2017年10月30日月曜日

『通勤して働けない』

まあ、死ぬところを起点にして、こっち側にさかのぼって考えると、たとえば、『通勤して働けない』ということは、たいしたことじゃないなということになる。まあ、『通勤して働けない』ということで、ぼくがどれだけ他人から、悪く言われてきたか。誤解を受けてきたか? こっちの方が重要だよな。気違い兄貴! おまえ、ほんとうに他人がわからないようなかたちで、俺の労働者としての基本能力をうばいやがって。一〇年毎日、騒音拷問をして、うばいやがって。まあ、七年間でおしまいか。あんだけ、気違いヘビメタ騒音を鳴らされたら、だれだって、通勤して働けないからだになる。ぼくしかいないから、それが他の人にわからないだけだ。広域騒音で、なんからの障害が出るとかそういうのだったら、「みんな」がなるわけで、対策がとられる。飛行機の騒音なんて、比べものにならない、持続時間だ。騒音が持続している時間が長すぎるのである。音の大きさだって、ぼくの部屋を中心にして考えれば、飛行機の騒音なんかよりずっとデカイ音で鳴っている。線路の横……すぐ横、真横……よりもデカイ音で鳴っている。これがほんとうにわかってないやつがいるな。

2017年10月25日水曜日

エンジャクイズクンゾ、コウコクノココロザシヲシランヤ

午後三時ぐらい起きた。
ご飯を食べずに買い物に行くか、それとも、食べてから買い物に行くかまよっている。

にしても、起きてから考えることはヘビメタ騒音ことばかりだ。兄貴の態度についてばかりだ。これ、他の人には関係がないけど、すさまじいことなんだよな。他の日には関係がないけど「どうしょうもなさ」がすさまじい。ほんとう、いいようがないな。

関係がない人は、関係がないので、わからない。関係がない人からみると、俺が大げさに言っているように思えるかもしれない。あるいは、関係がない人からみると、ヘビメタ騒音の全部の影響というのは、ほんとうに、まったくわからないことなのかもしれない。表面の影響のごく一部を理解できるだけだからな。

そりゃ、「自分ならそんなことをやられても、そんなふうにはならない」と思えることなのかもしれない。けど、ちがうから。

けど、ちがうとしても、その人は、一生経験することがないのだから、「深さ」がわからない。どのみち、表面的なものを見て、個人のあほな感想を言う。あほだと思うけど、しかたがないのかな。あほだと思うけど。しかたがないかーー。

それは、わかるわけがない。「つもった場合」の状態なんてわかるわけがない。副作用なんてわかるはずがない。副作用の強さなんてわかるはずがない。ともかく、キレイゴトや「自分ならどうにかなった」というようなことは、経験してないから思える、軽い見方で、まちがった見方だ。けど、そうなるのはしかたがないよな。その人は経験してないのだから。

そりゃ、言葉として「騒音がずっと鳴ってたんだな」ということはわかるけど、その人が理解しているのはそういうことだけだ。それが生活上、どういう意味を持つかなんてわかってない。

さらに、「毎日、何年も続いた場合」の話しは、想定外。想像の「外」なのだろう。どれだけ、その人の知恵を振り絞って考えても、到底、想像できるものではないのだろう。

それは、しかたがない。

経験してないのだから。

毎日つもった場合の話しなんて、わかるはずがない。そりゃ、そうだ。そりゃ、そうなんだが……。毎日つもった場合の話しが、その人にとって「不愉快な話し」なのだろう。けど、ぼくは、自分のブログに書いているのだから、それは、問題がない。

早い話、不幸なニュースを視たくない人は、不幸なニュースを取り扱っているニュース番組を視なければいいだけの話だ。(中略)

「エンジャクイズクンゾ、コウコクノココロザシヲシランヤ」。

こういうことを書いておくのは価値があることなのである。人類にとって価値があることなのである。小人物が到達できない思考について書いてあるのである。実験することができない出来事について書いてあるのである。




(注)「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
《「史記」陳渉世家から》ツバメやスズメのような小さな鳥には、鷲や鷹ような大きな鳥の志すところは理解できない。小人物には大人物の考えや志がわからない、というたとえ。

(助言)明るいのがいいなら セミリタイア、投資あたりに移ったほうがいいよ。貧乏と名がつくカテゴリーに登録しておいて、貧乏な話し、底辺の話しは嫌だと言っている人がいたら、ちょっとどうかと思うぞ。

愚痴を言うやつは、最低だと言っておきながら、わざわざ、まずいパンをトイレに流してやったという話しをするのはどうかと思うなぁ。それ、口にしか聞こえないんだけど。さらに、そのまずいパンを作ったやつの悪口を言ってたよな。あれって、悪口じゃないの? 芽がはえたジャガイモをディスり、芽がはえたジャガイモを利用して、他人をディスっていたけど、あれも、聞く人にとっては、愚痴だ。それだけではなくて、最初から一貫して、あるカテゴリーに登録してある人たちをディスりまくりで、『それにくらべて自分は、コミニュケーション力があるからすばらしい』と自慢していた。本人が、あるカテゴリーに登録してある人たちの悪口を言いまくっているのに、本人はそれに気がついてないのかね? その人たちにくらべてどれだけ自分がすぐれているかの自慢話をしてたけど、そういう自慢話は、愚痴話ぐらいには嫌われるということがわかってないのかね? ほんとうにコミニュケーション能力がある人がやることだろうか? それとも、ネットの人間には、気を遣わないのかね?

ぼくのは「弁明」「真実の告白」で、うんころさんのはただの悪口だ。しかも、底辺とか仕事ができない人とかコミニュケーション能力がない人とか不幸な人の悪口を言っているだけだ。たたけるところをたたくという、まことに、くだらない行為だと思う。ぼくがたたいているのは、実の兄貴と実の父親だ。たたくだけの理由があるのである。それにくらべて、うんころさんは、ほんとうはたたく必要がないところをたたいている。俺には、実の兄貴と実の父親が「おれ」にやったことについて語る必要性があるのである。人によっては、それが悪口に思えるかもしれないが、それは、その人が、俺の言っていることの真意を理解してないからだ。こんなもの、実の兄と実の父親が「おれ」にやったことにくらべれば、屁でもないよ。そもそも、事実の報告であって『悪口』じゃない。父親と兄が実際にやったことについて、実際にそうしたということを述べているだけだ。じゃあ、翻って、あるカテゴリーに登録している人たちが、うんころさんにやったことがひどいことなのかというと、ひどいとじゃない。いいかげん、コミニュケーション能力がある人なら、気がついたほうがいい。ただの悪口と一緒にするな。げろまずパンとか、使えないジャガイモとか、腹いせの放火とか、うんころさんが毒を吐いているんじゃないか? 貧乏、生活苦というキーワードが入っているカテゴリに登録して、そのカテゴリの他人のブログなどを読んで「不幸なことを言ってんじゃない!(俺は金持ちで、コミニュケーション能力があってしあわせな人間だが、それにくらべておまえらは!)」と毒を吐いている人のほうがよっぽど有害だと思うけどな。(そういう人は)貧乏、生活苦、底辺関係のカテゴリには登録しない方がよいのではないかと思うよ。『俺すげぇーー。おまえら、底辺だな。おまえら不幸だな。おまえらが不幸なのはおまえらが悪い。俺がどんだけすぐれているか。俺がどれだけエリートだったか。俺のコミュケーション能力!最高!!』と言いたいだけなのかもしれないが。

生活費はともかくとして、貯金はたっぷりあるんだろ。生活費だって月に五〇万、六〇万かけようと思えばかけられるわけだから、最初から、場違いなカテゴリーに登録しているのではないかと思う。

金持ちが貧乏(底辺)カテゴリーに登録して、貧乏な話しが多いのは不愉快だから、「(貧乏な話しをするやつらは)早く出て行ってくれたらいいな」なんて言っているとしたら、おかしいと思うのはぼくだけではないはずだ。

「俺は金持ちで、コミュニケーション能力ばっちり」だと自負しているのに、わざわざ貧乏カテゴリに登録して、「コミュニケーション能力がたりないやつばっかり、貧乏人ばっかり」と愚痴(小言)を言うのはおかしいと思うぞ。

まあ、ヘビメタ騒音の話しは、登録したカテゴリーからちょっとズレていることは認める。けど、いろいろな都合があって、ちょっとズレているけどここにいる。




2017年10月23日月曜日

ヘビメタ騒音の毒が体にたまったわけではない連中

どうして、劣ったやつらにわかったようなことを言われるようになった? ヘビメタ騒音の影響がわかってないやつらはゆるさない。いや、関係ないか。そんなやつら。しかし、ヘビメタ騒音がはじまってから、ぼくは、背中に火がついている。カチカチ山だ。

ヘビメタ騒音の影響(悪い意味での影響)を軽く考えるやつらがいるんだよな。ずっと能力値も根性?も誤解されてつらい。頭にくる。死にたい。ほんとうに、どんだけ。

おいしいおいしいラーメンですら毎日一年間、一日に一回は食べていると、太って、肝臓に影響が出る。血糖値の調整がむずかしくなる。たった、一年で。一日六時間以上のヘビメタ騒音は、ラーメン一杯の悪影響なんかよりずっと悪影響を与える。毎日、毒を吸わされているようなものだ。毎日、毒をもられているようなものだ。

だから、それが七年も続けば、動けなくなる。

けど、動けなくなったことについて、文句を言われる。俺が文句を言われる。他のやつらに俺が文句を言ったから俺が(お返しに)文句を言われるのではなくて、あっちが先に文句を言ってくる。

だから、応戦しなければならなくなる。実際に動けなくなったけど……最初から動けなかったわけではなくて、ヘビメタ騒音の連続で動けなくなったと言っているだろ。根性の問題じゃないんだよ。

確かに、決まった時間にどうしても起きることができなくなったけど、ヘビメタ騒音の連続で起きることができなくなったと言っているだろ。根性の問題じゃないんだ。心掛けの問題じゃないんだ。

どうして、それがわからない。「まるで、俺が最初から虚弱体質だから悪い」という言い分だ。「まるで、俺の心掛けがなってないからだめなんだ」というという言い分だ。「まるで、俺の根性がないから起きれないのだ」という言い分だ。

そいつらは、ヘビメタ騒音を毎日経験して、ヘビメタ騒音の毒が体にたまったわけではない連中だ。はなから話がちがう。全部がむかつく。

悪い影響が出る食べ物を、好きで、意図的に、食べて、体の具合が悪くなったのとはちがうよ。だから、自己責任じゃない。人を、引きこもりだと思って、ぼろかすに言いやがって。

   *   *   *
風景がどういうものになるかという問題だよね。
つもるんだよ。雪以上につもるんだよ。六ヶ月つもった世界と一五年つもった世界じゃちがうだろ。一五年目の途中で終わったとしても、終わったから、積雪量は〇になるかというと、ならない。終わったのであれば、関係がないと考えるのは、あさはかだ。ばかだ。頭がぬけている。思考のレベルが低い。

   *   *   *

やばい。いま、服を着替えて、玄関をあけてちょっと外に出たのだけど、帰ってきた。精神的につらい。冬のヘビメタ騒音を思い出す。寒いときのヘビメタ騒音の夜を思い出す。くるしい。これ……。これ……。

2017年10月22日日曜日

「そと」でできるのかどうか考えたほうがいいよ

冷凍庫を片付けたときに出てきた「冷凍里芋」を食べた。ほんとうなら、里芋の煮っ転がしにしたいのだが、無理。肉がない。

砂糖醤油で食べてみようかなと思って、砂糖醤油で食べた。
まずいはずがない。けど、肉がほしかったか。とりこま。

その他、冷凍トウモロコシ。うまい。けど、ものすごくあまく感じだ。
冷凍室から出てきた、たらこも焼いて食べた。

買い物に行くかどうかまよう。
ドクターペッパーを飲みたい。あとは、セブンの冷凍スパゲッティーが食べたい。実は、マクドナルドにも行きたい。まあ、いまは、腹がいっぱいだから、食べないけど。買っておくだけでもいいんだ。

加齢のせいか病気なのか、からだが重い。
からだが重い。あいかわらず喉がかわく。
からだが重い。

母親が天国に行った後ぼくは、自分で料理を作れなくなってしまった。やる気をなくしたわけ。それで、親父が買ってくるものに頼っていたんだけど、それが失敗だった。あいつは、揚げ物ばかり買ってくる。「揚げ物は買ってくるな」と何回言ったかわからない。けど、親父が食べないので、冷蔵庫の中で腐りそうになる。それで、腐る前にしかたがなく、揚げ物を食べた。そうしたら、また、買ってきちゃうんだよ。腐っても、ほうっておけばよかった。俺は揚げ物なんて、滅多に食べなかったのに、あれでおかしくなった感じがする。「揚げ物は買ってくるな」と何回も何回も言ったんだけど、(ぼけ老人のように)買ってきてしまう。つたわらない。二年前からまた、自炊(料理作り)を再開したけど……。買い物に行けなかったんだよ。体力的に。そういう時期がある。あの時おかしくなったんだよな。自炊というか、ようするに、買い物なんだよね。買い物。買い物が弱点なんだよ。体力がなくて。その体力のなさは、揚げ物の前からなんだけど、自転車も前のやつで使いやすかったし、なんとか行ってたんだよ。けど、母親が天国に行って、料理を作る張り合いがなくなっちゃったんだよな。すこしでも栄養をつけてもらおうと思って、ない体力を振り絞って、腕を振るっていたから。張り合いがなくなった。

ヘビメタ騒音で体力がなくなった。ずーーっと続いているんだよ。気違い兄貴、「俺が体力がなくてこまっている」と聞いても、「そんなんじゃだめだな」みたいな感じなんだよ。気違いだから、どれだけ、ヘビメタ騒音でこまっている」「ヘビメタ騒音で体力がなくなってこまっている」と言われても「親父のように」まるで、わかってないんだよ。「そんなの知らないよ~~へっへーん」って感じだよ。だったら、一日に七時間から一四時間、時間を決めてヘッドホンをして鳴らすようにしろ。一日に七時間から一四時間、鳴らすな。自分は、一日に七時間から一四時間鳴らすという毎日を暮らしていて……毎日実行して、……こっちがどれだけ「こまっているからやめろ」と言っても、一切合切言うことを聞いてくれなかった。なんて言うのかな、親父が無視したように無視している。これ、ほんとう、うちにいる限りおなじなんだよ。まったくなにもつたわらない。一万回、二万回、三万回言っても、なにもつたわらないんだよ。なんて言うのかな? だから、気違い兄貴が原因になっているということを気違い兄貴が絶対の意地で、親父のように!認めない。これ、ハンダゴテ事件なんて、他の人からみれば、どうだっていいことなのだけど、ハンダゴテ事件に似ている事件というのは、毎日、何回も発生していた。親父に関われば必ずそうなった。で、ハンダゴテ事件では、親父がほんとうは、兄貴のことをこまらせたんだけど、親父は、どれだけ言われたってわからない。「そんなのなんだ」と言って腹を立てるだけだからな。そして、自分の行為はかえようとしない。そして、自分の言い分「大丈夫だ。使える」はかえない。かえないで、怒り狂って、押しつける。だから、どれだけ、そういう押しつけで、困っているということを言っても、聞かなかった。兄貴がどれだけ親父の押しつけ」で困っていると言うことを言っても、親父は、一切合切聞かなかった。で、それとおなじ態度で、ヘビメタを鳴らしている。一四時間鳴らしたら、こまるに決まっているんだけど、本人は、ぜんぜん気にしない。どれだけ「こまるからやめろ」と言っても「そんなのなんだ!」怒り狂って認めない。で、本人が爆発してしまうと、本人のなかでは「すんで」しまうらしく、なんて言うのかな?……「言われなかった」「やってない」という状態になってしまう。心理的な状態になってしまう。そういう、「言われなかった」「やってない」という状態で、頑固に鳴らすんだよ。それは、親父が「使えない」ということを認めずに、ハンダゴテを押しつけたんだけど、ハンダゴテを押しつけたというつもりがないのとおなじなんだよ。けど、じゃあ、新しいハンダゴテの金を出すのかというとそれは絶対にないわけ。で、たとえばそういうもめごとがあったということを、あとで言った場合、それが一日後でも、「押しつけてない」「そんなのはやってない」ということになる。じゃあ、新しいハンダゴテの金を出すのかというとそれは絶対にないわけ。で、新しいハンダゴテがない状態を押しつけるわけ。けど、親父本人はまったくそんなつもりがないわけ。で、新しいハンダゴテを狩ってやらなければならないようなことを言われると……つまり、「このハンダゴテは使えない」ということを言われると、発狂してしまう。「使える使える」の絶叫。発狂の絶叫。「ダイジョウブダダイジョウブダ」の絶叫。発狂の絶叫。で、つねに、そうなってたんだよ。親父の態度というのは、すべての事柄においてそういう態度だったんだよ。親父システムは、つねにそうなんだよ。兄貴システムもおなじで、頑固に最大限の音で鳴らすけど、本人は、常につもりがなくて、どれだけ「こまるからやめろ」と言われても、相手を困らせているつもりがないわけ。どれだけ言われても、そういうことがわからない。で、わからないからいいんだろ……という無意識で、わからないまま、気楽に……その点では気楽に鳴らし続ける。絶対の意地で鳴らすのだけど、一日に一四時間鳴らして一分もやめてやらなかったとしても、親父の絶叫後の状態とおなじで、なにも気にしてないんだよ。これ、わかる人いるかな? 気楽というのは、どれだけ迷惑をかけても本人はまったく責任を感じないという意味で気楽なんだよ。鳴らすということに関しては、命がかかっている。気楽じゃない。けど、弟に迷惑をかけたかかけてないかということに関しては、気楽も気楽で、まったく関係がない人のつもりのままなのである。それは、どれだけ、強く、何回も何回も「迷惑だからやめろ」と言われても、「めいわくをかけている」というつもりが親父のように発生しないから、そういう気持ちでいられる。だから、兄貴のせいで失敗しているのに、「ばっかでぃー」みたいな態度を平気でとれる。


俺がここで何百回もしつこく書いているのは、気違い兄貴が、一切合切認めなかったからだ。認めて改善する余地があるときは、一切合切認めなかった。おまえ気違い兄貴、おまえ気違い兄貴、おまえ、気違い兄貴、おまえは、たとえば、いま住んでいるマンションで、嫁さんが「明日大事が用があるからやめてくれ」と言っているのに、一時間、あのでかい音で鳴らすことができるのか? 言われた後一時間鳴らしていて、一時間後に、嫁さんが「ほんとうにこまるから、鳴らさないでくれ」と言ってきたのに、無視して、ガンガン鳴らし続けて平気なのか。「鳴らさないでくれ」と頼んでいる相手に対して、「怒って」ガンガン鳴らして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? そのあと、一時間後におなじ対応をして平気なのか? 気違い兄貴が試験前の冬休み一四日間、一四日、全部こういう反応を返してきたんだからな。一回目から、一三回目まで、全部おなじ反応だ。きちがい親父の二回目の反応が、一回目の反応とまったくおなじだというのとおなじなんだよ。おやじとまったくかわらないことをしたという「認識」はあるのか? 気持ちはあるのか? そういうことを、弟に毎日した、という認識はあるのか? きちがい親父にやられてくやしかったことを、俺にやり返している。しかも、一旦そうなったら、一四年間でも、毎日そうする。どれだけ言ったって、親父とおなじ反応で「否定」して絶対に、受け入れない。意味を理解しない。そして、言われているにもかかわらず、つねに!!「いわれたつもりがない」という異常な状態が成り立っている。こんなの、異常すぎて他の人は理解しない。「そんな人いるのかな?」なんて言われる。俺が言われる。そういうことを言ってきた人は、……やっぱりこれも系をなしているんだけど「ヘビメタ騒音の影響」を軽く見積もる。だから、そういう人にしてみれば、俺がサボっているようにしか見えないのである。ちょうど、「お父さんにちゃんと言えばわかってくれるはずだ」「(兄貴の)説明のしかたが悪かったからお父さんがわからなかっただけだろ」と思った技術科の先生とおなじだ。うちにいるときのきちがい親父の状態を考えると、この技術科の先生のほうの発言のほうがまちがっているのだけど、ほかの「常識的な人」にはそう思えてしまうのだ。「うちにいるときの親父の状態」「うちにいるときの親父の態度」なんて、どれだけ、ちゃんと他の人に説明したって「そんな人いるのかな?」みたいな対応をされるわけだから。こういう思いを、気違い兄貴は俺にさせている。ずっとな。何十年も毎日、そういう思いをさせている。気違い兄貴の騒音で俺はこまっていた。一日目から、直接兄貴に、それを言っている。これ、まるで、俺が「直接お兄さんにちゃんと言わなかったから、お兄さんがわかってないだけなんじゃないか」と思うやつまでいるんだから。ともかく、兄貴は、自分が「うちで」やっていたことを、そのまま、「そと」でできるのかどうか考えたほうがいいよ。兄貴がうちでしてきたことがどれだけ異常なことかわかるから。「よそで」やってみろ。一時間で、結果が出る。いや、一〇分、一分で結果が出る。「そんなでかい音で鳴らしてたの?」と言われるよ。で、兄貴の嫁さんが「やめてくれ」と言った後、兄貴がずっと鳴らしてたら、どういうことになると思っているんだよ。兄貴は、小学六年生の俺にそういう思いをさせてきたんだよ。一日に七時間から一四時間、そういう思いをさせてきたんだよ。気違い兄貴よ、一日でも、自分が休みの日にどういう音で、どういう時間の長さやっていたか、いま住んでいるところでデモンストレーションしてみろよ。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。