2017年4月20日木曜日

おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!

きちがい兄貴の主観というのがきちがい親父の主観とおなじなんだよな。絶対の意地でやったことは、認めない。絶対の意地でやったことは、絶対の意地で、やったと認めない。認めないとなったら認めないんだよ。

で、その認めない意地が、やっているときのぜったいにやるという意地とおなじなんだよな。だから、どの時点でも修復しない関係ができあがる。やっているときはもちろんやっているわけで、「とめられそうになったら」「やめてくれといわれたら」エンジンがかかって、ひきつって、怒って、無視してやる。だから、やっているのだけど、このひきつって、無視してやっているときは、「なんだろうが、関係がない!!!」という気持で頑固にそれに執着してやるわけで、普通なら、相手がとめるのを聞かないで「やった」という気持ちがあるはずなんだけど、これが、都合良く!!ないんだよ。ないことになっている。

だから、現在進行形でやっていることをとめることができない。兄貴は、殺さなければ絶対にやめないという意地で!!!「やりたいこと」をやりきる。何度も言うけど、やってるんだよ。

けど、「やった」「やっている」という認識がない。やっているのにそういう認識がしょうじない。できあがらない。認識することができたら、やめなければならなくなるわけで、認識することができないまま、やりきる。

だから、それには、※いのちがかかっている※わけで、意地が尋常じゃない。絶対にやめたくないわけで、あるいは相手が言っていることを認識してしまったら、やめざるを得ないことは、いのちがけで認識しないで頑固にやりきる。

だから、現在進行形で「やっていること」を無視するということの他に、「言われた」ということを無視する。それが、現在進行形の場合だ。

で、やり終わって一秒でも時間がたって「過去のこと」になったら、もう、「やった」ということが、一切合切気にならなくなる。「やったつもり」じゃなくなる。「やってない」ことになる。さらに、こだわってないことになる。本当は、こだわりつくしてやったのに、こだわってないことにしてしまう。意識的には、まったくこだわりのないことを、やったということになる。あるいは、矛盾しているようだけど、まったくこだわりがないのでやらなかったということになってしまう。あるいは、「言われたということも」忘れてしまう。相手が何回も何回も、「やめろやめろ」と言ってきたことをずっと続けてやったのに!!!なにも言われなかった」ということになってしまう。抗議はなかった。文句はなかった。「やめろ」と言われなかったから、気がつかずにずっとやったということになってしまう。

これは、記憶の問題になる。だれでも、一〇年前に言ったことを憶えてない場合がある。一年前に言ったことを憶えてないことだってある。しかし、その日にやったことはたいてい憶えている状態だ。いやなことはとっとと忘れるというのではなくて、最初からやった記憶がない状態なのである。やりきっておいて、その日に忘れている状態なのである。やり終わった直後に、「なんでもないこと」になっている。やり終わった直後に「相手は、なにも言ってこなかった」ということになってしまう。きちがい兄貴の頭のなかでは、そういうことになっている。そういうことになっているとしか理解できない発言をしている。

きちがい兄貴よ。言っておく。親父が「理由がないことで怒ったことはなんて一度もない」「子供が小さかったとき、理不尽なことで怒ったことなんてまったくない」と言ったら、兄貴は!!!どう感じるよ? 

さらに、「理不尽なことで怒ったことなんて一度もない」ではなくて、「怒ったことなんてない」と言ったら、どう思うよ? 兄貴は、どう感じる??

あれだけ、怒っていた人が、怒った記憶なんてまったくないと言ったらどう思うよ。「怒ったとしたら、ちゃんと怒る理由があったから怒ったんだ」と親父が言ったら、兄貴は!!!どう思うよ?

そりゃ、あの親父の状態を知らない人は、中立的な立場で……とか言うかもしれない。けど、きちがい兄貴! あの親父が……あれだけ毎日怒り狂っていた親父が「そんなんじゃない!!そんなんじゃない。怒鳴り声を上げて怒ったことなんて一回もない」と言ったら、どう思うよ?

「ふざけるな」と思うだろ。きちがい兄貴の「鳴らしてない」「そんなに鳴らしてない」「静かにしてやった」「いいぶんがある」というのは、俺にとって、そういうふざけた発言だ。

知らない人に言っておくと、親父は怒ってた。で、居合わせれば、居合わせた時間、ずっと、なんらかのことで連続的に怒ってた。かならず、うちの人と一緒にいれば、その時間は、わけのわからないことで、怒り狂っていたのである。

それも、毎日そうだ。親父と五分間おなじ場所にいたら、五分間、きちがい親父がなんらかのことで文句をつけて怒りっぱなしなのである。二〇分間、きちがい親父と残りの家族がいたら、きちがい親父が残りの家族に向かって、きちがい的な理由で!!怒り狂っていた。親父が家にいるときは!怒っているいるのがノーマルな状態!! 親父が家にいるときは、わけのわからないことで怒鳴り声を上げて起こっているのが普通の状態!! そうじゃない状態がない。うちにいるのに、そして、親父が眠ってないのに、怒ってない状態というのがないのだ。うちにいて、他の家族に囲まれていたら、かならず、きちがい的な理由で怒鳴り声を上げて怒っている。そうでない状態が、ない。一分もない。繰り返し言うけど、そうではない状態というのが、「うち」ではない。

「よそのうち」に行けば、静かになるけど、「うち」ではつねにはらわたが煮えくりかえっている状態で、いちゃもんをつけて怒っていた。逆上して八つ当たりしている状態が、あたりまえの状態なのである。「うち」にいるときはつねにそうだった。

で、よそのひとは「そんなことないんじゃないの」とか「誤解しているのでは?」とか「カミナリ親父だな」「そんな人いるのかな? いたら、どうして、精神病院に連れて行かなかったんだよ?」なんてことを言う。

「そんなの、精神病院に連れて行くレベルなんだから、連れて行かなかったとしたら、連れて行かなかった家族が悪い」ということを言うやつまでいる。これ、おまえ、精神病院に連れて行けるわけがないだろ。精神科医に払う金はだれの金なんだよ。

お母さんは当時働いてなかった。親父の金で親父が精神病院に行くわけがないだろ。お母さんが氏の相談所に相談しなかったのは、まずいことだと思うけ……これ、当時だと、相談しに行っても「カミナリ親父なんてどこにでもいる」ぐらいのことを言われておしまいになっている可能性がある。

だいたい、暴力はほとんどない。思い通りにならなかったら、逆上してぶつこともあったけど、暴力には抵抗があるらしく、暴力を振るったということに関してだけは!!!きちがい親父は、あやまりはしないけど、※気にする※。

これ、「お父さんに(やめて)と言えばいい」とか言った人がいるけど、その人はまったくわかってない。「そういうことはやめて」と言ったら、なぐられるんだよ。そもそも、相手の状態が思い通りじゃないということで怒るっているのだから、口ごたえする相手は、ゆるせないのである。相手が口ごたえしてきた、あるいは「やめてくれ」と言ってきたということ自体が、思い通りじゃないのである。

だから、言ったらなぐられた。きちがい親父がまったくわけのわからないことで怒る。親父がわけのわからないことで怒鳴り込んできたとき「そういうのはやめてください」と言ったとするだろ。そうしたら、「お相撲さんの世界では、親方が黒といったら白でも黒なんだぁ!!」と怒鳴って、なぐるんだよ。言ったら、そうなるわけだから、言えるわけがないだろ。

これが不思議なところなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。「おんだされた!!おんだされた!!おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!」と逆上しっぱなしなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。これ、親父がよその家で、そんなことを言ったらぶんなぐられて、「追い出された」ということを言いたいのだろうけど……。自分はどれだけひどいことをされても、口ごたえしたら、なぐられて、おんだされたということを言いたいのだろうけど……。

なんて言うのかな? 基準がそういうところにあるんだ。普通の人じゃないんだよ。実際、ひどいことをされて、「やめて」ということを言ったら、その家の人が親父をなぐって、けって、家に入れてくなかったということがあるんだろうな。何回も……。

その家の人って親父の養父だけど。まあ、育ての親といっても、親父の場合なんにんもいるんだよ。で、ひとりを抜かして、全員が虐待するような人なんだよ。だいたい、親父が小さかったころは物資がなくて、みんな貧しかったから、親父みたいな子供が家にくるということ自体が、たえられないことなんだよ。

自分たちですら食べられないのに、親戚の子がくるということが、はらだたしいことなんだよ。これ、しかも、親父の親は勘当されている。一度、縁が切れているんだよね。親父の親が駆け落ちして、両親とも親戚関係が切れている。どうも、最初の頃は金があったみたいなんだよな。ボンボンとお嬢さんみたいな……。けど、親父が生まれた頃には、最初に用意した金がなくなりかけていたんだろうな。時代も時代でものがない。両親が死んだあと、親戚の家に行くんだけど、その親戚がどれもこれも、親父を虐待するようなやつらだったんだよ。で、親父がおかしくなっている。

きちがい的な理由で怒っている。これ、ほんとうに頭がおかしいレベルの話しなんだよ。「そんなことで怒る人はいない」と他のひとが考えるようなことで、ガンガン怒っている。うちにいれば怒っているのがノーマルな状態。

これが、どういうことだか、わかってない人が多い。そりゃ、そういう人間を間近で見なければわからないのだろうと思う。けど、ほんとうに目に入ったものすべてに対して、逆上するという状態で、とまらなかった。親父と一時間いたら、一時間親父がずっと、なんらかのことで怒っているのだ。このなんらかのことというのは複数あって、一回一回の爆発は案外短い。ほんとうは理由にならないようなことで怒っているから、本人が逆上してしまえば、その途端にどうでもいいことになってしまうようなことなのである。逆上して怒鳴り声を上げて、発散できればいいというようなところもあったんじゃないかな。ともかく、理由がない。どれだけ、些細な事で怒る人でも、きちがい親父のようにわけがわからないことで怒るということはできないと思う。


普通の忘却というのときちがい兄貴の忘却はちがう。きちがい兄貴がやっているやっているそばから否定するというかたちの忘却?だ。短期的にそうだ。けど、長期的には普通の人の忘却とおなじ忘却がはじまる。なので、きちがい兄貴の「やってない」「そんなに鳴らしてない」「そんなの知らなかった」というような発言が普通の忘却と同じように考えられる可能性が高くなっていく。時間が経つにつれてそういう種類の忘却とおなじしくみが成り立っていると思われる可能性が高くなる。他のひとから、なんて言うのかな……普通の忘却とおなじ忘却だと思われてしまうのだ。実際に、昔のことだから憶えてないとかそういうことがはじまる。

で、それは、きちがい兄貴にとって都合がいいことでぼくにとっては都合が悪いことだ。

忘却と言うよりも否認なんだよな。で、否認した内容で「記憶」が置き換わる。だから、本人は嘘を言っているつもりがない。こういう困った!!状態!!

それじゃあ、あの意地はなんなんだ? ということになる。居合わせて知っている人にしてみれば「ヨク、イウヨ」「オマエガイウカ」といったことなのだけど、本人はほんとうにしらばっくれることができる。で、時間が経てば、普通の人から見て、普通の忘却と同じようにみえてしまう。けど、ちがう。言いようがないな……。

やっているさいちゅう……無視して、顔を真っ赤にしてやりきる。やっているつもりは、いくらなんでもあると思うけど、ほんとうに「やったってやってない」状態なのだ。相手の都合は一切合切考えてない。自分の都合が優先。「やめてくれ」というのは、自分にとって不都合な情報だから、そんなのは、無意識のレベルではねのける。だから、はねのけたつもりがないまま、無視しているということになっている。それが、「知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということのほんとうの中身だ。自分にとって都合が悪いことは、何万回言われても無視して、やる。やりきる。で、まったくやったつもりがない状態ができあがる。実際には何万回も言われているのだけど「そんなの知らなかった」状態ができあがる。本人は、「まったく言われなかった」という認知のままなのである。何万回言われても。その都度、怒っても。怒ってやりきっても。……いや、怒ってやりきったから言われた記憶がないというような状態だ。そういう状態でやりきればやりきることができるわけだから……。一日に一四時間どかすかでかい音で慣らしていて、一日に三〇回「宿題をするからやめてくれ」と言われても、一日が終わる時間には、「なにも言われなかった」「一分も鳴らさなかった」という記憶に置き換わってしまう。鳴らしたとしても!!!そんなのは、どうでもいいことなのである。たいしたことじゃないのである。

やった直後……それまでのあいだ、何時間も何時間もやったというつもりがない。もちろん、うすい意味ではやったと思っている。行為自体に対する記憶はあるのだけど、相手がやめてくれと言ってきたのに、それをはねのけてやったというつもりがない。相手にとって自分の行為がこまる行為だ「迷惑行為だ」ということは、まったく認めないのである。どれだけ言われても。だから、自分が一〇分間でもやられたら、はらわたが煮えくりかえるようなことを、一四時間もやり続けたんだけど、そんなつもりがまったくない状態になってしまう。

自分はまったく関係がない人間のつもり。一日経ったときに、自分がやりたいことがある場合は、それを同じような態度でやる。要するに、昨日も「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていて、今日も、「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていたら、どれだけなにを言われても、入試だろうがテスト期間中だろうが、自分の意地を通して、そのまま鳴らす。やっている最中は、前日のやっているさいちゅうの態度、認識とまったくおなじだから、やり終わった途端に、なにもやってないつもりになってしまうのである。ほんとうは、すべての時間、ドカスカどでかい音でヘビメタを鳴らして弟の勉強の邪魔をしたのに……。まったく、そんなことはした覚えがないという状態のままなのである。どれだけやっても……。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。