言霊について語るときは、万能感があるのだけど、現実的な問題に関しては、万能感は、うしなわれ、現実的な「しょぼい」方法が採用されるのである。言霊主義者の頭のなかですら、そうなのである。
言えば言ったことが言霊の力で、現実化するのだから、どこかの空き地を見つけて、「これ以降、この土地は、Bさんの所有地になる」と言えば、Bさんの所有地にすることができるのだ。
そして、「その土地のうえに、三秒以内に3LDKの家が建つ」と言えば、3LDKの家が建つだ。3LDKの家が建たなかったら、「言い方が悪い」のだ。
言霊主義者は、ほかの人の悩みを聴いて、ほかの人に、言霊的な助言をしているときは、「自分は、言霊の力を使うことができる」という前提でものを言っていることが多い。
「自分は、言霊の力を使うことができる」と本気で思っている。「自分は言い方がいいので、言うだけで、言ったことを現実化できるのだ」と本気で思っている。
ところが、欲しい本を目の前に出現させることなんてできないのだ。3LDKの家を目の前に出現させることなんてことも、できないのだ。
その場合、自分ができないのは、言い方が悪いからではないのである。
「そんなことは、そもそもできるわけがない」と思っているから、言霊的な解決方法を思いつかないだけだ。
けど、自分以外の人が、自分の助言に従って「言った」にもかかわらず、そうならなかったという話を聴いた場合は、相手の言い方が悪かったから、現実化しなかったということになってしまう。こういう矛盾を抱えているのが言霊主義者だ。
「言えば、言ったことが現実化する」と(言霊主義者は)言うけど、絶版本を手に入れる場合は、オークションサイトに頼ったりするのである。
ようするに、ほかの人とおなじような方法で、自分の欲しいものを呈似れようとするのである。袋ラーメンがほしくなったら、駅前の店で買ったり、通販で買ったりする。
「これこれこういう袋ラーメンが、三秒以内に、目の前に出現する」と言って、手に入れるわけではない。最初から、言霊的な解決方法は、無視されているのである。
もし、これこれこういう袋ラーメンが、三秒以内に、目の前に出現する」と言ったのに、これこれこういう袋ラーメンが、三秒以内に、目の前に出現しなかったら、言い方が悪いから、出現しなかったのだと(言霊主義者が考えるかというと……考えないのだ。
「そんなのは、言ったって出現するわけがない」と思っているのだ。
つまり、「言っても、言っただけでは出現することはない」と考えているのだ。
つまり、「言っても、言っただけでは現実しない」と考えているのだ。
つまり、言霊の力によって、現実化しないと考えているのだ。
言い方がよくたって、現実化しないのである。
どれだけこころをこめて「これこれこういう袋ラーメンが、三秒以内に、目の前に出現する」と言ったって、袋ラーメンが目の前に出現することはないと考えているのだ。言霊主義者本人は「言ったって、現実化するわけがない」と考えているのだ。
ところが、言霊主義者は、普段、自分が、「言ったって、現実化するわけがない」と考えて行動しているとは思っていない。自分の具体的なことに関しては「そんなの、言ったって無駄だ」と思って、現実的な手段を模索するのである。
現実的な行動をして、問題を解決しようとするのである。その場合、現実的な行動というのは、すべて、物理的な世界で、物理的な運動をすることによって、完了するのである。
一切合切、言霊の力がかかわっていない。
一切合切、言霊の力がかかわっていないということについて、どうして、言霊主義者は、こんなにも、無頓着でいられるのか?
「言ったって、現実化しない」と考えているから、無頓着なのである。