2019年3月30日土曜日

はぁーー、しかし、どうしたもんだ


本当どうすればいいのやら。やらやら。
とりあえず、紅茶を飲んで落ちつくことにした。
紅茶、うめーー。うまい。
にがさがいいんだよな。はぁーー、しかし、どうしたもんだ。

2019年3月29日金曜日

ああっ、図書館に行ってきたよ

どうすればよいのだろうか。

ああっ、図書館に行ってきたよ。
そして、帰りにビックマックのセットを食べた。
うまかったよ。マックの店内には中学生や高校生が多かったな。
友達ときているやつもひとりできているやつも、みんな、スマホやノートパソコンをいじっていた。グループできている女の子たちは、話をしていたな。俺は普段、パソコンのモニターを見っぱなしだから、そとに出たときは一切合切そういうものは見ない。まあ、持ってないのだけどね。どうするかな? スマホは買うかもしれない。マップが欲しい。必要になるかもしれない。

けど、目を休めるために、たとえばマックの店内などでは見ないと思う。モニターの見すぎで目が悪くなったよ。本当に、何万時間見ているんだろう? もっとかな十数万時間?

まあ、いいや。

マックの窓から外を見ながら、俺が考えていたことは、あそこに行ったなぁ……とか……一三歳の頃、ダイヤとあそこに行ってあそんでたな……とか……あそこの喫茶店で二〇歳の頃ダイヤといろいろなことを話したなぁ……とか、あのビルに入っていたパソコンスクールでマイクロソフトオフィシャルトレーナーの講習を受けたなとか……そういうこと。あのビルに入っていたパソコンスクールはなくなっていた。少なくても看板を見る限りではそうだ。ぼくはパソコンスクールに習に行ったことはない。全部、試験のために行っただけだ。

マックは、四階まで客席があるところで、いつも四階に行く。いや、三階のときもあるかな。二階のときもあるような気がする。ともかく、すいているところを求めてあがっていくわけ。けど、四階が思ったよりあいてなくても、さがったりはしないで、四階で食べる。

実は、別のマクドナルドの方がいろいろと思い出がつまっている? 二〇歳の頃はかならず、別のマクドナルドで食べていた。そこのマクドナルドは、家族で行った最初のマクドナルドで、めずらしくお母さんも外出して、ハンバーガーなるものを食べていた。たぶん、お母さんがハンバーガーをマックで食べたのはあれが最初で最後だと思う。

あの頃は、まだ、オレンジ味のマックシェイクがあった。あれが好きなんだけどな。記憶違いかな。ダイダイ色のやつ。

まあ、ともかく、……。実は、ヘビメタ騒音の思い出で、つぶれていた。「わかいやつらはいいな」などと考えていた。全部けっきょく、ヘビメタ騒音でだめになってしまった……思い出だからな。


   *   *   *

いまごろ、静かになってもおそいよ。遅すぎる。
どうして、毎日、ヘッドホンをして聴いてくれなかったんだ。
鳴らすときは、ヘッドホンをして聴いてくれればそれですんだんだぞ。
開放式の軽いヘッドホンだってあったんだぞ。耳の近くでは、爆音で聴くこともできたんだぞ。それを……、密閉式のヘッドホンにこだわって、頭が重たくなるから嫌だとか言って、一五年間で一〇分間ぐらいしかヘッドホンをしなかった。中間テスト中、期末テスト中、入学試験前だって、一日に一分もヘッドホンをしてくれなかった。それが気違い兄貴だ。それで、『しずかにしてやった』『ゆずってやった』と言っているのが気違い兄貴だ。こんなのが、フルに一四年間数ヶ月続いていいわけがないだろ。

どんだけ……。そりゃ、終わっているよ。
ヘンなことにこだわりまくって……。
音の良さ、音のデカさにこだわってこだわって、絶対にゆずってくれなかったのが気違い兄貴だ。けど、「ゆずってやらなかった」という認識がない。気持ちがない。本人は「ゆずってやった」つもりだ。そういう卑怯なことを毎日、気がつかずに、実行するのが気違い兄貴だ。

そんなんでいいわけがないだろ。
ヘビメタじゃなくて、別の音を兄貴のヘビメタ騒音の音で鳴らしてみろ。一〇分間だって、たえられない。気違い兄貴にしても一〇分間聴くことができない。そういう音だ。そういう音で、常にヘビメタを鳴らしていた。……こういうことが、他の人にはわからない。

毎日やっていた」と言ったら、文字通り、『毎日やってた』んだよ。どうしてそれがわからない。『そんな音でずっと鳴らしていたら、親がなんとかする』……そんなんじゃないからこまっているんだろ。『親がなんとかするはずなのに、しなかった。だから、エイリさんが言っていることは嘘だ』と言うやつだっていたんだぞ。気違い兄貴が、気違い的な感覚で人が言うことを無視して、頑固に鳴らしていたから、俺がそんなことを言われるんだぞ。

やられた人が、他の人から、悪く言われるようになっている



どうするかな?
1)近くのストアに歩いて買い物に行く
2)図書館の本をとりに行って、帰りに買い物をする(自転車で行く)

どっちにするべきか?
本を借りることはないと思っていたけど、借りてしまった。どうして借りることはないと思ったかというと、とりに行くのがものすごくめんどうくさいからである。とりに行くのが負担で負担で、借りたくなかった。けど、昨日はちょっと、気持ちがゆるんで借りてしまった。「できるかな」と思ったのだ。ゆっくり(自転車を)こいで、風景を楽しみながら行くのもいいなどと考えてしまったのだ。「ひさびさに、そういうことでもやってみようかな」と思ってしまったのだ。けど、実際に借りに行くとなると、やはり、めんどうだ。

で、どうするかまよっているわけ。

昨日は、だいぶがんばってティッシュペーパーを買ってきたわけ。だから、けっこうつかれてはいる。まあ、昨日は医療ソーシャルワーカーの人と話をしてきたのだけど、本当に自分の付き合いがなくなってしまったなと思ったりもするわけ。ヘビメタ騒音でめちゃくちゃだよ。どうしても、ぼく以外の人とはヘビメタ騒音をめぐってあらそいになる……。俺は「もう、いい」という気分になる。

まあ、話しは長くなるのでやめるが、どうしようかな?
図書館に行く道は俺にとって、そんなにいい道ではない。ヘビメタ騒音の思い出がつまっているからだ。図書館に行く道は、途中まではやなぎ荘に行く道でもあるわけ。なので、やはり、あそこらへんは……あそこらへんもヘビメタ騒音のさみしい雰囲気、ヘビメタ騒音の不安な雰囲気、ヘビメタ騒音の腹立たしい雰囲気でいっぱいだ。

もう、ほんとう、俺は地縛霊のようだ。ヘビメタでほんとうにまるまるしたくなるほど、くるしかった。つらかった。毎日、毎時間毎分毎秒そうだった。そういう人生だった。そういう生活だった。気違い兄貴は、どれだけ言われても、なにもしてないつもりで鳴らして、なにもしてないつもりで暮らしているんだからな。俺は、Fちゃんにヘビメタ騒音のようなひどいとはしてない。しかし、ほんとう、気違い兄貴め、どれだけ言われても、気がつかないんだからな。普通なら、兄貴のヘビメタ騒音が……あの音がデカイ音だということは、言われなくたって普通に認識することなんだぞ。けど、気違い兄貴は、何十万回言われても、『デカイ音だ』ということを認めない。で、ひまさえあれば……というよりも、家にいればかならず、でかい音で鳴らす。かならず、デカイ音なんだよ。半分の時間は小さな音で鳴らすなんてことは絶対にない。あの気違いヘビメタの連続が、ぼくの神経をぶった切った。普通に考えて、あの音のデカさが、わからないというのはおかしい。耳がおかしくないのに、あの音がものすごくデカイ音だと言うことがわからないということは、おかしい。ない。まあ、ヘビメタ騒音の音がでかすぎて、ヘビメタ難聴になってしまったわけだから、聴力は落ちたわけだけど……。それでも、鳴らし始めの時に……あの音がデカイ音だと思えないというのは、やはり、普通に耳が聞こえるのであれば……普通の聴力を持っているのであれば、明らかにおかしい。そういうおかしさが、他の人にはわからないんだよ。兄貴のそういうおかしさ、が、他の人にはわからない。それは、親父のおかしさが他の人にはわからないのとおなじだ。もう、何回も言っているのだけど、やられた人が、他の人から、悪く言われるようになっている。他の人は、そういうおかしさがない……お兄さんは普通の人だという前提でものを言うからな。それは、お父さんは、普通の人だという前提でものを言うのとおなじだ。けど、そうなると、やられた人が軽蔑され、悪く言われることになるんだよ。やられた人の能力を、他の人が不当に低く見積もるようになるんだよ。そりゃ、前提が違うから、やられた人の能力を不当に低く見積もることで、矛盾を解決しなければならないからね。

2019年3月28日木曜日

きゅーっとした思い


かなり鬱だ。行きたくない。
あーーあ。
この朝の雰囲気。
爆発する。俺のこころが爆発する。
この時間にまるまるまるに行くというのは、かなりきつい。ヘビメタ騒音のことを強烈に思い出してしまう。
どーしてもくるしいな。
俺は本当に、「ヘビメタ騒音の朝」が一〇〇日ぐらいつもったところで人生が終わっている。だれもわかってくれない。わかるわけないか。

けど、くるしい。

まるまるAとまるまるBは俺にとってトラウマ地帯だ。強烈に憂鬱になる。あの道を通っているとまるまるそうになる。もちろん、心理的なまるまるだ。まあ、くるしいというのはまるまるでないのだろう。けど、つらい。あのときの「きゅーっとした思い」なんてだれもわからないのだから、俺がどういう気分であの道、通っているかなんてわかるわけがない。

まるまるAとまるまるBがヘビメタ騒音でトラウマ地帯になっているのがけっこうでかい。本当にくるしい。
病院にいる親父よりも俺の方がやばい。
これ、ほんとう、どういう気分になると思っているんだよ? ヘビメタが本当にくるしかった。ヘビメタノ日々が本当にくるしかった。あの時間の連続はない。あの気分の連続はない。「ちがう」って言っているだろ。ちがうんだよ。普通の騒音じゃない。ちょっと我慢していれば終わってくれる騒音じゃない。気違いの騒音だからな。

あれだけデカイ音で鳴らしている時、デカイ音で鳴らしているつもりがないんだからな。こんなの気違いとしか言いようがない。ともかく、あたりまえのこととして、あたりまえのようにやったんだよ。空気を吸うように、あたりまえのこととして、家にいればかならず、その時間、鳴らした。本人はまったく悪いことをしているつもりなんてないんだからな。どれだけ言ったって、ぜんぜん悪いことをしているつと思わずにやりきる。入学試験一ヶ月前からもめてもめて、それで、その一ヶ月間、土日も含めて一日もゆずらないで鳴らし続けて、まるで、俺の入試の邪魔をしていると思わない人間なんだからな。そういうところが、親父そっくりだよ。兄貴は親父そっくり。
一ヶ月前というか、三ヶ月前から、入試が近いから静かにしてくれとズッと言ってたのに……。いや、もう、気違い兄貴がヘビメタを鳴らし始めたときから、ズッと毎日言っているんだぞ。

高校一年生の時の担任と、高校三年生の時の担任がおなじ人なんだけど、「まだ、そんなことを言っているのか』と言われたよ。「まだ、ヘビメタ騒音のことで悩んでいるのか」と言われた。そりゃ、三年もたっていれば、どうにかなっていると思うよな。解決していると思うよな。けど、三年間毎日ズッとやられた。一日も解決してない。一日のなかでは、一分も解決してない。気違い兄貴がやりたい時間は、気違い兄貴ががめてやるということに「なっていた」。気違い兄貴は、俺がどれだけ『こまるからやめてくれ』と言っても、まるで気にしないで鳴らし続けた。それで、「やったつもりがない」んだよ。『こまらせたつもりが』まったくない。『こまらせたつもりがなければ』どれだやってたって、やったことになってないんだよ。これをやり始めたのは親父だけど、うちでは、うちでは毎日そうなんだよ。気違いが意地を通して、気違いらしいことを、ズッとやり続ける。で、当の気違い本人は、まったくシランプリだ。「やっているつもりがない」。なら、『やめてくれ』と言えば『やめてくれるのか』というと、それもないんだよな。絶対の意地で、自然にやり続ける。
気違いにとっては、一秒だってゆずれないことなのである。そして、あたりまえのことなのである。あたりまえのようにずっと、そのままなんだよ。あたりまえのように、ズッとやりづける。けど、「つもりがない」んだよ。

迷惑行為をしているつもりなんて、さらさらないよ。それは、言われなかったからわからないのではなくて、何万回言われたって、わからないんだよ。言われたら、腹を立てて、真っ赤な顔をしてこだわってこだわって、絶対の意地でやりきる。やっているのに、まったく、やったつもりがないんだよな。自然にそうなっている。


2019年3月27日水曜日

不名誉


なんか知らんが、いろいろとヘビメタでくるしい。これ、だれにもわからないんだよな。俺以外のだれにもわからない悩みだ。体感だ。からだの感じだ。この世の雰囲気だ。ヘビメタ騒音でくるしい。どうして、わからない? ヘビメタ騒音でくるしいと言っているだろ。

どうしてもくるしい。どれだ時間がたっても、くるしさがかわらない。どうしても、くるしい。「どうしても、くるしい」というと、『自己責任だ』『どうすることもできなかったなら、おまえが悪い』という返事が返ってくる。『どれだけやられたって、どうにかしなきゃダメだろ』という返事が返ってくる。気違い野郎。まるまるまるまるまるまる。

本当にどれだけ、ぼくの世界が変わってしまったか。気違い兄貴が、ヘビメタに興味を持ったおかけで、どれだけの世界が変わってしまったか。そりゃ、俺の世界なのだから、他の人には関係がない。関係があるとしたら、『愚痴を言われるのはたまらん』というような関係だろう。それも含めて、全部違ってしまった。本当に経験していることが違うんだよな。ヘビメタノ量が、並みじゃない。普通の、『ヘビメタ騒音を経験しなかった人』とはまったく違う。普通の、『ヘビメタ騒音を経験しなかった人』とはまったくちがう世界で生きている。普通の、『ヘビメタ騒音を経験しなかった人』とはまったく違った基準で生きている。他の人にはわからない。

これも、言えば、『自分だけ苦労していると思っているのか』『俺だって、つらいことがあった(それでもがんばってやっている)』というような返事が返ってくるんだろ。(まるまるまる)。ぜんぜん違う。隣の部屋に住んでいる家族によってもたらされたことだということが違う。そして、気違い的な意地で、あれだけ長い期間毎日、気違い的な音でヘビメタを鳴らし続けたのは気違い兄貴だけだという違いがある。これ、本当に、基準がずれている。

がんばる力も毎日毎日、毎秒毎秒、吸い取られるのが、ヘビメタ騒音だ。それから、「ふつうのいえ」で暮らした人は、本当にヘビメタ騒音の大きさがわからない。音の大きさがわからない。そういうデカイ音にずっと一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間されたときのからだの状態がわからない。精神の状態がわからない。日曜、祭日、夏休み期間、冬休み期間、春休み期間に限られるけど、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、一二時間、一三時間、一四時間さらされたときのからだの状態がわからない。精神の状態がわからない。際限なくそういう毎日が続いていいはずがないだろ。

普通の騒音レベルの音が一時間ぐらいなっているぐらいにしか考えない人たちがいる。こいつらは、なにを聞いているんだ? 俺が言っていることを無視するな? 自分の感覚で置き換えるな。教師とか社長とかやっているやつらは、八割ぐらいのやつが誤解する。『そんな音じゃない』って言っているだろ。『ちょっとした騒音』じゃないんだよ。勉強する環境に恵まれた家の人は、まったくわからないんだよな。『テレビの音がうるさい』とか『フォークギターの音がうるさい』とかそういうレベルじゃないと言っているだろ。

だれも、気違い兄貴の意地がわからない。気違い兄貴の気違い的な部分がわからない。本当にどれだけ言われても、なにもやってないつもりなんだぞ。言われたときだけ怒って、あとはもう、まったくなにもしてないつもりなんだぞ。自分の意地は絶対に通しているのに、自分の意地を通しているということを、絶対の意地で認めない。認めてないということも、認めない。無視する。それは、親父がやり始めたことなんだけど、本当に、兄貴がコピーしてまったくおなじ態度でやりやがる。こんなの、普通の人にわかるわけがない。普通の人が住んできた「いえ」とはまったく違うからな。基準が違うんだ基準が。そもそもの基準が違う。だから俺が、誤解を受けるんだぞ。俺が、高校の物理をどれだけ楽しみにしていたと思っているんだ。本当に、全部、ヘビメタ騒音でくずれていく。ヘビメタ騒音のなかで、ヘビメタ騒音によって生じた亀裂を修復していくことができない。鳴りやまないからな。毎日毎日、鳴りやまない。やっているやつは、やってないつもりでいる。気違い的な意地でズッとやっているやつが、気違い的な意地でやっていることを否定する。ズッとやってないと思っている。気違い兄貴は気違い親父とおなじ。気違い的な意地でやったことは、気違い的な意地で否定する。それで、否定したら、もう、自分のなかでは終わっているんだよ。それは、自分がやりたいことをやっているときに、他人から「やるな」と言われたときの態度とおなじなんだよ。自分がやりたいことをやっているときに、他人から「やるな」と言われたときの気持ちとおなじなんだよ。だからズッと気がつかない。

2019年3月26日火曜日

気違いの音がガンガン鳴っている家に近づくこと

やっぱり、ヘビメタでくるしい。いま、ゴミを出しに行ったんだけど、ゴミを出しに行くと、当然、ゴミを出したあと、こっちに帰ってくることになる。その場合、ヘビメタ騒音が鳴っている家に、近づくことを思い出してしまう。徒歩で、ヘビメタ騒音がガンガン鳴っている家に、近づくこと……を思い出してしまう。それは、何千日もそうだったわけ。そりゃ、学校から帰ってくるときは、最終的に家の前の道を通らなければならず、家の前の道は、むかしもいまも、ほとんどかわってないから。もちろん、道路を舗装したり、まわりの家も当時の家ではない。だから、かわったと言えばかわったと言える。しかし、そうじゃない。うちは建てかえをしてないし、見える風景もだいたいおなじだ。

ともかく、くるしい。あれ、入試から帰ってきたときのことを思い出してしまう。学校から帰ってきたときのことを思い出してしまう。俺にとって、『気違いの音がガンガン鳴っている家に近づくこと』がどれだけくるしいことか! なんか、本当に、悪臭をはなっているところに、近づくような感じなんだよね。ものすごくいやな場所に近づく気持ちだ。猛烈に、いやな場所に近づく感じ……徒歩で……これが、どれだけくるしいことか。で、ドアを開ければ、気違いヘビメタが雪崩のようにふってくる。あれ、本当に、ドア一枚でどれだけ違うか? ともかく、くるしい。家の前の道を、家に近づく方向で歩いているとき、ぼくは崩壊的な気持ちになる。破滅的な気持ちになる。学校から帰ってきたときや、入試から帰ってきたときのことを、一気に思い出してしまう。数千回、の、記憶。どうしたって、雰囲気として思い出してしまう。「じぶんち」に帰ることが、どれだけくるしいことか……。こんなのない。

あれ、ほんとうにない。
みんな、わかってない。
どれだけひどいことか、みんなわかってない。
『ヘビメタ騒音? そんなの関係ない』と言ったやつをまるまるしてやりたい。

おれがそういう感情を持ってしまうということだって、ヘビメタ騒音がなければなかったことなんだぞ。気違い兄貴が、気違い兄貴の感覚で、気違い的にこだわってこだわって、気違い的なデカイ音で鳴らさなかったら……十年何年間も鳴らし続けなければ……毎日、十年何年間も鳴らし続けなければ……なかったことなんだぞ。気違い兄貴のこだわりが他の人にはわからない。一日のヘビメタ騒音の『総量』が他の人にはわからない。一分間ヘビメタがずっと鳴っているということのつらさが、他の人にはまったくわからない。一分間だけでも、相当につらい。相当にこたえる。どれだけ無視していても、一分間、鳴っていれば、一分間のの毒素がからだに送り込まれる。強烈ストレスを感じて、さまざまなストレス障害の症状が出てくる。ヘビメタ騒音の毒素量が決まっていると思う。一分間やられた場合の、ストレス量がだいたい決まっているように思う。それは、なんて言うのかな、ある種の毒に対する反応とおなじだと思う。人によって、毒に対する感受性?が違う。けど、だいたいおなじなんだよ。特別な人がいるけど、特別な人以外は、だいたいおなじところにおさまる。ヘビメタ騒音のストレス量というのは、本当は、特別な人を抜かしてだいたいおなじだと思う。ただ、他の人は、となりに気違い兄貴がいなかったから、経験してないだけだ。これ、本当におなじ経験をしたら同じような症状が出ると思う。それは、毒の摂取量?とだいたいおなじ傾向を示すと思う。

やられておいて、平気と言うことはないんだよ。そりゃ、好きで鳴らしている兄貴は別だけどな。騒音というのは、自分で制御できない音なんだよ。音の大きさは関係があるけど、音の大きさが、騒音かどうかを決めるわけじゃない。騒音というのは、人が感じるものなんだよ。不快だと思った音を制御できないというところが、騒音の騒音たるゆえんだ。とある音が、騒音であるか騒音でないかを決める一番重要な部分だ。制御できないヘビメタ騒音なら、だいたい、他の人もおなじ症状が出ると思う。他の人は、経験してないからわかってないだけ。「そんなことになるなのかな?」と思ってしまうわけだ。あとは常識にしたがって「でも、ちゃんと働かなきゃだめじゃないか」「でも、遅刻しちゃダメじゃないか」と思う。これは、ヘビメタ騒音の影響を過小評価している。けど、本人は、経験してないからわからない。常識にしたがって言っていることだから自分が間違っているとは思わない。自分が間違っていることを言っているとは思わない。前提が違うからな。

ヘビメタ騒音の影響を過小評価する人は、俺にかんして、必然的に誤解するようになっている。そういう構造。そういう状態。これだって、気違い兄貴が、気違い兄貴の構造で、まったく気にしないで、こだわってこだわって、普通の人じゃあり得ないほど夢中になって、ヘビメタを頑固に、デカイ音で慣らしたからそうなっているんだぞ。おなじなんだよな。気違い親父が、ハンダゴテのことで示した態度と、気違い兄貴が、ヘビメタのことで示した態度がおなじ。そして、「まわりのひとのはんだん」というのが、おなじなんだよな。まわりの人というのは、そんなに頑固になって、間違っていることを主張するはずがないと思っている。あるいは、やっているならやっているで、やっているつもりがあるはずだと思っている。けど、そうじゃない。夢中になってやっている本人は、やっているつもりがない。外から見て、そのように記述されることをやっているつもりはないのだ。兄貴なら、気違い的なデカイ音で鳴らしているということが、わかってない。本当は、デカイ音で鳴らしているのにデカイ音で鳴らしているというつもりがない。親父だって本当なら、「ひとめみればわかること」を理解してないというつもりがない。絶対の意地で理解してやらないけど、絶対の意地で理解してやらないつもりでそうなっているわけではなくて、もっと根本的なところでそうなっているから、客観的な自我の姿が本人にはわからない。つもりがなければ、本人にとっては、やってないことなんだよ。どれだけ、気違い的な意地でやってやってようが、やってないことなんだよ。主観的には……。で、そういう人がいないと思っている『まわりの人』は、必然的に誤解する。やられた人の話を聴いて、必然的に誤解する。そりゃそうだろう。前提が違うのだから……。他の人が信じられないような態度でやると、やられた人が、他の人から誤解、される、構造が成り立っている。

頭がおかしいやつが、やりきると、「おしだされてしまう」。頭がおかしいやつのやり方というのが本当にきたない。どうしてかというと、「やってないつもり」でやりきるからだ。やったのに、「やった」ということを認めない。それは、現在進行形でそうだし、過去のことになったら、なおさらそうなんだよ。そういう人がいるということがわかってない人たちは、そういう構造を持っている人にやられた人のことを、誤解する。そういう人たちににとっては「そんなのはないからない」なのだ。あるからこまっているんだろ。まあ、「あったとしても、影響を受けなきゃいい」というような偽善的なまよいごとを言う人たちもいるけどな。そういうこともある」という前提に立って、「そういうことがあったばあいのえいきょう」について考えなきゃいけないのに、まるで気違いのように、そういう影響を「ないもの」として考える。

2019年3月24日日曜日

興味というのはわりと複雑だ


俺はよくがんばっているよなぁ~~
普通だったらもうとっくにつぶれているはずだ。
よく、がんばったなぁ

ちょっと、横になって、ちょっと楽しいことでも考えるよ。もちろん、現実可能な楽しいことだ。しかし、ぼくの「興味力」がさがっている。たとえば、一〇年前の「興味力」を一〇だとすると、いまの「興味力」は一だ。
興味というのはわりと複雑だ。自分の意志で「きょうみをもとう」と思ってもだめなのである。ごく自然に「きょうみがあること」しか「きょうみがもてない」。ぼくの場合はそうなんだ。もちろん、食わず嫌いというのはあるだろう。けど、ぼくの場合は、なぜか知らないけど最初から興味があるものには興味があるし、最初から興味がないものにかんしては興味がない。むりやり興味をもとうと思っても、そんなに続かない。自然にわいてくる「しりたい」と思う気持ちや「やってみたい」と思う気持ち以外、あんまり、続かない。

その「興味力」もちょっとさがってきたんだなぁ。

そういうことを言った人だって、俺とおなじ頻度で遅刻するようになる


ジュースを買いに行くかどうかまよう。
どうするかな? 飲み過ぎになっているからひかえるべきなのだが……。

「普通に楽しい」とかないんだよな。
ヘビメタ騒音のせいで「普通に楽しい」時間はない。
どうしてもない。あれからずっと、何十年間も毎日、つらいだけの日々だ。ヘビメタ騒音で出口をふさがれて、ずっとくるしい。なにをやっていてもくるしい。ヘビメタ騒音に汚染されたからだで動いているのはつらい。ヘビメタ騒音に汚染されたからだは、いつでもつらい。

「楽しい」というのがほんとうになくなってしまった。すべてが苦行。すべてがすべて、「できればやりたくないこと」だ。楽しいというのがないんだよな。とてつもなくくるしいし、不安でブラブラしている。このブラブラというのは、こころのふるえ。ブラブラ歩いて、楽しんでいるわけじゃない。こころが、不安でぶらぶら。振動している。激しく振動している。ヘビメタでいつでも、一触即発だ。ヘビメタ騒音とは関係ない人とでもそうなる。だって、こっちは、ヘビメタ騒音にやられて、ぼろぼろなんだから。こころが不安でブラブラなんだから。いやなテンションの高さというのがある。

ヘビメタ騒音で失敗していると、「年下先輩」とかいやな問題が発生しやすくなるんだよ。「そんなの、自業自得」とか言う人が出てくるとは思うけど、ヘビメタ騒音は自業自得じゃない。まあ、「すべては自己責任」とか言いやがるかいられないけど。……これ、言うとまた敵ができてしまうけど、「すべては自己責任」と普段から人に言っているような人は、おそろしくあまい。自分でわからないのかね? そいつに責任があることも、人のせいにして怒っているようなやつらばかりだ。自分で進路を決めたのに、親に対して、「どうして、『その進路じゃダメだ』と言ってくれなかったのか?」と言うようなやつばかりだ。それで、『すべては自己責任』とか、わらえる。人に対して適応している基準と、自分に対して適応している基準が違うんだよね。そして、本人はその違いにまったく無頓着だ。「すべては自己責任」と自分に言っている人、そうじゃないんだろうけど、「すべては自己責任」と他人に対して言っていいるやつは、そういうところがある。これは、ひとりだけじゃなくて、他人に対してその言葉を投げかける人は、ほぼすべて、そういう人だ。人に対して適応している基準と自分たいして適応している基準が大きく違う人であって、なおかつ、その基準の違いに本人が気がつかない人だ。
まあ、そういうのはいいとして……。……いや、ともかく、他の人はヘビメタ騒音を俺とおなじように経験してないのだから、ずるい。それで、その立場から、説教をするのはずるいぞ。あるいは、まったく無意味なアドバイスをするのはずるい。それはけっきょく、『自分はまったくやられなかった』という立場から、あれやこれやと言うわけだから……。ずっと毎日、気違い的な家族である他者が、わけのわからない気違い的な基準で、騒音を鳴らし続けるということがなかったひとには、まったくわからない日常の感覚がある。この日常の感覚……日常の疲労感、日常の破滅感……。そりゃ、他人だからわからないよな。他の個体だからわからないよな。やられてないやつが、『そんなの関係ない』とか『もうなってないだったら関係がない』とか言いやがると、本当に腹が立つんだよ。けど、そういう人だって、もし、ヘビメタ騒音が実際になかったら、そういうことを、俺に言わないわけだよ。実際に一五年間毎日ヘビメタ騒音をやられたから、そういうことを言われる。「『起きられない』『通勤ができない』『通学もできない』と言えば、『そんなのはあまい』『できないというカラできないんだ』なんて、言われる。けど、そういうことを言う人は本人の中の常識と『ヘビメタ騒音』見積もり量でものを言っているにすぎない。そして、絶対的な事実として俺とおなじヘビメタ騒音を俺とおなじ時間、経験してない。経験してないから、ヘビメタ騒音のことがわかってない。小学六年生の時から『ヘビメタ騒音で起きられない』と言えば『そんなのはあまい』と言われてきたわけだからな。けど、そういうことを言う人は、うちに帰ったら、気違い家族が、気違い的なけたたましい音でヘビメタを絶対の意地で鳴らしているわけじゃないんだよ。そんなのが毎日毎日続いてるわけでもないんだよ。きたないじゃないか。『家族で話し合えばいい』『お兄さんにやめてと言えばいい』こういうレベルの反応だ。本当に俺がどれだけそういうことでバカにされてきたか? 『お兄さんにやめてと言えばいい』と言っている人は『お兄さんにやめて』とひとこと言えばお兄さんはやめてくれるという前提でものを言っているんだよ。どれだけ、俺の現実を無視しているか? 気違い兄貴の現実を無視しているか? そういうふうに現実を無視して、勝手なことを言うな!!ヘビメタ騒音がつらい』『ヘビメタ騒音で通勤できない』と言えば『俺だって、つらいことはある』『俺だってつらいことを経験した』と言う……人もいる。けど、その人は、ヘビメタ騒音を俺とおなじぶんだけ経験してない。俺とおなじ期間、経験してない。なので、その人が考えているヘビメタ騒音影響と実際のヘビメタ騒音の影響がちがうということが言える。これは、完全に言える。なので、その人は、実際のヘビメタ騒音の影響についてまったく知らないままものごとを判断し、ものごとを語っているということになる。そいつが考えるヘビメタ騒音影響と実際のヘビメタ騒音の影響が違いすぎるのだから話にならない。で、言っておくけど、こういう不愉快な交流だって、ヘビメタ騒音が実際に鳴らなかったら起こらなかったことなんだよ。気違い兄貴が、ヘビメタをあの音のデカさで鳴らすことにこだわりつくしてならしていなければ、起こらなかったことなんだよ。『俺が』『兄貴に』……「ヘビメタ騒音を鳴らさないでくれ」とひとこと言ったら、兄貴がヘビメタ騒音を鳴らさないようになったという現実あったなら、その人たちが言っていることは正しいけど、現実はそうではなかった。なのでその人たちが言っていることは正しくない。
小学六年生の時からわかっていることを言われる。たとえば、どれだけ騒音が鳴っていたとしても遅刻してはいけない……というルール(規範)があるとする。で、俺は、板挟みになる。実際にやられると、どうしても、遅刻してしまうからだ。毎日ずっと午後一一時一一分ぐらいまで、あの音を浴びせられ続けるということは、そういうことだ。どれだけ、努力しても、遅刻するようになる。どーしても、起きられないようになる。これがわかってないのである。自分のからだでこういうことがわかってないやつが……要するに、連続的に毎日ずっとやられたことがないやつが……勝手な想像でものごとを言う。頭にくる。頭にくる。で、そいつらは、正義だと思っている。そいつらは、常識的に正しいと思っている。自分の発言が正しいと思っている。遅刻するやつが悪いと思っている。頭にくる。『気違い兄貴の』『気違い的なヘビメタ騒音』というファクターを認めない。だれだって……俺と同じような経験を毎日すれば、そうなるのに、からだでわかってないんだよ。からだでわかってないだけなんだよ。実際におなじ経験をすれば六ヶ月ぐらいで絶対にそいつにもわかることなのに、六ヶ月間そういう経験をすることがその人の人生の中でなかったからわからない。そして、その人のなかであった『ちょっとした騒音』をもとにヘビメタ騒音のことを……兄の気違い兄貴の、あのヘビメタ騒音のことを類推して……ものを言う。で、それは、間違っている。大きく間違っている。本当に一〇〇人中一〇〇人が、俺とおなじ状態になる。どうしても、遅刻してしまう状態になる。俺とおなじ部屋で暮らしていて、俺とおなじ騒音を俺とおなじ時間の長さ、毎日毎日浴びるということを経験すれば、そういうことを言った人だって、俺とおなじ頻度で遅刻するようになる。一〇年間毎日続いたら、『通勤ができなくなる』。どうしてもできなくなる。その時、ほかの、一〇年間そういうことを経験してない人から『通勤ができないなんて甘えている』『俺だってつらいことがあるけど通勤してがんばっている』などと言われることになるだろう。ひとり対(全体マイナスひとり)だからな。これ!! あまりにも特殊すぎる。気違い兄貴の思考回路が特殊すぎる。気違い親父とおなじだからな。あれ、本当に、「つもりがないまま」なんだよな。どれだけ言われても、言われたときだけ怒って、それでおしまいなんだよな。まるで結びついてないんだよな。『自分の行為』と『相手が言ってきたこと』がまるで結びついてない。気違い兄貴の頭の中でまるで結びつかない。だから、自分に関係があることだとは思えない。けど、まったく理解してないかというとそうではなくて、『怒った』時点では、理解している。そりゃ、怒って反応した以上は、相手が言っていることを理解していると考えるしかない。けど、普通の意味では、理解してない状態とおなじなんだよ。そりゃ、怒ったあとは、まったく無視して、まったく言われなかったという気持ちで、鳴らし続ける。気持ちと書いたけど『認識』でもいい。

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2019年3月23日土曜日

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美少女でもおなじだ


受け取り終了。
これであとは工事をまつのみ。

三〇%ぐらい眠たい感じがする。
いま、どこかに行くとしたらけっこうきついなぁ。
ものすごい美少女と会って話しをするというイベントがあるとして、楽しい気分で行けるかというと、そうではないんだよな。ヘビメタ騒音の不安がある。あのときとおなじなんだよな。あのときとおなじなんだよな。
ヘビメタ騒音でくるしかったとき、親友や友達といても、精神的につらかった。美少女でもおなじだ。
さらに、美少女の場合どうしても格好をつけたくなるだろう。その場合、ヘビメタ騒音にやられて、ボロボロになっている自分の姿は見せたくないという気持ちになってしまうのである。で、実際にヘビメタ騒音にやられている俺は、ボロボロで、それが、真の姿だった。本当にくるしい。ヘビメタという外部の人にはまったくわからない理由で、あるいは、出来事で、人知れずボロボロになっているという状態がものすごく、自分でもいやだった。けど、鳴らされると、不可避的にそうならざるを得ないわけで、鳴らされているにもかかわらず、あたかも鳴らされていない状態で暮らすということはできなかった。で、他の人がいっている「元気だ元気だと言えば元気になる」というのは、ヘビメタ騒音を鳴らされていない状態の話しなんだよ。ヘビメタ騒音を鳴らされていない状態なら成り立つ話しなんだよ。だから、ヘビメタ騒音が鳴っている場合は、成り立たない。けど、アドバイスをする人は、そんなことは、関係がないと思っている。で、アドバイスをする人は、例外なく、ヘビメタ騒音を体験してない。俺とおなじ状態でヘビメタ騒音を鳴らされている状態を経験してない。普通の家じゃ絶対こんなことはあり得ないのである。実際、アドバイスをした人は、だれも、気違い的な家族によるヘビメタ騒音を経験してない。

一昨日睡眠がスプリットしたので、どうにもならない

「賭ケグルイ××」はおもしろいけど俺の人生は、おもしろくないなぁ。

なんて、おもしろくない人生だ。



出前一丁を食べた。うまい。

けど、出前一丁は昔のように麺がかたくない方がいい。いまの出前一丁は明らかに麺がかたい。冷凍ほうれん草をたっぷり入れた。ほうれん草を摂取したのでよしとする。



今日は運送屋の人や工事の人を待たなければならず、睡眠が思うようにいかない。



一昨日睡眠がスプリットしたので、どうにもならない。これ、睡眠が人に与える影響がでかすぎる。「もうだめだ」と眠れない頭で数時間、思ったりする。



この、眠りたいのに眠れない時間というのがぼくの場合、長い。たいへん長い。だから、おかしくなっちゃうんだよな。



これで、今日、友達と会う約束があったとしたら、ハッピーかというとそうじゃないんだよね。ここが問題なんだよな。ヘビメタ騒音で全部なくなった。こっち書くことじゃないけど……。



人づきあいが破壊されてしまった。ヘビメタ騒音によって……。

睡眠回路も。



俺の場合、ヘビメタでおかしくなったわけで他のことでおかしくなったわけじゃないんだよ。ここのところが他の人とはぜんぜん違うんだよな。他の人にはわかりにくい話だ。

「そうしてやろうと思って」意識的にやっていることではないからこそ、問題がある

睡眠リズムがボロボロなんだけど、今日は、午前三時ぐらいに起きた。眠ったのはいつだかわからない。たぶん、午後六時ぐらいだと思うけど七時になってたかもしれないし八時になってたかもしれない。

今日は、ATMで振り込みをしなければならないので、セブンイレブンに行った。帰りに安い自動販売機まで歩いて行って、炭酸ジュースとバナナジュースを買った。なんか、オレンジの炭酸飲料が飲みたくて、八〇円で売っているのはそこだけなので、そこで買った。しかも、わざわざ、コの字型に遠回りをした。これは、自動車が多い道をちょっとでもさけるためなのであ~~る。まあ、散歩だからね。わざわざ、遠回りをした。午前五時ぐらいだと、自動車もそんなに多くない。けど、走ってはいる。

ぷらーっと、歩いていると、まるで、夕方のような気分になった。夕方のやなぎ荘の気分なんだよな。あるいはまるまる中央図書館の付近を歩いているような気分になった。朝は、街の感じが夕方っぽい感じになるときがある。まあ、実際には「のどかな夕方」で夕方の方が自動車も歩行者もバイクも多い。

普段、モニターばっかり見ているので、遠くの景色を見ると、目がなんかおかしい感じがする。焦点が合わないような感じといった方が正確か?


ぼくの柳荘時代はヘビメタ騒音時代なので、なんとも言えない破綻した気持ちと、もやもやした気持ちがつきまとう。風景に、雰囲気につきまとう。時間の雰囲気につきまとう。まるまる中央図書館だって、ヘビメタ騒音で汚染された図書館だ。けっこうくるしい。ヘビメタ騒音がその時点で八年間毎日積み重なっていて、自宅浪人だったので、ずっと、ヘビメタ騒音が毎日、積み重なっていた時期だ。くるしい。この、家にいる時間は勉強することができないという破滅感や不安は言いようがない。

気違い兄貴は、気違い親父とおなじだから……頭の作りがまったくおなじだから、どれだけなにを言われても、「言われたときだけ」真っ赤になって怒っておしまいなんだよ。〇・一秒で忘れる。それに、怒っている最中も、「自分がやっていることを邪魔するな」ということで怒っているわけで、「相手がこまる」ということは、いっさいがっさみと認めてないのである。

ともかく、夕方の風景にしろ、朝の風景にしろ、ヘビメタ騒音にまとわりついた、不愉快な感覚がある。不安な感覚がある。気違い兄貴の無視のしかたが親父とおなじなんだけど、無視している以上は、どれだけやったって、やったことになってないというのもおなじだ。

どれだけこだわってこだわって、夢中になってやりきっても、やりきった途端に「やってない」ことになってしまうのである。あるいは、夢中になってやりきっているあいだ、その当の行為をやっている気持ちがなのである。

それは、その当の行為というのが、相手にとっての当の行為だから、相手にとっての当の行為を、一切合切認めなければ……どれだけ「うるさいからやめてくれ」「こまるからやめてくれ」と言われても、相手が「うるさいと思っている」ということと、相手が「自分の騒音でこまっている」ということを認めなければ、(どれだけやたっって)やったことになってないのである。本人のなかでは、現在進行形でやったことになってない。

だから、まるで悪いと思ってないのである。「悪い」と思う気持ちがまったくない。「悪いことをしている」「迷惑をかけている」と思う気持ちがまったくないのだから、どれだけ長時間鳴らしても、まったく悪いと思わない。鳴らしている瞬間瞬間、悪いと思わないわけだから、一日に一四時間やっても……こだわりつくして絶対にゆずらないで一四時間鳴らしても、まったく、悪いと思わないのである。

悪いと思うことに失敗する。

そういう毎日なんだよ。

だから、毎日そういうことをやっても、まったく、つもらない。やっている方にはつもらない。毎日、何十回「こまるからやめてくれ」と言われても、「相手がこまる行為をしているつもりがない」ままずっとやり続ける。

だから、それをあしかけ一五年間毎日続けても、「ぜんぜん」反省しないのである。ぜんぜん「かかわりがある」とは思えない。自分がやった行為だとは思えないのである。

だから、「こういうふうにした」「こういう音で鳴らした」ということを言われると……一五年目、あるいは一六年目に言われると、「鳴らしてない」「そんなんじゃない」と言い出す。

これも、親父がこどもを毎日、きちがい的な理由で虐待していたときとおなじなんだよ。親父だって、毎日毎日、わけがわからないきちがい的な理由で怒りまくっているのに、本人は「まったく」そのつもりがないわけだから。ゼロたすゼロはゼロなんだよ。最中からやっているつもりがないから、一五年間毎日やったって……家にいるときは、本人が眠っている時間と、風呂に入っている時間を除いて……すべての時間やってたとしても……「ぜんぜんやったつもりがない」ということになる。「ぜんぜんやったつもりがない」ということは、本人の主観としては「ぜんぜんやってない」ということと完全にイコールなんだよ。

これは、親父も兄貴もおなじだ。兄貴が親父のコピーなんだよな。兄貴がヘビメタ騒音でやったことは、親父が、いまできちがい的な理由で怒り狂っていたことのコピーなんだよな。やり方がおなじなんだよ。

やりきっちゃえば!都合が悪いことは認めない状態になる。これは、やっている最中に都合が悪いことを認めないというのとおなじだ。兄貴だったら、気違い的にデカい音で鳴らしているということをまず認めない。

「こまるからやめてくれ」と言われたら、頑固にそのまま鳴らしまくるけど、そのまま鳴らしているということを認めないということとおなじだ。鳴らしている時点では、「相手がこまっている」ということと「デカイ音で鳴らしている」ということを無視して認めないのである。それは、言い方を変えれば「不都合なことは認めない」ということなのである。

現実を無視して、認めない。

認めなかったら、本人のなかではやってないことになっている。だから、やっている最中からそうなんだけど、やり終わったら、今度は「そういうふうにしていた」ということが不都合なことになる。だから、「そういうふうにしていた」ということも、命がけで、否定して認めないということになる。で、本人が、怒って!!……これ、やっぱり、まっかな顔をして怒るわけだけど……本人が怒って!!否定したら、もう、それで終わっている。本人のなかではそれで終わっている。

最中も、やり終わったあとも「不都合なことは認めない」。最中も、やり終わったあとも「自分にとって、認めると不都合なことになることは命がけで認めない。で、感情の爆発があって、爆発的に怒ったら、本人のなかでは終わっているのである。そうやって、現実を無視して、「認めたら不都合なこと」をやりきる。だから、どの時点でも反省せずにやりきるということになる。どの時点でも、「やってない」ということになる。本人の主観としてはやってないというとになる。

だから、時間がずれているだけで、やっていることがおなじだということになる。不都合なことは、意地でも認めない。認めてしまったら、自分が損をすることは、気違い的な意地で現実を無視して認めない。そうしてやったことは、やったということを認めない。これは、無意識的な過程で「そうしてやろうと思って」意識的にやっていることではないのである。だから!問題なんだよ!! これ!!

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2019年3月20日水曜日

空がぬけるようにつまらない


つまんない。ほんとうにつまらない。空がぬけるようにつまらない。まあ、自分のサイト(ブログ)だから本当のことを書くよ。本当につまらない。「つまらない」と書くべきではないという考え方もわかる。けど、破滅的につまらない。空がぬけるようにつまらない。

空がぬけるようなつかれを感じる。

もう、どうでもいいや。

つかれた。

これ、本当、普通の人が喜ぶようなことをしても、むだなんだよな。くるしいな。ヘビメタ騒音以降くるしい記憶がぼくを責め続ける。くるしい。他の人にはわからないと思うけど、ともかく、くるしいのだ。

ほんとう、つかれた。

公開用  イベントが発生すると、それで、睡眠時間がずれる

ともかく、つかれた。

2019年03月19日06時30分34秒

これから、風呂に入るつもりだ。今日は、ちょっと外出する。あーあ、書かないけど外出の用が、タノシイコトじゃないわけ。

けど、楽しいことであったとしても、俺は鬱なわけ。ともかく、全体的にやる気が下がっている。なぜか七歳の頃、ある女の子に言った発言が気になっている。というか、これは、説明すると長くなるからやめる。なんかいろいろと反省しちゃっているんだよな。どうして、そんなことを思い出したかというと、普段通らない道を通ったからなんだけど……。どうして、急に思い出すかね? いままで忘れていたのに急に、思い出すんだよな。



ともかく、全体的に生きる気力?が落ちている。



なんかひとつひとつのことがめんどい。けど、ひまだという……。ひまなんだからなんかやればいいのに……と俺も思う。けど、なんか限界なんだよね。限界を感じる。

けど、じゃあ、休んでいればいいのかというと、そうではない。むなしい。だいたい、いまもそうだけど、ぼくの頭は相当に、もやもやしている。普通の人がわかるようにいうと、普通の人が朝起きて、なにもしたくない状態で、本当に目が覚めるまでまっている状態だ。本当に目が覚めるまでは、たぶん、なんかしんどいと思っていて、起きたくないと思っているのではないかと思う。そんな状態が、一日中続いてしまう。



ともかく、全般的に生命力とやる気が落ちている。どうにかしたいのだけど、自分の身の上に発生している、いろいろな用事をこなすだけで精一杯で、他のことに手が回らない。で、まあ、いろいろな用事というのが要するに、・・で、やりたくはないことなんだよね。外出の用事がそんなものだなんて、ぼくは、いやだな。それにしても、時間がたったなぁ。

こどもの頃にもどりたいかというとそうではない。俺は、気違い親父に精神的に虐待されてたからな。暴力はほとんどなかったけど、気違い親父が理不尽なことで怒って、それについて「理不尽だ」ということを言うと、言葉では負けたので、さらに怒って力任せにビンタだからな。そういう親の世話をしているのよ。俺は……。だから、本当に理不尽なことで怒ってたんだよ。だから、理不尽だということを、四歳の俺が、理論的に説明すると、やりこめられたので、怒り狂って、手を出す。



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気違い兄貴が一五年間もガメツク!!気違いヘビメタをデカイ音で鳴らすことにこだわり続けて鳴らさなかったら、ダイヤ君とだって喧嘩してない。そんなことはありえない。気違いヘビメタが鳴っている時間、俺が勉強することができたら、俺はダイヤ君とおなじ高校に行って、ダイヤ君に言い影響を与えていたかもしれないんだぞ。まあ、高校が違うとしても、大学あたりではおなじ大学に入って、ダイヤといっしょに同人誌などをつくったり、ツーリングなどに行って楽しい大学生生活(キャンパスライフというやつ)をおくっていたかもしれないんだぞ。



気違い兄貴が、気違い親父と同じような気違い的な意地で、ヘビメタを(自分が思ったとおりのデカイ音で)すべての時間、鳴らすことに、こだわってこだわってこだわってこだわって、鳴らしたから、俺の中学生活、高校生活、大学生活は、めちゃくちゃになったんだぞ。大学なんて、気違いヘビメタのせいで通えなくなってやめたんだぞ。これ、本当にすべてが限界だったんだよな。限界の上塗りをしているけど、冒頭で書いたとおり、ヘビメタ騒音で睡眠回路が狂って、どうにもならない……どうにもならないこまった状態で起きて動いている。ヘビメタ騒音がずっと鳴っているというような状態で暮らさなければ……毎日毎日暮らさなければ……俺もそのまま普通の生活ができたはずなんだ。いまは、もう、日時を決められると、前の日の午後五時に起きて、そのまま次の日の午前一一時に行くということをしなければならなくなる。で、そうやって、用事を済ませて午後二時に帰ってきたとしよう。その場合、普通なら、眠れるはずなんだけど、気違いヘビメタをやられていたときとおなじように興奮して、眠れなくなる。イベントが発生すると、それで、睡眠時間がずれる。普段だいたい、一時間から、一時間一〇分ぐらいのあいだでずれているのだけど



(このあと、書いたものがふっとんだので、ここで終了)

これ、ATOKのバグで、数字を入力したあと漢数字に変換するとき、深いレベルでだめになるんだよな。九〇%とか入力するときおかしくなる。で、つねにおかしくなるわけじゃなくて、一〇〇回に一回ぐらいの割合でフリーズさせてしまう。



まあ、言いたいことは、イベントが発生すると四〇時間から四四時間ぐらい起きているような状態になってしまうということと、眠ろうとしても頭の一〇%が激しく抵抗して眠れなくなるという話。この、一〇%が抵抗して眠れないという話しと、その時の状態がヘビメタ騒音が鳴り終わったあとの状態とまったく同じだということについては、だいぶ前に書いたので、もう、いいや。けど、IMでフリーズするというのは、問題がある。自動保存をしたところまで、残っていたけど、あとは、だめなわけだから。

IM(インプットメソッド)

2019年3月18日月曜日

どれだけの差があるか



帰ってきた。いろいろと買ったぞ。
唐揚げまで買ってしまった。
揚げ物はなるべく避けるべきなのに……。
たまには、いいよ。

ところで、

つまらない

つまらない、つまらないと書いてもしかたがない。



しかし、つまらない。




つまらなくなるには、それまでに通ってきた道がある。
ぼくの場合、小学六年生の時から始まった、ヘビメタ騒音が「つまらなくなる」理由だ。
これが、きついんだよな。だれにもわからないけど……。他のだれにもわからないけど。俺以外のだれにも、このきつさがわからないのだけど、きつい。騒音が鳴っているときだけじゃなくて、すべての時間がくるしかった。耐えて生きてきたけど、なんも、いいことがない。……翻訳する、耐えて生きてきたけど、耐えて生きているということはつらいことで、つらいことの連続だったということだ。本当にヘビメタ騒音にすべてをとられた。一日なかで、三分の一(の時間)、鳴っているということは、他の三分の二(の時間)も、地獄になる。一日の中で二分の一(の時間)、鳴っているということは、残りの二分の一(の時間も)だめになる。人生の中で、中学時代高校時代すべての日、ヘビメタが鳴っているということは、他のすべての人生もだめになるということだ。

他の人は知らないから、俺に説教をする。

けど、そういうことじゃないんだ。「けど、そういうことじゃないんだ」ということは、常識に縛られている人は絶対にわからない。だから、またまた勝手なことを言ってくる。自分がまのがれていたからって、好き勝手なことを言いやがって。前提が間違っているんだよ。前提が。けど、気違い親父や気違い兄貴とおなじで、「前提が間違っている」ということに気がつかない。けど、ただ単に常識に縛られている人たちは、気違いではない。ただ単に、自分の常識をこえるものに関する理解がないだけだ。


これ、修復不可能なんだよな。これも、他の常識的な人たちは、ちょっとその気になって努力すれば、修復可能だと思っている。俺がちょっとその気になって努力すれば修復可能だと思っている。ぜんぜん違うのに。ぼくはヘビメタ騒音を鳴らされているあいだずっと、全力の努力をしてきたんだよ。これが、わかってない。どれだけはち切れんばかりの努力をしてきたか。騒音のなかで、騒音生活のなかで……。騒音生活というのは、騒音が鳴ってない時間もめちゃくちゃにくるしいんだよ。全部、ぼくのせいにされちゃうしな。そりゃ、常識的な人から見れば、ぼくがたるんでいるようにしか見えない。ぼくがあまえたことを言っているようにしか思えない。ぼくの能力不足で、気違い兄貴を静かにさせることができないと思っている。「そんなの(お兄さんに)言えばいいだろ」なんて言うやつは、みんなそうだ。これは、イ・ラショナル・シンキングじゃない。「みんな」であっている。で、こういうやつは、俺が説明しても、俺の説明を受け取らない。「そんな人いるかな」「そんなことってあるのかな」「そんな音で鳴っているのに、親が文句を言わないなんておかしい(だから、エイリさんが誇張して言っているだけなのではないか)」と思うわけだからさ。こいつらは、みんな(その点では)間違っている。みんな、(その点では)イ・ラショナル・シンキングをしている。前提が違うからな。「常識」的な前提に立って、実際の前提を無視している。こういうやつの相手をしなければならなくなるし、こういうやつから、バカにされるんだぞ。気違い兄貴。気違い兄貴が、気違い親父のやり方で、デカイ音でヘビメタを鳴らし続けるから。気違い兄貴は、気違いだから、「デカイ音で鳴らしている」ということ自体を認めない。そりゃ、どれだやったってやっていることにならないだろ。親父とおなじなんだよ。
おまえ、気違い兄貴、おまえは、親父に同じようなことをやられて、どれだけくやしがってたんだよ。やり方が親父とおなじなんだよ。無視する点が親父とおなじなんだよ。だから、「よそのひと」にはわからない。だから、「よそのひと」からやられた人が、誤解されることになる。おんなじ。まったくおなじ。

他の人たちからすれば、こういう話しは、不愉快な話しでしかないんだよ。どうしてなら、自我がゆさふられるからな。自分が常識だと思っていたことがなり立たない世界があるということが提示されるということは、不愉快なことなんだよ。自我にとって。「おちついていたせかい」がこわれるわけだから。もちろん、完全にこわれるわけじゃないけどな。もし、ぼくの話を信じるなら「たてかえ」が必要なんだよ。けど、「たてかえ」は不愉快なことなんだよ。

ともかく、「たのしいたのしいといえば、たのしくなる」なんて言っている人と、どれだけの差があるかってことだよ。そんなんじゃないんだよ。

2019年3月15日金曜日

それがない

たぶん睡眠の問題なんだろうけど、底の方からやる気が出てくるような感じが欲しい。それがない。ないので困っている。

これじゃ柳荘時代とおなじだよ。まだ、あの頃方がやる気があった。
あの頃はまだ、親友や友達がいたなぁ。いまは、いない。
本当、天涯孤独。ヘビメタ騒音が積み重なって、自分を社会的に抹殺したかった。それしかなかった。親友もけっきょくわかってくれなかったけど、ヘビメタ騒音は、他の人が考えるよりもずっとぼくの足を引っぱっている。「どうにかならない」から「どうにもならない」「だめだ」と言っているのに「そこを、なんとか」とか……。認識が違うんだよな。こういうやりとりを何百回、したか? もう、限界だったんだよ。「エイリがどんな目に遭ってきたか知っているけど」と釘を刺されたうえで「どうにかならない」と言われることがほんとーーーに、いやっだった。すべてが限界だった。ヘビメタ騒音で本当に咲いた威厳の社会的な暮らしをすることが、絶望的にむりなのに……むりなのに……普通に働くことを求めやがって……。それは、ぼくは、親友が中学一年生の時からどれだけぼくのことを心配してくれたか知っている。自分のことのように心配してくれた。その時は、社会的に復活することはは、望まれていなかった。それがよかった。まあ、学生なんだから、学生生活をしていれば、それは、社会的に生活していることになるから……そもそも、そういう言い方にならなかったのだと思うけど。

親父や兄貴の人生はあるのに、俺の人生がない。


   *   *   *

つまんない。つまんない。ほんとうにつまんない。つまらない。

2019年3月14日木曜日

うちが、常識的な普通のうちであったならば


自分でつくったとき卵スープをのんだらちょっと元気になった。うまい。本当は、長ネギのみじん切りが欲しいところなのだけど、そんなのは、ない。本当は、ほうれん草じゃなくてニラでつくりたいところなんだけど、ニラなんてない。というわけで、だいぶ手抜きをしたわけだけど、雰囲気は出ている。トキタマ風のなにかが飲みたかったから、ちょうどいいや。雰囲気があれば、それでいい。冷凍ほうれん草を買っておいてよかった。あとは、卵が二個しかなかったけど、本当は三個必要だったな。まあ、いいよ。あとで、卵も買わないとなぁ。
俺は明日の午前九時ぐらいに起きてなければならないのだけど、相当にくるしい。今日起きたのが今日の午後五時で、そのあと眠れないで起きているから、午前九時ぐらいは相当に頭がゆらゆらしている状態になる。
この時間になにか判断が必要なことを言われても困るんだよな。あとは、西暦と平成の変換が必要なことを言われても、「もう、しんね」「めんど」というような気持ちになる。この時間帯は本当になにもしたくないから、あんまり頭が必要なことを言われても困る。(もう、どうでもいいや)みたいな感じで判断がにぶくなっているから、そこで言ってしまったことで後悔するかもしれない。
ちょうど普通の人が働いている時間……午前九時から、午後五時ぐらいまで、眠っている状態なんだよ。いまは! なので、くるしい。しかも、昨日、午後七時まで眠れたので、今日は、午後八時にずれるかと思ったら、午後五時に戻ってしまっている。最後の眠りがとれなかった。昨日は、一度午後五時に起きたけど、もう一回ぐらい眠れた。二時間。だいたい、二時間で小便がしたくなる。ともかく、俺は大丈夫なのか?と 心配です。入院している人より俺が、だめになりそうなんだけどな。本当に、睡眠時間がどうにもならない。最初の予定では、眠ったあと、起きていくつもりだった。面会時間が午後二時以降に設定されているので、午後六時ぐらいに行こうかなと思っていた。けど、起きたあと、一時間ぐらいは、どうにも腰があがらない状態で、「行きたくない」という気持ちが非常に強く出たので、やめた。これで、仮眠がとれればいいんだけどなぁ。眠れないんだよね。

もう、一〇日間ぐらいよゆうがあったのに、これじゃだめだろ。なんて言うのかな? ともかく、睡眠時間の調整がつかなくてくるしい。ヘビメタ騒音でこうなった。一五年……あしかけだけど一五年……毎日のヘビメタ騒音で睡眠回路が壊された。あとは、その毎日の内容が問題なんだよ。実際には、学校に通っていたのは七年間だけど、七年間毎日の内容が問題なんだよ。俺は七年間、いつもくるしい思いをしていた。気違いヘビメタを鳴らされて夜眠れなくなる症状でつねに、寝不足状態で動いていた。朝、一番眠っていたときに起こされて、起きて動いているときの状態が問題なんだよ。これ、もう、本当に、自殺コースだからね。「もう限界だ」ってこころの中でずっと思っていた。動きにくい体を動かして動いているときの感覚が、もう、だめなんだよ。動きにくい体を動かして動いているときの精神が、もうダメなんだよ。動きにくい体を動かして動いているときの状態が、つらすぎる。

まあ、今回、三日後にずらしてもらってもよいのだけど、時間を指定された場合、一日に一時間ずつずれるという一種の法則性?が成り立たなくなる。時間を指定されると、何日後に何時間ずれているから大丈夫だということが言えなくなる。普通なら一日に一時間ずつずれるわけだから、三日後には三時間ずれているわけ。だから、その予想にしたがって、三日後には三時間ずれているはずだから、午前一〇時で大丈夫だと思うのだけど、それが、そういうふうにはいかない。そもそも、学校に行くには七時四〇分には起きていなければならないというのがあって……これ以降にずれると本当に遅刻するのである。で、けど、気違い兄貴のヘビメタの影響がおさまるのがだいたい午前五時ぐらいで、二時間四〇分ぐらいしか眠れなかった。で、これが、きついのなんのって……。しかも、家に帰ったあと、眠れるかというと眠れない。ヘビメタ騒音が鳴っているから眠れない。お母さんの部屋でなら眠れるのだけど、お母さんの寝床をうばってしまうとまずかった。あそこ、いやな親父の布団もおいてあって、親父の布団の上を歩くと水虫がうつりそうだったのでいやっだった。で、だけど、ヘビメタの音だけを考えると、お母さん(と親父の)寝室では、眠れた。実際に、ぼくの部屋よりも、お母さんの寝室の方が、ヘビメタ騒音の音が小さい。じゃあ、お母さんの部屋で勉強ができたかというと、それはちょっと違うんだよな。

で、まあ、話しをちょっとかえるけど……今朝……ゴミを出すために、自分の家の前の道を歩いたわけ。あの道は、ヘビメタ騒音が鳴っているとき、入学試験で歩いた道なわけ。本当にあのときの、記憶がつらすぎる。だれにもわからないんだよな。俺は、当時着ていたブルゾンの色や内側に着ていたトレーナーの色を覚えている。あのとき、どういう気持ちであの道を歩いたか。家の前の道を歩いたか。家の前の道は、当然、家の前の道だから、学校から帰ってくるとき、歩く道だ。家に近づけば近づくほど、気違いヘビメタの音がでかくなる。あんときのあのかんじはない。あんときのあの感じはない。だれにもわからないんだよな。俺がどれだけ繰り返したか。俺が何千日おなじように繰り返したか? 普通なら、本当に一日で終わることなんだぞ。気違い兄貴が気違いでなければ。うちが、常識的な普通のうちであったならば。

2019年3月13日水曜日

ヘビメタ騒音の場合は、廃液、悪臭、毒ガスのなかで動いているようなもの


うーん。つまらん。つまらん。つまらん。
いま、めしの用意をした。用意って、ご飯を炊く用意をしてスイッチを入れた。五目釜飯じゃなくて、山菜釜飯があまった。しばらく、山菜釜飯ばかりになってしまったので、白い飯を炊くことにした。山菜釜飯は、ガラスの容器にいれて冷凍庫に入れた。これでいいだろう。ふたつ、つくったよ。こうしておけば、だるくてなにもつくる気がしないときに、チンしてあたためればいい。解凍するときに、電気代がかかるのがいやだけどしかたがない。
白いご飯でボンカレーを食べるつもりだ。釜飯はうまいけど、カレーが食えなくなる。ボンカレー、なんとなく、食べたくなったから買っておいた。本当は、当時のやつがいいんだけどね。復活のやつが高かったから、安いボンカレーを買っておいた。甘口だよ。甘口。なぜか、ボンカレーは甘口がいい。
なんか、ねちがえた、らしく、微妙に左首と、左肩が痛い。
左が痛い。布団の下にマットをひくかな?
大型商品(通販)だと、時間の指定ができないんだよな。
ちょっと問題がある。

しかし、三〇代の状態には復活したいんだよな。体の状態と精神の状態。
むりか? 「本当につかれた」というのがある。寝ているとき、なんか自分のからだがしずんでいくような感じがある。これは、前からつかれたときはこんな感じになるのだけど、ちょっと今回のは、期間が長すぎる。毎日そんな感じだよ。
やせ我慢して生きてきたけど、ろくなことがなかった。
ヘビメタ騒音で友達をうしなっている。これ、本当に、「へびめたそうおんのせい」なんだよ。他の人はまったくかわらないだろうけど。他の人は、ヘビメタ騒音生活をまったく送らずに、「そんなのはいいわけだ」と言ってくる。「ヘビメタ騒音と友人関係と、なんの、関係がある?」と言ってくる。けど、本当に、ぼくと同じようなレベルのヘビメタ騒音が横の部屋でガンガン鳴っている状態が続くと、だめになる。友人関係なんてすっ飛ぶ。もちろん、一年間で完全に終わってくれればいい。けど、一〇年以上毎日続いたら、もう、だめだ。そういうことがわかってないんだよね。一〇年毎日、つもったときに、どういう状態になるかわかってない。それこそ、精神の状態とからだの状態。これは、実際に一〇年間毎日やられてみないとわからないと思う。つもるんだよ。ほんとうにつもる。けっきょく、ヘビメタ騒音一五年を経験したあとの三〇代なんだよな。なんで、三〇代が出てくるかというと、さっき、「せめて、三〇代の頃のからだにもどりたい」と思ったから。いまは、本当につかれた。つかれはてた。うごけない。へこんでうごけない。どうにもならない。
まあ、「いちにちいっこほう」でなんとかやっていくしかないのだけど、たとえば、Wordpressのテンプレートをつくって売ろうと思っても、しんどいのでできない。エクセルの使い方について、説明してyoutubeにのせるとかそういうことも考えたけど、しんどくてできない。だいたい、ヘビメタ騒音のせいで、ぼくの声が、暗い声になっているんだよね。ああいうのは、明るい声じゃないとだめなんだよ。これは、これは声の質自体のことじゃなくて、気持ちの問題ね。ヘビメタ騒音をやられて、なんて言うのかな?そういうところでも、だめなんだよね。ヘビメタ騒音が、毎日一四年以上も、午後一一時一一分ごろまで続かなければ、ぼくはこんなにくらい声になってない。こんなにくらい話し方になってない。何度も言うけど、ぼくはヘビメタ騒音前は、明るかったんだよ。わりと、たのしむことができた。楽しい気持ちもあった。けど、ヘビメタ騒音が一日をおおうようになってから、一日中、くるしいんだよ。楽しくないんだよ。つらいんだよ。これが、他の人にはわからない。経験してない人にはわからない。だから、他の人は「たのしいたのしい」と言えば楽しくなる……というようなことを言い出す。たとえば、その人が自分(その人自身)に向かって言ってるのであればそれでいいけど、ぼくに向かっていっているのであれば、対応しなければならなくなるだろ。で、もう、「あわせるよゆうはない」。あわせる余裕はない。サービスで、「そうですね」と言う余裕はない。そんなのは、ヘビメタ騒音一五年生活のなかで、何千回もためしたことなんだよ。そして、ダメだったことなんだよ。どれだけの崩壊があるか? どれだけの疲弊があるか? どれだけの「しっぱいたいけん」があるか? これも、また「しっぱいたいけん」などという言葉を使うと、そこをせめられる。「しっぱいとおもえばしっぱいだけど、しっぱいだとおもわなければしっぱいじゃない」「しっぱいだとうけとめるからだめなんだ」とせめられる。もう、いやなんだよ。これも、ヘビメタ騒音が本当に毎日一五年続くと、……そういうことでは、どうにもできない疲れに襲われるし、楽しくない状態になる。けど、たとえば、「たのしいたのしい」と言えば楽しくなる」とか「しっぱいとおもえばしっぱいだけど、しっぱいだとおもわなければしっぱいじゃない」というようなことを言う人に、ぼくの意見を言っても、相手は、わからない。相手は、そんなことを言っておいて、いざ自分が言ったことを否定されれば、不機嫌になる。「なんだ、こいつ」と思う。「そんなこといってるから、だめなんだろ」と思う。ぼくの意見は、ヘビメタ騒音生活に裏付けされた意見なんだよ。やってないで言っているわけじゃないんだよ。もう、そういうまじないのような思考法につきあうのはいやなんだよ。これ、普通の場面ではどうしたって、「そうですね」と言って返さなければならないような状態になる。ヘビメタ騒音でつかれてそんなこと、やってられない。こっちは、何十年も前から、「そんなことやってらないじょうたい」なんだよ。昨日物理の教師のことを話したけど、このやりとりは、物理の教師とのやりとりとちょっとだけ似ている。けっきょく、相手がヘビメタ騒音の本当のすがたを知らないから問題がしょうじる。相手が本当に、一五年間毎日毎日、午後一一時一一分まで、本当に本当にけたたましい音で、いつもいつもヘビメタをやられたという経験がないので、ヘビメタ騒音の本当の姿を知らないから、そういう「あつれき」がしょうじる。ぼくとのあいだに摩擦が起こる。本当に、一五年間毎日毎日、一五年間毎日毎日、午後一一時一一分まで、本当に本当にけたたましい音で、いつもいつもヘビメタをやられたぼくとのあいだにヘビメタ騒音にかんする認識のちがいがある。あるいは、気違い兄貴の性格について、認識のちがいがある。これは、わからない。いくら、「へびめたそうおんのなかで、ものをそろえることができない」なんて言っても、相手はわからない。どんだけ頭がこんがらがるか? どんだけそういう体験がいままで積み重なってきたか?わかってない。本当に、ヘビメタ騒音のなかで動くというのがたいへんなんだよ。水の中で動くのは、空気のなかで動くのよりも、抵抗があってたいへんだ。もっとも、水の場合は、そういう抵抗を楽しむことだってできる。けど、気違いヘビメタ騒音の場合は、廃液、悪臭、毒ガスのなかで動いているようなもので、呼吸しているだけで、相当に感覚をやられる。なんて言うのかな? わからないとは思うけど、本当に頭のリソースを九九%ぐらいもっていかれる。一%のリソースで動いてはいるけど、夢のなかで動いているような感覚で、どうしても、頭がすっきりしない。もやもや。どうしても、「ぬけ」ができる。「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」「もう、いやなんだよ」。「もう、いやなんだよ」。どんだけそういうことであせるか? どんだけ、そういうことで、つかれるか? これ、本当にわからないと思う。ヘビメタ騒音の「毒ガス」のなかで動いたことがない人にはわからない。これ、本当に、勉強をやっているときとおなじ状態になる。問題をどれだけ読んだってわからないような状態になる。学校で覚えたことを、ヘビメタ騒音のなかで復習すると、覚えたことなのに、おぼつかなくなる。へんな感じがつきまとうようになる。へんな感じと言ったけど、ヘビメタ騒音の不愉快な感じがつきまとって、それが、思い出すことを禁止するような状態になる。ヘビメタ騒音が、一度覚えたことを、思い出すことを妨害するたうな感覚というのがある。で、そういうことを、経験してしまうわけだからこまる。要するに、妨害されて思い出せないような感覚が記憶されてしまうのである。だから、ヘビメタ騒音のなかで勉強するのは、マイナスなんだよ。

   *   *   *


こっちに書いて良いのかどうかわからないけど、細かい、いやな記憶がよみがえってきて、困っているよ。本当に何十年も前の記憶なのに、その時の感覚や気持ちがそのまま、よみがえってしまうんだよな。


2019年3月8日金曜日

不安


ヘビメタでこころが重すぎる。いまのところ、書く元気がないので、書かない。もうちょっと復活しないと書けない。
それにしても、ほんのちょっとのバイトですら絶対にできないということを思い知らされてしまった。ヘビメタ騒音の日がそのまま復活する。本当は起きれない状態で、起きて、動いていた死ぬほどつらい状態が復活してしまう。ともかく、くるしかったよ。いまは、しょうべんに起きるのもつらい。おなじだからね。一番眠りたいときに、無理をして動いている状態というのは、つらすぎる。小便はすぐに終わって寝床に帰ることができるけど、それができない……。そういう状態で動いているというのがつらすぎる。ヘビメタ騒音の時、つねに頭がモヤモヤしてつらかった。普通の人でいうと、起きた直後の状態が一番近いと思う。起きた直後はみんななにもやりたくないでしょ……。まあ、そういう寝起きが悪い状態を経験したことがない人もいるかも知れない。寝て起きたあと、なにもやりたくない気持ちを一兆倍ぐらいしたのが、ぼくの普段の状態だ。やる気、ないよ。何千日もヘビメタが続いてつらかった。鳴ってる時間もつらかったけど、鳴ってない時間もつらかった。


時間通りに起きれないということで、人生全部がつむということが、他の人はまったくわかってない。人間関係だって、悪くなるよ。で、どこかに行かなきゃならないとか、誰かに会わなきゃならないというのが、苦痛なんだよね。それは、別にぼくが、人間嫌いだからではなくて、やっぱり、睡眠時間がめちゃくちゃで、けっこう無理をして、動いているからだ。

ヘビメタ騒音のときとおなじなんだよ。ヘビメタ騒音期間中の苦しさとおなじだ。というよりも、なんか歳をとったぶんだけ、当時よりも、ひどくなっているような感じなんだよな。ともかく、しょうべんに起きたくないけど、むりやり起きて、小便をして横になるということをしている。実は、ヘビメタ騒音で困ったことがもうひとつある。

それは、頻尿だ。約二時間おきに起きて、トイレに行っている。睡眠科の先生の話では、それが原因で眠りが浅くてだめなんじゃないかということだった。で、頻尿だけど、これも、数千日ヘビメタ騒音(連続)の結果なんだよ。膀胱には問題がないということがわかっている。調べた。精神的に頻尿なんだよな。ともかく、きつい。

実は、お金の払い込みに行かなければならないのだけど、そういうちょっとした用事が、重い。なんかズタボロなんだよね。そとに出るときは、ヘビメタ騒音にやられた朝、そとに出る気持ちだからね。あるいは、ヘビメタ騒音が鳴っている夜、ヘビメタ騒音に焼き出されてそとに出ているような気分だからね。

深夜は、ヘビメタ騒音にやられて、このさきどうなってしまうのかわからないという不安が頂点に達しているときに、そとに出るような状態だからね。深夜は当時も鳴っていなかったので、そういう点では、安心感があるのだけど、破滅のなかの安心感なんだよ。ぜんぜん安心じゃない。

そりゃ、ヘビメタ騒音がガンガン鳴っていて、どれだけ(その中で)宿題をしようとしてもできなかった時間を経て、宿題ができてない状態でそとに出ているようなものだから。心配はある。不安がある。「このままではだめになってしまうのではないか」という不安がある。その不安が、頂点に達している。だれもわかってくれない。

気違い兄貴は、気違い兄貴モードでヘビメタを狂ったようにデカイ音で鳴らしていて、どれだけ言われても、言われたときだけ、腹を立てておしまいだからな。そのあとずっと気違い的にでかい音でガンガン鳴らしているんだけどな。親父のように、まったく気にしないよ。親父は、わけのわからないことでつねに怒り狂っていたけど、わけのわからないことでつねに怒り狂っていたということにかんしては、まったく無頓着で気にしていなかった。

気にするような人がそんなこと、できるわけがないだろ。で、こういう人の気にしないというのは、頭がおかしいレベルで気にならない。どれだけ言われても、気にならない。言われたら、反対の言葉をオウムがえしにかえしておしまいだ。まったく気にしない。自分が怒っておしまいなんだよ。

だから、気にしないというよりも、気にするということが一切合切できない。兄貴もおなじだ。自分がヘビメタを鳴らして弟が困っているということに関しては、どれだけ言われても気にすることができなかったのである。鳴らしているときに「静かにしろ」と言われれば、親父のように、怒り狂って、夢中になって鳴らしていた。気違い親父だって、きちがい的な理由で怒っているとき、「理由がないことで怒るのはやめてください」と言われたら、怒り狂って、怒るのをやめるということはなかった。夢中になって怒っていた。ようするに、「やめてくれ」と言われた行為を夢中になって繰り返している。気違い兄貴も気違い親父も、かわらないんだよね。困るんだよ……。相手が!! 相手が困る。相手は困るのだけど、当の本人はそんなことをやっているとはまったく思ってない。思わずに、夢中になってやりきる。

シランプリだからな。自分が夢中になってやっている破滅的な迷惑行為にかんしては、一切合切気にしない。気にすることができない。言われたら、発狂しておしまいだ。その都度、切れている。自分がやっていることが悪いことだという気持ちはない。認識もない。怒ったら、切れている。怒ったら、切れている。

前後のつながりがないんだよね。この前後つながりがないということが、また、他の人には、まったくわからないんだよね。「そんな人、いるのかな?」なんて言われる。俺が言われる。

やられた方は、……なんて言うのかな?……直撃を受けてくるしんでいる。その場合、「そんな人いるのかな?」なんていう質問がかすんで見える。こんなに明らかにやっているやつがいるのに、どうして、そういう質問をするのかな?と思ってしまう。まずい行為をやっている方は、夢中になって怒り狂ってやっている。やってないわけじゃないんだよ。ヨソの人はヨソの人で、そういうことがまったくわかってないんだよな。あんなに明らかに、目の前で起こっていることをうたがうのか?

本当に、気違い的な意地でムチューーになってやっている。ならば!やっているんだよ。しかも、やっている本人は本当にまったくそういう認識がない。あたりまえだという認識はあるのだろうけど、相手にとって迷惑なことをやっているという認識は明らかにない。なので、「そんなことはしてない」と言うことになる。すぎてしまえば、やったつもりがないのだから「そんなことはしてない」と怒って言えるのである。自分にとって「そのとき」不都合なことは、発狂して否定して、おしまいだ。一秒で忘れる。発狂して、〇・一秒で忘れてしまう。言われなかったことになってしまう。相手が(自分に文句を言ってきた)という事実そのものが記憶から消えてしまう。そして、その行為を続ける。で、つぎ、言われてもおなじなんだよ。

何十回言われても、言われた途端に言われてないことになるから、何十回こっちが言っても、あっちは、一回も言われなかったと思っている。そういう日が何千日も、続く。まったくかわらないまま続く。ヘビメタ騒音の洪水でくるしかったよ。ヘビメタ騒音につねにやられてくるしかったよ。

けど、やりたくない。


起きているけど、なにもできないむだな時間……。

こういう時間がやばい。

本当はやらなければならないことはたくさんある。

けど、やりたくない。


だいたい俺はお金を儲けるのがへたくそすぎる。
というか、ヘビメタ騒音でできあがってしまった状況がくるしすぎる。
昨日いろいろと書こうとしたけど、物理の教師との対立のところで、めげた。きちがいヘビメタ騒音が鳴っていると、本当に、「用意ができない」んだよ。あの音が鳴っていると、からだがヘドロの中で動いているようになっちゃうの! 頭がこんがらがって、本当に用意ができない。けど、「ヘビメタ騒音で用意ができなかった」ということは、認められないんだよ。美術の授業でもおなじことがあった。この歳で、そんなことを思い出していらいらしている俺がいる。

だいたい、ほんのちょっと時間を決められただけであんな状態になってしまうのであれば、仕事なんてできない。普通の人にとっては軽い仕事でもできない。やっぱり、家でやるしかないんだよな。

2019年3月3日日曜日

偏見と障害


シンクの掃除をした。ずっと気になっていた。やっと、掃除することができた。これで、しばらくはどうにかなるだろう。
これからどうしようかな。

ああっ、電子ジャーを買ったので、それを昨日から使っている。
小さいやつでなかなかいい。飯がうまい。やっぱり、最高で三合なら、小さい電子ジャーの方がいいな。段ボールのゴミがたまるよ。

これから横になることは確定しているのだけど、横になってなにを考えるか確定してない。確定しなければ……。ともかく、つらい人生だった。

これ、やりようがないんだよな。みんなわかってない。非二四時間睡眠覚醒症候群の上に不眠症がかぶさっているとどうにもならない。会合や面会の日時を決められると、眠れなくなる。病院から帰ったあと眠れなくなる場合もある。もう、一月三〇日から数えて、五回ぐらい、四〇時間以上眠れなくなった。で、この「四〇時間以上眠れずに」動いている状態が、ヘビメタ騒音の朝だったり、ヘビメタ騒音の日中だったりするわけ。気違いヘビメタ騒音が何千日もつもってつかれている……つかれているなら……騒音が鳴り終わったらすぐに眠れるはずだ……と思うだろ。そうじゃないんだよ。そういうところの健康をすべてうばわれた。ぼくはヘビメタ騒音が鳴る前は、そんなんじゃなかったわけだから……。十何年も毎日ヘビメタ騒音が続いて、睡眠障害になったわけだから。それから、「起きれない」ということを言うと、「起きれない」ということだけに、焦点が合いがちなんだけど、「起きれない」ということよりも、「起きれない」にもかかわらず、「起きて」動いているときの死にそうな気分が問題だ。だれもわかってくれない。何千日、俺がそんな世界のなかを、泳いできた?と思っているんだよ。泳いできたと書いたけど、ただよっている感じだ。ヘドロの海のなかをさまよっている感じだ。他の人にはわからない。最低でも、午後四時から午後一一時一一分ぐらいまで、毎日、激しい気違いヘビメタ騒音をあびせられると、不可避的にそうなる。俺が、ヘビメタが鳴り終わったあと、宿題をしようとして、どれだけあせったか? ヘビメタ騒音にやられてつかれているにもかかわらず、ぜーんぜん、眠れない夜を何千日すごしたか。そして、その眠れない夜が、何万日も続いている。一四年間やられたあとは、一五年目に、ヘビメタが鳴りやんでも、おなじなんだよ。これも、やられた人間じゃないとわからない。気違い兄貴のやり方があまりにも以上なので、他の人にはわからないんだよな。特に「常識的な他の人」にはわからない。それは、常識的な他の人に、気違い親父のしくみがわからないのとおなじだ。気違い親父のうちでの態度がわからないのとおなじだ。これ、気違い兄貴は、親父にやられて、腹を立てていたのに、ヘビメタに関しては、すべてがすべて、親父とおなじやり方になっている。まさに、自分がやられてくやしかったことを、ヘビメタを使って、弟にやり返している。親父にやられて、くやしかったことを、弟にやり返している。やり方がおなじなんだよ。そういうことだって、「普通の人」にはわからない。「言えばどうにかなる問題」だと思っている。エイリさんのコミニュケーション能力がたりないから、お兄さんに(言っていることが)通じなかったと、勝手に想像してしまうのだから。こんなの、頭が悪すぎる。頭が悪いから、間違った前提に立って、間違った判断を下している。けど、本人は、これまた、絶対にそういうふうには思わないだろう。(無職がなにを言ってるか)(引きこもりがなにを言っているか)と思うだけだろ。これも、時系列が間違っている。因果関係が間違っている。一五年……足かけ一五年ヘビメタ騒音の結果……激しい睡眠障害と根深い心的外傷後ストレス障害を抱えて、働けなくなっただけだ。だれだって、あの激しいヘビメタ騒音を毎日毎日あびせかけられれば、激しい睡眠障害と根深い心的外傷後ストレス障害を抱えることになる。無職や引きこもりがなんかを言ってるから、それは間違っている。甘えている。人のせいにしている……と考えるのは、怠慢だ。思考の怠慢。無職や引きこもりという属性は、ヘビメタ騒音のあとに付け加わったもんなんだよ。一五年間のヘビメタ騒音が原因で、そういう結果が生じたんだよ。これが、わからないのか? 本当にあまが悪い。こういう人たちは、原因と結果に関する考えとか、時系列的な考えというのがぬけているんだよな。偏見だけでものを考えて、それに基づいた結論を出している……。出しているだけだ。

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気がつくと「ぼくはもういい」「ぼくはもういい」とこころのなかで言ってる。


気がつくと「ぼくはもういい」「ぼくはもういい」とこころのなかで言ってる。

鳴り終わったあとも、興奮して眠れない

また眠れなくなった。
これだよ。これが、ヘビメタ騒音の早朝の雰囲気だよ。
比喩的な意味で死ぬ。この、雰囲気。これで、眠れないまま朝の七時四五分になって、学校に通ってたんだからな。そういうことが、たびたびあった。実際には、あの頃は、五時ぐらいから七時四五分ぐらいまで寝ていた。眠っていた。けど、この七時四五分が、こんどは、眠りたいさかりで、くるしいんだよな。あのときの、感覚がいまも生きていて、くるしい。感覚がよみがえるというよりも、小学六年生のころからずっと、陸続きでそういう感覚が続いている。くるしいんだよ。他のやつらはわからない。昨日も書いたけど、からだが、空気の波動を感じてしまう。鳴らされているあいだじゅうずっと、からだがいてもたてもいられない状態で、へんなんだよ。で、鳴り終わったあとも、興奮して眠れない。なかなか、副交感神経が優位にならない。ずっと前も書いたけど、気違い兄貴がヘビメタをスピーカーで鳴らすことにこだわらなかったら、俺は、もうちょっと背が伸びた。もっとだいぶ背が伸びたかもしれない。成長期に眠れないということが、どれだ影響を与えたかわからない。一一歳から二〇歳までずっと鳴らされいているわけで、成長期のあいだずっと毎日、午後一一時一一分まで鳴らされたことになる。これが、身長に影響を与えないわけがないだろ。身長のことを言うと、身長のことまでヘビメタのせいにしていると言われると思うけど、実際、成長期に眠れなかったことは、影響を与えているとしか思えない。ともかく、気違い兄貴が、ヘッドホンをして我慢すれば、それですんだんだよ。気違い兄貴がヘッドホンをして我慢できないという理由はないんだよ。そんなの、気違い兄貴の意地以外にない。半分の時間ヘッドホンをしてくれたわけでもないからな。それで、「ゆずってやった」「協力してやった」だからな。気違い兄貴の譲歩は、気違い親父の譲歩とおなじなんだよ。相手が困りきるような譲歩しかしてない。そういうのを「譲歩」と相手が言うと、言われた方は、頭の血管が切れてしまうような譲歩しかしない。けど、気違い兄貴のなかでは、譲歩でしかないんだよな。俺は、初恋の人よりも身長が低いので、身長のことはすごく気にしていた。すごくだからな!!

ヘビメタ騒音なしの人生が欲しい。
小学六年生の時から二五歳まで、ずっとずっと、毎日、ヘビメタが鳴ってなかった場合の人生が欲しい。普通の人はそうなんだよ。普通の人は、気違い兄貴が横の部屋に住んでいて、気違い的な意地でヘビメタを、ものすごくデカイ音で鳴らすなんてことはない。この、「ものすごくデカイ音」だけど、本当にでかい。だからぁ! 本当に幼稚園の騒音とかそういうものとは、くらべものにならないほどでかい騒音なんだよ。それなのに、「騒音なんておたがいさま」気違いが、人を気違い呼ばわりしやがる。気にしている方が悪いみたいな言い方をしやがる。ぜんぜん質がちがう騒音なのに、頭にくる。こいつだって、俺の部屋で、気違い兄貴の騒音を聞かされたら四分で発狂するほど腹を立てるんだよ。「騒音なんておたがいさま」なんて言っているやつだって、七時間近くヘビメタ騒音に……兄貴のヘビメタ騒音に俺の部屋でさらされれば、鳴り終わったあと眠れない状態になって、午前四時まで眠くなくなってしまうんだよ。時には、それ以上に長く眠れない状態になって、眠れないまま、試験に行ったり、学校に行ったりするということになる。それでも、他の人からは「不摂生」だと思われるわけだし、試験の場合は、「だれだって緊張する」理論を突きつけられたりする。けど、これはおかしい。だれだって緊張するけど、俺以外の人間には、俺の部屋で浴びている気違い兄貴のヘビメタ騒音はないのだから。気違い兄貴のヘビメタ騒音が小学六年生の時から、入学試験の前日まで鳴っていなければ、俺は、入学試験の前日、眠れたんだよ!! これも、実際にはなかったことだから、架空の話しになってしまうわけだけど。じゃあ、俺の部屋で聞かされるようなヘビメタ騒音を聞かされたあと、入学試験に行ったやつは何人にいるんだよ? 全世界で何人いるんだよ?? 普通の人と違うだろ。どうして、「だれだって」という話になる?? こういうことで、気違い野郎から……と言うよりも、非理論的な人から、なめられたことを言われるというのは、いやだ。けど、気違いヘビメタにやられているかぎり、非理論的な人からなめられたことを言われる機会が多くなる。なめられた口をたたかれる。本当に頭にくる。
無職だって、引きこもりだって、おなじなんだよ。俺の場合!! これがわかってないんだからな。ヘビメタ騒音がなければ無職ではないし(無職期間が長く続くということはなかったし)引きこもりでもない。俺は、友達がけっこういた。ヘビメタ騒音を巡って、いろいろなあらそいが起こって、友達が去って行っただけだ。ヘビメタ騒音がなければ、俺は、友達とヘビメタ騒音を巡ってあらそっていない。これ、ヘビメタ騒音を巡ったあらそいだって、ひとつひとつは「だれだって」理論を展開するようなバカな人とのあらそいとおなじなんだよ。同質。他の人が、「気違い的な家族に」やられてないからわかってないだけの話なんだよ。気違い兄貴のヘビメタ騒音に関する考え方や感覚は、本当に、気違い。頭がおかしい。頭が根本的におかしい人じゃないと、無理なんだよ。そういう感覚を持つこと自体が無理なんだよ。あんなに自分勝手な感覚を持つこと自体が無理なんだよ。そもそも、デカイ音で鳴らしているということを認めないということが、気違い的におかしい。こんなの気違いじゃなきゃ、可能じゃない。できないことなんだよ。まったく悪いことをしているつもりがないまま、ずっと、あの音のデカさでステレオを鳴らしてエレキギターを弾き続けるなんてことは、気違い的な感覚の持ち主じゃなければ無理なんだよ。その気違い的な感覚の持ち主の、気違い兄貴だって「よそ」じゃ、できないだからな。一分だって鳴らせないんだからな!! そういう音だ。そういう、気違い的に、デカイ音だ。気違いじゃなければ、絶対に、一分だって鳴らそうお思わないようなデカイ音だ。普通の人は鳴らせない。鳴らしたくても鳴らせない。普通の人は、鳴らしたくても、他の人のことが気になって、どうしても鳴らせない。そういう音だ。それを、「こんなのたいした音じゃない」と思ってずっと毎年毎年、毎日毎日、自分が満足できる時間、ずっと鳴らす。「たいした音じゃない」はずがないだろ。けど、気違いだから、まったく気にしない。どれだけ言われても、「おやじのように」気にならない。気にすることができない。気違い兄貴! 「おやじのように」なんだよ。おまえ、どれだけ親父に、親父のやり方でやられて傷ついていたと思っているんだよ。どれだけ親父に、親父のやり方でやられて起こっていたと思っているんだよ。兄貴は、親父に、親父のやり方でやられて、怒っていた。その怒りが、全部、ヘビメタに反映されている。気違い兄貴のやり方は、親父のやり方そのものなんだよ。そうなのであれば、俺がどれだけ気違い兄貴のやり方で、やられて、傷ついているかわかるよな? 俺がどれだけ気違い兄貴のやり方で、やられて、怒っているかわかるよな。「コード」がおなじだと言ったけど、そういうことだ。やり方がおなじなんだよな。やりつけているやり方がおなじ。そして、本人はまったく気がついてないというところも、まったくおなじ。本人は、気がついてないだけではなくて……そういうやり方に問題があるということについてまったく無頓着で気がつかないばかりではなく、本当に、「やった」と思ってないんだよ。この気違い感覚がわかるか? この気違い感覚は、「ヨソ」の人にはわからない。ヨソの人は、気違い的な家族にやられたことがないからな。このやり方でやられたことがないからな!! そうすると、「エイリさんがちゃんと言わなかったから悪い」とかそういう話しになる。これも、常識的には、問題がない考え方なんだろうけど、事実とは違う。間違った前提に立った間違った考え方なんだよ。けど、そういうふうに言うやつは、自分が間違っているとは思わない。こういう常識的なやつも、「おたがいさま」理論を繰り出す気違い野郎も、みんなまるまるまる。

2019年3月2日土曜日

ヘビメタ騒音以外のことを選んで話しても気が晴れない


最近、寿司が食いたくてたまらない。

というか、「寿司なら食べてもいいかな」と思うときが多い。

なにも食べたくないときがあるんだよな。

まあ、そういう時は、食べないでいれば、そのうち腹がへる。

けど、減りすぎたあと、食べると、腹が痛くなるので、こまる。



また、寿司を食べに行くか?



けど、ちょっとつかれたか?

本当にさみしい人生になってしまったなぁ。

つかれたなぁ。

だれと会って話しても気が晴れない。

ヘビメタ騒音以外のことを選んで話しても気が晴れない。

ヘビメタ騒音のことをちょっと入れて話しても気が晴れない。

これは、自分の体調とダイレクトに関係がある問題なので、どうしても、ヘビメタ騒音の話しが出てしまうというところはある。けど、まあ、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音に関係しそうな話は一切合切しないようにしても、ダメなんだよ。けっきょく、ヘビメタ騒音でつかれている。けっきょく、ヘビメタ騒音で人生的につかれている。

「それは、家族で解決してください」


とりあえず、生きている。
起きてから、マクドのチーズバーガーを食べた。
昨日、郵便物をでかい郵便局までとりに行って、帰りにマクドによって、ポテトを食べて、コーヒーを飲んだ。コーヒーを飲んだけど、別になんともなかった。腹も痛くならなかったし、蕁麻疹も出なかった。けど、なるべく飲まないようにしている。たまたま、平気だっただけだと考えている。昨日は、ちょっとやけくそになって、飲んでしまった。「もう、いいや」という気持ちがからだのなかをかけめぐっていたので、飲んだ。さいわい、腹が痛くならなかったけど、痛くなったらやばかった。
昨日は、寿司屋にも行ったよ。寿司屋で寿司を食ったあと、チーズケーキ、チョコケーキ、フィッシュバーガーを持ち帰りで買ってきた。まあ、それも、食べたけど、うまかった。特にチーズケーキがからだにしみわたるようだった。ほどほどにあまいものが欲しかったんだなぁと思う。

起きたとき、気分的には、死にそうだった。この、昼。この午後。ヘビメタ騒音でめちゃくちゃだ。やなぎ荘にいたときの感覚に近い。起きたときは、本当になにもやりたくない感情に支配されて、ずっと、うなだれていた。昔のことが思い浮かぶ。ヘビメタ騒音でくるしかったこととか。
やなぎ荘の雰囲気とか。

くるしかったなぁ。

だれもわかってくれないんだよ。

おなじように、やられたやつは、ひとりもいなかいからな。

やられないからだで、常識的なことを言う……。どういうことかというと、ヘビメタに午後四時から午後一一時一一分までやられれば、だれもが、遅刻をするようになるのだけど、ヘビメタ騒音に去られている生活をしていない人は「ヘビメタが鳴ってたって、遅刻しちゃ、だめだろ」とか「そんなのが、いいわけになるか」とか「ともかく、ちゃんと遅刻しないできて」と言うだろう。土曜は、一〇時間、日曜は一二時間三〇分とのびてしまう。鳴っている時間がのびてしまう。ものすごい音圧で、鳴っているのに、無視するということはできない。耳栓どころか、ものすごく強い力で、耳をふさいでも、がんがんがんがん、まったく無意味なレベルではいってくる。そういう耳を手でふさぐということが、まったく無意味なレベルで、音がはいってくる。さらに、音を感じているのは、耳だけではなくて、からだでも音を感じている。どういうことかというと、音というのは、空気の振動なので、空気の振動をからだが感じてしまうのだ。これは、防ぎようがない。で、この耳以外の、「おと」「振動」「空気の密と疎」の感覚が睡眠時間に影響を与える。睡眠全体に影響を与える。どうしても、眠れなくなる。やられてないひとは、音が鳴りやんだんだから眠れるだろ」と簡単に考えてしまうけど、そうじゃないんだよ。で、そういう状態が一〇〇〇日、つもったら、やっぱり、遅刻をするようになる。夏休み、冬休み、春休みなんて、日曜日よりも、さらに鳴っている時間が増えてしまうのだから。日曜日よりも鳴っている時間が長くなってしまうのだか、無理だ。「やすみ」が「やすみ」にならない。本当に三六五日中三六五日、「やすみなく」鳴っているというのがくるしい。「やすみ」がない。「やすみ」の日は、気違いヘビメタ騒音にさらされる時間が増えてしまう。「やすみ」に勉強の遅れを取り戻すということはできない。どうやってもできない。あれ、本当に「なっているなか」で、「べきょうする」といこうとができない。けど、そうなると、ぼくがサボっているように言われる。そりゃ、そうだろ。宿題をやっていかなければ、遅刻とおなじようにぼくがせめられる。そのとき「兄がヘビメタ騒音鳴らして」ということを言っても、「それは、家族で解決してください」というようなことを言われておしまいだ。兄貴が気違いだから、家族で解決することはできないのだけど、兄貴が気違いだということが、本当に他の人にはわからないのである。ほんーーとーーに、いやだな。いやだな。いやだな。ちなみに、親父も気違いだということが、他の人にはわからない。「はなせばいい」ということになっているらしい。他の人なかでは、「そんなのは、言えば解決する」ということになっているらしい。けど、それが無理なんだ。「けど、それが無理なんだ」ということが他の人にはわからない。

実は、特殊能力者同士の争いも書きたいと思っている

実は、特殊能力者同士の争いも書きたいと思っている。
これは、「騒音サイコパス」(家の音)
とはまったく違ったものだ。ラノベの部類だ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。