2019年8月30日金曜日

「やり出せば体がなれる理論」が無視していること


やる気がない。
ほんとうにやる気がないなぁ。
やらなきゃならないことは山積みなのに。
ネズミのことが気になる。
ひとつひとつの作業がめんどうくさい。

このあいだゲンシケン2を見たけど、特にうらやましくなかったなぁ。ゲンシケンを卒業かな。ヘビメタ騒音がなければあんなのよりもっといい大学生活をおくれたと思う。
基本、ポジティブ思考とかアドラー心理学とか言っている人たちには、ヘビメタ騒音相当のしつこい障害はない。その人たちが思っている障害は、ぼくから見ると小さい。相当に小さい。「いやなこと」「不愉快なこと」と言っても、たいしたことじゃないのである。ともかく、毎日あのヘビメタ騒音が続けば、そうは言ってられなくなる。けど、これを、受けとめ方の問題とか、言いやがる。これはこれで、正しいような印象を与える。彼らの例(彼らがあげる例のかずかず)は、適切であるかのように思える。しかし、ぼくは、受けとめ方の問題ではすまない生物的な問題があると思っている。

これからやるつもりだけど、スモールステップで、いくつかの作業をしようと思う。今日は、これでも体調がいいから、そういうことができる。
たとえば、英語の練習のためにフレンズを英語で聴くというようなことができる。で、これは、負担度が小さい。けど、これですら、できないときがある。疲れ果てていたら、こういうことだってできない。あとは、いまは、フレンズを聴こうという気持ちになっているけど、フレンズというものに興味がなければ(たとえ浅い興味でも興味がなければ)やる気になれない。
聴きながら、別の作業をすることはできる。たとえば、ゴミ片付けだ。あらったプラスチックのゴミがあるので、それをプラスチックのゴミ袋に入れるということができる。これも、疲れ果てているときはできない。このあらったプラスチックのゴミというのは、食品の容器だ。まあ、昨日は弁当のスパゲッティーを食べたわけよ。あっためないで食べた。冷えたのが食べたかった。
あとは、ダニバルサン用に、米あぶらやその他の食品をポリ袋に入れるという作業がある。デカイポリ袋に入れて固く結ぶ。これで、バルサンをやっても大丈夫だと思う。(これらは二階の部屋におくので、ほんとうは、やらなくてもいいことなのだけど、俺には必要だ。
ただ、米あぶらやその他の食品をポリ袋に入れるということが、めんどうくさくてできないときがある。それは、ヘビメタ騒音でぐちゃぐちゃにされた俺の特徴の一つだ。他の人とまったく違う。で、たとえば、仕事というのは、そういう作業の連続だろ。だから、ヘビメタ騒音で壊された部分で一番でかいのはこういうところなのかもしれない。普通のエネルギーがないのである。鬱病で、体を動かしたくない状態がずっと続いている。で、たとえば、正論に従って体を動かしたとしても、きついのである。たとえば、正論に従って体を動かしたら、勢いがついて、徐々にできるようになったとか、あるいは、前は負担だったことがそれほど負担とは感じなくなったということにはならない。これが、普通の人……からだがなまっている普通の人と……ヘビメタ騒音障害者(長期騒音障害者)のちがいである。体がなれてくる……体がなれるはずだ……という暗黙の理論がよこたわっている。ちょっとしたことでもやり出せば、勢いがついて普通にできるようになる(特に負担を感じないでできるようになる)というような暗黙の理論がある。これは、明言されることもあるけど、あたかも、動けばそうなるというような意味で、明言されないこともある。つまり、「ちょっとずつやれば、そのうち体だってなれてくるさ。つかれたらまたやりなおせばいいんだ」というようなアドバイスがさも、だれにも成り立つアドバイスだと思われているのだ。この人たちは、普通の鬱病患者、普通のつかれた人を相手にしている。長期騒音障害者を相手にしてない。長期騒音障害者には、長期騒音障害者の事情がある。たとえば、やり出しても勢いがつかない(しんどいままだ)というようなことがある。これは、「やり出せば体がなれる理論」が無視していることだ。さらに「つかれたらやすめばいい」と言う場合は、「すぐにつかれがとれて復活できるはずだ」というような暗黙の理論が背後に成り立っている。やすんだって、つかれがとれない場合は、無視している。だから、長期騒音障害者がこれらのアドバイスにしたがうことはできない。けど、暗黙の理論なので、暗黙の理論に、正面から戦いを挑むというわけにはいかなくなる。「自分だって、なんだかわからないけどうまくいかない」というような感じが続くわけだ。体がなれるということを言う人は、いつまで経っても体がなれない人のことは、最初から考えてない。最初から考えてないということも考えてない。「つかれたら休めばいい」ということを言う人は、休んでもつかれがとれない人のことを考えてない。最初から考えてない。最初から考えてないということも考えてない。だから、最初に考えるべきは、実は! 範囲なのだ。適応範囲。そうじゃない人もいるということは、最初にことわるべきだ。しかし、そうじゃないひともいるということは、無視される。だから、そうじゃないひとは「どうしてうまくいかないんだろう」と悩むことになる。

2019年8月29日木曜日

常識的な人が、そういう「敵」になる



これから楽しめったって、どうやって楽しめばよいのやら? やらやら?
もう、ほんとうにヘビメタ騒音以降、地獄なんだよな。ヘビメタ騒音で睡眠力(一定の時間に眠る能力)を失ってから地獄だ。ヘビメタ騒音で睡眠力(一定の時間に眠る能力)を失ってから地獄だ。虚弱体質みたいになってしまった。疲れがぜんぜんとれない。数千日の連続で、つかれがとれないからだになった。しかも、そういう状態でがんばっているにもかかわらず、ほかの日から文句を言われることが多くなる。いつも、からだがてんぱっている。学力だって、ちょっとこれは、俺の場合表現がむずかしくなるのだけど、興味のあることなら、俺はほとんど勉強しなくても(ちゃんと本が読める時間があるなら)偏差値で言うと七五ぐらいはとれる。それが、興味がある分野でも、ヘビメタでだめだめになる。これがくるしかった。興味がない分野に関しては、勉強しなかった。(小学生の時)。小学六年生の時からヘビメタが始まっている。気違い兄貴は気違いだから、毎日やるとなったら、どんなことがあっても、毎日、細かい時間も全部使って、だれになにを言われようが、ヘビメタを、自分が満足できるでかい音で鳴らすんだよ。命がけの意地がかかっている。一秒だって、ゆずりたくないのである。一秒ゆずらないことに、命がかかっているような状態だ。大げさじゃなく、そういう状態なんだよ。常に毎日。毎時間毎分毎秒。だから、ほんとうに殺さないとやめさせることかできない。この殺さないとやめさせることができないというのは、大げさな表現じゃない。「静かにさせる」のも、「やめさせる」のとおなじだ。気違い兄貴のなかの基準でしか静かにしない。自分の「でかい音で鳴らしたい」という気持ちがまったく傷つかないようにして、「静かにしてやる」ということだから、静かにならない。で、これがまた、異常なのだけど、そういうこだわり方で……そういう「がちがち」のこだわりを持って、絶対にゆずらないでやっているのに、本人は「まったくつもりがないまま」なのである。この「絶対にゆずらない意地の程度」と「つもりがない程度」が正比例している。頭がおかしいからそういうことが可能なんだよ。他の人にはわからない。ほんとうにくるしい。で、この態度は親父とおなじ。親父のコピー。親父と兄貴の頭の構造がおなじ。だから、親父にはうちのなかの問題を「かたづける」能力がない。そりゃ、そうだろ。兄貴がヘビメタでやっていることは、それまで親父が、別のことでやってきたことなのだから。親父に問題が解決できるわけがない。頭がおかしい反応しかしない。「しかたがないしかたがない」の一点張りだよ。「兄貴に注意してくれ」と親父に言ったら、「そんなのできるわけがないだろ」と激怒してたんだぞ。それなのに、「兄貴に注意してくれなかった」と言うと「注意した注意した」と怒って言う。全部おなじ。「そんなのできるわけがないだろ」と「注意した注意した」のあいだには実に一五年間の時の流れがあるのである。これも、他の人にはわかりにくいことだ。ようするに、実際に注意できる可能性があるときは、絶対の意地で注意しないのだけど、注意する可能性がなくなれば、「注意した注意した」と言うことができる。で、これも、兄貴が、「うちでは一五年間、絶対の意地で鳴らしたのに」よそのうちでは「一秒も鳴らしてない」というのと、一致している。こういうのだって、他の人はわからないだろ。まるで、俺が兄貴に注意しなかったから、兄貴が鳴らした続けたというように解釈してしまうような常識的な人だっている。「お父さんが注意しなかったのなら、たいした音で鳴ってなかったのだな」とまちがった推論をしてしまう常識的な人だっている。どれだけの距離があるか。うちの常識……実際に繰り返されてきたことと……世間の常識のあいだにどれだけの距離のへだたりがあるか? こんなのわかるわけがない。俺の説明を聞いて、そんなことを言っている人に、「うちの現実」がわかるわけがない。首をひねって信じない。そいつのなかでは、俺が嘘を言っているか、俺が大げさに言っているということになる。で、そうやって、実際に起きたヘビメタ騒音の実害を無視して、「そんなの鳴ってたって、勉強ぐらいできる。言い訳するな」と言ってくる。常識的な人が、そういう「敵」になる。これが、家族がヘンな人だった場合の、現実だ。

2019年8月26日月曜日

楽しい気分で人とつきあうということができない


居間にいるネズミを確認。
粗大ゴミ回収業者にメールで仕事を依頼しておいた。
ネズミ業者は、日程の都合で28日。
今日は、病院と施設に行かなければならない。
ネズミの用事と親父の用事がかさなるんだよな。
親父の手術日には、かならずネズミが出ている。
連続で出るようになったのは、今回がはじめて。
親父が、ネズミを餌付けした。(それも、どれだけこっちが、そういうことはやめてくれと言っても、聞かないんだよな。けっきょく、何十日も、そういうことをやって、ネズミを招待した。おびき寄せた。)しかも、親父は「俺がつかまえるからいい」と言ってネズミの糞と、ネズミのしょうべんとネズミの侵入口に対処しようとしなかった。家が古いから、どーしても、ネズミ業者だけでは対処できない部分が出てくる。

俺は、もういやだよ。
俺は、もういやだよ。
俺は、もういやだよ。

病院や施設では普通の親子を演じなければならない。
親父がどういう環境で暮らしてきたと思っているんだよ? と言いたくなる。

ネズミは親父の置き土産だ。

   *   *   *

俺もう、●のうかなと思うのだけど、どうせ●ぬなら、別に問題ないかと思うことにしている。けど、つかれているときは、●のうかなと思う。ネズミのことだって、ネズミのばい菌でへんな病気になって苦しむのがいやだとか、ダニに刺されてへんな病気になって●ぬのがいやだとかそういう気持ちがある。ダニでかゆいのはともかく、肌がきたくなくなるのは、耐えられないというのがある。もちろん、●ねば、全部かたづく。気にしなくていいことになる。だから、本末転倒……生きたいから、気にしている。親父の奇行、兄貴のヘビメタ。世間の不理解。もうつかれたよ。

つまり、ぼくはよりよく生きたいと思っているということ……。
けど、つかれているということ……。
つかれがとれないということ……。

楽しい気分で人とつきあうということができない。楽しいと言うよりも普通の気分でと言った方がいいか。これは、他の人にはない事情がかかわっている。ヘビメタ騒音だ。これ、普通の引きこもりの人ともちがうんだよな。しかも、一般的な人が思い描く引きこもる理由ともちがう。ヘビメタ騒音……これがどれだけ俺に影響を与えたか。影響を与えられた俺にしかわからない。他の人に言ってもわからない。他の人は、経験してないので、ヘビメタノ影響を過小評価する。「そんなの気にしなければいい」というような方向に(話しを)持って行きたくなる。これも、俺が他の人とつきあいたくない理由のひとつだ。兄貴の行為というのは、ほんとうにきちがい行為なんだよ。あれだけこだわって、あれだけ長い期間にわたって毎日、どでかい音でヘビメタを鳴らすというのは、おかしな行為なんだよ。普通の世界ではあり得ない行為なんだよ。普通の人のうちではありえないことなんだよ。横の部屋に住んでいる「家族」!!!がそういう、しつこい気違いだ(こだわり型の気違いである人は)少ないんだよ。だから、影響の大きさがわからない。鳴っているときだけうるさいと思っているようなやつらばかりだ。鳴り終わったあとどれだけきついか。どれだけつらいか。どれだけ眠れない状態になるか。ヘビメタ騒音の影響で眠れない深夜がどれだけつらいか。そういうことが、学生時代毎日繰り返されると、どれだけその後の人生に影響を与えてしまうか、経験してないからわからない。その当時(学生時代の人間関係にどれだけ影響を与えるか)……不可避的に影響を与えるかわかってない。まるで、気にしないようにすれば影響がない(影響がなくなるはずだ)と思っている。さらに、気にしたのはエイリだから、自己責任だと(自己責任をなすりつけてくる)。これは、その人がその人の行為や出来事について自分の責任だと考えることとは、ちがう。実際に気違い家族が横にいて、気違い的なこだわりで、気違い的にデカイ音で鳴らすということの影響を受けてない人が、想像で勝手に、影響を過小評価して、説教くさいことを言う。こういうのだって、気違い兄貴が気違い兄貴ではなく、普通の兄貴だったら生じないことなんだぞ。兄貴が、うちでも、よそのうちにいるつもりになって、一日に一分もヘビメタを鳴らさなければ生じなかったことなんだぞ。通学していた七年間のヘビメタがどれだけくるしいか。

2019年8月24日土曜日

「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。

買い物行ってきた。
さみしいなぁ。あーー。「ただいま」とか言ってもだれもいないしなぁ。けど、これで、誰かといっしょに暮らしていたらどうなんだろう? あー。ともかく、ヘビメタで人間関係がズタボロだ。いっしょに生活している人じゃなくて、たんなる友達との人間関係もズタボロだ。

ただ、これで、たとえば、今日の午後二時友達と会う約束があるとする。それで、楽しいかというとそうじゃないんだよ。午後二時まで起きていられるかどうかわからない。午後二時はいまの睡眠リズムだとだいぶ眠たくなる頃なので、眠たい体を引きずって動くということになる。そうなると、ヘビメタ騒音で眠れなかった朝の状態とおなじ状態になってしまう。そうなると、いいようのない感情に襲われる。ま、あ、鬱になる。
ヘビメタ騒音の数千日がとてもくるしかった。特に、夏休みはくるしかったな。毎日、一日に一四時間のヘビメタ騒音だからな。ずっとたたられて、くるしかったよ。夏休み宿題も出なくてくるしかったよ。友達のうちに、それこそ、行ったけど、ヘビメタ騒音のなかから出ていって、へびめたそうおんのなかにもどってくるとういう状態だからくるしかった。あたかも、友達のうちに行く時間、友達のうちにいる時間、友達のうちから帰ってくる時間は、ヘビメタ騒音が鳴ってないのだから、ヘビメタ騒音の影響がない時間(対)だと思うかもしれないけど、ちがう。毎日ずっと、何時間も何時間も、十何時間も十何時間も鳴っていると、ちがう。ほんとうにくるしかった。これ、経験した人じゃないとわからないんじゃないかな。夏休みの四〇日でもいいから、一日に一三時間(じゅうさんじかん)一四(じゅうよじかん)の騒音を経験してみなよ。その騒音は、あなたが一番嫌いな音の騒音だとする。それが、一日に一四時間……これがどういうことかわかる。残りの一〇時間だって、くるしくてくるしくてたまらない状態になる。けど、他人は他人だから「すべては受けとめ方の問題だ」とか「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」「しずかにさせることができなかったのなら、自己責任」とか「過去は関係がない」とか「だれだって、騒音ぐらいある」とか「だれだって、つらいけどがんばっている」とか言いやがる。これ! これ!
これが、俺をどんだけくるしめたか。俺の中学三年間、俺の高校三年間が、どれだけ、こういうたてまえで塗りつぶされていたか。他の人の愚痴を言えない状態でヘビメタのハンディを抱えて生きてきて、さらに、そういうことを、一八歳以降は言われなければならない状態になる。そういうことを言うやつは、実際にはヘビメタ騒音に一日に一四時間たたられたことがないやつなんだぞ。それが四〇日間続く夏休みを経験したことがないやつなんだぞ。そいつは、四〇日間、いつでも勉強をしようと思えば勉強ができる状態だったんだぞ。
それがどういうさになるか、受験競争が激しい時代を生きてきた人にはわかるはずだ。だいたい、こういうことだと、勉強もできなくなるし、働くこともできなくなる。体力がうばわれるからな。もう、書いたから詳しくは書かないけど、教師に「どうして、夏休みの宿題をやってこなかったんだ?」と聞かれて、「ヘビメタ騒音でできなかった」とこたえたにもかかわらず「そんなの、お兄さんに言えばいいじゃない。ともかくちゃんとやってきて」と言われたときの気持ちは、ない。あんなのない。どれだけ、くやしいか。気違い兄貴の気違い姿が思い浮かぶ。「あいつ、絶対、しずかさせてやる」と闘志を燃やして、帰る。で、殺す勢いでぶつかる。けど、気違い兄貴は気違い野郎だから、自分がやることしか考えてない。そして、気違い兄貴の「静かにしてやる」が親父の「ハンダゴテ」とおなじようにまったく意味がない譲歩なのだ。だから、気にしないで静かにせずに鳴らす時間と、気違い兄貴はゆずってやったつもりで鳴らす時間だけになるということになる。ゆずってやったつもりの時間は、長くて一日に一〇分、どれだけ言っても、一五〇日に一回ぐらいかそういうことをしないという割合だ。そういうけちくささ。気違い兄貴よ、言っておくけど、俺が「宿題をするから静かにしてくれ」と言ったとき、俺は兄貴を刺し殺してもいいような気分だったんだぞ。そのくらいの気持ちだったんだぞ。そのくらい真剣だったんだぞ。毎回毎回。けっきょく、しずかさせられずに、自分の人生を「ふいにしてしまった」けど。そりゃ、しずかにさせることができないなら、自滅するしかない。「できないじょうたい」になってしまう。「かよえないじょうたい」になってしまう。「はたらけないじょうたい」になってしまう。

「ハンダゴテとおなじように」と書いたけど、実際には「ハンダゴテを持ってくるのとおなじように」ということだ。親父も兄貴も、どっちとも、「やってやった」という気持ちになる。これ、一秒でもほんとうに我慢させられたら、煮え湯を飲まされたのとおなじ気分になる。だから、一秒すぎたら「こんなことやってられるか」と怒り狂った状態になって、がむしゃらに無視してやり出す。けど、そのあと、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間と、一〇時間ならしたにしろ、一分も鳴らしてないのとおなじ気分なんだよ。一回も「静かにしてくれ」といわれなかった気分なんだよ。矛盾しているようだけど、「やってやらなくてもいいのに、静かにしてやった」と思い込んでいるような状態なんだよ。

   *   *   *

「がむしゃらに無視してやり出す」と書いたけど、これ、ほんとうに、気違い兄貴と気違い親父で、態度がおなじなんだよ。状態がおなじなんだよ。あのとき、「無視している」つもりはないのかね? それは、ぼくにはわからないけど、完全に無視した状態になって、無視していることも無視した状態になっているとしか言いようがない。おかは真っ赤だよ。だから、無意識的には、言われたことがわかっている。言われたないようがまったくわかってないのとはちがう。けど、あたかも、(時間がすぎれば)(ようするに、自分がやりたいようにやりきれば)まったく言われなかったような感触になってしまう。

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やっぱり、この人生はおかしい。どうして俺だけ、気違い兄貴と気違い親父のハンディがあるんだ。気違い兄貴の騒音と気違い親父の奇行をくらべると、気違い兄貴の騒音のほうが、俺に与えた影響がデカイ。一兆倍ぐらいちがう。たとえ、気違い親父にやられたとしても、気違いヘビメタ騒音がなければ俺は自分の力で自分の人生を選び取ることができた。

気違いヘビメタが鳴っていた人生……。こんなのはあり得ない。気違いヘビメタが鳴っているということは、自動的に「たにんになめられる」ということなのである。ヘビメタ騒音が鳴っている以上「はねかえす」力がない。ヘビメタ騒音の連続のなかで「はねかえす」力がなくなってしまう。

ヘビメタ騒音はタンル騒音の問題じゃないのである。実際に気違いヘビメタにたたられたことがない人は、そのこところがわからない。実際にあの気違いの音が続いたらどうなるか、からだでわかっている人しかわからない。わからないところで、「わかったようなことを」言う。もし、地球上にぼくひとりしか、体験的にわからないのであれば、ぼくは、他の人すべてを敵にまわすことになる。これは、自動的にそうなる。こんなのない。実際にあの気違いの音が続いた人間……ぼくと、それ以外の人間……。俺だけが圧倒的少数。こんな世界、ない。やつらは、ヘビメタ騒音なしの基準で、説教をする。キレイゴトを言う。役に立たないアイディアを言う。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の行動を判断する。ヘビメタ騒音なしの基準で俺の履歴を判断する。こんなのはない。全部判断がまちがっている。

親父がかじられるのは、自業自得だけど、おかあさんがかじられるのは自業自得じゃない


あとは、洋書とかすてる。しかたがない。
気違いヘビメタで人生がない。気違いヘビメタでつらい。けっきょく、俺がここで孤独死をすることになったか。俺がここで、ネズミ対策をすることになったか。俺がここで、ひとりゴミを片付けることになったか。あーあ。ほんとうにヘビメタは人づきあいをうばう。職をうばう。進学の機会をうばう。学力をうばう。まるまるしたい。俺が、俺を虐待した気違い親父の世話をしてるんだぞ。おかあさん。おかあさん。おかあさんがいたって、どうにかしてくれるわけではないけど……。だいたい、おかあさんが下(一階の部屋)で寝ていたら、ネズミのことが気になってしかたがない。ネズミにかじられちゃうからな。親父がかじられるのは、自業自得だけど、おかあさんがかじられるのは自業自得じゃない。「すべては自己責任」なんて言っているやつらはバカだ。親父はあほだから、なにもかけないで、マグロの切り身を出しておきたいと思ったら、出しておくんだよ。どれだけ言われたって行動がかわらないんだよ。まあ、自分のマグロの切り身が、「きえてしまって」から、行動がかわったけど。「きえてしまって」と書いたけど、ネズミがぺろりと食った。俺はその皿を見たけど、ほんとうに、ネズミがなめ尽くしているんじゃないかと思えるほど、「きれい」なんだよ。食べ残しがないという意味ではきれい。親父がテッシュペーパーをかけたときは、テッシュペーパーごと、ほんとうにきれいに、食われている。

親父の入院の手続きとか退院の手続きとか、老人施設入居の手続きとか、正直言って、くるしい。どうしてかというと、睡眠障害だからだ。睡眠障害は、ヘビメタ騒音の繰り返しでなった。毎日十数年も騒音が続いたので、睡眠回路がこわれた。治ってない。「過去のことなら関係がない」と言っている、親父並みのあほはだれだ?


   *   *   *

まあ、一度だけ「(皿を)入れるスペースがない」ということを親父が言ったんだよな。たしかに、冷蔵庫のなかがこんでいた。だから、皿を入れるスペースをつくったので、そのあとは、入れられたはずなんだよな。やっぱり、めんどうくさかったんじゃないか。冷蔵を買い換えて冷蔵庫がまえのにくらべて小さくなったのはたしかだ。(けど、電気代が浮いた)。

楽しくない。ぼろぼろに楽しくない

楽しくない。ぼろぼろに楽しくない。美少女と花火大会に行っても楽しくない。楽しくない。楽しくない。

俺がどんだけこまっていても、気違い兄貴がヘビメタを鳴らしていた。ガンガンものすごくでかい音で鳴らしていた。お構いなしにずっと鳴らしていた。そのあいだにぼくの感情がこわれた。正常な睡眠回路がこわれた。

楽しくない。どれだけ言っても、気違いが鳴らしていた。絶対にやめてくれなかった。そういう時間が一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、一二時間、一三時間、一三時間四〇分、続いていいわけがない。

   *   *   *

これもちょっと、ネズミに関係しているのだけど、スキマ用スポンジテープを貼って、はがしたものがある。で、ビニールゴミの袋に入れてしまったのだけど、これは、不燃ゴミだった。なので、取り出そうとしたのだけど、くっついている。そういうことを気にしないで、ビニールゴミの袋にいれたまま出せばよいのだけど、性格的にそれができない。で、はがそうとしたときにほこりが出た。で、腹が立つ。けっきょく、スキマ用スポンジテープは不燃ゴミとして出すけど、そういう作業でほこりがでるとすごく腹が立つ。(スポンジテープがすでにビニールゴミ袋のなかにあるビニールにくっついてしまったのだ)

あとは、洋書とかすてる。しかたがない。

爆発的に腹が立って、何冊か、ぶん投げた。階段のところにおちてる。スキマ用スポンジテープのことで腹が立って、思いでの本を何冊かぶん投げた。むせるし、もういい。

もう、全部すてるか? もう、いいか?

ネズミ駆除業者が役に立たない。

俺のゆめにほこりがかぶっている。

なんか、むかしの本を見ていると、

「ゆめやぶれし本」という感じがする。

ほんとうに、俺のゆめにほこりがかぶっている。

うつろ。

まるまるしたい。



どれだけ生きてたってつらいだけかもしれない。

ヘビメタ騒音以降、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音の体調不良と、ヘビメタ騒音に対する他人の態度でくるしい。

ミルトンの洋書があるんだけどどうするかな。
あれ、買ったの、いつだ?
ともかく、ヘビメタ騒音でつかれまくっていると、他人との関係がうまくいかなくなっていくのである。つかれまくっているとと書いたけど、これには、睡眠障害も含まれている。睡眠障害、易疲労性、頻尿を抱えていると、いいいことがない。まあ、騒音が鳴っていたときのくるしい記憶というのがあって、鬱なんだけどな。あのやりきれない気持ちはない。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱を抱えて無職だとすると、他の人は「無職」だとみなすので、日本労働教徒が多いところだと、居場所がないような思いをすることになる。その人たちにとっては、「睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱」はなんでもないことなのだけど、俺にとっては、なんでもないことじゃない。「睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱」で、働けないということはないと思っている人たちなので、説教をしてくる。で、そんな状態で、楽しいわけがないだろ。じゃあ、働けばいいということになるのだけど、外で働くのは、不可能なんだよ。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱で。けど、それは、他人にはわからない。睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱は、そのときの現在の症状で、そのとき(現在進行形でヘビメタが鳴っていなくても)つらい思いをしていた。それは、事実なんだ。妄想じゃないんだよ。自分がヘビメタにやられなかったからと言って、ヘビメタ騒音による睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱が、「いま現在」影響を与えない(与えたとしてもちいさな影響なので無視できる)(与えたとしても、働けないなんてことはない)と考える方が、おかしいんだよ。間違っている。妄想的な考えにこだわっている。どうして、ヘビメタ騒音が原因で発生した(その時点で影響を与えている)睡眠障害、易疲労性(騒音性虚弱体質)、頻尿、鬱を、無視できるのか? それは、やられてないからだろ。「過去のことは関係がない」「いまなってないのであれば関係がない」と言ったやつの顔をまるまるまるまるしてやりたい。デコパッチンBをしてやりたい。ほんとうに頭にくる。
一五年のヘビメタ騒音が影響を与えないわけがないだろ。成長期の九年間のヘビメタ騒音が影響を与えないわけがないだろ。九年で終わったわけじゃないけど、成長期をまるごとヘビメタ騒音でとられている。ヘビメタ騒音で、午前二時、三時に眠れなかった。成長期の午前二時、三時は成長ホルモンが出るので、影響がある。まあ、そんなことよりも、鬱状態、疲労、睡眠ができない(寝るべき時間に眠れない)ということのほうが、表面的にはずっとずっと、影響がデカイのだけど……。それも、けっきょく、気違い兄貴が言うことを聞かない以上、俺が我慢するしかないという状態で暮らすしかない。生きている以上、そうだ。こんなバカな話しがあるか? どんだけつらいか? 気違い兄貴は俺を自殺未遂に追い込むようなことをして、まったく平気なんだからな。まったくなにも気にしてないんだからな。弟の人生を破壊してもまったく気にしてないんだからな。「やりたいからやった」……それだけなんだよ。自分の気持ちしかないから、相手がどういう気持ちかということを、一切合切考えられない。あるいは、考えない。そうしたら、考えないのだから「ない」のとおなじなんだよ。「そんなの、気にしている方が悪い」ぐらいの気持ちで、「静かにしろ」と言われたら、怒り狂って夢中になってやるわけだから。で、何度も言うけど、夢中になってやったことは、やってないことなのである。これ、ほんとう、この症状。しつこさと、やってない気持ちが、正比例している。やりたい気持ちと、やったと思わない気持ちが、正比例している。反比例じゃないよ。正比例。やりたい気持ちが強烈だからまったくやってないと思ってしまうのだ。こういう、本人にとってだけ都合がいい、気違い構造。

2019年8月23日金曜日

言霊(ことだま)じゃなくて俺の推理が当たった。



むかし、ネズミシートにくっついて動けなくなっているネズミを前にして、俺が言った。「親父が入院したり死んだりしたら、俺がこれを片付けなければならなくなるから、プロにたのもう」と。親父はこたえた。「俺がやるからいい。だいじょうぶだ。だいじょうぶだ」と。
俺が言ったとおりになったんだよな。あの段階でプロにたのんでいたら、展開がちがっていたのに……。壁の修理の依頼も、あれやこれやの依頼も、全部俺がやらなきゃならなくなっただろ。しかも、「ネズミなんて、まだいるのか?」なんて反応だからな。親父が餌付けしたのに……。本人は入院しちゃっているから、ネズミとは関係が切れているんだよ。「うちに入ってくる」ネズミの問題だからな。俺が言ったとおりになって、親父が言ったとおりにはならなかった。だいじょうぶじゃなかった。「プロにたのもう」の答えが「俺がやるからいい」なんだからな。そして、親父の部屋の押し入れが「がらあき」だった点も含めて、ものすごく、ネズミの侵入と親父のやったことは、関係がある。もと玄関のところに入っているぶら下がり健康器と親父の道具箱にしたって、ネズミ退治の大きな障害になっている。あれをとりあえず、粗大ゴミ回収業者に持って行ってもらわないと、ネズミを食い止めるための工事ができないのだ。粗大ゴミ回収業者だって、ネズミの糞がついているものは回収したくないだろう。で、汚物あつかいになるから、かなり料金が高くなる。ドアのところだって、先に工事してもらいたいけど、ネズミのばい菌にドアの工事の人をさらすことになる。いちおう、俺がアルコール消毒をしておくけど……。もしたのんだとしたらだ。ネズミ業者だって、あれだけごちゃごちゃしてところをいじるのは無理だ。けど、ネズミ業者に消毒をしてもらってから、粗大ゴミ回収業者に連絡をしたほうがいいのかな? とも思う。

本人は、気楽だ。怒り狂っているけど、怒り狂ったあとは「気楽だ」

あー、もう人間はいやだな。
人間はいやだな。
あー、ほんとうに、人間、いやだわ。
あー。

+++++++++++


ネズミが出た。
もう、いやだ。
もう、いやだ。

親父関係のことで俺が家を留守にした日は、ネズミが出る。実際には、留守にした日の次の日だ。
気分的にしんどい。

やっぱり、ネズミでものすごく不安な気持ちになるな。で、この時間だろ。2019年08月23日03時45分11秒
午前一時ぐらいに見かけたわけだけど、ネズミバスターズが午前七時から、電話受け付けになっている。
親父トラップがあるから、実は、……。ともかく、どの順番でやっても、なにかしら問題があるということになる。

親父の奇行でこまったよ。あいつ、原因をつくっているのに、ぜんぜんわかってないからな。じゃ、説明すればわかるかというと、わからない。発狂して否定するような態度で、自分のへんな考えにこだわるから、けっきょく、あとあと問題が起こる。問題が起こることがわかるようなことなのに、自分の考えにこだわって行動をかえないんだよ。だから、こまる。
あーーまるまるしたい。あーー。
これ、ヘビメタにやられて、入学試験だというのに、深夜の一時に、二時、三時に、四時に、眠れないときとおなじなんだよな。いまでも、実は、高校入試に行ったときの絶望感が残っている。これ、入試の時はだれだって緊張するとかそういう「一般的な問題」じゃないから。試験前日だというのに、日中ずっと、気違いヘビメタにさらされたということが問題。午後11時まで、どれだけ気違い兄貴に言っても、午後一一時一一分まで気違い兄貴がこだわりつくして鳴らしたと言うこと。で、入試の前にそんな時間まで、デカイ音でヘビメタを鳴らしたら、弟がこまるということが、わかりそうなものなのに、まったくわからないんだよ。で、そういう時の態度や感覚が、親父とおなじなんだよ。わからないなら、言えばいい」と言う人がいるけど、その日だって、何十回も言っている。「家族会議のテーブルにつけ」と何回も何回持っている。けど、気違い的な意地で鳴らしやがるんだよ。自分が、一分だってほんとうに我慢するのは、いやなんだよ。だから、意地分意地を通して鳴らしているのに、「鳴らしているつもり」がないんだよ。こういう、気違い状態だ。で、この兄貴の態度がまさに、奇行を繰り返すときの親父の態度おなじなのである。どれだけ言ったって、やめてくれない。やったことには、一切合切責任を持たない。自分がかかわっているということすら認めない。自分が、文句を言われたという「なんとなく感触」しかないんだよ。相手がどれだけこまっているかということが、根本的にわからない。兄貴も、自分が鳴らしているときに、「鳴らさないでくれ」とか「静かにしてくれ」と言われたら、自分にとって「なんとなく不都合なことを言われた」というような認識しかない。で、怒り狂って、意地になって、やる。何度も言うけど、親父の奇行とおなじだ。やっているときの態度や、やり終わったときの態度がおなじなのだ。やり終わったあとの認識がおなじだ。ほんとうはやったのに、自分はやってない」と思っている、あるいは、「自分はまったくそんなのは知らなかった」と思っている。あるいは、「自分はまったく関係がない」と思ってい。「おまえがやったことだろ」と言われたとする。そのときはそのときで、また、「なにか不都合なことを言われた」という感触しかない。そういう感触しか感じない。だから、夢中になって否定するということになってしまう。怒り狂うということになってしまう。そりゃ、自分にとってちょっとでも不都合なことを言われたら、むかっとくるわけだよ。これはもう、何回も書いたけど、「おまえがこうしたしたから、こういうことになった」という内容のことを言われると、怒り狂う。で、その当の行為を続けることができる。そりゃ、怒り狂った途端に「関係がない」ということになっているのだから、本人は、気楽だ。怒り狂っているけど、怒り狂ったあとは「気楽だ」。性格としてそうなっているから、何万回もそういうことが繰り返される。

2019年8月22日木曜日

ダニに刺されるのを覚悟で親父の部屋に入って、親父の腕時計をとってきたことがある


そう言えば、ダニに刺されるのを覚悟で親父の部屋に入って、親父の腕時計をとってきたことがあるなぁ。俺が、親父の腕時計を二月に、親父の部屋の棚においてしまったんだけど、これが失敗だった。二月の時点では、親父の部屋には刺すダニがいなかった(親父の部屋に入っても刺されなかった)のだけど、五月の暑い日に、さされるようになった。で、「腕時計」「腕時計」と親父が騒ぎ出したのが、六月だったから、「親父の部屋にはダニが発生していて、腕時計は取りに行けない」と言ったのだけど、親父はあんまりなんのことかわかってない様子だったなぁ。二月に親父の棚のところに時計をおいたのは俺だし、「腕時計」「腕時計」としつこく言うので、とってきてやったんだけど、一箇所、刺された。で、とってきた腕時計が、動いてなかった。これ、意味がない行為だったのである。で、安い腕時計を買ってやることにしたんだけど……。今度は腕時計の文字が見えなとか言いやがるんだよ。ともかく、とりに行かないで、アナログの腕時計を買ってやるべきだった。俺が買ってやったのは、デジタル時計だからね。音が出ると、問題があるからデジタルにした。親父は気にしないけど、聴覚が敏感な人がおなじ部屋にいると問題があるから、秒針が動くアナログ時計は、いやだった。まあ、気にしないとは思うけどね。耳をくっつけなければ聞こえないだろうから。けど、アナログの時計よりも、デジタルの時計のほうが一四〇円安かったんだよ。だから、デジタルの方を買った。八六〇円ぐらいだと思う。アナログのほうは一〇〇〇円したんだよね。
ともかく、入るべきじゃなかったということを言いたい。刺される危険を冒してはいるべきではなかった。で、俺は、入りたくないと言ったんだけどね……親父はぜんぜんわかってなかったみたいだな。

どれだけしつこく言われても、あの部屋に入るべきじゃなかったんだ。さっと入って、さっととってくれば刺されない可能性もあると思って入ったんだけど、やはり刺された。失敗したなぁ。考えてみたら、あいつが餌付けしたネズミのせいで(刺す)ダニが発生しているわけだから……。

時計は、MRIで検査するときにとったんだけど、あのときから、「時計」「時計」と言ってんだよな。
++++++++++

だるい。はっきり言って、介護施設に行きたくない。今日、行かなければならない。俺ははっきり言って、だるい。昨日の夜から起きている。そろそろ、横になりたくなる時間なのだ。(けど、特養に入れるチャンスなので、行く。けど、めんどうくさい。)

絶対無責任の境地で自分が好きなことをできる


2019年08月21日07時26分13秒
セブンイレブンに行ってきた。

そのあと、帰ってきていろいろとやった。
そのうちのひとつにハンディクリーナー(掃除機)のゴミをすてるというのがあったんだけど、紙パック式がいいなと思った。
これは、紙パック式じゃないやつで、水で洗わなきゃならないんだけど、それがめんどうだった。紙パック式のほうがほこりを吸わないですむ。なにかいい方法があるのかな?
ともかく、これはだめだ。紙パック式のを買わないとだめだと思った。けど、紙パック式の安いやつがそれほどはない。むかしはあったのになぁ。

なので、どうしようかと思っている。

あとは、親父の病院関係のことがつらい。お母さん、たすけて。まあ、お母さんが生きてたとしても、たよりにはならないんだけどな。俺が動ける時間に、全部すめばいいけど、俺が動けない時間に電話が掛かってきた……みたいだ。これで、「何日の何時」という約束をすると、これまた、眠れなくなる。ヘビメタ騒音副作用なんだけど……。そりゃ、ああいう切羽詰まった思いを毎日していたらそうなる。

俺がどれだけ、「動けないからだで、動いてきたと思っているんだよ」と言いたくなる。そういう、六時間、七時間、八時間、眠たいのに眠れないまますごす六時間、七時間、八時間。もう、いやだよ。ヘビメタ騒音で睡眠回路を壊されたというのがでかすぎる。いちおう、医療ソーシャルワーカーの人には俺が、非・二四時間睡眠覚醒症候群だとは伝えてあるけどね。
夜、不愉快なことを思いだして死にそうになる。
昼間、動けない時間帯に電話が掛かってくるとくるしい。実は、昨日は、介護施設のほうから電話が掛かってきた。そのあと、マナーモード(サイレント)にして、眠る用意をした。けど、なかなか眠れなかった。あのとき起きていたのだから、マナーモードにしないで、電話に出ておけばよかったなぁ。

ネズミの問題と親父の問題がデカイ。もちろん、ヘビメタ騒音で人生がないという問題が一番でかいけどな。あそこらへんは、通っていた小学校がある地域で、俺としては前を通りかかるだけでつらい。トラウマ大爆発だ。ランドセルを背負ってた頃も、ヘビメタ騒音にやられていた。どれだけくらい気持ちで、しょぼしょぼとあの校庭を歩いていたと思っているんだ! 気違い兄貴。おまえはやった。なにもやってないつもりなんだからな。何回も言うけど、親父が、親父が強制的に押しつけたハンダゴテで兄貴が困ったということを理解しないとおなじ。理解しなければやってないのとおなじことになってしまう。理解しないというのと、やってないというのは等価なのだ。これもおかしな話しだけど、そういうことが、普通に成り立ち続けるのが、うちだ。普通に成り立ち続けるのが、気違い兄貴であり気違い親父だ。気違い、気違いと言っているけど、そういうことが普通に成り立ってしまうところを気違いと表現しているのだ。普通は絶対にそんなことは成り立たないんだよ。「やったってやってない」とかそんなことは絶対に成り立たない。で、これは、怒り狂って自分の意地を通している人に取っだけ都合がいいことなのだ。そりゃ、絶対無責任の境地で自分が好きなことをできるのだから。「やったことにかんして」一切合切主観的な責任が生じない。どうしてかというと、本気で「やってないつもり」だから。一〇〇%やりきるのに、本人は、まったくやってないのとおなじ気持ちでいられる。そういう状態で、毎日、押し切ってやり続ける。それが、気違い兄貴の正体であり、気違い親父の正体だ。それが、気違い兄貴がやったことであり、気違い親父がやったことだ。本人は気がつかないのだから、ほんとうにこまる。

2019年8月21日水曜日

「エイリが言っているだけ」に聞こえる人もいるだろう

俺はどうしたらいいんだ?
すべてがバカらしいよ。
ともかく、ヘビメタ騒音なしですごしたかった。ヘビメタ騒音なしで生きたかった。とくに、中学生活と高校生活がきつすぎる。ほんとうに毎日、午後一一時一一分までガンガン鳴ってた。何時間も浴びせられると、ほんとうに眠れなくなる。あの眠れない時間が、ぼくの精神をおかしくした。緊張がなみじゃないのである。他の人に知られず、他の人に理解されることなく、ズッとやられた。気違い感覚が成り立っているから、ぜんぜん気にしない。どれだけ言っても、気違い兄貴は気にしない。言われたときだけ、「怒って反応」するけど、自分が怒ったあとは、もう、なんにも感じないでやりきることができる。だから、言われるたびに怒って、やりきるということになってしまう。時間までやりきるということになってしまう。午後一一時一一分までやりきるというとになってしまう。やりきったら、一分だって鳴らさなかった気分のままなんだよ。その日、二〇回文句を言われて、二〇回怒ったとしても、なにもなかったということになってしまう。そういう毎日の繰り返しだ。他人が理解するにしても、それは、やられなかった人が、「そういうことがあったんだ」と理解するだけで、実際の経験がともなってない。実際の経験とそういう知識はぜんぜんちがう。俺は戦争に行ったことはないけど、テレビドラマに出てくる戦争と実際の戦争がちがうようにちがう。気違いヘビメタが鳴っているということを理解したとしても、そんなことでは、気違いヘビメタによってしょうじる障害や変化を理解できない。もちろん、「エイリが言っているだけ」に聞こえる人もいるだろう。これ、ちがうんだよな。こんな人生ない。

ポジティブ心理学は、ヘビメタ騒音の被害者を追い詰め、殺す


夢の世界から現実世界に帰ってきたのだけど、さみしいね。
挨拶だけのSNSでも続けていたほうがよかったか。
にしても、この、「なげだされ」感がすごいなぁ。
ほんとうにヘビメタ騒音で、何十年もかけて、孤独になってしまった。それはそうなる理由がある。ヘビメタ騒音で、そうなる。必然的にそうなるのだ。ただ、他の人は、ヘビメタ騒音の連続が……十数年の連続が……十代の九年間の連続が……どういう意味を持つか、わからないのだ。これ、ほんとうに、必然的に友をなくすようになっているのだ。ヘビメタ騒音を実際に経験したのはぼくだけなので、どれだけ親しい友人も、その点では、わかってない人間のほうに入るということになる。気違い兄貴は無視して、まったくやってないつもりで、頑固にすべて時間、気違いヘビメタを鳴らしまくったけど……。ものすごい効果がある。ほんとうに、気違い兄貴にちょっとでもわかりやすいように言うと、「ハンダゴテの日」を繰り返しているようなものなのだ。いや、「ハンダゴテの日」よりももっとひどい日を繰り返しているようなものなのだ。気違い兄貴が、気違い親父とおなじ(構造の)頭を持っているので、それがわかってないだけだ。ほんとうに、気違い親父にやられてくやしかったことを、俺にやり返している。行動や原理がおなじだ。で、気違い親父の行動や原理、と、気違い兄貴の行動や原理は、他の人にはわからない。結果、俺だけが悪く言われることになる。俺だけが、「わかったようなこと」を突きつけられるような話になる。ポジティブ心理学?の定義はしないけど、たとえば、認知療法やアドラー心理学や精神世界のいろいろな法則のたぐいをポジティブ心理学と仮に言うとすると、ポジティブ心理学は、ヘビメタ騒音の被害者を追い詰め、殺す。そういう力(ちから)がある。これ、ほんとうに、神が悪いんだよな。神が、人間をそういうふうに作ったとしかいいようがない。

ポジティブ心理学者?あるいは、ポジティブ心理学信者が言ったことをこころみてみると、一〇〇%の確率で非常にネガティブなことが起こるのである。こういうときは、ユングのシンクロニティー(共時性)を信じたくなるよ。まあ、(フロイト的な)無意識も関係している思うけど……。「どうしてこのタイミングでこうなる?」みたいなものは、(フロイト的な)無意識だけでは説明できないからな。

ポジティブ心理学が死に追い込むのは、ヘビメタ騒音被害者だけじゃない。頭がおかしい家族に長期間やられた人は、みんな、ちまたにはびこるポジティブ心理学の「負の影響」を受けて、死んでしまう。神がおかしい。神がまちがっている。このプロセスを説明するのは強烈にむずかしいけど、説明するしかない。

2019年8月20日火曜日

ネズミが出た。いま、居間にいる。



ネズミが出た。いま、居間にいる。あーー、もう、いやだな。ほんとうに、親父が何十日もかけて餌付けしたからこうなっている。入れる穴があいてたとしても、マグロの粕漬けで餌付けをしなければ、入ってこなかった。これ、ほんとうに、何十年も入ってこなかったわけだから、マグロの粕漬けを出したまま寝るというような行為が数十日にわたって繰り返されなければ、ネズミは入ってこなかった。
あとは、一匹目を見つけたときに、俺が「プロにたのもう」と言ったのに「俺がつかまえるからいい」と気違い親父が怒って言うので、初期段階でプロにたのむことができなかった。ネズミの糞とネズミの小便がマーカーの役割をしていて、ネズミの糞がありネズミ小便くさいところには、ネズミがよってくる。
どれだけ、生ゴミを出さないようにしても、一度こうなったら、ネズミの糞を排除するまでダメだ。まあ、完全にふさげればいいんだけどね。
完全にふさいだとしても、ネズミの糞をほうっておくわけにはいかない。親父の「俺がつかまえるからいい」プランだと、ネズミの糞をずっとほうっておくプランなのだ。親父はネズミの糞なんて一切合切気にしないわけだから。これ、ほんとうに困るんだよな。ネズミの問題は、ネズミの問題だけではなくて、ダニとナメクジの問題でもあるのだ。こういうこともわかってない。俺だって、ネズミの侵入を受けてから、わかったことだけど。
ネズミのばい菌にやられて本人は入院しているからいいけど、俺は、いまだにネズミの糞対処、ネズミ侵入経路の対処をしなければならない。そして、これが肝心なんだけど、すべての場所に「親父トラップ」がある。で、親父トラップのせいで、業者に対応してもらわないと、だめな部分がある。ネズミの侵入口を、ふさげない。たとえ、二〇個の穴をふさいだとしても、二一個穴があいているなら、ネズミは入ってくる。
あとは、ネットでは書けないことがある。それが原因で、プロにたのみにくいのだ。
気違い兄貴のヘビメタ騒音で、睡眠回路を壊されているので、プロの活動時間である午前一〇時から午後七時ぐらいまでの時間帯に、俺が眠っている日がある。いまも、ほんとうは電話をかけたいのだけど、午前五時四三分なので、電話をかけられない。二四時間受付のところも、実は、自動アンサーリングフォンなので、意味がない。
普通の人が活動している時間、眠っているとき、俺がいい気分でいるかというとそうじゃないのだ。これ、破滅破綻の時間で、猛烈にくるしい。で、そういう時に、親父の入院のあれこれで、二四時間起きているような状態で外に出なければならないのだ。この、二四時間起きているような状態で動くというのがくるしい。それは、気違いヘビメタ騒音にやられていたときとおなじだからだ。気違いヘビメタ騒音に毎日七時間以上さらされていたら、だれもが、眠るべき時間に眠れなくなる。「騒音」だとしたらそうなる。もちろん、気違い兄貴にとっては「騒音」ではないので、神経が逆立って眠れないということはない。けど、それは、感じ方の問題で片付く問題ではないのだ。これを、あたかも、感じ方の問題で片付く問題であるかのように記述するやつや、そういう意見を持っているやつは、ゆるせない。ほんとうに、どれだけ、腹が立つか?? おまえだって、気違いヘビメタに実際ふれれば、眠れなくなる。日中、ヘビメタ騒音をあびているのに、夜、眠れなくなる。実際には、午後一一時一一分まで鳴っているわけだから、日中から午後一一時一一分ということになる。「騒音」だと感じているのであれば、無理だ。眠れなくなる。気違い兄貴にとっては、どれだけデカイ音でも、騒音じゃないんだよ。気持ちのいい音だ。だからこそ「感じ方の問題だ」と言えるかというとそうじゃないんだ。これが、頭が悪い人にはわからない。

あーー、もう、いやだな。ほんとうに、親父が何十日もかけて餌付けしたからこうなっている。入れる穴があいてたとしても、マグロの粕漬けで餌付けをしなければ、入ってこなかった。これ、ほんとうに、何十年も入ってこなかったわけだから、マグロの粕漬けを出したまま寝るというような行為が数十日にわたって繰り返されなければ、ネズミは入ってこなかった。
あとは、一匹目を見つけたときに、俺が「プロにたのもう」と言ったのに「俺がつかまえるからいい」と気違い親父が怒って言うので、初期段階でプロにたのむことができなかった。ネズミの糞とネズミの小便がマーカーの役割をしていて、ネズミの糞がありネズミ小便くさいところには、ネズミがよってくる。
どれだけ、生ゴミを出さないようにしても、一度こうなったら、ネズミの糞を排除するまでダメだ。まあ、完全にふさげればいいんだけどね。
完全にふさいだとしても、ネズミの糞をほうっておくわけにはいかない。親父の「俺がつかまえるからいい」プランだと、ネズミの糞をずっとほうっておくプランなのだ。親父はネズミの糞なんて一切合切気にしないわけだから。これ、ほんとうに困るんだよな。ネズミの問題は、ネズミの問題だけではなくて、ダニとナメクジの問題でもあるのだ。こういうこともわかってない。俺だって、ネズミの侵入を受けてから、わかったことだけど。
ネズミのばい菌にやられて本人は入院しているからいいけど、俺は、いまだにネズミの糞対処、ネズミ侵入経路の対処をしなければならない。そして、これが肝心なんだけど、すべての場所に「親父トラップ」がある。で、親父トラップのせいで、業者に対応してもらわないと、だめな部分がある。ネズミの侵入口を、ふさげない。たとえ、二〇個の穴をふさいだとしても、二一個穴があいているなら、ネズミは入ってくる。
あとは、ネットでは書けないことがある。それが原因で、プロにたのみにくいのだ。
気違い兄貴のヘビメタ騒音で、睡眠回路を壊されているので、プロの活動時間である午前一〇時から午後七時ぐらいまでの時間帯に、俺が眠っている日がある。いまも、ほんとうは電話をかけたいのだけど、午前五時四三分なので、電話をかけられない。二四時間受付のところも、実は、自動アンサーリングフォンなので、意味がない。
普通の人が活動している時間、眠っているとき、俺がいい気分でいるかというとそうじゃないのだ。これ、破滅破綻の時間で、猛烈にくるしい。で、そういう時に、親父の入院のあれこれで、二四時間起きているような状態で外に出なければならないのだ。この、二四時間起きているような状態で動くというのがくるしい。それは、気違いヘビメタ騒音にやられていたときとおなじだからだ。気違いヘビメタ騒音に毎日七時間以上さらされていたら、だれもが、眠るべき時間に眠れなくなる。「騒音」だとしたらそうなる。もちろん、気違い兄貴にとっては「騒音」ではないので、神経が逆立って眠れないということはない。けど、それは、感じ方の問題で片付く問題ではないのだ。これを、あたかも、感じ方の問題で片付く問題であるかのように記述するやつや、そういう意見を持っているやつは、ゆるせない。ほんとうに、どれだけ、腹が立つか?? おまえだって、気違いヘビメタに実際ふれれば、眠れなくなる。日中、ヘビメタ騒音をあびているのに、夜、眠れなくなる。実際には、午後一一時一一分まで鳴っているわけだから、日中から午後一一時一一分ということになる。「騒音」だと感じているのであれば、無理だ。眠れなくなる。気違い兄貴にとっては、どれだけデカイ音でも、騒音じゃないんだよ。気持ちのいい音だ。だからこそ「感じ方の問題だ」と言えるかというとそうじゃないんだ。これが、頭が悪い人にはわからない。

2019年8月19日月曜日

言わないことで現実がかわるか?


あと、言ったってしかたがないという人がいるけど、言わなくたってしかたがないんだよ。言わないことで現実がかわるか?

俺は、この世で起こったことを記述する義務がある。長期騒音の効果(負の効果)について絶対に記述しておかなければならない。人類に対する俺の義務だ。こういうとが繰り返されてはならないのだ。家族騒音に関しては、もうちょっとちゃんとした法律を作る必要がある。長期騒音は、殺人級の悪いことなのである。人を自殺に追い込むようなことなのである。人の人生を破壊するようなものなのである。

ひどい人だと、「あのとき、親がこういうアドバイスをしてくれなかった」「あのとき、カウンセラーがこういうことを言ってくれなかった」と人のせいにしておきながら、他の人には「自己責任自己責任」と念仏のように繰り返している人がいる。
アドバイスをしてくれなかったにしろ、自分で判断して、自分が選択したのだ。こういう意味でなら、ほんとうに「自己責任」だと思う。自分が選択をしたわけだから。こういうひとは、たとえ、親がアドバイスをして、親が言ったとおりに動いた(洗濯した)にしろ、あとで文句を言うと思う。「カウンセラーがこういうふうにしたほうがいい」と見ちびていくレなかったと言うことについて文句を言っている人も、自分が選択したと言うことについて、わかってないところがある。こういう人も、カウンセラーが言ったとおりに動いた(洗濯した)にしろ、あとで文句を言うと思う。言ってくれなかったことについてあとで文句を言う人は、言ってくれた場合もあとで文句を言うと思う。
アドバイスがあったにしろ、なかったにしろ、自分が選択したのだから、ほんとうは文句を言えないはずだ。そういう意味では、たしかに自己責任だと思う。けど、それと、ヘビメタ騒音はちがうのである。アドバイスととヘビメタ騒音はちがうのである。こういうことがわかってない。

もともと、さみしい気持ちで歩くわけだけど、ガス欠になってしまう


とは言え、
まず、松屋にミニ牛丼を食べに行き、じゃなかった。
まず、ローソン100に行き、入院セットの振り込みをして、食べ物を買った。
そのあと、松屋に行ってミニ牛丼を食べた。
で、帰って、シャワーを浴びた。
で、しばらく文章を書いたり、ブラウジングしていたりした。
(なんとしても、ブログなどを見る時間は少なくしなければならない。)
いつのまにか、朝になったので、洗濯をした。
で、干した。

俺はどうしようかな。めんどうくさいんだよな。
来週というか、今週はいそがしくなりそうだな。
いやな用事で、つかれそうだ。
ところで、たとえば、ぼくが電車に乗って、秋葉原に行ったとしても、ぼくはおもしろくないのだ。破滅破綻の道を歩かなければならない。ヘビメタ騒音でへこんでいる。秋葉原を歩くときも、いつも、ヘビメタ騒音のことで真っ暗闇だった。ぼくのこころね。昼間でも、真っ暗闇なんだよ。
まあ、こういうことは、ここには書かなかったけどね……。
これを書くと、すごく人が減る。いいよ。べつに……。去れ、減れ。

そんなことよりも、ぼくのやる気をどうにかしたいのだ。
なんかこう、いっぱいになっている。
もともと、さみしい気持ちで歩くわけだけど、ガス欠になってしまう。
これは、やばい。けど、人に会うとか(本来は楽しいことが)ガソリンにならない。
くるしいまんまなんだよな。
ヘビメタ騒音以降、どこを歩いていてもくるしい。

2019年8月18日日曜日

俺がどういう気持ちで、養命酒の横のネズフンを片付けたか?




そう言えば、セブンイレブンの豚汁(レトルト)があるはずなので、ご飯にそれをかけて食べようと思った。しかし、豚汁がない。どこかにおちている。探さなければならない。

う、なんだこれは?」と思った。なんか、コンビニの袋にやわらかいものが入っている。
これは、しっとりリンゴのケーキという菓子パンだ。忘れてた。そう言えば、昨日の夜というか、今日の午前三時ぐらいに、ローソン100に行って買ったんだった。そして、その袋のなかには、弁当の焼きそばが入っていた。これも、ローソンで買ったんだけど、そのときは、食べたかった。実は、焼きそばを買って帰ってから食べるか、松屋で牛丼を食べるか迷っていたのだ。で、けっきょく、牛丼を食べたあと、焼きそばは冷蔵庫に入れて保存するつもりだった。が、冷蔵庫に入れ忘れた。
「室温約三〇度。買ってから約一六時間。大丈夫だろうか?」と思って臭いをかいだけど、大丈夫そうだったので、食べた。

ともかく、探さなければ。あとは、居間のサイドボードの下に、アルコール消毒液をガンガンかけないとダメだ。あそこは、うまくかからない。だいたい、サイドボードをひとりで動かすことができない。だから、サイドボードの下には、たぶんネズフンがおちている。うー、考えたくないけどそうなっていると思う。どのくらいおちているかというと、時間経過から考えて、相当におちていると思う。考えたくないけど、多分そうだ。まず、サイドーボードを動かすには、サイドボードの上に置いてあるサイドボードを動かさなければならない。これは、サイドボードと言うよりも、たぶん、食器棚なんだろうな。食器棚を動かすには、親父が四六年ぐらい前に買った、養命酒を動かさなければならない。けど、この養命酒を動かしたくない。四六年分のほこりがつもっている。中身が入っているので、中身を捨てて、ゴミの日に出さなければならないのだけど(たぶん、ガラスの資源ゴミ)その作業をしたくない。まあ、ガラスではあるけど、養命酒成分が瓶の内側についている場合は、不燃ゴミになる。けど、不燃ゴミとして捨てるとなると、「それは、資源ゴミだろ」と思って、(清掃作業員が)持って行かないかもしれない。ともかく、さわりたくない。あれずっと邪魔なんだよな。俺がどういう気持ちで、養命酒の横のネズフンを片付けたか? これが、けっこうおちていて、マスクをしているのに、むせながら、片付けた。あの食器棚も、実はアルコール消毒液には弱い。幸いなことに、その食器棚の中はきれいだ。ガラス戸がついていて、しめられていたので、ネズミが入らなかった。

と、ここまで書いているときに、アマゾンからの届け物がきた。これは、キンチョールの殺虫剤だ。ほんとうは、居間では、殺虫剤は使いたくないけど、ダニを殺すために使う。この殺虫剤は、ハエとかゴキブリを殺すためのものだけど、実は、ダニにも効く。
居間に置いてある食事関係のものを、全部、ケースに入れて、ほかの部屋にうつして、殺虫剤をたたみ(ゆか)にまく。


にしても、養命酒が邪魔。あれ、ほんとうに、いやなんだよな。ほんとうに46年前からずっとそこに頓挫しているからな。あれは、若い頃の気違い親父のようすを思い出してしまうものなので、俺からすると、「けがれている」。そうじゃなくても、まわりにネズフンがおちていて、いやな雰囲気だった。ネズフンを俺がどういう気持ちで、撤去したと思っているんだ? ネズフンだって親父がまき散らしたようなものなんだぞ。魚の粕漬けで、餌付けしやがって。(ほんとうに、入れる穴があったとしても、そういうエサがなければ、ネズミは入ってこない。俺が穴というかいろいろな隙間をふさいでいく過程で、気がついたことなんだけど、ほんとうに、親父が粕漬けを出したまま、眠るということを何十日もする前は、隙間があったにもかかわらず、ネズミなんて入ってこなかった。何十年もそうだよ。で、ネズミの入っている穴をふさごうとしたら、穴がたくさんあることに気がついた。一番でかい穴は、親父の部屋の押し入れの床がおちたことによって生じた穴なんだけど、これは、穴と言うよりも、隙間と言うよりも、……なんて言えばいいのだろうか? ともかく、デカイ。おしいれの床がおちたら、どうにかしようと思うよな。

「自己責任」「自己責任」と言っている人は、気分だけの人なのである


つまんない。ほんとう、どうしようかな。
これ、俺がどれだけ時間を損しているか?
気違い兄貴のヘビメタ騒音という他の人にはないハンディでどれだけ俺が損をしているか?
俺の基本的な能力が損なわれたか? 俺の基本的な人格が損なわれたか?
これ、ほんとう、あれだけのことをして、ほんとうに「やったつもりがない」わけだからな。兄貴は。で、常に毎日、そういう「ノリ」でやってた。常に、毎分毎秒、毎時間、そういう「ノリ」でやってた。気違い親父とおなじで、そういう「ノリ」でやったことは、全部「なし」なのだ。こんなのはない。けど、実際そうだ。こだわりつくしてやったのに、あたかも「まったくやってない」という態度だ。本人のつもりとしてはほんとうにやってないつもりなのである。じゃあ、やっているときに「やめてくれ」と言えばすむかといえば、すまない。だから、こまる!! どんだけの意地で鳴らすか!! 他の人にはこれがわからない。そして、気違い兄貴本人がまったくわかってない。それは、ハンダゴテのことで文句を言われた親父が怒り狂っているだけで、自分が押しつけたこというとがわかってないのとおなじだ。絶対の意地で、相手がなにを言っても、否定語を繰り返し、絶対に認めずに、押しつけたのだ。けど、それがわかってない。使えなかった」と言われたときは、また、おなじように否定語を繰り返して、怒り狂って認めない。だから、そういうことを、何万回、何十万回、何百万回繰り返しても、本人だけは「やったつもりがない」ままなのだ。こういう「日常」。こういう、日常。あり得ない。あり得ないけど、うちでは普通に、毎日、一年三六五日中、三六五日、そうなのだ。それがあたりまえ。一日二四時間中、いつもそうなのだ。それがあたりまえ。言っておくけど、「一日二四時間中、いつもそうだ」というのは、行きすぎた一般化じゃない。イ・ラショナルシンキングじゃない。これを、イ・ラショナルシンキングだと考える方が、イ・ラショナル。これがわかってないんだよな。はっきり言えば、俺が一一歳の時点で、「緊急を要する問題」だった。俺が一一歳の時点で「緊急介入」するべき問題だった。けど、「家の中の問題は家の中で解決してください」……「家族で話し合ってください」と言われておしまいだった。
あんな音で鳴らしているうちはどこにもない。気違い兄貴だって、嫁さんには一秒たりとも、自分のヘビメタ騒音を聞かせてないのだ。「よそのうち」にいったら、嫁さんや嫁さんのお父さんお母さんがこわくて、ならせなくなった。それならば、うちでも、一日中我慢することができるんだよ!! これ、気違い親父とおなじでまったく気がつかないんだよな。いま言われたって、気がつかないよ。「そんなのはどうでもいい」と思っていやがる。頭にくる。頭をかち割ってやりたいほど、頭にくる。
そして、たとえば、ぼくが「頭をかち割ってやりたいほど、頭にくる」と書くと、ヨソの人から、「エイリさんはこわい」と思われる可能性があるのだ。そりゃ、そういうふうに思わない人もいるかもしれないけど、思う人もいるかもしれない。実際、そういうふうに思った人が過去、存在した。なので、これは、「そういうふうに思われる」というような「妄想」ではない。けっきょく、だれも……俺以外のだれも……やられてないので、ほんとうのことは、わからない。あれ、午後四時から午後一一時一一分まで、三〇分間の休憩をぬかして、鳴らされ続けたら、午後一一時一一分から眠れなくなるということがわかってない。これ、実際にやられたら……あの至近距離で、あの音のデカさで、やられたら、だれだって、眠れなくなる。そうなると、一日目から、次の日が「ピンチ」になる。次の日がものすごくきつくなる。一〇〇日やられたときと、一〇〇〇日やられたときは、ちがう。これがわかってないんだよな。三〇〇〇日つもったときと、四〇〇〇日つもったときが、ちがう。体力も気分もちがう。否応なく、憂鬱になったり、怒りやすくなったりする。けど、キレイゴトを言うやつらは、そういう効果をまったく無視して、俺の元の性格が悪いから(不適切だから)憂鬱になったり、怒りやすくなっていると考えるのだ。ヘビメタ騒音の影響がでかいと言っているのに、「過去のことは過去のことだから関係がない」という理論で、俺をディする。これは、ほんとうに、やっているやつらは、これまたつもりがないかもしれないけど、これこそ、ディするということなんだよ。悪口を言うということなんだよ。こういうやつらは、俺が兄貴や親父の悪口を言っていると思うのだ。こんなのない。こんなのは、ない。どこまで人をバカにするのか?

実際にやられてない人は、一日やられたとき、一〇〇日やられたとき、一〇〇〇日やられたとき、二〇〇〇日やられたとき、三〇〇〇日やられたとき、四〇〇〇日やられたとき、五〇〇〇日やられたときの、ちがいがわからない。言っておくけど、「連続だから」な。一回一二〇〇日あたりで切れているけど、その一日だけをぬかして、そのあとは数千日にわたって、ほんとうに連続して、最短でも夜の一一時まで鳴らしていた。これも、家の前がデカイデカイ幼稚園で、よその家が離れていたからできたことだ。俺のことだけ無視すれば、自分がやりたい音でできたのである。で、「うちでは」絶対の意地で無視して、絶対の意地で無視しているということを、絶対の意地で無視するということで、やりきることができる。これは、親父が兄貴に先行して、一五年間毎日やっていたことだ。「うち」では、なじみがあることなのである。兄貴がやり始めたことじゃないのである。「うちではあたりまえだった」ことなのである。さらに、やっている張本人は……気違い的な意地でやっている張本人は、どれだけ言われても、自分がやっていることに気がつかないということも、うちではあたりまえのことだった。これ、本人の努力でかえられるはずがない。本人というのは、俺のことだ。俺が親父や兄貴に働きかけて、かえられることじゃないのである。それなのに、あたかも、俺がちゃんと説明しなかったからだめなんだという「イ・ラショナル」な考え方をするやつがいる。そういうやつは、「無限自己責任」を俺に押しつけている。人に、「無限自己責任」を押しつけるやつってどういう頭をしているんだろうね? 人に押しつけているんだよ。俺はそいつから見て、他人だから、人に押しつけている。これは、実は「自己責任の精神」に反するのである。他人の責任を無限に追及している。なじっている。無茶なことを言っている。範囲がちがう。自分のことだけ考えていればよいのである。「自分の場合は自己責任だ」と肝に銘じて動いていればよいのである。生き続ければよいのである。他の人の身に起こったことが、その人の責任なのかそうじゃないのかなんてことは、関係がないのである。自分のことだけ考えていればいい。そして、常に、自分の場合は自己責任なのである。……けど、これは、たてまえで、「自己責任」「自己責任」と言っているやつが、自分の身に起こったことをほんとうに自分の責任だと思っているかというとそうではないのである。そうではないということは、彼らの言動を見ればすぐにわかる。この「自己責任」「自己責任」と言っている人は、気分だけの人なのである。「自己責任」「自己責任」と言っているときだけ、そういう気分になっている人なのである。彼らは本人は気がつかないのかもしれないけど、いろいろなことについて、自分の責任ではないということを主張している。気がついてないだけ。まあ、まれにそういうことがわかっている人もいるけど、ほとんどの人が(ほとんどの自己責任自己責任と言っている人が)ほんとうは、自分の身に起こったことについて他者の責任を追及している。あるいは、自分の身に起こったことじゃないことについて他者の責任を追及している。ここらへんは、親父や兄貴とちょっとだけ似ている。あくまでも、ちょっとだけな。すごく似ているなんて言わない。誤解のないように。

ちなみに、北朝鮮がミサイルを撃ったら「すべては自己責任」と言っている人の責任だ。北朝鮮の最高指導者の責任ではない。「すべては自己責任」と日頃から言っている人の責任。本人が「すべては自己責任」と言っているのだから間違いない。A国とB国が戦争をしたら、そいつの責任だ。かつて、日本とアメリカが戦争をしたことがあるけど、それも、当時存在しなかったそいつの責任だ。「すべては自己責任」なのだから、そいつの責任だ。自分の力がおよばないところで、なにごとかが起こったら(発生したら)それは、そいつの責任なのである。火山が爆発したら、そいつの責任だ。そいつは、自分の力がおよばないことを含めて「すべては自己責任(自分の責任だ)」と言っているのだから、そういうことになる。

   *   *   *
もちろん、「すべては自己責任」と自分に言い聞かせるような、まともな人もいる。他の人に向かって「すべては自己責任」という言葉を放っていながら、自分は、他人の責任を追及してばかりだという甘えたやつもいる。こいつは甘えていると思う。甘えだ。甘え。

「すべては自己責任」と自分に言い聞かせる人はまともだということを書いたけど、その人にしたって「言い聞かせている」のである。どういうことかというと、一度は、人のせいにしたあと、「すべては」自己責任だと思い直しているということだ。

「他者の行為の結果、そうなった」という認知が「一度は」成り立っているのである。けど、他者の行為の結果そうなったにしろ、(自分に関係していることなので)自己責任(自分の責任)なのである。他者の行為をゆるしてしまったという責任が生じていると考えているのである。

だいたい、「人のせいにする」というのは、ネガティブな言葉で、それ自身が価値観を含んでいる。人のせいにするというのは、ほんとうは、その人のせいなのに、その人が他の人のせいにしているという認識の上に成り立っている言葉なのだ。だから、最初から、ネガティブな言葉だ。

しかし、「人のせいにしない人」も含めて、実は、他人の行為について考えているのである。他人の行為がこういう結果をもたらせたという(コーザリティー)を考えている。

2019年8月17日土曜日

電子レンジでご飯を温めるとき、金属のスプーンを入れるという儀式に親父がこだわってこたわって(こまった)

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2019年08月17日17時09分57秒
喉がかわいて起きてしまった。
水分補給した。
しかし、どうしたものだ?

暑い。
まあ、冷房があるからね。
けど、ぼくはあんまり冷房に強い方じゃない。

やばいことに、寝る時間がだいたい午前九時から午後七時ぐらいのあいだにおさまっている。これが続いている。これは、やばい。ぼくにとってはあり得ないことだけど?二週間近くこの状態が続いている。ちょうど、他の人に合わせて動かなければならない時間帯が、睡眠でふさがっている。中心的な睡眠時間の前後二時間は、動けない状態なので、やばい。

あとは、親父が呼び込んだネズミのせいで、ダニが発生している。で、親父の部屋のゴミを片付けたときに……。木曜の不燃ゴミの日に、一度出したものが返されたとき(持って行かなかったとき)……。けっきょく、一度袋に入れたものを出して、入れ直さなければならなかったとき……ダニにやられている。で、居間でやったから、居間がダニ地帯になってしまったみたいなんだよな。
(進入路をつぶすために)プロにたのんだほうがいい……俺がつかまえるからいい(20回、30回おなじ会話?)
これ、「俺がつかまえるからいい」と親父が言っているとき、親父は怒っているんだぞ。頭がおかしい。
けっきょく、親父はネズミの小便とネズミの大便は無視していたので、現在の状態にいたっている。俺が、どんな気持ちで、親父の部屋にあるネズミの大便を片付けたと思っているんだよ? ものすごい量のネズフンがあった。で、親父の部屋の押し入れが、ひどかったんだよ。不燃ゴミにまとめて入れたから……。そりゃ、だって、ネズミの糞がついているものを可燃ゴミに入れるというのは抵抗があった。ともかく、その作業中に、「強烈にかゆいダニ」にされている。

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電子レンジでご飯を温めるとき、金属のスプーンを入れるという儀式に(気違い親父がこだわって)やめさせることができなかった。何十回でも、何百回でも、そうする。親父が電子レンジでご飯を温めるときは、なぜだか、ご飯に金属のスプーンをさして、温めようとするのだ。で、これ、何回言っても、とめられない。好きにさせるしかない。けど、あぶないだろ。金属のスプーンなんだから。ちゃんと、あぶないと言うことを言い聞かせればやめてくれると普通の人は思うだろ。けど、ちがうんだよ。聞かない。頭がおかしいから、自分が思いついたやり方でやる。自分が思いついたやり方に対する気違い的なこだわりがすごい。「爆発する可能性があるからやめろ」「スパークする可能性があるからやめろ」と言っても、聞かない。「爆発なんてしないよ」とか言いやがる。で、見てたんだけど、たしかに爆発はしなかった。けど、可能性はあるんだよ。爆発する原理を説明するのは、けっこうむずかしいんだけど、説明したって理解しない。気違い親父側に、金属のスプーンを入れなければならない理由があるかというと、ないのだ。親父が思いついたことで、親父自身も、どうしてやるのか?ぜんぜんわかってないのだけど、ともかく、そういうことにこだわってそうする。で、「やめてくれ」と言っても、聞かない。何十回言っても聞かない。そういうことになっちゃうんだよ。他の人はわからないのだろうけど。
で、これは、脳梗塞の影響や認知症の影響じゃない。親父がわかいときの方が、ひどかった。どんだけの威力があるか。他の人は、頭がおかしいやつの「踏ん張り」を知らない。これ、気違い的な父親にたたられたことがない人だと、ぜんぜんわからないんだよな。そういう幸せな人が、親子フレームを持っていると、気違い的な父親にたたられた不幸な人を、悪く言い出す。これも、不幸だよな。悪が援助され、正義がくじかれるわけだから。しかも、親子フレームにのっとって、そういう発言をする人は、普通の行為をしていると思っているわけで、悪を援助しているつもりがないんだよな。これもおかしい。けど、気違い的な父親にたたられた人と、気違い親父にたたられてない人の割合を考えると、圧倒的に気違い的な父親にたたられてない人のほうが多い。
男の子の場合、父親が適切なロールモデルにならないということが与える影響はデカイ。自分を虐待してくる気違い的な父親が適切なロールモデルになるわけがないだろ。もう、こういうところでも、話しがちがってしまっているんだよな。

2019年8月15日木曜日

やられた人間が、ほかの人間から(外部の人から)悪く言われることになってしまう


また、カツサンドを食べようかな?
しかし、セブンイレブンは「食べて応援」協賛企業だからな。
料理ができなくなってから、金が掛かるなぁ。

やっぱり、台所ははやいところ、バルサンをやらないとダメだ。台所に立つことができないとなると、やはり、食費が掛かる。
しかし、ほんとう、気分的につんでるなぁ。考えることがヘビメタ騒音のことばかりだ。ヘビメタ騒音と、ヘビメタ騒音話に対する外部の反応について考えてしまう。外部の反応って、リアルの話しだ。

どうしても、追い込まれていくしかないんだよな。これ……。気違いがまったく気にしないでやるとなると、やられた人間が押し出されることになってしまう。やられた人間が、ほかの人間から(外部の人から)悪く言われることになってしまう。

それが、毒・疲労系の話しだ。もちろん、毒・睡眠障害系の話もある。これ、騒音と書いているけど、騒音は騒音だけの問題じゃないのである。一日に七時間、週に六〇時間以上続く騒音というのは、騒音の問題というよりも、生活全部の問題になる。実は「生活」ではなくて「性格」の問題にもなる。そりゃ、人知れずやられているわけだから、問題になる。

兄貴は感覚を書きかえることができるズレた人なのだけど、そういうズレた人にやられると、やられた人が、信用を失う。他の人からの信用を失う。これ、事実。気違いという言葉は使いたくないのだけど、あれだけでかい音で鳴らして、たいしてデカイ音で鳴らしてないと思っている兄貴は、正真正銘の気違いだ。

どうして、勝手に自分の感覚を書きかえることができるのか? 感覚器をだましてしまうわけだからな。自分がやりたいと思ったら、それに付随する問題は、全部ないことになってしまう。

それが、兄貴のやってきたことだ。こだわりつくしてやってきたことだ。すべての可能な時間を使ってやってきたことだ。すべての可能な時間の累積が、半端じゃない。すべての可能な時間の累積……期間の長さが、他の人には、これまた、感覚的にわからない。どれだけつもるかわからない。

だから、「過去のことなら関係がない」などと、(そっちから見れば正しいことなのかもしれないけど)こっちから見ると、相当に間違ったことを言いやがる。ひとごとだと思って、軽く見積もりやがって……。けど、そういうことを言うと、大半の人が、「軽く見積もる人」だから、そういう人からは嫌われる。

こういうことだって、気違い兄貴が、感覚を書きかえて、気違い的な意地でずっとずっとずっとやり続けなければ、生じなかったことなんだぞ。半年でやめてくれたら生じなかったことなんだぞ。十代の九年間をとられて、いいわけがないだろ。どんだけ、人生に影響を与えると思っているんだよ?

2019年8月13日火曜日

ほんとうにどれだけのことが積み重なったか


さみしいよな。ついにこうなったか? ほんとうにヘビメタ騒音で人生がない。ぜんぜんちがう人生だったと思う。しくみは詳しく書けないけど、ヘビメタ騒音をやられてない人とヘビメタ騒音をやられたぼくとのあいだにはものすごく深い溝がある。体験的な溝だから、わからない。

一四年間、毎日ヘビメタを浴び生活をしないとわからない。いや、七年でいい。七年間……。友達とも、意見の違いでわかれることになる。こういうことも、他の人にはわからないだろう。ほんとうにちょっろっと普通の意見を言う人は、それがどんだけ困難なことかわかってないのだ。

俺は、そういう人たちの意見と同じような意見を実行してきて、だめになったのだ。これがわからない。わかってない。普通の意見と書いたけど、ヘビメタ騒音の威力を小さく見積もると、そういう意見になる。普通の意見と書いたけど、まあ、ポジティブな意見だ。「どうにかしよう」という意見だ。「どうにかする」のは、ヘビメタ騒音生活を続けながら、あるいはヘビメタ騒音後遺症生活を続けながら、「どうにかする」ということであって、無理なことなのだ。体験がないから「無理なことだ」ということがわかってない。

ほんとうにどれだけのことが積み重なったか。

気違いが気違い的な意地で毎日、気違い行為を続けると、やられた方がどういう目に遭うか? 他の人からどういうあつかいを受けるようになるかわかってない。他の人は、ヘビメタ騒音生活が実際に続いた場合の話もわかってないけど、気違いによるヘビメタ騒音だということが根本的にわかってない。そして、親父も気違いだということがわかってない。

うちでは!気違いが意地を通すと、意地が「とおった」。

それが毎日あたりまえだった……これがわかってない。

しかも、気違い的な意地でやったやつは、気違いだから「まったくやったつもりがないまま」なのだ。こんなのは、ない。けど、ある。実際、うちでは毎日そうだった。気違い親父が意地を通して、気違い行為をやるのがあたりまえだった。

とめようとしても、殺さなければとめることができないような状態だったんだ。

これもわかってない。さらに、台風の目なのか……気違い行為を気違い的な意地でやったやつが、気違い的な意地で、気違い行為をやってないと言い出す。無責任。無責任の極地。けど、それが「あたりまえ」なんだよ。うちでは!!あたりまえ。

どんだけ、他の人の常識を覆す親だったか。ほんとうに、気違い親父の姿を家族として小さいころからみた人じゃないとわからない。感覚がちがうんだよな。(ヨソの人とうちの人ではここらへんの感覚がちがう。)気違い兄貴がやったことは、気違い親父がやったことのコピーなんだよ。やり方がおなじなんだよ。感覚がちがう。普通の人と、気違い兄貴の感覚は、ちがう。だから、「そうじゃない」という前提でヨソの人は、俺に意見を言う。ポジティブな意見を言う。

それは、やられてないから言えることだ。

比喩的な表現だけど「毒を飲まされてないから言えること」だ。ちがうんだよ。毒を飲まされてない普通のからだだと思って……こっちが普通のからだだと思って……建前として正しいことを言う。それが、ポジティブなことだ。ポジティブな解決法。

そういうことにこだわって?俺が、どれだけ傷ついてきたかわかってない。それは、言ってみれば、毒を飲んでいるからだでがんばって、毒の効果をあげてしまうことなのだぞ。毒で体力がおちているのに「もっとしっかりしないとだめじゃないか」と言われるようになるんだよ。毒で起きれない状態になっているのに「遅刻しちゃ、だめじゃないか」と言われる状態になるんだよ。

きちがい行為なんてそいつの気分でやっていることで、「やる必要があること」ではないのだ。実際には「やる必要がないこと」だ。

けど、気違いにそういう話しが通じるかというと通じない。気違い的な意地で、やり通す。すべてを無視してやり落とす。時間がたてば、すべてを無視してやり通したということを、すべてを無視して否定する。頭がおかしいからできることだ。

けど、そういうスイッチが入っている。これは、常に入っている。気違い野郎がきちがい行為を夢中になってやるときは、常にそういうスッイチが入っている。どれだけの自分勝手か? ほんとうに頭がおかしいレベルで、「自分の気持ちだけ」なんだぞ。気違い兄貴の場合は、「ヘビメタをデカイデカイ音で思いっきり鳴らしたい」という夢があった。

だから、そうした。

夢中になって夢を叶えればいいという話しではないのである。話がずれた。けど、あたかも、他人が言うことを無視して、夢中になってやったほうがいいというようなことが言われるけど、それはちがう。で、そういうことに興味がある人は、ちゃんと道徳観が成り立っている人たちなのだ。道徳観が成り立っているから、問題にならない。気違いがおなじことをやったら問題になる。道徳観が成り立っているかどうかが強烈に問題なのだ。

けど、そういうことに興味がある人たちは、道徳観がある人たちなので、そういう問題には気がつかない。で、ぼくが、言っていることを半分は誤解する。「人に迷惑が掛からないことなら」というような条件をつければ、それで、オールグリーンだと思っている。

しかし、「人に迷惑が掛かるかどうか」は「その人」が判断しているということになる。だから、「その人」が気違いであった場合は、「迷惑なんて掛からない」と判断してやるわけで、行為には本質的なちがいはない。これも、本質的な違いはないというと、誤解されるんだけど……。本心的な違いがないからおなじだと言っているわけじゃなのだ。

「迷惑が掛かるかどうか判断するのが自我だということを言っているのだ。だから、相対化しないと話にならないだろということを言っているのだ。一度は相対化しておかなければならない。ようするに「人に迷惑が掛かるかどうかということをよく考えれば」いいというわけではないのだ。

どうしてかというと、「人に迷惑が掛かるかどうか」を判断しているのが「その人」だからだ。ここは、相対化しておかないとダメなのだ。どうして、そういうことがわからないか? ひとこと「人に迷惑が掛からなければよい」というようなただしがきをしておけばよいということではない。人に迷惑が掛かるかどうかを判断しているのは「その人」だから。

2019年8月12日月曜日

「やってない」「そんなんじゃない」と発狂してこたえる


どうなるんだ? 俺は?
明るくなってきちゃったよ。
これはやばいぞ。一睡もできずに行くことになる。ヘビメタ騒音にやられた入試の日のようだな。俺がどれだけこまっていたか? 俺がどれだけこまっていたか? 憂鬱だったか。頭が働かなかったか? 呆然とした状態で入試を受けているあいだ、どれだけあせったか? 頭が働かないから、呆然としているわけだけど、一方で、あせる。これがどういう気分かわかるか? それでも気違い兄貴は、情け無用で、気違い的な意地でヘビメタを鳴らしていた。俺が入試から帰ってきて、「これこれこうだった。鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!鳴らすな!!!」と怒鳴りまくっても、絶対に一分もゆずってくれなかった。入学試験の日ですら、ゆずらないやつが、普段の日にゆずってくれるわけがないだろ。三日後に、別の高校の入試があったんだ。これで俺の人生を邪魔してないと言えるのか? まったくなにも感じてないんだからな。親父とおなじなんだよ。親父が、自分が持たせたハンダゴテのことを気にすることができないように、兄貴も自分がやっているヘビメタのことを気にすることができない。親父にどれだけ言ったって、気違い的な態度で起こっているだけだっただろ。どれだけ使えないと言っても「使える使える」と言って怒鳴っていただけだろ。友達や先生に誤解されてこまったということを言っても、気違い親父は一切合切認めなかっただろ。(理解しなかっただろ)。気違い兄貴よ。おまえの態度はあれとおなじなんだよ。気違い兄貴よ! 普通だったら、「そりゃ、すまんことしをした」という反応が返ってくるものなんだよ。そりゃ、自分が言ったことが間違っていたわけだから……。発狂して強く主張したことが間違っていたわけだから……。けど、間違っていたって、間違ってないんだよ。どうしてかというと、間違っていたということを認めてしまうと、ハンダゴテを買ってやらなければならなくなるからだ。それは、死んだっていやなのである。だから、「自分が間違っていたということを認めてしまったら、ハンダゴテを買ってやらなければならなくなる」という条件が成り立っているかぎり、絶対の意地で、認めない。相手が……この場合、兄貴が……どれだけ、詳しく、わかりやすいように説明しても、(わかってはいけない)という命令が気違い親父の頭にくだっているわけだから、認めないんだよ。理解しないんだよ。わからないんだ。それとおなじなんだよ。気違い兄貴は、自分が、思った通りのデカイ音でヘビメタを鳴らしたいという気持ちが成り立っている以上、認めてしまったら、静かにしなければならないことは、意地でも認めない。そして、それが、わかってない。意識的に、そうしてやろうとおもってやっているんじゃない。これが問題なんだよ。だから、毎日、気違い的な意地で、絶対ゆずらないで、デカイ音で鳴らしているのに、そのつもりがないという奇妙きてれつな状態が成り立ち続ける。親父とおなじ。一〇〇%おなじ。ただ単に、ハンダゴテなのかヘビメタ騒音なのかの違いだけ。反応がまったくおなじ。相手がこまっているということがわからない。自分が発狂的な意地で押しつけたこと・あるいは、押しつけたものが原因になって、相手がこまっているということは、発狂的な意地で認めることができないのである。認めてしまったら、死ぬというような態度で認めない。けど、それが自我にのっているわけではないから、本人は、そんなつもりがないままなのだ。で、そんなつもりがないままやったことは、次の瞬間になれば、……ハンダゴテやヘビメタとおなじように……認めたくないことになってしまうのである。そりゃ、「そういうふうにした」ということがそのとき!!不都合なことであれば、ハンダゴテが使えないということを認めないように、あるいは、ヘビメタの音がデカイ音だということを認めないように、認めない。項目がちがうだけなんだよ。ハンダゴテやヘビメタ騒音が、過去の出来事にかわっただけだ。過去の出来事……自分が気違い的な意地でやったことにかんしては、気違い的な意地で認めない。「やってない」「そんなんじゃない」と発狂してこたえる。で、発狂したら、本人のなかでは終わっている。そのまま、問題行為を続けることができる。こういう構造が、兄貴にも、親父にも、ヨソの人にもわかってないから、俺がヨソの人から、悪く言われるんだぞ。あたかも、まぬけであるように言われるんだぞ。……こんなのない。

2019年8月11日日曜日

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事について……「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html

「56歳 ひきこもり衰弱死」という記事についての感想。


働け圧力が強いから、「もういいや」と思って飢え死にすることを選んだんですよ。どうして、これがわからないのか?
「どうして、助けを求めなかったのか?」ということが言われているけど、それ対する答えは、「もういいや」と思っていたからだと思う。

この人はたぶんハイリー・センシティブ・パーソンだったんじゃないかなと思う。受け答えから考えて、発達障害じゃないと思う。で、発達障害だと、障害年金をもらえるのだけど、ハイリー・センシティブ・パーソンだと障害年金はもらえないので、そういうところで、「つむ」要素がある。

無職の現象学でも書いたけど、働けるように見えるけど働けない人がいる。実質上、働けない人がいる。この人は「働けるのに働かないという」タイプではないのだ。ここが、肝心。事実上、働けない。特に、日本の会社では働けない。

けど、外側から見ると、五体満足で、ちゃんとした受け答えができるので、働けるよう見える。けど、実質上働けない。だから、「甘いことを言ってないで働け」という圧力が加わる。「甘いことを言ってないで働け」というのは、日本では正論なのである。

けど、日本でも「障害があるならしかたがない」という条件がつくことがある。けど、彼の場合は、たぶん障害者認定されないだろうと思う。すなくても、障害年金で暮らすことはできないと思う。

働けるけど、働きたくないから働かないのか、あるいは、実質的に働けないので働かないのかということには、大きな差がある。けど、その差は、外からはわからない。「働けるように見える」のであれば「働ける」とごく普通に判断される。

医者に行かなかったことに関しては、たぶんだけど、「お金がない」ということが影響しているのではないかと思う。実際には「お金を稼ぐことができないので、自分のお金で医者にかかることができない」ということが影響していると思う。これ、金を稼げない立場で、家の中で暮らしているとなると、こういうところで、「ドケチ」にならざるを得ないのだ。

普通に医者に行ける人と金銭感覚がちがうかもしない。案外自分で働いて金を稼いでいるサラリーマンのほうが「気楽」に心療内科に行けるのかもしれない。まあ、稼ぎによるけどね。底辺労働者だと、お金がおしくて、医者にかかれないという傾向が強くなる。まあ、心療内科だけではなくて、歯医者にも行きにくいということになる。

まあ、この人の場合、「扶養だと、医者に行きにくい」という気持ちがあったのかもしれない。病院に行くと「いいとしをして、親の金で暮らしている」ということが、病院関係者にばれてしまうのだ。少なくても、医療事務員にはばれる。

だから、「はずかしい思い」をすることになる。(どうしてかというと普通の日本人は日本労働教徒であり、日本労働教の教義を信じているからだ。)彼は、はずかしい思いをするのがいやだから、あんまり病院には行きたくなかったのだろう。


たぶんこの人の場合、「自分は働けない」という確信が何百回も何千回も頭の中をよぎったのだと思う……わずかな労働期間中に……。


父親の労働観は、日本人の労働観そのものだと思う。ぼくの言葉でいうと、「日本労働教」の「信者」だ。父親から「働かざる者食うべからず」という考えを押しつけられていたので、「なら、食わないで死ぬ」ということを選んだのではないかと思う。

この推理は、自分でもあたっていると思う。父親が生きているあいだ、父親から日本労働教の価値観を押しつけられたので、実質上、働けない彼は「なら、食わないで死ぬ」という決心をしていたのではないかと思う。これは、たぶん、何回も何十回も何百回も決心したと思うよ。あるいは、何千回か? (話しあい? 説教のなかで、何回もこういう決心をしていたのではないか?)

要するに、「甘えるな」の答えが「なら、食わないで死ぬ」だったのだ。これがどうしてわからないのか? 「どうして助けを求めなかったのか」なんて、疑問がわくこと自体がおかしい。彼は、働けるように見えても、実際には働けない人間だった。

働けない人間に対して「働け」と説教する人間がいる。そして、その人間のほうが正しいと認知されている。彼らは「働かざる者食うべからず」という考えを持っているので、そういう考えを、彼に押しつけたのだろう。それに対する彼の答えが、餓死だったのだ。なんでこんな簡単なことがわからないのか?

・「事実上、働けないから働かないのか? 働けるけど働きたくないから働かないのか?」ということについては、「無職の現象学」でとりあげているので、興味のある人は読んでください。

・心療内科や精神科を含めて、医者に行きたくないという気持ちと、行政に助けを求めたくないという気持ちは、似通ったところがあると思う。おなじところから出発している。

・自分の力でなんとかしたい」 というのは、ただのポーズだ。人を追い返すために、そう言っていたにすぎない。ほんとうに自分の力でなんとかしたいと思っていて、なおかつ、そうできると思っているのであれば、何回でも就職活動をしたはずだ。
最後に勤めたところをやめたあとは、たぶん何十年も就職活動をしてないのではないか。これは、失望の深さを物語っている。「自分は働ける」と思っている人は職を探すけど、「自分は働けない」と思っている人は職を探さない。彼の場合「自分は働けない」という確信が強かったので、死を選ぶしかなかったのではないかと思う。

・「自分は働けない」という確信は、実は働いているときにしょうじたのではないかと思う。この確信の深さは、普通の人には理解できないと思う。普通の人だってもちろん、いやな思いをして、それを我慢して働いているという部分はある。

しかし、たとえば、「つらさ」の「つらさ」がちがうということが考えられる。「我慢できる」か「我慢できないか」がちがう。おなじようにつらいと思っているのであれば、たしかに、彼は我慢がたりず、「できない(働けない)」というのは甘えだということになる。

けど、じゃあ、「俺だってつらい思いをして働いている」「だれだって、我慢して働いている」と言う人が、飢え死にするつもりがあるかというとそうではないだろう。彼は実際に飢え死にする方を選んだ。「いやだ」と思う気持ちが、強烈に強い。繰り返しになるが「だれだって、我慢して働いている」と言う人は、実際に仕事をやめて、飢え死にするつもりがあるだろうか。たぶんない。ないから、働いている。飢え死にする覚悟ができてしまうほど、働きたくないのであれば、それはもう、「働けない」状態だ。

・「だれだっていやな思いをして働いている」「どんな仕事だっていやな部分はある」と言われていたのだろうと思う。彼は、彼の父親から、言われていたのだと思う。彼の父親の「つらさ」と彼の「つらさ」は「質」も「量」がちがうのである。

実際には、彼を追い詰めたのは、彼のことを心配していた彼の父親だが、世間的には彼の父親の発言は正しいと思われていると思う。皮肉なことに自分の息子を自殺に追い込んだか? 「働けない」人間に、どれだけ働けといってもむだだ。「働けない」のだから。「働かない」のか「働けない」のかは大きな問題だと言っているだろ。(無職の現象学を参照のこと)

・「自分でなんとかしたい」というのはただのポーズで、実際は、「自分ではなんともできない」と深く思っていたから、実際に働こうとするアクションを起こせなかった……というのが、ぼくの考えだ。(資料集めぐらいはするけど、そこで果てて、実際に働くところまでいかない)。

・とりあえず、生活をたてなおすために援助を受けたとしても、その先に「働くこと」がひかえているのであれば、彼にとっては地獄が続くことになる。「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します」とか全部、くるしいポーズだと思う。まあ、本人もそういう希望をちょっとは持っていたのかもしれないけど……。「援助を求めましょう」と言う人たちと別れて自分の部屋に戻れば、「つよがりを言って、追い払ってしまった」と思ったこともあったかもしれない。

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だから、自殺防止のためには、あるいは飢え死に防止のためには、「働け」という圧力をかけないということが必要になる……わけ。
まず、「働けない」のか「働かない」のかをみわける必要がある。「働けない」のであれば、働け圧力をかけるべきではない。
まあ、これが結論。

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190807/k10012026481000.html
リンク先が削除されると、なんのことかわからなくなってしまうので、ちょっと貼り付けておきます。

56歳 ひきこもり衰弱死
2019年8月7日 22時15分

寒さが厳しさを増していた去年の暮れ、56歳の男性が一人、自宅で亡くなりました。死因は低栄養と低体温による衰弱死。「ひきこもり」状態が30年以上にわたって続き、両親が亡くなったあとも自宅に取り残されていました。家族や近所の住民、行政など周囲の人たちが気にかけてきたにも関わらず、「自分でなんとかしたい」と頑なに支援を拒んでいました。それぞれの立場の人たちが男性に関わりながらも、その死を止めることが出来ませんでした。(クローズアップ現代+ディレクター 森田智子)

自分の力でなんとかしたい 56歳の衰弱死
私が男性に出会ったのは、去年11月中旬。ドキュメンタリー番組の制作のため、横須賀市の自立支援の担当者に密着取材していた時のことでした。

「ガリガリにやせて衰弱している男性がいる」と市役所に情報が寄せられて訪問したのが、伸一さんでした。

寒空の下、伸一さんは、肌や腹部が見えるほどに破れた服を着ており、露出した体は肋骨が浮き出るほどにやせ細り、足下もふらついていました。

栄養失調の症状が見てとれたため、「生活を立て直すために一緒に病院に行こう」と担当者が語りかけました。

しかし、伸一さんは「病院は自分で探して行ってみたい。自分の力でやりたい」「健康を取り戻して、できるだけ早く仕事につくよう努力します。亡くなった父親にそのように言われていましたので」と言っては、支援を拒み続けていました。
その後、市の担当者は、数日おきに食料を持って伸一さんを訪ねて説得を続けました。

しかし、伸一さんは、雑談には応じるものの、病院に行くことは頑なに拒み続けました。

初めの出会いから1ヶ月半後の12月の末、伸一さんは自宅で息を引き取りました。

訪問した担当者が、伸一さんが姿を見せないことを不審に思い警察と室内を確認したところ、亡くなっているところを発見したのです。

56歳という若さでありながら、死因は栄養失調による衰弱死でした。
英語を使った仕事に就きたい 夢破れ“ひきこもり”に
なぜ、伸一さんは自ら死へ向かっていったのか。伸一さんには残された家族が1人だけいることがわかりました。

タクシー運転手をしている、弟の二郎さん(55)。
取材を申し入れると、「ひきこもりで悩む人たちの役に立てて欲しい」と応じてくれました。

二郎さんは、両親と兄の伸一さんと4人で暮らしていましたが、11年前に両親が亡くなった後、家を出ました。

その後、二郎さんは結婚し、伸一さんとは疎遠になっていたと言います。


兄・伸一さんが最期を過ごした実家の片付けに通っていると聞き、同行させてもらいました。

誰も住まなくなった自宅の庭は草木に覆われ、建物を覆い隠すようにツタが張っていました。
家の中は、まともな食事を取っていなかった伸一さんが、食事の代わりに口にしていたと見られるせんべいの袋やペットボトルなどの大量のゴミが散乱していました。
その一方で台所には、母親がよく使い込んでいたであろう鍋やフライパンがぶら下がり、黒板には、「水タキ、スブタ、シチュー」などと日々の献立が書き記されており、生活の息づかいはそのままに時が止まっているようでした。
室内の様子は、かつて両親が健全だったころ、そこに家族の営みがあったこと、その後、一人になった伸一さんの生活が一変してしまったことを鮮烈に物語っていました。
伸一さんの自室に足を踏み入れると、学習机の棚にはほこりをかぶった英語の教科書や、大学受験の進学先を探すための情報誌などが並んでいました。
弟の二郎さんによると、伸一さんはもともと社交的で、冗談を言っては家族を笑わせていたといいます。

変化が訪れたのは、高校卒業後。伸一さんは「英語を使った仕事に就きたい」と、英文学科がある大学への進学を希望していましたが、学力がふるわず浪人生活を送るようになりました。
その後、進学をあきらめて書店の営業や医療事務など複数の仕事に就きましたが、どれも長続きしませんでした。

次第に社会との接点を持つことがなくなり、ひきこもり状態になっていきました。
食事をとらず、医療や支援をも拒み、「生きること」そのものを拒否しているようにすら見えた伸一さん。なぜ助けを求めることをしなかったのか。

本人は語ることがないまま亡くなりましたが、それを知る手がかりが家の中に残されていました。

伸一さんの父親が20年にわたって書き記していた日記です。
父親の日記の書き始めは、伸一さんが20代半ばのころ。病気で仕事を退職した父親が、伸一さんと四六時中同じ家で過ごすようになり、一家の長として「働かない息子を何とかしたい」と葛藤する様子が書かれていました。
「伸一、これから先いったいどうするのだろう。(中略)何か少し忠告めいたことを口にすれば“他人に迷惑をかけている憶えはない”“俺がどのように生きようと勝手だ”と反発が返ってくるのみ」

「夕飯後また伸一と口論。なるべく口にしないように心掛けているんだけどついつい」
「家庭内がだんだんぎくしゃくしていく。どのように対処すべきかさっぱりわからない」
支援拒否の背景に「働いていない」後ろめたさ…?
働いてないことを繰り返しとがめたことで、伸一さんと父親の関係は悪化していきました。

伸一さんは、次第に手洗いや戸締まりの確認を繰り返すなどの行動が目立つようになり、家族を避けて昼夜逆転の生活を送るようになりました。この頃から伸一さんは、食事も極端に制限するようになっていました。
父親には、その姿はまるで「働かざる者、食うべからず」を体現していているように映っていたようです。
「最近は伸一、一緒に食事をしたことがない。やはり働きのないことが気になっているのか」

「最近は食事時のおかずもあまり食べない。やせ細って命を絶つつもりか」
年々頑なになっていった伸一さんは、家族が何度も説得しても、決して病院にかかろうとしませんでした。
晩年、父親は末期がんを患い、母親に認知症の症状が現れ始めます。

父親は、息子、伸一さんの行く末を案じていました。
“このまま家庭を残して死んでいくのは、心残りもいいところだ”“小生がまだ少しは動けるから買物等も出来るが、小生が動けなくなったら我が家、どうなるんだろう”
支援の枠からこぼれ落ちた一家
家族の力だけではもはやどうすることもできない状態にあった伸一さん。

弟の二郎さんはたびたび公的支援に救いを求め、複数の支援機関に相談に訪れていました。

しかし、行政が支援に乗りだそうとしても、伸一さんのようなケースには手を差し伸べることができませんでした。

高齢者の介護の支援などを行う、地域包括支援センター。11年前、二郎さんから、「認知症の母親に介護を受けさせたい」と相談を受けたのが、千葉順子さんでした。
このとき二郎さんからは、ひきこもりの兄がいることも伝えられました。

しかし、センターが支援の対象とするのは、あくまで65歳の高齢者です。

高齢の母親は対象になりますが、伸一さんは直接の支援対象ではありませんでした。
千葉さんは、まずは母親に介護サービスを受けてもらいながら伸一さんとも接点を持ち、救済の方法を探ろうと考えていました。

しかし、サービスを受けてもらう前に母親が死亡。その2か月後には、父親も亡くなりました。

支援対象となる高齢の両親が死亡したことで、千葉さんは伸一さんと関わるすべを失ったと言います。

その後、残された伸一さんのことは気がかりだったものの、こうしたケースをつなぐ機関も思い当たらず、一家との関係は途絶えました。

「やっぱりどこかにつないでおくことが大事なのかな。ただそのつなぐ先がまだまだ充実していない現状はあると感じています」
それでも生きていて欲しかった 介入の壁
両親の死亡により地域包括支援センターとのつながりが途絶えた二郎さん。

その後、「伸一さんを無理にでも入院させて、生活を立て直して欲しい」と、保健所に相談していました。

しかし、兄・伸一さんの状況を確認した医師からは「入院が必要なレベルには達していない」と言われたと言います。

精神保健福祉法では、患者の人権を守るため、本人の意志がない限りは、自傷行為をするなど本人の命に危険が及んでいたり、周囲に危害を与えたりする可能性がない場合、強制的に入院させることはできません。

伸一さんはおとなしい性格で会話もでき、周囲に迷惑をかけるようなこともありませんでした。

しかし、二郎さんの目には、当時の兄・伸一さんはすでに栄養状態が極めて悪く、直接的な自傷行為こそないものの、ゆるやかに死に向かっているように映っていました。

あの時、入院させられていたら、命を救えたのではないか。そうした思いがぬぐえないと言います。
「兄の場合は、やはり、窮迫していたと思います。もう命が切れかかっているといいましょうか。命が先か、それとも人権を守るということかっていうと、まず、命の危険が差し迫ってるんだったらば、命を救うことが先なんじゃないかなと思います」
行政の支援の隙間に落ちてしまった兄、伸一さんを救う術は本当になかったのか。

また、家族として、十分向き合ってきたと言えるのか。

二郎さんは、深い後悔の念に駆られています。
「世間様から褒められるということもなく、家庭を築くということもなく、あまり生産性という面では社会に寄与しなかった人ですけど、弟の身からすれば、それで生きる価値がなかったとは思いたくはないので。どういう形であれ命は長らえてほしかった気持ちはありますね」
手を差し伸べる“誰か”がいる地域作りを
私がこれまでに取材をしてきたひきこもり当事者の方の多くは、仕事に就いていなかったり、子どもを生んでいないなどといった「社会に貢献できていないのではないか」という負い目に苦しみ、今もそこから抜け出せずにいます。

「助けて欲しい」という声を上げることは、死ぬことよりも難しい。それが、彼らの直面している現実です。

今回の取材の中で、伸一さんに関わった関係者の多くが「せめて“誰か”が気にかけているというメッセージを継続して送り続けられていれば、最後の最後で頼ってもらえたかもしれない」と話していました。その「誰か」は誰でもよかったのだと。

しかし、実際には職域やプライバシーを超えてまで、その誰かになろうとする人はなかなかいません。

そうした中で、伸一さんはひきこもり、その末に「死」へと向かっていきました。

手を差し伸べる「誰か」が確実にいる地域を作り、困ったときに声を上げられる居場所を確保していけるのかが、問われています。

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騒音サイコパス 21: 兄のヘビメタ騒音で人生がない


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それだけで?ダニに足首を刺された

落ち着け。落ち着け。
うーーん。
山の日とか山の日振替休日とか盆休みとかで、計画がズレているなぁ。けど、ほかの人たちが稼働していたとしても、いまの俺の体力状態だと無理だ。

さっき、お勝手で、電子レンジをいじったのだけど、それだけで?ダニに足首を刺された。基本、うどんをあたためて、食べたいだけだ。あたためるのは、調理としてあたためるだけだ。あたためたあと、冷やす必要がある。

ほんとうはバルサンをたくべきだが、普通の殺虫剤をつかって、なんとか、ダニ退治ができないか? 普通の殺虫剤で、やる場合、まな板、調理器具などはどけるけど、ほかの部屋にうつすだけで事足りる。

まあ、正直言って、くるしい。

親父が魚の切り身を出して眠ってしまうという……。ダニは、ネズミ経由の刺すダニなんだよ。ネズフンにもダニがくっついているんだよ。くるしい。


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そういう誤解も含めて、くるしいよ。


なかなかくるしい状態で暮らしている。
正直言って、つかれた。
こんな人生ない。つかれた。
気違い兄貴の、気違いヘビメタ騒音で人生がない。こんなのはない。
あー、つかれた。本当につかれっぱなし。
気違い兄貴がヘビメタを鳴らし始めた瞬間から、つかれっぱなし。毎日毎日限界的にくるしい。限界的につかれている。もう、夢とかそういう次元じゃないな。本当につかれた。ほんとうに足を引っぱられた。毎日、不機嫌になる毒薬を飲まされているようなものだ。毎日、体力を失う毒薬を飲まされているようなものだ。むりむり。不可日。他の人にはこれがわからないから、俺が甘えているように見えるんだよな。実際にやられたことがないのに、なにがわかるか? どれだけこたえるか? ともかく、そういう誤解も含めて、くるしいよ。

2019年8月10日土曜日

他の人は、兄貴が普通の人だと思っているんだよな


なかなかこたえるぜ。基本、騒音で友達がいなくなるとか彼女ができなくなるというようなことは、考えないでしょ。騒音で、人間関係がものすごく悪くなるということは考えないでしょ。けど、ごくごく自然に、そうなる。それは、気違いによる長期の騒音だと、ごくごく普通にそうなる。これがわかってない。このプロセスが他の人にはわからない。他の人にとっては、どうにかなりそうな問題だからだ。実際、すでに、成人したあとの騒音問題とかそういうことが多い。けど、ちがうんだよ。うちに、気違いが二人いるという状態。そして、二人とも、頭がおかしいレベルで人のことがわからない。自分がやっていることで人がこまるということが、まじで頭がおかしいレベルでわからない。わからないとなったらわからないわけで、気違い的な意地でわからない。けど、気違い的な意地でわからないということも、気違い的な意地でわからないので、本人は「知らないまま」やりきるということになってしまう。で、気違いだからほんとうに、一日一〇時間やれるなら、一〇時間ぴったりやるということになってしまう。一分だって、一秒だってゆずらないという状態で毎日すごしてしまう。けど、「一秒だってゆずってない」という現実だって、本人にはわからないのである。これ、ほんとうに、まったくわからない。本人だけはまったくわかってない状態なのである。これが、気違い妄想状態で、なんていうのかな? 普通の話しがつたわらない。普通の話しが根底からつたわらない。それから、ほんとうに自分がやってないつもりでいるところがある。……まあ、自分かやってないつもりでいるにもかかわらず? ……こだわりきって、一日に一秒だってゆずらない状態でやりきる。こういう「うち」にいるときの頭がおかしい人の状態というのが、他の人にはわからない。他の人は、兄貴が普通の人だと思っているんだよな。そうなると、俺に説教をしてくる。「ヘビメタ騒音なんて(どれだけ鳴っているといったって)たいしたことがない」と思ってしまう。ほんとうに、頭がおかしいうちの人の意地と、ヨソの人の不理解に「はさまれる」。不当にバカにされるんだよな。コミニュケーション能力がたりないから、説明がへたくそだから……確固たる態度で言わないから……こういう事実とは異なる前提で話しをするやつが出てくる。頭にくる。

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2019年8月8日木曜日

ネズミがいるとわかっている居間……


ほんとうにひとりでいやになっちゃうな。
頭がおかしい人がいてもしかたがないのだけど、やさしくて頭がいい人がそばにいて欲しいな。あーーあ。
ネズミがいるとわかっている居間……。
うーー。しかも、いま、シャワーを浴びたんだけど、足ふきもやばいかもしれない。ネズミの菌がついているかもしれない。そのネズミの菌がついたかもしれない足ふきで足をかわかして、スリッパを履いたわけだけど、けっきょく、部屋に入ったら裸足になるわけで、足の裏についている菌が部屋中にばらまかれるかもしれない。
いちおう、お勝手のところは閉めてきたけど、このあいだ開けておいたから、やはり、ネズミが足ふきの上に乗っかった「可能性」はすてきれない。乗っかってないかもしれないけど、乗っかったかもしれない。
頭がおかしい人とは、意見が対立するので、頭がおかしい人がいても、だめだ。で、頭がおかしい人は解決策にかならず気違い的な反対をするので、解決しないまま時間が立つことになる。解決しないまま時間がたつということは、たいへん問題がある。問題の解決を困難にするのだ。初期段階なら、一の努力で問題が解決できるとすると、最終段階では一〇〇〇の努力でも十分ではないという状態になっている。そのくらいにちがう。
ともかく、どうするかな。ネズフンの処理をしてから、粗大ゴミを捨てる(業者に持って行ってもらう)つもりだったけど、粗大ゴミを捨てるのが先だ。けど、粗大ゴミを捨てても、ネズミが出る状態であるならば、問題は解決しない。ほんとうは、ネズミが出ないという状態になってから、粗大ゴミを捨てるべきなのだ。けど、粗大ゴミにはネズフンとネズションがついていて、これが、ネズミを引き寄せている可能性がある。ネズミはネズフンとネズションのにおいを頼りに、エサがあるかどうか判断しているのではないか?
むかしの家は、玄関の床と廊下の床の高さがものすごくちがうのである。で、うちは、昔人に部屋を貸していたので、炒らない玄関がある。その炒らない玄関と廊下のあいだが問題だ。あそこは、手が届かないんだよな。あそこのコンクリートにひびが入って割れている可能性がある。そこから、縁の下に入ったネズミが玄関側に出てくる可能性がある。
けど、あそこをどうにかするには、まず、粗大ゴミとしてのぶら下がり健康器と、灯油が入った容器と、ブロックを捨てる必要がある。そうしないと、プロでも無理なのだ。ぶら下がり健康器に親父が洋服を何枚もかけてクローゼット?のようにしてつかっていたのだ。灯油だって、俺がエアコンにした方が良いと言ったのに、石油ストーブにこだわって……。これ、親父は腰が悪いのだ。だから、18リットルの石油を入れた容器を持つのは腰に悪い。しかし、18リットル入れることにこだわる。俺が、9リットルぐらいずつ入れればいいと言ったのだけど、親父は聞かなかった。腰がいたいのに重たいものを動かそうとする。親父が脳梗塞で入院したあと、退院してきたときのためにと、容器を買ってやったのに使わない。少なく入れたほうが良いに決まっているだろ。腰で整形外科に通っているのだから。腰が悪いのだから。けど、聞きやしないんだよ。容器がむだになっちゃったよ。4個も買ったんだぞ。置き場所はいくらでもあるのだから、軽くした方が良いだろと言ったのだけど、聞きやしないんだよ。まあ、そういうことが、すべてのことで成り立ってしまう。あんなに、ネズミの糞がつもっているのに、それに気がつかない。魚の切り身を置くなと言っているのに、置き続ける。どれだけ言っても行動がかわらない。実際に行動がかわったのは、何度も何度も、ネズミに魚の切り身を食われてからだ。ネズミの仕業だとわかるのに時間がかかった。親父は、自分でネズミを捕まえないと、ネズミがいるということすら認めない。言っておくけど、脳梗塞の影響じゃないから。あーあ、ずっと前からそういう性格で、こまっている。お母さんがこまりきって死んじゃったんだよな。お母さんが嘆いていたことが、よくわかるんだよな。
ともかく、粗大ゴミとして持って行ってもらわなければならないのだけど、俺がヘビメタの影響で、非・二四時間睡眠覚醒症候群になっている。で、いまは、ちょうど午前九時ぐらいから眠りたくなるので、やばい。

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やられているやつが、どこまでも明るくなんていうのはおかしい話しだ


ひまで黄昏れているわけだが……。けど、このひまというのが、いいひまではなくて、悪い?ひまなのだ。悪いというかくるしいといった方が正確か。この、虚無。生き生きした普通の生活は、ヘビメタ騒音なしの系列で、ヘビメタ騒音ありの系列は、どうしても、暗い、くるしい生活なのだ。

やっぱり、ヘビメタ騒音でどうしてもくるしい。
ヘビメタ騒音なし系列のぼくなら、明るい話しやポジティブな話しに賛成できたかもしれないけど、どうしても、生活実感として賛成できない。「おかしい」と思う。もし、そういう話しが成り立つなら、ヘビメタ騒音なんて成り立ってない。排他的。だいたい、やられているやつが、どこまでも明るくなんていうのはおかしい話しだ。これ、ちがうんじゃないかな。おかしいんだよな。まあ、これは、本人が本人に言う場合、本人が他人に言う場合にわけて考えなきゃならない。問題なのは、本人が他人に言う場合だ。けど、宇宙を貫く絶対の真理として言う場合は、『他人に言うこと』を含んでいる。他人を含めて、絶対の真理であるわけだから。だれにでも成り立つ真理であるわけだから。
本人が本人に言う場合は、いいのだけど、本人が他人に言う場合や、本人が『これは真理だ』と言う場合は「よからぬ部分」を含んでいると思う。

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まあ、他人は他人だ。しかし、辛かったなぁ。


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こんな人生ないよな。


さっき、気違い兄貴の態度を思い出して「いいわけないだろ」と腹を立ててしまった。絶叫。



こんな人生ないよな。

2019年8月6日火曜日

ぼくの場合は枯渇している

どうするかな?
全体的なエネルギーの問題なんだよな。ぼくの場合は枯渇している。
もうちょっと気楽に、あれやこれやとできたらいいのになと思う。けど、これが……。やはりヘビメタ騒音がでかい。ヘビメタ騒音のことを書くかどうかまよう。

2019年8月5日月曜日

「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない


こっちにも書いてしまうけど、ヘビメタ騒音のことでむなしい。外に出るとき、いつも、ヘビメタ騒音のいやな雰囲気がするんだよな。いつも、だ。いつも。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、「うしろがみひかれる」思いがする。もちろん、いい意味ではない。悪い意味で、「やりのこしたことがある」ような感じがするのである。実際に、やり残したことがある。常にやり残したことがある状態で、外に出るわけだ。ヘビメタ騒音が鳴っている生活というのは、朝から気分が悪い。この気分の悪さというのは、なんとなくちょっと気分が悪いというものではない。また、「特に理由がない」のに、体調がすぐれず気分が悪いということでもない。ヘビメタ騒音「で」圧倒的に気分が悪い。体調が悪い。やり残したことがある状態で外に出なければならなくなる。このやるせなさは、実際に気違いヘビメタに五〇〇〇日間たたられないとわからない。わからないところで、「必要がない」とか言いやがる。


気違い兄貴の態度が異常なんだよな。他の人には絶対わからない。家族としておなじ家に暮らしていないとわからない。それは、親父のことでもおなじなんだけどな。これ、ほんとうに、「うちでは」非常識なことが成り立っているのに、外部から常識的なことを押しつけられてもこまるのだ。

気違い兄貴の異常なこだわりがわからない。他の人にはわからない。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように「みえて」しまう。けど、人生のなかで、おなじ分量だけヘビメタを鳴らされ続けたらわかるよ。おなじ期間、おなじ分量、ヘビメタを「あの態度で」で鳴らされ続ければ、わかる。俺がヘビメタ騒音にこだわっているように見えるのは、人間というからだを無視しているからなんだよ。人間ならだれだって、気にする。外から見れば、「こだわっている」ようにみえる。他人だから、別の個体だから「ふようなこと」「ふひつようなこと」にこだわっているように見えてしまうのである。たとえば、水銀でからだが悪くなった人は、からだの調子が悪いということを認識しているはずだ。その場合、水銀を摂取したということが過去の出来事であったとしても、いま現在くるしいので、水銀でからだがだるいと感じる。水銀を摂取したということを気にする。

かりに、水銀を摂取したということを意識的に気にしないようにしても、それでからだがよくなるわけではない。気分だけで、からだの調子が悪くなっている人は、気にしないようにすれば、からだの調子がよくなるかもしれない。しかし、それは、別の話なのである。水銀でからだがだるのに、からだがだるいことを気にするのはおかしいという話にはならないだろ。ある人が、過去において水銀を摂取したとする。そして、水銀がからだから出ていかないので、からだがいま現在だるいとする。いま現在、からだの不調を感じるとする。その場合、「からだがだるいということにこだわっているからだめなんだ」と言うことができるだろうか? 俺はできないと思う。外から見て、不必要であると見なされる「こだわり」は、不必要なこだわりではないのである。「不必要なこだわりを持っているから」からだがだるくなるわけでもないのである。こういう基本的なことを無視して、あたかも、「こだわっているからダメなんだ」と言うことをいうやつらがいる。けど、そいつらだって、体重一キロに対しておなじ分量、水銀を摂取すればそういう状態になる。水銀を摂取した人が、水銀を摂取してしまったということに、こだわらなくても、からだがだいるのである。こだわらないようにすれば、からだがだるくなくなるというようなことを言うのは、間違っている。他人から見れば不必要なこだわりであるかもしれないけど、ほんにんにとっては不必要なこだわりではないのである。他人にとっては過去の問題であるかもしれないけど、ほんにんにとっては、いま現在の問題なのである。ほんとうにわかってないなぁ。


2019年8月4日日曜日

空想するだけじゃ、人間はだめになる。

空想するだけじゃ、人間はだめになる。
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つまんない。
けど、歯磨きしたから良いか?
(口の中がさっぱりしている)

つまんないよな。そりゃ、おもしろいわけがない。ヘビメタ騒音以降のいろいろなむなしいシーンが浮かんでくる。あのときだって、歩いていたときだって……。ともかく、心中したいほど、むなしいよぉ。むなしい気持ちと心中したいほどむなしい。
そういう気持ちに耐えて生きてきた。ヘビメタ騒音以降ずっとそれだ。ヘビメタ騒音疲労はなみじゃない。ぼくのからだを使ってない人は、わかってない。ヘビメタ騒音疲労が十数年も積み重なると、そのあともずっと、つかれがとれない。そのあいだに普通の人はぴょんぴょんぴーんと行ってしまった。もちろん、気違いヘビメタに一五年間もたたらなければ、ぼくも、ぴょんぴょんぴーんと行くことができる。彼らよりもはやく、彼らよりも力強く。彼らよりも効率的に。

よりによってヘビメタ、よりによって親父の態度


あれからちょっと掃除をした。けど、暑いなぁ。うーん。

家族だんらんか……気違い親父が怒り狂っていて、家族だんらんなんて雰囲気じゃなかったな。
それにしても、気違い兄貴が気違い親父に「なって」ヘビメタをやりはじめたのはこまったな。よりによってヘビメタ。よりによって親父の態度(のまね)。

あの部屋……居間はテーブル置き場になっているけど、むなしいね。あの畳に座っていたときがあるんだからな。あの畳と言っても、前の畳といまの畳は、物質的にちがうけど。ようするにおなじ場所にある畳の上に座ってた。いま、あの畳の上に座れるかといったら、座れない。そりゃ、ネズフンの脅威があるからな。あの部屋に、こたつと座椅子があったなんて信じられないよ。そして、あのサイド・ボードに背中をくっつけたことがあるなんて信じられない。あの部屋でこたつにはいってなんて信じられないな。もう、ボロボロよぉ。むなしい。あそこだって、友達がきたりしてたからな。小さいときは、女の子が遊びにきてたからな。ちなみに、遊びにきてた女の子と風呂に入ったことがある。泊まりにきてたからなぁ。信じられないなぁ。あの縁台で、その女のことおにぎりを食べたりしてたんだからな。信じられない。

イ・ラショナルじゃない。


ヘビメタ騒音で俺のユニークさが発揮されないまま、歳をとって死にそうだな。ほんとうに全部ない。あっ、全部というのは、イ・ラショナルですねぇぇぇぇぇぇ。それは認めるよ。けど、そう言っても差し支えがないほど、つかれた。いろいろな点でハンディがうまれた。これ、ほんとうにちがうんだよな。ヘビメタ騒音が、ない場合の人生と、ヘビメタ騒音がけっきょくは一五年近く続いてしまった人生では、ちがいすぎる。やめてくれ。だいたい、兄貴にしたって『よその家』じゃ、一分だって鳴らせない音なんだぞ。音がでかすぎて、一分だって、鳴らせない。兄貴だって、『よその家』だったら、一分だって鳴らせない……そういうデカイ音で、うちでは、一日中鳴らしていた。この、音のデカさと、兄貴の執着度合いが、他の人にはわからない。だから、簡単な問題に思える。ほんとうにそんなんじゃないのに。ほんとうに学生時代、全部、つぶされたら、どうなるか、経験してみろ。毎日鳴ってる状態がどれだけつらいか経験してみろ。はぁ? 全部は、イ・ラショナルだって? そうだよ。イ・ラショナルだよ。けど、イ・ラショナルということを認めたとしても、辛い分量は変わらないし、やられたこともかわらない。全部に波及したという言い方のほうが正しいか? ヘビメタ騒音が生活の全部に悪影響を及ぼしたと言えば、イ・ラショナルじゃない。言いたいのは、ほんとうに、範囲が広いということだ。ヘビメタ騒音のことを聞いた人が、ちょっと考えつくような範囲を超えて、悪い影響を及ぼしたということだ。生活のすべてに影響を及ぼした……悪い影響を及ぼした……この表現はイ・ラショナルじゃない。

2019年8月3日土曜日

毅然とした態度でナイフを投げたら、やめてくれたのか? ポジティブ思考が、やられたやつをさらに追い込む

工事の人がきているけど、ヘビメタ騒音で憂鬱だ。この、雰囲気。この雰囲気の繰り返し……。これで鬱にならないわけがない。

けっきょく、ポジティブ思考だなんだと言っているやつは、気違いによる……気違い家族による十数年も続く気違いヘビメタ騒音を経験してない。

まあ、ポジティブ思考の人は、そういう気違い家族を説得して、やめさせることができるのだろう。うちにはもうひとり気違い家族がいるのだけど……。

法的にどうこうするというとができないんだよ。特に、俺が小六の時は……。……やっぱりおかしい。……親父も兄貴も頭がおかしいから、まったくなにも気にしない。……そういう日常だ。日常として成り立っているのだから、ひっくり返すとしたら、殺すしかない。……やめるわけないだろ。

あれ、ほんとうに、俺が(兄貴を)ナイフで刺せばやめてくれたかというと、そうじゃない……と思う。そういう「頭」じゃないんだよ。刺されたから、反省してやめる……あるいは、痛かったからやめる……そういうことはない。生きていれば、もっと意地になってやる。うち……だから。うちなので……。

(他の人は)ほんとうに頭がおかしい人の態度がわかってない。(刺したあと生きている場合ね)。気違い兄貴の説得のほかに、気違い親父の説得も必要だったんだぞ。気違い兄貴がやっていることは、気違い親父がやっていたことのコピーなんだぞ。

そして、気違い親父はそのことにまったく気がつかないし、自分が関係あると思ってないんだぞ。それは、どれだけ言っても、その都度、怒るだけで、(親父には)兄貴の騒音をどうにかしようという気持ちがない。

『うるさいと思っているよ』なんて言いながらも、じゃあ、兄貴に注意するかというと、(そういう時)兄貴に注意したことは一度もない。(注意したのは家族会議の時だけ)。(家族会議で、ひとこと「やめてやれ」と言っただけなのだけど、それは、俺が交渉のテーブルを作ったからだ。

で、それだって、どれだけ言ったって、けっきょく、三年間はひらかれない。ずーっと言ってたって入試の直前に、しかたがなく、ひらいただけだ。で、親父は、『言ったら』それでおしまいだ。そのあと気違い兄貴がずっとヘビメタを鳴らしていても、なにも感じない。(外に出て行ってしまったけど……。たぶん行き先はパチンコ屋だ)

ともかく、この雰囲気……。なにがポジティブ思考だ。ふざけんな。気違い兄貴も、気違い親父も、ポジティブ思考の持ち主も『こうしん(亢進)』している。人のことなんて考えてないんだよ。考えるとしても、そいつのやり方で考えるしかない。そいつの頭で考えるしかない。

そいつの頭が、他の人のことを考えられない頭(考えることができない頭)だったら、どれだけ考えたって、そいつのやり方で考えているだけで、肝心なことはなにひとつ考えられないんだよ。

そういう相対性が成り立っている。考えるとしたらそいつの頭で考えるしかない。……そいつが、そいつのレベルで、よく考えて、これは気にする必要がないと判断したら、そうしてしまう。そして、『こうしん(昂進)』しているやつは、夢中になってそうする。

「刺さっても良いから、ナイフを投げつけて抵抗することがたいせつだ」なんて言うやつがいるんだよ。そういうこともたいせつだけど、気違い親父と気違い兄貴には通用しない。俺がナイフを投げたから、刺さらなかったけどやめてやろうとか、そういうことは絶対にない。刺さったら刺さったでやめるわけがない。自分がやっていい心的な理由を得て、ガンガンやる。「やめる」ということは、選択しにない。ナイフを投げられたから、やめる……(相手がそういうふうに真剣だったということがわかってやめる)なんてことはない。

だって、ほんとうにわかってないもん。こっちが、怒って、投げたって、そのとき刺さらなければやめないし、刺さってもやめない。退院したら、絶対の意地で、いつも通りに毎日やる……。これが気違い親父と気違い兄貴の態度だ。そういう頭だからそういう反応をする。ナイフで刺されたので、相手が本気だということがわかってやめる……そんなことはない。

まあ、ナイフで刺してないけどね。ナイフじゃないけど、「やめろ」と言って、ビー玉や板や爆竹を思いっきり投げたことがあるけど、やめてくれなかった。あれ、ナイフを投げればよかったのか? 刺さればやめてくれたのか? 刺さらなくてもやめてくれたのか 刺さって、死んだ場合しかやめてくれない。

けど、その場合 俺は、どうなる? よく考えずに、あらがえって(興奮して)投げたということになってしまう。けど、それにいたるまでに、何千日、俺がやられていると思っているんだ? ふつーにやられているんだぞ。毎日やられているんだぞ。こんなの、ない。それに耐えて生きていて……それで、ヘビメタ騒音を経験しなかったやつに、えらそうなことを言われる。そういう立場に追い込まれる。これも、ごくふつーに毎日そういう立場に追い込まれていくんだからな。こりゃ、死ぬしかないという話になるだろ。(心理的にはね)。

だって、自分の人生がかかっているのだから。自分の人生がかかっている騒音なのだから。これは、動かせない。騒音を鳴らされれば、……その騒音が気違い兄貴のヘビメタ騒音であれば……どうしたって、睡眠障害になる。そして、勉強することができなくなる。趣味に関する行動もできなくなる。また、これだって!……『自分の人生がかかっている』ということに関してだって……そんなのは考え方をかえればどうにだってなる……と言うのだろう。こういうくそ理論が、どれだけ俺を追い詰めたか? こういう、くそ理論。

「刺さるか刺さらないかわからないけど、とりあえず、投げて毅然とした態度を見せることがたいせつだ」なんてことを言うんだよ。で、実際に刺さったら「もっとよく考えてから行動するべきだ」みたいなことを(そいつらは)言うと思う。しかも、(兄貴の場合)刺さった「から」やめてくれるというわけではないと思う。刺さったって、やめないやつはやめない。これが、たぶんだけど、普通のいじめっ子と、気違いのいじめのちがいなんじゃないかな。頭がおかしい人は、刺さったあと、やめないと思う。

逆に、「やっていい」理由を得たと思うと思う。だから、やり続ける。あるいは、前にもましてやり続けると思う。健常者が健常者をいじめている場合と、サイコパスが健常者をいじめている場合はちがう。

やめないよ。あいつらは……。だって、自分がやっていることがわかってないから。健常者がいじめている場合は、口でなんと言っても、自分がいじめているということが、ほんとうはわかっている。サイコパスは、わからない。

それは、たとえば、兄貴の場合、いじめてやろう、くるしめてやろうと思ってヘビメタをデカイ音で鳴らしているわけではないので、根本的にどれだけ言われてもわからない。目的がちがう。健常者がだれかをいじめる場合は、いじめることが目的になっている。

で、それは、口では否定するかもしないけど、理解はしている。(健常者の場合は、自分はいじめてないと言うかもしれないけど(あるいは、そういう行為をしてないと言うかもしれないけど)わかっている。やったということは、わかっている。

サイコパスが夢中になってやる場合はそういうことはわからない。わかってない。そもそも、いじめだとは思ってないだろうしな。どれだけ、こまると言われても、相手がこまるということが根本的にわからない。

ビー玉も板も、目にあたれば失明したかもしれない。じゃ、失明したら反省して、気違い兄貴がヘビメタをやめてくれたかというと、やめてくれないと思う。失明したら、おまえが俺の視力をうばったのだから、ヘビメタをやってあたりまえだということになると思う。

気違い兄貴の頭のなかでは……。視力をうばったのだから、どれだけおまえ(弟)が本気でやめてほしいとしても、やるということになってしまう。『おまえだって悪いことを(俺にした)のだから、俺は、(悪いことをおまえにしていい』という、くそ感情だ。これが口実になって、やる。

痛い目をみたから、反省してやめる? 相手がどれだけ本気でいやなのか(体でわかったから)やめる? そんなことは、兄貴の場合あり得ない。だって、ヘビメタを鳴らしたいわけだから! 鳴らすとしたら、自分が満足できるデカイ音で鳴らしたいわけだから!! これがくずれるなんてことはないんだよ。その一五年間の話しだけどな。

そりゃ、気違い兄貴だって、一六年目には飽きるかもしれない。特に(ヘビメタを)デカイ音で聞きたいと思わなくなるかもしれない。けど、それは、一六年目以降の話しだ。聞きたいときは、聞きたいのである。弟がなんと言ってきても、聞きたいのである。自分が出したい音を出して聞きたいのである。

これに、命がかかっている。

刺されたら(相手が本気だということがわかって)静かにする? あり得ない。あり得ない。みんなほんとうに気違い兄貴のことがわかってない。気違い兄貴のことがわかってないのに、一般的なことをあてはめて考えて、断罪するな。

毅然とした態度で「やめろ」と言わなかったのが悪いとか、ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪いとか、そういう話しになっちゃうんだよな。

まあ、刺さった場合は、別の話になるんだけどさー。

そういう、『本気だということ態度で示さなければダメだ』というような話しは、健常者を相手にしたときは、文脈上、有効な場合があると思うけど、サイコパスを相手にしたときは、文脈上、無効な場合があると思う。

少なくても、「ナイフを投げて本気だということを(デモンストレーション)しなかったのが悪い」なんて言うやつは、サイコパスと健常者のちがいなんて考えてない。「みんなだれだってそうだ」と考えていやがる。だから、ヘビメタ騒音にやられた俺を不当にバカにしている。

こういうことになっちゃうんだよな。相手がサイコパスだと。相手がサイコパスの兄貴(家族)だと。そういうふうに、ふつーに、まわりから追い込まれていく。

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今回の話しだって、どれだけのやつが理解できるか?
ふつーに考えれば、『毅然とした態度を見せるということがたいせつだ』『あぶないことをやる場合があるということを見せておく必要があるんだよ』というようなことのほうがうける。そういうレベルの心理学?のほうが受ける。

2019年8月2日金曜日

ネズフンのことやダニのことや親父のことで、飯がうまくない

ネズミのことやネズフンのことやダニのことや親父のことで、飯がうまくない。親父が魚の切り身を一晩中出しておいて、次の日の昼間ぐらいに食べるというようなことをしなければ、ネズミが入ってくることはなかった。なにもかけないで、一晩中出しておいた魚の切り身とか、普通、たのまれても食う気になれないだろ。けど、気にしないで食っちゃうのが親父なんだよ。で、「そういうことをするとネズミがくるからやめてくれ」と言ったのに、実際にネズミがきて、何回も食べられるまでやめない。何回も食べられたとしても、実際に自分がネズミを使えるまで、ネズミが部屋に入ってきているということを認めなかったんだよな。最初のうちは、俺も、ネズミのことを甘く見てた。これほど、被害が広がるとは……。ともかく、親父がそういう非常識なことをやるからいけない。で、非常識なことをやっても、他の人が注意したらやめてくれれば胃のに、気違い的な頑固さで、繰り返しやる。気違い兄貴の頑固さよりも、ましだけどな。今回の繰り返し回数に関しては。……実際に、皿の上の魚がなくなるということを何回も経験して、そのあと、ほんとうに自分が!ネズミを捕まえないと、わからないんだよな。ちなみに、ネズミのばい菌で急性胆嚢炎になったと、俺は思っているけど、親父は、そう思ってない。俺が、「ネズミが出た」と言ったのに、「幻影でも見てるんじゃないか」と言って、信用しなかった。魚がなくなるという事件が何回か発生したあと、俺が、一階の居間でネズミが動いているところを目撃した。そのあとも、俺が、台所でネズミを目撃した。これは、横に動いていた。壁を横に動けるんだよ。床じゃなくて、壁の上を走って動く。そのはやさがまた、尋常じゃないのである。『ネズミってあんなにはやく動けるのか?』と思った。隠れるときのはやさがなみじゃないんだよな。ともかく、親父には苦労させられている。

、完全に、ヘビメタ騒音にやられていたときのままなんだよな。


いろいろ考えながらジャイアントコーンというアイスを食べていた。うむーー。うまかった。うまいのはたしかだ。しかし、俺の人生……。ダイヤ(名前)。ダイヤ。今日、なんかダイヤが出てくる夢を見た。ダイヤが他の人と食堂のテーブルをかこんで座っていた。で、俺がダイヤに声をかけると、ダイヤがなんか、ぶつくさ文句を言ったけど、けっきょく、俺のさそいにのって、二人で外に出るというような感じの夢だ。ぶつくさ言ってたなぁ。あれは、俺の気持ちなのか?
まあ、いいよ。
ともかく、ヘビメタがくるしい。どうしてもヘビメタでくるしい。八月五日は、午前一〇時ぐらいから活動をしなければならないのだけど、今日、起きたのが午後二時だから、かなり辛いものになるだろう。今日も、明るくなってから眠った。明るくなって、しばらくたってから眠ったわけだけど、時計を見たわけじゃないから眠った時間がわからない。明るくなって二時間ぐらいはたっていたのか? それとも三時間ぐらいかな? そうなると、ちょうど、起きる時間に眠るような感じになるから、やばいなぁ。起き続けて行くという、手もある。これはくるしい。二時間ぐらいは眠っておきたい。
それにしてもヘビメタ騒音で睡眠回路がこわれて、めちゃくちゃだ。だいたい起きたときだって、ヘビメタ騒音の破滅感がなみじゃない。これ、ヘビメタ騒音が鳴ってた頃、起きたのとおなじなんだよな。起きたあともおなじだ。この気分。

しかし、ほんとうに、この気分。これ……。せどりのとき、……むなしい気分でせどりをしていたときとおなじだな。あーーあ。ほんとうに、レールからはずれた。ヘビメタ騒音でレールからはずれた。起きたときや寝る前の気分というのは、完全に、ヘビメタ騒音にやられていたときのままなんだよな。

2019年8月1日木曜日

気違い感覚で乗り越えて夢中になってやってしまう


まじで、くるしい。
騒音で起きた。これは、二〇分ぐらいで鳴りやむことがわかっている騒音なので、どうでもいい。けど、ヘビメタ騒音にやられた俺には辛いので、防音イヤーマフをつける。防音イヤーマフはたいして効果がない。
ヘビメタ騒音がうるさければ耳栓をつければ良いとか言う人がいたけど、そういう問題じゃないんだよな。耳栓ではどうにもならない。そういうレベルの騒音がある。やってみればわかるけど、たいしてさがらない。耳栓をしても、ドカドカ鳴っている音が聞こえる。その、耳栓をしても鳴っている音が絶えられるレベルの音かどうかというのが問題なんだ。ヘビメタ騒音の場合、耳栓をしても耐えられない音のレベルで鳴っていた。だから、耳栓は、無意味か、あるいはほとんど無意味。ずっと続いてしまうわけだから……。耳栓をしてもずっと、騒音でくるしい状態が続いてしまうのだから、あんまり意味がない。一〇時間やられたら、耳栓をつけていても、一〇時間やられたということになってしまう。次の朝、とてつもなく、くるしい。
けど、二〇分で鳴りやむ音ならば、なんとかなる。けど、五時間を越えたらダメだ。一日に五時間を越えたら、だめだ。たとえ、五時間後に鳴りやむのがわかっていても、その五時間は、永遠にちかい五時間だ。「なりやまない」五時間は、「永遠に鳴りやまない騒音」と同じような効果がある。二〇分なら、我慢できるけど、五時間は、我慢できない。「五時間で鳴りやむのだから」と思う効果がない。気違い兄貴のヘビメタ騒音レベルの騒音でやられてみればわかるよ。で、鳴らしているやつが気違いだというのが、効く。自分勝手さの度合いで気違い。感覚を書きかえているレベルの気違い。言っていることが一切合切通じない気違い。なに言ったって、気違い感覚で乗り越えて夢中になってやってしまう。








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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。