「過去も未来もない。今現在しかない。今現在に集中して生きていくよ」と言った人がいるとする。けど、ちょっと矛盾しているだよな。
ほんとうに「今現在」しかないのであれば、「今現在」に固定されてしまうのである。
これは、「今この瞬間」という表現でもおなじだ。「今この瞬間」に固定されてしまうのである。
だいたい、「生きていく」というのは、未来があることを想定して言っている言葉なのである。これから、このように生きていきたいということだから、未来があると想定して言っているのである。
そして、「今現在」と言うことができるというのは、過去があるからなのである。「いまげんざい」という言葉が「いまげんざい」という言葉に聞こえるということは、過去の出来事が連続して起こった結果なのである。
「い」と言ったという過去の出来事、「ま」と言ったという過去の出来事、「げ」と言ったという過去の出来事、「ん」と言ったという過去の出来事、「ざ」と言ったという過去の出来事がなければ、「い」と言っても、「いまげんざい」と言ったということにはならないのである。
それは、このような短い発音の組み合わせでも、過去の出来事が影響をあたえているということなのである。
ようするに、過去があるから「いまげんざい」と聞こえるのだ。過去があるから、一連の「いまげんざい」という発音をしたということになるのだ。
そして、未来がないなら、今現在に固定されてしまうのだ。これは、過去から未来に流れる時間のなかにいるということを無視している。時間というものはほんとうはなくて、ただ単に変化だけがあるという考え方については、今回はあつかわない。
「過去も未来もない。今現在しかない」というのは、基本的に矛盾しているのである。過去がなければ「今現在しかない」と言うこともできないのである。
そして、今現在に集中して生きていくということは、未来のことについて言っているということになる。「生きていく」というのは、もちろん、未来に向かって生きていくということだし、未来の生き方について言及しているということになる。
「生きていく」という言葉にこだわらなくても、今現在が「未来に向かって流れている」という感覚をもっているというとを意味しているのである。「今現在」は未来に流れて行く「今現在」なのである。
この人……「過去も未来もない。今現在しかない。今現在に集中して生きていくよ」と言っている人は、固定された「今現在」ではなくて、未来に流れていく「今現在」について言及しているのである。
「今現在」が未来に向かって進んでいくという前提で「過去も未来もない。今現在しかない。今現在に集中して生きていくよ」と言っているのである。ようするに、「未来」があると思っているのである。
* * *
「過去のことは、気にしないで、毎日、精いっぱい、生きていきたい」と言えばいいところを、「過去も未来もない。あるのは今現在だけだ」というようなことを言うから、よくない。これ、ほんとうは、「未来がない」と思っているわけではないのである。彼らの言う「今現在」が未来に流れて行くことを前提として言っているのである。だから、「過去も未来もない」などと言う必要がないのだ。ところが、格好をつけて、そう言っている。そして、言っているときは、ほんとうに「現在」だけがあると思っているのだ。
「過去がない」というのは、ようするに、「過去の出来事」を気にしないようにするということであって、過去がないわけではないのだ。ところが、「過去の出来事を気にしないようにする」と言えば済むのに、「過去はない」とか「過去は存在しない」と格好をつけて言ってしまう。言ってしまった「過去はない」「過去は存在しない」という意味について、彼らがちゃんと考えることはないのだ。格好をつけて言っただけ。
しかし、彼らは、リボンのようなものを考えたとする。二〇センチぐらいに切ったとする。その場合、左側の一〇センチが過去を表しているとする。そして、右側の一〇センチが未来を表しているとする。ちょうど、一〇センチぐらいのところで、リボンの幅が極端に狭くなるとする。この極端に狭くなったところが、「今現在だ」と言うわけだ。「今現在」しかないと言うのだ。けど、その点は、じつは、このモデルだと、未来のほうに移動していくのだ。だから、何度も言うけど……そういう意味で……未来はある。
「過去はない。未来もない。あるのは今現在だけ」……こんなことを言わなくても、「毎日を大切にして生きていきたい」と言えばいいのに……。格好をつけて 「過去はない。未来もない。あるのは今現在だけ」と言うから、問題がしょうじる。
「今現在やっている作業に集中したい」と言うのであれば、わかる。やっている作業のことを意味しているからだ。
この場合も、じつは、過去のある時点からやりはじめた作業について言及しているわけだから、時間の幅をもつ。
そして、今現在やっている作業を、未来のある時点までやるつもりでいるわけだから、未来に対する考え方を含んでいる。
だいたい、「集中したい」ということだから、これは、未来に向かって流れて行く時間を意識しているということを意味している。
「今現在やっている作業」の作業内容は、一日のなかでかわっていくのである。たとえば、朝食を作っているとする。これも、過去のある時点から、料理をし始めたわけで、当然、「過去」はある。朝食を作る時だって、個々の作業は、時間の流れの中で、かわっていく。
別に、今現在に固定されてしまうわけではない。
さらに、自分で朝食として作ったものを食べるつもりなのであれば、食べるという作業内容に作業内容がかわる。これも、「今現在」で固定されてしまった場合、咀嚼自体もできないのだ。時間の流れがある。過去も未来もあるから、咀嚼できるんじゃないの?
それから、本人は、未来のある時点で、自分が作った朝食を食べるつもりで、朝食を作っているわけだから、未来は、当然あると思っているのだ。
それなのに「過去はない。未来もない」とか「過去も未来もない」と言いきってしまう。本人は、格好いいつもりかもしれないけど、ちゃんと、自分が言っていることについて考えたほうがいいぞ。