2026年1月1日木曜日

● 「それでも、つかれたと言うと、つかれたような気がする」■言霊※2026/01/01 22:26

 

 「それでも、つかれたと言うと、つかれたような気がする」と思う人もいるだろう。しかし、これは、実際につかれたときに、「つかれた」と言った記憶があるから、そういうふうに感じるだけなのだ。実際に、つかれていないときに「つかれた」と言うだけで、ほんとうにつかれた状態になるのかというと、そうではない。「つかれたような気がする」だけなのである。

言霊主義者だって、階段から落ちていたいと言ったときは、「いたい」と言ったから、なんの理由もないのに、「いたくなった」とは思わないのだ。階段から落ちるまえに、落ちそうではないのに、急に「おちる」と言いたくなって、「おちる」と言ったから、言霊の力によって「おちたのだ」とは思わないのだ。自分が階段から落ちて、いたいと言ったときは、ちゃんと、階段から落ちるという出来事が発生して、その出来事の最中に、階段を構成する物質と自分の体が接触していたみを感じたということを理解しているのである。あるいは、階段から落ちて、床を構成する物質と自分の体が接触して痛みを感じたということを理解しているのである。この場合のいたみは、言霊の力によってしょうじたいたみではなくて、物理的な接触によってしょうじたいたみなのだ。そして、物理的な接触が発生したあとに、体が痛みを感じる構造をもっているので、接触を感知して、痛みを感じたのである。だから、順番としては、落ちている最中や落ちたあとにいたみを感じているのである。そして、自分のことだと、言霊主義者でも、順番を間違うことはないのである。これは、言霊主義者が、普段、物理的なことに関しては、言霊をまったく無視して暮らしているということの証拠なのである。自分の意識が集中する「夢」や「希望」に関しては、「言えば言ったことが現実化するから、言おう」と思っているだけなのである。そして、他人のことに関しては、自分が経験したことではないので、勝手に順番を入れ替えて、言霊理論に従って思考をしているだけなのである。

腕をどこかにぶつけると、腕がいたくなる。神経伝達の速さに依存するので、「接触」がある程度の時間の幅をもつことになると、「さいちゅう」という表現があてはまってしまう場合があるのだけど、「接触」がしょうじている時間の長さと、神経伝達の速さを無視するなら、腕をどこかにぶつけたあと、腕にいたみを感じたのである。いたいと言うまえに、いたくなるような出来事が発生しているのである。まったく、腕にいたみを感じていないときに、突然「腕がいたい」と言って、そのあと、腕をどこかにぶつけるという物理的な現象が「言霊の力によって」発生して、その結果、いたみを感じたわけではないのである。

自分のことなら、腕をぶつけたあと「いたい」と言う……ということに、疑問をもたないのである。自分の経験だから、「いたい」と言ったから「いたくなった」とは思わないのだ。ちゃんと、どこかものに、腕をぶつけたので、腕がいたくなったと思うのだ。この場合は、出来事の順番に関する認識が正常なのである。自分のことだから、出来事の順番に関する認識が正常なのだけど、ひとごとだと、自分の身の上にしょうじたことではないので、出来事の順番に関する認識があいまいになり、言霊主義的な考えをもっていると、言霊主義的な考えに引きずらて、「いたいと言うからいたくなる」と他人に言ってしまうだけなのだ。言霊主義者本人が、自分のことに関しては、言霊主義的な理解をしないということに、言霊主義者本人が、気がついていないだけなのだ。言霊主義者は、いつも自分が言霊主義に合致した現実認識をもっていると、認識しているけど、じつは、言霊主義者は、言霊主義に合致した現実認識をもっていない場合のほうが多い。いつもではないのである。ちゃんと、具体的な出来事が、自分の身の上にしょうじて、自分が体験したことに関しては、言霊主義に合致した現実認識をもっていないのである。

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「つかれた」と言うと、催眠術にかかったように「つかれ」を感じる場合は、すでに、「つかれた」という言葉と、現実的な経験の連合を経験したあとなのである。何回もそういうことがあったので、「つかれた」という言葉と「つかれた」感覚の間に「連合」ができあがっただけなのだ。だから、これは、言霊の力の証明にはならない。むしろ、言葉の力でそうなっているだけだ。言霊の力も、言葉の力もおなじだと、言霊主義者は主張するかもしれないけど、ぜんぜん、ちがう。

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身体的な病気で、いたさを感じない人は、階段から落ちてもいたさ感じないし、腕をどこかにぶつけても、いたさを感じない。いたさを感じない人が「いたい」と言っても、言霊の力によって、いたさがしょうじるかというと、しょうじないのである。身体が痛みを感じるしくみをもっているから、いたさを感じるのである。

 身体的な病気で、いたさを感じない人も、「いたい」と言えば、「いたい」という言葉に宿っている言霊の力によって、いたさを感じるはずなのである。「いたいと言うからいたくなる」というのは、そういう意味なのである。「いたい」と言うと、身体的な病気で、いたさを感じない人も、言霊の力によって、いたさを感じるような感覚器と神経が発生して、いたさを感じるようになるのだ。「言ったことが、言霊の力によって、現実化する」のだから……そうならなければならない。

じゃあ、たとえば、「身体的な病気で、いたさを感じない人も、いたいと言うといたさを感じるような感覚器と神経が発生して、いたさを感じるようになる」と言うと、言霊の力によって、いたさを感じるような感覚器と神経が発生して、いたさを感じるようになるのかということを考えてほしい。

言霊主義者が言っていることは、現実的ではないのである。言霊主義者が言っていることは、でたらめなのである。けど、このでたらめが、絶対に正しいと思い込んでいる人たちがいる。言霊主義者だ。けど、自分が一倍速で経験したことに関しては、言霊主義者といえども、言霊的な思考をしない傾向が、きわめて強いのである。普段の物理的な出来事に関しては、言霊主義者と言えども、まったく言霊的な思考をしていないのである。言霊主義者も物理的な思考をして、それであたりまえだと思っているのである。自分の身にしょうじたことに関しては、そうなる。 

● 「無理だと言うから無理なんだ」■言霊※2026/01/01 20:54

 「無理だと言うから無理なんだ」という言い方について考えてみよう。これを口に出す人は、ほんとうにそういうふうに思っているのだ。しかし、これも、間違った理由を自分で考えだして、相手の条件を無視したことを言っているということになる。「無理だということ」自体が、無理な理由ではないのである。相手は、この条件下では「それは無理だ」といっているのだ。けど、条件を無視してしまう。相手の条件を無視して、間違った理由を考えだしてしまうひとが多い。別バージョンとしては「ダメだと言うから、ダメなんだ」というものもある。言うから、ダメになっているわけではないのである。手短に言うと、「ダメだ」と言ったから、言霊の力によって、ダメになるわけではないのだ。ところが、妄想的な人は「言霊の力」というものがあるという前提でものを考えるので、つねに間違ったことを言うことになる。条件がみんな同じなら、このことは、そんなには問題を引き起こさない。ところが、人によって、条件がちがうのである。天と地ほどちがうのである。条件には、さまざまなものがあり、他人から見て見えない条件を抱えている人もいる。けど、人が他人を見るとき、見えない条件は、見えないので、当然無視してしまうのである。そうなると、人から見えないけど、ものすごく悪い条件を抱えている人が、不憫な思いをすることになるのである。どうしてかというと、「無理だと言うから無理なんだ」と言ってくる人がたくさん(この世には)存在するからだ。こいつらは、特になんの考えもなく、ただ単に、言霊感覚でものを言ってしまう。当然、他人が抱えている見えない条件なんて考えるわけがない。言う「から」ダメなんだという考え方は、できると言えばできると同様に、幼稚な考え方なのである。そして、条件が悪い人のことを傷つける考え方なのである。そうなっている理由について「間違った考え」もっているのである。誰かが、事実そうなっている理由について、その人は(言霊主義者)は、間違った考えをもっている。これ自体か、 「無理だと言うから無理なんだ」と言われた人にとって、不愉快なことなのだ。ところが、 「無理だと言うから無理なんだ」と言う言霊主義者が、「人がいやがることはやめましょう」ということを、他人に普段言っていたって、 「無理だと言うから無理なんだ」という発言が、条件が悪い人にとって不愉快なことだから、 「無理だと言うから無理なんだ」と言うべきではないという意見に賛成するかというと賛成しないのだ。だいたい、精神世界の人は、言霊を信じているのだけど、「言ったことが現実化する」なら、ダメ出しなんてしてないで、相手の問題を「言霊だけで」解決することができるはずなのだ。ところが、言霊を使って、相手の問題を解決してやるなんてことはしない。これは、できないからしないのだ。「人に親切にするということが大切だ」と熱弁している精神世界の人だって、言霊で相手の問題を解決してやったりしない。言い訳としては、「それは、個人の学びを妨害することになるからやらないだけだ」ということを言うと思うけど、ちがう。「言ったことが、言霊の力によって現実化する」なら、相手の悪い条件を改善してあげることだってできるのだ。ところが、できないから、「それは、個人の学びを妨害することになるからやらないだけだ」と言って、ごましているだけだ。嘘が多い。精神世界の人には、嘘が多い。そして、精神世界の人は、他人の問題について「間違った決めつけ」を頻繁にしてしまう。

ここでずっと述べていることなのだけど、精神世界の人は、出来事の順番について間違った理解をしているのである。相手が、言う前に、相手にとってこまったことが発生しているのである。実際にこまったことが発生したから、発生したあとに「こまった」と言うのである。「こまった」と言ったから、「こまった」と言った後に、こまったことが発生したのではないのである。相手はすでに、「できない」状態になっているので「できない」と言っているのだ。「できない」と言ったから、そのあとに、「できなくなった」のではない。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。