長期ヘビメタ騒音で、ほんとうに、人からいろいろと疑われたり、悪く思われたりすることが多かった。長期ヘビメタ騒音で……親戚とも、関係が切れている。もっとも、あっちは、長期ヘビメタ騒音が原因だと思っていないだろうけど。
思っていなかったのだけど、親父が、俺のことを……。親父が悪いやつで……ヘビメタ騒音のことを、かくして、俺が(その親戚の人たちをバカにしている)とか、俺が(その親戚の人たちをきらっている)とかということを、親戚の人たちに、吹き込んだのだ。
こんなの、やる人いると思う?
やる親がいると思う? 思わないよなぁ。
こういうこと、(親父は)しやがるんだよ。長期騒音だって、長男がでかい音で鳴らしていたのだから、親父は、注意すべき立場なんだよ。
ところが、そういうことも、まったくわかっていないやつなんだよ。
俺が(その親戚の人たちをバカにしている)とか、俺が(その親戚の人たちをきらっている)とかということを、親戚の人たちに言ったのは、自分がよく思われたいからなんだよ。
俺……自分の息子をさげて、自分がいい思いをしたいわけ。息子のことを悪く言うと、自分の総体的な評価があがると思っているわけ。
自分が(俺に比べて)いい人だと思われるというようなことを考えて、わざわざ、そういうことをするんだよ。
これ……。ヘビメタ騒音で大学を落ちまくっていたから、親戚とあわせる顔がなかったんだよ。
親父が死んだときに、ネズミのことを話しているうちに、このこと……親父が俺のことを(親戚の人たちに)悪く言っていたということが、発覚した。
最初、ネズミのことを話したときも、親戚の人たちが「そんことは、ないだろう」「嘘言っているんじゃないか」と思ったわけ。それで、兄貴の嫁さんに電話をかけて、「ネズミの話は本当なのか」ということを、親戚の人たちが、訊いたわけ。
兄貴の嫁さんだって、ネズミのことを話したときは、俺が、嘘を言っているんじゃないかと思ったわけ。
「そんなことがあるわけがない」と思ったわけ。
ところが、そうなんだよ。
粗大ごみの人たちには、親父が認知症になって、こういうことになった(ネズミの糞が部屋中にころがっているような状態になった)ということを説明したわけだけど、ほんとうは、認知症になるまえから、こういう性格だったわけ。原因は認知症じゃないんだよ。原因は、性格なんだよ。
むかしっから、親父はそうなんだよ。
なまごみの袋を、俺が頼んでないのに、「物置においてやるおいてやる」と言って、聞かなかった。そうしたら、ネズミが、物置に、出入りするようになった。そういう、「前置き」があるわけ。
医者から、「魚の食べたほうがいい」と言われて、粕漬の魚を食べるようにしたのだけど、医者は、まさか、親父が、一日に二三(にじゅうさん)時間、テーブルの上に粕漬の魚を出しておくことにこだわるということは、想定していないわけ。
じつは、ネズミ事件の八年ぐらい前にも、モツ鍋事件があった。
これも、医者に「モツを食べたほうがいい」と言われたらしくて、 モツを食べることにしたのだけど、もうすでに、できあがっている状態のモツ鍋を、何時間も、煮詰める必要なんてないわけだよ。
チューブ系パックで、もう、あっためればいいだけのモツ鍋(セット)を買っているわけだから、何時間も煮込む必要なんないわけ。
しかも、モツ鍋を煮詰めるときは、かならず、レンジのまえから離れて、庭に出て、庭の手入れをしてしまう。雑草をとったりすることだ。だから、モツ鍋が頻繁に、灰になっていたわけ。
「もう、できあがったモツ鍋パックなのだから、煮込む必要はない」ということを、親父にどれだけ言っても、親父が聞かないで、煮込むことにこだわり続けて、煮込んだ。
そして、煮込むときは、頻繁に外に出てしまうので、モツ鍋が灰になった。肺にならなくても、もう、できあがっているモツ鍋を煮込み続けると、部屋中がくさくなるんだよ。
このときも、きちがい親父がこだわってこだわって、自分のやり方をかえない。このときも、「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」と絶叫して、「くさい」という基本的なことを認めない。
この、くさくなっているいるのに、絶対に認めない態度というのは、兄貴の態度と似ているのだ。兄貴は、ヘビメタ騒音を、ものすごくでかい音で鳴らしていたのに、きちがい親父のように、ものすごくでかい音で鳴らしているという「基本的なこと」を認めない。
兄貴は、「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」絶叫しなかったけど、おなじなのである。
頭のなかで起こっていることが、おなじなのである。
ごく基本的なことを、絶対の意地で認めないのだ。そして、やり通してしまう。これが、どれだけ、頭にくることか、よその人は、知らない。こんなの毎日、やられて、黙ってられるわけがないだろ。だから、言うわけだけど、きちがい頭で押し切って、毎日やりきるのである。
で、よその人は、この「きちがい頭で押し切って、毎日やりきる」ということが、わからないのである。そして、やりきっているなら、でかい音で鳴らしているという自覚があるのだろうと思ってしまう。
ネズミの話も、ヘビメタの話も「そんなのは、嘘だ」と思うやつが、一定数いる。こいつらに、俺が疑われて、どれだけ不愉快な思いをしたか、わからない。
こういうことが、日ごろの鬱感情や、日ごろのやる気に影響を与えるんだよ。
それなのに、よそのやつは「そんなのは、気にしなければいい」とか「(お父さんだって)ちゃんと言えば、わかってくれる」というようなことを言う。
これだって、ほんとうに、きちがい親父並みに、無理解ぶりを発揮した発言なんだぞ……。ほんとうは……。しくみがちがうけどね。しくみがちがうんだよ。
そして、こういう発言以外、こいつらは、俺に迷惑をかけているわけではないんだよ。こいつらは、経験がないからわかっていないだけなんだよ。
だから、兄貴や親父とは、しくみがちがう。よその人は、兄貴や親父のようなのう回路をもっていない。普通の人たちなのだ。
普通の人たちが、信じないようなことを、きちがい兄貴ときちがい親父が、きちがい的な意地でやりやがるのだ。
そうすると、自動的に俺が、疑われることになる。
そして、よその人たちは、やられていないから、やられたときの不愉快な感覚がわからないのである。
これ、やられてみればわかるんだよ。みんな、不愉快になるんだよ。ようするに、よその人はやられていないから、信じないだけで、もし、自分自身がおなじことをやられたら、不愉快になるということがわかるはずだ。
しくみはちがうけど、「関係がない」「たいしたことはない」「影響はない」と考えるのは、きちがい兄貴と、きちがい親父と、よその人でおなじなんだよ。
よそのやつらはよそのやつらで、どれだけ、ヘビメタ騒音の影響を受けるか、まるでわかっていない。
こんなのどれだけ、影響を受けないようにしても、影響を受けるのだよ。
それが、よその人にはまったくわからないのだ。
だから、よその人も、親父や兄貴のように、ヘビメタ騒音の影響を無視する。無視するということになる。
影響……あるよ。どれだけ、気にしないようにして暮らしても、気になる。どれだけ、影響を受けないように頑張って暮らしても、影響を受けまくりなんだよ。
どうしてかというと、何時間も何時間も、至近距離で、激しい音が鳴っているからだ。よそのうちでは絶対に鳴っていないような激しい音が、至近距離で鳴っているからだ。よそのうちでは絶対に鳴っていないような激しい音が、至近距離で鳴っているから…… 影響を受ける。
これ、影響を受けないように暮らすなんてことは無理なんだよ。
ところが、言霊主義者は、言えば、ヘビメタ騒音の影響を受けないで暮らすことができると思っている。言霊主義者は、言えば、ヘビメタ騒音の問題が解決すると思っている。
いちおう、言っておくけど、よその人たちの理解度なんて、言霊主義者の理解度とおなじだ。
約一〇割の人が、ヘビメタ騒音の影響を無視するのである。「たいした問題じゃない」と考えるのである。
ところが、強烈に身体や精神に影響を与える問題なんだよ。
これ、も、ほんとう、に、腹が立つ。