2017年4月30日日曜日

一年以内に終わらなければ、ぼくの人生はない。

展開がないんだよな。こんなことをやっていても展開がない。そして、ふける。時間が経てばそりゃ、人間は歳をとる。老化が進む。どうしたものかな? 展開がないんだ。楽しい気分になれない。どうしても、楽しい気分になれない。マイナスばかりなんだよな。たとえばの話しだけど、他の人から見れば、楽しそうな状況にぼくが「おちいったとき」、ぼくは楽しいだろうかというと楽しくないと思う。こころが、おちている。楽しそうな状況だから、おちいるというような表現は不適切だ。いいや、「そうな」だからいいのか。じゃ、他の人から見れば、楽しそうな状況になったとき、やっぱり、ぼくは楽しくないということが言える。これ、ほんとうにヘビメタ騒音生活を続けていると……なんて言うのかなこころが反応しなくなる。かりに、アイドル級の美少女がなにかに誘ってくれたとしても、うれしくないんだよな。そりゃ、ちょっとはうれしいけど、その誘いに応じて外に出ていくというのが、めんどうくさい。やりたくないことなんだ。こころに負担を感じることなんだ。で、どうしてそういうふうになったかというと、ヘビメタ騒音生活が続いたからだ。これ、言いようがないのだけど、七年間毎日、ヘビメタが続いて、なおかつ、学校に通っていた。で、そのあいだに、おかしくなった。どうしても、き・も・ち・が・あ・が・ら・な・い。どうしても、気持があがらない。どうしても。あの朝の、連続はないよ。まあ、かりの話しで、なんて言うのかな?……ヘビメタ騒音が続けば続くほど、そういう他の人がうらやむような機会からは遠ざかる。そして、他の人が普通にやっていることからも、はるかに遠ざかる。普通の人が普通に友達や彼女と、連休を楽しんでいる。そういうことから、遠ざかる。部屋でうなだれているだけだ。もう、何年間? もう、何十年間? 毎日毎日……。毎日毎日そういう状態だ。くるしいのである。毎日毎日くるしいのである。

やっぱり、あの繰り返しはくるしすぎる。きちがい兄貴!! どうして、やめてくれなかった?? どうして、ヘッドホンをしてくれなかった?? おまえ、きちがい兄貴、ほんとうに、絶対の意地で鳴らして、ほんとうには一秒もゆずってくれなかった。こっちが、ヘビメタ騒音でどれだけめちゃくちゃなことになっていても、一秒ですら、静かにしてくれなかった。しかも、一〇〇%時間、ヘビメタが好きな人でも「大きすぎる音」だと感じる音で鳴らしているのに、「ゆずってやった」と本気で思っている。なにが「だいじょうぶだいじょうぶ」だ。だいじょうぶなわけがないだろ。これ、ほんとうに、きちがい兄貴がこだわってこだわって、ずーーっと鳴らしているのに本人は、その騒音に関わっている気持がまったくないんだよね。で、親父のようにつたわらない。いっさいつたわらないから。で、つたわらないままやっていることは、たとえ、一日に一四時間やっていることでも、一秒もやってないことなんだよ。

ハンダゴテ事件は、他の人にとってはまったく取るに足らない小さな出来事だ。けど、それが何万回何千万回と積み重なったらどうなる? きちがい兄貴のような、性格になってしまうだろ。きちがい親父だって、「そのハンダゴテで大丈夫だから持っていけ」と言ってゆずらなかった。どれだけ「そのハンダゴテじゃだめだ」と言っても、一切合切受け付けなかった。怒り狂って、そのハンダゴテを押し付けた。で、きちがい兄貴よ、ほんとうに、きちがいヘビメタ騒音でやったことは、ハンダゴテ事件とおなじなんだよ。きちがい兄貴の最大限の譲歩というのが、きちがい親父のハンダゴテだ。`
それじゃ、だめなんだ」とどれだけ言っても「だいじょうぶだだいじょうぶだ」と言って自分の意見をかえない。で、実際にだめでも、だめだということを認めない。で、二回目も一回目とおなじ反応が返ってくる。ハンダゴテ事件は二回で済んだけど、きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、何十万回、何百万回でも、済まなかった。ずっと続いた。何千万回と続いた。どれだけ、俺が言っても、きちがい兄貴が認めずにやりきった。

「こんなにでかい音で鳴らして、家族の人たち大丈夫なの」とカオ君に言われて「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と答えていた兄貴と、「このハンダゴテじゃだめなんだ」と言われても、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と答えていた親父はおなじ。親父は、金を払いたくないから、金を払わなければならなくなるようなことは、絶対に認めないんだよ。で、兄貴は、(ほんとうは)うるさい音で鳴らしたいから、うるさい音で鳴らせなくなるようなことは、絶対に認めないんだよ。きちがい親父のハンダゴテは、きちがい親父にとっては、最大限の譲歩なんだよ。「やってやったこと」なんだよ。対処してやったことなんだよ。対処になってないんだけどな。で、対処になってないということを、死にものぐるいで認めない。兄貴よ! 兄貴の最大限の譲歩は、親父の使えないハンダゴテとおなじだから。まったく意味がないから。まったく意味がないことを押し付けて「やってやった」と思うところも、おなじだ。兄貴は、ヘビメタ騒音で、ハンダゴテ事件を何万回何千万回と繰り返している。ヘビメタ騒音一分が、一ハンダゴテ事件量だから。いや、一秒かな。頭にくるんだよ。そういう態度が! そういう態度自体が!!! けど、兄貴は、親父のように「せっかくやってやったのになんだ!」と怒っている状態なんだよ。全然役に立たないものを押し付けて、「せっかくだしてやったのになんだぁ!」と怒り狂っている状態だ。で、そういう状態で、「これじゃだめなんだ」ということを、認めない。認めないとなったら、何千日でも、何万時間でも、そういう態度で認めない。きちがい兄貴の魔法が解けたのは、「よそのうち」に行ったからだろ。「うち」では、「それであたりまえ」だから、その基準できちがい兄貴がやりたいことを、一日一秒もゆずらずにやりきった。一年、三六五日中、三六五日、一日もゆずらないでやりきった。けど、本人は「やってやった」という気持ちがある。「譲歩してやったのになんだぁ!」と怒っている状態だ。そういう状態で、鳴らし続ける。一分だって、ほんとうには!ゆずらずに鳴らし切る。だからゆずってないのに……一分だってゆずってないのに……恩着せがましくゆずってやったつもりでいる。

   *     *     *

やっぱり、なんだかんだ言って、くるしい。ちょっと運動してみたけど、くるしさがかわらない。やっぱり、このままなにもできずに死ぬのか? 

あー、いまもヘビメタが鳴っている時間だ。あの期間、常に毎日鳴ってたな。どこかで終わってほしかった。いいや、一年以内に終わってほしかった。一年以内に終わらなければ、ぼくの人生はない。

2017年4月29日土曜日

ほんとうに困る。ほんとうに困る

きちがい兄貴なんてほんとうに「しらーーんぷり」だからな。こっちが、ヘビメタ騒音で!困っているのに、一〇〇%の時間、ガンガン鳴らして、「しらーーんぷり」だよ。どれだけなにを言ったって、そのとき「むっとくる」だけで、頑固に鳴らし切る。鳴らそうとする。鳴らしている。で、そのとき、ほんとうに殺さなきゃ絶対にやめさせることができない状態なんだよ。そのとき、ほんとうに殺さなきゃやめさせることができないような「意地」で鳴らしている。ムキになって鳴らしているわけで、「知らないで」鳴らしているわけじゃない。きちがい兄貴はまったく気がついてないんだろうけど、きちがい兄貴の態度は親父の態度とまったくおなじ。一〇〇%時間、頑固に発狂してやりきったことは、全部やってないことなんだよ。そのあいだどれだけ何回、「やめろ」と言われても、一回も「やめろ」と言われたということがわからないという状態になっている。本人の主観としては「そんなんじゃない」「そんなの知らなかった」ということになる。じゃあ、そのとき!!!「やめてくれ」と言えば、やめてくれるのかというと、それは、一〇〇%絶対にない。だから、やっているのに!!本人は、まったくやってないつもりでいる。で、この「やってないつもり」というのも、おなじなんだよ。頑固にやってないと思っている状態なんだよ。じゃあ、言えば!!やめてくれるのかというと、それは絶対にない。頑固さがおなじ。やっているときの頑固さと、知らなかった」というときの頑固さがおなじ。しつこさがおなじ。おなじしくみが成り立っている。だから、ころさなければ、ごく普通に際限なく、続く。「うちにいるかぎりは」。で、この、「うちにいるかぎりは」ということに、本人が気がついているのかというと、全然気がついてない。これも、「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!」と言うことになる。あくまでも、「そんなんじゃない!!」つもりなのだ。これも、しくみがおなじ。やっているときに、「やめさせられる」ようなこと言われると、ひきつって、やりきろうとする。認めてしまえば、やめざるを得ないようなことは、ひきつって、否定する。どれだけ言ったって、通じない状態になる。これ、ひきつっているわけで、意味は通じてるんだよ。無意識的にはわかっている。けど、意識的にはなんて言うのかな……無視して乗り切る。発狂して乗り切るという状態になってしまうのである。だから、何万回、何十万回そのことでもめても、もめたことにならない。で、「そのとき」は、「そのとき」で、否定している。正反対のことを言っている。過去において本人がやったことであるならは、「やってない」と言う。過去において本人がやったことがないことに関しては「やってやった」と言う。で、そのとき!!の強情さが「やった」ときの強情さとおなじなんだよ。ほんとうに困る。ほんとうに困る。こんなの、まじかでやられたやつしかわからないから、「そんなことはない」「そんなひとはいない」「ちゃんと話せば、わかってくれるよ」なんて、ことを、そのことついて相談した俺が言われがちになる。実際に、俺は、そういうふうに何回も言われた。いまだって、そうだろ。俺は、常識的な人や性格が悪い人から、誤解されている。性格が悪い人は、思考方法が親父や兄貴と似ている。

2017年4月28日金曜日

腹を空かしたまま横になってるという状態が続く。

やばい。いまのいままで、マニュアル系のことはなにもしてない。ご飯をつくって食べただけだ。起きたときは朝で……まだ午前中で……ドクターペッパーを買いに行ったのに、もう夕方だ。はっきり言って、柿の種を食べたいけど……買いに行くかどうか迷ってしまう。冷凍しておいた肉を使ってしまったので、肉を新たに買って冷凍する必要がある。最近、鶏もも肉を食べている。日本産じゃないやつを買っているんだけど、ちょうどいいんだよな。けど、弁当の寿司の魚は日本産の魚だろうから、かならずしも放射性物質を摂取してないとは言えない。あれ、ずいぶん前の事件だからもう大丈夫だと思っているかもしれないけど、毎年毎年、毎年毎年、けっきょく、増えている。流出させた量が増えているのだから、当時よりも問題は深刻だ。しかも、薄めて捨てれば大丈夫みたいなアホなやり方で捨てている。それだと基準を作った意味がない。高濃度の汚染水だって、薄めて捨てれば、基準以内だから問題がないということだから。で、まあ、かりに高濃度の汚染水をとっておいたところで、処理できるわけではないのだ。というわけで、海に捨てて、時間がたつのを待っている状態だ。一〇〇年もすれば、たいていの放射性物質は、それほど問題がない物質になるだろうけど、ぼくが生きているうちは、なかなか半減期を迎えない……ものが多い。

   *     *     *

マニュアル系のものをどうにかしないと。
もう、夕方か。最近、昼間に起きているからな。朝型。けど、昨日にくらべて一時間、後ろにずれているから、やはり、ズレていくんだろうな。夜の方が静かでいいんだけどな。夜起きていると、焦燥感が高くなる。「このままでいいのか」という気持が非常に強くなるときがあって、調子が良くない。ヘビメタ騒音のことは、やはりゆるせないんだよ。

最近、買い物ばっかりで、食費が高騰している。腹が減って動けなくなると問題があるので早め早めに食べているのだけど、それがまあ、太る原因だったりする。動けなくなると、ご飯を作る気力も、買い物に行く気力もなくなってしまうので、腹を空かしたまま横になってるという状態が続く。

2017年4月27日木曜日

あれ、一日に七時間吸わされると、眠れなくなる神経ガス

だから、どうするかというと、打つ手がない。打つ手がないんだよな。決め技なんてものはない。それをすれば解決というような近道がいない。やられすぎて八方ふさがりなんだよ。どう考えても、一四年間は長すぎる。若いときの一四年間は長すぎる。そんなのあるわけがないだろ。

ずっとやられて体調が悪いわけだから。ずっとやられて精神力や体力が削れているわけだから。そんなの、あるわけない。

俺が、ヘビメタ騒音なかでどれだけ、がんばってきたと思っているんだよ。あんなのほんとうに、毒ガス。あれ、一日に七時間吸わされると、眠れなくなる神経ガス。きちがい兄貴は、やりたい音で思いきっりヘビメタを鳴らして、気が済んでいるからいびきをかいて眠れる。ぜんぜん寝不足にならない。

俺は、……自分のせいじゃないのに……眠れなくなる。これ、だけど、その時間に鳴っているわけじゃないのに、眠れないなんてことはないというようなこと言うやつも出てくるんだよ。「その時間に鳴っているわけじゃないんだからさ……」と。

けど、それは、そいつが、至近距離できちがいヘビメタ騒音を聞いたことがないから、そんなことを言ってられる。これ、絶対俺のせいじゃないんだけど、まるで俺が、好きで!夜更かしをしているというように思われる。

ほんとうに、ヘビメタ騒音がまあ、五時間以上続いていると、夜、眠る時間に眠れなくなるんだよ。で、そういうことが一〇年、一一年積み重なると、……毎日積み重なると……完全に睡眠回路が壊れる。

で、これも、まるで俺が、たるんでいるから、決まった時間に起きれないんだと思われるわけだよ。「そんな、決まった時間に起きれないとか、甘えている」と言われるわけだ。ゆるせん。どう考えてもゆるせん。それから、俺の人生がゆるせないんだよ。人生自体がゆるせない。人生全部がゆるせない。

これ、ほんとうにやられてみろ。そういう生活が一四年間も続いてみろ。日曜日はかならず一二時間以上鳴っている状態が一四年間続いてみろ。ほんとうに、全部が全部うまくいかくなる。他のひとは、きちがい兄貴じゃないから、ヘビメタ騒音鳴らした本人じゃない。それは、わかる。

けど、ヘビメタ騒音を実際に鳴らされたひとじゃないので、実際に鳴らされ続けたぼくとは、ヘビメタ騒音に対するに認識がちがってくる。そういうところでも、ぼくは人とつきあいづらくなる。

もちろん、きちがい兄貴が、ぼくを孤独にしてやろうと思って鳴らしたわけじゃないんだけど、そういう効果がある。ともかく、兄貴は、一日目に、ヘッドホンをして鳴らすようにするべきだったんだよ。そのあとずっと一四年と数ヶ月間、うちにいるあいだ、鳴らすときはつねにヘッドホンをして鳴らすべきだったんだよ。

どこまでも、ヘビメタを鳴らし続けてどこまでも、鳴らしてないつもりだったんだよな。ほんとうに、まったく関係がないひとして暮らす。けど、絶対に鳴らす。鳴らすけど、鳴らしているあいだも含めて、でかい音で鳴らしているつもりがまったくない。そういう状態だ。きちがい親父とおなじなのである。

もし、ほんとうに相手が言うことを認識してしまったら、やめなければならなくなるようなことは、発狂して認めない。あれだけでかい音で鳴らしていて、でかい音で鳴らしているというつもりがまったくない状態なんだよな。だから、困る。ほんとうに、言われれば、発狂して頑固に鳴らし続ける状態だった。その場で殺さなければ、やめさせることができない状態なのである。

2017年4月25日火曜日

無意識的には、自分がでかい音で鳴らしていたということを知っている

日曜日の午前一一時四五分。ヘビメタ騒音が鳴っている時間だ。もう、鳴り始めてから一時間以上経過していることになる。どれだけ「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言いに行っても、静かにしてくれなかったよな。

この、一時間数十分のあいだに何回、「明日テストだから、静かにしてくれ」と言いに行っても、一分だって中断して静かにしてくれることがなかった。一分間、ヘッドホンをして静かにしてくれることがなかった。きちがい兄貴は、気分がいい時だけ、まったく役に立たない譲歩をして、普通の場合は、頑固に無視して鳴らしてた。「鳴らしたっていいだろ」という理屈なのだ。……それだけ。

どれだけ言ってもやめてくれなかった。

これが事実だ。

けど、よその人の前で、そういうふうに鳴らしてたということを言われると(あるいは、書かれると)……「そんなことしてない」「そんなに鳴らしてない」「譲歩してやった」と嘘をつくことになる。

けど、これは、たぶん嘘をつているつもりがない。鳴らしているときから!!そういう態度だった。

あれ、あれだけがめつく頑固に、親父のように意地になって鳴らしているのに、鳴らしているつもりがまったくなかったのかよ?? きちがい兄貴よ!! きちがい兄貴が嫌いな音が、あの音のでかさで、日曜日の午前一〇時二〇分間ら鳴ってたら、どう思うんだよ????

次の月曜日に試験があるのに、鳴ってたらどう思うんだよ。一〇分だって、耐えられないだろ。鳴っている一〇分のあいだ、腹が立って腹が立って、しかたがない状態になる。うるさくて、くるしい状態になる。鳴ってるあいだ、ずっとくるしい状態になる。そういう音のでかさなんだよ。

これも、親父のように認めないんだよな。

不都合なことは、どれだけ、明らかなことでも認めない。きちがい兄貴が鳴らしていた音が、でかい音だということは、きちがい兄貴がいま住んでいるところで、おなじ音のでかさで鳴らせないということではっきりしている。

けど、うちでやったことに関しては、当時の感覚のままだから、でかい音で鳴らした」ということですら、認めることができないんだよな。強情な態度で認めない。「普通の音で鳴らした」「そんなにでかくない音で鳴らした」などと言って、その場を乗り切ろうとす。

これ、嘘なんだけど、嘘をついているつもりが、たぶんない。鳴らしていたときの態度というが、まさしくそういう態度だからだ。

で、頭がおかしいひとじゃない言えない発言を三回している。きちがい兄貴が一四年間のあいだで俺に話しかけてきたのは、三回だけなんだよ。その三回が、まったく迷惑をかけいるつもりがなければ、到底、言えないことなんだよ。

だから、迷惑をかけているつもりがまったくなかったんだろうと思う。鳴らす歯なら住んだよ。すべての時間、自分が満足できる音で鳴らすんだよ。

で、鳴らしていたら、自分が鳴らすのをやめて、一時間我慢するなんてことは絶対にないんだよ。ヘッドホンをして一時間、「感じが出ない音で鳴らす」なんてことは、絶対にないんだよ。

だから、鳴らしているのに、そういう音で鳴らしているという認識が、鳴らしているあいだじゅう、まったく成立しなかった……のだろうなと思う。そうとしか考えられない。いま、よその家の人の前で認めてないような態度で、まったく認めないで鳴らしてた。つねにそうして鳴らしてた。

だから、困って、「鳴らさないでくれ」といこうとをさんざん兄貴の部屋に言いに行ったのに、その都度、ハンダゴテの金を要求されたときの「親父の態度」のような態度で、怒ってはねのけていた。

だから、やっぱり、鳴らしているのに、鳴らしてないつもりでいたんだろうな。

あれだけでかい音で、意地になって鳴らしているのに……どれだけ、「うるさいからやめろ」「明日試験だからやめろ」「勉強するからやめろ」と言われても、迷惑をかけているつもりがまったく生じなかったんだろうな。

これ、夜の一一時一〇分まで鳴らすんだよ。自分がどうしてもエレキギターやヘビメタ騒音用のでかいオーディオセットの前を離れる必要があるときをのぞいて、すべての時間、鳴らしている。だから!!鳴らしているのに、鳴らしているあいだどれだけ言っても、まるで、俺の勉強の邪魔をしているつもりがないままなんだよ。

エレキギターやヘビメタ騒音用のでかいオーディオセットの前を離れる必要がある時間は、一階の部屋でご飯を食べるときと、風呂に入る時間だけだ。小便の場合は鳴らしたままだからな。まあ、トイレの時間、鳴らすのをやめて入ったということはない。

めしは一〇分間、風呂も一〇分間でだから、昼飯と夜飯、風呂で三〇分間だけだ。朝飯は、食ってから鳴らす。だから、三〇分間をのぞいてすべての時間、「こだわりつくしたどでかい音」で鳴らすんだよ。日曜日など、うちに朝からいるときは、つねに、そうしていた。どれだけなにを言われても、兄貴が一五歳から三〇歳までのあいだ、ずっとそうしていた。例外はない。

日曜日はつねにそうだ。

兄貴が大学生のとき、土曜日が休みなら土曜日もつねにそうだった。会社員になって、土日が休みになってからも、つねにそうだった。俺が、バイトをやっていたときだって、あれだけ、「土曜と日曜、ずっと鳴らすな。そうじゃないとバイトに遅刻する」ということを言っているのに、一日中ずっーーーっと、「まったく関係ないひと」として、一日中、三〇分間をのぞいて、朝から夜までずっと鳴らしてたんだよな。

「テストがあるからやめろ」「宿題をするからやめろ」と言ったって、宿題の邪魔をしているつもりがないんだよ。まったくしょうじない。生じないまま、ずーーっと鳴らし続ける。だから、「まったく、邪魔をしてないつもり」なんだよ。

本人は……。そういうことが、毎日あたりまえのように成立し続ける。そういう一四年間なんだよ。毎日毎日。だから、どこかで気がつくということがないんだよな。よその家に行かないと、ヘビメタを、あのくらいの音で鳴らしていいという気持がなくならない。よそのうちに行ったら、ぴったりやめるんだよ。一日中鳴らさない。


だから、よその人はわからない。「よそのひと」って新しい家族のことだけどな。生まれの家であたりまえのようにしていたことで、なおかつほんとうに迷惑をかけてないと思えるぐらい静かな音であるならば、よそのうちでもおなじようにできるはずなんだよ。けど、一日だってできない。だから、無意識的には、自分がでかい音で鳴らしていたということを知っているんだよ。けど、意識的にはそれを見みとめることが、何十年も、絶対にないんだよ。うちで!!やったことに関しては、納得している。まったく問題がないと思っている。……そういう気持が……あるいは、認識が、どこまでもどこまでも、どこまでもどこまでも、毎日毎日!くずれない!!!

うちでなら、よそのうちじゃ、一分だって鳴らせないようなでかい音で、一日中何時間も何時間も鳴らして!!あたりまえなのである。そして、そういうことをしたからと言って、弟の勉強を邪魔したということは、絶対にないのである。それは、本人がおもいあたらない」からないわけであって、弟が、どれだけはっきりと「勉強の邪魔だから静かにしてくれ」と言いに来たとしても、まったく認めないのである。

何万回言われたって「そんなの知らない」という気分が成立している。そういう気分が成立している以上は、どれだけ何万回言われても、そういうことが「わからない」ままだ。で、一四年間、毎日、「わからない」まま、一日中やり通すんだよ。可能な時間はすべて使ってやり通す。

相手に「静かにしてくれ」と言われたから、一時間、ちゃんと我慢してやるということがまったくないんだよ。これは、見事にまったくない。一四年間で一日だけだぞ。あとの数千日は、一秒もゆずらないで頑固に鳴らしてた。あれ、「鳴らしたつもりがない」のかよ?? 「静かにしてやった」と思っているのかよ? 親父より、頭がおかしい。

親父モードで常に鳴らしてた。親父モードで鳴らして、親父モードで「やってないつもり」だ。うちにいるときは、全部毎日、そういう状態。そうじゃない日がない。一日がマンさせられたとき、どれだけ、くやしい気持ちになったかだよ。

そんなことも、もう数十年前のことだから、忘れているのだろうけど、……きちがい兄貴が「静かにする」わけがないだろ。ほんとうに「静かにしてやった」と思ってるのかよ?? 一日中、静かにしてやっているつもりで、一日中、よそ家では一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らしていた。それが、兄貴の毎日だ。うちにいるときの「普通の状態だ」。そうじゃない状態がない。

2017年4月23日日曜日

俺は本当に歴史家のひとを批判するつもりなんてないから

俺は本当に歴史家のひとを批判するつもりなんてないから。
あの人のことや、あの人が言ったことを批判するつもりはない。
けど、ひきよせとか言霊とかそいうのは、それとは関係なく批判した。
けど、それも批判のための批判ではなくて、言霊についてもっと議論するべきだと思うからなのである。ひきよせについて、そういう現象があるけど……つまり流行っているけど、それついてもうちょっと冷静に考えるとどういうことが言えるかということについて議論したいわけ。
行動主義心理学についても、議論したいわけなんだよ。

2017年4月22日土曜日

辛くないカレーを食べた。けど、むせた。ココロココニアラズ。

今日はいろいろお休み~~
腹が痛いからお休み~~~
なにもしない。風呂に入るのもやめた。
さっき、ひっかいたら、血が出たからやめておく。

ちょっとは、部屋片付けをして、ちょっとはマニュアル系文章を書くつもりだったけど、やめた。やめた。おとなしく横になっている。

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と思ったけど、腹が痛くなくなったので、文章を書いている。

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と思ったけど、また、腹が痛くなったので、文章を書くのはやめた。

それにしても、ヘビメタ、ひどかったなぁ~~
ほんと~~に、ぜったい!やめてくれなかったんだよな。
普通、楽器の練習とか一日にせいぜい一時間ぐらいだろ。一時間はヘッドホンをしないで鳴らすけど、一時間経てば、静かになるというのであればやりようがあったんだよな。これ、ほんとうに、一日に一時間と時間が決まっている場合と、そうでない場合とでは全然気分がちがう。気分だけではなくてやれることがちがうんだよね。ずーーっとやられて、気分がグチャグチャで、全部が全部マイナスだった。うちにいる時間のすべてがマイナスなんだよ。きちがい兄貴は、こだわりつくし、なんだよ。

で、本人が、こだわってこだわってこだわって、やっている!!!ということがわかってない。やっているのに、そんなのはやってないという態度・認識なんだよ。あんなに、やることないだろ。あんなに長い時間!鳴らすこと、ないだろ。それなのに、「そんなに鳴らしてない」とか兄貴の嫁さんの前で言ってるんだよ。

「弟さんの言っていることはほんとうなの?」と聞かれると、「鳴らしてない」とか「そんなに鳴らしてない」とか言って、むくれるんだよ。で、当時も、「鳴らすな」と言われたら、むくれて、鳴らしてた。いまは、「やっていたのか??」と聞かれることが不都合なことで、当時は「鳴らすな」と言われることが不都合なことなんだよ。不都合なことを言われたら、腹を立てて、わすれてしまう。いまは、……いま住んでいるところでは鳴らしてないから……鳴らせないから……鳴らしてないけど……うちにいるときは……「鳴らすな」と言われても、ずっと鳴らしていた。母親に、「やめてあげて」と言われたときの態度おなじなんだよな。母親が「ヘビメタを鳴らすのは)やめてあげて」と言ったとするだろ。そうすると、むくれる。嫁さんに「これ、ほんとうなの?」と聞かれたときとおなじなんだよ。

母親が「やめてあげて」と兄貴に言ったときは、兄貴は、鳴らしたい気持ちだったので、そういう不愉快なことを言われたら、二階に行って、ガンガン鳴らしてた。で、そうやって、たとえば、一〇時間鳴らしたら、一〇時間鳴らしていることになるのに、言われた後一〇時間鳴らしてたって、「そんなに鳴らしてない」「鳴らしてない」という気持なのだ。「そんなの、たいしたことじゃない」「やってないのとおなじだ」という気持なのである。だから、どれだけやっても、弟の勉強の邪魔をしたということがわからない。これは、やったってわからないし、どれだけはっきり言われたってわからないんだよ。それこそ、何万回言われたって、全然わからないまま、一四年間すごすことができる。で、「知らなかった」「(弟が自分の騒音で)そんなになっているとは知らなかった」なんてことを言い出す。

ともかく、きちがい兄貴は、うちにいるときも、いま住んでいるところで静かにするように静かにするべきなんだよ。で、そういうことにまったく気がついてない。いまだに、気がついてない。うちでやったことは、よいことなのである。やってもよいことをやったまでだという気持ちがずっと続いてる。そういう気持ちで、こっちがどれだけなにを言っても、中間試験だろうが期末試験だろうが入試だろうが、絶対の意地ですべての可能な時間!鳴らしたのが、きちがい兄貴なんだよ。鳴らしている時間は、ずっとでかい音で鳴らしているわけで、ほんとうに、音をさげてくれたことがない。

ともかく、「やったってやってない」なんだよ。きちがい的な意地でやったことは、全部そういう気持ちでやっている。そういう認識でやっている。きちがい兄貴よ。きちがい兄貴は、使えないハンダゴテを押し付けられて怒っていたけど、俺は、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で毎日がハンダゴテの日々だ。「きちがい兄貴、おまえのせいで、どれだけ俺が!!」「きちがい兄貴、おまえのせいで、どれだけ俺が!!」

きちがい兄貴のゆずってやる、静かにしたというのは、使えないハンダゴテとおなじなんだよ。ハンダゴテを押し付けたとき、親父は、怒り狂ってただろ。それで、強引に押し付けたよな。けど、一秒経ったら、「強引に押し付けた」「(これじゃだめだと言われても)大丈夫だ」と言った……ということを忘れてしまう。

けど、また、ハンダゴテを交わされるような状態になると、おなじ反応をする。あれは、お母さんが、買ってあげたから二日で住んでいるけど、お母さんが買ってくれなかったら、ずっとおなじなんだよ。何十日だろうが、何百日だろうが、何千日だろうがずっと、「大丈夫だ」と言い切る。もう、結果が出ているのに、「大丈夫だ」と言い切る。それは、金を払いたくないという気持があるからだ。無意識的に金を払いたくないという気持ちがあるからだ。知能に問題があるわけじゃないのである。

兄貴もおなじだ。絶対にゆずらないで鳴らし切るけど、そういうつもりがないんだよ。いつも「つもり」だけがない。で、鳴らし切る。やりきる。「勉強の邪魔だからやめてくれ」と言われたあとだって、そんなのまったく言われなかったという態度で!認知で!!鳴らし切る。

一回目の態度と一万回目の態度がおなじというのが、きちがい親父とそっくりなんだよ。兄貴は、自分が思ったとおりの音で思い切りヘビメタを鳴らしたいという気持ちがあった。だから、それ(無意識的な欲求)に反することは、親父のように認めない。

で、怒ってはねのけてやったこと……相手が言っていることを理解せずに、やったこと……相手が言っていることをまったく認めないで意地になってやったこと……は……すべて、まったくやってないこととおなじなんだよ。じゃあ、やめてくれるのかというと、それは、一分だってない。一秒だってない。そういう世界だ。

つねに、そういう状態なのである。機嫌が悪いときだけ、そういうふうにしていたというわけじゃないのである。うちでは、鳴らしてあたりまえだ、鳴らせてあたりまえだという気持ちで鳴らしていたわけで、そうじゃないときがないのである。だから、静かにしないし、静かにしてやらなかったということを反省できない。

そりゃ、「やったってやってないこと」だからな。何万回でも、おなじ反応が返ってくる。どれだけ言っても、おなじなんだよ。そういう態度がどれだけ腹立たしいものか、わかっているよな!! きちがい兄貴!! おまえはほんとうに、親父とおなじ!!! 全部おなじ!! 親父が認めないように、認めなかった。親父がやりきるように、やりきった!! 親父がわかってないように、わかってない。全部おなじ!!

「親父とおなじだ」と言われたあとだって、「自分が親父とおなじようなことをしてたなんて信じられない」とまるで、ひとごとのように思っているんだろ。自分がやったことじゃなくて、他のひとがやったことのように思っているんだろ。じゅうぶんゆずってやったつもりでいるんだろ。頭がおかしい!! あれだけやって、そういう気持でいられるということが、異常なんだよ!!!

親父の態度で、ヘビメタを鳴らし続けて、親父の態度で、ヘビメタを鳴らしたことを否定している。全部おなじ。自分が親父にやられたことはわかっているのに……腹を立てているのに……自分が弟にしたことは、ぜんぜんわかってないんだよ。それは、親父がこどもにしたことが全然わかってないのとおなじなんだよ。「そんなのやってない!!なんだなんだ!!」と全否定だよ。頭にくるな。で、やっているときは死にものぐるいなんだよ。絶対に、どれだけ言われたって、ほんとうにはゆずらない。きちがい兄貴やきちがい親父の「ゆずる」というのは、……相手が「それじゃ、ゆずったことにならないだろ!!!」と絶叫したくなるようなことなんだよ。やりつけられたほうが、そういうふうに思うことしかしない。最大限ゆずって、そうなんだよ。最大限ゆずって、まったく意味がないことをする。まったく意味がない、むしろ腹立たしい譲歩しかしない。もちろん、腹立たしく感じるのは譲歩された方だ。やられたほうだ。きちがい的な態度でやりたいことをやり切るというのが譲歩の内容なんだよ。けど、やったほうは……譲歩してやったと思っている方は……一〇〇%譲歩してやったと思っている。そういう認知の差が、つねに成り立つ。これ、つねにだから。だから、ほんとうは譲歩しない。何年間でも譲歩しない。ずっと何千日も何千日も譲歩しない。で、「譲歩してやった」「そんなやってない」「やってない」とか言い出す。言い出すときは、もう、やらなくていいときなんだよ。

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つまんない。はらいて~~

辛くないカレーを食べた。けど、むせた。ココロココニアラズ。

また、一日一個法に戻るしかないか。なんとかがんばっているけど、だるい。まさか、汁汁カレーでむせるとは思わなかった。俺が作ったうまいカレーなんだけど、むせちゃあな。

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タルタルソースをスプーンにのせて食べてみようと思って、のせたら、……キレが悪い部分が落ちた。のせた部分もあるんだけど、落ちた部分もある。スボンの上にこぼれたから、ズボンを洗っている。拭き取ったらほとんどわからない状態になったけど、こういうのは、ほうっておくのはよくない。

カレーを冷凍保存しておいた容器を洗った。めんどうくせ~~。あ~、いちいちつかれるな~~。あ~~~。さっきは、紅茶でやけどしそうになったし、注意散漫。やけどしそうになったというか、ちょっとやけどしてるんじゃないか。くちびる、ちょっとひりひりする。

喉がかわいてしょうがない。どうするかな。洗濯したらほさないと。
カレーは一昨日の俺が俺のためにつくってくれたカレー。うま~~。うまいけどむせた。

だるいからだを引きずって、やらなきゃならないことをやったわけだが……。あんま、いい感じじゃないな。





2017年4月21日金曜日

どうしても続く。普通に続く。生きている限り続く。

つねに、ヘビメタ騒音で死にたい状態なんだよな。どうしてもつらい。ヘビメタ騒音でくるしかった。ずっとずっとずっと、くるしかった。いまもくるしい。どうしてもくるしい。くるしいのでくるしい。なにをやっても、ヘビメタ騒音でくるしい状態というのがかわらない。ヘビメタ騒音の打撃が大きすぎる。どうしても、ヘビメタ騒音で不愉快だ。全部の日、全部の時間、ヘビメタ騒音で不愉快だ。どうにもならない。これ、他のひとは実際にやられてないから、それがわからない。そういう暮らしが一〇年以上続いてしまったばあいの破滅的な影響がわからない。鳴り終わっているのであれば、なんとかなるだろうと思っているひとが多いのではないかと思う。実際、親友にそういうことを言われた。けど、ちがうんだよな。一〇年間続いてしまったら、鳴り終わっても、ヘビメタ騒音の呪縛が続く。ハンディが続く。どうしても続く。普通に続く。生きている限り続く。

不愉快な気持で買い物に行く。いま、行ける体力があるから、いまのうちに行っておいたほうがいいと判断して、行く……つもりだ。けど、歩いているあいだも、ものを選んでいるあいだも、レジに並んでいるあいだも、袋にかったものつめるあいだもヘビメタ騒音のことでくるしい。不愉快だ。どのみち、他のひとにはわからないのだけど……わからないのだろうけど……どうしても、くるしい。これ、俺が言っているだけになっちゃっているんだよな。鳴っているときからそうだ。きちがい兄貴のきちがい的な無視のしかたが、あまりにも異常だ。これほんとうに、漫画かギャグの世界なんだよな。あれだけこだわってやっていることが、わかってないとか。あれだけこだわってやっているのに、本人がやっているつもりがないというのがおかしい。ほんとうにきちがい親父の世界なんだよな。鉄板のようにはねのけたことは、どれだけやったって、やってないのとおなじなんだよな。

だから、ほんとうに「やってないつもりのまま」やりきることができる。


で、ヘビメタ騒音の影響が、でかすぎる。ほんとうに鳴っているときだけうるさいという問題じゃないから。ヘビメタ騒音でだめ人間のふりをして生きているのはいやだな。ふりだよふり。本当にくるしい。そりゃ、実際やらなければどれだけできると言ってもしかたがない。けど、毎日あれだけ鳴らされ続けると、できることができなくなる。鳴ってなければ、できることの大半ができなくなる。で、それがつもっていく。つもるということは、きつい。

毎日毎日つもって、本当につかれた。どうしょうもなく、つかれた。どうしてもつかれた。楽しくない。だれといても楽しくないし、どこに行っても楽しくない。ヘビメタ騒音で、「いやな役」を押し付けられてずっとそれで生きているという状態だ。こんなのは、いやだ。いやなんだけど、それをくつがえす体力、気力、精神力をヘビメタ騒音で!失っている。なのでくるしい。くるしいまんまだ。


2017年4月20日木曜日

おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!

きちがい兄貴の主観というのがきちがい親父の主観とおなじなんだよな。絶対の意地でやったことは、認めない。絶対の意地でやったことは、絶対の意地で、やったと認めない。認めないとなったら認めないんだよ。

で、その認めない意地が、やっているときのぜったいにやるという意地とおなじなんだよな。だから、どの時点でも修復しない関係ができあがる。やっているときはもちろんやっているわけで、「とめられそうになったら」「やめてくれといわれたら」エンジンがかかって、ひきつって、怒って、無視してやる。だから、やっているのだけど、このひきつって、無視してやっているときは、「なんだろうが、関係がない!!!」という気持で頑固にそれに執着してやるわけで、普通なら、相手がとめるのを聞かないで「やった」という気持ちがあるはずなんだけど、これが、都合良く!!ないんだよ。ないことになっている。

だから、現在進行形でやっていることをとめることができない。兄貴は、殺さなければ絶対にやめないという意地で!!!「やりたいこと」をやりきる。何度も言うけど、やってるんだよ。

けど、「やった」「やっている」という認識がない。やっているのにそういう認識がしょうじない。できあがらない。認識することができたら、やめなければならなくなるわけで、認識することができないまま、やりきる。

だから、それには、※いのちがかかっている※わけで、意地が尋常じゃない。絶対にやめたくないわけで、あるいは相手が言っていることを認識してしまったら、やめざるを得ないことは、いのちがけで認識しないで頑固にやりきる。

だから、現在進行形で「やっていること」を無視するということの他に、「言われた」ということを無視する。それが、現在進行形の場合だ。

で、やり終わって一秒でも時間がたって「過去のこと」になったら、もう、「やった」ということが、一切合切気にならなくなる。「やったつもり」じゃなくなる。「やってない」ことになる。さらに、こだわってないことになる。本当は、こだわりつくしてやったのに、こだわってないことにしてしまう。意識的には、まったくこだわりのないことを、やったということになる。あるいは、矛盾しているようだけど、まったくこだわりがないのでやらなかったということになってしまう。あるいは、「言われたということも」忘れてしまう。相手が何回も何回も、「やめろやめろ」と言ってきたことをずっと続けてやったのに!!!なにも言われなかった」ということになってしまう。抗議はなかった。文句はなかった。「やめろ」と言われなかったから、気がつかずにずっとやったということになってしまう。

これは、記憶の問題になる。だれでも、一〇年前に言ったことを憶えてない場合がある。一年前に言ったことを憶えてないことだってある。しかし、その日にやったことはたいてい憶えている状態だ。いやなことはとっとと忘れるというのではなくて、最初からやった記憶がない状態なのである。やりきっておいて、その日に忘れている状態なのである。やり終わった直後に、「なんでもないこと」になっている。やり終わった直後に「相手は、なにも言ってこなかった」ということになってしまう。きちがい兄貴の頭のなかでは、そういうことになっている。そういうことになっているとしか理解できない発言をしている。

きちがい兄貴よ。言っておく。親父が「理由がないことで怒ったことはなんて一度もない」「子供が小さかったとき、理不尽なことで怒ったことなんてまったくない」と言ったら、兄貴は!!!どう感じるよ? 

さらに、「理不尽なことで怒ったことなんて一度もない」ではなくて、「怒ったことなんてない」と言ったら、どう思うよ? 兄貴は、どう感じる??

あれだけ、怒っていた人が、怒った記憶なんてまったくないと言ったらどう思うよ。「怒ったとしたら、ちゃんと怒る理由があったから怒ったんだ」と親父が言ったら、兄貴は!!!どう思うよ?

そりゃ、あの親父の状態を知らない人は、中立的な立場で……とか言うかもしれない。けど、きちがい兄貴! あの親父が……あれだけ毎日怒り狂っていた親父が「そんなんじゃない!!そんなんじゃない。怒鳴り声を上げて怒ったことなんて一回もない」と言ったら、どう思うよ?

「ふざけるな」と思うだろ。きちがい兄貴の「鳴らしてない」「そんなに鳴らしてない」「静かにしてやった」「いいぶんがある」というのは、俺にとって、そういうふざけた発言だ。

知らない人に言っておくと、親父は怒ってた。で、居合わせれば、居合わせた時間、ずっと、なんらかのことで連続的に怒ってた。かならず、うちの人と一緒にいれば、その時間は、わけのわからないことで、怒り狂っていたのである。

それも、毎日そうだ。親父と五分間おなじ場所にいたら、五分間、きちがい親父がなんらかのことで文句をつけて怒りっぱなしなのである。二〇分間、きちがい親父と残りの家族がいたら、きちがい親父が残りの家族に向かって、きちがい的な理由で!!怒り狂っていた。親父が家にいるときは!怒っているいるのがノーマルな状態!! 親父が家にいるときは、わけのわからないことで怒鳴り声を上げて起こっているのが普通の状態!! そうじゃない状態がない。うちにいるのに、そして、親父が眠ってないのに、怒ってない状態というのがないのだ。うちにいて、他の家族に囲まれていたら、かならず、きちがい的な理由で怒鳴り声を上げて怒っている。そうでない状態が、ない。一分もない。繰り返し言うけど、そうではない状態というのが、「うち」ではない。

「よそのうち」に行けば、静かになるけど、「うち」ではつねにはらわたが煮えくりかえっている状態で、いちゃもんをつけて怒っていた。逆上して八つ当たりしている状態が、あたりまえの状態なのである。「うち」にいるときはつねにそうだった。

で、よそのひとは「そんなことないんじゃないの」とか「誤解しているのでは?」とか「カミナリ親父だな」「そんな人いるのかな? いたら、どうして、精神病院に連れて行かなかったんだよ?」なんてことを言う。

「そんなの、精神病院に連れて行くレベルなんだから、連れて行かなかったとしたら、連れて行かなかった家族が悪い」ということを言うやつまでいる。これ、おまえ、精神病院に連れて行けるわけがないだろ。精神科医に払う金はだれの金なんだよ。

お母さんは当時働いてなかった。親父の金で親父が精神病院に行くわけがないだろ。お母さんが氏の相談所に相談しなかったのは、まずいことだと思うけ……これ、当時だと、相談しに行っても「カミナリ親父なんてどこにでもいる」ぐらいのことを言われておしまいになっている可能性がある。

だいたい、暴力はほとんどない。思い通りにならなかったら、逆上してぶつこともあったけど、暴力には抵抗があるらしく、暴力を振るったということに関してだけは!!!きちがい親父は、あやまりはしないけど、※気にする※。

これ、「お父さんに(やめて)と言えばいい」とか言った人がいるけど、その人はまったくわかってない。「そういうことはやめて」と言ったら、なぐられるんだよ。そもそも、相手の状態が思い通りじゃないということで怒るっているのだから、口ごたえする相手は、ゆるせないのである。相手が口ごたえしてきた、あるいは「やめてくれ」と言ってきたということ自体が、思い通りじゃないのである。

だから、言ったらなぐられた。きちがい親父がまったくわけのわからないことで怒る。親父がわけのわからないことで怒鳴り込んできたとき「そういうのはやめてください」と言ったとするだろ。そうしたら、「お相撲さんの世界では、親方が黒といったら白でも黒なんだぁ!!」と怒鳴って、なぐるんだよ。言ったら、そうなるわけだから、言えるわけがないだろ。

これが不思議なところなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。「おんだされた!!おんだされた!!おんだされた!!そんなこと言ったら、おんだされた!!」と逆上しっぱなしなんだけど、暴力だけは反省するんだよ。これ、親父がよその家で、そんなことを言ったらぶんなぐられて、「追い出された」ということを言いたいのだろうけど……。自分はどれだけひどいことをされても、口ごたえしたら、なぐられて、おんだされたということを言いたいのだろうけど……。

なんて言うのかな? 基準がそういうところにあるんだ。普通の人じゃないんだよ。実際、ひどいことをされて、「やめて」ということを言ったら、その家の人が親父をなぐって、けって、家に入れてくなかったということがあるんだろうな。何回も……。

その家の人って親父の養父だけど。まあ、育ての親といっても、親父の場合なんにんもいるんだよ。で、ひとりを抜かして、全員が虐待するような人なんだよ。だいたい、親父が小さかったころは物資がなくて、みんな貧しかったから、親父みたいな子供が家にくるということ自体が、たえられないことなんだよ。

自分たちですら食べられないのに、親戚の子がくるということが、はらだたしいことなんだよ。これ、しかも、親父の親は勘当されている。一度、縁が切れているんだよね。親父の親が駆け落ちして、両親とも親戚関係が切れている。どうも、最初の頃は金があったみたいなんだよな。ボンボンとお嬢さんみたいな……。けど、親父が生まれた頃には、最初に用意した金がなくなりかけていたんだろうな。時代も時代でものがない。両親が死んだあと、親戚の家に行くんだけど、その親戚がどれもこれも、親父を虐待するようなやつらだったんだよ。で、親父がおかしくなっている。

きちがい的な理由で怒っている。これ、ほんとうに頭がおかしいレベルの話しなんだよ。「そんなことで怒る人はいない」と他のひとが考えるようなことで、ガンガン怒っている。うちにいれば怒っているのがノーマルな状態。

これが、どういうことだか、わかってない人が多い。そりゃ、そういう人間を間近で見なければわからないのだろうと思う。けど、ほんとうに目に入ったものすべてに対して、逆上するという状態で、とまらなかった。親父と一時間いたら、一時間親父がずっと、なんらかのことで怒っているのだ。このなんらかのことというのは複数あって、一回一回の爆発は案外短い。ほんとうは理由にならないようなことで怒っているから、本人が逆上してしまえば、その途端にどうでもいいことになってしまうようなことなのである。逆上して怒鳴り声を上げて、発散できればいいというようなところもあったんじゃないかな。ともかく、理由がない。どれだけ、些細な事で怒る人でも、きちがい親父のようにわけがわからないことで怒るということはできないと思う。


普通の忘却というのときちがい兄貴の忘却はちがう。きちがい兄貴がやっているやっているそばから否定するというかたちの忘却?だ。短期的にそうだ。けど、長期的には普通の人の忘却とおなじ忘却がはじまる。なので、きちがい兄貴の「やってない」「そんなに鳴らしてない」「そんなの知らなかった」というような発言が普通の忘却と同じように考えられる可能性が高くなっていく。時間が経つにつれてそういう種類の忘却とおなじしくみが成り立っていると思われる可能性が高くなる。他のひとから、なんて言うのかな……普通の忘却とおなじ忘却だと思われてしまうのだ。実際に、昔のことだから憶えてないとかそういうことがはじまる。

で、それは、きちがい兄貴にとって都合がいいことでぼくにとっては都合が悪いことだ。

忘却と言うよりも否認なんだよな。で、否認した内容で「記憶」が置き換わる。だから、本人は嘘を言っているつもりがない。こういう困った!!状態!!

それじゃあ、あの意地はなんなんだ? ということになる。居合わせて知っている人にしてみれば「ヨク、イウヨ」「オマエガイウカ」といったことなのだけど、本人はほんとうにしらばっくれることができる。で、時間が経てば、普通の人から見て、普通の忘却と同じようにみえてしまう。けど、ちがう。言いようがないな……。

やっているさいちゅう……無視して、顔を真っ赤にしてやりきる。やっているつもりは、いくらなんでもあると思うけど、ほんとうに「やったってやってない」状態なのだ。相手の都合は一切合切考えてない。自分の都合が優先。「やめてくれ」というのは、自分にとって不都合な情報だから、そんなのは、無意識のレベルではねのける。だから、はねのけたつもりがないまま、無視しているということになっている。それが、「知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということのほんとうの中身だ。自分にとって都合が悪いことは、何万回言われても無視して、やる。やりきる。で、まったくやったつもりがない状態ができあがる。実際には何万回も言われているのだけど「そんなの知らなかった」状態ができあがる。本人は、「まったく言われなかった」という認知のままなのである。何万回言われても。その都度、怒っても。怒ってやりきっても。……いや、怒ってやりきったから言われた記憶がないというような状態だ。そういう状態でやりきればやりきることができるわけだから……。一日に一四時間どかすかでかい音で慣らしていて、一日に三〇回「宿題をするからやめてくれ」と言われても、一日が終わる時間には、「なにも言われなかった」「一分も鳴らさなかった」という記憶に置き換わってしまう。鳴らしたとしても!!!そんなのは、どうでもいいことなのである。たいしたことじゃないのである。

やった直後……それまでのあいだ、何時間も何時間もやったというつもりがない。もちろん、うすい意味ではやったと思っている。行為自体に対する記憶はあるのだけど、相手がやめてくれと言ってきたのに、それをはねのけてやったというつもりがない。相手にとって自分の行為がこまる行為だ「迷惑行為だ」ということは、まったく認めないのである。どれだけ言われても。だから、自分が一〇分間でもやられたら、はらわたが煮えくりかえるようなことを、一四時間もやり続けたんだけど、そんなつもりがまったくない状態になってしまう。

自分はまったく関係がない人間のつもり。一日経ったときに、自分がやりたいことがある場合は、それを同じような態度でやる。要するに、昨日も「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていて、今日も、「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしたい」と思っていたら、どれだけなにを言われても、入試だろうがテスト期間中だろうが、自分の意地を通して、そのまま鳴らす。やっている最中は、前日のやっているさいちゅうの態度、認識とまったくおなじだから、やり終わった途端に、なにもやってないつもりになってしまうのである。ほんとうは、すべての時間、ドカスカどでかい音でヘビメタを鳴らして弟の勉強の邪魔をしたのに……。まったく、そんなことはした覚えがないという状態のままなのである。どれだけやっても……。

2017年4月18日火曜日

一秒だってヘッドホンをするのは嫌なのである

どうするかな? ほんとうにヘビメタ騒音対策だけの人生だったな。そして、対策に失敗している。やっぱり、きちがい兄貴が一日中ヘッドホンをするというような解決策しかなかったと思う。鳴らされていて、こっちがどうにかするということはできない。で、他のひとには全然関係がないことなのだけど、ぼくにとってはほんとうに、地続きで関係があることなのだ。これ、過去のことじゃない。いまのことだ。いまこのとき」に深く深く関係していることだ。まるで、過去のことだからどうでもいいというようなことを言う人もいるけど、それちがうんだよな。陸続きなんだよ。地続きなんだよ。だ!か!ら!つらいんだよ。まあ、毎日やられた人じゃないとわからないというのは、わかる。そりゃ、実際にそういう毎日を経験しなければ、それがどれだけつらいことがからない。「六ヶ月でいいから経験してみろ」と言いたい。六ヶ月では無職にならないけど、一〇年以上毎日やられたら、だれだって、無職になる。一〇年以上毎日やられたら、だれだって、引きこもりになる。そりゃ、睡眠回路が壊されるからな。そして、普通の体力、普通の精神力が壊される。どうしようもないほど、毎日、悪い物理刺激を受けて、壊されていく。どれだけその中でがんばってこらえたとしても、悪い物理刺激が脳の味噌をむしばんでいく。それに違いがない。俺なんて、良く持っている方だと思うよ。ただ、こういうことをされた人間があまりにも少ないから、俺だけがこだわっているように、見えるわけだけどさ。まったく関係がないその他大勢からしてみれば、俺がだけが、「ヘビメタ騒音www」にこだわっているように見える。これも、まるで「こだわっているから、いけなんいんだ」というようなことを思う人もいる。けど、そういうふうに思っている人は、一四年と数ヶ月間のきちがいヘビメタ騒音を経験してない。そういう、きちがいヘビメタ騒音をいのちがけで、鳴らしているのに、本人は「たいして鳴らしてない」と思っているきちがいのやり口がわかってない。「静かにしてくれといえばいい」「よく話し合えばいい」だもんな。そんなんで片付くなら、苦労はしてない。ほんとうにおかしな感覚がなりたっていて、本人がすべての時間、自分がやりたいようにできれば……実際にできれば……やってないのとおなじという感覚が成り立っているんだよな。「ソンナノシラナイ」「鳴らしてない」「そんなに鳴らしてない」とまじで思うことができる。鳴らしっぱなしなのに、そういうふうに基地おくを書き換えることができる。実際に鳴らしているときは、やめることができるときなのだけど、そういうときは、怒って鳴らし続けるんだよ。「やめてくれ」と言われたら、怒って、顔をまっかにしてやりきる。その時に、殺してやめさせることができないのであれば、やられてしまう。そういう状態なんだよな。毎分毎秒。そうやって、一四時間鳴らせるときに一四時間鳴らしたら、もう、一四時間と一分目には、「そんなの知らなかった」「そんなに鳴らしてない」と嘘でなくイウコトガデキル状態なんだよ。これが、きちがい兄貴本人にも、第三者にもわかってない。きちがい兄貴本人はわかってないけど、一〇〇%そういう状態で鳴らし切って、一日を終える。それが毎日続く。鳴らしているときにどれだけ、でかい声で、「やめろ」「こまるからやめろ」「宿題をするからやめろ」「明日テストだからやめろ」と言われても、一分だろうが一秒だろうが、静かにしてやるつもりはないんだよ。これか完全にない。ないから、静かにしないのに、……静かにしないまま鳴らしているのに……一四時間自分が鳴らし切ることができたら……それがすべて関係がないことに鳴って……自分とは関係がないことに鳴っているんだよ。だから、不都合なことを認めるのはいやだという気持ちがあるから、「やったということ自体」を認めない。これも、普通に、まったく意識しないで、認めない。だから、際限がないんだよな。必ず、すべての時間鳴らすように「セットされていて」その通りにならすけど、本人は鳴らしたつもりがまったくないとおなじ態度で、俺に接する。一日に何十回怒鳴り込まれても「そんなの知らなかった」という状態を維持できる。テスト期間中にそういう態度で、一日中、休みなく鳴らされて、くるしかったよ。きちがい兄貴は、静かにしてやったというのなら、テスト期間中は、何時から何時まで鳴らさないで静かにしてやったのか、答えてみろ。答えられないだろ。テスト期間中は、午後四時から午後七時までは静かにしてやる……鳴らさないで静かにしてやる……ヘッドホンをして静かにしてやる……居間のテレビぐらいの音に落として静かにしてやる……ということがなかった。きちがい兄貴は、こだわりの音で鳴らしている。だから、一秒だってヘッドホンをするのは嫌なのである。だから、試験期間中だろうが入学試験前日だろうが、一秒だってヘッドホンをして死すがにしてくれるということがなかったよ。それが毎日の態度だ。あれで、静かにしてやったつもりなのかよ? きちがい兄貴が、「感じが出ない」音まで、音を下げると言うことは、死んでもないんだよ。「うちにいる限り」一分だろうが一秒だろうが、自分にとって「感じが出ない音」まで音を下げるということは、死んでもない。


2017年4月17日月曜日

無意味感、爆発。

いま、圏点について書いているけど、やっぱり、きつい。
俺、なんだか知らないけど、ともかく、きつい。
無意味感、爆発。
膀胱がじんわり痛いし、なんかもう、いやだ。
眠れるかというと、眠れない。
作業は、できるけど、つまらない。
まったくおもしろくない。
自分でマークアップするための記号を決めてマークアップしようという試みなんだけど、人に説明するとなるとめんどうだな。これから、URLをリンクURLに変換するマクロについて説明するつもり。今年は、エクセル、ワード、パワポ、Dreamweaver Illustratorなどなどについて説明するつもりだったけど、やはり、声のテンションが下がるんだよな。あーコーヒー飲みたい。飲んだら余計に膀胱付近がおかしくなりそうだから飲まないけど。これ、なんて言うの? 冬の間は、あったかくなればどうにかなるだろうなんて考えていたけど、あったかくなっても、どうにもならないな。むかし、小便を我慢したのが効いているのか? あーつまんねぇ。俺のつまんなさは並じゃないな。四月、五月は暦の上では良さそうな感じなんだけど、あんまりよくないんだよな。どうにかしてくれよ!!!! 圏点とかまだ実装されてない部分があって、設定はしたけどうまく表示されないじゃないかということが起こりがちなんだよな。まあ、そのなかではたぶんうまくいく(機種が多い)方法を紹介しているけどさ。

なんか、意味ないよね。
ほんとう、俺の人生なんだったんだよ~~
ほんとうに毎日、きちがい兄貴のヘビメタ騒音攻撃を受けて、憂鬱で体がだるくてしかたがなかった。きちがい兄貴は、頑固に鳴らすけど、騒音で攻撃をしているというつもりはまったくない。どれだけ言われてたって、勉強の邪魔をしているつもりがない。親父が使えないハンダゴテをおしつけて、おしつけたつもりがまったくないのとおなじなんだよな。あるいは、親父が常に怒り狂って攻撃していたのだけど、常に攻撃をしているつもりがないのとおなじなんだよ。つもりがなければ、常にやってたって、やってないことに鳴っているんだよ。本人のなかではまったくやってないことになっている。一時間居合わせれば、一時間なんらかのことで怒っていたのに、ぜんぜん怒ってないのとおなじつもりなんだよ。「そんなことは、一回もない」「一回も怒ったことがない」と思っているわけよ。理由がないのに、きちがい的な理由をつけて怒っていたのに。常に怒っていたのに。一日に何回も何回も怒っていたのに、一回も怒った記憶がないし、一日も怒った記憶がないわけ。けど、ほんとうに、ひまさえあれば、……ひまがなくても、でかい声を上げて、わけのわからないことで怒り狂っていたわけ。一日だけそうだったわけではなくて、毎日毎日、何年間もそうなんだよ。数千日にわたってそうなんだよ。親父が怒り狂うのをやめたのは、兄貴がでかくなって、はじかれたから。こどもの身体が自分のより小さいうちは……なんだろうが怒り狂って、認めなかった。……怒り狂っているのに、怒り狂っているということを認めないんだよ。だから、そういうことはやめて欲しい」ということを言っても、無駄なわけ。で、そういうことも、わかってない」状態なんだよ。本人がそうやって、怒り狂って、……理由がないことで怒り狂っているのに……一日に何回も何回も怒り狂っているのに、そういうふうにしているということを、認めない。「どれだけだけやったって、やってないのと同じ」なんだよ。で、一旦そうなったら、何千日でもそうしている。そうしていた。で、兄貴もおなじなんだよ。ここのところ、そればかり書いているけど。

怒っているような文章になってしまうのではないかという危惧

もう、金稼ぎはやめた。金稼ぎの用意をすればいいや。まあ、手は打ってあるけどな。
にしても、毎日がつまらない。外に出たときも、家にいるときも、ヘビメタ騒音のことで頭がいっぱいだ。座って、打てる体力があるときも、布団のなかで横になっているしかないときも、ヘビメタ騒音のことで頭がいっぱいだ。きちがい兄貴の態度、発言で頭がいっぱいだ。ヘビメタ騒音当時の疲労とおなじ疲労が襲ってくる。ともかくつらい。
あっ、打てるって、キーボードを打てるという意味ね。

わかりやすく説明しなければならないと考えるから、やりたくなくなる。動画も作ろうと思っているんだけど、口で説明しながら作業した方が絶対にわかりやすいんだよ。けど、口で説明することにある種のコンプレックスがある。というのは、どのみち怒っているから、怒った口調になってしまうのではないかという危惧がある。書いているときも、怒っているような文章になってしまうのではないかという危惧がある。この文章は、それでいい。けど、マニュアルとか、怒っているような文章で書いたら問題があるだろ。これ、気分がにじみ出るような感じがあるかどうかなんだよ。マニュアルなんて、作業の説明なんだからどんな気分で書いたっておなじだと思っていたけどちがうんだよな。やっぱり、怒っていると書けない。まあ、基本的に言ってだるいわけだしな。

マニュアルなんて感情を書くわけじゃないんだから、怒っているときに書いたって問題がないだろと思っていたんだけど、なんかそうじゃない。不愉快な気持で書くとやっぱりまずい。

ほんとう、ヘビメタ騒音を鳴らしているときの兄貴の態度は、怒っているときの親父の態度おなじなんだよな。子供が小さかったころ、きちがい的な理由をつけてつねに怒っていたのだけど、その時の態度とおなじだ。「やめる」ことができるかというと一秒だってできないんだよ。けど、本人は、「つもりがない」「やってない」と言い出す。昨日も書いたけど、ほんとうにおなじなんだよな。十数年にわたって毎日毎日、可能な時間はすべて使って「やった」ことなのに、「そんなの知らない」「やってない」とか言い出す。そういうのがほんとうにきつい。あれだけ意地になってやったことなのに。「やめてくれ」と言われて一〇秒だって我慢したことがないことなのに……。やり続けていることなのに……。つもりがないのか?? ふざけた態度だ。で、本人は、ほんとうにふざけているつもりとかないんだよ。そういうところが病気なんだよな。じゃ、どうでもいいことなのかというと、そうじゃなくて、こだわってこだわってこだわって、絶対にゆずらない。こっちがほんとうに、やめさせようとしたら、殺すしかない。殺してやめさせるしかないんだよ。一秒だって、やめてくれない。意地になって真っ赤な顔をして、頑固にやり切る。それで、やってないつもりなのかよ? で、やめてくれと言われているにもかかわらず、自分が頑固にやったら……そのまま状態を押し通したら……やったことにっているのに、ほんとうにつもりがないんだよね。だから、トラブルが生じて、そのあと一三時間にわたって、「そうした」としても、一分もそんなことしてないという認識のままなんだよ。そういう「ふざけた」ところがある。けど、本人は、ほんとうに「そんなんじゃない」つもりなのだ。一日に、一三時間、連続でやりきったことでも、「そんなんじゃない」ということになっていて、それが、たとえ、一〇年間毎日、続いたとしても『そんなの知らない』「そんなんじゃない」ということに「なっている」。あいつらの頭の中で「そうなっている」。あいつらの頭のカナでそうなっている以上、あいつらにとっては「そうじゃない現実」が正しいということになる。それで、相手が困ることを執着して執着して、執着して執着して、頑固に頑固にやり切る。やめるわけがないんだよ。

きちがい兄貴よ、おまえ、ほんとうに、親父が「怒ったんだったら理由があったんだろ」と言ったらどう思うんだよ。俺が親父に「理由がないことで怒鳴り声を上げて怒っていた』と言ったら、「怒ったんだったら理由があったんだろ」といいやがったんだよ。きちがい兄貴よ。おまえ、これを聞いてどう思うんだよ。子供の体が小さいときは、毎日、親父は怒り狂っていた。うちでは、親父がでかい声をあげてなんらかのことで怒り狂っているのが普通の状態なんだよ。ノーマルな状態なんだよ。それ以外の状態はないんだよ。「やめてくれ」って言えばいいとよその人は言う。「やめてくれ」って言ってやめてくれるわけがないだろ。一分だって我慢しないで怒り狂う。一分間、怒らないで普通の状態でいるということができない。一分間どころか一〇秒だってできない。そういう状態だ。そういう状態が、ノーマルな状態なんだよ。いつもの状態なんだよ。会社で嫌なことがあったときだけ、八つ当たりをして爆発していたというのとはちがうんだよ。

*     *     *


2017年4月16日日曜日

鳴らしているときの態度と、「鳴らした」ということを否定するときの態度がおなじ

やっと、ちょっと復活した。
どうするかな?

風呂に入るか。いやー風呂に入ることができるまで体力が復活すると思わなかった。実際、ここ二、三日ずっと、入りたくなくて、入ることを考えると憂鬱になっていたからな。やっぱり、体力の違いがあるな。ぼくはもともと、人並みか人並み以上の体力があった。これ、体力と言ってもスポーツ系の体力じゃなくて、作業持久力みたいな体力。ヘビメタ騒音生活七年間で、吹っ飛んだ。(ヘビメタ騒音は七年間で終わったわけじゃないけど、七年間で吹っ飛んだ。)これも、たとえば、ヘビメタ騒音生活七年間で吹っ飛んだと書くと、ヘビメタ騒音は一四年間じゃなかったのか?と突っ込んでくる人がいるかもしれないけど、経験から言うとだいたい七年間。一四年も必要じゃない。七年間でだめになる。その七年間、俺は、外に出てたんだ。休みたいのをおして、無理矢理外に出て通っていた。その結果、だめになった。だめになるまで、七年間かかっている。これは、けっこうもったほうじゃないのか?

腹が立つのは、きちがい兄貴が「まったくやったもりがない」ということだ。これ、矛盾しているようだけど矛盾してない。やっているときから、そういう状態。きちがい兄貴よ! おまえは、きちがい親父とおなじ。家にいれば親父が怒っていたように、家にいればヘビメタを鳴らしていた。親父が、家にいれば怒っていたというのは、事実なんだよ。

けど、たとえば、親父に「親父が家にいれば怒っていた」と言うと「そんなんじゃない。そんなんじゃない」というのがはじまる。あれだけ、毎日毎日怒っていたのに、自分が怒っていたというのがわかってない。兄貴もおなじだ。四六時中、ひまがあれば、……ひまがなくてもすべての可能な時間を使ってヘビメタを鳴らしていたのに……でかいでかい音で鳴らしていたのに……兄貴に「兄貴が、家にいるときずっと、ヘビメタを鳴らしていた」と言うと、「そんなんじゃないなんじゃない」というのがはじまる。

兄貴よ、たとえば、怒っている親父に対して、「怒るのはやめてくれ」と言って、親父が「ああそうか」といって怒るのをやめてくれたことがあると思うか? そんなのはない。一度もない。きちがいヘビメタをでかい音で鳴らしている兄貴に対して「ヘビメタをやめてくれ」と言って、兄貴が「ああそうか」と言ってヘビメタをやめてくれたことがあると思うか? ない。これ、高校受験の時、一度だけあるけど、その時をのぞいて、一度もない。一日のなかで、「ヘビメタを鳴らさないでくれ」とこっちが言って、きちがい兄貴が一〇分間、鳴らさないで我慢してくれたことがない。

だいたい、高校受験の時だって、受験二日前まで、さんざんもめているのに普段とおなじように鳴らしてた。受験前日だけで、受験から帰ってきたら、ヘビメタ騒音がいつものように鳴っていた。三日後にもう一校受ける予定があったから、「やめてくれ!!」と言ったのに、無視して全部の時間鳴らし続けた。夜の一一時一一分まで、普段通りに鳴らし続けて、一分間ですら静かにしてくれなかった。前日、一日我慢したのが、よっぽど腹にすえかねたのだろう。「もう、絶対に静かにしてやんねぇ」と決心したように鳴らし続けて、一分間ですら、静かにしてくれなかった。

で、そのあとの高校受験前日は、静かにしてくれなかった。そのあと三年間、毎日一日もゆずらないで、鳴らし続けて、大学入試前日も、一分だって静かにしてくれなかった。それが、きちがい兄貴が、この世でこだわってこだわって、強い意思を持ってやったことだ。「知らなかった」とか「そんなんじゃない」とか、よく言えるな? 

親父や兄貴は「よく言えるな!!」ってことばかり言う。「どのつらさげて、そういうことを言うんだ!!!」と怒鳴りたくなるようなことばかり言う。「どうして、そういうしらじらしい嘘をつくんだ!!」と腹が立つようなことばかり言う。

これ、もう、ほんとうに病気なんだよな。で、やっているときは、そういう「調子」で……実は、自分がやりたいことをやる。押し通す。ゆずらない。だから、「やってないやってない」と言うときの態度と、やっているときの文句を言われて腹を立てる態度がおなじなんだよな。文句というか「やらないでくれ」と言われて腹を立てるときの態度がおなじ。

「やらないでくれ」といわれること自体が不愉快なことなんだよ。認めるわけがない。相手の言い分を認めて、やめてやるなんてことは絶対にない。目を三角にして顔を真っ赤にして、無視してやりきる。殺さなければやめさせることができないような意地でやりきる。で、「こういう風にしてた」と言われてそれを認めない状態のときもおなじなんだよ。目を三角にして顔を真っ赤にして認めない。「そんなんじゃないそんなんじゃない」と目を三角にして顔を真っ赤にして言う。で、本人がそういうふうに興奮すると、それでもう、本人の中では、「すんじゃってる」んだよな。こんどは、そういうふうにもめたということが頭になくなる。今度はそういうふうに相手が言っていることを否定したというのが、頭から消える。で、無視して押し通す。そんなことはまったく言われなかった』というような態度で生活する。そういうことの繰り返し。

   *     *     *

いやー、正直言って今日はもうちょっと動けるかなと思ったんだけど、もうつかれた。けっきょく、風呂に入ったら、どっと疲れた。そのあと洗濯をして、そのあとご飯を食べたら、もう、動きたくない状態になって、のびてた。

で、まあ、いま、また食べて、これからどうするかと悩んでいるところ。

一応長く寝たので、頭のもやもやがとれたんだけど、また、もやもやしてきた。週に合計一日分しか動けない。疲れた。

三回目の起床でなんとか動ける状態になった

三回目の起床でなんとか動ける状態になった。
どうするかな? 糖尿病がこわいけどドクターペッパーを買いに行くかな。ほんとうにだるくてだるくてしかたがない。どうするか? 販売機までの運動。販売機まで歩いて帰ってくるということが運動であるといえば運動であるといえる。

いま、ご飯を食べたところだから、腹が痛くなっている。うす~~く腹が痛い。飯食っただけで、腹が痛くなるという~~。それが、普通の状態になってしまった。

一回目起きたときや、二回目起きたときに、外に出れるかというと出れないんだよ。とてもそんな気分じゃない。あの体の状態で動くのはむりなんだよな。まあ、無職なので外に出なければならない状態というのがほとんどないわけだけど……。あの体の状態で動くことができないから、就職するわけにはいかないのだ。「あの体の状態」って、これヘビメタ騒音時代の朝の状態。あるいは、深夜の状態と言ってもいいけど。ともかく、どれだけ、正論を言っても、きれい事を並べても、ライフハック的なことを言っても、無理なんだよ。で、ほんとうに、ライフハック的なことを言う人は、俺とおなじぶんだけヘビメタ騒音を浴びてない。ヘビメタ騒音生活を一〇年以上、毎日続けたという経験がない。経験してから言えって言うんだよ。けっきょく、経験してないからわかってないだけだろ。これ、こういうことでも、もめるんだよ。もし、きちがい兄貴がこだわりつくして、ヘビメタを毎日鳴らさなかったということであれば、こういうもめごとも、ない。

2017年4月15日土曜日

横になってた。これから、また横になる

本は本を書くつもりでなく、ブログの記事を書くつもりで書けば、進む。

これから、気楽な状態でマクロの説明を書くよ~~。きらーーくきらーーく。実際、ドメインを取って国内に物理的なサーバがあるレンタルサーバーを借りて(ここ重要!!)……記事にして置いておいた方が、金になるんだよね。

わかりやすくしようと思わないことにした。しーらない……そういう気持で書こう。わかりやすく書こうと思ったら、負担で負担でしかたがない!!

それにしても、たぶん金にはならないだろうから、むだな行為とも思える。

   *     *     *

頭がむちゃくちゃにもやもやしてだめだ。横になってた。これから、また横になる。

ほーんとうに、人生ないな。
ヘビメタ騒音でかちかち山で……。ぼろくそにつらい日々だけだったな……ヘビメタ騒音がはじまってから。あれ、あんなに頑固に鳴らしてたのに「つもりがない」のかよ……。そういう態度で、ずっとずっとずっと、鳴らしやがって!! 試験の日も鳴らしやがって!! それで、試験の邪魔をしたつもりがないのかよ。中間試験、期末試験の時、一日に一分でも、鳴らさないで静か煮てくれたとでも言うのか? 一日に一分ですら鳴らさないで静かにしてくれなかったのに、「静かにしてやった」なんて、いまだに言っている状態だ。ぜーーぶ、そういうことだからな。

2017年4月13日木曜日

自分が思った通りにやれて、あたりまえで、文句を言ってくるほうが悪い

幼稚園のこどもがさわいでる。ギャーギャー言ってる。意味もなくキーって絶叫している。けど、別に幼稚園のこどもの声はいいんだよ。ヘビメタ騒音の苛烈さ。ヘビメタ騒音がひどすぎる。ほんとうに、三〇分、この部屋にいただけで、ヘビメタ騒音で脳みそをやられる。脳みそが焦げる。きちがい的にくるしい。くるしい。くるしい。あれを、まったくつもりなく、やってたのかよ? あんな音で鳴らして、でかい音で鳴らしているという認識がなかったのかよ? 本当にきちがい兄貴は、きちがい親父だな。お、ん、な、じ、なんだよな。考え方とか態度とか、「やめてくれ」と言われたら真っ赤な顔をして、こだわり尽くしてやるところとか。けど、本人は、こだわり尽くしてやった気持ちがないんだよね。「やめてくれ」と言われた途端に腹を立てて、自分の世界に入ってしまう。自分の世界に入ってしまえば、どれだけやったって、やってないのとおなじなのである。ほんとう、こだわりつくしの音で鳴らして一分もゆずってくれなかった。これが本当のきちがい兄貴の姿なのに、きちがい兄貴は、「ゆずってやった」と思っているんだからな。頭がおかしい。

たとえば、「ヘビメタ騒音なんて関係がない」と他の人に言われて、俺がどんな気持ちになると思っているんだ。うちには頑固に鳴らす、きちがい野郎がいて、そいつが頑固に頑固に鳴らすけど、頑固に頑固に「鳴らしてない」と思っている。そういう態度がおかしい。話が一切合切つたわらない。そりゃ、きちがい的な意地で絶対にゆずらずにやったことは!特にやったことじゃないんだからな。そういう認知が常に成り立っている。

そういう認知が成り立っていれば、自分が好きなように、こだわりのでかい音で鳴らせるわけだし、鳴らしたというつもりが一切合切しょうじないのだから、迷惑をかけたつもりもしょうじないのである。

ようするに、「人がやめてくれ」と言ったことをやっているつもりがない。つもりだけがないのであって、こだわりつくしの音で一分も一秒もゆずらずに鳴らし切る。鳴らし終わったら、本気で鳴らしてないと思う。

これは、鳴らしたという認知がまったくしょうじてないというよりも、鳴らしてないのとおなじ態度をもたらす認知なのである。

だから、ほんとうに一日に一四時間鳴らしたって、「そんなに鳴らしてない」「そんなんじゃない」と思える状態なのである。けど、同時に「鳴らしてなにが悪い」「そんなの、がたがた言ってくるほうが悪い」「一秒だってゆずらなくてあたりまえ」という気持ちも成り立っている。だから、都合が悪くなったら、「やってないやってない」というのが始まる。

うちにいる限りは……うちで鳴らしている限りは……「都合が悪い」状態というのがしょうじないのである。そりゃ、どれだけ何を言われても、やりきるから。そして、それで、まったく悪いと思えないから。悪いことをしているとか、迷惑をかけているということが、※本当にわからない※状態になっている。

どれだけやったって、迷惑なんてかからない「くそきちがい空間」なのである。兄貴にとってうちというのは、そういう空間。「よそのひと」が「これ、ほんとうなの?」と言ってきたときに、都合が悪い状態というのがしょうじる。

「よそのひと」に「これ、ほんとうなの?」と聞かれるまでは、何万時間鳴らしてたって、まったく悪いと思えないのである。都合がわるいことがしょうじたと思えない。「うちのひと」にとどれだけなにを言われても、「迷惑をかけている」と思えない。

すべての時間、自分が思った通りにやれて、あたりまえで、文句を言ってくるほうが悪いという気持ちにしかならない。ゆずってやるとしたら自分がゆずりたいぶんだけ自分のやり方でゆずればいいわけで、そうやってゆずってやっているのに、「ちゃんと静かにしてくれ」と言ってくるやつは、悪いやつなのである。

逆に……。

言ってくるやつが悪いと思っている。これは、一〇〇%そう思っている。だから、絶対にゆずらない。自分がやりたい気持ちというのが、ものすごく大切なんだよ。相手の生命なんかより、自分がやりたい気持ちのほうがずっとずっとずっと大切なんだよ。相手の生命なんかより、自分が一分間、自分が鳴らしたい音で鳴らすということがずっとずっとずっと大切なんだよ。だから、一分間だって、本当に自分が我慢する形ではゆずらない。

ゆずると言ったって、自分が我慢しないで、ゆずるということだから、ぜんぜん静かにならない。たとえば、ほんとうに一分間でも、鳴らせない状態で過ごすということが、できないのである。もちろん、本当はできるのだけど、自分が本当に我慢するということは、いま説明したように耐えられない。

一分間でも、鳴らさないで我慢するというのは、自分の思った通りではないのである。一分間鳴らさないですごすということは、一分間でも耐えられないことなのである。だから、一分間、我慢せずに、自分のやりたい音で鳴らすということは、相手のいのち全部より重たいことなのである。優先されてあたりまえなのである。そういう頑固さがある。一分だって本当に我慢してゆずるのは、絶対に嫌だというやつが、普通に「静かにする」わけがないだろ。

で、本人が一番そういうことがわかってない。自分が思った通りの音で鳴らして、……自分が我慢しない音で鳴らして……それで、我慢してやったと本気で思えるきちがい野郎なんだよな。それが、「まったくつもりがない」ということのなかみだ。

ほんとう、まるまる荘のまんまだな。

いや~まじつかれたわ~~
ヘビメタ騒音の思い出ばかり。
つかれた~~


腹が減ったのでごはんを食べるために起きて、残り物で食べた。
カジキマグロを焼いた。けど、これは、次のご飯のため。

これ、まるまる荘の雰囲気。あ~あ。
ほんとう、まるまる荘のまんまだな。


どうすんだよ。ちょっとがんばっだけで、二日ぐらいはダメだ。しかも、もうやる気をなくしている。ともかく、人生疲れた。このつかれは並じゃない。ヘビメタで疲れた。ヘビメタで疲れた。ヘビメタ騒音で疲れた。これ、ほんとう、夜の二次の雰囲気はヘビメタ騒音で疲れ果てたときの感じだな。まだ夜で、余裕がある感じだけど、有効に時間を使えない。疲れ果てているだけ。だいたい、ヘビメタ騒音で……一日に七時間ヘビメタ騒音を浴びると、もう、夜、勉強をするしかない状態なのに、疲れ果てて勉強ができないという状態になってしまう。午後八時に勉強したかったのに、ずっときちがいヘビメタが鳴っていて、できない。ほんとう、連続がくるしい。

ひとにどれだけ言ってもしかたがないけど、……ここにどれだけ書いてもしかだけないけど、俺の人生はヘビメタ騒音だけだ。全部、ヘビメタ騒音で同じ気持ち。どうしてもつらい。なにをやっていても、寝ててもつらい。





2017年4月11日火曜日

昨日、ちょっとがんばったら

昨日、ちょっとがんばったら、歯磨きができないほどつかれて、寝ていた。なんか一日半ぐらいだめになっている。
いま起きて、漬け物でご飯を食べたところ。これから歯磨き。

実は、昨日の夜は、腹も痛くて、合間合間で横になっていた。
まあ、眠れたのだけが救いか。

がんばっているあいだも、ヘビメタ騒音の雰囲気がしのびよる。ほんとうにむなしい気分になる。「もうだめだ」と横になっているときも、ヘビメタ騒音の雰囲気がしのびよる。むちゃくちゃにつかれて、寝て起きたときも、ヘビメタ騒音の雰囲気がしのびよる。崩壊的な気持で考えていることは、きちがい兄貴のきちがい的に自分勝手な態度について。怒っている。つかれた。

   *     *     *

ちょっとマドンナとか聴いてみた。なつかしかったね。なんか突然Like a Virginを聴きたくなった。

四月だというのに寒いな。醤油と砂糖入り卵焼きをつくって食べた。食べたから、これから歯磨きをして、そのあと横になる。眠れないとは思うけど、なんかつかれた。


2017年4月9日日曜日

技術系のマニュアルを書こうと思ったのだけど

さて、どうするか? 今日は物を盗まれる夢を見た。

これから、どうするかな? 

きのうは、技術系のマニュアルを書こうと思ったのだけど、二〇行ぐらいしかすすまなかった。こっちの文章を書いていると、感情的に書き続けることができなくなってしまう時がある。きのうも文章を修正していてそういう状態になった。だから、技術系のマニュアルなら感情を交えずに書くことができるのだからすすむだろうと思ったら、大きなまちがいだった。技術系のマニュアルでも、気分で違う。やはり、腹が立っている気持ちだったり、憂鬱な気持ちだったりすると、案外書けない。

ドクターペッパーを一度に買わないのは、買っておくと飲んでしまうからなんだけど、やっぱり、いちいち買いに行くのはめんどうくさいな。

ヘビメタ騒音系のことや親父のことを書いていると、カンキワマルところがでてきてしまうんだよ。そうすると、書きすすめることができなくなる。

2017年4月8日土曜日

みんな本当に縦中横マクロについて知りたい??

ドクターペッパーを買ってきた。これ、なんか、やみつきなんだよな。コーラよりもドクターペッパーの方がいいや。なんで突然きゅうにドクターペッパーなんだろう。むかしはそんなに好きじゃなかったのにな。このケミカルな味が……。この香水のようなケミカルなにおいが……。

風呂に入りたいけど、ちょっと時間が問題だな。

みんな本当に縦中横マクロについて知りたい??
一括して、縦中横マークアップを完成してしまうのだ。精度はほぼ一〇〇%。当てはまらない例がわからない。まあ、限定だけどな。英文が入っていると厄介だけど、その回避方法もある。

説明がめんどくさいんだよ。説明しないで、マクロだけ出すか? いろいろ説明すると、むずかしい印象を与えてしまう。むずかしいというよりめんどうくさいんじゃん、という印象か? けど、めんどくさく感じるのは、なんて言うのかな……こういう人はこうしてくれという部分があるからだ。「うちぎめ」じゃないからさ。たとえば、改行を含んだ英文に対処する部分の説明を入れると、面倒くさく感じてしまうかもしれない。自分の小説にそんなものが出てこない人は、そういう説明が余計なわけだから。で、実は英文だけではなくて、いろいろある。自分が使うぶんには、これで決まりなんだけど、他の人がどういう文章を書くかわからない。コードの説明をする人もいるかもしれない。そうなると、ちょっと話が違ってくるんだよな。コードの中にあらわれる二桁の数字を縦中横としてマークアップするわけにはいかないわけだから。で、回避方法があるんだけど、その説明が面倒くさい。あとは、秀丸のマクロを記録する方法を知らない人には、その説明もしておくべきなんだけど、めんどうくさい。
小説を書き始める前のぼくが知っていたら、だいぶ、簡単に事が運んだなというのがある。圏点とルビだけど。縦中横なんて、頼まれても使わない。けど、使いたい人もいるんだよな。……。

*     *     *
なんで書きにくくなるのかわかった!
回避法があるんだけど、回避法が二つあるからだ。で、ひとつの回避法のほうが簡単なんだけど、たとえば、前後に半角のカンマ,や半角のピリオド.がある場合は、変換対象からはずすというような方法だと、そのぶん「あながあく」わけで、精度が落ちる。どっちの方法をとるか、ふた手にわけて説明しなければならないから厄介だ。

*     *     *

いま、買い物に行ってきたところだ。ドクターペッパーは自動販売機で買う。どうしてかというと、自動販売機でしか売ってないから。これだけ店があるのに、ドクターペッパーがおいてない。なぜか自動販売機だけにはあるのだ。これ、おかしいよ。

けど、ドクターペッパーを飲んでいればしあわせかというとそうではないのだ。

2017年4月5日水曜日

仕事をゲームと思ってやる。ゲームを仕事と思って、やらないようにするというのが一番いい対策


自画自賛でやる気を出す方法に関しては、以下の本が参考になるのではないかと思います。

『自分で自分をほめるだけ!「ほめ日記」をつけると幸せになる! 』

この本も買って読んだわけではなくて、レビューを読んだだけなので、まあ、本の感想じゃなくて、レビューの感想ということになってしまいます。

自分自身で自分に肯定的なフィードバックを返すというのは、アファメーションに近いやり方だと思う。

で、まあ、そういう方法もあるということで……。けど、これは諸刃の剣なんだよな。

まあ、ぼくの場合どうしても、ヘビメタ騒音生活一四年というのがでかすぎる。だから、他のひとの本を読むときも、なんて言うのかな……そういうフィルターがかかる。悪い家族に長年やられ続けたひとというのは、やはりちょっとちがうな。

だから、そういうひとでもどうにかなりそうな方法を見つけようとしているのだけど、なかなかむずかしい。

やはり、適当に済ませるというのが一番肝心なのではないかと思う。
・ちょっとだけ適当にやる
↑これが一番やる気を出す方法だと思う。
あとは、なんて言うのかな? 考え方を変えればたしかに、むだなことでも、やる気を出してやることができる感じがする。と言うか、なにがその人にとって、やりたいことなのか、やりたくないことなのかということを、常識的な考え方にとらわれずに考えると、別のもののみかたができるんだよ。

たとえば、だらだらとやっていることをやめて、やらなければならないことに取りかかる、という方法があるとする

だらだらとやっていることというのは、たとえば、ゲームとかインターネットサーフィンだったりする。この、だらだらとやっていることというのはやっているにもかかわらず、本来やるべきことではないと認識されていることなのである。しかし、この認識をやめて、たとえば、ゲームを夢中でやるというのであれば、ゲームに関してはやる気が出ている状態でたいへん好ましいのである。インターネットをだらだらと見るというのも、だらだらという修飾がつくから、好ましくないものに見えるのであって、インターネットサーフィンが、たいへん好ましいことで、やる気を出してやることに値するものであると考えれば、むしろ、(無理にやる気を出す必要もなく)やる気になってやっていることなのである。無理にやる気を出してやらなければならないと考えていることに関しては、なんらかの価値が見いだされているのである。たとえば、仕事とか勉強とか。あるいは、掃除、料理、洗濯といった家事、育児といったものなど。
やる気を出してやらなければならないと考えられているにもかかわらず、やる気が出ないから、問題がある。問題があると感じているから『やる気を出す本』というのを読んでやる気を出そうとする。
ゲームはやる気を出さなくてもできることなので、ほんとうは、(すでに)やる気になっていることなのである。やる気になってやっていることなのである。しかし、ゲームは好ましくないと考えている……自分がいる……ので、やめなければならないと思うわけだ。
パチンコも、おなじだ。無理にパチンコをやる気になる必要がない。そして、「どうして、俺はパチンコをやる気になれないんだ? パチンコをバリバリと楽しくするにはどうしたらいいんだ?」ということについては悩まない。いまの文章を、そのまま「どうして、俺は仕事をやる気になれないんだ? 仕事をバリバリと楽しくするにはどうしたらいいんだ?」ということについては悩む。仕事を、勉強とか掃除といった単語に置き換えても意味が通じる。
仕事、勉強、掃除というのは、なんらかの意味で、やりたくないこととして意識されているにもかかわらず、同時に「やらなければならないこと」として意識されているのだ。だからこそ、『やる気』を出す必要性が生じる。

そして、特にやる気を出そうと思ってやっていることではないこと……むしろ、やめたいと思っていることに関しては、当然『やる気を出す』必要性がないわけだから、『やる気を出すにはどうしたらいいか」ということについて悩まない。
というわけで、仕事をゲームと思ってやる。ゲームを仕事と思って、やらないようにするというのが一番いい対策なのではないかと思う。
しかし、人間の心はそういうふうには動かない。


2017年4月3日月曜日

「できない」んだよ

ねる~~~

今日もたいしたことをしなかった。買い物に行っただけ。買い物をしているあいだもヘビメタ騒音のことを考えていた。兄貴の態度について考えていた。腹を立てていた。

ぼくはもう……。ぼくはもうどうすることもできない。ほんとうにヘビメタ騒音だけの人生だったな。ともかくヘビメタが始まってからくるしい。一四年四ヶ月間鳴っていると、一四年五ヶ月目からもずっとくるしいんだよな。おんなじことで悩まされ続けて、おんなじことで死にたい気持ちになっている。どーーしても、うまくいかなかった。どーーーしても、「ヘビメタ騒音でできない」ということがあった。これ、ほんとうにこの世の人すべてが俺とおなじ体験をしたら、絶対に「ヘビメタ騒音できない」ということが同じようにしょうじるはずなんだけど、おなじ期間、おなじ時間、おなじ音量でヘビメタ騒音を体験した人がほとんどまったくいないので、そうではない人からみると言い訳にみえる。「できない」んだよ。ヘビメタ騒音が毎日毎日、つもって、どうしても、できなくなる。期日に間に合わなくなる。どうしても、昨日帰ってから一日中鳴っていたから、できないということがしょうじる。これ、さぼっているわけではなくて、ほんとうに、張り詰めてできない。どれだけがんばっても、ヘビメタ騒音のなかで、できない。俺が、ヘビメタ騒音が終わったあとやろうとして、どんな気持ちになったと思っているんだよ。きちがいヘビメタは鳴っているときだけではなくて、鳴り終わったあともやはりきつい。これ、ほんとう、ただ単に俺と同じ体験をしたことがないから、「言い訳だ」と言っているだけだから。そういうやつらは。おなじ時間やられてみろ。おなじ期間やられてみろ。実際にやられなかった人は、やられなかったので「そんなの関係がない」と言うわけだよ。実際、やられてないのだから、関係がない。

きちがい兄貴の態度というのはほんとうに、きちがい親父の態度とまったくおなじなんだよな。きちがい的な意地で毎日毎日、うちにいる時間すべてを使ってやったことは、やってないことになっている。こだわってこだわってやったことは、こだわらずにまったくやってないことになっている。頭がおかしい。やっているときから、そうなんだよな。

2017年4月1日土曜日

『先送りせずにすぐやる人に変わる方法 』本のレビューのレビュー

・結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる

・先送りせずにすぐやる人に変わる方法 (中経の文庫 さ 17-1)

↑本のレビューの感想


他のひとのブログを読んでいて、そのブログに貼ってあった広告を見て、アマゾン(ネット本屋)に行ったんだけど、その本の関係で「やる気関係」や「人脈関係」の本が「おすすめ本」として並んでいた。

なぜか、「やる気を出す方法」みたいなものは、本のタイトルやレビューを読んでしまうんだよな。で、レビューを書いた人が、目次も書いたので目次も読んだ。ようするに、ライフハック系のブログに書いてあるようなことと同じようなことが書いてあるみたいだ。
ぼくは思うのだけど、本を読んでやる気が出る人は重症じゃないと思う。重症じゃない人も、一応「やる気がたりない」ということで悩んでいるみたいだ。けど、本に書いてあるテクニックでやる気が出てしまう人は、ほんとうにちょっとした助言でやる気が出る人なんじゃないかなと思う。

ぼくにはヘビメタ騒音という問題があって、その問題がでかい。病的なレベルでやる気がない人は、ライフハック系の「技術」ではどうにもならないと思う。家族に足を引っぱられ続けてきた人というのは、やはり、ちがう方法でなんとかやる気を出さないとだめな感じがする。
なんかともかく、違う感じがするんだよな。で、それをどうするか?なんだよ。
レビューを読んで感じたことは、五〇個六〇個、『やる気が出る方法』を並べれば、そのうちひとつぐらいは、その人にあった方法が見つかるのではないのかということだ。

と言っても、その人のいまの状態にあった方法ということだ。人間は、つかれているときとつかれていないときとでは反応がちがう。人に声をかけられたときの反応もちがうし、なにかの方法を本で読んだときも、その方法に対する感じ方がちがう。つまり、反応がちがう。おなじ人でも、時期によって、あるいは、時間によって、これならできると思う「その方法(技術)」がちがう。

だから、ハックとしては、何個も書いておくのが良いのかもしれない。そのうちのひとつでも、採用されたならその本の意味があるのだろうと思う。

結論としては、ライフハックレベルの「やる気を出す方法」でも、何十個も並べれば、そのうちひとつぐらいは、有益な方法として認識されるかもしれないということだ。

けど、長年、こっぴどい騒音にたたられた人などは、ちょっとちがうということは言っておきたい。そういうライフハック的な方法ではどうにもならない状態というのを抱えている人たちはいる。
こっぴどい家族にたたられ続けたひとというのは、やはり、普通のアプローチではどうにもならない状態を抱えていることの方が多い。

で、それでも、なんて言うのかな? 時間的なものや時期的なものはあるということだ。まあ、一番効果的なのは、ちょっとずつやることじゃないかと思う。

細分化
スモールステップ
完璧主義の否定(適当主義)
習慣化

ここらへんが鍵じゃないかと思う。

ああ、そうだ。他人からの肯定的なフィードバックについて書いてある本があったな。これは、普通に考えても、意味があるとは思う。けど、いつも肯定的なフィードバックが返ってくるわけじゃないというのが問題だ。たとえば、本のレビューで逆恨みコメントを書くやつもいるわけだし。

あとは、悪い家族に打ちのめされたひとは、孤独になりやすいのだけど、孤独な人は、肯定的なフィードバックを受ける機会も少ない。

やはり、他人から肯定的なフィードバックを受けるという方法は、頼ることができない方法だと思う。自分で、自画自賛、というほうがいいのかもしれない。けど、自分で自画自賛も、それ自体に問題を抱えているという考え方ができる。

これは、自画自賛でも効果があると考える人と、自画自賛だと病的な性格傾向が強まると考えるひとのふたつにわかれそうだな。

自画自賛は諸刃の剣なのですよ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。