを選んだのではないかと思う。

この推理は、自分でもあたっていると思う。父親が生きているあいだ、父親から日本労働教の価値観を押しつけられたので、実質上、働けない彼は「なら、食わないで死ぬ」という決心をしていたのではないかと思う。これは、たぶん、何回も何十回も何百回も決心したと思うよ。あるいは、何千回か? (話しあい? 説教のなかで、何回もこういう決心をしていたのではないか?)

要するに、「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ。これがどうしてわからないのか? 「どうして助けを求めなかったのか」なんて、疑問がわくこと自体がおかしい。彼は、働けるように見えても、実際には働けない人間だった。

働けない人間に対して「働け」と説教する人間がいる。そして、その人間のほうが正しいと認知されている。彼らは「働かざる者食うべからず」という考えを持っているので、そういう考えを、彼に押しつけたのだろう。それに対する彼の答えが、餓死だったのだ。なんでこんな簡単なことがわからないのか?

・「事実上、働けないから働かないのか? 働けるけど働きたくないから働かないのか?」ということについては、「無職の現象学」でとりあげているので、興味のある人は読んでください。

・心療内科や精神科を含めて、医者に行きたくないという気持ちと、行政に助けを求めたくないという気持ちは、似通ったところがあると思う。おなじところから出発している。

・自分の力でなんとかしたい」 というのは、ただのポーズだ。人を追い返すために、そう言っていたにすぎない。ほんとうに自分の力でなんとかしたいと思っていて、なおかつ、そうできると思っているのであれば、何回でも就職活動をしたはずだ。
最後に勤めたところをやめたあとは、たぶん何十年も就職活動をしてないのではないか。これは、失望の深さを物語っている。「自分は働ける」と思っている人は職を探すけど、「自分は働けない」と思っている人は職を探さない。彼の場合「自分は働けない」という確信が強かったので、死を選ぶしかなかったのではないかと思う。

・「自分は働けない」という確信は、実は働いているときにしょうじたのではないかと思う。この確信の深さは、普通の人には理解できないと思う。普通の人だってもちろん、いやな思いをして、それを我慢して働いているという部分はある。

しかし、たとえば、「つらさ」の「つらさ」がちがうということが考えられる。「我慢できる」か「我慢できないか」がちがう。おなじようにつらいと思っているのであれば、たしかに、彼は我慢がたりず、「できない(働けない)」というのは甘えだということになる。

けど、じゃあ、「俺だってつらい思いをして働いている」「だれだって、我慢して働いている」と言う人が、飢え死にするつもりがあるかというとそうではないだろう。彼は実際に飢え死にする方を選んだ。「いやだ」と思う気持ちが、強烈に強い。繰り返しになるが「だれだって、我慢して働いている」と言う人は、実際に仕事をやめて、飢え死にするつもりがあるだろうか。たぶんない。ないから、働いている。飢え死にする覚悟ができてしまうほど、働きたくないのであれば、それはもう、「働けない」状態だ。

・「だれだっていやな思いをして働いている」「どんな仕事だっていやな部分はある」と言われていたのだろうと思う。彼は、彼の父親から、言われていたのだと思う。彼の父親の「つらさ」と彼の「つらさ」は「質」も「量」がちがうのである。

実際には、彼を追い詰めたのは、彼のことを心配していた彼の父親だが、世間的には彼の父親の発言は正しいと思われていると思う。皮肉なことに自分の息子を自殺に追い込んだか? 「働けない」人間に、どれだけ働けといってもむだだ。「働けない」のだから。「働かない」のか「働けない」のかは大きな問題だと言っているだろ。(無職の現象学を参照のこと)

・「自分でなんとかしたい」というのはただのポーズで、実際は、「自分ではなんともできない」と深く思っていたから、実際に働こうとするアクションを起こせなかった……というのが、ぼくの考えだ。(資料集めぐらいはするけど、そこで果てて、実際に働くところまでいかない)。

・とりあえず、生活をたてなおすために援助を受けたとしても、その先に「働くこと」がひかえているのであれば、彼にとっては地獄が続くことになる。「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します」とか全部、くるしいポーズだと思う。まあ、本人もそういう希望をちょっとは持っていたのかもしれないけど……。「援助を求めましょう」と言う人たちと別れて自分の部屋に戻れば、「つよがりを言って、追い払ってしまった」と思ったこともあったかもしれない。

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だから、自殺防止のためには、あるいは飢え死に防止のためには、「働け」という圧力をかけないということが必要になる……わけ。
まず、「働けない」のか「働かない」のかをみわける必要がある。「働けない」のであれば、働け圧力をかけるべきではない。
まあ、これが結論。

+++++++++++++++

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html
リンク先が削除されると、なんのことかわからなくなってしまうので、ちょっと貼り付けておきます。

56歳 ひきこもり衰弱死
2019年8月7日 22時15分

寒さが厳しさを増していた去年の暮れ、56歳の男性が一人、自宅で亡くなりました。死因は低栄養と低体温による衰弱死。「ひきこもり」状態が30年以上にわたって続き、両親が亡くなったあとも自宅に取り残されていました。家族や近所の住民、行政など周囲の人たちが気にかけてきたにも関わらず、「自分でなんとかしたい」と頑なに支援を拒んでいました。それぞれの立場の人たちが男性に関わりながらも、その死を止めることが出来ませんでした。(クローズアップ現代+ディレクター 森田智子)

自分の力でなんとかしたい 56歳の衰弱死
私が男性に出会ったのは、去年11月中旬。ドキュメンタリー番組の制作のため、横須賀市の自立支援の担当者に密着取材していた時のことでした。

「ガリガリにやせて衰弱している男性がいる」と市役所に情報が寄せられて訪問したのが、伸一さんでした。

寒空の下、伸一さんは、肌や腹部が見えるほどに破れた服を着ており、露出した体は肋骨が浮き出るほどにやせ細り、足下もふらついていました。

栄養失調の症状が見てとれたため、「生活を立て直すために一緒に病院に行こう」と担当者が語りかけました。

しかし、伸一さんは「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します。亡くなった父親にそのように言われていましたので」と言っては、支援を拒み続けていました。
その後、市の担当者は、数日おきに食料を持って伸一さんを訪ねて説得を続けました。

しかし、伸一さんは、雑談には応じるものの、病院に行くことは頑なに拒み続けました。

初めの出会いから1ヶ月半後の12月の末、伸一さんは自宅で息を引き取りました。

訪問した担当者が、伸一さんが姿を見せないことを不審に思い警察と室内を確認したところ、亡くなっているところを発見したのです。

56歳という若さでありながら、死因は栄養失調による衰弱死でした。
英語を使った仕事に就きたい 夢破れ“ひきこもり”に
なぜ、伸一さんは自ら死へ向かっていったのか。伸一さんには残された家族が1人だけいることがわかりました。

タクシー運転手をしている、弟の二郎さん(55)。
取材を申し入れると、「ひきこもりで悩む人たちの役に立てて欲しい」と応じてくれました。

二郎さんは、両親と兄の伸一さんと4人で暮らしていましたが、11年前に両親が亡くなった後、家を出ました。

その後、二郎さんは結婚し、伸一さんとは疎遠になっていたと言います。


兄・伸一さんが最期を過ごした実家の片付けに通っていると聞き、同行させてもらいました。

誰も住まなくなった自宅の庭は草木に覆われ、建物を覆い隠すようにツタが張っていました。
家の中は、まともな食事を取っていなかった伸一さんが、食事の代わりに口にしていたと見られるせんべいの袋やペットボトルなどの大量のゴミが散乱していました。
その一方で台所には、母親がよく使い込んでいたであろう鍋やフライパンがぶら下がり、黒板には、「水タキ、スブタ、シチュー」などと日々の献立が書き記されており、生活の息づかいはそのままに時が止まっているようでした。
室内の様子は、かつて両親が健全だったころ、そこに家族の営みがあったこと、その後、一人になった伸一さんの生活が一変してしまったことを鮮烈に物語っていました。
伸一さんの自室に足を踏み入れると、学習机の棚にはほこりをかぶった英語の教科書や、大学受験の進学先を探すための情報誌などが並んでいました。
弟の二郎さんによると、伸一さんはもともと社交的で、冗談を言っては家族を笑わせていたといいます。

変化が訪れたのは、高校卒業後。伸一さんは「英語を使った仕事に就きたい」と、英文学科がある大学への進学を希望していましたが、学力がふるわず浪人生活を送るようになりました。
その後、進学をあきらめて書店の営業や医療事務など複数の仕事に就きましたが、どれも長続きしませんでした。

次第に社会との接点を持つことがなくなり、ひきこもり状態になっていきました。
食事をとらず、医療や支援をも拒み、「生きること」そのものを拒否しているようにすら見えた伸一さん。なぜ助けを求めることをしなかったのか。

本人は語ることがないまま亡くなりましたが、それを知る手がかりが家の中に残されていました。

伸一さんの父親が20年にわたって書き記していた日記です。
父親の日記の書き始めは、伸一さんが20代半ばのころ。病気で仕事を退職した父親が、伸一さんと四六時中同じ家で過ごすようになり、一家の長として「働かない息子を何とかしたい」と葛藤する様子が書かれていました。
「伸一、これから先いったいどうするのだろう。(中略)何か少し忠告めいたことを口にすれば“他人に迷惑をかけている憶えはない”“俺がどのように生きようと勝手だ”と反発が返ってくるのみ」

「夕飯後また伸一と口論。なるべく口にしないように心掛けているんだけどついつい」
「家庭内がだんだんぎくしゃくしていく。どのように対処すべきかさっぱりわからない」
支援拒否の背景に「働いていない」後ろめたさ…?
働いてないことを繰り返しとがめたことで、伸一さんと父親の関係は悪化していきました。

伸一さんは、次第に手洗いや戸締まりの確認を繰り返すなどの行動が目立つようになり、家族を避けて昼夜逆転の生活を送るようになりました。この頃から伸一さんは、食事も極端に制限するようになっていました。
父親には、その姿はまるで「働かざる者、食うべからず」を体現していているように映っていたようです。
「最近は伸一、一緒に食事をしたことがない。やはり働きのないことが気になっているのか」

「最近は食事時のおかずもあまり食べない。やせ細って命を絶つつもりか」
年々頑なになっていった伸一さんは、家族が何度も説得しても、決して病院にかかろうとしませんでした。
晩年、父親は末期がんを患い、母親に認知症の症状が現れ始めます。

父親は、息子、伸一さんの行く末を案じていました。
“このまま家庭を残して死んでいくのは、心残りもいいところだ”“小生がまだ少しは動けるから買物等も出来るが、小生が動けなくなったら我が家、どうなるんだろう”
支援の枠からこぼれ落ちた一家
家族の力だけではもはやどうすることもできない状態にあった伸一さん。

弟の二郎さんはたびたび公的支援に救いを求め、複数の支援機関に相談に訪れていました。

しかし、行政が支援に乗りだそうとしても、伸一さんのようなケースには手を差し伸べることができませんでした。

高齢者の介護の支援などを行う、地域包括支援センター。11年前、二郎さんから、「認知症の母親に介護を受けさせたい」と相談を受けたのが、千葉順子さんでした。
このとき二郎さんからは、ひきこもりの兄がいることも伝えられました。

しかし、センターが支援の対象とするのは、あくまで65歳の高齢者です。

高齢の母親は対象になりますが、伸一さんは直接の支援対象ではありませんでした。
千葉さんは、まずは母親に介護サービスを受けてもらいながら伸一さんとも接点を持ち、救済の方法を探ろうと考えていました。

しかし、サービスを受けてもらう前に母親が死亡。その2か月後には、父親も亡くなりました。

支援対象となる高齢の両親が死亡したことで、千葉さんは伸一さんと関わるすべを失ったと言います。

その後、残された伸一さんのことは気がかりだったものの、こうしたケースをつなぐ機関も思い当たらず、一家との関係は途絶えました。

「やっぱりどこかにつないでおくことが大事なのかな。ただそのつなぐ先がまだまだ充実していない現状はあると感じています」
それでも生きていて欲しかった 介入の壁
両親の死亡により地域包括支援センターとのつながりが途絶えた二郎さん。

その後、「伸一さんを無理にでも入院させて、生活を立て直して欲しい」と、保健所に相談していました。

しかし、兄・伸一さんの状況を確認した医師からは「入院が必要なレベルには達していない」と言われたと言います。

精神保健福祉法では、患者の人権を守るため、本人の意志がない限りは、自傷行為をするなど本人の命に危険が及んでいたり、周囲に危害を与えたりする可能性がない場合、強制的に入院させることはできません。

伸一さんはおとなしい性格で会話もでき、周囲に迷惑をかけるようなこともありませんでした。

しかし、二郎さんの目には、当時の兄・伸一さんはすでに栄養状態が極めて悪く、直接的な自傷行為こそないものの、ゆるやかに死に向かっているように映っていました。

あの時、入院させられていたら、命を救えたのではないか。そうした思いがぬぐえないと言います。
「兄の場合は、やはり、窮迫していたと思います。もう命が切れかかっているといいましょうか。命が先か、それとも人権を守るということかっていうと、まず、命の危険が差し迫ってるんだったらば、命を救うことが先なんじゃないかなと思います」
行政の支援の隙間に落ちてしまった兄、伸一さんを救う術は本当になかったのか。

また、家族として、十分向き合ってきたと言えるのか。

二郎さんは、深い後悔の念に駆られています。
「世間様から褒められるということもなく、家庭を築くということもなく、あまり生産性という面では社会に寄与しなかった人ですけど、弟の身からすれば、それで生きる価値がなかったとは思いたくはないので。どういう形であれ命は長らえてほしかった気持ちはありますね」
手を差し伸べる“誰か”がいる地域作りを
私がこれまでに取材をしてきたひきこもり当事者の方の多くは、仕事に就いていなかったり、子どもを生んでいないなどといった「社会に貢献できていないのではないか」という負い目に苦しみ、今もそこから抜け出せずにいます。

「助けて欲しい」という声を上げることは、死ぬことよりも難しい。それが、彼らの直面している現実です。

今回の取材の中で、伸一さんに関わった関係者の多くが「せめて“誰か”が気にかけているというメッセージを継続して送り続けられていれば、最後の最後で頼ってもらえたかもしれない」と話していました。その「誰か」は誰でもよかったのだと。

しかし、実際には職域やプライバシーを超えてまで、その誰かになろうとする人はなかなかいません。

そうした中で、伸一さんはひきこもり、その末に「死」へと向かっていきました。

手を差し伸べる「誰か」が確実にいる地域を作り、困ったときに声を上げられる居場所を確保していけるのかが、問われています。

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それだけで?ダニに足首を刺された

落ち着け。落ち着け。
うーーん。
山の日とか山の日振替休日とか盆休みとかで、計画がズレているなぁ。けど、ほかの人たちが稼働していたとしても、いまの俺の体力状態だと無理だ。

さっき、お勝手で、電子レンジをいじったのだけど、それだけで?ダニに足首を刺された。基本、うどんをあたためて、食べたいだけだ。あたためるのは、調理としてあたためるだけだ。あたためたあと、冷やす必要がある。

ほんとうはバルサンをたくべきだが、普通の殺虫剤をつかって、なんとか、ダニ退治ができないか? 普通の殺虫剤で、やる場合、まな板、調理器具などはどけるけど、ほかの部屋にうつすだけで事足りる。

まあ、正直言って、くるしい。

親父が魚の切り身を出して眠ってしまうという……。ダニは、ネズミ経由の刺すダニなんだよ。ネズフンにもダニがくっついているんだよ。くるしい。


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そういう誤解も含めて、くるしいよ。


なかなかくるしい状態で暮らしている。
正直言って、つかれた。
こんな人生ない。つかれた。
気違い兄貴の、気違いヘビメタ騒音で人生がない。こんなのはない。
あー、つかれた。本当につかれっぱなし。
気違い兄貴がヘビメタを鳴らし始めた瞬間から、つかれっぱなし。毎日毎日限界的にくるしい。限界的につかれている。もう、夢とかそういう次元じゃないな。本当につかれた。ほんとうに足を引っぱられた。毎日、不機嫌になる毒薬を飲まされているようなものだ。毎日、体力を失う毒薬を飲まされているようなものだ。むりむり。不可日。他の人にはこれがわからないから、俺が甘えているように見えるんだよな。実際にやられたことがないのに、なにがわかるか? どれだけこたえるか? ともかく、そういう誤解も含めて、くるしいよ。

2019年8月10日土曜日

他の人は、兄貴が普通の人だと思っているんだよな


なかなかこたえるぜ。基本、騒音で友達がいなくなるとか彼女ができなくなるというようなことは、考えないでしょ。騒音で、人間関係がものすごく悪くなるということは考えないでしょ。けど、ごくごく自然に、そうなる。それは、気違いによる長期の騒音だと、ごくごく普通にそうなる。これがわかってない。このプロセスが他の人にはわからない。他の人にとっては、どうにかなりそうな問題だからだ。実際、すでに、成人したあとの騒音問題とかそういうことが多い。けど、ちがうんだよ。うちに、気違いが二人いるという状態。そして、二人とも、頭がおかしいレベルで人のことがわからない。自分がやっていることで人がこまるということが、まじで頭がおかしいレベルでわからない。わからないとなったらわからないわけで、気違い的な意地でわからない。けど、気違い的な意地でわからないということも、気違い的な意地でわからないので、本人は「知らないまま」やりきるということになってしまう。で、気違いだからほんとうに、一日一〇時間やれるなら、一〇時間ぴったりやるということになってしまう。一分だって、一秒だってゆずらないという状態で毎日すごしてしまう。けど、「一秒だってゆずってない」という現実だって、本人にはわからないのである。これ、ほんとうに、まったくわからない。本人だけはまったくわかってない状態なのである。これが、気違い妄想状態で、なんていうのかな? 普通の話しがつたわらない。普通の話しが根底からつたわらない。それから、ほんとうに自分がやってないつもりでいるところがある。……まあ、自分かやってないつもりでいるにもかかわらず? ……こだわりきって、一日に一秒だってゆずらない状態でやりきる。こういう「うち」にいるときの頭がおかしい人の状態というのが、他の人にはわからない。他の人は、兄貴が普通の人だと思っているんだよな。そうなると、俺に説教をしてくる。「ヘビメタ騒音なんて(どれだけ鳴っているといったって)たいしたことがない」と思ってしまう。ほんとうに、頭がおかしいうちの人の意地と、ヨソの人の不理解に「はさまれる」。不当にバカにされるんだよな。コミニュケーション能力がたりないから、説明がへたくそだから……確固たる態度で言わないから……こういう事実とは異なる前提で話しをするやつが出てくる。頭にくる。

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2019年8月8日木曜日

ネズミがいるとわかっている居間……


ほんとうにひとりでいやになっちゃうな。
頭がおかしい人がいてもしかたがないのだけど、やさしくて頭がいい人がそばにいて欲しいな。あーーあ。
ネズミがいるとわかっている居間……。
うーー。しかも、いま、シャワーを浴びたんだけど、足ふきもやばいかもしれない。ネズミの菌がついているかもしれない。そのネズミの菌がついたかもしれない足ふきで足をかわかして、スリッパを履いたわけだけど、けっきょく、部屋に入ったら裸足になるわけで、足の裏についている菌が部屋中にばらまかれるかもしれない。
いちおう、お勝手のところは閉めてきたけど、このあいだ開けておいたから、やはり、ネズミが足ふきの上に乗っかった「可能性」はすてきれない。乗っかってないかもしれないけど、乗っかったかもしれない。
頭がおかしい人とは、意見が対立するので、頭がおかしい人がいても、だめだ。で、頭がおかしい人は解決策にかならず気違い的な反対をするので、解決しないまま時間が立つことになる。解決しないまま時間がたつということは、たいへん問題がある。問題の解決を困難にするのだ。初期段階なら、一の努力で問題が解決できるとすると、最終段階では一〇〇〇の努力でも十分ではないという状態になっている。そのくらいにちがう。
ともかく、どうするかな。ネズフンの処理をしてから、粗大ゴミを捨てる(業者に持って行ってもらう)つもりだったけど、粗大ゴミを捨てるのが先だ。けど、粗大ゴミを捨てても、ネズミが出る状態であるならば、問題は解決しない。ほんとうは、ネズミが出ないという状態になってから、粗大ゴミを捨てるべきなのだ。けど、粗大ゴミにはネズフンとネズションがついていて、これが、ネズミを引き寄せている可能性がある。ネズミはネズフンとネズションのにおいを頼りに、エサがあるかどうか判断しているのではないか?
むかしの家は、玄関の床と廊下の床の高さがものすごくちがうのである。で、うちは、昔人に部屋を貸していたので、炒らない玄関がある。その炒らない玄関と廊下のあいだが問題だ。あそこは、手が届かないんだよな。あそこのコンクリートにひびが入って割れている可能性がある。そこから、縁の下に入ったネズミが玄関側に出てくる可能性がある。
けど、あそこをどうにかするには、まず、粗大ゴミとしてのぶら下がり健康器と、灯油が入った容器と、ブロックを捨てる必要がある。そうしないと、プロでも無理なのだ。ぶら下がり健康器に親父が洋服を何枚もかけてクローゼット?のようにしてつかっていたのだ。灯油だって、俺がエアコンにした方が良いと言ったのに、石油ストーブにこだわって……。これ、親父は腰が悪いのだ。だから、18リットルの石油を入れた容器を持つのは腰に悪い。しかし、18リットル入れることにこだわる。俺が、9リットルぐらいずつ入れればいいと言ったのだけど、親父は聞かなかった。腰がいたいのに重たいものを動かそうとする。親父が脳梗塞で入院したあと、退院してきたときのためにと、容器を買ってやったのに使わない。少なく入れたほうが良いに決まっているだろ。腰で整形外科に通っているのだから。腰が悪いのだから。けど、聞きやしないんだよ。容器がむだになっちゃったよ。4個も買ったんだぞ。置き場所はいくらでもあるのだから、軽くした方が良いだろと言ったのだけど、聞きやしないんだよ。まあ、そういうことが、すべてのことで成り立ってしまう。あんなに、ネズミの糞がつもっているのに、それに気がつかない。魚の切り身を置くなと言っているのに、置き続ける。どれだけ言っても行動がかわらない。実際に行動がかわったのは、何度も何度も、ネズミに魚の切り身を食われてからだ。ネズミの仕業だとわかるのに時間がかかった。親父は、自分でネズミを捕まえないと、ネズミがいるということすら認めない。言っておくけど、脳梗塞の影響じゃないから。あーあ、ずっと前からそういう性格で、こまっている。お母さんがこまりきって死んじゃったんだよな。お母さんが嘆いていたことが、よくわかるんだよな。
ともかく、粗大ゴミとして持って行ってもらわなければならないのだけど、俺がヘビメタの影響で、非・二四時間睡眠覚醒症候群になっている。で、いまは、ちょうど午前九時ぐらいから眠りたくなるので、やばい。

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やられているやつが、どこまでも明るくなんていうのはおかしい話しだ


ひまで黄昏れているわけだが……。けど、このひまというのが、いいひまではなくて、悪い?ひまなのだ。悪いというかくるしいといった方が正確か。この、虚無。生き生きした普通の生活は、ヘビメタ騒音なしの系列で、ヘビメタ騒音ありの系列は、どうしても、暗い、くるしい生活なのだ。

やっぱり、ヘビメタ騒音でどうしてもくるしい。
ヘビメタ騒音なし系列のぼくなら、明るい話しやポジティブな話しに賛成できたかもしれないけど、どうしても、生活実感として賛成できない。「おかしい」と思う。もし、そういう話しが成り立つなら、ヘビメタ騒音なんて成り立ってない。排他的。だいたい、やられているやつが、どこまでも明るくなんていうのはおかしい話しだ。これ、ちがうんじゃないかな。おかしいんだよな。まあ、これは、本人が本人に言う場合、本人が他人に言う場合にわけて考えなきゃならない。問題なのは、本人が他人に言う場合だ。けど、宇宙を貫く絶対の真理として言う場合は、『他人に言うこと』を含んでいる。他人を含めて、絶対の真理であるわけだから。だれにでも成り立つ真理であるわけだから。
本人が本人に言う場合は、いいのだけど、本人が他人に言う場合や、本人が『これは真理だ』と言う場合は「よからぬ部分」を含んでいると思う。

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まあ、他人は他人だ。しかし、辛かったなぁ。


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こんな人生ないよな。


さっき、気違い兄貴の態度を思い出して「いいわけないだろ」と腹を立ててしまった。絶叫。



こんな人生ないよな。

2019年8月6日火曜日

ぼくの場合は枯渇している

どうするかな?
全体的なエネルギーの問題なんだよな。ぼくの場合は枯渇している。
もうちょっと気楽に、あれやこれやとできたらいいのになと思う。けど、これが……。やはりヘビメタ騒音がでかい。ヘビメタ騒音のことを書くかどうかまよう。

2019年8月5日月曜日

「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない


こっちにも書いてしまうけど、ヘビメタ騒音のことでむなしい。外に出るとき、いつも、ヘビメタ騒音のいやな雰囲気がするんだよな。いつも、だ。いつも。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、「うしろがみひかれる」思いがする。もちろん、いい意味ではない。悪い意味で、「やりのこしたことがある」ような感じがするのである。実際に、やり残したことがある。常にやり残したことがある状態で、外に出るわけだ。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、朝から気分が悪い。この気分の悪さというのは、なんとなくちょっと気分が悪いというものではない。また、「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない。ヘビメタ騒音「で」圧倒的に気分が悪い。体調が悪い。やり残したことがある状態で外に出なければならなくなる。このやるせなさは、実際に気違いヘビメタに五〇〇〇日間たたられないとわからない。わからないところで、「必要がない」とか言いやがる。


気違い兄貴の態度が異常なんだよな。他の人には絶対わからない。家族としておなじ家に暮らしていないとわからない。それは、親父のことでもおなじなんだけどな。これ、ほんとうに、「うちでは」非常識なことが成り立っているのに、外部から常識的なことを押しつけられてもこまるのだ。

気違い兄貴の異常なこだわりがわからない。他の人にはわからない。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように「みえて」しまう。けど、人生のなかで、おなじ分量だけヘビメタを鳴らされ続けたらわかるよ。おなじ期間、おなじ分量、ヘビメタを「あの態度で」で鳴らされ続ければ、わかる。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように見えるのは、人間というからだを無視しているからなんだよ。人間ならだれだって、気にする。外から見れば、「こだわっている」ようにみえる。他人だから、別の個体だから「ふようなこと」「ふひつようなこと」にこだわっているように見えてしまうのである。たとえば、水銀でからだが悪くなった人は、からだの調子が悪いということを認識しているはずだ。その場合、水銀を摂取したということが過去の出来事であったとしても、いま現在くるしいので、水銀でからだがだるいと感じる。水銀を摂取したということを気にする。

かりに、水銀を摂取したということを意識的に気にしないようにしても、それでからだがよくなるわけではない。気分だけで、からだの調子が悪くなっている人は、気にしないようにすれば、からだの調子がよくなるかもしれない。しかし、それは、別の話なのである。水銀でからだがだるのに、からだがだるいことを気にするのはおかしいという話にはならないだろ。ある人が、過去において水銀を摂取したとする。そして、水銀がからだから出ていかないので、からだがいま現在だるいとする。いま現在、からだの不調を感じるとする。その場合、「からだがだるいということにこだわっているからだめなんだ」と言うことができるだろうか? 俺はできないと思う。外から見て、不必要であると見なされる「こだわり」は、不必要なこだわりではないのである。「不必要なこだわりを持っているから」からだがだるくなるわけでもないのである。こういう基本的なことを無視して、あたかも、「こだわっているからダメなんだ」と言うことをいうやつらがいる。けど、そいつらだって、体重一キロに対しておなじ分量、水銀を摂取すればそういう状態になる。水銀を摂取した人が、水銀を摂取してしまったということに、こだわらなくても、からだがだいるのである。こだわらないようにすれば、からだがだるくなくなるというようなことを言うのは、間違っている。他人から見れば不必要なこだわりであるかもしれないけど、ほんにんにとっては不必要なこだわりではないのである。他人にとっては過去の問題であるかもしれないけど、ほんにんにとっては、いま現在の問題なのである。ほんとうにわかってないなぁ。


2019年8月4日日曜日

空想するだけじゃ、人間はだめになる。

空想するだけじゃ、人間はだめになる。
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つまんない。
けど、歯磨きしたから良いか?
(口の中がさっぱりしている)

つまんないよな。そりゃ、おもしろいわけがない。ヘビメタ騒音以降のいろいろなむなしいシーンが浮かんでくる。あのときだって、歩いていたときだって……。ともかく、心中したいほど、むなしいよぉ。むなしい気持ちと心中したいほどむなしい。
そういう気持ちに耐えて生きてきた。ヘビメタ騒音以降ずっとそれだ。ヘビメタ騒音疲労はなみじゃない。ぼくのからだを使ってない人は、わかってない。ヘビメタ騒音疲労が十数年も積み重なると、そのあともずっと、つかれがとれない。そのあいだに普通の人はぴょんぴょんぴーんと行ってしまった。もちろん、気違いヘビメタに一五年間もたたらなければ、ぼくも、ぴょんぴょんぴーんと行くことができる。彼らよりもはやく、彼らよりも力強く。彼らよりも効率的に。

よりによってヘビメタ、よりによって親父の態度


あれからちょっと掃除をした。けど、暑いなぁ。うーん。

家族だんらんか……気違い親父が怒り狂っていて、家族だんらんなんて雰囲気じゃなかったな。
それにしても、気違い兄貴が気違い親父に「なって」ヘビメタをやりはじめたのはこまったな。よりによってヘビメタ。よりによって親父の態度(のまね)。

あの部屋……居間はテーブル置き場になっているけど、むなしいね。あの畳に座っていたときがあるんだからな。あの畳と言っても、前の畳といまの畳は、物質的にちがうけど。ようするにおなじ場所にある畳の上に座ってた。いま、あの畳の上に座れるかといったら、座れない。そりゃ、ネズフンの脅威があるからな。あの部屋に、こたつと座椅子があったなんて信じられないよ。そして、あのサイド・ボードに背中をくっつけたことがあるなんて信じられない。あの部屋でこたつにはいってなんて信じられないな。もう、ボロボロよぉ。むなしい。あそこだって、友達がきたりしてたからな。小さいときは、女の子が遊びにきてたからな。ちなみに、遊びにきてた女の子と風呂に入ったことがある。泊まりにきてたからなぁ。信じられないなぁ。あの縁台で、その女のことおにぎりを食べたりしてたんだからな。信じられない。

イ・ラショナルじゃない。


ヘビメタ騒音で俺のユニークさが発揮されないまま、歳をとって死にそうだな。ほんとうに全部ない。あっ、全部というのは、イ・ラショナルですねぇぇぇぇぇぇ。それは認めるよ。けど、そう言っても差し支えがないほど、つかれた。いろいろな点でハンディがうまれた。これ、ほんとうにちがうんだよな。ヘビメタ騒音が、ない場合の人生と、ヘビメタ騒音がけっきょくは一五年近く続いてしまった人生では、ちがいすぎる。やめてくれ。だいたい、兄貴にしたって『よその家』じゃ、一分だって鳴らせない音なんだぞ。音がでかすぎて、一分だって、鳴らせない。兄貴だって、『よその家』だったら、一分だって鳴らせない……そういうデカイ音で、うちでは、一日中鳴らしていた。この、音のデカさと、兄貴の執着度合いが、他の人にはわからない。だから、簡単な問題に思える。ほんとうにそんなんじゃないのに。ほんとうに学生時代、全部、つぶされたら、どうなるか、経験してみろ。毎日鳴ってる状態がどれだけつらいか経験してみろ。はぁ? 全部は、イ・ラショナルだって? そうだよ。イ・ラショナルだよ。けど、イ・ラショナルということを認めたとしても、辛い分量は変わらないし、やられたこともかわらない。全部に波及したという言い方のほうが正しいか? ヘビメタ騒音が生活の全部に悪影響を及ぼしたと言えば、イ・ラショナルじゃない。言いたいのは、ほんとうに、範囲が広いということだ。ヘビメタ騒音のことを聞いた人が、ちょっと考えつくような範囲を超えて、悪い影響を及ぼしたということだ。生活のすべてに影響を及ぼした……悪い影響を及ぼした……この表現はイ・ラショナルじゃない。

2019年8月3日土曜日

毅然とした態度でナイフを投げたら、やめてくれたのか? ポジティブ思考が、やられたやつをさらに追い込む

工事の人がきているけど、ヘビメタ騒音で憂鬱だ。この、雰囲気。この雰囲気の繰り返し……。これで鬱にならないわけがない。

けっきょく、ポジティブ思考だなんだと言っているやつは、気違いによる……気違い家族による十数年も続く気違いヘビメタ騒音を経験してない。

まあ、ポジティブ思考の人は、そういう気違い家族を説得して、やめさせることができるのだろう。うちにはもうひとり気違い家族がいるのだけど……。

法的にどうこうするというとができないんだよ。特に、俺が小六の時は……。……やっぱりおかしい。……親父も兄貴も頭がおかしいから、まったくなにも気にしない。……そういう日常だ。日常として成り立っているのだから、ひっくり返すとしたら、殺すしかない。……やめるわけないだろ。

あれ、ほんとうに、俺が(兄貴を)ナイフで刺せばやめてくれたかというと、そうじゃない……と思う。そういう「頭」じゃないんだよ。刺されたから、反省してやめる……あるいは、痛かったからやめる……そういうことはない。生きていれば、もっと意地になってやる。うち……だから。うちなので……。

(他の人は)ほんとうに頭がおかしい人の態度がわかってない。(刺したあと生きている場合ね)。気違い兄貴の説得のほかに、気違い親父の説得も必要だったんだぞ。気違い兄貴がやっていることは、気違い親父がやっていたことのコピーなんだぞ。

そして、気違い親父はそのことにまったく気がつかないし、自分が関係あると思ってないんだぞ。それは、どれだけ言っても、その都度、怒るだけで、(親父には)兄貴の騒音をどうにかしようという気持ちがない。

『うるさいと思っているよ』なんて言いながらも、じゃあ、兄貴に注意するかというと、(そういう時)兄貴に注意したことは一度もない。(注意したのは家族会議の時だけ)。(家族会議で、ひとこと「やめてやれ」と言っただけなのだけど、それは、俺が交渉のテーブルを作ったからだ。

で、それだって、どれだけ言ったって、けっきょく、三年間はひらかれない。ずーっと言ってたって入試の直前に、しかたがなく、ひらいただけだ。で、親父は、『言ったら』それでおしまいだ。そのあと気違い兄貴がずっとヘビメタを鳴らしていても、なにも感じない。(外に出て行ってしまったけど……。たぶん行き先はパチンコ屋だ)

ともかく、この雰囲気……。なにがポジティブ思考だ。ふざけんな。気違い兄貴も、気違い親父も、ポジティブ思考の持ち主も『こうしん(亢進)』している。人のことなんて考えてないんだよ。考えるとしても、そいつのやり方で考えるしかない。そいつの頭で考えるしかない。

そいつの頭が、他の人のことを考えられない頭(考えることができない頭)だったら、どれだけ考えたって、そいつのやり方で考えているだけで、肝心なことはなにひとつ考えられないんだよ。

そういう相対性が成り立っている。考えるとしたらそいつの頭で考えるしかない。……そいつが、そいつのレベルで、よく考えて、これは気にする必要がないと判断したら、そうしてしまう。そして、『こうしん(昂進)』しているやつは、夢中になってそうする。

「刺さっても良いから、ナイフを投げつけて抵抗することがたいせつだ」なんて言うやつがいるんだよ。そういうこともたいせつだけど、気違い親父と気違い兄貴には通用しない。俺がナイフを投げたから、刺さらなかったけどやめてやろうとか、そういうことは絶対にない。刺さったら刺さったでやめるわけがない。自分がやっていい心的な理由を得て、ガンガンやる。「やめる」ということは、選択しにない。ナイフを投げられたから、やめる……(相手がそういうふうに真剣だったということがわかってやめる)なんてことはない。

だって、ほんとうにわかってないもん。こっちが、怒って、投げたって、そのとき刺さらなければやめないし、刺さってもやめない。退院したら、絶対の意地で、いつも通りに毎日やる……。これが気違い親父と気違い兄貴の態度だ。そういう頭だからそういう反応をする。ナイフで刺されたので、相手が本気だということがわかってやめる……そんなことはない。

まあ、ナイフで刺してないけどね。ナイフじゃないけど、「やめろ」と言って、ビー玉や板や爆竹を思いっきり投げたことがあるけど、やめてくれなかった。あれ、ナイフを投げればよかったのか? 刺さればやめてくれたのか? 刺さらなくてもやめてくれたのか 刺さって、死んだ場合しかやめてくれない。

けど、その場合 俺は、どうなる? よく考えずに、あらがえって(興奮して)投げたということになってしまう。けど、それにいたるまでに、何千日、俺がやられていると思っているんだ? ふつーにやられているんだぞ。毎日やられているんだぞ。こんなの、ない。それに耐えて生きていて……それで、ヘビメタ騒音を経験しなかったやつに、えらそうなことを言われる。そういう立場に追い込まれる。これも、ごくふつーに毎日そういう立場に追い込まれていくんだからな。こりゃ、死ぬしかないという話になるだろ。(心理的にはね)。

だって、自分の人生がかかっているのだから。自分の人生がかかっている騒音なのだから。これは、動かせない。騒音を鳴らされれば、……その騒音が気違い兄貴のヘビメタ騒音であれば……どうしたって、睡眠障害になる。そして、勉強することができなくなる。趣味に関する行動もできなくなる。また、これだって!……『自分の人生がかかっている』ということに関してだって……そんなのは考え方をかえればどうにだってなる……と言うのだろう。こういうくそ理論が、どれだけ俺を追い詰めたか? こういう、くそ理論。

「刺さるか刺さらないかわからないけど、とりあえず、投げて毅然とした態度を見せることがたいせつだ」なんてことを言うんだよ。で、実際に刺さったら「もっとよく考えてから行動するべきだ」みたいなことを(そいつらは)言うと思う。しかも、(兄貴の場合)刺さった「から」やめてくれるというわけではないと思う。刺さったって、やめないやつはやめない。これが、たぶんだけど、普通のいじめっ子と、気違いのいじめのちがいなんじゃないかな。頭がおかしい人は、刺さったあと、やめないと思う。

逆に、「やっていい」理由を得たと思うと思う。だから、やり続ける。あるいは、前にもましてやり続けると思う。健常者が健常者をいじめている場合と、サイコパスが健常者をいじめている場合はちがう。

やめないよ。あいつらは……。だって、自分がやっていることがわかってないから。健常者がいじめている場合は、口でなんと言っても、自分がいじめているということが、ほんとうはわかっている。サイコパスは、わからない。

それは、たとえば、兄貴の場合、いじめてやろう、くるしめてやろうと思ってヘビメタをデカイ音で鳴らしているわけではないので、根本的にどれだけ言われてもわからない。目的がちがう。健常者がだれかをいじめる場合は、いじめることが目的になっている。

で、それは、口では否定するかもしないけど、理解はしている。(健常者の場合は、自分はいじめてないと言うかもしれないけど(あるいは、そういう行為をしてないと言うかもしれないけど)わかっている。やったということは、わかっている。

サイコパスが夢中になってやる場合はそういうことはわからない。わかってない。そもそも、いじめだとは思ってないだろうしな。どれだけ、こまると言われても、相手がこまるということが根本的にわからない。

ビー玉も板も、目にあたれば失明したかもしれない。じゃ、失明したら反省して、気違い兄貴がヘビメタをやめてくれたかというと、やめてくれないと思う。失明したら、おまえが俺の視力をうばったのだから、ヘビメタをやってあたりまえだということになると思う。

気違い兄貴の頭のなかでは……。視力をうばったのだから、どれだけおまえ(弟)が本気でやめてほしいとしても、やるということになってしまう。『おまえだって悪いことを(俺にした)のだから、俺は、(悪いことをおまえにしていい』という、くそ感情だ。これが口実になって、やる。

痛い目をみたから、反省してやめる? 相手がどれだけ本気でいやなのか(体でわかったから)やめる? そんなことは、兄貴の場合あり得ない。だって、ヘビメタを鳴らしたいわけだから! 鳴らすとしたら、自分が満足できるデカイ音で鳴らしたいわけだから!! これがくずれるなんてことはないんだよ。その一五年間の話しだけどな。

そりゃ、気違い兄貴だって、一六年目には飽きるかもしれない。特に(ヘビメタを)デカイ音で聞きたいと思わなくなるかもしれない。けど、それは、一六年目以降の話しだ。聞きたいときは、聞きたいのである。弟がなんと言ってきても、聞きたいのである。自分が出したい音を出して聞きたいのである。

これに、命がかかっている。

刺されたら(相手が本気だということがわかって)静かにする? あり得ない。あり得ない。みんなほんとうに気違い兄貴のことがわかってない。気違い兄貴のことがわかってないのに、一般的なことをあてはめて考えて、断罪するな。

毅然とした態度で「やめろ」と言わなかったのが悪いとか、ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪いとか、そういう話しになっちゃうんだよな。

まあ、刺さった場合は、別の話になるんだけどさー。

そういう、『本気だということ態度で示さなければダメだ』というような話しは、健常者を相手にしたときは、文脈上、有効な場合があると思うけど、サイコパスを相手にしたときは、文脈上、無効な場合があると思う。

少なくても、「ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪い」なんて言うやつは、サイコパスと健常者のちがいなんて考えてない。「みんなだれだってそうだ」と考えていやがる。だから、ヘビメタ騒音にやられた俺を不当にバカにしている。

こういうことになっちゃうんだよな。相手がサイコパスだと。相手がサイコパスの兄貴(家族)だと。そういうふうに、ふつーに、まわりから追い込まれていく。

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今回の話しだって、どれだけのやつが理解できるか?
ふつーに考えれば、『毅然とした態度を見せるということがたいせつだ』『あぶないことをやる場合があるということを見せておく必要があるんだよ』というようなことのほうがうける。そういうレベルの心理学?のほうが受ける。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。