たとえば、働いて、カネを稼いだとする。あるとき、自分の銀行口座に、働いた分のカネが振り込まれたとする。
そのとき、「カネがはいってくる」と言ったから、「実際にカネがはいってきたのだ」と思うのである。「カネがはいってくる」と言ったのは、事実だとする。
なら、働かずに、「カネがはいってくる」と言っただけで、「働いた分のカネ」が振り込まれるかというと、そうではないのである。そうではないのである。
ところが、「カネがはいってくると言った」ということに、注目して、自分が働いたということを、無視してしまうのである。「カネがはいってくると言ったからカネがはいってきた」と思ってしまうのである。
自分が銀行口座を複数、もっていたとする。そして、ある銀行口座のことをすっかり忘れていたとする。おカネがなくてこまったときに、ある銀行口座のことを思い出して、その銀行口座の残金を調べたら、二万円あった。
そうしたら、「カネがあると思ったから、カネがあった」とも思うのである。
けど、カネがあると思うだけで、カネがある状態になるなら、そもそも、「おカネがなくてこまった状態」にならないのである。
こういうことの繰り返しだ。
これは、「明日雨が降ると言ったら、雨が降ったから、言霊理論は正しい」と言っているのよりも、もっとひどい。
自分がやったことなのに、自分がやったことを無視して、「言霊のおかげだ」と思い込むようにしているのである。あるいは「思ったから、こうなった」と思い込むようにしているのである。
こんなの、ない。
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言霊主義者は、自分がやったことを忘れて、「言った通りになった」と思う傾向が強い。自分がやったことなのに、自分がやったということを、忘れてしまった場合や、自分がやったということに注意が向かない場合は、「言霊のおかげだ」と考えてしまう傾向が強い。
これは、他人に対しても、おなじだ。
他人に対して「いたいと言うから、いたくなる」「かゆいと言うからかゆくなる」と言う場合も、他人の出来事を無視しているのである。自分のことではないから、最初から、ほんとうの理由に注意が向かないのである。
本当の理由に注意が向かないので、「言った」ということに、注目してしまう。言霊主義者本人にとって、他人の「過去における出来事」は、たいしたことじゃないのである。自分のことじゃないからね。
言霊主義者には「言った」ということ以外の……「過去の出来事」を無視する傾向がある。
他人のことなら、簡単に無視できる。相手が本当の理由について述べても、それは、無駄なのだ。「言ったからそうなった」と言ってゆずらない。
「かゆくなる」出来事が他人の身の上に起こったとしても、それは、言霊主義者にとっては、関係がないことだから、簡単に無視することができるのである。
そうなると、「言霊のせいだ」という連想が働くことになる。そうやって、「言霊(理論)は正しい」「言霊は絶対だ」という考えを強化していくのである。
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言霊主義者には「言った」ということ以外の……「過去の出来事」を無視する傾向があるのだけど、全部無視するかというとそうではないのである。
過去の出来事をすべて無視するわけではない。自分が一倍速で経験したことに関しては、認知とメタ認知が成り立っているので、過去の出来事を無視しない場合がある。
この場合は、現実モードになっているのである。言霊主義者は、現実モードと言霊モードを切り替えて、生きている。
けど、本人としては、現実モードのときも、「言霊は正しいと思って生きていることになっている」のである。