2017年11月29日水曜日

毎日の体力問題

体力問題というのがあるんだよな。
ヘビメタ騒音にやられたぼくは、体力問題がデカイ。で、この体力問題というのは、常に問題だった問題だ。そして、いまも問題である問題だ。これわかってないな。これ、わかってない人が多い。ヘビメタ騒音問題というのは、毎日の体力問題なんだよ。毎日毎時間、毎分毎秒の体力問題なんだよ。生きているあいだずっと問題になる問題なんだよ。やられ始めてからずっとずっとずっと、体力問題を抱えている。この体力問題のせいで、どれだけ俺の活動が制限されてきたか。もちろん、「働く」ということも、活動には他ならないから、働くという活動も激しく制限される。楽しい人生のほうがいいというのわかる。旅行だってなんだって、友だち付き合いだってなんだって、楽しいほうがいい。けど、ヘビメタ騒音にほんとうに毎日七時間から一四時間やられている状態だと、意思とは関係なく、つかれる。意思とは関係がなく問題が生じる。意思とは関係なく、だめな状態で時間が流れるので、だめな履歴が積み重なる。チャンスがなくなる。すべてが夢物語になってしまう。ヘビメタ騒音が毎日、続かなければ、普通に手が届いた話しでも、……雲の向こうの空の上の話になってしまう。

俺が生きているだけでものすごいことだ!

俺が生きているだけでものすごいことだ!
(生きて、文章を書いているだけで、どれだけひとの役に立っているかわからない! わからない!!)
ヘビメタ騒音に一一歳の時から一四年と四ヶ月もやられた俺が、生きているということがすばらしいんだよ。

しかし、気違い兄貴はほんとうにこだわりつくして、一日に一分もゆずらないで鳴らしてたな。この部屋で、我慢しっぱなしの状態になった。そりゃ、殺さなければやめないような状態で……なおかつ、たいしてやっているつもりがないまま……ずっと、激しく、こだわりつくして、ゆずらないでやるわけだから、ずっと続くことになる。

平行世界の俺だって「こんなことにならなくてよかった」と思って帰ってしまうような状態だ。ほんとうにやられてないひとはわからないだろうけど、めちゃくちゃにくるしいことなのである。負のサイクルがはじまってしまうのである。拡散してしまうのである。

たまたま、運良くヘビメタ騒音に毎日たたられなかったひとが、えらそうなことを言う。自分の幸運を祝福していればいいのに、常識に基づいて、俺をけなす。自分だって、おなじことを毎日されたら、働けないからだになるのに……。ほんとうに、鳴らされたあと、どんだけつらいか……。それが毎日ふつーに続いて、いろいろな問題が積み重なって……どんだけつらいか。ほんとうにたまたま幸運だから(横に気違いがいないで)普通に働けるだけなのに、威張りやがって。ひとを「働いてない」ということで軽蔑しやがって。

たまたま、幸運だから、働けるんだよ。たまたま、ヘビメタ騒音に一四年間もたたられなかったから、働けるんだよ。なにもわかってないな。

なにが、人間学だ。ふざけんな!

この世界の俺は、働かなくていいんだ!!!

食器を洗うのがほんとうにめんどい。むかしは、まったく平気だったんだけど、毎年、幼稚園は九月に運動会の練習をしているんだけど、今年の練習が始まったあたりから、ものすごく、めんどうになっている。

ほんとう、美少女メイドが必要。けど、コーヒーはもう飲めないから、コーヒーはいいよ。あーあ。コーヒーをガンガン飲んでたときに、美少女がコーヒーをもってきてくれたらよかったのにな。

美少女メイドがもってくるコーヒーを飲みながら、ガンガン働く日々……そういうのも、よかったかもな。ヘビメタ騒音で、働けない からだ になったけどな。ヘビメタ騒音がない平行世界の俺は、そうしているかもしれないな。

   *   *   *

平行世界の俺がガンガン働いているから、この世界の俺は、働かなくていいんだ!!!

こういうふうに言ったら、日本労働教徒はなんと言うだろうか?

   *   *   *

ほんとうに平行世界の俺がガンガン働いているから、この世界の俺は働かなくてもいいと思う。平行世界の俺は教育者として、研究者としてガンガン働いている。別の平行世界の俺は、芸術家としてガンガン作品を作り、美少女数名に囲まれて生活している……。

平行世界の俺がこの世界にきたら、「あの時ヘビメタ騒音が鳴りやんでよかった」「一日でヘビメタ騒音が鳴りやんでよかった。もし、一四年間も毎日続いていたら、こんなことになっていたのか」「自分はそんなめにあわなくてよかった」「この世界の俺がかわいそうだ」「けど、俺は元の世界に戻ろう」と思って、もどっていくんじゃないかな。

受けとめ方の問題じゃない

劣勢を強いられるとな。
ヘビメタ騒音で劣勢を強いられると、いろいろな不愉快なことが起こるんだよ。これは、受けとめ方の問題じゃないんだよ。頭がおかしい人が横にいて、騒音を鳴らされたことがない人だと、わからない。常識的な人しかいないと思っているようなひとだと、わからない。「そんなの、どうにかなるんじゃないか」と思ってしまう。それが、どうにもならないから困っているんだろ。それが通じないから、困っているんだろ。
困り方が違う。常軌を逸したひとというのはいる。自分にって都合がいいように狂っている人がいる。その人の感覚はその人の行動を支持するから、感覚自体がおかしいと、「途中でかわる」ということがない。

2017年11月28日火曜日

どれだけ言っても静かにしてくれなかった。

もう、ヘビメタ騒音でいっぱいいっぱいなんだから、「新しく」うるさくするな。くそ、ほんとうに頭にくる。
続くと頭にくる。

あーつまんない。ほんとうにつまらない。

   *   *   *

サブサブ機が大活躍やーーー
しかし、いろいろめんどうだなーー。
シールのナンバーがみえないんだよな。
Bと8はかなり、識別ができない。
Qも、Oがないのかどうかわからないけど、あやしい。
保証期限が切れているということで、あたたかくない反応が返ってきたな。

けど、サブサブ機は問題がある。だから、サブ機を買った。
基本、モニターの入力切り替え機能がおかしくなってから、なんかいろいろたいへんなことになっている。けど、このモニターは気に入っているから、あんまりかえたくない。そこで、いろいろな手を考えたのだけど、なんて言うのかな、いろいろと問題がある。あっちを立てればこっちがみたいなやつ。

けど、騒音で破滅的な気分になるな。
五分以上騒音が続くとヘビメタ騒音の記憶が一気に吹き出すから、もう、尋常じゃいられない。この世はおかしい。ほんとうに兄貴がしつこくゆずらないでやりきった。どれだけ言っても静かにしてくれなかった。何年毎日、そんなことが続いたと思っているんだ? 自分がやられれば、一日にでわかることなのに、自分がやっている以上は、五〇〇〇日やろうが、おやじのようにわからない。わからないとなったら、一生わからない。わからないとなったら、やり続けて、一生わからない。やり続けてだよ!!

ほんとう、ヘビメタ騒音でいっぱいいっぱいになっているから、犬を吠えさせるな!! 頭にくる。頭にくる。

飼い主やよその人にしてみれば「犬ぐらいで」と思うかもしれないけど、俺は、ヘビメタ騒音でいっぱいいっぱいなんだよ。ヘビメタ騒音がなければ、犬は「うるさいな」とは思うけど、そんなには腹が立たなかったかもしれない。けど、「ヘビメタ騒音でほんとうに人生がない思い」をしているのだから、頭にくる。「この一生はなんだ」と思う。気違いが意地を通して鳴らし続けた。けど、何十年も経てば、他のひとは忘れてしまう。中学高校時代の毎日をとられることが、人生に与える影響がでかすぎる。もう、死にたい。「こんなんじゃだめだ」と思う毎日だ。ほんとうにヘビメタ騒音で!!!くるしい。他のことじゃなくて、ヘビメタ騒音で!!!くるしい。犬の吠え声じゃなくて、ヘビメタ騒音で!!!くるしい。

他人には絶対理解不能なのだという壁がある。事実がある。理解できるわけがない。体験してないのだから。そりゃ、聞いただけで理解できるけど、その理解と「ヘビメタ騒音の毎日」がどれだけ乖離しているか? 実際の日常と、「うるさかったんだろうな」という理解がどれだけ乖離しているか。「ほんとうに、そんなんじゃない」と言いたくなる。

それから、親父のことについてちょっと言っておくと、「となりの人」は、親父が俺にどれだけのことをしたか、ぜんぜんわかってない。これもーー。たとえ、一〇年以上毎日、わけのわからない精神的虐待をしても、時間が経って、よそから見ると、まるで俺が悪いようにみえるんだよな。ほんとうにこういう構造は頭にくる。知らないひとは知らないわけだからな。うちなのなかのことなんて、知らないひとは知らない。何十年ひどいことをしても、いまひどいことをしていなければいいのか? 気違いヘビメタ騒音もおなじだけど、十数年間毎日ひどいことをして、俺の人生を破壊し続けて、それで、いいのか? いま静かなら……いま、きちがいヘビメタをうちで鳴らしていなければ……過去のことはどうだっていいのか? 俺が、ヘビメタ騒音以降、どれだけのハンディを抱えて生きていると思っているんだ? それも、他のひとにはわかりにくいハンディだから、俺が悪く言われる。頭にくる。

   *   *   *

もう、俺はここで生きていてもムダだ。
しかし、騒音で頭にくるな。
あとは、パソコン系のトラブルが発生すると、なんて言うのかな……わりとストレスがたまるな。仕事なんて、……こういう状態になってしまえば……「めんどうなこと」の積み重ねだ。

ほんとう、ヘビメタでくるしい。
中学高校と、すべての日、午後一一時一一分まで勉強ができなかったからくるしい。休みの日は、朝から午後一一時一一分まで勉強ができなかったからくるしい。ぜんぜん休みにならない。こんな状態で笑って暮らせるわけがないだろ。どうたって、「怒り」や「不満」が顔に表れる。それを俺は、我慢して、他のひとにはあたらないで、やってきたんだ。けど、毎日、鳴ってたけどな!! で、悪い立場に追い込まれていくんだよ。俺が、ヘビメタ騒音の「怒り」や「不満」やを他のつとに表現しなくても、ヘビメタ騒音の「つかれ」でいろいろなトラブルが生まれる。どれだけ言っても気違い兄貴がまったくかまわないで、気違い兄貴がやりたいようにやりたい時間……やりたい時間すべて……気違い的にデカイ音で鳴らしてきたから……疲労がたまっている。それから、睡眠回路系統の障害(ハンディ)はほんとうに、ひとにはわからない。ヘビメタは一一時一四分には鳴りやんでいる。だから、深夜になっているわけではない。けど、眠れなくなる。それも毎日つもる。

2017年11月27日月曜日

一〇年以上毎日

ヘビメタ騒音なしで「はまっていたら」
ぼくも相当に働いていたと思うよ。
で、ぼくは、わりとこだわって「はまる」ほうだから……。ほーんとに、ヘビメタ騒音で全部が吹っ飛んだ。体力問題というのがあるんだよ。ヘビメタ騒音のなかで消耗するし、ヘビメタ騒音のなかで消耗すると、消耗が次の日も残る。で、その繰り返しだから、どんどんたまっていく。処理できない量が毎日たまっていく。それが、一〇年以上毎日続いたら、それはもう、すごい量になる。

ヘビメタ騒音なしで一〇代、二〇代をすごせれば……。もう、それ、「楽勝ゲーム」と「はなから無理ゲー」ぐらいちがう。みんなヘビメタ騒音(毎日)という要素がないのだから、やはり、その基準でぼくのことをとやかく言うのはおかしい。これ、言うと、きらわれるだろうけど。

   *   *   *

コミュ障のひとをディスっているコミュ力自慢の人がいるけど、あれは滑稽だ。コミュ力自慢の人のほうがよっぽど、子供。未熟。


一〇代、二〇代の毎日がつらいということ

そりゃ、一〇代、二〇代がないのは、つらい。
ほんとうに、ヘビメタ騒音で、一〇代、二〇代がない。
一〇代、二〇代の毎日が、ヘビメタ騒音の毎日だなんて。あんなの、どうやったって無理ゲー。どれだけ才能がある人でも、無理ゲーになる。一日が、うまくいかない。一日がほんとうにうまくいかない。つかれまくる。あれ、鳴らされているあいだのことだけじゃないんだよ。毎日、つかれがつもっていく。

まあ、関係がない人にとって、「それがどうした」というようなことなんだろうけどな。ヒトゴトであれば、俺だって感じ方がちがうだろうから、そういうふうに思うひとをせめるわけにはいかないか。けど、ちがう。

ちがう。

ほんとうにそんなもんじゃない。

うちでだけ、情け容赦なく、やりやがって。

いろいろどうしようかな??
これ、ここで書いてもしかたがないけど、ヘビメタ騒音がでかすぎる。ヘビメタ騒音の影響がでかすぎる。毎日やられた。毎日午後一一時一一分までやられた。死にたい。ヘビメタ騒音の影響がでかすぎる。これ、まったく関係ない人にとっては、「ヘビメタ騒音?なにそれ?」と言えるようなものなのだろうけど、……これ……ほんとうにやられた人間にとっては、ちがうものなんだよな。普通の人が、話しに聞いて考えることと、実際にヘビメタ騒音を毎日聞かされる状態で暮らすのとは、ちがう。人生全部がヘビメタ騒音になってしまったよ。これ、やっているあいだ一四年間と四ヶ月、気違い兄貴はまったく考えてないんだからな。いまだって、自分のヘビメタ騒音で、弟の人生を破壊したとは考えてないんだよ。そういう人だから、こだわりつくしてやることができたわけだけどさ。どれだけ、毎日「静かにしろ」「鳴らすな」といわれても、こだわりの方法で、こだわりつくして鳴らすことができた。ほんとうに、一四年以上続いたこと……。これ、でかい。普通の人が「聞いて」考えることとはちがう。「一四年と四ヶ月続いたにしろ、いま鳴っていなければ過去のことは過去のことだから、そんなのは、気にしないで立ち直ってほしい」……普通の人は、こういうことを考えるわけだろ。もう、世界がちがう。ぜんぜんちがう。で、また、「ちがうちがう」と言ったり、あるいは、「ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音」と言うと、俺がヘンなことにこだわっているように思えるわけだろ。これも、なんか、卑怯な?ところなんだよな。気違い兄貴、おまえが毎日やったことが、でかすぎる。これ、おなじことをやられたら、……人生の中でおなじ期間、おなじ量をやられたら、だれだって、……他人からみて、こだわることになると思う。だれだって……他人からみて、こだわっているようにみえるひとになると思う。一〇〇%のひとがそうなると思う。「自分はならない」と思っている人は、わかってないだけだ。それこそ、経験したことがないからわかってないだけ。けど、経験してないひとにとっては、これもまた、俺がそういっているだけのことだ。「(エイリは)一〇〇%人がそうなると言っているけど、俺はならないと思う」と考えるひとだってたくさんいるわけだ。

これも、延長して考えると、ハンダゴテ事件とおなじなんだよな。気違いが気違いの意地を通すと、やられたひとが、他のひとから、誤解される。他のひとが想像もできないようなやり方で、こだわりつくしてやる。やりきる。やられたひとが、やられたことに(不当に)こだわっているようにみえるんだよな。けど、ほんとうはやられたことにちゃんと対応している。やられた量と、こだわっている量は、「比率」「割合」としては、普通のひととおなじだ。少ない量やられたのに、過剰にこだわっているわけじゃないんだよな。ちゃんとイーブンで、人並みなんだよな。それだけのことをやられたことがないから、わからないだけだ。そりゃ、家に、気違いがいる人なんて、圧倒的な少数なんだから。さらに、うちだけで狂う人がいる人なんて、さらに圧倒的な少数だ。認定されているひとじゃないから、他のひとにはわからない。「うちでだけ」そうなる。

   *   *   *

いま、幼稚園で工事をしているけど、そんなもんじゃないから。ヘビメタ騒音はそんなもんじゃない。工事の音のなかで勉強することはできるけど、ヘビメタ騒音のなかで勉強することはできない。耳をふさいでも、耳栓をしてもむり。絶対的にむり。この「むりかげん」がまた、他のひとにはわからないんだよな。ヘビメタがどれだけデカイ音で鳴っていたか。もちろん、俺の部屋を中心にして考えてということだ。音のでかさなんて、距離でちがうわけだから。離れた家でどのくらいの音で聞こえていたのかは知らない。ヘビメタ騒音が鳴っているときに、俺の部屋で作業できる人なんていない。いたとしたら、そいつは、ヘビメタが好きなやつだ。ヘビメタの音が生理的にきらいで、なおかつ、あのデカイ音のなかで作業できるやつなんていない。

2017年11月25日土曜日

暗闇のなかを、疾走

相当にやばい。
ラーメン食べたいけど、袋ラーメンが食べたい。このあいだ袋ラーメンを買おうと思ったんだけど、五袋入りしかない。一個ずつ売ってないんだよ。それで、買わなかった。やっぱり、ときどきラーメンが食べたくなる。ほうれん草もほしい。

ちょーーのんびり歩いて行ってくるか?
とちゅうで、へこたれちゃうかもしれないな。
ほんとうにヘビメタで人生がない。
この気持ち……。
どうしてもやめてくれなかったな。
ずっとやってたな。
毎日毎日、どれだけやめろって言っても。
あの日々の記憶がこびりついている。
というか、この空間がそもそも、そういう空間なのである。ぼくが認知している空間はヘビメタ騒音の空間だ。これで、むりに外に行って食べても、『つらい記憶』『むなしい記憶』が積み重なるだけなんだよな。おれ、ほんとう、何十年毎日こんなことやっているんだよ? ほんとうに、どーしても、ヘビメタ騒音の雰囲気だ。夜は夜で、ヘビメタ騒音。すべての夜が暗いように、すべての夜の雰囲気がヘビメタ騒音だ。まあ、高緯度地方とか言い出す人がいるかもしれないけど、日本の話しね。夜は、暗いでしょ。普通。

どこに行ってもおなじなんだよ。ヘビメタ騒音でしおれている。どうしても、ヘビメタ騒音で死にたいほどくるしい。どうしても、ヘビメタ騒音でくるしい。ヘビメタ騒音の記憶でくるしい。どうしても、くるしい。おなじなんだよ。あの頃の苦しさとおなじなんだよ。むなしさもおなじ。きちがいヘビメタに焼き出されて、張り裂けんばかりの気持ちで、暗闇のなかを、疾走していたときとおなじ。どうしてもくるしい。どうしてもくるしい。これ、気にしないようにしてやっているようにみえるけど……みえるかもしれないけど……外に出て……たとえば、バイトをやっているときは、バイトの人たちはぼくが普通に働いているようにみえるけど……ヘビメタ騒音でこころが張り裂けんばかりの気持ちなんだよ。ただ単に、勉強の邪魔をしたわけじゃない。

ともかく、ヘビメタ騒音で、全部くるしい。だれがなんと言おうと、くるしい。だいたい、なんか言っているやつは、全員、ヘビメタ騒音をおれとおなじように、人生の中で経験したやつじゃない。知識で知っているけど、ほんとうのことはわかってない。他の人たちにとっては、タダの空想話だ。ぜんぜんちがう。実際に毎日やられたら、その人たちだって、働けなくなるし、意欲がなくなるし、ヘビメタ騒音の記憶で毎日毎時間、憂鬱になる。

ヘビメタ騒音の圧力が並みじゃないんだよな。ほんとうに爆発して、きちがい兄貴を殺すか、自分が死ぬか……みたいなひきつった気持ちで、外に出てた。で、けっきょく、いつまでも外にいるわけに行かないから帰ってくるわけだけど、午後一〇時に帰ってきたって、ヘビメタが『おなじように!!!」ガンガン鳴っているわけで、ぜんぜん、リフレッシュできない。おなじなんだよ。あいつ、俺を追い詰めた気持ちはないんだよ。まったく。けど、それは、きちがいだから、どれだけ言われてもわからなかったというだけの話しなんだよ。言われなかったから知らなかったとかそういう話しじゃない。こういうところでも、親父のようにネジがずれているんだよ。頭のねじが飛んでいる。他人とぼくのあいだにはヘビメタ騒音に関する温度差がある。そりゃ、当然だ。けど、きちがい兄貴とぼくのあいだにある温度差は、他人とぼくの温度差よりもデカイ。まったく関係がない人、以上に関係がないつもりでいる。なら!! 怒鳴り込まれたら、行動を変えることができるかというと、それは、絶対にないんだよな。たとえば、一時間、ちゃんと鳴らさないでヘビメタを我慢してやるということにはならない。弟が、血相を変えて『明日試験だから、鳴らすな」と怒鳴り込んできた……としよう。で、一分だって、鳴らさないで静かにしてやるということはできないんだよ。やらない。それこそ、できないんじゃなくてやらないだけなんだけど、絶対にやらない。絶対にしてやらない。試験期間中だけでも、『そんなに言うなら』……一時間ぐらいはヘッドホンをしてやろうかなという気持ちに、ならない。親父の態度で真っ赤な顔をしてやりきる。だから、こだわってやっているのに、まったくこだわってないつもり、なのである。そういう意識のズレがある。もちろん、そういう意識のズレがあって、得するのはきちがい兄貴だ。ゆずらなくていいわけだから。そういう意識のズレがあれば、ゆずらずにやりきって、まったく迷惑をかけなかったということになるのだから、きちがい兄貴とって都合がいい。そういう都合の良さを、絶対に手放さない。どれだけ言われたって、シランプリでやりきる。きちがいだと言っているのは、シランプリでやっているとき、ほんとうに、知らないつもりだということだ。特筆すべきはこの特徴。まさしく、親父の「やったってやってない」とおなじなのである。弟が、自分の部屋に『しずかにしろ』『試験だからしずかにしろ』と血相を変えて怒鳴り込んできた……そういう事実があるのに、『まったく知らないまま』鳴らし続けることができる。だから、ぜんぜん気にしてない。入試だろうがなんだろうが、ちゃんとヘッドホンをしてしずかにしてやるということをしないまま、ずっと普段通りにデカイ音で鳴らし続けて、まったくなにも感じないんだよな。そういう頭の構造。で、そういう頭をもっているやつが、隣の部屋で、ガンガン鳴らしているとほんとうに困るんだよ。ほんとうに困る。
で、他の人にはそこのところがわからない。学生時代全部毎日、そうやって、勉強の邪魔をされてみろ。そういう毎日が積み重なった二〇歳を迎えてみろ。気にするに決まっているだろ。気になるに決まっているだろ。自分でサボって勉強しなかったわけじゃないんだよ。あるいは、自分が夢中になっていることをやるために、意識的に勉強をしなかったわけじゃないんだよ。この差はでかい。

兄貴は親父のやり方で、忘れている

やろうと思えば簡単なことなのに、できないことってあるよな。
まあ、『その時』ということなのだが。
その技術を習得するつもりのときはできたわけだし、やり方自体は知っているわけなんだけど、それでも、こしがあがんねぇー。

いま、ちょっと着替えたからな。
外行きのコートを着た。これで、ちょっと暖まってから、ズボンのほうを着替えて、そのあとに、買い物に行く。セブンのスパゲティーの補充をするのと、冷凍ほうれん草を買う。なんかきゅうに、ほうれん草の味噌汁が飲みたくなった。

ほうれん草は炒め物にも使えるしな……。

こうやって、用意しておくのが、俺なのよ~~~~
あ~~。けど、つかれた。最短距離で行こう。そして、外を歩くのが、また、むなしい。ヘビメタ騒音の記憶でむなしい。他の人はそれがないわけだから、むなしさを感じないで散歩することができる。買い物に行くことができる。独身だろうがなんだろうが。けど、俺にはヘビメタ騒音の記憶がある。そして、ヘビメタ騒音でどうにもならなかった人生の記憶がある。なので、くるしい。くるしいんだよ。

   *   *   *

きちがい親父はきちがい親父で、ぜぇーーーーったいに兄貴に注意しないんだよ。自分がやってきたことが、無意識的にはわかっているのか、ただ単に『自分より大きくなった』兄貴のことがこわくなったのか、ぜぇーーったいの意地で注意しない。注意しないとなったら、もう、命がけで注意しない。「なんだってかんだって」注意しない。そういうところがまたへんなんだよな。他の人は、そういうことは信じない。『そんなデカイ音で鳴らしているのに、親が注意しないなんておかしい』というような疑問を投げかける。よその人に、うちの親父のしくみなんて絶対にわからない。だから、技術科の先生みたいに、誤解する。

ともかく、もう、絶対の意地で、命がけで、注意しない。注意しないとなったら、どれだけ『注意してくれ』と言われても、絶対に注意しない。本当に静かにさせるつもりがないんだよね。

ぜんぜんない。

だから、口からでまかせで「ちょっぐらいしかたがない」とか言い出す。「ちょっとじゃないんだ」ということを説明したって、(その時はその時で)おれに怒って、注意しないんだよ。「ちょっとぐらいしかたがない」と捨て台詞をはいて、寝床に直行すれば、もう、それで、『言われなかった』ことになってしまう。

兄貴もおなじなんだよ。

まあ、兄貴の場合はもっと悪質で、なにも言わないで、無視して、二階に行って、ヘビメタを鳴らす。一階の部屋で注意されたら、首を縦に振らないで、二階に上がってガンガン鳴らす。で、ガンガン鳴らしているときは、もう、『言われなかった』と思っている状態になってしまう。

親父とおなじで、その時』はねのければ、もう、おしまいで、『言われなかった』ということにしてしまう。

だから、いつも『知らないまま』なのである。相手が困っているということは、絶対の意地で無視して、頑固にやり続ける。自分がやりたいことは、なにを言われても頑固にやり続ける。

で、『言われた』という記憶がない状態なんだよな。言われた途端に!! そういう状態なんだよな。兄貴も親父も、そういう状態になる。だから、注意されたことをやっていても、まったくなにも、悪いと思わないんだよな。

そういう無視のしかたがある。

で、そういう無視のしかたで、無視しているということも、無視して認めない。だから、何千日、何万時間繰り返しても、やっているつもりがない。一万回、二万回、三万回、四万回注意されたとしても、一回も注意されなかったから、知らずにやったということを、嘘をついているつもりがないまま、言える。そういう状態なんだよ……常に。

だから、その『知らなかった』とか言うときだって、それの延長線なんだよ。認めない。相手が言っていることは認めないで、否定する。反対のことを言う。毎日、そうなんだから……。

どこかで、かわるということがなかった。「うち」ではな。「よそ」に行ったら、一日でかえやがって……態度をかえやがって……。これ、ほんとうに無意識的に全部やっているんだよ。「よそじゃ」鳴らせないんだよ。一分鳴らしたら、一分迷惑をかけたということがわかる。自動的にわかる。

けど、「うちに」いる限りは、どれだけ言われても、わからないままなんだよ。それが、親父のやったことであり、兄貴のやったことだ。親父が最初にやり出して、兄貴があとでまねをした。親父がすべてのことでやって、兄貴がヘビメタ騒音で、まねをした。

ヘビメタ騒音のやり方というのは、親父のやり方とおなじなんだよ。

きちがい兄貴よ! きちがい兄貴が、どれだけ親父にやられて、どれだけ親父のことをうらんでいるか、わかっているよな。意識があるよな。

兄貴の態度は親父の態度とおなじなんだよ。

兄貴のヘビメタノやり方は、親父のなんかのやり方とおなじなんだよ。トラブルになるに決まっているだろ。で、兄貴は親父のやり方で、忘れている。『なかったことにしている』。うちにいるときは、現在進行形で「なかったこと」にしているから、ずっと気がつかない。

一四年と四ヶ月やったって、親父のように「やってない」つもりだ。

一四年と四ヶ月、弟にうらまれる態度で、弟にうらまれることをしても、親父のように一日もそんなことはやったつもりがないという気持ちのままだ。生きているあいだじゅう、そうなのだろう。死んだらおしまいだから、けっきょく、きちがい兄貴が「うちで!!!!」やったことをきちがい兄貴がちゃんと理解すると言うことはないのだろう。一生なかでないのだろう。

兄貴がやったことは、兄貴のなかでは、やってないことだからな。親父と脳みその構造がおなじだから、自分を中心にして考えると、わからないままなのである。自分の目は、鏡をみないとわからないというのとおなじだ。兄貴は親父の行動はわかっているんだよ。兄貴は親父の行動で、こまらされて、なおかつ、親父がまったくわかってないということも理解している。

けど、自分(兄貴)が中心になって相手が困ることを、親父のやり方でやった場合は、親父とおなじように、「まったくわからない」ということになる。「まったくわからない」というのは、「やったってあたりまえだ」し「やっても悪いとは思わない」と言うことだ。そして、普通ならあり得ないことだけど、「やったってあたりまえである」と同時に「やってないこと」なのである。

親父とおなじことを「ヘビメタ騒音を使って」毎日やった。兄貴のなかでは、「やったってやってない」のとおなじなのである。親父とおなじだから。親父の脳みそとおなじだから。親父とおなじ感じ方しかできないから。親父とおなじ無視のしかたで、無視したから、無視したことは、ほんとうにやってないつもりなのである。

事実やってないつもりなのである。

だから!こまるんだよ。で、そういう状態だ」「そういうこと(自分が気づかずに)してきた」ということに関しても、親父と同じような感じ方しかできない。「そんなの、なんだ」「やってないやってない」でおしまいだ。

ほんとうに、迷惑をかけたとは、どうやっても、思えないのである。それだけ、自分に掛けた催眠術が強力なんだよ。毎日頑固にやってきたことなのに、毎日頑固にすべての時間やってきたことだからこそ、おなじ構造で認められない。認めることができない。認めるという正常な部分が機能してない。兄貴は、親父のことはわかるけど、自分のことは、親父とおなじようにわからないのである。

だから、これからも、なにも感じない。俺がこういう文章をどれだけきちがい兄貴にぶつけても、不愉快になって、否定するだけなのである。兄貴の新しい家族の前で「そんなことしない」と否定するだけなのである。で、ヒトコト言ってしまえば、それで、その回はすんでいるわけで、すんでしまったら、なにも感じない。

感じるとしたら、※自分にとって都合が悪いこと※を言われて、不愉快だという自分の側の気持ちしかないのである。この気持ちは、『ヘビメタを鳴らさないでくれ』『静かにしてくれ』といわれたときの気持ちと同じだ。一秒だって、静かにするつもりがないんだよ。「なんだ!そんなの!!」「がたがた、言ってきて」と怒っておしまい。

自分が怒ったあと、一二時間、弟の入学試験の前に、ガンガン鳴らしても……鳴らし続けても、なにも感じない。怒ったら、おしまいなんだよ。

本人の中で「きれて」いる。

これ、脳みそ的に親父とおなじだから。※毎日の反応※が、親父とおなじ。親父のやり方で、ヘビメタを鳴らし切る。やりきる。全部の時間、……可能なすべての時間……一分もほんとうにはゆずらないで、鳴らし切る。で、『鳴らしてない』つもりなんだよ。迷惑をかけてないつもりだ。『静かにしてくれと』と言われたと記憶がないつもりだ。

あるいは、『静かにしてやった』とこころのそこから思っている。『協力してやった』とこころのそこから思っている。

ほんとうは、一秒もゆずらないで鳴らしたのに……どでかい音で鳴らし続けたのに……。一秒もゆずらないでずっと鳴らしたのに……こっちが、一日で三〇回、四〇回、『こまるからやめてくれ』『明日、入学兼だからやめてくれ』と言ったのに、まるで言われたつもりがない状態だ。『知らなかったから、鳴らした』だよ。

これが、鳴らしたと思っているときのいいわけで、あとは、鳴らしたと思ってない状態で『鳴らしてない』『そんなんじゃない』『そんなんじゃない』と言えば、本人はそれで気が済んでしまう。そして、鳴らす。「だから、鳴らすなって言っているだろ」とこっちが、絶叫しても、……何回も何回も、絶叫しても、ムダなのである。自分の部屋に戻って、ガンガン鳴らす。で、鳴らしているときに俺が、「やめろ」と言って、やめてくれたことがない。

血相をかえてやりきっているのに、やりきってしまえば、「まったくやってない」と思える異常な状態が毎日続く。こんなのはない。だから、すべてが「どはずれ」な話になる。「矛盾のある話し」になる。

2017年11月24日金曜日

それが「知らなかった」のほんとうの意味だ

セブンイレブンの冷凍スパゲッティーがうまい。
あいかわらず、ミートソースはうまい。これ、ときどき食べたくなるんだよな。うまい。

食べ物は、満足なんだよ。俺は~~。
けど、ヘビメタ騒音がつらすぎる。どうしてもつらい。

そしてやっぱり、ヘビメタ騒音が積み重なったあとの世界は、どうしても生きているのがつらい。ヘビメタ騒音に直接関係がないことでも、やっぱり、もやーとだるい世界でやるわけで、くるしい。

切れてしまうほど、さみしい。
ほんとうにこころが、爆発。こなごな。切れている。
空間が切れている。くるしい。あの不安はない。気違い兄貴の野郎、まったく関係なしにやりやがって。こっちがどれだけ言っても、通じないんだよな。親父のようにまったく通じない。普通ならヒトコト言えばわかることが、何万回言ってもつうじない。で、嘘がある。ほんとうは、こだわりくしてやっているのに、「自分はこだわってない」「自分はやってない」「自分はそんなのは知らない」という気持ちがある。こだわりつくしてやっているのに、こだわってないつ・も・り・なのである。あくまでも、つもりはつもりだ。何万回も言われていいるのに、「知らない」つもりだ。言われてないつもりだ。ほんとうは、言われたとき、自分が腹を立てて、否定したことだ。自分にとって不都合なことを言われたら、「なんだぁ!!そんなのぉ!!!」と真っ赤な顔をして怒って、……おしまいなのだ。自分がデカイ音で鳴らしたいのに、静かにしろと言われたら、それは不都合なことだ。自分がデカイ音で鳴らしたいのに、静かにしろと言われたら、静かにしろと言われたこと「自体」が自分にとって不都合なことになる。で、不都合なことをつきつけられたら、怒っておしまいなのである。怒った途端に、本人のなかでは、なかったことになっている。そういうやりとりが生じなかったことになっている。それが「知らなかった」のほんとうの意味だ。何万回言われても、「知らないまま」なのである。その都度怒って、忘れてしまう。これも、親父がやり始めたことで、兄貴がまねをしたことだ。親父より完全なやり方で、ずっと、そうした。だから、兄貴にどれだけヘビメタ騒音のことを言っても、ムダなのである。兄貴にどれだけ、ヘビメタ騒音のことを相談しても、ムダなのである。こっちが、これこれこういう理由で困っていると言うことを、その都度言っても、ムダなのである。その都度「なんだぁ!そんなのぉ!!」と親父のように、顔を真っ赤にしておしまいだ。あとは、自分が気に入るかたちで、自分がやりたいように静かにしてやるということになる。で、兄貴が、やりたいように死す蛾にしてやると言うことは、静かにしないで鳴らし続けると言うことなのだ。だから、鳴らし続けているのだけど、五分でも、一万分の一でも静かにしてやったら、「静かにしてやった」ということになる。だから、そのあとはどれだけ鳴らしてもいいということになって、ほんとうに、ずっと鳴らしやがる。それが、入試の一日前の話だ。全部、これだから。中学ときから……実際には小学生のときからだけど……中学のときからずっとそうだよ。イベントがあるから静かにしてくれと言っても、「なんだぁ!!そんなのぉ!!」と怒って静かにしない。それか、五分間、一万分の一、静かにして……六分目から元の音に戻して、ガンガン鳴らし続ける。その五分間だって、よそのうちでは、五分間だってやられないよう、デカイ音だ。けっきょく、静かにしてもらってない。ど、気違い兄貴は、五分間でも静かにしてやったら、親父の大威張りとおなじで、大威張りだ。やらなくていいことをやってやった」という気持ちになる。だから、感謝されるにしろ、うらまれることはないと思っている。これ、本気なんだよ。やっていることは、五分間も含めて本当には静かにしないということなのだから、うらまれてあたりまえなんだけど、本人は、「感謝されてあたりまえ」だと思っている。こういうレベルだ。すべてがこういうレベルだ。毎日、こういうレベルだ。だから、一四年間でも、一五年間でも、ともかく、そうなったら、そうなのである。で、やっているのだけど、本人はやってないと思っている。ほんとうは静かにしてないのに、静かにしてやったと思っている。……こういう毎日だ。どれだけ何回怒って言っても、こういう毎日がふつーに続く。だから、「家族で話し合えばいい」なんて助言はまったく意味がない助言なんだよ。けど、これも、「話しあいなんて成り立たない」「どれだけ言っても、(兄貴は)やり続ける」と言っても、うちの常識は世間の非常識で、あんまり通じないんだよな。特に、常識的なひとには……。「家族なんだからわかってくれるでしょ」なんて言うひとは特にそうだ。「家族だから、甘えて、そういうことをしているんだよ」。家族だから自分のきたない内面を通して、まったく気にしない。卑怯なことをしてまったく気にしない。大威張りだ。実際に、『ゆずってやった気持ち』になっている。どれだけ言ったって、ほんとうには、一分だってゆずってくれないけどな。こっちが、どれだけこまっていても、そういう態度でやる。こっちど、どれだけ困っているということを言っても、そういう態度でやりきる。連続してやりきる。すべての時間やりきる。

性格をこえてしまう経験がある

ほんとうー、つまんねぇーーーわ。
どうすんだよ? この気持ち??

わたしの才能が表現されないまま、この世から消えるのか?
大損失、 世界的損失

気違い兄貴にやられなかったら、一角の人物になっていたのにな……。
こんなつまらない気持ちで、生きているなんて……。
これ、気持ちの持ち方は、環境や経験してきたことによって決まるんだよ。性格もあるかもしれないけどさ。性格をこえてしまう経験がある。すべては感じ方だなんて、ほんとうにつらい思いをしたことがないひとが言ってることことだ。ほんとうに、毎日続いてみろ!

2017年11月23日木曜日

感覚器のほうをまげる 警察を呼んでもムダだったと思う

一日目にとなりの人に相談して、警察を呼んで静かにさせなければならなかったんだ。それで、警察が帰ったあと静かにするかどうかはわからないし、あの状態だと、よそじゃありえないようなデカイ音で鳴らして、「我慢して小さい音で鳴らしている」と思う可能性がある。というか、一〇〇%そうだろう。そういうやり方なんだよな。なんて言うのかな? やっぱり、感覚器をだましている。自分がやりたい気持ちが強いわけよ。自分が鳴らしたい音で鳴らしたいという気持ちが、異常に強いわけ。これは、精神異常と言えるほど強いわけ。だから、感覚器のほうをまげる。「最大限静かにしてやった。これなら問題がないだろ」という意識で、ものすごくうるさい音で鳴らす……こういうことができる。だから、となりの人と相談したにしろ、気違い兄貴本人は、「静かな音で」鳴らしているつもりで、ずっと、デカイ音で鳴らすということはありえる。そういう感覚器の塗り替えを、普通に意地になってやるんだよな。もちろん、そういうふうにしているというつもりがない。だから、本人は、本当に静かにしてやったつもりになると思う。普通の人が「けたたましい音で鳴らすな!!」と怒鳴り込みたくなるような音で鳴らしても、本人は、問題がない音で鳴らしていると思うという可能性は高い。だから、我慢したにしろ、その我慢というのが、「ニセの我慢」なんだよな。これも、親父とおなじだ。けっきょく、モロダシで、自分の意地を通す。ぜんぜんゆずってない。あれで、「ゆずっている」とほんとうに考えているとしたら、頭がおかしいというレベルのズレがある。

警察を呼んでも、警察が帰ってしまえば、本人が「最大限ゆずってやったつもり」の強烈にデカイ音で鳴らすだろうから、あんまり意味がなかったかもしれない。となりの人に相談しても、気違い兄貴が考える「よその人に迷惑をかけない音」で鳴らすということになるだろう。そうなると、実際には静かにしないわけだから問題がある。意識までおかしいからな。自分がやりたければ、意識を書き換える。感覚を書き換える。「よそのうち」に行ったら、その感覚まで、修正されてしまうのだからおかしい。これ!! よそのうちじゃやらないわけだから。うちでは「静かにしてやった」「最大限静かにしてやった」「こんだけ静かにすれば問題はない」と思って、気違い的にデカい音で鳴らして……一日一〇時間だろうが一二時間だろうが一四時間だろうが、鳴らして……平気なんだからな。それが、一年三六五日中、三六五日でも平気なんだからな。そんくらいにおかしい。みだれている。頭がおかしい。感覚器がおかしい。感覚がおかしい。認知がおかしい。考え方がおかしい。……やっぱり、頭がおかしい。

それから、親父のようにこだわりつくして、めちゃくちゃな意地でやるのに、本人はこだわっているつもりがないんだよ。これは、親父もおなじだ。発狂して、「ゆずらない」のに、本人は「ゆずらなかった」という気持ちがない。認知がない。つもりがない。こういうのが、全部おなじなんだよ。こういうしくみが、全部おなじなんだよ。兄貴は親父コピー。親父がやったことを全部まねして、頑固にやり通した。そして、頑固にやり通した(やった)ということを、これたま頑固に否定する。で、本人は、(やっちゃえば)(つまり、やることができれば)(自分が損をしなければ)……やったつもりがないという状態になってしまう。これも、こまる。ずっとやっているのに、ずっと、やったつもりがないままなんだよ。こんなのおかしいだろ。おかしいけど、事実なんだよ。うちじゃ伝統なんだよ。うちじゃ、あたりまえなんだよ。

もう、全部常識がちがってしまっている。だから俺が、前節のように、入試の日に遅刻をして、他のひとから「ふざけたやつだ」「だめなやつだ」と思われる。そういうことの繰り返しで、もう、いやだよ。

毎日やられたから、毎日そんな状態

死んだようになっていた。しょうべんに起きなければならないと思いながらも、からだが動かないので我慢してた。しかたがないので、起きた。騒音を我慢して、作業をしていると、どうも、そのあとにだめになるみたいだ。親父と接触してしまって、不愉快な思いをするということでも、おなじ症状になる。ヘビメタ騒音時代でひどくなった。ようは、親父と接触した場合、不愉快な思いをするわけだけど、あとで動けなくなる(だるくなって横になる)ということはなかった。ヘビメタ騒音が一四年間毎日連続してそうなったんだな。あの異常な疲れと、どうしようもない気持ちは、強烈なストレスに対する反応だったのか。長いけどそうだ。反応時間が長い。一回の反応時間が長い。あとは、毎日やられたからなぁ。毎日やられたから、毎日そんな状態になってた。

兄貴!! 生きているあいだじゅう、兄貴のヘビメタ騒音で、毎日くるしかったよ!!! 生きているあいだじゅう毎日ずっとくるしかった。あの騒音がはじまってから、ずっとずっとくるしい。鳴り終わったあともくるしい。一四年と四ヶ月は、長すぎる。中学高校の六年は、兄貴のヘビメタ騒音の※せいで※地獄だった。そのあとも、兄貴のヘビメタ騒音のハンディで、うまくいってない。人から誤解を受ける。ハンダゴテの日を毎日繰り返しているようなものだ。きちがい親父は、「このハンダゴテが使えない」ということを認めなかったけど、兄貴は「自分のヘビメタ騒音が大きな音だ」ということを認めなかった。認めなければ、そっちのなかでは、どれだけやったってやったことになってないのである。これが、「つもりがない」の中身だ。

あんな音で鳴らしているうちなんて、どこにもない。
兄貴だって、よそじゃ、毎日、一分も鳴らしてない!!

これが、どういうことだかわかるか!!

「つもりがない」とかよく言えたもんだな!!!

エイリは入試をなめている、エイリは人生をなめている

幼稚園の太鼓で起こされた。
雨が降っているのに、室内で鳴らしてやがる。
見たら、なんかの催しをやっている。

とりあえず、英語音声を聴いて、まぎらわす。
ああ、ニュースの英語音声を聴いたんだけど、ニュースは間がある。特に相撲のニュースのとき、インタビューに応じなかったというところで、間が長かった。イヤーマフをして、ニュースをかけていたんだけど、間があるから、英語学習音声に切り替えようした。

で、ここで、いろいろ問題が生じた。

ともかく、朝から騒音問題で、なんかつかれた。
いちおう、英語学習音声をかけて、なんとか、すごしたんだけど、けっこう、つかれるんだよ。もうちょっとデカイ音が出るスピーカーじゃないと、だめなんだよ。


ヘビメタ騒音のことでやっぱりくるしい。中学高校と、全部だからな。毎日はきつい。どれだけ、足を引っぱられるか。成績、その他諸々。何年も続いたらそれが事実になってしまうんだぞ。ヘビメタが鳴ってなかった世界が「もしも」の世界になってしまうんだぞ。気違い兄貴は、親父とおなじ。「やめろ」と言われたら、真っ赤な顔をして怒って、頭が正常であれば絶対にわかることを否定して、頑固にやり続ける。そして、頭がおかしいからか? 否定して頑固にやり続けたことは、ほんとうにずっと、何時間やっていても、「やった」ということになってないみたいなのである。あんなのない」。いつも、「あんなのない」という態度で鳴らしてた。デカイ音で鳴らしているのに、親父並みに、話が通じない。気違い兄貴よ! 気違い兄貴ならわかるだろ。「オヤジ・ナミ」に話が通じない。「オヤジ・ナミ」に!!話が通じない。これが、どれだけ相手にとって腹立たしいことか。もう、絶対に明らかなことなのに、認めないし、認めずにやったことは、……頭がおかしいレベルでやったことに鳴ってないのである。で、それが、一日一〇分ならいい。けど、気違い兄貴のは一日に五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、一二時間だからな。入学試験前の冬休み一四日間中一四日間、全部毎日一二時間以上ヘビメタを「どでかい」音で鳴らして、「静かにしてやった」と思っている。頭がおかしいからそういうことができる。いま住んでいるところで、一四日間でもいいから、一日に一二時間鳴らしてみろ。それで「静かにしてやったのになんだ」と言ってみろ。どれだけのことになるか。一四日間だけでもどれだけのことになるか。そういうこと……よその人には一日だって押しつけることができないことを、俺には、一年中押しつけて、「あたりまえ」だった。で、親父とおなじように、こういうふうに言われれば「知識」として、意味はわかるのだろうけど、ほんとうに、否定する。おまえ、そのまんまだ。兄貴、おまえ、そのまんまだよ。気違い兄貴は、親父のように「うちでは」自分の意地を通して、絶対の意地ですべての時間鳴らしてた。気違い兄貴が鳴らすなら、静かにしたつもりの時間を含めて、ドデカイ音で鳴らしているんだよ。で、これも、いま住んでいるところで、当時「最大限ゆずってやった音」で鳴らしてみれば、一分でわかる。そういうところで、嘘をつくな!! これ、もう、時効だから関係がないとかいう考え方なんだよな。頭にくる。よそのうちでは、最大限ゆずったつもりの音でも、一分間ですら鳴らせないデカイ音なんだよ。鳴らすを、はばかる音なんだよ。いまの兄貴なら、一分間、当時の音で鳴らすことをはばかる音なんだよ。最初から、それがわかっているから、ヘッドホンをして鳴らしている音なんだよ。最初から、ヘッドホンをして鳴らしている音なんだよ。どうして、「うち」ではそういう感覚が成り立たないのか。一〇〇%ちがう態度でずっと、鳴らしやがって。それで、親父のように「やってない」「そんなんじゃない」と思っている。筋金入りで、ほんとうに、一四年以上、毎日鳴らしたのに。毎日だぞ。毎日。一四年以上、「自分」がこだわってこだわってこだわって、親父のような意地で鳴らしたのに、親父のような意地で、否定する。頭がおかしいからできることなんだよ。あまりにも頭がおかしすぎて他のひとがにわかには信じられないようなことなんだよ。

あれだけ毎日、十年以上やったことを、「そんなの知らなかった」のひとことですまそうとする……そういうやつだ。ほんとうに、「知らないつもり」なのである。どれだけ言ったと思っているんだよ。兄貴!! おまえはほんとうに親父をコピー!! 親父の態度でヘビメタを毎日毎日、一日中、鳴らして、親父の態度で、それを否定する。「やめろ」「静かにしくれ」と言われたら、どれだけ不愉快な気持ちになると思っているんだ。これは、兄貴が不愉快な気持ちになる。やっていいいことをやっているのに、がたがた文句を言ってくるな」という理屈で怒る。自分がやろうとしていること、やっていることを、「やめろ」と言われたら、親父がどんな態度で怒っていたか、兄貴はわかるよな。そういう態度で怒って、「なんだぁ!!そんなの」とはねのければ、言われたことをさっぱり忘れて、やり続けることかできるんだよ。「やったってやったつもりがない」。そういうことが普通に成り立つ家だった。で、兄貴が親父のまねをして、やり出した。親父はヘビメタなんて興味がないから、親父がヘビメタを鳴らしたわけじゃない。親父の態度のコピーなんだよ。なにかをやるときの親父のやり方のコピーなんだよ。「やめてくれ」と言われたときの親父の態度のコピーなんだよ。で、本人は、まったく自覚がなというのも、まったくおなじだ。だから、親父が親父の態度で、ずっと、一日中へんな音楽を大音響で鳴らしていた場合のことを考えれば自分がやったことがわかるよ!! 兄貴! 兄貴は親父とおなじ精神回路を搭載しているから、自分がやったことがまったくわかってない。特に!!!!自分がこだわりつくして絶対の意地でやったことは、まったくわかってない。どれだけの意地でやったかまったくわかってない。どれだけの意地で、繰り返し繰り返し、毎日こだわりつくして、すべての時間やったか、わかってない。ほんとうに寝る時間を抜かせば、うちにいいるあいだは、ほとんどすべての時間、ヘビメタ鳴らしてた。そういう毎日だ。それは、兄貴が会社に行ってからもかわらない。土曜日曜が休みなら、土曜日曜は普通に、一二時間以上、鳴らすのがあたりまえなんだよ。そういう状態だ。おまえ、気違い兄貴!!「やってない」とか言って!!! 親父おなじ!! ほんとうに兄貴は、感覚が親父とおなじ。「うち」での感じ方が親父とおなじ。態度が親父とおなじ。どうして、そうやって、否定できるのか? 嘘をつきやがって。これ、親父もそうだけど、一〇年以上こだわりつくして、本人がそうしたいからという以外の理由がないのに、そうしたことは、「まったくやったつもり」がないんだよ。そして、やり終わったら「そんなの言えばやめてやった」「そんなんじゃないそんなんじゃない」と荒れる。これの繰り返しだ。頭がおかしい。なんで俺がそういう頭がおかしいやつの犠牲にならなきゃいけないんだ。よそのひとは知らないから、俺がサボっているように思う。よその人は知らないから、「入試の日に遅刻するようなだめ人間」だと思っている。「入試の日に遅刻するなんて、なんてふざけているやつだ」と思われる。兄貴のヘビメタ騒音で、心配で心配で……つらくてつらくて……自分入試のことを一番に考えていた人間が「ふざけている」と思われる。これは、こういうことだ。

「たとえば、普通の人は、入試は人生においてたいせつことだとわかっている。だから、普通の人は入試の日に遅刻したりしない。けど、エイリはバカなやつだから、入試がたいせつだと思ってない。人生をなめている。だから、入試の日に遅刻するんだ。入試の日に遅刻して平気でいられるんだ」……こう思うわけだよ。そういう誤解を受けて、ずっと暮らしている。入試と言ったけど、入試という言葉を、「無職」(働かない)とか「引きこもり」(引きこもっている)という言葉に置き換えれば、いまでもそういう誤解を受けているということになる。そんなんじゃない、と言いたい。けど、けど、「じゃ、なんで、引きこもりなんだ」「じゃ、なんで無職なんだ」と言ってくる。だから、ヘビメタ騒音でたいへんだったんだ」と言っているのに、一部の認めないやつは認めないんだよな。俺が言っているように、兄貴はヘビメタを鳴らしてたんだよ。ただ単に、ちょっとデカイ音で、一日に一、二時間鳴らしてたわけじゃないんだよ。なんか、「ちょっとデカイ音で一、二時間鳴らしたぐらいのことだろ」と思っているやつがいるんだよな。俺が説明したあとも、俺が言ったとおりには信じないで、そういうふうに、曲解しているやつがいる。事実誤認。事実をねじ曲げて理解している。そいつの理解している「お兄さんのヘビメタ騒音」は俺が言ったとおとりの「兄貴のヘビメタ騒音」じゃないんだよ。ほんとうに、こういうやつも頭にくる。人間学?! ふざけるな!!!




2017年11月22日水曜日

その期間が長すぎる

やればいいことはわかっているのだけど、腰が動かない。
どうしても、めんどうだという気持ちになってしまう。
これ、遊ぶことですらそうなのだから、本格派だ。
普通は仕事はいやだけど、遊ぶのはおもしろいとかそういう感じだからな。俺は、どっちもいやだ。そして、その期間が長すぎる。なおらない。

ヘビメタ騒音期間中、ヘビメタ騒音以降、ずっとくるしい。
やる気が爆発して……きちがいヘビメタの中で爆発して……粉になっている。破片になっている。燃え尽きている。

ほんーーんと、くるしい。言いようがないな。どれだけきれい事を言っても、やはり、意欲がわかない。脳みその根本的なところがヘビメタ騒音の攻撃でこわれちゃった。たぶん、海馬あたりがストレスで、うまく働かないようになっている。もう、長い。

ほんとう、どれだけ、ヘビメタ騒音のなかで不発。ヘビメタ騒音なかで消耗。ヘビメタ騒音のなかで爆発消滅。どんだけ。どんだけ。ぼくはほんとうは「こい」人間なんだよ。ヘビメタ騒音がなければ普通に働けてた。普通以上に働けてた。他の人から、わかったようなことを言われないですんだ。そりゃ、日本人は労働教徒だから、見た感じ健康な人が働いてないと、犯罪者あつかいする。あるいは、「なんとか説得して働いてもらわなければならない」と思ってしまう。そう思った人は、間違った考え方に基づいて、俺に説教をする。けど、その人は間違っている。その人は、俺が働ける人間だと思っているけど、俺は働ける人間じゃない。すなくても、通勤ができない。ヘビメタ騒音を七年間毎日経験してたことがないひとに、えらそうなことを言われるのはこたえる。それは、そのひとだって俺のおなじことをやられれば、働けるように見えるけど、働けないひとになるからだ。けど、やられてないから、「自分はそんなんじゃない」「自分がやられたとしてもそんなことにはならない」と思っている。こんなのは、経験したことがないから、そういうふうに思っているだけのことなのだけど、その人の人生の中で俺とおなじことがなかったわけだから、そのひとにとっては、証明不要の「事実」なのだ。まあ、仮定の話で、自分のいままでの経験から、推量するわけだけど、間違った推量をしている。もちろん、「間違った推量をしている」というのは、俺の推量にしかすぎない。けど、俺の推量が正しい。そのひとの推量は間違っている。やられたことがないからわからないだけ。あと、「ヘビメタ騒音を七年間毎日」と書いたけど、それは、七年間で終わったということではない。最低でも七年間毎日、経験してから、ものをいえと言っているのだ。

「うるさかったんだろう」では、すまない

いままで、買い物に行こうと思っていたけど、けっきょく行かないことにした。
この気分はやばい。
行かないというと、いかにもそう決めたからそうするという感じだけど、ほんとうは、「行けない」に近い。そういう気分になれない。まあ、こういう不発は、けっこう多い。ヘビメタ騒音がはじまってから、不発ばかりだ。で、ヘビメタ騒音が毎日鳴っているという状態というのは、不発になるところを「おして」がんばって外に出ても、……なんて言うのかな、いいことにならないということを作り出すシステム全体なんだよ。だから、「鳴っていた」ーー「うるさかったんだろう」では、すまない。帰ってきたら、鳴っていたわけだから。たくさん外に出ればいい」というのは、一理あるけど、出た結果がつらいものであるならば、なんて言うのかな負の結果が積み重なるだけなんだよ。何度も言うけど、「ヘビメタ騒音が鳴っている」ということは、そういうシステムだ。気違い兄貴は夢中になって鳴らしただけなんだけど、どこに行っても、帰ってくるとヘビメタが鳴っている毎日というのは、そういう負の結果を増やすことになる。一四年以上毎日やられて、からだが動かなくなってからも、無理矢理からだを引きずって出て行って、いいことになったことがない。そりゃ、そうだろう。人間関係、ぶっちぎって外に出ているわけだから。引きこもりと無職という結果を引きずって、外に出ているわけだから。「自己紹介」なんてできるわけがないだろ。一四年とは言わない……七年間だけで、そうなる。これ、ほんとうに、一一歳からはじまったからな。言いようがない。他の人にとってはどうでもいいことだしな。ヘビメタ騒音が鳴っている」ということを言ったって「そんなのは、お兄さんにやめて言えばいい」という反応が返ってくることが多かった。だから、「やめろと何回も言ってます」と言っても、なんて言うのかな?……そういうふうな人たちは、気違い兄貴しくみが、根本的にわかってない。「うち」での気違い兄貴の態度全体が、ほんとうにまったくわかってない。そういう人はいないと思っている。だから、「いるんだ」ということを説明しなければならなくなる。で、説明するわけだけど、「そんなひとはいない」と思っている人は、なかなか同意しない。ともかく、そういうことも含めて、無職の引きこもりが外に出たっていいことなんてないんだよ。これ、こういうと、俺がまるで、小さいときからコミュ障で、友達がいない人だと思うかもしれないけど、俺が引きこもりになったのは、ヘビメタ騒音が一二年続いたあとなんだよ。そのあとも、ひとりの友達とはつきあっていた。けど、そのひとりの友達も就職して離れていく。まあ、コミニュケーション能力の問題じゃなくて、ヘビメタ騒音の問題なんだよ。

「外に出る回数を増やせばいい」

これから、エビグラタンを食べる。
もちろん、冷凍。
けどまあ、いいだろう。
だいたい、ほんもの?は、熱すぎる。ぼくは猫舌だから熱すぎるやつは食べらない。

冷凍だってうまいよ。レンジでチンだよ。
しかし、ほんとうはあれだ、……買い物に行かなければならないんだよな。

どうするか。ズボンまではいたんだけど、……。外食でもいいんだよな。たまにはラーメンも食べたいしな。
醤油ラーメン。

うーん。まあ、外出はヘビメタ騒音で憂鬱なんだけどな。なんかね、水道橋あたりを歩いていた、超孤独な時間を思い出すよ。外に出るのは、ヘビメタ騒音で憂鬱なんだよな。我慢して出た、数だけ、重みが増す。
よく、「外に出ればいい」「外に出る回数を増やせばいい」と引きこもり?当事者?に助言する人がいるけど、ヘビメタ騒音という特殊事情があると、そうじゃないんだよ。出れば出たぶんだけ、いやな思い出がつもるようになる。そういうしくみになっている。ヘビメタ騒音が「毎日!!」鳴っているということは、そういうことなんだよ。

数十年のリアル世界

あー、この感じ。この感じの憂鬱がぼくの人生だったな。ぼくの人生の普通の一日だ。ヘビメタ騒音の午後だよ。憂鬱だよ。

これから、なにをするにしろ、この気分というか雰囲気はかわらない。最高にしあわせなことがあっても、五〇%ぐらいは足をひっぱられる。「さいこーーにしあわせなこと」があって、全投入できないんだよ。さいこーにしあわせなことがあっても、五〇%はヘビメタ騒音で足をぴっぱられている状態なんだよ。五〇%はヘビメタ騒音のことが気になって、憂鬱なんだよ。憂鬱で腹が立っている。

普通にしあわせなことだったら八〇%、九〇%ヘビメタ騒音に足をひっぱられて、しあわせに感じない。むしろ、ピンチでくるしい。そう、ヘビメタ騒音でいつもピンチだったんだよな。ごく親しい人をのぞいて、ヘビメタ騒音のことなんて、しったこっちゃないから、そういうモードで人と接しなければならなくなる。俺は、常に、ヘビメタ騒音のことを言いたいのに、ヘビメタ騒音のことを言うのは相手に失礼だから、我慢している状態なんだよ。気違い兄貴は、そういう状態を俺におつけた。

我慢しているんだよ。俺は……。関係のない人に言わないように、我慢しているだよ。リアルの世界では。その数十年のリアル世界が、どれだけくるしかったか。ヘビメタ騒音がはじまってからの数十年のリアル世界がどれだけくるしかったか。そんなのは、他の人にはわからない。だって、ヘビメタ騒音を一四年四ヶ月間浴びた人間なんて、俺だけなんだから。あれだけの音を、あれだけの期間の長さ浴びたのは、俺だけだ。ほんとうに、毎日!!だからな。ほんとうに毎日はきつい。

この「ほんとうに毎日はきつい」だって、俺以外のひとには、経験としてわからないのだから、意味がない。意味がないけど、言いたくなる。ほんとう、気違い兄貴、おまえどれだけ。よその家では、やれないことを、うちでやって、へーきだった。絶対に認めないで、きちがい親父とおなじ意地で、全部の時間やりきる。自分が満足できるデカイ音で鳴らし切る。で、一分もドデカイ音で鳴らしてない気分のままだ。感覚ののままだ。認識のままだ。感じ方が、ほんとうに一分もドデカイ音で鳴らしていない場合とまったくおなじなのである。全部の時間、鳴らしているのに……。だから、認知にズレがある。やっている最中は、現在進行形で認知にズレがあるんだよ。これは、どれだけ言われても「怒って気にしない」ということで、現実化する。。

2017年11月21日火曜日

作業……していると、思い出しちゃうんだよな。

朝の散歩とか言ってた頃からくらべると、半日ずれている。ちょうど、起きていた時間に眠っている。一二時間ずれている。今回のは、親父ショックで六時間ぐらいずれたのがきっかけか。一日一時間ずつ、規則正しくずれたわけじゃない。

ともかく、暗いんだよ。

あとは、作業中、つらい。学校でできなかったことを、家に持ち帰ってやらなければならないときがある。そのとき、ヘビメタ騒音のなかで、作業したんだけど、それがつらくてつらくて。

作業……していると、思い出しちゃうんだよな。
空間ごとヘビメタ騒音なんだよな。
あの音のなかで俺は、集中しようとして、ものすごい状態になっていた。わからないんだろうな。ものすごい状態って、わからないだろうな。まあ、発狂したい気持ちをおさえて、音のなかで集中しようとしているんだけど、それが、どれだけ集中しようとしても、ガンガン音がせめてくる状態で、ほんとうに、めちゃくちゃな高圧力状態なんだよ。わからないだろうけど。ずっと続くわけだから、くるしい。
爆発しそうな気持ちと、爆発しそうな気持ちをおさえる気持ちと、作業に関する思考と、作業に関する思考がうまくできないという不安で、いっぱいいっぱいになっている。一分で終わればいいのだけど、一分では終わらない。作業中ずっとやられる。鳴ってなければ、スムーズにできる作業が、まるで、親父と関わっているようにうまくいかない

あの感じがずっと続いている。他の人にはこの説明じゃわからないだろうけど、ともかく、つらい。なにをやっていてもつらい。

異常な親に感謝すると、子供は強迫神経症になる

   *   *   *

あたまがおかしいひとにはなにを言ってもつたわらない。
これが、真実だ。

だから、頭がおかしい人が横にいて、ガンガン音を鳴らすとこまる。
ガンガン音を鳴らされてこまっている人が、他の人から悪く言われる。こういうことが、積み重なっていくんだよな。ふつーーに。毎日毎日。

毎日鳴っているから毎日毎日。

精神世界の人、ポジティブ系の心理学の人は、こういうことを無視するんだよな。そして、一般論を言って、一般論でかたづくということを言う。そうすると、一般論では片付かない人がよけいに傷つく。そりゃ、片付かないのであればそれは、その人が片付かないことを選んでいるということになる。してしまう。そういうことは、あなたが引き寄せていると無慈悲に言う。ほんとうはそんなことじゃないはずなんだよ。けど、そういうことがまかりとおっている。
それから、ポジティブ系の心理学の「……する必要はない」「……と思う必要はない」という言い方は、間違っている。もう、これは、書いたからいいけどさ。どっかに書いてあるよ。

たとえば、健常者九三%、異常者七%という世界に住んでいるとしよう。その場合、異常者が七%いるわけだから、だいたい七%の親が異常者だということになる。まあ、異常は特別に結婚ができないというようなことでなければね。で、まあ、異常な親がいる。割合としては少ないけど、確実にいる。その場合、異常な親に当たってしまった子供は、よけいに苦しむことになる。精神世界の説明は、異常な親に当たってしまった子供を苦しめるのである。標準のほうですべてを語られる。ちがうんだよ。ちがうのに、標準のほうですべてを語られる。だから、余計にやむ。たとえば、健常者である親が怒る場合もある。けど、健常者が怒る場合と異常者が怒る場合はちがうんだよ。けど、おなじだと思ってしまう。ちがいを認めない。たとえば、感謝ということについて考えてみよう。精神世界の住人は「感謝をすればすべてがうまくいく」ということを言う。けど、異常な親に感謝の気持ちを持つと、神経症になってしまうのである。これがわかってない。敵にも感謝することが必要。嫌いな人にも感謝することが必要。嫌いな人であっても、感謝すると、感謝の気持ちが伝わって、好きになる……。嫌いな人であっても、きらいなところを受けとめて感謝すると、事態が好転する……。だんだんゆるせるようになって、関係が改善されて、嫌いな人も好きな人になる。……と、まあ、こういう理屈を言う。けど、異常な親に感謝すると、間違いなく、子供は強迫神経症になる。そうならざるを得ない。これがわかってないんだよな。標準についてしか語ってない。異常者についてもかたっているつもりになっている。ようは、一〇〇%それが成り立つと言っているのだ。異常者だからこそ、成り立つ……こういう話になる。なってしまう。けど、ちがう。精神世界の人は、感謝云々ということを言う場合は、異常者と健常者の区別をしてない。健常者と健常者同士のトラブルについてだけ言っている。それこそ、こういうことをちゃんと受けとめないと、無用に子供を責めることになる。すでに、健常者の親の元に生まれた子供よりも、異常者のもとに生まれたこどものほうが、傷ついているのに、間違いに基づいた無理難題を言って、余計に、すでに異常な親に傷つけられた子供を傷つける。そういうことになってしまっているんだよな。そりゃ、精神世界の人でもわかっている人はわかっている。精神世界の人でもぼくがここで言ったことを知っている人がいる。けど、知らない人がなんと多いことか。

常に足を引っぱられた。そして、いまも

というわけで、常に足を引っぱられた。そして、いまも、なにかをするとき、ものすごく足を引っぱられる感じがする。ほんとうに、邪魔される感じがする。とくに、「うまくいきそうだな」と思ったときに、禁止がかかる。常に、「足を引っ張れる」感じがあるのだけど、「うまくいきそうだな」と思ったときに、ヘビメタ騒音の雰囲気が強くなって、激しい音で鳴らされていたときの記憶が……感情が、はっきりと、強くよみがえってしまうのである。なので、くるしい。いつも、足を引っぱられている。この空間は、足を引っぱられる空間だ。時間は、体感できないけど、おなじだ。時間は目に見えないけど、おなじだ。時間は、気違いヘビメタ騒音が鳴っていたときとおなじ感じで、存在する。だから、くるしい。


常に、家の人間が「悪いこと」をする

気違い兄貴はほんとうに、入学試験一日前だろうが、一日に一分も静かにしてくれなかった。これが事実だ。静かにするというのは、鳴らさないで静かにするということだ。

あるいは、ちゃんとヘッドホンをして、静かにするということだ。

で、この一日に一分も静かにしなかったということが、毎年毎年、毎日毎日、おなじように成り立っているということ自体が、異常だ。これがわかってないのである。

いま住んでいるところで、やってみろ。

いま住んでいるところでやってみろ。

兄貴の嫁さんの前でやってみろ。

嫁さんのお母さんの前でやってみろ。

「うちで鳴らしたように」鳴らしてみろ。

あんなデカイ音で鳴らしたら、嫁さんのお母さんは、ひっくりかえっちゃうぞ。そういうデカイ音なんだよ。で、兄貴が最大限ゆずってやったつもりの音も、そういうデカイ音だ。聞き分けることができない。それは、至近距離でも、ある程度離れても、聞き分けることができない。

聞き分けることができないほど、微少な差だ。だから、兄貴が静かにしてやったつもりの音は、兄貴の義理のお母さんが聞いたら、ひっくり返ってしまうほど、デカイ音なのである。

かりに、「うち」で、一時間、ヘッドホンをして静かにしたとしよう。これ、俺が試験期間中に、どれだけ言っても、気違い兄貴がやってくれなかったことだ。絶対に、首を縦に振らなかったことだ。それが一五年間の真実。毎日の真実。これ、入学試験前だろうがなんだろうが、ほんとうに関係なく、一日に一時間、ちゃんと鳴らさないで静かにしてくれるということがなかった。

あるいは、一日に一時間、ヘッドホンをして静かにしてくれるということがなかった。一時間!ゆずってくれるということがなかった。普段の日ばかりではなくて、試験期間中や試験前も、絶対に一時間なんて静かにしてくれなかった。これが、あたりまえの態度だ。これが兄貴がうちでやったことだ。これがほんとうに、真実なのである。

この真実を!気違い兄貴は、二五年以上、兄貴の嫁さんの前で否定し続けてるんだぞ。頭がおかしい。……「うち」では、そういう態度で鳴らしたんだよ。うちにいるときは。「よそ」じゃ一分だって鳴らせないでかい音で鳴らしてたんだよ。「うち」では。うちでは……うちでは……うちでは。

かりに、「うち」で、一時間、本当に静かにしたとしよう。そういうことはなかったんだけど、兄貴が「うち」で、しぶしぶ、我慢して静かにしたとしよう。

そうしたら、もう、「しずかにしてやったんだからいい」と、残りの時間全部、気違い的にデカい音で鳴らしてしまうだろう。こういう感覚だ。この感覚はおかしい。けど、兄貴がうちにいたときは、一〇〇%そういう感覚だったんだ。

本来は、一分だってやったらいけないことをやっている。たとえば、一〇時間鳴らせるとしよう。兄貴が、鳴らそうと思ったら鳴らせる時間が一〇時間あるとしよう。その場合、「よそ」のうちでは、あまりデカイ音で鳴らすと、嫁さんと嫁さんの親に迷惑をかけるので、〇分しか鳴らさない。一時間ですら鳴らさない。一〇分ですら鳴らさない。一分ですら鳴らさない。

たとえ、一分でも鳴らすことが、迷惑をかけることだからだ。異常な行為だからだ。非常識な行為だからだ。非常識すぎる迷惑行為だからだ。普通の音で一〇分鳴らすことに文句を言う人がいるだろうか。いない。

普通の音じゃないから一分だって鳴らすことができない。一〇時間鳴らせる場合、一〇時間我慢して、あたりまえなのである。一分間鳴らしたら一分、異常な時間か成り立ったということなのである。一分間、激しくうるさくして迷惑をかけたということになるのである。

けど、うちでは、一〇時間鳴らせるなら、一〇時間鳴らしてあたりまえだ。もし、一分でもしずかにしてやったら、それはものすごいことだ。ものすごくいいことをしてやったということになる。「ゆずってやった」といこうとになる。「ゆずらなくてもいいのに、わざわざゆずってやった」ということになる。

やらなくてもいい金をやったのとおなじだ。大威張りだ。たとえ、一〇時間のうち、一分でも静かにしてやったら、それはものすごいことをしてやったということになる。感謝されても感謝されすぎることがないほど、すごいことなのである。

だから、残りの九時間五九分は、明日入試だろうがなんだろうが、ガンガン思いっきりデカイ音で鳴らしていいということになる。鳴らしてあたりまえなのに、一分間我慢してやった……だから、鳴らしていい。……鳴らしてあたりまえだ……こう思う。普通にそう思う。それ以外の解釈はない。兄貴にとってそれ以外の思いはない。

相手が、どれだけ、「ほんとうなら一〇時間全部静かにしてあたりまえなんだぞ」と言ったってどこ吹く風だ。頑固にやる。それで、協力してやったつもりだ。

「兄貴の協力してやった」ということはそういうことなのだよ。もっとも、一分間ちゃんと静かにしてくれることはないので、それすらもしてくれなかったんだけどな。こういうケチぶりだ。

じゃ、あ、こういうケチぶり兄貴がだれから習ったかというと、親父から習ったのだ。親父が常にうちでやったことというのは、そういうことだ。

けど、もちろん、親父は「そんなつもりはない」のである。「まったくそんなことはしなかった」という意識のまま生きている。何十年やってたって、ぜんぜんやってないのとおなじなのである。やってないつもりでいるから。

親父はそうだ。で、兄貴もそうなのである。

ケチぶりと、ゆずらないでやったのに、やってないと思っているところが、そっくりだ。だから、一回だけ、いやなことをしたということではないんだよ。むしろ、一回もいいことをしてくれなかったということになる。一分も静かにしてくれなかったのとおなじだ。常に、家の人間が「悪いこと」をする。

「よそ」じゃ絶対にできないような悪いことを常にする。そして、それがあたりまえなのである。相手(親父と兄貴だけど)……相手は、二四時間中二四時間、そういうモードで生きている。毎日毎日おなじモードで生きている。だから、「いつもそうだった」というのはいきすぎた一般化じゃないのである。

最初からひっくり返っているのである。うちでは、すべての時間鳴らしてあたりまえ、一分でも静かにしてやったら、相手は感謝するべき。一分間でも静かにしてやったら、ものすごいことをしてやったのだから、あとの時間は、静かにしないで、普段通り、自分が我慢せずに、鳴らしてあたりまえ。

よそでは、すべての時間鳴らさないであたりまえ。一分でも、うるさくしたしらそれは、悪いことだ。一分間でも、自分が我慢せずに思いっきり鳴らしたら、それは、一分感のあいだ相手に迷惑をかけることをずっとしたということになる。一分間でも鳴らしたら、相手は文句を言ってあたりまえだ。一分間、非常識な音で鳴らしたのだから、あとの時間は全部静かにしよう。鳴らさないで静かにしよう。それであたりまえだ。

全部が逆。基準が完全に逆。

うちでは、すべての時間鳴らしていい。一分でも静かにしてやったら、そのあと一二時間鳴らしても、静かにしてやったのだから、問題がない。「静かにしろ」と言ってくるほうがおかしい。自分は静かにしてやったのに、あとからあとから「静かにしろ。静かにしろ」と言ってくるやつがおかしい……こう思うわけだ。

よそでは、たとえ、一分でも、自分が好きな音で鳴らしたら、まわりの人に迷惑をかけたと言うことがわかる。そして、一分間、デカイ音で鳴らして、すまなかったと思うわけだ。一分間でも、自分が鳴らしたい音で鳴らさせてくれて、ありがとう。残りの時間は、すべて、静かにする。いっぷん間でもうるさくしてすまなかった。……こう思うわけだ。

頭がおかしい。どうして、頭がおかしくなるんだ。しかも、一五年間も毎日それで、気がつかないんだよな。さらに、うちでやったことは、いまになっても、当時のままの感覚が成り立っているらしくて、まったく悪いと思ってない。いまでも、「静かにしてやった」と思っている。これ、事実とは異なることなんだけど、気違いだからほんとうにそういうふうに思っているみたいなんだよな。あんなにデカイ音で鳴らして、まったく悪いと思っていないんだよな。

毎秒毎秒毎秒、くるしい状態がずっと続いた。

どれだけ言ってもしかたがないけど、ヘビメタ騒音でくるしかった。
毎日毎日毎日、ずっとくるしかった。
毎時間毎時間、ずっとくるしかった。
毎分毎分毎分、強烈にくるしかった。
毎秒毎秒毎秒、くるしい状態がずっと続いた。
ずっとひきつっていた。くるしかった。

どれだけ言ってもしかたがないけど、くるしかった。
ともかく、くるしかった。

いまも、くるしい。
どうしても、腹が立つ。
どれだけ言っても、一分も静かにしてくれなかった。
これは、おかしい。ほんとうにおかしい。
おかしいけど、事実だ。
あんな音で鳴らし続けて、ゆずってやったつもりなんだからな。
あんな音で鳴らして、一分もヘッドホンをして静かにしてくれなかったのに、「ゆずってやった」と本当に思っている。ずーーと、鳴らしてたよ。それが兄貴がこの世でやったことだ。それに相違ない。それが真実だ。どの面さげて、「静かにしてやった」とか言ってるんだろう。そういう面で、激しく起こって、静かにしてやらなかったんだよ。実際は。自分がわかってないって、親父とおなじだな。これ、自分が「うちで」発狂的な意地で毎日毎日、毎時間毎時間、常にやったことは、「やってないこと」になっているらしいんだよな。そういうのが、おかしい。おかしいけど、事実だ。これ、ほんとうに、まったくなにも悪いと思わないで、鳴らし切るんだよな。とてつもなくでかい音で鳴らし切る。兄貴にしたって、いま住んでいるところでは一秒だって鳴らせないようなでかい音で鳴らし切る。入試だろうが、中間テストだろうが期末テストだろうが、なんだろうが鳴らし切る。それで、「静かにしてやった」と恩着せがまし思っている。気違い兄貴よ。おまえの一生はそういう一生だ。おまえがおぼえてなくても、やっている最中から認識してなくても、宇宙は知っている。神は知っている。俺は知っている。やられた俺は知っている。兄貴は、親父のことが嫌いだろうし、親父が自分にしたことはわかっているのだろうけど、兄貴が俺にしたことは、ぜんぜんわかってないな。親父の態度で、絶対にゆずらないで、デカイ音でヘビメタを鳴らした。鳴らし続けた。毎日毎日、すべての可能な時間、ヘビメタを、「デカイ音で」鳴らした。
いまになったら、「そんなんじゃないそんなんじゃない」と親父のように言い出す。やっているときは、そういう意地で、絶対ゆずらなかった。おなじなんだよ。「そんなんじゃない」と言っている態度と「鳴らし続ける」態度がおなじ。


2017年11月20日月曜日

この世の不条理ってあるよな。

前回の書き込みから、今回の書き込みまで、死んだようになってた。
寝床ですごした。犬の騒音とか幼稚園の騒音に対抗するために、英語の音声を聴いていた。かけっぱなし。

この世の不条理ってあるよな。

能力制限、体力制限、精神制限

ヘビメタ騒音がきつすぎ。ほんとうに全部能力制限を受けてきたような感じがする。能力制限、体力制限、精神制限。もう、きつすぎ。過去は関係があるよ。いま、俺がだるい。いま俺が、俺の履歴を抱えている。いま、俺が精神的にきつい。ヘビメタ騒音の雰囲気で、精神的にきつい。

だれだって、鬱病状態になる。だれだって、疲労病状態になる。だれだって、過労死寸前の状態になる。俺が生きていることだけで、すごいことだ。けど、それだと、現状維持のままなんだよな。どれだけがんばっても、現状維持にしかならない。だから、汚染された泥水のなかで暮らしているようなものだから、「過去を受けとめましょう」なんて言ったって、元気になれない。おまえ、ずっと続く睡眠障害とだるさがどんだけのものだと思っているんだよ? と言いたくなる。

せいぜい二、三日で解決するような病気しかしたことがないやつが、ずーーっと後遺症で苦しんでいる人に、「過去のことは忘れましょう」などと言っても、意味がないだろ。だって、くるしいのは、いまなんだから。

眠りたいのに眠れない。

眠りたいのに眠れない。
やばーー、腹減ってきた。

くった。昨日作った麻婆豆腐。

あーこれ、入試の前のヘビメタノ雰囲気だ。
あーあ。

みなさんにさちあれ
おれにさちあれ~~~

おれはぁ~~、愚痴を言っているようだけどほんとうは、すごい努力家で、いろいろとやってきたんだよ。ただ、それを上回って、ヘビメタの悪影響が出かかった。

2017年11月19日日曜日

どうしてもくるしい

どうしてもくるしい。どうしてもヘビメタ騒音でくるしい。
気違い兄貴、おまえは、毎日、なにも感じてなかったのか。やり切りやがって。なにも感じてなかったのか。ともかく、くるしい。いまもくるしい。過去のことじゃない。いま、くるしい。

ほんとうに全部がめちゃくちゃになる

いまも鳴っている時間だが、どうしてもつらい。
ほんとうに日曜日なんて、朝の一〇時から、どかすか鳴り始めて、ずっと、午後八時四五分まで鳴っている。いま午後八時四五分なんだけど、四六分も四七分も鳴る。どれだけ、鳴らしていると思っているだよ? おなじことを「よその家」でやってみろ。たった、一日の日曜日だってできないのに。毎週日曜日はかならず、「うち」で鳴らしていた時間、「うち」で鳴らしていた音で鳴らしてみろ。自分がどれだけ他の人に迷惑がかかることやっていたかわかるら。どれだけ自分がむきになってやっていたかわかるから? よそでやっちゃいけないことは、うちでもやっちゃいけないんだよ。けど、兄貴の場合、「うち」ならどれだけやってもいい、それであたりまえだと感じている。だから、なにも疑問に思わない。本人だって、日曜日自分がきらいな音がずっと鳴っていたら……あの音のでかさで鳴っていたら、死にたくなるのに、まったくそういうことをした!というつもりがないんだよな。気違い兄貴の騒音で、毎日、毎分毎秒、死にたかったよ。俺はさんざん「やめろ」と言ったからな。まるで、「やめろ」と言われなかったから、ずっとやった……というふうに思っているんだよ。何回言ったと思っているんだよ。ごく自然にそういう態度で鳴らしてた。親父とおなじなんだよ!!兄貴は!! 兄貴の構造は親父の構造とおなじ!! 兄貴のやったことは、親父のやったこととおなじ!!

他の人はやられたことがいないから、どれだけこたえるかわかってない。どれだけ、生きる道をふさがるかわかってない。どれだけ、勉強の邪魔になるかわかってない。どれだけ、やられていた時間が、次の日の活動を妨げるかわかってない。ほんとうに全部がめちゃくちゃになる。これは、ほんとうはその人のせいじゃないのに、その人のせいにしているというのとはちがう。ほんとうは、そこに原因がないのだけど、あたかも、そこに原因があると思っているのとは、ちがう。ほんとうに、疑いなく、そうなんだよ。けど、他の人は他の人だから、勝手なことを言う。まあ、人間なんてそんなものだ。自分が実際にやられてみなければわからないことなんていっぱいある。そして、そういう他人が悪いわけではないというのも確かなんだ。兄貴が鳴らしているわけだから……。他のやつは理解がないことを言うだけで……鳴らしてない。実際に俺に迷惑をかけているのは兄貴だ。だから、こういうところでも、ズレがある。当の兄貴は、「まったくやってない」のとおなじつもりでいるわけだから。まあ、そういうしくみは、他の人にはわからない。それこそ、そういうタイプの気違いをみた人じゃないとわからない。そういうタイプのずれている人といっしょに住んでいないとわからない。だから、俺が、どうでもいいことで悩んで愚痴言っているように思える。「そんなのは、(追いにさんに)言えばいいのに」「ちゃんと静かにしてくれるよ」……。これだ。





他の人にとってはどうでもいいこと

やっぱり、俺、くるしいな。他の人にとってはどうでもいいことなんだろうけど、俺にとっては命の次ぐらいに重要なことだ。すべてがそこからはじまるわけだから。ともかく複合的に汚染された。そして、時間が経った。時間……。時間……。時間……。時間が経つにつれて、どんどん、汚染が広がっていく。取り返しがつかないことになっていく。そして、人生の時間がなくなっていく。ほんとうに重要な時期、ずっと毎日邪魔されるということが、これほどまでに効くものなのか。くるしい。くるしい。おなじシーンの繰り返しなんだよな。そりゃ、アイドル級のかわいい子があっちから話しかけてきてくれたときもおなじだ。やっぱり、ヘビメタ騒音でくるしい。中身がボロボロだから、くるしい。どうしても、「いかなかった」。いかなかったって、まあ、うまくいかなかったということなんだろうけど、なんて言うのかな?……ほんとうに、兄貴の態度がおかしい。兄貴の態度は親父の態度とおなじなんだよ。意地を張っているときの親父の態度とおなじ。あれだけ、意地を張ってやっているのに、やっているつもりがないのか? おかしいんだよ。ほんとうだったら、「ひとこと」いえば通じることが、何十年もまるでつたわらない。十数年間毎日、何十回言ってもつうじない。全部むなしい。

感覚器をだまして、嘘を感じないようにしている

ヘビメタ騒音のことはヘビメタ騒音のこととして、追及していく。

それとはまったく別に、ビジネスをやるか。
(ビジネスは、情報系、セミナー系にならざるを得ないところがあるんだけど、適正価格で望んでいくか。けど、これ、適正価格にするとダメなんだよ。わかっている。あーあ。適正価格でやるべきだと思っているんだけどな。これ、人間って、ものがない場合……商品が情報である場合……高ければ高いほどすごいと思ってしまうメカニズムがあるんだよ。だから、二万円とか三万円という値段がついていると、それだけで、「すごいんじゃないか」「自分の状態を変えてくれるんじゃないか」というような心理がしょうじてしまう。これが、一〇〇〇円ぐらいだと、最初から、期待しない。「すごいんじゃないか」「自分の状態を変えてくれるんじゃないか」というような心理がしょうじない。


あと、セミナーに関しては、かなり利益を考えてない、哲学的な勉強会のようなものでも、やはり、一万ぐらいはかかるんだよな。会場をおさえなければならないし。だから、七〇〇〇円ぐらいの食事会は、相当に安い交流会で、そういうことをやっているセミナー講師の人に文句を言うつもりはない。歴史家の人はぼくが批判しているように思ったかもしれないけど批判してない。けど、長財布とかすすめてたのかな。開運系は、気合いの問題なんだよね。けど、ほんとうに長い長いヘビメタ騒音との対立で、ぼくは普通じゃない状態になっている。たとえば、願望を紙に書いて貼っておくということは、いいアイディアなんだけど、ヘビメタ騒音一五年間(毎日)でズタボロになっていく。そうすると、「願望を紙に書いて貼っておく」というアイディアもダメだったということになる。これは、ヘビメタ騒音(毎日)(何時間も何時間も)という特殊事情。ヘビメタ騒音を出す人が「こんなのは小さな音だ」「どれだけ鳴らしたって鳴らしてないのとおなじ」と思うような特殊な人であることが関係している。そういうことをゆるす家だったということが関係している。当の本人だって、「よそ」じゃできないわけだから。おなじことを一分間だって、一日だって、できない。だから、嘘があるんだけど、感覚器をだまして、嘘を感じないようにしている。気違い兄貴にとって「うち」はそういう特殊な空間なんだよ。毎日、無礼講がまかり通る空間なんだよ。そういう非常識な空間なんだよ。無礼講が毎日まかり通っていたら、常識になってしまうだろ。無礼講は非常識だから、意味があるんだよ。
(無礼講というのは無礼なことをしていいという意味ではない。日頃の上下関係をわすれて宴会を楽しむということだ。けど、日頃の上限関係を忘れてというところが重要だ。日常と非日常だと、無礼講は非日常なのである。特殊な時間なのである。システムが安定するには、非日常を取り込む必要があるということなんだけど、これは、これで、実は!研究する必要がある。ともかく、気違い兄貴がひとりで、非常識な非日常を毎日やっていたことにはかわりがないので、問題がある。非日常の特別な時間でなければならないのに……それを毎日やってたんだよな。傍若無人なひとり宴会(日常のルールを破壊して)楽しむ。そんなのは、ほんとうに気違いがルールを破って犯罪を犯しているのとおなじなのである。

   *   *   *

ともかく、いまよりも金を稼いで自分が学問をできる状態を作りだそう。
マスターディグリーとドクターディグリーはとる。(生きていたら七九歳までにとる)。長期戦で行くしかないな。

ぼくは認知療法の問題点を指摘しているけど、ただ単に悪口を言っているとか思っている人がいるんだよな。ほんとうにわかってないだけ。

   *   *   *

あとは、騒音のことを気にしていた女性のことが気になるな。あのひと、だいじょうぶかな。あの人のわんちゃんは、ほんとうにおとなしい性格なんだろうな。ぼくは、そういう生活騒音とヘビメタ騒音はまったくちがうということを書いたけど、それは、ちがうからちがうと書いただけで、そういう、生活騒音がほんとうにつらいということは、否定してない。けど、これ、あの人にとってはあんまり、気持ちのいいことじゃないと思うんだよね。ともかく、ぼくはあの人が書いていることに、好意を持っていたと。それから、ぼくが言うのもなんだけど、なんとか、しあわせを手に入れてほしいな。アタラクシア系のしあわせだけど。だいたい、状態はわかるんだよ。ヘビメタ騒音は別だけど、アパートみたいなところでの子供の騒音がどういうものかはわかる。こころが騒音でくるしい状態がわかる。

やり通して、やってないつもりになって、「あたりまえ」

ちょっとでも親父に関わると毎度おなじみのパターンで、精神的に落ち込んで、動けない状態になってしまうんだよな。

あと、この「日曜日の雰囲気」は、「ヘビメタ騒音の日曜日」の雰囲気だ。これ、鳴ってるだろ。俺の人生はとことん、「ヘビメタ騒音」だったな。いいときがない。いいときがない。これ、ほんとうに毎日やられるってことの意味がわかってない。日曜日なんてほんとうに朝から午後一一時一一分までずっと、気違い兄貴がご飯を食べる時間と風呂に入る時間を除いて鳴っているわけで、くるしい。そりゃ、期末試験期間中の日曜日でも、中間試験期間中の日曜日でも、フルの音で、フルの時間!鳴っているのである。だから、くるしい。気違い兄貴、おまえ、俺がどれだけ言ったと思っているんだよ。うちじゃ、気違いが、やり通して、やってないつもりになって、「あたりまえ」だからな。まったくヘビメタを鳴らさなかったという気持ちのままなんだよな。感覚的には。

もう、つかれが……。もう、やっぱり死にたい。他の人にはわからない。どんだけのハンディになるか。ほんとうに、軽く考えるやつが、そのいつの感覚で、ののしる。ヘビメタ騒音のことを軽く考えるやつが、そいつの感覚で、俺のことをののしる。ほんとうは、ののしっているんだけど、ののしっているとは思ってないだろうな。バカにしているんだよ。ほんとうに、こういうやつもわかってないな。間違いに基づいた、間違った判断なのに、バカだから、わかってない。想像力が欠如している。「どういうふうになるか」わかってないだけ。「俺はだいじょうぶだ」と思っているんだよな。そんなんじゃないのに。それで、「俺はだいじょうぶだ」と思ったところで、間違ったことを言ってくる。おまえが間違っているんだよ。おまえが。

気違い兄貴が、一日に目にやめてくれたら、こういうバカとのあらそいも生じなかった。逆に、こういうバカは、「ちゃんと働いている」ということと「肩書き」に弱いので、俺の味方になっていたはずなんだよな。常識的な考えが、ミスをおかす。ほんとうは、うちのことがわかってないだけなのに、常識に従って、間違った判断をする。けど、バカなので、自分の判断に、やたらと自信がある。こういう状態だ。

けど、こういうことは、まあ、「拡散悪のサイクル」の拡散した部分だ。本体じゃない。本体は、こんなもんじゃない。ほんとうにくるしい。




(注)「の」の連続は二個ならゆるすることにした。
(注)「」を使って、しのごう。

2017年11月18日土曜日

恐怖の館では、成り立たない

むなしい。
外に出るための装備第三段階まで終了~~

第三段階は、マフラーと手袋。これは夏にはない装備だ。
まだ、手袋はしてない。キーボードを打てなくなってしまうからな。
いま、手袋はぼくの膝の上にある……のだ。
スタンバっている。

まあ、生きていれば、やる気になるときもあるさ と気楽に構えるしかないな。これ、ほんとうに、普通に、生活が汚染された人の気持ちって割らないだろうな。家族によって、ヘビメタ騒音によって、ふつーーーに、生活が毎日汚染されて、毎日、ズタボロになっていく状態を経験した人じゃないとわからないだろうな。毎日というのは、ほんとうに影響を与える。だれも、わからないだろうけど、親友との友情にも影響を与える。その影響は、毎日つもれば、……なんていうのかな、ほぼ全体になってしまう。汚染されてしまう。やりようがないんだよ。「やめてくれなければ」。ようは、兄貴の「静かにする」じゃなくて、ほんとうに鳴らさないで静かにする時間を一時間でも多く作ってくれなければ、無理なんだよ。鳴らさないで静かにする時間は〇分だ。そういう状態で、いいわけがない。で、こういう話しも、そういう家族がいない……そういう頑固な家族がいない他の人には絶対にわからないことなんだよな。そういう頑固な家族に当たらなかった人には……逆立ちしてもわからない。兄貴は、まあ、途中からなんだろうけど、親父に関しては、人生のはじめから、頭がおかしいレベルで人のことが考えられない人に当たってしまったわけで、相当にこまる。これは、異常な人だから、常識的な人の考えの外にある。いる。だから、常識的な家族のなかで育った人には、ぼくの言っていることがピンとこない。その人たちの問題ではないからだ。けど、兄貴のような人や親父のような人は、この世に存在する。家族として一緒に住んでいれば、不可避的に影響を受ける。気違い兄貴が選んだものが、囲碁のようなデカイ音が出ないものではなくて、ヘビメタというデカイ音が出るものであったのは、運かな。きちがい親父だけで精一杯なのに、気違い兄貴が、きちがい親父以上にたたる。毎日たたる。この、たたられかたは、他の人にはやはりわからない。だから、他の人は、正論として、きれい事を言う。「それは、無理なのに」。そして、「それは、無理だ」というぼくの発言を、単なる愚痴として片付けてしまう。おまえ、それ、狂人にやられたことがないから、そういうことを言えるんだよ」と俺は思ってしまう。もう、こういうところで、俺のほうが社会不適応になってしまう。うちの常識は他の人が信じられないほどおかしな常識なのだから。気違いの常識なのだから。「やったってやってない」が二四時間中二四時間、成り立つ、恐怖の館なのだから。やっているやつはそりゃ、やりほうだいなのだから、気にしない。逆に、世間の常識にとらわれず、ガンガン音鳴らして、さっぱりしている。毎日、ガンガン鳴らして、ストレス発散をしている。きちがい親父は、かつて、毎日ガンガン怒りまくって、ストレス発散をしていた。「理由なんてないんだよ」。これも、通じない。「理由がないのに怒る人なんていない」と常識的な人から、言い返される。けど、それは、気違い屋敷、恐怖の館では、成り立たない。もう、常識がちがってしまっているのだから、常識に基づいた「助言」は意味をなさない。けど、「常識に基づいた助言は意味をなさない」などと言うと、これまた、「なんでも否定する」と言い返される。これは、世間の人が間違っている。そんなことで片付くんだったら、苦労してない! なんで、そんな簡単なことが分からないんだ? ああ、そうか、うちの特殊事情が他の人にはまったくわからないからか。「やったってやってない」が普通に成り立つ「うち」の話しなんて、他の人にはわからない。「やった」ということは知っているけど、「やってない」と言って「やり続ける」というのではなくて、ほんとうに、「やってないつもり」のまま「やり続ける」。頑固にやっているのに……。こんなのあるか。言われたから「かえる」つもりなんてないんだよ。言われたから「やめる」つもりなんてないんだよ。

みぐるみひっぱがされたような気分だからな~~

きょうは、かなりやばい。
憂鬱になっている。
むなしい。
かなりやばい。
あーあ。

なんとかしないとなぁ。
みぐるみひっぱがされたような気分だからな~~
おかしいんだよ。俺がこんなところまで追い込まれるなんて……。
俺が……きちがいヘビメタに十数年毎日やられておかしくなった。
その十数年は、人生の土台となる大切な十数年だ。
少年時代と若いときの十数年。
でかすぎだろ。

「そんなことをやるやつがいるのかな?」

チョコの菓子パンを食べただけ。
いかんなーーとは思うけど、なんか、もうだめ。

チョコの菓子パンも買うべきではないのだけど、きのう、なんか、そういう雰囲気になって買ってしまった。今朝は食べたくなかったけど、腐らせてしまうのも問題があるので、食べた。

もう、いろいろどうしていいかわからない。
ところどころで、「ヘビメタが鳴っていた!!!」「ヘビメタが鳴っていた!!!」「ヘビメタが鳴っていた!!!」と絶叫している。頭にくる。これは、ヘビメタ騒音の雰囲気だ。

あの子とつきあっておけばよかったとか、毎度おなじみのことを考えている。意味ない。

ほんとうにヘビメタ騒音でズタボロで、恋愛なんてことは考えられない状態だ。そういう切羽詰まった状態で毎日暮らしていた。あいつは、まったくやったつもりがないのか? 俺がどれだけ言ったと思っているんだ??と問い詰めたくなる。頭にくる。

そういう気持ちを抱いて、そして、発狂して問い詰めていたにもかかわらず、気違い兄貴が死にものぐるいで鳴らし切って、けっきょく、殺せずにいた。殺さないと、やられてしまう。

そういう日々なんだよ。

殺さないと一〇〇%の時間やられてしまう。

そういう毎日だと、恋愛もくそもないということになる。これ、追い詰められて、やられて、追い詰められた人じゃないわからないかもしれないけど、ほんとうにそんな余裕がない。自分がヘビメタ騒音にやられて弱くなっているわけで、ぜんぜん自信がない。全部の点で偏差値で換算すれば二五ぐらい、落ちている状態だ。

生活力……精神力……これが学力よりもたいせつなんだよ。生きていく上で。けど、学力だけではなくて、生活力や精神力もやられている状態だ。そんなのが、中学一年生になる前から、ずっと続いていいわけがないだろ。こういうことを、気違い兄貴は、軽く考えている。軽く考えていると言うよりも、親父のようにはねのけて、一切合切考えてない。そういう状態なんだよ。

そういう状態で毎日やる。

中学三年間、高校三年間ずっと、そういう状態で、気違い兄貴が横の部屋で、ドカスカ鳴らしていて、いいわけがないだろ。これ、まるで、俺がこだわっているように言われるけど、気違い兄貴が、こだわりつくして鳴らした。毎日、死にものぐるいで、一切合切のことを、これまた死にものぐるいの意地で無視して鳴らした。

感覚が、死にものぐるいなんだよ。一秒もゆずらないことに、感覚的に命がかかっている。絶対の意地で一秒鳴らすことに、一秒ずつ、命がかかっているのである。そういうレベルだ。これ、やっている本人がまったくわかってないんだよな。

それは、一〇〇%自分の意地を通すことができたから。一秒でも、自分の意地が通せなかったら、無理矢理我慢させられたら、発狂する。そういう状態なんだよ。そういう状態で鳴らしたからこそ!本人は「まったくやってないつもり」でいられる。

うちの人間はこういうふうに狂っている。
親父もおなじなんだよ。

「やってないつもり」なんだけど、不退転の意地がかかっている。命がけ。一秒だって絶対にゆずりたくないのである。で、一秒間それを通す……ということを、毎秒やっている。

だから、全部の時間通すことに成功する。そして、本人は「やってないつもり」を維持できる。頭がおかしい。精神がおかしい。で、他の人は関係がないからそういうことに無頓着だけど、やっている本人が一番!!!……この世で一番!!!無頓着なんだよ。

あれだけ意地になってやっていることが、やってないことになっていて、そういう状態でやっているということに関してこの世で一班、無頓着。気にしない。やっているということも認めないし、意地になっているということも認めないし、「やったと思ってない」ということも、へんな話しだけど、認めてないのである。

これ、ほんとうにおかしい状態なんだよな。あれだけ無視してやったら、やっていることと、無視していることは認めなければならないのに、それも、無視している状態だ。

だから、本人は、まったく関係がない人のつもりでいる。「そんなことをやるやつがいるのかな?」みたいな具合にすっとぼけている。おまえがそうなのに!!! 「自分はそんなんじゃない」のである。で、こういう状態で、どれだけ言っても、真剣には受けとめず……つまり、普通の状態、普通の感覚では受けとめず、言われたときだけ怒ってやり続ける。やり続けているときは、気にしてないんだよ。そういう態度だ。

これ、親父がやり始めたことなんだけど、兄貴がまねをした。これ、ほんとうに、「こまるんだぞ」。これ、ほんとうにこういうタイプの気違いにやられたことがない人はわからない。こういうタイプの気違いと、家族として一緒に何年間も、何十年間も暮らした人じゃないとわからない。

どこまでもどこまでも、自分がやっている認識がないんだよな。やっている最中から。じゃあ、言えばやめてくれるのかというと、それは絶対にない。そういう状態だ。そういう気違いじみた状態だ。そして、繰り返しになるけど、そういう状態だということも、そういう状態で、気がつかない。どれだけ言われても気がつかない。

で、やりたいことは、全部やりたいかたちで押し通すんだよ。だから、音のでかさでもゆずらないし、音の長さでもゆずらない。自分がゆずってやらなければならない時間ができるのは、たとえ、一分間だろうが、(相手が)試験だろうが、ぜーーったいにいやだから、「してやらないこと」なのである。だったら、「してやらない」という気持ちがあるということを認めればいいのに、それは、認めない。

そういうことも認めない。そういうかたちで、やりきる。

で、やったって……いくらやったって「やったことになってない」のである。そういう感覚。そういう感覚で毎日、毎時間毎分毎秒、やりきる。何度も言うけど、それでやったつもりがまったくない。そういう状態、そういう感覚。

俺が「そんなの、言えばいい」などと言われて、バカにされるんだぞ。いかにも「言わないのが悪い」みたいな感じで、他の人から言われる。そんなんじゃないのに!!

そういう屈辱。気違い兄貴は親父に関わればそういう屈辱を受けていたのに自分が弟にやったことに関しては、親父とおなじようにまったく無頓着なんだよな。世間の人が世間の人の常識的な感覚で、助言をするだけなんだけど、その助言が、屈辱なのである。これ、第一者、第二者、第三者というかたちで説明しないと話しが見えない場合がある。やっているやつ第一者、やられたやつ第二者、関係がない人第三者で、第一者の態度と感覚があまりにもおかしいから、第三者から見て、第二者がバカに見えるという構造だ。第二者は普通の人だけど、わかってない。普通の人だからこそわかってない。どんだけ込み入った内容か。第一者の特別な態度……第三者が信じられないような態度のせいで……第二者が第三者から誤解される。


良心の呵責を感じないでやりきることに寄与する

ほんとうにヘビメタ騒音のなかから、学校に行って、ヘビメタ騒音のなかに帰ってきて、ヘビメタ騒音を聞かされたまま、午後一一時一〇分になって、宿題が終わってない状態でむかえた午前二時五〇分とおなじだ。いま、午前二時五〇分なんだけどさ。学生時代毎日そんなことをやられていいわけがないだろ。で、こういう説明だとまるで俺が、午後四時から、午後一一時一一分まで、なにも言わなかったように思われるのだけど、そうじゃないんだよ。午後四時に帰ってきて、午後四時〇分二〇秒目に一回目を言って、午後四時二〇分目に、もう一回「やめろ!!」「静かにしろ!!」「勉強するから静かにしろ!!」と怒鳴り込んで、午後四時三〇分目にもう一度怒鳴り込んで、午後四時五〇分目にもう一度怒鳴り込んで、五時三〇分目に、もう一度怒鳴り込んで、午後六時一〇分目にもう一度怒鳴り込んで、午後六時三〇分目にもう一度怒鳴り込んで、午後七時〇〇分目にもう一度怒鳴り込んで、午後八時にもう一度怒鳴り込んで、午後九時にもう一度怒鳴り込んで、午後九時三〇分に「いい加減にしろ!!!」「静かにしろ」ともう一度怒鳴り込んで、午後一〇時一〇分にもう一度怒鳴り込んで、午後一〇時四〇分にもう一度怒鳴り込んで、午後一一時〇〇分に、もう一度怒鳴り込んでということをしている。してるんだよ!! 毎日だよ!! してる!!!
そんなに行っているのやめないのかよ?」と思うかもしれない。やめない。頑固に絶対の意地で鳴らし続ける。言われたら、怒って無視してやり続ける。それが気違い兄貴のやり方だ。で、ほんとうに親父のように、やったつもりがない。午後一一時一一分に終わったら、もう、一日中、静かにしてやったのとおなじつもりでいる。一日中まったく鳴らさなかったのとおなじ気分でいる。だから、「関わり合いが生じたつもり」ということ自体がない。これ、わかるかな? 「まったく、知らなかった」とか真顔で言えるのである。一四年間と四ヶ月繰り返したあと、一四年と五ヶ月目に、嫁さんの前で、そういうふうに、嘘をついているつもりがない状態で「言える」。嫁さんというのは兄貴の嫁さんだ。弟が、結婚式にこないと言っているから、「どうして?」と聞いてそういう話になっている。あれだけ、頑固に、入試前日だろうがなんだろうが鳴らしてたのに、「そんなつもりはまったくなかった」「静かにしろと言われた記憶がまったくない」ということを言うのである。で、ほんとうに親父とおなじで、「嘘をついているつもり」がないんだよな。で、やってるときから、そういうずれが生じている。認知のズレが生じている。認知のズレが生じていれば、ほんとうにやりたいことを押し通すことができるのである。一秒もゆずらないでやりきることができるのである。なんの良心の呵責もなく、やりきることができるのである。怒ってやりきる。だから、認知のズレは、兄貴が一〇〇%まるで、良心の呵責を感じないでやりきることに寄与する。だから、兄貴にとってこういう気違い構造は、良いことなんだよ。これ、ほんとうに、親父も兄貴も、まったくおなじなんだよな。これ!!

で、あしかけで一五年間毎日やり続けて、「こういうふうにやってた」と言われると「やってない!!やってない!!」「弟が嘘をついている!!」ってはじまるんだよな。いま、「あんたが嘘を言ってたんじゃない」って嫁さんに言われているよ。嫁さんの前では、絶対に、一分足りとて、ヘビメタをデカイ音で鳴らさないんだよな。そういうふう我慢できるなら、「うちでも我慢できたはず」なんだよ。毎日、二四時間中、二四時間我慢してあたりまえなんだよ。一分も、ああいうデカイ音で鳴らさないであたりまえなんだよ。これが、正反対。二四時間中、二四時間、やりたいときは全部の時間、自分が満足できるデカイ音で鳴らすということになっていた。二四時間中二四時間好きなときに好きな音で鳴らしてあたりまえというモードで暮らしていた。それが、崩れることがない。弟の入試だろうがなんだろうが、絶対に一分だってゆずらないで鳴らしてたんだよ。一〇〇%鳴らせてあたりまえ。〇・〇〇〇〇一%でもゆずってやったら、大威張りだ。「ゆずってやったゆずってやった」「ゆずってやったのになんだ」「あとからあとから言ってきやがって」と入りか狂って、不退転の決意で、ほんとうすべての時間鳴らし切る。それで、一日にナンジュッカイも「やめろやめろ」と言われているのに、……「ぜんぜん言われなかった」「ぜんぜんそんなつもりがなかった」というとになっているらしい。だから、これ、おなじなんだよな。意地を通して鳴らしていたのが、意地を通して「鳴らしたということ」を否定することにかわっただけ。親父ともおなじなんだけどね。おやじもそういうところがある。兄貴は親父の完全なコピー。これ、自分がやっているのに、どれだけ言われても、まったく気にならない(気にすることができない)というのも、まったくおなじ。普通、気にするだろ。入試の前にあんだけもめていたら、気にするんだよ。親父とおなじ手、気にならないとなったら、相手がどれだけ火のように責め立てていっても、まるで気にしないんだよ。気にすることに失敗する。自分の意地を通してやることに、精進?してしまう。これ、言い方がおかしいけど……精進というのはいいことに使うべき言葉だから言い方がおかしいけど……ほんとうに、※めっかち※になって、真っ赤な顔をして、不退転の決意で、やり始めてやり続ける。「めっかち」というのは、ぼくが作った表現で、親父を見ているとそういう感じなんだよ。兄貴を見ているとそういう感じなんだよ。目を真っ赤にして、前につんのめって、発狂した状態で、まわりの状態を顧みずにやる状態を、ぼくが勝手に「めっかち」ということにしただけなんだけどさ。そういう状態。


これ、言いがたい。

やっぱり、ヘビメタ騒音でくるしい。俺が言っているだけになっちゃった。ごり押しで、気違いが一四年と四ヶ月やりやがった。これ、結果として、一四年と四ヶ月だけど、先のことなんてわからないから、「永遠に鳴っている」のとおなじなんだよ。毎年毎年おなじように鳴っているわけだから。毎日毎日、おなじように鳴っているわけだから。現在進行形のときは、それこそ、「永遠に鳴っているのではないか」と思っても、不思議じゃない。気違い兄貴は、こっちがどれだけ頼んでも、ビタイチモンゆずらずにすべての時間鳴らしていた。ちょーーーードデカイ音で鳴らしていた。それでなにもしてないと思っているのは、親父とおなじで、「言われたときだけ」怒って押し切って、それで、なにもしてないつもりになっていたから。親父とおなじ。親父譲りのやり方で、「反対」のことを言って一切合切認めないで、顔を真っ赤にして怒ってやり通すというやり方で、全部!通したから。これ、何万回言ってもおなじなのである。で、こっちの、この世は、そういうこの世になってまったよ。これ、言いがたい。

2017年11月17日金曜日

言いようがない。全部言いようがない。

洗濯物は干した。
幼稚園の子供がうるさい。
まあ、これはいい。

ほんとうに、気持ちが重い。
むなしい。

元気を出すために(気付けに)、寿司でも食いに行くか?

しかし、むなしい。
ほんとうにヘビメタ騒音ばっかりだ。
ヘビメタ騒音の雰囲気が続いている。
どーにもなんなかったな。
気違い兄貴が気違いの意地で、鳴らしまくって絶対にやめない。
あんなの、十何年も毎日やられて、普通の人生を歩める人間なんていない。なんで、おれだけ。なんで、おれだけ?? なんでおれだけ!!

言いようがない。全部言いようがない。

ヘビメタで死ぬ。ヘビメタで殺される。ヘビメタで人生がない。アイツの、意地になりかた、は、ない。あんなのはない。あんなに意地になって鳴らしたのに、つもりがないとか、そういうふさげたことを……まったくふざけないで、あたりまえのようにするんだよな。全部が全部、毎日、毎時間、毎分毎秒、そういう状態だった。

だから、本人はどれだけやったって、やったつもりがないまま、なのである。このと重大さがわかってない。あんなの、ほんとうに一日でも、自分が別の音でやられたら、どれだけひどいことをしているのかわかるはずなのに、きちがい親父とおなじで、自分がやると決めたことは、なにを言われようが、どれだけ理不尽なことだろうが、絶対に通してやめない。「つもりがない」どころか、真っ赤な顔をして、発狂してやり続ける。それで!つもりがないのかよ。ほんとうに兄貴は、親父そっくり。どうしてぼくだけ、こんな父親、兄貴にやらなければならないんだ。他の人は、ぼくじゃないのだから、根本的にはわからない。そりゃ、想像はつくだろうけど、根本的にはわからない。気違い兄貴が鳴らしたまま、ぼくがどうにかするというのは、無理だったんだよ。ダイヤ! どうにかするというのは無理だったんだよ。俺は、さんざんがんばったぞ。けど、これが、がんばればがんばるほど、つかれて「どつぼ」にはまるというのがある。過労死寸前で、なんとか持ちこたえているものの、きちがいヘビメタが鳴りやまないのだから、いろいろところで、ほつれが出てくる。穴があく。そのほつれや穴で、俺が文句を言われるという状態が成り立つ。担任から俺が文句を言われるという状態が成り立つ。気違い兄貴なんて、どれだけ言ったって聞かない。どれだけ言ったって、親父とおなじ態度で否定して、やり続ける。気違い兄貴が、ハンダゴテ事件で経験したことを、そのまま、俺に押しつけているんだよな。気違い兄貴が親父の役をして、俺に押しつけてくる。だれが、見たって、そのハンダゴテは使えないということがわかるはずなのに、どれだけ言われたって認めずに、『使える使える』と言い張る。そして、それが使えなかったという情報をちゃんと説明しても、一回目とおなじ態度なんだよな。そして、自分が押しつけたもので、兄貴がこまったということがわからない。どれだけ言われたって、鉄板の意地でわからないんだよ。それとおなじで、そもそも、兄貴が鳴らしているヘビメタ騒音がでかい音だということを、認めない。否定する。そして、そのデカイヘビメタ騒音でこっちがこまっているということを、命がけで否定する。どっちも、ほんとうに「ひとこと」言えば、わかることなんだよ。実際、気違い兄貴だって、「よそ」のうちじゃやってないわけだろ。どれだけ、うるさい音か知っているからだよ。けど、「うち」にいるあいだは、一〇年だろうが一一年だろうが一二年だろうが、一三年だろうが、一四年だろうが、期末試験だろうが入試だろうがなんだろうが
、大きな音だと言うことを認めずに、すべての時間慣らし続ける。こっちがこまると言うことは、親父の意地で否定する。親父とおなじ態度で、認めずにやりきる。で、「やったってやってない」つもりだ。これも、親父とおなじだ。何万回繰り返したってそうなんだよ。で、うちでそういうことをやっている気違い野郎が、他の人からはまるで文句を言われない。そして、そういうヘビメタ騒音のなかで、がんばっている俺が文句を言われる。その文句というのは、「こんな、ハンダゴテじゃ使えないぞぉ」『親父さんにちゃんと説明したのか』というような文句とおなじなのである。ようは、学校にその日、もっていかなければならないものを、もっていくことに失敗した。こういうことなのである。だから、これは、穴だ。そういう穴が、毎日あいてみろ。宿題でそういうことになってみろ。どんだけか。俺がふざけて、入学試験の日に遅刻しているように思われるんだぞ。俺が頼んだわけじゃないけど、高校の入学試験を受けに行くのに、その高校を受ける人は最寄りの駅に集合していくことになっていたんだけど、俺が遅刻して、他の人に迷惑をかけることになる。基本的には、ぎりぎりの時間まで待っていて、こないから、先に行ったわけで、致命的な迷惑はかけてないけど、待たせたことにはかわりがない。入試の前日、気違いヘビメタ騒音を普通に浴びて、深夜眠れなかった。午前、四時、五時まで眠れないなんてざらなんだよ。やっと二時間ぐらい寝て、ものすごく!!!眠たいときに起こされて、学校に行くことになる。これが毎日だからな。遅刻して俺がたるんでいるように言われるけど、俺はぎりぎりがんばっていた。ヘビメタ騒音が鳴ってなければ、そういうことになってないんだから、ヘビメタ騒音のせいなんだよ。これも、人のせいにしているなんて、そういう気違い兄貴にやられてない人が、普通の意見として言う。もう、踏んだり蹴ったりだ。すべてにおいてそういうことになる。それが、気違い兄貴のやり方だ。この気違い兄貴のやり方は、気違い兄貴が親父にさんざんやられて、きちがい親父から、経験的に学んだものなんだよ。だから、全部、そっくり。うりふたつ。反応がおなじなんだよ。そうすると、親父にちゃんと説明したのに親父がわかってくれなかったという説明する兄貴のようなポジションに追い込まれていく。説明をしたのは兄貴で、説明を受けたのは、技術科の教師だ。そして、技術科の教師が『ちゃんと説明すれば親父さんはわかるはずなのだから、おまえ(兄貴)の説明が悪かったんだろ』と誤解を受けるのだ。これは、誤解だから。もちろん、技術科の教師は、誤解だなんて、生涯、思わないよ。けど、そういうことが生じる。親父が関わると一〇〇%の確率でそういうことが生じる。これ、一〇〇%。かならず、そうなる。もちろん、親父はわかってない。「言えばわかる」なんてそんな状態じゃない。こういうことが言ってわかるような人なのであれば、そもそも、もとのあらそいが生じてない。足し算がわからない小学生が、微積分の話を聞くようなものなんだよ。

で、兄貴がこの感覚、このやり方を、一〇〇%受け継いでいるんだよ。

ちがうからちがう。

朝起きたときからとなりのシャッター音で不機嫌だ。「の」のくりかえしを避けるために『シャッターの音』を『シャッター音』にしたんだけど、いいのか? これ、二個まではいいということにしないか? さすがに三個だとくどい感じがするけど。

なんか、がりがりという感じで、頭に残っちゃうんだよ。ヘビメタ騒音をやられてから。

どうすっかな。

一度腹が減ったんだけど、なんとか乗り越えた。
腹が減ったあとなんとか乗り越えると、しばらくは平気なんだよね。第二波がくるから、その時を待とう。

しかし、なんて言うかな。これ言ってしまうと、問題があるのかもしれないけど……たとえば、ものすごい美人とこれから、あうことになっていたとする。けど、憂鬱なんだよ。その美人が俺のことを好きだとしよう。けど、たとえば、あいにどこかに行くというのが憂鬱なんだよ。待ち合わせの場所であうことを考えただけで憂鬱だ。ヘビメタ騒音でそうなった。光景が憂鬱。くるしいんだよ。ヘビメタでくるしいんだよ。ヘビメタノ連続で、ずっとうだつが上がらない生活をしているから、くるしいんだよ。すべてがくるしい。光景がくるしい。日常の光景がくるしい。ヘビメタ騒音でカチカチ山で背中に火がついている状態だ。そして、鳴り終わったあと、こげこげになってしまうんだよ。鳴り終わったあとの、さみしさはない。不安はない。死んでしまいたいようなさみしい不安な気持ちになる。なんか『チガヒク』みたいな感じで、ぽかーんと不安になる。ほんとうに金縛りにあったように力が抜けて、この世の不条理とこの世の不安にまみれて、感覚がおかしくなる。冷たい感じになる。「鳴り終わったんだから、いいだろ」と気違いヘビメタ騒音を何千日も経験してない人は言うかもしれない。鳴り終わったことはいいことだ。けど、鳴っている時間が長すぎて、なんて言うのかな、鳴り終わったあともむなしい、不安な気持ちになる。そして、からだは疲れ果てていて、動けない。けど、気が立っている状態なんだよ。他の人にはわからないかもしれない。けど、あれ、鳴り終わったあとも強烈に問題なんだよな。そして、眠れない時間をすごして、次の日、行動しているときの昼間の光景が切羽詰まった感じでさみしい。何千日も、積み重なって、『失敗』がたまっているわけだからくるしい。これも、何千日もヘビメタ騒音を経験したことがない、認知療法家もどきは『失敗』という意味がわからないと思う。だから、『失敗』という言い方に、文句をつけて、無理なことを言うと思う。これ、ほんとうに、なんて言うのかな……『現実を知らないから、おまえはそんなことを言う』と思ってしまう。そういう部分がある。ひとつひとつの言葉は、この場合は問題じゃない。それこそ、否定するな。なんで、「そうだったんだな」ということを受けとめないのか。まあ、いいや。もどきは、いい。けど、一般論はそんな感じで形成されているからな。もちろん、実際には、そういう経験がない人たちが言うわけで、それはちがう。いろいろとちがう。これ、気違いヘビメタ騒音が実際に五〇〇〇日以上続かなかったら、ぼくもそういうことを言っていた可能性がある。けど、ちがう。なんて言うのかな?……うーーん……ヘビメタ騒音前の「いろいろなくるしいこと」「いろいろな困難」「いろいろな不愉快なこと」と、ヘビメタ騒音以降のそれらはちがうんだよ。きちがい親父に虐待されていたわけだが、それよりもはるかにくるしい。ヘビメタ騒音期間中が……あしかけ一五年だろ。これ、毎日なんだぞ。ほんとうに、気違いだから「うちではいい」と思って、絶対にゆずらない。すべての家にいる時間鳴らす。気違い兄貴が、うちにいて、眠っている時間、ご飯を食べている時間、風呂に入っている時間を抜かして、すべての時間、ヘビメタを毎日、連続して鳴らしている。で、一五年のあいだに、「くるしさ」がつもった。これ、ちがうんだよな。普通に「くるしい」というのとちがうんだよな。質的に差がある。質的に差があるといっても、「そんなのは、俺だってくるしい思いをしたことなんていくらだってある」と思うかもしれないけど、どうも、ヘビメタ騒音以前とヘビメタ騒音一五年以降は、ちがう。ちがうからちがう。

2017年11月16日木曜日

あー、むなしい。

特になにがあったわけじゃないけど、破滅的な気分になっている。
きっかけととしての騒音はある。ヘビメタのことを考えているとき、でかい音を出すな。

荒れてます。なんか心が荒れる。すさむ。

たしかに、人生は……。いま、の、繰り返しだ。
いや、楽しい気分で暮らしたほうがいいに決まっているのだ。けど、やはり、行きがかりじょう、それはできない。
やられたことがちがいすぎる。ほかの「うち」の常識は、「うち」の非常識だからな。

   *   *   *

英語ニュースを聴いて横になるよ。

あー、むなしい。

   *   *   *

無理なものは無理なんだよ。

兄貴が絶対にゆずらない状態なのだから、無理なんだよ

やっぱり、ヘビメタ騒音でつらい。どうしてもつらい。全部ほんとうにやられたのに、やられてない人から、わかったようなことを言われる。そういうポジションに落ちていく。すべての点において偏差値で言えば二五ぐらい足を引っぱられている。どうしても、ヘビメタ騒音でつらい。発達障害で、苦しんできた人がどういうことを言われるかだいたいわかる。あらゆる意味で、偏差値で言えば二五引っぱられているから……ヘビメタ騒音にはそういう効果があるから……ほぼ半日鳴っているヘビメタ騒音にはそういう効果があるから、わかる。発達障害じゃなくても、あたかも発達障害のような効果が生まれるんだよな。たとえば、忘れ物が多い、遅刻が多い、宿題をやってこない、感情的になりやすいということ。ヘビメタ騒音で忘れ物が多いんだよ。前の日の宿題がおわらないから、朝、ヘビメタの中で、時間の余裕がないときに、ものをそろえることになる。気違い兄貴が絶対にゆずらない状態なのだから、無理なんだよ。

ともかく、くるしいんだよ。一日中。

やっぱり、ダメだと思う。
あーー。まあ、いまの俺の気分だ。二分後には、ぜんぜんちがうことをいっている感じもする。けど、いまは、やっぱり、ヘビメタ騒音がなかった人の人生とぼくの人生はちがいすぎるというのを感じている。

ほんとうにつまらないなー。
どんだけ。ほんとうにどんだけ。

いま、夕方だけど、この時間ずっとヘビメタが鳴っていて、発狂空間だったんだよな。こんな、なかで、勉強なんてできるわけがない。ほんとうに、普通の騒音と兄貴のヘビメタ騒音はちがう。普通の騒音のなかでは、不愉快だけど勉強ができる。たとえば、工事の音とか、電車の音とか、子供が奇声をあげる音とか、宴会の音とか……そういう音とは質的に異なる。音圧がちがう。ともかく、一時間……いや、一〇分間連続して聞かされただけで、死にたくなるような音だ。絶叫。「やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!」気違い兄貴の部屋に行って絶叫しても、音を落とさないと、なにを言ってるか、聞こえないような状態なんだぞ。そういう音で鳴らして、『静かにしてやった』と思っている人間なんだぞ。ほんとう、どれだけ!!

幼稚園はうるさい。幼稚園のすぐ横……ブロック塀の向こうが幼稚園という近さで、幼稚園の音を聞かされるのは、音に敏感な人にとってつらい。けど、勉強ができないというとではないんだよ。複数の園児がそれぞれに、きーーぎーーーと絶叫していたとしても。兄貴のヘビメタの音はそういう音とはちがう。だれもが、ぼくの部屋で、勉強ができない。あの音のなかで勉強ができない。絶対に勉強ができない。勉強しないでたえている状態というのは、マイナスなんだよ。生活力、体力が落ちていく。精神力が落ちていく。怒りっぽくなる。ストレスによるさまざまな症状が出る。ともかく、くるしいんだよ。一日中。

『いまやっておけばいいのになぁ』

あとは、『いまやっておけばいいのになぁ』と思いながらも、ぜんぜん、動けないときがある。それをやることを禁じられているような感じがする。まあ、これも、いろいろある。これも、理由はいろいろあるんだよ。実は! 完全に精神的な理由だけど。

たとえば、いま動けば五〇〇〇円分、うくのに、その期間に動かずにあとで五〇〇〇円払うとかさ。キャッシュバックとかおまけとか。とくに、どうしても、必要になることがわかっているものなのに、そういう必要になることがわかっているものだと、逆に動けなくなる。禁止がかかる。

これも、ヘビメタ騒音の影響のひとつだ。長年、毎日ヘビメタ騒音が鳴っていると、どうしても、マインドセットがそういうことになる。ヘビメタ騒音生活全体が負のマインドセットを生み出すんだよな。ほんとうにやっかい。つかれが翌日に残るということが、数千日続いてみろよ。どうしたって、消極的になる。どうしたって、「できないこと」が多くなる。もつれにもつれる。鳴ってなければ気楽にできたことも、ぜんぜんできなくなる。一〇年鳴っていれば一〇年間できなくなる。そのうちに、どうでもいいことになってしまう。まあ、それは、五〇〇〇円キャッシュバックとはちがう話だけどさ……。五〇〇〇円キャッシュバックも雰囲気として含まれるか。ともかく、適切なときに適切な行動ができなくなる。これは、もともと、そうだったわけじゃなくて、一四年間のヘビメタ騒音が原因でそうなった。

ほんとうにヘビメタ騒音って……長期間のヘビメタ騒音障害って……発達障害と同じような感じになってしまうんだよな。けど、もともとほんとうに、ある部分の発達がとまってしまった人や発達が遅い人からすると、『おまえのはちがう』ということになってしまうのだろうな。まあ、確かにちがうんだけど、長期ヘビメタ騒音障害というのは、あたかも発達障害のようなハンディになる。全般的に、偏差値で二五ぐらい、さがる。学力、体力、生活力で、二五ぐらいさがる。あとは、いろいろな偏見にさらされることになる。

   *   *   *
コミュケーション能力もヘビメタ騒音生活によってさがる。あとは、実際に、たとえば、周回遅れになれば、異(文化)集団に入っていくことになるから、普通のコミュニケーション能力を持っていたとしても、周回遅れではない場合のコミュニケーション能力とはちがった話になる。周回遅れの場合、普通の人以上のコミュニケーション能力が求められる。



次の日が……ぼろぼろ


どうするかなぁ。ほんとう、どうするかな???
あーー。前日、眠りたいのに眠れないという状態で五時間以上すごすと、次の日が……ぼろぼろなんだよな。通常は一時間しかずれないのに、二時間以上ずれる。しかも、なんか、やる気があるときに?考えたことが、ものすごく「よそよそしく」思える。俺はいったいなにを考えていたんだ? と自問自答したくなる。





ヘビメタ騒音に関してぼくが書いた文章は、全部遺書

いろいろと考えることがあるけど、公表はできない。ブログで公開するのは、ちょっとためらう文章だ。ヘビメタ騒音に関することだけど。
けど、遺書として書き残しておくか。というか、ヘビメタ騒音に関してぼくが書いた文章は、全部遺書だ。

遺書と言ってもいま死ぬわけじゃない。

公開をためらう文章というのがあるんだよな。
けど、頭の中にとどめずに、書いておくかな。
ぼくにとっては重要なことだし、この世の記録は残しておかないとな。

2017年11月15日水曜日

どうにもならなかった

(ヘビメタ騒音にやられても俺ならどうにかなるかと思ったけど、どうにもならなかった)。

でかすぎる。ほんとうにすべてにたたった。うるさいだけじゃないんだよ。す・べ・て・なんだよ。わからないだろうけど。

生きている以上希望はある

ほんとう、人間ってなんなんだろうなぁ~~って感じる。まあ、生きている以上、希望はある。(しかし、気分的にめちゃくちゃなときに「生きている以上希望はある」なんて文章を見ると、絶望を感じてしまうとことだってある。まあ、自分が自分に書いておくぶんにはいいだろう。ぼくがこだわってきたことには他人はまったくこだわってないからな。「学問」なんて、他の人にはまったく関係がないことなんだからな。ぼくは学問を自分なりにやってきたと言えるか? 言える。
脳内会話を残しておけば良かったな。実際にその学者さんが生きていたときに対談したかったな。ヘビメタ騒音がなければそれも可能だった。これ、ほんとうにヘビメタ騒音がすべての可能性をうばっている。ほんとうに、あんな生活ない。ただ単に、「勉強することができなかった」以上の影響を与えている。

「うそだ。そんなことはありえない」と思うようなことが、事実

どうしても納得がいかない。他の人は、中学高校時代、まったくヘビメタを経験しないで、俺がいいわけをしているとかいいやがる。納得がいない。もし、……鳴ってなかったら……もし、兄貴が一日でやめてくれたら……それは、もちろん、「もしも」の話しだ。「もしも」はやはり、みっともない感じがする。たしかにね。けど、じゃ、学生時代毎日、長い時間ずっとヘビメタ騒音を鳴らされてもいいのか? 至近距離でずっと……。人がめーーーいっぱい、声を張り上げるときの音よりもでかい音でずっと、ガンガンキーキー鳴っててもいいのか? やめさせることができなかったのだからしかたがない? 気違いの意地を知らないかの? おまえ、家にふたりも気違いがいる状態で暮らしたことがあるのか? ふざけんな。すべてが、規格外。非常識。全部、常識じゃないか。「もしも」常識的なうちだったら。「もしも」気違い兄貴が気違いではなく、……うちでだけ狂うような気違いではなく、普通の人間だった……。こんなことでこまってないよ。ほんとうにすべて名誉が吹っ飛ぶ。俺がいつも泣き言を言っているよう聞こえるけど……実際に鳴っている。実際に毎日、果てしなく長い時間鳴っている。これ、連続しているときの長さといったらない。ずっとやられる。この部屋にいるあいだ、ずっとやられる。どれだけ「やめろ!!!!」「やめろ!!!!」「やめろ!!!!」「やめろ!!!!」と怒鳴り込んでも、けっきょく、殺すことができなければ、ずっとやられる状態だ。ずっとやられる状態がずっと続く。そんなんでいいわけがないだろ。やっているやつは、まったくやってないと思っているわけだからな。そんな状態で鳴らしているのに、まったくやってないと思っているんだからな。気違いだからそういうふうに思える。けど普通の人の話、普通の人の感覚というのは、そういう気違いを認めない。存在として認めない。「そんな人いない」という前提でたてまえを言う。 だから? だから、それの繰り返しだ。鳴っている時間が一〇年以上毎日続いたのだから、どうしたって、一〇年以上毎日、愚痴りたくなるだろ。嘆きたくなるだろ。それで、友達が減っていく。いろいろとこちら側の複雑な気持ちもあるけど、ほんとうに自分のことのように心配してくれた複数の友達ともうまく行かなくなる。それは、気違い兄貴が、「あたりまえのように」鳴らしているからである。そして、あたりまえのように鳴らしているのに、あたりまえのように、鳴らしていることを無視しているからである。気違い兄貴のなかでは、デカイ音で鳴らしているつもりがないみたいなのである。さらに、こっちが何回も何回も言っているのに、まったくいわれたつもりがないような気持ちでいるのである。そんなのはおかしい。おかしいけど、気違い兄貴の態度を考えるとそう思っていたとしか思えない。そう思っていたと思うと、気違い兄貴の発言や態度が全部納得のいくものになる。もし、常識にとらわれて、何回も何回も言ったのだから、俺が言ったということは認識しているはずだと思うと、気違い兄貴の発言が、トンチンカンなものになってまうのである。うまく説明ができないものになってしまうのである。あれだけ言われているのに、……あれだけ、一日に何回も「やめろ」と言われているのに、「やめろ」と言われた記憶がまったくない?? ほんとうにふざけるな。全部それだよ。そういう、態度は実は親父の態度のである。全部おなじ。当時の常識的な大人に相談すると、「話し合えばいい」とかそういう返事が返ってくる。「だから、話しあい自体が成り立たないんだ」と言っても、うちでの親父の状態、うちでの兄貴の状態を理解することができないから、「話しあいぐらい成り立つだろう」と思ってるのである。そういう考えが変わらない。まあ、めんどうくさかったのだろう。「うちのこと!!!」「よその家のこと!!!」に介入するのがめんどうだったのだろう。それは、わかる。これ、日本って「うち」というのが、ほんとうに重石になる。毒親、毒兄弟にやられている人は、そこら辺のことがわかると思うけど、教師みたいな職業に就く普通の人は、わからない。とことん、わからない。うちでの毒親の状態なんて、そんなもの、想定外大。「うそだ」と言いたくなるような状態が真実なんだよ。その人らが「うそだ。そんなことはありえない」と思うようなことが、事実なんだよ。このズレはでかい。

ほんとう、神様がまちがっている

ゴミ出し終了。
シンクの掃除終了。

けど、ある人のヘビメタ騒音に対する態度、発言を思い出して、腹が立つ。腹が立っているところで、となりのシャッターの音がガラガラ・ガシャーンと鳴ったのでさらに頭にくる。

めんどい。限界だな。ほんとう、神様がまちがっている。おかしい、これはおかしい。こんなことはあってはならない。あってはならないんだ。あってはならない。

   *   *   *

ヘビメタでくるしい。起きてからずっとヘビメタでくるしい。夢のなかでも、腹を立てているときがあるけど、起きた途端に、きちがいヘビメタの朝」が復活してしまう。きちがいヘビメタを鳴らしてたときの兄貴の態度を思い出してしまう。腹が立ってしまう。「どうしても、納得がいかない気持ち」になってしまう。寝る前もくるしいけど、起きた途端に、腹が立つんだよな。破滅を感じる。

兄貴「こんなことになるとは思わなかった」
俺「こんなことになると思って、一日中、よそで静かにするように静かにすればいいだろ!!!おまえは!!!!おまえは!!!一分も静かにしてくれなかった。一日中鳴らしてた。毎日そうしてた。俺の学生時代、全部毎日、ヘビメタを一日中鳴らしてた。半分の時間ちゃんと静かにしてくれ日なんて、一日もない。一〇分の一でも二〇分の一でも、ちゃんとしならさないで静かにしてくれ日が一日もない。毎日、全部鳴らしてたよ。試験前だろうが試験期間中だろうが、容赦なく、一〇〇分の一も、ちゃんと静かにしてくれないまま、ずっと爆音で鳴らしてたよ。なに言ってんだよ。こういうことになると思って、半分の時間でもちゃんと静かにしたらどうなんだ。兄貴は、親父とおなじで、絶対に認めないで鳴らしてたんだよ。それも、いまになれば、認めない。ふざけるな。毎日、鳴らさないで静かにすればいいだろ。毎日鳴らさないで静かにするということを、ずっと続ければいいだろ。それであたりまえなんだよ。おまえは、全部の時間鳴らし続けるということを、毎日続けやがって。それで俺がどんな目に遭っていると思っているんだよ!! おまえが、無慈悲に鳴らした入試の日がガンガン頭に残っているよ。前日すべての時間、鳴らされて、当日、帰ってきてから一一時一一分まで、ずっと、いつものきちがいヘビメタを聞かされ続けた。次の日も入学試験二日目があるのに。ほんとうに、試験前だろうが一二時間鳴らせるなら、絶対に一二時間、ヘッドホンをしないで、本人が満足できるデカイ音で鳴らしてたんだよ。そして、兄貴は、なにも感じなかった。やれてあたりまえだからな。一分間だろうが、ちゃんと鳴らさないで静かにしてやることなんて、考えないんだよ。ずっと、俺が小学生の日から、大学入学試験の日まで。どれだけ、言っていると思っているんだよ。家族会議のときだって、気違い兄貴が、黙りこくって、首を縦に振らないまま、自分の部屋に閉じこもって、一二時間鳴らしてたんじゃないか。絶対の意地で鳴らしてたんだよ。まるで、「そんなつもりじゃなかった」みたいなことを、よその人の前で言って!!! おまえ、うちの人に囲まれていたとき、どういう態度で鳴らしてたと思っているんだよ。どれだけ無慈悲に、すべての時間完全に自分が思ったとおりに鳴らすことこだわって、鳴らし続けたと思っているんだよ? おかしいだろ。そういうのが。そういうのがわからないというのも、おかしい。親父とおなじなんだよ。兄貴は!! まったくわかってない」

起きた途端に、こういう会話が、頭の中ではじまる。言いたいことが出てくる。ほんとうに、ヘビメタ騒音を抱えたまま、よその人のつきあうというのが、ものすごく、むずかしい。とてつもなくむずかしい。これ、わからないと思う。まじめな人でも、ヘビメタ騒音に小六の日から二五歳までやられたことがない人はわからない。入試の日、いつも、ヘビメタが鳴っていた人にしかわからない。ほんとうに、どれだけ言っていると思っているんだよ。親父のように!!!!なにも!!!通じない。言ったら、言っただけ、怒る。こっちが言ったら、気違い兄貴が怒る。全部、そのパターンだから。ちゃんと鳴らさないで静かにしてやるつもりなんか、ほんとうに、一万分の一もない。親父のようにない。意地を張っているときの親父とまったくおなじ態度で、怒って無視してやりきる。で、やってないつもりなんだよな。何時間続けようが、やってないつもりのままだ。これはおかしい。おかしいけど、そういう態度なんだよ。本人が怒って、はねのけたら、はねのけた瞬間に、言われなかったことに鳴ってしまう。どうして、本人が怒るかというと、「やめろ」と言われたからだ。それを一日に、二〇回三〇回繰り返したって、そのたびに怒って忘れてしまうので、本人はまったくいわれたつもりがないという状態で、ずっと鳴らし続ける。俺も書いていておかしいと思うけど、ほんとうに、そういう態度だ。あの態度はそういうふうに解釈しないと説明がつかない。そういう態度が、親父とおなじなんだよ。親父のまねをして、全部、我慢しないでやりやがった。よそで、ちゃんと静かにするように、静かにしろ。気違い兄貴がガンガン、鳴らして、「静かにしてやったつもり」になっているだけなのである。こんなのは、きちがい親父が、使えないハンダゴテを出して、「ハンダゴテなら出してやった」と怒り狂っているのとおなじだ。音で、せめやがって。ハンダゴテのもめごとなら、その場でおしまいだけど、音はずっと鳴っているんだぞ。そういう不愉快なもめごとのあと、ずっと、当の本人が、気違い的な意地をお通して、気違いの音を鳴らしている状態が、ガンガンガンガンずっと続くんだぞ。ゆるせるか。ゆるせない。

2017年11月14日火曜日

カネではどうにもならない

やっぱり、動けない。
カネがありあまるほどあれば、動ける感じもしないではない。
月に五〇万ぐらいぱーっと使いたいな。
けど、それでは、終わりがくる。

あとは、カネではどうにもできない問題を抱えている。
こっちの方が大きい。
ヘビメタ騒音の問題はカネではどうにもならない。
もはや!
いまとなっては、カネではどうにもならない。どうしてもくるしい。生きていてくるしい。どうしてもくるし。

「あれ!!」と怒鳴りたくなるときがある。
「あれ!!ほんとうに!!!」とやけになって怒鳴りたいときがある。

「あれ!!!ほんとうにつらかったな」とうなだれてしまうときがある。
なにをやっていても、ヘビメタ騒音のことが気になる。ヘビメタ騒音で破壊されたすべてのことが気になる。ヘビメタ騒音で破壊された人生が気になる。俺の人生なんだからな。おまえ、気違い兄貴、俺がどれだけみじめな気持ちで歩いていたと思っているんだ? 気違い兄貴のぉ!!ヘビメタ騒音が問題なんだよ。他のことじゃないんだ!! ずっとずとっ、ヘビメタ騒音が問題なんだよ。まったくわかってないんだからな。親父のようにまったくわかってない。やっているときは、親父のように、頑固に、一切合切認めないでやりやがって。普通なら、ひとこと、いえば通じることが、通じない。通じないとなったら、通じない。相手が言っていることがわかってしまったら、自分が「ほんとうに」我慢しなければならないことがある場合は、一切合切通じないのである。通じないことにして、やり続ける。通じないことにする……のは、無意識のほうだから、意識はほんとうに、わからないままなのである。頭にくる。そういう、すっとぼけた、ある意味、しつこい、ずるいやり方で頑固に頑固に「自分が満足できるでかい音でヘビメタを鳴らすこと」に執着しやがって。それが通れば!! ……それができれば、 後はなんだってかまわないのである。どういうことかというと、やっている現実を無視してもかわらない。「やったてやってない」の世界ができあがる。だから、頑固に「よそじゃ一分も鳴らせないようなでかい音で鳴らして」鳴らしてないつもりでいられる。でかい音だということは、「ひとこと」いえば通じるはずなんだよ。いわなくても、でかい音だということは絶対にわかるはずなんだよ。けど、でかい音でやりたいから!でかい音だということを認めない。そういうふうに「はいって」しまったら、親父のようにやり続けて、親父のよう否定して、親父のようにやったつもりがないまま、になる。だから、ずっとやってたって、……意地になって頑固にやってたって……まったくやってないの場合とおなじ気分でいられるのである。「やっている」という現実……自分がやりたいからやっているという現実……は、こいつ(気違い兄貴の頭の中で)無視されることなのである。無視されたら、やってないのとおなじ感覚でいられる。やってないのとおなじ気分を維持できる。だから、「相手にまったくやってないのとおなじ気分で接すること」ができる。毎日、何時間も何時間も、血相を変えて、真っ赤な顔をしてやっていることが、「やってないこと」なのである。一秒もやってないことなのである。気違い兄貴の頭のなかでは「いつも、そんなんじゃない」ことになっているのである。やってないつもりのままなのである。そういう、きたないやり方なんだよ。

ゴミ出しに行っても憂鬱、不安で張り裂けそう

とりあえず、起きて、ゴミ出し。
あの道……家の前の道……を通ると、どうしてもヘビメタ騒音について思い出す。どーーしても。どーーーしても。ヘビメタ騒音にやられて押しつぶされそうな気持ちで、俺が……何回あの道を行き来したか? 何回? とくに、冬が近づいてくると……高校入試で混乱していた頃の感じが見事に復活してしまうのだ。俺はあの時、ヘビメタ騒音で、ほんとうに、つらかった。死んでしまいたいほどつらかった。「ヘビメタ騒音で!!!」つらかった。他のことでつらいわけじゃない。「ヘビメタ騒音!!!」でつらい。「だれだって入試のときは緊張するよ」「だれだって入試のときは不安になるよ」……そんなんじゃない。ぼくの「不安」はヘビメタ騒音!!!!の不安なんだよ。ぼくの、不愉快な「緊張」はヘビメタ騒音による緊張なんだよ。ほんとうにわかってないな!! ちがうんだよ。そういうんじゃないんだよ。ヘビメタ騒音で不安で、ヘビメタ騒音で頭にきていて、ヘビメタ騒音で憂鬱なんだよ。死にたいほど、憂鬱なんだよ。ヘビメタ騒音で切羽詰まった状態なんだよ。ヘビメタ騒音で!!!切羽詰まった気持ちなんだよ。死にたい気持ちなんだよ。ヘビメタ騒音で!!!ヘビメタ騒音で!!!ヘビメタ騒音で!!!

ほんとう、みんなわかってない。特に、気違い兄貴ときちがい親父はぜんぜんわかってないわけだからない。気違い兄貴は当事者なのに、どれだけ言っても、まったく関係がないひとのつもりで、鳴らしまくる。それしかない。きちがい親父のように、それしかない。どれだけ何万回、何十万回言われても、それしかない。ほんとう、トータルで何万回言っても、まったくなにも関係がない人として鳴らす。「鳴らすな」「静かにしろ」と何万回、何十万回言われても、まったく関係がない人として、しらーぷんりで、入試だろうがナンだろうが、自分がやりたい時間は、きっかり全部、気違い的にでかい音で鳴らしまくる。気違い兄貴本人が、「よそじゃ鳴らせないようなでかい音」でずっーーと一日中鳴らしまくる。それで、シランプリだ。それで、「静かにしてやったつもり」だ。頭にくる。そういう、親父みたいなことを、何千日も、何万時間も、しやがって。一二万四八〇〇時間ぐらいそういう態度で暮らしてた。頭にくる。それで、ほんとうに、親父のように「わかってない状態」なんだからな。ようは、一四年だろうが一五年だろうが、「わかってない状態」で、ひたすら、自分がやりたいことを、自分がやりたいモードで、自分がやりたいやり方で、通すんだよ。ビタイチモンゆずらない。ビタイチモンゆずってやったら、ほんとうはそれが相手にとってまったく意味がないことなのに、大威張りで、「ゆずってやった!!!ゆずってやった!!!ゆずってやった!!!ゆずってやった!!!なんだ!なんだ!!」ということになる。ほんとうにはゆずってないのに「ゆずってやったのになんだ!!」と言って、気違い的なこだわりで、その行為をするのである。で、やったらやったなのに、ぜーーんぜんやってないつもりで、ぜーーーんぜん、気にしない。やったことになってない。本人の中で「やったことになってない」。本人の中でやったことになってなければ、一四年間と四ヶ月、毎日気違い的な意地で、デカイ音で鳴らすことにこだわって、デカイ音で鳴らしていたのに、「鳴らしてない」「そんなんじゃない」ということになってしまうのである。あいつの頭のなかでは!!! だから、どこまでも、反省しない。「やった」と言われたら、親父のように怒って「やってないやってない」と言って、むくれてしまえば、それで、本人のなかでは済んでいて、親父モードで、頑固に当のその行為!!をやり始めること、やり続けることができるのだ。こんなの、頭がおかしいだろ。

気違い兄貴が一五歳から三〇歳まで約一五年間、毎日、頑固に鳴らしながら、鳴らしてないのとおなじ気分で、暮らしていたのである。こっちはもう、きちがいヘビメタでこころの中がめちゃくちゃだよ。あの道を、俺がどんな気持ちで、通ったと思っているんだ? 入試のとき、どんな気持ちで、あの道を通って試験を受けに言ったと思っているんだ。そして、帰ってきたと思っているだ。入試から帰ってきても、爆音でヘビメタ騒音が鳴っている状態だ。あの!!!俺を毎日苦しめてきた、ヘビメタ騒音が鳴っている状態だ。小学六年生のある人おなじように、ドアを開ければ、ヘビメタ騒音がなだれのように落ちてくる。家に近づくのがいやだった。家に近づくと、きちがいヘビメタが鳴っているのがわかるから。そして、近づけば近づくほど、気違いの音がでかくなるから。ドアは、けっこう効いている。ドア一枚で、だいぶちがう。けど、「この家は!!!うっさいな!!!」と思うような音で鳴っている。一時的に通って、ユータンして帰ってしまうなら、それでもいいけど、その気違いの音の中に入っていく、俺は……押しつぶされそうだったよ。常に毎日、そういうことを経験した。気違い兄貴、「よそ」に行って「やめたら」ずっと、やってないような調子で暮らしている。気違い兄貴が頑固に、こだわりつくしてやったことなのに、「まるでそんなの知らない」という態度だ。頭にくる。全部、そういう気違い的なしくみで、俺がどれだけなにを言っても、気にしないで、全部の時間、自分が満足できるデカイ音で鳴らし続けたんだよ。それが兄貴が、「うち」でこだわり続けて、十数年間にわたって毎日やったことだ。自分で、気がついてないんだからな。親父とおなじ。親父とそっくり。気違い兄貴よ! 兄貴は、親父に対してどう思っているんだよ。親父がやったことに対してどう思っているんだよ。ヘビメタのやり方が、親父のやり方とまったくおなじなんだよ。兄貴は、親父モードで毎日鳴らした。だから、本人が、気がつかない。十数年毎日やったって、本人が気がつかない。こういうおかしなことが常に成り立っている状態なんだぞ。うちは!!

   *   *   *


おんなじ問題で何十年も悩んでいる。
毎日毎日。おしまいだろ。これ。

   *   *   *

ここは、引っ越したほうがいいんだけどな。けど、アパート代を払うとなると、貯金がまったくできなくなる。

2017年11月13日月曜日

どうしても抜けない。

なんだかんだ言ってつまらない。
ヘビメタ騒音でつらかった。

どうしても抜けない。

なので、つらい。

いまも鳴っている時間帯だ。
あの頃、毎日常に、午後九時五四分は鳴っていた。

一分だって、やめてくれなかった。これがほんとうの兄貴の姿。
気違い兄貴が、「静かにしてやった」とか気違い発言をしているんだよ。やっているときから、そういう状態だった。気違い兄貴は親父のコピー。気違い兄貴のやり方は親父のやり方のコピー。親父のまねをして「うちでは」絶対にゆずらなかった。「よそ」じゃ一分だって鳴らせないようなデカイ音で鳴らして、まったく平気だった。どれだけ、こっちがやめろと言っても、やめないで鳴らして、平気だった。
いま住んでいるところで、鳴らしてみろ。一発でわかるから。よその人にわかるから。

ほんとうに全部が全部おなじなんだよな。いいわけないでしょ……あんな音で鳴らされて……。いいわけないでしょ……あんな音で勉強ができない状態が毎日続いて……。気違い兄貴は自分が、一日中あの音のでかさで、嫌いな音を鳴らされた場合のことを、ちょっとは考えたほうがいいよ。これも、どうせ、きちがい親父とおなじ頭の構造だから、絶対に、考えることができないと思うけど。自分がやりたい以上は「なんだってかんだって」やるのである。で、「やった」ということは、「なんだってかんだって」認めないのである。怒り狂って認めない。で、やり始める。こういうの、ばっかりだ。気違い兄貴、親父がへんな宗教に凝って、あの音のでかさで……気違い兄貴が静かにしてやったつもりの音のでかさで……へんな宗教の曲をガンガン鳴らして自分の勉強の邪魔をしたらどう思うんだよ。中間試験期間中に、「明日も、テストだから静かにしてくれ」と何回も何回も、きちがい親父に聞こえるように、声を張り上げて、言ったのに、親父が「なんだそんなの」と言って、鳴らし続けたら、どう思うんだよ。自分の部屋に戻ってどう思うんだよ。自分の部屋でそのきちがい親父のへんな宗教の音楽をずっと聞かされ続けたら、どう思うんだよ。そして、実際に親父がそうしたのに、「親父がそうした」と兄貴が言ったら、「そんなんじゃないそんなんじゃない」「静かにしてやった静かにしてやった」と親父が言い出したら、兄貴はどう思うんだよ? まあ、親父が宗教の音楽を鳴らしたというのは、架空の話しだから、実際には鳴らしてない。けど、そういうふうにいつもいつも、爆音で、鳴らしてたらどう、思うんだよ? 兄貴!! おまえがやったことは、そういうことだ。いや、もっとひどい。自分態度が、親父のようにわかってないのな。自分がこだわりつくしてやったことが、親父のようにわかってないのな。親父はさんざん怒り狂っていたけど、まったくそんなことをしたつもりがないんだよ。いまだって、そんなことは、一日もしてないつもりだよ。実際には、三六五〇日以上、毎日そうしてた。居合わせれば、かならず、わけがわからないことで怒り狂っていた。そうやって、まわりの人が「やめてくれ」と言うことを、発狂的な意地でガンガンやってたのに、本人はまったくやったつもりがないままなんだよ。一〇年以上毎日そうしていたのに、一日もやったつもりがないんだよ。毎日!そうしてたんだぞ。この親父の態度と、兄貴の態度はおなじだ。兄貴も、夢中になって、ガンガン鳴らしてたんだよ。一〇年以上毎日、ガンガン鳴らしてたんだよ。鳴らしてない日がないんだよ。そのくらい夢中になって、鳴らしてたんだよ。常にやってたことなんだよ。それなのに、「そんなの知らない」「やってないやってない」と言い出す。そんな状態だから、やっているときは、やっているときで、入学試験だろうがナンだろうが、絶対に一分もゆずらずに鳴らしてたんだよ。おまえ、気違い兄貴! 入学試験の前の日の家族会議でおまえが、どういう態度で座ってたと思っているんだ。一切合切口を利かないで、ムスーっとした顔をして、なにを言われても、どれだけ頼まれても、首を縦に振らなかった。そういう意地があるんだよ。それなのに「静かにしてやった」か? そういうところが、親父そっくりだよ。自分が意地になってやったことは、絶対に認めない。意地になって認めない。やったあとはそうなんだよ。よその人の前ではそうなんだよ。一四年と四ヶ月やったって、毎日やったって……一四年と五ヶ月目には、過去のことになるから、過去のことは否定する。やってないわけがないだろ。「知らなかった」とか、こっちが言わないわけがないだろ。毎日言ってんだよ。
全部、それだからな……。

この夜の雰囲気は、……九時台の夜の雰囲気は、気違いヘビメタ騒音の雰囲気だ。一〇時台のヘビメタ騒音の雰囲気は、滅亡。宿題をしたかったのに、ついにできない……というあきらめの気持ちと、なんとかやらなければ」という気持ちがせめぎ合った状態。そして、先行する五時間四五分の爆音ヘビメタ騒音の記憶が……現行のヘビメタ騒音の音に混じって、苦しさを増す。怒りきったなかで、先行する五時間四五分の爆音ヘビメタ騒音のつかれが襲ってくる。頭がよけいにまわらなくなる。あきらめとあせりと、つかれが、騒音のなかでいっしょに襲ってきて、むちゃくちゃで、いまにも泣き出したいような、発狂して兄貴を殺してしまいたいような気持ちだ。そして、音のなかで、そういう気持ちにたえている状態だ。たまらなくなって、気違い兄貴の部屋に行って「宿題をするからやめろ!!!宿題をするからやめろ!!!宿題をするからやめろ!!!宿題をするからやめろ!!!宿題をするからやめろ!!!宿題をするからやめろ!!!」と絶叫しても、あたかも親父のような気違い兄貴が、あたかも親父のような態度できちがいヘビメタを鳴らして、絶対にやめない。もめているときの親父のような態度で……真っ赤な顔をして、エレキギターにしがみついて、エレキギターを鳴らすことを、絶対にあきらめない。「ヘッドホンをしろ!!」と言っても、ヘッドホンをずっしてくれたことなんてないよ。エレキギターはうちではヘッドホンをして鳴らすもんなんだよ。それを、気違い兄貴の友達が「こんなデカイ音で鳴らして、家の人は大丈夫なの?」と聞いてしまうようなデカイ音で鳴らしているのに、静かに鳴らしていると思っている状態だ。どれだけデカイ音で鳴らしたって、本人がでかい音だと認めなければ、でかい音じゃないのである。きちがい親父の「やったってやってない」とおなじだ。


2017年11月12日日曜日

育ての親をゆるしたつもりだったから、自分が理由がないことで発狂してこどもにぶちあたっているということがわからなかった

ヘビメタ騒音が鳴っている感じがする。
ヘビメタ騒音に関係がない文章を書いているあいだもヘビメタ騒音が鳴っている感じがする。雰囲気がある。日曜日の午後三時一八分。この時間帯はヘビメタが鳴ってた。どれだけ『鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!鳴らすな!!』と言っても、ヘビメタが、けたたましい音で鳴っていた。ほんとう、耳元で人が目一杯絶叫する声よりもデカイ音で鳴ってた。もう、死にたい。あの連続は死にたい。ほんとうに、自分の部屋で慣らしているから『関係がない』と思っているのかもしれないけど、つながっていて、ほぼ、きちがい兄貴の部屋で鳴っているのとおなじ音で鳴っているんだよ。きちがい兄貴とスピーカーの距離は、壁を考えなければ、ぼくとスピーカーの距離とおなじなんだよ。ぼくのほうからみれば、後ろを向いているけど。けど、けど、あまりにも音がでかすぎるので、後ろからも相当の音が出ていて、ほとんど、かわりがない音で鳴っている。

死にたい。どれだけなにを言っても、この雰囲気がかわらない。
人に説明したって、そりゃ無理さ。そもそも、そういう経験がない人ばかりなのだから。そりゃ、無理だ。

それにしてもつらかったな。鳴っているあいだじゅうずっとつらかった。そして、鳴り終わった後もつらかった。一日の中で、鳴っているあいだもつらかったし、……発狂的につらかったし……鳴り終わった後も発狂的につらかった。発狂的に不安になって発狂的につかれた。そして、人生の中で鳴っているあいだもつらかったし、鳴り終わった後もつらい。人生の中で、鳴り終わった後も、ずっとくるしい。全部とられた。この、是分とられたというのは、行きすぎた一般化じゃない。大げさに言っているわけでもない。これ、あしかけ一五年間、一一歳から二五歳まで、毎日やられた人間じゃないとわからないけど、ほんとうに人生の全部がヘビメタ騒音だよ。ヘビメタ騒音の影響で、何周も何周も遅れて、くるしいよ。ヘビメタ騒音がなければ、普通に立てたスタート地点にすら、四〇歳後半で立てないという状態だ。どんだけみじめな状態か。これ、ほんとうに、普通の人は言ってみれば、ヘビメタ騒音ゼロ時間、ヘビメタ騒音ゼロ日、ヘビメタ騒音ゼロ年で暮らしているのだから、ずるい。ぼくからみるとほんとうにずるい。こんな、ブーストアップはない。ヘビメタ騒音がどれだけのハンディになっているか? ヘビメタ騒音をゼロ日しか経験したことがない人に、わかったようなことを言われる。きちがい兄貴まで、わかったようなことを言っているような状態だからな。『人生はくるしい』『働くのはたしかにたいへんだ』とか……きちがい兄貴がやったのに!!! きちがい兄貴が静かにしてくれれば、こまってないんだよ!!!! おまえ、ほんとうに、きちがい親父とまったくおなじ頭なんだな。まったく、わかってない。自分がこだわってこだわって、毎日毎日、何年間も何年間も、頑固にやったことがまったくわかってない。ひまさえあれば絶対に全力で鳴らして……気違い的にデカい音で鳴らして、静かにしてくれかなったんだよ。親父の態度とおなじなんだよ! 

これも、『親父の態度とおなじ』と言っても、他の人は、まったくわからない。『親父の態度』がわからないからだ。『うち人』じゃないとわからない。お母さんは天国に行ってしまったので、『うちでの親父の態度』がどんなものか知っているのが、きちがい兄貴だけだ。きちがい兄貴よ!!

きちがい兄貴は親父だ。きちがい兄貴は、親父の態度でヘビメタにこだわりくつして、親父の態度でヘビメタをガンガン鳴らした。こっちのことなんて、考えない。考えることさえ出ない。けど、本人は「考えた考えた」となる。真っ赤な顔して、そういう嘘を絶叫する。嘘なんだよ。

これ、ほんとうに頭がおかしい気違い野郎だから、まったく!!!!!まったく!!!!!わかってないんだよ。そういうふうに言ったあと、全力で鳴らしてもまったくなにも感じない。どれだけもめても、まったく!!!!!なにも感じない。「やったってやってない」ことになっている。やっている最中から「やったってやってない」ことになっている。

どれだけ、こだわってこだわって!!!やるか。

どうしたって「やってんじゃないか」「こんにゃろうほんとうにふざけやがって」という気持ちになる。。これ、悲しいことだけど、ふざけているつもりがまったくないの。

全力でやっていて、やってないと思っていて、ふざけているつもりがまったくない。けど、「自動機械」のようにやってしまう。息を吸うようにやってしまう。人間って普段息を吸っているよね。そういうレベルでやるんだよ。気にしないで。息を止めることができないのとおなじで、やっていることを止めることができない。これ、ほんとうに、言いがたい態度だからな。

これ、言いがたい。

きちがい親父は、若い頃……子供が小さいころ……息を吸うように、わけのわからないことで怒り狂っていた。普通の人は、『理由がないのに怒る人なんていない』と考える。けど、その場面では理由がないことで怒る人はいる。人生的な八つ当たりなんだよ。自分の育ての親にやられ、くしやくてくやしくくやしくて、たまらなかったことを、やり返している。しかも、自分は「まったくこだわってないつもり」なのである。育ての親をゆるしたつもり!なのである。

これ、「ゆるし」とかそういうことを、言う人がいるけど、意識的な「ゆるし」が、こういう人間にとってどれだけ有害なことか、まったくわかってない。

親父の場合、意識的には「水に流して」ゆるしたつもりだから、自分が(理由がないことで怒っている)ということが、わからなくなるのである。否認する。頭がおかしくなってしまう。矛盾した意識が生じてしまう。ほんとうに普通の人もぜんぜんわかってない。

親父は無意識的なレベルでゆるしてかなかったから、理由がないことで爆発していたのである。怒り狂っていたのである。うちにいれば、息を吸うように、わけのわからないことで怒り狂っているというのが、普通の状態なんだぞ。

しかも、八つ当たりしているということがまったくわかってない。発狂的なレベルで頑固にそうして、発狂的なレベルで頑固にやっていることを認めない。ほんとうに、意識のレベルでは、わからない。やってないことになっている。じゃあ、やめられるのかというとやめられない。こういうことが、ほんとうに他の人にはわからないんだよな。これ、大学院を出て心理カウンセラーをやっている人、精神科医でもわからない人がいる。わかってない人がいる。

兄貴のやり方もおなじで「やったってやってない」なのである。止めようとしたら発狂して刃向かって、発狂して頑固にやる。ほんとうにやめさせようとしたら、殺さなきゃならない。兄貴は、自分の部屋で鳴らしてたからわかってないのだろうけど、俺は自分の部屋で、兄貴を殺さなければならないという理論、感情と戦ってたんだよ。容赦なく!!!きちがいヘビメタが連続して!!!攻めよせてくる。どういう空間だと思っているんだよ!! この部屋が!! この部屋が!!

なにやってんだよ? 俺?

本当につかれたなぁ。
なにやってんだよ? 俺?
やっぱりつかれている。
ヘビメタ騒音がはじまった日から、ずっとつかれっぱなしだ。
どうしても、長年積み重なったつかれがとれない。
どうしても、とれないなぁ。
くるしいなぁ。
つかれた。

コーヒーと睡眠相

そう言えば、コーヒーについては語ってなかった。むかし書いたけど、たぶん、いまの人は知らないだろうから、言っておく。

ぼくがコーヒーを飲み出した理由は、実は、目をさますためだ。アパート暮らしをしていたとき、朝、散歩やジョギングをすることにした。まあ、散歩のほうが多かった。えーと、まず、朝型になるまで、入眠時間を回転させて、朝型になったとき、フレッシュな光を浴びて、ジョギングや散歩をすることによって、非二四時間睡眠覚醒症候群を治そうとしたときがあるのだ。

ぼくは、ほんとうは、コーヒーがそれほど好きじゃなかった。やはり、お腹にこたえるところがあったのである。もちろん、缶コーヒーやコーヒー牛乳は平気だったので、ときどき飲んでいた。けど、それは、ほんとうに「ときどき」だ。そんなに飲みたい飲み物じゃなかった。

けど、朝、目をさますために、わりと濃いコーヒーを飲むことにした。なんとなく、目が覚めた気持ちになった。

その後、アルバイトをはじめた。このときは、もうすでに、朝起きることは不可能だったんだけど……午後一時ぐらいからのアルバイトを入れた。で、その時も、やはり、後ろにずれがちになるので、コーヒーを、起きたら飲んで、目をさますつもりでいた。

で、最初に、朝コーヒーを飲むようにしたのは、二二歳ぐらいの時だ。で、大人になってから、コーヒーを飲んだとき、腹が痛くならなかった。ゆるくもならなかった。腹のほうはまったく問題がなかったのである。というわけで、目覚まし薬のつもりで、量を増やした。いや、なんとなく、一杯が二杯になった。

もちろん、バイトに行く前、『目をさますぞ』という気持ちで飲んでいたのである。二杯飲んだほうが効くような気がした。腹は、痛くならなかった。

で、実は、バイトは三ヶ月ぐらいしか続かなかった。

でも、その三ヶ月が、やはり、睡眠相(睡眠リズム)の移動で、たいへんだったのである。もう、『死ぬか』みたいな気持ちになった。午前一一時五〇分にアパートを出れば余裕で間に合うバイトだったんだけど、睡眠相(睡眠リズム)のズレのほうが強力で、どうしても、固定できなかった。だから、遅刻もした。

で、からだが限界になって、やめた。眠らないまま、行ったことも、一回じゃない。これ、わからないのだろうけど、なんて言うのかな?睡眠相(睡眠リズム)のズレの場合は、ムダな時間に眠れずに起きていることになるので、実はその時間もつらい。朝起きた?ときだけつらいわけじゃない。

夜眠れない時間、あるいは、朝眠れない時間、つらい。眠ろうと思って、そのまま、眠れずに朝になってしまうということが、何回会ったか。で、これは、気違いヘビメタ騒音のたまものなのである。悪い意味で、たまもの。

先行する、一日七時間から一四時間の激しいヘビメタ騒音が、睡眠相(睡眠リズム)のズレを作った。先行する一〇年間毎日のヘビメタ騒音が睡眠相(睡眠リズム)のズレを作った。なので、睡眠相(睡眠リズム)のズレに関しては、もちろん、ヘビメタ騒音生活のせいなのだけど、コーヒーを飲むことは、関連するとはいえ、ヘビメタ騒音生活のせいではない。

ようするに、コーヒーを飲むことを選んだのはぼくだ。コーヒーにはカフェインが含まれているので、やはり、「あとひき」になる。一杯飲むと二杯目がほしくなる。二杯飲むと三杯目がほしくなる。起きたときに眠気覚ましに、コーヒーを三杯飲むのが日課になった。

さらに、ご飯を食べるときも、味噌汁の代わりにコーヒーを飲むような状態になった。きちがい兄貴が引っ越したので、アパートを引き払い、自分のうちに帰ったとき、「あまりにもやせすぎているので、元気がないんだ」と言われ、ご飯を一日に四回食べることにした。

で、ヘビメタ騒音で元気がかなっただけで、ご飯の量は関係がなかった。けど、ご飯の回数が増えると、食前、食中、食後のコーヒーの杯数が増えてしまうのであった。で、けっきょく、一日に一五杯から二〇杯ぐらいコーヒーを飲むようになった。

で、それでも、腹は痛くならず、何年かな?二〇年ぐらい経過した。けど、そのあと、腹が痛くなるようになった。そこで、コーヒーをやめてみた。これも、けっこう、たいへんだったんだけど、カフェインレスコーヒーや麦茶を使って、カフェイン入りのコーヒーを飲まなくてもいい状態にした。カフェインレスコーヒーもやめた。いまは、コーヒーは一ヶ月に一回ぐらいしか飲んでない。

それはやはり、缶コーヒーをみると、飲みたくなってしまうから飲んでしまうのだけど、これも、だいぶおさまってきている。そのかわりに、コーラやドクターペッパーが飲みたくなったから、飲んでいるのだけど、コーラやドクターペッパーはカフェインが入っている。で、まあ、コーヒーは滅多に飲まないしろものになった。

ただ、コーヒーを何杯も飲んでいた期間があまりにも長すぎたのか、ご飯を食べるだけで腹が痛くなるようになってしまったのである。いわゆる『胃が弱っている』状態?
で、ぼくが言いたいことは、ぼくはコーヒーに関しては、兄貴のせいにしてないということだ。睡眠相(睡眠リズム)の後退に関してはもちろん、きちがい兄貴のヘビメタ騒音のせいだ。けど、コーヒーを飲むことに関しては、関連しているとはいえ、自分で選択したので、コーヒーで腹が痛くなることに関しては、きちがい兄貴のせいにしてない。「なんでも」きちがい兄貴のせいにしているというわけではないのだ。

関連が明らかなものに関しては、もちろん、きちがい兄貴の騒音が問題なので、何度もやめろと言ったにもかかわらず、そういう騒音を出し続けたやつが悪いと思っている。これは、関連が明らかだからだ。

この『関連の明らかさ』が他の人には、体験としてわかってないのである。だから、「なんでも、きちがい兄貴のせいにしている」などと思う。これは、『関連の明らかさ』に関して間違った考えをもっているから、そういう、間違ったことが言えるということだ。ほんとうに、やられてないやつは、まったくわかってない。

それから、「やめろ」とこっちが言ったときの、きちがい兄貴の態度に関してまったくわかってない。誤解をしている。それは、ちょうど、ハンダゴテ事件の時の、父親の態度について、技術科の先生が誤解したように、誤解している。兄貴よ。おまえは、常に、まわりの人に、誤解を振りまいている。親父とおなじなんだよ。

よその人が普通に考える対応をしてない。他の人からみると、信じられないような態度で反応している。よその人が考えると、『矛盾がある』態度で反応している。『そんな人いない』と思うような態度で反応している。一四年間……あしかけで一五年間……毎日、他の人が信じないような態度で、ヘビメタを鳴らしていた。

   *   *   *

非二四時間睡眠覚醒症候群が強烈で、コーヒーも早朝ジョギング・早朝散歩もまったく無力だった。薬も高照度治療器もまったく無力だった。ちょっとは、「効くかなー」という状態もあったのだけど、けっきょく、非二四時間睡眠覚醒症候群の力のほうが強くて、睡眠相(睡眠リズム)が後ろにずれるということが、わからなかった。

最初の七年間で、終わりなんだよ。そのあと、八年目に、頑固に毎日鳴らしやがって。きちがい兄貴が家に帰ってきたら、おしまいだった。あとは、きちがい兄貴が、会社で働くようになってから、今度は土曜日まで休みで、土曜日は、一日中きちがいヘビメタを鳴らしている状態になった。

あれ、きつかったよ。平日のヘビメタ騒音時間は減ったのだけど、土曜日一日のヘビメタ騒音時間が一二時間を越えるので、けっきょく、たいしてかわらない量、きちがいヘビメタを浴びせられた。

ヘビメタ騒音歴八年目のアルバイトのときだって、どれだけ俺がヘビメタ騒音でこまっていても、絶対に、一分も静かにしてくれなかった。バイトに行くからヘビメタを鳴らすなと言っても、絶対の意地でずっと鳴らした。ヘビメタ騒音勝手いるなかから、バイトに行くということがどれだけつらいことだと思っているんだ?

ヘビメタ騒音でこまっている……ってこの場合は、ヘビメタ騒音で遅刻してしまうからこまっているのである。また、ヘビメタ騒音のなかでものをそろえようとすると、忘れ物が多くなるからこまっているのである。また、ヘビメタ騒音にやられた状態でバイトに行くと、……ようするに、怒った状態で行くわけだから、他人とかの関係がまずくなることがあって、こまっているのである……。

これは、バイトの話しだけど、小学六年生ときから、学校に行く前、こういう問題を抱えてた。きちがい兄貴! おまえ、あんだけでかい音で、気違い的な音を聞かされて、どれだけ腹が立つと思っているんだよ? 『ものをそろえる時間一〇分間だけやめてくれ』とどれだけ怒鳴り込んでも、一〇分間ですら、まったくゆずってくれなかった、きちがい兄貴の態度が、どれだけ、こっちにとって腹立たしいものに映るか?わかるか?

親父とおなじなんだよ。真っ赤な顔をして、怒って、鳴らし続けやがって。これ、ほんとうに、「なんだ!!そんなの!」と怒り狂っておしまいなのである。それじゃ、静かにしてやろう』なんて思わない。一切合切思わない。それは、ハンダゴテ事件の時に『それじゃ、買ってやろうと』と親父が思わなかったのとおなじだ。

きちがい兄貴の態度は、きちがい親父の態度とおなじなんだよ。きちがい兄貴!! おまえ、きちがい兄貴、ヘビメタ騒音という『武器』で俺にどれだけたたったと思っているんだ? きちがい親父の『武器』は『カネ』なんだよ。子供が働いてないときは、『カネ』で言うことを聞かせる。自分(親父)が首を縦に振らなかったら、『カネ』がかかわる問題は解決しない。

で、これがやっかいなことだったんだよ。きちがい兄貴、おまえ、ハンダゴテ事件の時に、親父が『使える使える』と言い張って、きちがい兄貴、おまえがどれだけ、腹を立てたかおぼえているか? きちがい兄貴が、朝、ヘビメタを鳴らしいて、俺が、『ものをそろえるからやめてくれ』と言って、きちがい兄貴が「なんだそんなの」と怒って鳴らしていたとき、俺は、きちがい兄貴が親父に抱いたのとちょうどおなじ怒りの感情を、きちがい兄貴に対して抱いたよ。ほんとう、ふざけんな。


きちがい親父のは、ときどきだけど……きちがい兄貴のは毎日何時間も何時間も何時間も、じゃないか。きちがい親父と本格的にぶつかるのは、ときどきだけど……きちがいヘビメタのことできちがい兄貴とぶつかるのは、毎日、何回も何回も何回も……だ。

どうして、ちがい親父と本格的にぶつかるのがときどきだったかというと、こっち(子供の側)が我慢してたからだ。どうしても、親父に関わらなければならないこと意外、我慢に我慢を重ねて、我慢していた。

もちろん、きちがい親父はそんなのは知らない。気違い親父が勝手に気違い的な爆発を繰り返していただけだから!! これ、ほんとうに、他の人たちはわかってないけど、気違い親にやられる子供が、どれだけのことを我慢していると思っているんだよ?

そしてまた、そういうことを言うと『我慢しなければよい』というような現実離れした意見を、さも、すごい意見のように言う人がいるのだけど、それは、ほんとうにわかってないだけ。

言って、やめてくれるのであれば苦労してない。こまってない。

睡眠相という言葉は、あまり使われないのだけど、睡眠相後退症候群といった言葉のなかで使われる。睡眠リズムと書いておいたけど、一日のなかでの、睡眠時と覚醒時の『波』を思い浮かべてくれるとわかると思う。

どれだけの、ハンディか

飯を食ったら、腹が痛くなった。
えーーんえーーん。
ビオフェルミンを飲む。

おちついた。
ビオフェルミン、すげーなー。

つぼ漬けでご飯を食べただけなのに、コーヒーを飲んだ後のような腹の痛さ……。
コーヒーの亡霊がたたっているのか。ちなみに、今日も昨日も一昨日も、コーヒーは飲んでません。その前も、その前も。

今日は、日曜日だから、散歩はしたくないな。

やっぱり、ヘビメタでつらい。どうしてもつらい。
こっちに書くことじゃないけどな。
もう、日曜日に外に出ることを考えただけで、さまざまな、ヘビメタ騒音のシーンが浮かんでくる。ヘビメタ騒音でこまっているときに、ヘビメタ騒音のことを知らない友達に言われたヒトコトが浮かんでくる。むなしい。ほんとうにどれだけのハンディになっていたか。どれだけの、ハンディか。ぼくの人生のすべてのシーンでヘビメタ騒音が登場する。ヘビメタ騒音に汚染されてないシーンは、小学五年生までだからな。ほんとうにつかれる。その小学五年生までの期間も、きちがい親父にやられっぱなしだったからな……。きちがい親父もやったつもりがないし、きちがい兄貴もやったつもりがないんだよ。「やるな」と言われるとかお真っ赤にして発狂するのにな……。ほんとう、頭がおかしいやつらばかり。

ダブル誤解


みんなわかってない。とくに、ぼくがあっちのほうに書いている文章について、誤解している人たちがいるんだよな。ひとりか? 文章と、文章を書く意図について誤解している。ダブル誤解だ。ダブル誤解の人は、なんて言うのかな? そういう人なんだろうな。自分のなかにある気持ちを基準にして相手(他人の気持ち)を推し量るしかないから、誤解が生じる。特に、意図についてはそうだ。


   *   *   *
(かつて)
働くと言うことについて、常識の範囲内でしか考えられない人は、ぼくが働かないことに関して、誤解をした。それとおなじなんだよな。ほんとうに、その人の「行動選択」の結果、不幸な目に遭っているという人たちだけではない。そういう不幸な目に遭っている人に対して、なんて言うのかな「自己責任」とか「人のせいにするな」とかというのは、明らかに間違っている。こんなのは、まったく思いやりがない人間がやることで、間違った行為だ。そういう人に限って、別のところで『人に思いやりをもって接するのが大切だ』なんて言っているんだよな。こういう人は「自己の保身」しか考えてない。こういう人が、人のためになんかをする場合は、後で自分の利益になる(将来、自分の株があがる)というとを見越してやっている。人のためではなくて、自分のためにやっているのである。それ自体が悪いとは言わない。そういうことだってあるだろう。けど、自己責任の範囲を超えることについて、「自己責任だ」と文句をつけるのは、良くないことだ。

それからもうひとつ言っておくと、認知療法やアドラー心理学の本を読んで、その気になっている人が、「いさぎのよいこと」を言う場合がある。「すべては自己責任」「すべては、自分が洗濯してやったことだ」というようなことだ。

で、それが、自分の範囲に適応されることなら、それは、それで別にかまわない。

けど、他人に対して適応するなという話だ。他人に対して適応するのは、越権行為だ。べつに、いさぎのいいことじゃない。けど、こういうやつらは、一般論として、「他人もそうするべきだ」と言う。

それは、彼らにとって『真実』だからだ。宗教とおなじなんだよ。人類のルールなのだから、他の人も「すべては自己責任」「すべては自分が選択してやったことだ」と考えるべきだ。そして、「(たとえ、どんなことが起こっても)文句を言うべきではない」と考えるのだ。

けど、それは、間違っている。他人に要求するべきではないのである。すべてが自己責任なら、俺からこういう批判を受けるということも自己責任なのだろう。けど、ちょっとでも批判されれば、「なんだこいつは!」と怒る。ぜんぜん、『受けとめて』ないじゃないか。底が知れてるね。「すべては自分が選択してやったこと」なのだから、批判されても、自分が選択してやったことの結果だと、受け入れるべきだ。腹が立つはずがない。

『自分はそうする』というのであれば、ぼくは、大賛成だ。どんどん、そうしてくれ。けど、自分そうする」というルールを他人におしつけるな。他人は、他人の範囲で、おまんが知らないことを、知っているんだよ。他人は他人の範囲で、おまんが経験してないことを、経験しているんだよ。おまんが知らないことを知っていて、おまんが経験してないことを経験しているから、そう結論づけたんだよ。他人が提供した情報がすべてだと思うな。

この、一般論として、「わかったようなこと」を言って「そうじゃないひとたち」をおとしめるというやり方はやめたほうがいいよ。いかにも「いさぎよさそうなこと」を言うんだよ。『自分がそうする』『自分がそういう原理に基づいて現実を受けとめて行動する』ということは、別にいい。

ただ、おまんの目から見て、そうしてない個人を、「そうしてないから」という理由で、ぼろくそに言うのはやめたほうがいいよ。ぼろくそに言うというのは、『わかってない人だ』『いさぎよくない人だ』『いさぎよく受けとめればいいのに(そうすれば悩みから解放されるのに、わかってないない!こいつは!)』『現実を受けとめずに、いつまでも文句を言うのは感心しない態度だ』というようなことを言うということだな。

「自分がそうする」というのと、「他人にもそうしてほしい」というのは、ちがうことだからな。「自分がそうする」と決意を固めることと、「人間はみんなそうするべきだ」と思うことはちがうことだからな。

ユー・ワカッテンノ?ユー!

   *   *   *

ゲスノカングリってやつだね。とくに、ぼくがこういうことを書いている意図がわかってない。

   *   *   *

けど、俺が勉強した大半のことが役に立ってない。


2017年11月11日土曜日

じゃあ、君たちは我慢できるのか?

起きた時間は暗かったので、日がのぼる時間に散歩を実行したかったんだけど、文章を書いているうちに、明るくなってしまった。
悪夢ではないけど夢を見た。で、これに関しては書かない。

で、書いていたら、ブロガー記入部分が倒れたので、再起動することにした。これは、ATOKとの組み合わせによるものだと思う。ATOKはなんかやっている。ブラウザのほうのキー監視となんかバッティングすると思う。

ともかく、起きた。ヘビメタ騒音のことを書いていたんだけど、強制的に書けない状態になって、再起動したのでなんとなく、書く気がなくなった。

ほんとう、ヘビメタ騒音でつらいんだよ。いまも。そして、人間関係、他人に対する感情に関してもヘビメタ騒音が計りきれないほどの影響を与えている。ほんとうに計りきれない。これ、他人にとっては、『うるさかったんだな』で終わる話なんだけど、生きてきて、一四年以上毎日ヘビメタ騒音を、きちがい兄貴がウニいる時間すべて鳴らすということになると、もう、だめなんだよ。あいつは、ほんとうにうちに張り付いて」ガンガン鳴らしてた。一日中鳴らしてた。きちがい兄貴がうちにいるあいだは、きちがい兄貴が、寝る時間、飯を食う時間、風呂に入る時間を抜かして、一秒もゆずらずに、頑固にヘビメタを、きちがい兄貴が満足できるデカイ音で鳴らしていたわけで……こまる。こまるなんてもんじゃない。これ、ほんとうに人との関係に影響を与える。ともかく、くるしい。これ、『どんなに鳴っていると言ったって、二、三時間だろ』みたいなことを言う人もいるけど、俺が説明した後にそういうことを言うやつもいるけど……二、三時間じゃないから。前半で、終わってくれたらな。臨機応変に、俺が「やめてくれ」と言ったら、そのあと、やめてくれたらな。これ、言った後、一分間鳴らさないけど、二分目から、五時間鳴らしたというのでは、意味がないんだよ。もっとも、きちがい兄貴は、気違い的なこだわりで鳴らして、一分間だろうと、ちゃんと静かにしてくれたことは、一日もないけどな。実は、一日だけある。二日はない。その特殊な一日をのぞいて、一四年と四ヶ月なかで、一日もない。一分間、ちゃんとやめて我慢してくれたことが、特殊な日をのぞいて、一日もない。特殊な日って一日だけだから。きちがいヘビメタが鳴っていることは事実で、ヘビメタ騒音で「できない」状態になっているのも事実なのだけど、他の人に『ヘビメタ騒音が鳴っているからできない』と言うことの、『格好悪さ』があるんだよ。それは、『カッコウワルイ』ことなんだけど、けど、じゃあ、君たちは我慢できるのか? 君たちは、そういう状態で暮らして、我慢して、他の人たちにヘビメタ騒音でできない』ということを言わずに、一〇年、二〇年暮らしてきて、ほんとうにそれでいいと思うのか? と訊きたくなる。そういうところで、いさぎよいふりをして、あるいは、カッコウワルイから言わないで、それで、言いがたい気持ちを抱えたまま、ずっと、ずっと、底辺を歩いてきて、言わずに死んでいいのか? 死ぬ前には、言いたくならないか? これ、ほんとうにものすごい距離があるんだよな。鳴っている状態を実際に経験してない人は、『できない』状態を経験してない。鳴っている状態が毎日続くということを経験してない人は、毎日続いたときにどういう状態になるか、経験としてわかってない。だから、俺が言っていることが、いいわけに聞こえる。『できないなんてことはない』なんてことを思う。それに、人間は、自分に関係がないことを聞かされるのは、嫌だというところがある。だから、基本的には、認めない。話している人を第一者、聴いている人を第二者、第一者の話しになかに登場する悪い人を第三者とすると、第二者は、第一者の話を聴きたくないのである。自分に関係がない第三者が、悪いことをする話しというのは、基本的に不快なのである。

   *   *   *


歩いていてつくづく思う。俺の中身が変わってない。ヘビメタ騒音にやられていたときのまんまだ。俺は死ぬとき、なにを思うんだろう。

2017年11月10日金曜日

ヘビメタ騒音の雰囲気だ。これ、ほんとうにつらい

どうしてもヘビメタ騒音でくるしい。もう何十年もかわってない。何十年も『毎日』かわってない。やはり、成長期に一〇年以上『毎日』やられたことはきく。これ、いま、午後六時四五分だけど、午後六時四五分は気違いヘビメタ騒音の雰囲気だ。これ、ほんとうにつらい。

どれだけがんばっても意味がなかったな。

実は今朝、『遅刻は小さなことか大きなことか』という文章を書いた。思考優先で、漢字変換の誤りを気にしないで書き続けたから、校正しないとだめだ。これ、ほんとう、変換がだめなところは、とことんだめなんだよな。で、まあ、それは、すごく良い文章なんだけど……ものすごく価値がある文章なんだけど、どれだけの人が読んでわかるかわからない。飢餓陣営ぐらいの人じゃないとわからないような気がする。まあ、彼らにしたって数人をのぞいて、ヘビメタ騒音のことは『認めなかった』からな。

やっぱり、だるいからこたえる。ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音って、他の人からみれば、俺がどうでもいい過去のことにこだわっているようにしかみえないのだろうけど、ちがう。ヘビメタ騒音は俺にとって『いま現在』の問題なんだよ。


2017年11月9日木曜日

なぐられ続けてふくらんだ状態で眠れなくなる

早くも腹が減ってきた。
しかも眠い。

なんかいろいろ思うことがあるけど、ヘビメタ騒音で破滅色だ。
ほんとうに、自分の人生で……自分の人生の中でヘビメタ騒音さえなければ……ぜんぜんちがう人生になっていたと思う。

どうして、俺だけ、ヘビメタ騒音……。毎日毎日……中学高校と六年間毎日……その前も、その後も鳴っているわけだけど……中学高校の六年間が一番でかい。毎日ほんとうにすべての時間鳴ってた。

で、それが、一秒でもつらい。一秒間あの音が持続しているのはつらい。だから、一秒の六〇回の繰り返しが一分で、一分間、もう、六〇回ぐらいなぐられているのとおなじぐらいつらい。実際に、頭の中をなぐられていると思う。

そして、それが、三六〇〇回でやっと一時間。一〇時間で三六〇〇〇回か。もう、死にたい。ほんとうに、中学高校とずっと毎日やられたのが、こたえる。つらい。今朝、散歩をしたときも実は、中学のときの高校見学のことを思い出している。友達と行ったんだけどね。……これも、ほんとうに、つらい思い出なんだよな。

ともかく、ヘビメタ騒音が毎日普通に、ずっと鳴っていてくるしかった。どうにもできなかった。俺は、努力したけど、どうにもできなかった。きちがい兄貴が、とりつかれて、すべての時間、気違い的にでかい音で鳴らす。やめさせられない。どうしても、やめてくれない。一分間もやめてくれない。殺さなければならなかった。

ほんとうに、殺して、自分の人生を切り開いたほうが、他の人から悪く言われなかったんじゃないかと思う。きちがい兄貴を殺して、それで、少年院に行くかどうかわからないけど、ともかく、そういうことをして、『やり直した』ほうがずっと、いい結果になっていたんじゃないかと思う。いまよりもずっと出世していたと思う。

これは、まじだ。

このいまの状態はくるしすぎる。

「うち」でだけやられたから、学校の人は知らないけど、ほんとうに毎日死にたいほどくるしかった。で、今朝書いたような遅刻問題が浮かび上がる。ぼくは、もう、三日目あたりから限界だったよ。『なにもやってないつもり』ですべての時間を使って、頑固に鳴らしやがる。それは、大学入試一日に前もおなじなのである。あの時のあれはない。ほんとうに、どれだけ「やめろ」と言っても、「こんくらいいいだろ」というノリで、一分も一秒もゆずらずに、爆音で鳴らし続けて……どういう気持ちになると思っているんだよ。

中学高校と六年間毎日、すべての時間、邪魔されて、その音が……その当の音が、入試一日前も、ガンガンガンガン鳴っている状態って……どう言うもんだと思っているんだよ。それも、いまになれば、『静かにしてやった』とか言っている。そういう態度で、絶対に静かにしてくれなかったのが、気違い兄貴なんだよ。最初に書いたように、六〇分間続いたら、三六〇〇回頭をなぐられているような状態がずっと続いているわけだから……。鳴っているあいだじゅう、それがとまらないわけだから……。鳴っているから……。

それを一〇時間浴びて、それで、頭がふくらんだ状態で……なぐられ続けてふくらんだ状態で眠れなくなる……。これは、俺のせいじゃない。けど、他の人から見ると、まるで俺が不摂生で寝てないように思われるのだ。あるいは、『だれだって、試験前は不安になるよ』なんて言われておしまいだ。

たしかに、試験前で不安だったけど、ヘビメタ騒音が鳴っていたから、不安だったんだ。中学高校の六年間毎日、ずっと、ヘビメタ騒音を至近距離でガンガン鳴らされて、……中学高校の六年間毎日、ずっと、勉強することができなかったから、不安なんだ。

用意ができないわけだから、不安なんだよ。

で、もちろん、怒りもある。そういう怒りが一〇時間持続して良いわけがないだろ。一日に前だけではなくて、二日前も、三日前も、そういう状態なんだから。ほんとうに情け容赦なく鳴らした。前日が日曜日で一二時間鳴らせるなら、どれだけ何回『入試だから静かにしてくれ』と俺が怒鳴り込んでも、けっきょく、爆音で五時間から一二時間鳴らし続ける。それが、きちがい兄貴がしたことだ。

それなのに、『静かにしてやった』とか兄貴の嫁さんの前で言っている。頭がおかしい。そういう態度で、絶対にゆずらないで鳴らしたんだよ。親父みたいにぜんぜんわかってないな!! 気違い兄貴!!!

どうしてもやっぱり、ヘビメタ騒音でくるしい。

どうしてもやっぱり、ヘビメタ騒音でくるしい。
「あれはない」「あれはない」と強く思っている。
この「あれはない」なんてどれだけ言ったってヘビメタ騒音体験がない人にはわからないとなんだけど、そして、きちがい兄貴にはわからないことなのだけど、ほんとうに「あれはない」。

やっぱり、ぼくの人生は、ヘビメタ騒音でおしまいか。

瞬間瞬間の思いがある。
その思いはくるしい思いだ。
なにげに生きていると、そういう瞬間がたくさんあるのである。
だから、くるしい。
他の人にはないのだろうけど、俺にはある。なのでくるしい。

「他人のために生きよう」「社会のために生きよう」

どうして、そんなに「ジブンジブン」ばかりなのかって?
それは、そうなる。そうならざるを得ない。
これ、も、ほんとうに十数年間毎日、頑固に騒音で自分のやりたいことを邪魔され続ければわかるよ。俺も、ほんとうは、「他人のため」「社会のため」と考えていた時期があった。「他人のために生きよう」「社会のために生きよう」……そう考えていた時期があった。それは、ヘビメタ騒音時代と重なる。で、あるとき思ったんだ。「まず自分だ。まず自分のことをどうにしかないと、どうにもならない」と。
だから、それ以降のぼくは、まず、自分のことをどうにかするために必死になっった。けど、十数年間毎日、容赦のないヘビメタ騒音にやられたぼくの体は、それにたえられなかった。自分のことすら!どうすることもできない状態になっていた。だから、そのあとは、しぼんだままだ。そりゃ、自分のことだけで、せいいっぱいだから。
自分のことでせいいっぱいなのに、他人のことを考えて行動する……俺は、言っておくけど、他人のことを考えて行動しているよ。しかも、気にしすぎるほど気にしているといってもいい。これも、おかしな話しなんだけどさ……。けど、気にしても、たとえば、遅刻はしてしまう。ヘビメタ騒音というのは、そういう状態を作り出す。だから、問題なんだよ。ヘビメタ騒音の話をしても、「ただ、うるさかったんだな」と思う人が大半だろう。けど、「ただ、うるさかった」だけじゃないのである。もう、これ、ほんとうにしんどい。

「拡散悪のサイクル」

あと、これはあまりにも自分勝手なことだから、書かなかったけど、長い間同情され続けるというのもつらいんだよ。きちがい兄貴、おまえ、「うち」でだけ、きちがいヘビメタを爆音で鳴らすことにこだわりつくしやがって。その期間が長すぎる。

そりゃ、本気で自分のことのように、心配してくれる親友とも、うまくいかなくなる。長すぎるんだよ!!! 長すぎる!!!

ヘビメタ騒音は、悪のサイクルを生み出すわけだけど、その悪のサイクルは単純な悪のサイクルじゃない。「拡散悪のサイクル」だ。拡散する。一本の線が、サイクルを生み出すのではなくて、もとは、ヘビメタ騒音という一個の原因なんだけど、生活しているなかで、さまざまな拡散した悪のサイクルを生み出す。悪のサイクルは一個じゃない。で、拡散した先で、二次的な悪のサイクル(副サイクルみたいなもの)を生み出す。その、二次的な悪のサイクルがまた、三次的な悪のサイクルを生み出す。拡散していく。一本の……たった一本の「悪のサイクル」の「線」が、何本にも枝分かれして、それがまた悪のサイクルを生み出す。

「実際に、やられてみろ!!」と言うと、反感を買う

これ、めちゃくちゃに、読む人が減ったなぁ。
なんかまずいことを書いたか?

けど、常識的な人って、「無職」「引きこもり」に対する反応が、型どおりなんだよな。それで、ヘビメタ騒音のことを言っても、ヘビメタ騒音の影響を、小さく見積もって、いま現在ぼくが通勤して働けると思っているんだよな。そうすると、「無職」「引きこもり」に対する偏見が働くわけで、こっちをみくだしてくる。本人は、みくだしている」つもりはないんだろうけど、普通の人に対する態度じゃない。たとえば、普通に通勤して働いている人に対する態度とは、明らかに!!!!ちがう態度で接してくる。こっちは、正直に言っているのに。(過去の話だけど)(もう、だいぶ前の話だけど)。なんか、防衛本能で過剰に攻撃するようなところがある。ほんとうは、本能じゃなくて、偏見に基づいた行動だけど。

きちがい兄貴よ。どうして静かにしてくれなかったんだ。三ヶ月が限界だよ。あの暮らし、三ヶ月が限界。遅刻のことだって、事情を知らない人……自分がヘビメタ騒音を三ヶ月浴びて暮らしたことがない人……にとっては、いいわけに聞こえるわけだけど、だれがおなじ暮らしをしても、三ヶ月で遅刻しがちになる。本人がどれだけ努力しても、遅刻してしまうような状態になる。「ホンニンガどれだけ努力しても」という部分が、ぜんぜんわかってないんだよな。そういう強烈な、気違いによる!……まったく話が通じない気違いによる……騒音を経験したことがない人だと、わからない。みんな、一一時一〇分に鳴り終わったら、一一時一一分には眠れると思っている。そうじゃないんだ。ヘビメタ騒音を六時間以上浴びると、そうじゃないんだ。そうじゃないのに、ここのところがわからない。そういう生活が、三ヶ月以上毎日続いたら、どれだけがんばっても、一年に二〇回三〇回ぐらいは、遅刻することになる。だれもが!! 絶対に!! そうなる!!! けど、経験してない人のほうが多いわけだし、経験してない人は、経験してないから、そこのこと頃がわからない。「どんだけうるさい音で鳴っていても、鳴り終わったら眠れるんじゃないか」ぐらいの気持ちでいる。もちろん、ある種の音がうるさいと不愉快な気持ちになるということは、理解するわけだけど、理解するのはそれだけだ。実際に、やられてみろ!!

「実際に、やられてみろ!!」と言うと、反感を買うんだよな。

これが、気違いにやられた人と、そうでない人にやられた人の差だ!!
気違いにやられたというのがわかってない。「どういう態度できちがい兄貴が鳴らしたと思っているんだよ」と言いたくなる。
けど、これも!! なんて言うのかな? 言ってしまうと、やばいことになる。余計に反感を買う。「そんなの知るか!!」って話になるから。相手は「ともかく、遅刻すんな! うっだららぁぁ」という気持ちになる。ともかく、相手は「鳴らした相手ではない」。相手は、きちがい兄貴ではない。だから、相手の態度も当然と言えば当然だ。けど、気違いが頑固に鳴らしているところに、帰るしかないわけだから、俺だって、おさまりがつかない。どういう気持ちになると思っているんだよ。この手のもめごとを起こしたあと、ヘビメタ騒音が鳴っているきちがいの家に帰るのが、どれだけこころの負担になると思っているんだ? それを、何千日も毎日連続して繰り返して、良いわけがないだろ。俺は、そういうふうに他人から言われた日も、死にものぐるいで、遅刻しないように努力しているんだよ。

日の出を見ようと思っても

これだと、店内に入っている間に明るくなりそうだな。
それは、やばい。醍醐味がない。

いま、マフラーをして、寒くならないようにしました~~

ちょっと寒いなぁ。

この部屋は、暖房を入れた。着替えるときに、暖房をつけると、着替えやすくなる。省エネ、気を遣っているぜ。

帰ったら、なにをやろうかな?

むなしい。ほんとうはむなしい。
けど、これで、楽しくなるイベントというのを自分で作れないんだよな。これは悲しい話しだから、こっちに書くべきではないんだけどな。うんうん。

ちょっとでも楽しくなるイベントを自分で作れたらなぁ。けど、自分のこころが(ほんとうのことを言うとつらいので)楽しめない。

日の出を見ようと思っても、歩いているとき、「ヘビメタ騒音でつらい」みたいな感じがある。

にんにん。

すべての東京の駅のイメージが、ヘビメタ騒音だ

ああー、せいしゅんは~~もえるーかげろさぁ~~

あ~つまんない。

ごめん。つまないと言ってしまう。

あ~~、最近なんだか知んないけど、トイレの夢を見るんだよな。
もちろん、起きてしょうべんに行くけど……。なんか、駅付近の夢もよく見る。この駅は、最寄りの駅じゃなくて、東京の地下鉄の駅だ。ヘビメタ騒音ですべてがくるしい。東京の駅……すべての東京の駅のイメージが、ヘビメタ騒音だ。ヘビメタ騒音で肩を落として歩いているイメージだ。もちろん、肩を落として歩いているのはぼくだけど。ほんとうに不安でしかたがない状態なんだよ。「続いている」というのは! ヘビメタ騒音が続いているというのはほんとうにくるしい状態なんだよ。どうしても不安になるんだよ。なんだからないけど不安になるわけじゃなくて、ヘビメタ騒音が鳴っているから不安になるんだよ。ヘビメタ騒音が鳴っている生活が続いているから不安になるんだよ。あれ、昨日、説明したけど、「まったく関係がない人」として頑固に、すべての時間鳴らす。もちろん、すべての時間と言っても、きちがい兄貴が眠っている時間や風呂に入っている時間をぬかした時間だ。すべての可能な時間鳴らしていた。ほんとうに、家にいるときは、眠っている時間と風呂に入っている時間と食事をしている時間を抜かして、すべての時間、こっちどれだけ頼み込んでも、やってた。容赦なく、一秒もゆずらないで鳴らしていた。風呂の時間も、食事の時間も一〇分だ。ほんとうにあいつはそう。だから、一度、朝ご飯を食べたあと鳴らすとなると、三〇分ぐらいしか、鳴らさない時間がない。起きているあいだ、三〇分間を抜かして、全部鳴らす。これ、ほんとうはすごいことなんだよ。おなじことを、あの音量で、いま住んでいるところでやってみろ。一日で、離婚だよ。ふざけるな。他の人には、一日だってできないことを……ひどすぎてできないことを……うちの人間には、五〇〇〇日連続で毎日繰り返して、平気だった。まったくなにも感じなかった。だから、入試だろうがなんだろうが休みの日はそういうモードで鳴らす。

2017年11月8日水曜日

兄貴の協力がどうしても必要だった


気違い兄貴の協力がどうしても必要だった。鳴らさない時間を作るという協力がどうしても必要だった。なんていうのかな、「鳴らされているあいだ」打撃を被っている。

鳴らされているのに、鳴らされていない場合の体力を保持することができないのである。鳴らされているのに、あたかも鳴らされていなかったようにふるまうというのができない。

どういうことかというと、たとえば、午後五時から午前三時ぐらいまで寝て、午前三時ぐらいに起きて、勉強するというとができない。鳴っているから眠れない。それから、部活にはいって帰ってくる時間を遅くすればそのぶんだけ、聞かないで済むからいいかと思ったけど、ヘビメタ騒音がずっと鳴っている状態だと部活自体がものすごい負担になる。

家に帰る時間を遅くする方法でなんとかなったということがない。塾に行ってヘビメタ騒音が鳴っている時間を少しでも短くする作戦も失敗したし、友達のうちに行ってヘビメタが鳴っている時間を少しでも短くする作戦も失敗した。

鳴っている「なか」から出て行って、鳴っている「なか」に帰ってくるというのが、実際には、思ったよりも負担が大きかった。用意して出て行かなければならない場合、なんて言うのかな、用意をしているときもヘビメタが鳴っているという状態だ。

この、頭がこんがらがった状態はこまる。

実は、朝学校に行くときも層だったんだよ。だから、「これから容易をするから、鳴らすな」と(時間がないのに)きちがい兄貴の部屋に怒鳴り込んだ。で、どれだけ俺が怒鳴り込んで、言っても、きちがい兄貴は、むきになって鳴らすだけで絶対にやめてくれない。そういう毎日だ。

で、この、ヘビメタ騒音のなかでものをそろえるというのが、強烈にくるしいことなんだよ。「鳴らすな」と怒鳴り込んだあと、時間が切迫するなかで、きちがい兄貴の腹立たしい態度の記憶と、せめてくるきちがいヘビメタの音にやられながら、ものをそろえるというのが、強烈にくるしい。で、そういうことだから、忘れ物も多くなる。塾に行く前もそういうことになる。

それから、塾に行く前に、ご飯を食べなければならないのだけど、ご飯を食べているあいだ、きちがい兄貴のけたたましいヘビメタが鳴っている中でご飯を食べるというのがくるしかった。きちがい兄貴は、いま必死になって「静かにしてやった」と言っているけど、静かにしてくれたことがない。ちゃんと静かにしてくれたことがない。

たとえ、一〇分でも、こっちがどれだけ切羽詰まった状態でも、しずかにてくれなかった。そして、まるで、「鳴らすな」と言われなかったから「知らないで」鳴らしたということにしておきたいのだろうけど、それは嘘だ。嘘をついてないつもりなら、親父の頭とおなじだから、そういう嘘を言って、嘘をついてないつもりでいられるだけだ。

兄貴だって親父にそういうことをやられて、頭にきてたのに、自分は、まったく親父とおなじことをしやがるんだからな。ほんとうに全部おなじなんだよな。態度と認知がおなじだ。

どれだけ言われても、「言われなかったこと」になってしまう。で、そういうふうに言っているとき、嘘をついているつもりが、ほんとうにたぶんない。で、平気で鳴らす。平気でやる。

これは、ようするに、最中もそうだということだ。「やめろ」と言われたことをやり続けているあいだ、ずっと「やめろ」と言われた記憶がない状態なのである。きちがい兄貴の「つもりがない」「知らなかった」という発言を信じるなら……。で、たぶんほんとうにそういうところがあるんだよ。「知らない」というよりも、「気にならない」。自分が頭にきて、はねのけたら、もう、〇・一秒で言われなかったという状態になってしまう。

だから、それを、何万回繰り返しても「言われなかった」つもりでいられる。「そんなの知らなかった」と嘘をつくつもりがないのに、言ってしまう。
で、そういう態度全体が、無視して鳴らし続けるときの態度全体とおなじなのである。だから、際限なくそういうことが続く。


いまになれば、「こういうことでこまっているからやめてくれと言われれば、静かにしてやったのに、そういうことを言われなかったから、静かにしてやれなかった」みたいなことを、兄貴が、嫁さんの前で言うんだよ。嫁さんというのは兄貴の嫁さんのことだ。ようするに、新しい家族の前で、そういう嘘をつく。

ほんとうにしらじらしい。

どれだけむきになって、どれだけ無視して、どれだけ鳴らしたと思っているんだよ。親父が、親父が押しつけたことで子供がこまっている(兄貴こまっているといことを)どれだけ子供が説明しても、一切合切認めなかったように、兄貴も認めないんだよ。

で、認めなかったといこうとも、認めない。何千回何万回繰り返しても、おなじ反応が返ってくるだけで認めないのだけど、その、何千回何万回言われても「認めなかった」ということも、認めない。

そりゃ、自分にとって不都合なことは、絶対に認められないから認められないのである。自分がデカイ音で鳴らしていると言うことですら、認められない。認めてしまったら、本当に静かにしてやらなければならなくなるけどそうするのはぜったいにいやだから、意地でも認めないんだよ。親父の場合は、たとえば、認めてしまったら、自分が新しいもの買ってやらなければならなくなるようなことは、絶対に認めないんだよ。で、親父が買ってやらないから、こどもがこまったというとを、親父に説明しても、発狂して、はねのけて認めない。

で、これも、何万回繰り返してもおなじなんだよ。そういう構造が成り立っている。構造として成り立っている。だから、いつもおなじパターンで否定して、それでおしまいなんだよ。本人のなかでは、否定してはねのけた途端に終わっている。たがら、「やるな」と言われたことをやり続けているときも、「やっているつもり」がない。「やるなといわれたつもり」がない。だから、「知らないまま」なんだよ。これは、兄貴もそうだけど、親父もそうだ。うちの伝統。で、やらかしているほうは、何十年毎日、そうしていても、シランプリなんだよ。自分が関係しているつもりが、ほんとうにない。そういう、精神異常。こまるんだよ。特に、兄貴みたいに、でかい音を出すということになるとこまる。……兄貴よ!兄貴は親父以上におかしい。親父は、騒音は鳴らさなかったからな。だから、親父がひどいことをしても、それは、持続してない。一秒二秒……一〇分二〇分……一時間、二時間……一〇時間、一一時間、一二時間……と持続しない。親父がやったことは、全部「単発」なんだよ。親父を無視すれば、いちおうは無視できることなんだよ。そりゃ、あのやり方でやられたら、ものすごく腹が立つわけだけど……。

けど、持続してない。一個一個切れている。兄貴のは、持続している。気違い親父にずっとやられている状態なんだよ。きちがい兄貴がヘビメタを鳴らしているあいだ、ずっと俺は、きちがい兄貴に「親父のやり方で!!!」やられている状態なんだ。きちがい兄貴は、気がつかない。そんなの、どれだけ言われたって、気がつかない。

「親父みたいに!!!」兄貴は、気がつかない。どれだけ言われたって、「親父みたいに!!!」そんなの認めない。自分がやったという主観が欠けている状態なんだよ。「自分はそんなことは一回もやってない」という意識が成り立っている。ほんとうは、こだわりつくしてやってのに……一〇年以上毎日毎日こだわってこだわってやったことなのに……どこかで、「自分はまったく関係がないのに、関係がないことで文句を言われている」という意識が成り立っている。

こんなの、他の人に説明したって、どれだけの人がわかるんだよ。事実そうなんだろうなということが、自分の体験を通してわかるんだよ?

一般的な判断は、事実と違うので、俺が苦しむことになる

歩いて買い物に行くかどうかまよっている。
ほんとうにヘビメタ騒音で人生がない。
この、朝、五時四五分の雰囲気は、気違いヘビメタ騒音が鳴っていた頃の朝、五時四五分の雰囲気だ。死にたい。むなしい。ほんとうにくるしい。どうして、きちがい兄貴は、一四年と四ヶ月間もヘビメタ騒音を鳴らすことができたんだ? こんなのは、おかしい。神様がまちがっている。きちがい兄貴がずっとヘビメタを鳴らしたくても、途中で死んでしまうのがほんとうのストーリーだろ。悪いことをしようとしても、途中で死んでしまうのが、ほんとうのストーリーだろ。どうして、神は、気違いヘビメタ騒音を、ゆるした。どうして、神は、きちがい兄貴が気違いヘビメタ騒音に固着して、頑固に鳴らし続けることを、ゆるした?? こんなのは、おかしい。これ、やられてみればわかるけど、全部がおかしくなる。これだけ書いているのに、一、二時間、騒音が鳴ってた」とぐらいのことだと思っている人がいっぱいいるんだよな。こんなのはおかしい。騒音って良くある騒音な。そんなんじゃないから。「そんなんじゃないか」とって言っているのに、わからないやつばっかりだな。そんなんじゃない。「いっくら、鳴っているたって、二、三時間、普通の騒音がなっているぐらいの話しだろ」と思う人がいるのだ。そんなんじゃないから。そんなんじゃないんだよ。そんなんじゃないから、対処できずにこまっている。あとは、「静かにしてくれ」と言ったら、兄貴が静かにしてくれるものだと思っている人がいる。それも、事実と違う。そういう、事実からかけ離れた……しかし常識的な人のなかでは常識的な間違った判断をするな。間違った認識の上で判断をするな。頭にくる。そんなんじゃないから、こまっているんだよ。そんなんじゃないことが、十数年も毎日毎日続いたから、こまっているんだよ。
こまりかたがちがう。こういうのだって、ほんとうに想像力がない人はぜんぜんわからないんだよな。わからないまま、間違った認識の上で俺のことを判断する。常識的な判断、一般的な判断は、事実と違うので!俺のこころを傷つける。「またかぁ」と思う。もう、ほんとう、どんだけ。鳴らされているときから、どんだけ、そういうことでいやな思いをしてきたと思っているんだよ。それでも、実際に迷惑をかけている以上、反論できなかったことがある。迷惑をかけているというのは、たとえば、こっちがすでに、遅刻している場合だ。これ、ヘビメタ騒音で遅刻した」とといっても、相手はきちがい兄貴の態度や、きちがい兄貴が実際に鳴らしている音のでかさがわからない。とくに、きちがい兄貴の態度がわからない。相手は、「お兄さんに言えばいい」と思っているわけだから。「そんなんじゃないんだ」と言っても通じないんだよね。これ、ほんとう、いやになる。きちがい兄貴よ、兄貴は、毎日毎日、親父の態度で否定して、親父の態度で全部やりきって、親父の認知でやったことをまったく認めてない。だから、「学校」と「家の事情」の間にはさまれて、こっちが、迷惑を被る。俺が悪者にされる。毎日毎日、兄貴のほうの事件で言えば、ハンダゴテ事件みたいなことを、経験させられた。ハンダゴテ事件は、兄貴にとっての事件だけどな。兄貴が親父の態度を説明しても、まわりの人が理解してくれないことから起こる事件だけどな。「説明すれば、お父さんだってわかってくれるだろ。そんなことを言う人はいない。おまえの説明が悪かったんだろ」と判断される。けど、それは、ちがう。きちがい兄貴よ、きちがい兄貴は、毎日毎日、親父の態度でヘビメタを鳴らして、親父の認知でヘビメタを鳴らして、毎日毎日、兄貴にとってハンダゴテ事件みたいなことを、弟に経験させている。毎日毎日。

   *   *   *

きちがい兄貴よ! 毎日、家で勉強することを禁じられて、いいわけがないだろ。毎日、家で勉強することがまったくできない状態で中学高校時代をすごしていいわけがないだろ。人間として、現代人として、そんな過去があっていいわけがないだろ。毎日毎日、すべての勉強時間を、気違いヘビメタ騒音で汚染しやがって。しかも、本人はまったくやったつもりがないわけだからな。「騒音で勉強ができない」って、一部の人には「いいわけ」に聞こえるけど、実際に、あの音で!ドカスカやられてみろ。むりなんだよ。あんな音じゃ。普通の騒音じゃない。普通の音楽系騒音のでかさじゃない。くるしい。死にたい。あの騒音のなかで、たえて、自分の部屋にいるということが、どういうことだかわかるのかよ? 「騒音なんていくら鳴ってたって、勉強ぐらいできる」とか言っている人は、自分がヘビメタ騒音を経験していっているわけじゃないんだよな。毎日、ほんとうに生活のなかで!経験して……おなじ時間の長さ、おなじ音を経験して言っているわけじゃない。想像だろ。想像力がない人だと、わからないんだよ。想像力が足りないから、そういうことを言っているだけだ。それから、「耳栓をすればいい」というのだって、耳栓じゃ効かないんだよ。筒抜け。耳栓とか、当時入手できなかったけど防音イヤーマフというのは、両手で耳をふさぐぐらいの効果しかない。きつくふさげば、両手のほうが耳栓よりも防音効果がある。両手できつく耳をふさいでも、耳元で絶叫されているような音でずっと、何時間も何時間も鳴っているのだから、無理なんだよな。絶叫されても、……絶叫する人がいても、一二メートル離れていれば、勉強できる。けど、耳元で絶叫する人がいたら、勉強ができない。絶叫って、絶叫するほうだって、たいへんなんだからな。何時間も絶叫できない。何時間もどころか、一〇分間、がんばって声をあげていれば、相当にデカイ声を出しにくい状態になる。一時間もおなじ大きさで絶叫し続けるなんてことは無理なんだよ。けど、きちがい兄貴は、ばかでかいスピーカーを使って「電気で鳴らしている」からそういうつかれがない。



2017年11月7日火曜日

原因と人格

ひと息ついた~~~

人間やっぱり、くらべちゃうんだよ。
あ~~。

しかし、喉がかわいている。これはおかしいと思うな。けど、医者には行かない。

ところで、風呂に入った。
いま、脱いだものを洗濯中。


俺がどこにいてもヘビメタ騒音で憂鬱なのはかわらない。
俺がなにをしていてもヘビメタ騒音で憂鬱なのはかわらない。

だから、くるしい。くるしいんだよ。他の人にはまったくわからないくるしみだけど……くるしいんだよ。くるしい。まあ、くるしいと言ってもしかたがないことは認める。けど、長期間にわたってくるしいから、くるしいということはいちおう言う。

原因がハッキリしていることだから、原因も言う。それのなにが悪いか? それのなにが悪いか? 我慢して言わないようにしても、感じてしまっている。感じてしまっている以上、おなじなんだよ。我慢して「くるしい」と言わないようにして、くるしくなくなるか? くるしいと言ってもしかたがないことなのは認めるけど、くるしくないと言っても、あるいはくるしいということを言わないにしろ、くるしいんだよ。言わないで……言わないということで、苦しみが消えたということがない! なんて言うのかな、くるしみのレベルと原因がちがう。

そうなると、言うべきなのか言わないべきなのかは、ちがってくる。ほんとうにだれの生でもないことであれば、誰かのせいにするのはおかしい。けど、ほんとうに原因となった人間がいるなら、原因となった行為をした人間が実在するなら、それは、そいつの「せいで」そうなったということが言える。

けど、不幸な話を聞きたくない人……防御力が弱いのかあるいは、強いのかわからないけど……ともかく、不幸な話を聞きたくないと思っている人は、「原因」なんて言うのは関係がないと言いがちだ。

原因は関係がある。

これ、ほんとうに、誰かの行為が原因でそうなったのと、だれの行為も関係がないのにそうなったことを、いっしょするというのはおかしい。そういうのを区別せず、場合分けをせず、「だれのせいにもしない」というのは、格好がいいけど、ちがう

もちろん、その人が、たとえほんとうに他の人に原因があることでもそのひとのせいにしないというのであれば、それは、それでいい。けど、だからといって、その人がすぐれているわけでもないし、性格がいいわけでもない。その人はそういう考え方を選択しているということにほかならない。当然、そういう考え方を選択をしない人もいる。

問題なのは、「たとえほんとうに他の人に原因があることでもそのひとのせいにしないという」というポリシーを持っている人が、そういうポリシーを持ってない人を、「人のせいにするな」とせめることである。

むしろ、「人のせいにするな」と他の人に言う人は、過剰に人のせいにしている部分がある。ほんとうは、「原因なんて関係なしに誰かのせいにするのは良くないことだ」ということを主張する人は、過剰に人のせいにしているところがある。

ほんとうは、本人がそういう性格なのに、それに気がついてないだけだ。実際、自分が不愉快になったということを、相手のせいにしている。ようするに、自分が不愉快になったのは、不幸な記事を書いたやつのせいなのである。しかし、「原因なんて関係なしに誰かのせいにするのは良くないことだ」と考えるのであれば、不愉快な気持ちが生じたということを人のせいにするべきではない。

たとえば、ある人が、自分で文系の大学に進学することを選択したしよう。そして、親がその大学の金を出した。そして、数年がすぎたあと、その大学に不満を持ったとしよう。そして、自分は文系ではなくて理系に進むべきだったと思ったとしたよう。その時、「どうして、あの時、理系の大学をすすめてくれなかったのだ?」と親に言うのは、筋違いだ。それは、たしかに、親のせいじゃないから。

また、だれのせいでもないのに、ある病気にかかった人がいるとする。この場合は、ほんとうにだれのせいでもないのだから、他の人のせいにするのは筋違いだ。

たとえば、だれのせいでもないのに親のせいにしたり、だれのせいでもないのに医者のせいにしたりするのは間違っている。けど、ほんとうに医者が悪い場合もある。その場合、医者のせいにしたっていいのではないかと思う。

「人のせいにするな」ということにこだわる人は、たとえ、ほんとうに医者のせいでそうなったにしろ、医者のせいにするなと言うのである。そして、医者のせいにしない人をほめて、医者のせいにする人をせめる。めちゃくちゃに言う。「人のせいにするな」と言う。

しかし、医者がほんとうに原因を作ったのであれば、医者のせいにするのは、当然のことなのである。しかし、この当然のことを、なにか、悪い行為のように言う。これはおかしい。どうして、実際に医者に原因がある場合と、実際に医者にい原因がない場合をいっしょするのか? 「医者のせいにするな」あるいは、「人のせいにするな」と言っている人は、医者に原因があろうが、なかろうが、「医者のせいにするのはおかしい」と言っているのであって、そう言っている人のほうが、はるかにおかしいと思う。

あとは、原因だけど、これもいろいろある。意図があるのかどうか? やめろと言ったのにやったのかどうかという問題がある。そういうことだけではなくて、ほんとうにいろいろな場合があるので、そういういろいろな場合について考えなければならない。

しかし、いろいろな場合について考えるのがむずかしい人は、ともかく、「人のせいにするのはケシカラン」ということを言う。そういうことを言うこと自体がおかしい。ケシカラン。

2017年11月6日月曜日

「まったく文句を言われなかった」

ヘビメタでつらい。
お母さん、ヘビメタでつらいよ。
お母さん!!! ヘビメタでつらいよ。
お母さん!! ヘビメタでつらい。
どうしてもつらい。いつもつらい。どこにいてもつらい。

お母さん、ヘビメタでつらい。


お母さん、助けてくれなかったな……。
こまっているだけで、助けてくれなかった。

あ~、それにしてもこの雰囲気。
この雰囲気!!

ほんとう、どれだけ。
どれだけ!! どれだけ!!!
どれだけ!!! たたったと思っているんだよ。

親父とおなじ手まったくやったつもりがないんだよ。まったく、一日に一分も鳴らさなかったという気分なんだよな。こだわりつくして、鳴らしたくせに。一分もゆずらないで、兄貴の部屋に入った人がおどろくようなデカイ音で鳴らしたくせに。親父とおなじで、ああいうやりかたで、自分の思い、を通すんだよな。矛盾なんて、ありありだよ。意識の部分の矛盾なんて、ありあり。けど、本人は、気がつかない。頑固に!!やる。自分の無意識的な要求を、絶対に曲げない。矛盾は、行為のほうにあらわれる。矛盾のしわ寄せは、行為自体にあらわれる。また、自分の行為を認識しないというような認識にあらわれる。

だから、『あの態度はないぞ』というような態度でやりきる。『あの態度はないぞ』『あの言い分はないぞ』と相手が言いたくなるような態度で、全部やりきる。それで、『まったくやってないつもり』のままだ。どれだけやったって、やっているときも含めて、ちゃんと『やっている』ということを認めない。あとは、文句を言われたら、発狂して、はねのけておしまいだ。本人が、発狂して、はねのけたあと、それをやっていれば、やり続けているということになるのだけど、一秒で!!忘れるんだよな。ほんとうに「まったく文句を言われなかった」というステータスに復帰してしまう。そのくらいに、『相手が言っていることは関係がない』のである。相手が言っていることが、とことん、わからない。相手が言っていることが、自我に「のらない」。だから、本人は、まったく文句を言われなかったつもりで、やり続けることができる。まったく、悪気もしょうじないし、自分の行為で相手にうらまれるということも理解しない。

2017年11月5日日曜日

新しい関係をつくってもムダ

いままでの延長戦だとくるしいな。まあ、なにをやっているときも、ヘビメタ騒音のことは寸分、気になる。というか、八〇%か九〇%気になるんだよな。なにをやってるときも。だから、たとえば、むかし、……。いいや。ともかく、新しい人間関係ができて、それで、飲みに行こうとか、なにかを食べに行こうということになって、そこで話しているときも、実は、ヘビメタ騒音のことで頭がいっぱいだというのがある。気持ちがいっぱいなんだよな。もちろん、不愉快な気持ち、不安な気持ち、腹立たしい気持ちでいっぱいなわけで、くるしい。だれと話していてもそうなんだよ。腹立たしい気持ちは、気違い兄貴の態度、気違い兄貴の認知、気違い兄貴の騒音自体に対する腹立たしさで、気違い兄貴の態度や気違い兄貴の認知に関しても、腹を立てている。ヘビメタ騒音自体ではなくて、気違い兄貴の態度と認知に対して腹を立ている。で、まあ、マナーとして、そういう不愉快な気持ちを出すのは良くないから、もちろん、気を遣ってそういう気持ちを出さないようにしているわけだ。だから、表面で笑って、内心(ヘビメタ騒音のことで)腹を立てているという状態になる。状況によりけりなのだけど、どれだけ、友好ムードで話しているときも、ヘビメタ騒音のことが完全にゼロになるというとはないんだよ。だから、くるしい。うまいっているときですら……たぶん、最高にうまくいっているときですら……二〇%ぐらいは、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音で生じたことが気になっている。ものすごくいい人に囲まれて、ヘビメタ騒音とは関係がない楽しい話をしているときも、二〇%ぐらいは、頭のそこで気になっている。ヘビメタ騒音というのはそういうものなんだよ……。ぼくにとって……。ほんとうに、どれだけ長い時間やられたか。どれだけ、ヘビメタ騒音自体ではなくてヘビメタ騒音自体から生じた問題にやられたか。ほんとうに、複利式で増えていく。気違いヘビメタ騒音が、毎日七時間、積み重なっていたにしろ、そこからしょうじるトラブルというのは、どんどん累積して、どんどん累積が累積を産むような状態になる。これがわからないんだよ。他の人には。だから、どれだけいい人と、どれだけ楽しいことを話しているときも、ヘビメタ騒音のことが二〇%ぐらいは気になるということを言うと、ぼくがへんなことを言っているように思われる。だれだって、あんなに長い期間、やられたら、そういう状態になるのに、そういう人がいないから、あんまり理解されない。「そんなら、医者に行け』と思う人がいるだろう。医者に行っても、ヘビメタ騒音のことは治らない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。