2015年1月22日木曜日

誰と一緒にいても、どこに行っても、暗い気持ちのままだ。

おもしろくないんだよな。全部、きちがいヘビメタ騒音で、気分が落ちている。で、それは、何十年も毎日続いている。もう、やっぱり、俺、きちがいヘビメタ騒音がなり始めた時に、人生が終わっているな。もう、どうやっても、暗い気持ちだ。……この感じは、言い様がないな。きちがいヘビメタ騒音が、三〇〇〇日、積み重なった時の気分だよ。かりに、いま、元気を出して、外に出たとしても、こころのなかに、木枯らしが吹いている。「もう、あれやだよ」「もう、いやだ」「もう、すべて、いやだ」というキューッとした気分だ。キューっと腹が痛くなるような気分で、言い様がない。

きちがい兄貴は、わからなかったのだろうけど、つらい。で、ああいう音のでかさで、ヘビメタが鳴ってたら困るだろ、というのが、一切合切通じなかった。どれだけ言っても、通じなかった。最初から、通じないようにできている。もし、「わかってしまったら」鳴らすことができくなるようなことは、どれだけ明らかなことでも、一切合切認めない。で、認めないというつもりがない。けど、認めないという状態になっていて、認めない。だから、本当に、きちがいおやじの態度と同じなんだよな。そうやって、自分の言い分を通す。けど、自分の、勝手な言い分を通して、やっているということを、認めない。認めなくてもすむ、(精神)システムなのだ。だから、主観的には、つもりがない」。どれだけ、何万時間やっても、「つもり」が生じない。やめてくれと言われているのに自分の意地を押し通して、相手の言い分を少しも認めずにやり切ったという気持ちが、一切合切しょうがない。それこそ、「知らなかったから鳴らした」と言えるような精神状態なのだ。なら、「いえば」やめてくれとるかというと、それは、ない。血相をかえて、ない。一分だって、絶対に、自分が静かにするというのは、嫌だ。嫌だから、絶対にやってやらない。やってやらないとしても、当然だ。……というような態度なのだ。態度はいつもそうだよ。だから、「知らないまま」やり付けることができる。一日に、何十回も文句を言われても、「知らないまま」鳴らし続ける。絶対に、ゆずって静かにしてやらない。知らないから、静かにしてやれなかったのではなくて、知っているのに、静かにしてやりたくないから、……自分の意地を通して、自分が思ったとおりに、全部の時間、鳴らしたいから、鳴らす。けど、「そんなつもりじゃなかった」ということになる。けど、これは、いまになれば、「そんなつもりじゃなかった」というけど、むかしは……ならしている間一五年間は、言わなかった。一切合切、黙りこくって、頑固にやりきる。絶対に、首を縦に振らない。無視してやりきる。一五年間毎日、口を利かないでやり切る……という形でやり切っている。すこしでも「そんなつもりじゃない」ということを言ってしまったら、自分が静かにしなければな楽なるからだ。そんなのは、天地がひっくり返っても、嫌なのだ。五分だって、自分が本当に、鳴らせない形で我慢するというのは、耐えられない。一分だって、断固してやらないことなのだ。だから、一分だって、本当には我慢しないで、頑固に全部鳴らしていた……どれだけなにを言われても、鳴らしていたというのが、きちがい兄貴の真の姿だ。毎日の姿だ。

本人は、鳴らすだけ鳴らして、それに気がつかないのである。あるいは、気がつかないふりをしているので。こだわっているのは、誰か? きちがい兄貴だ。全部の時間、自分が思った通りのでかい音で、鳴らし切るということに、こだわり尽くしている。一分だって、一秒だって、本当には、絶対に譲りたくない。……で、ゆずらないという意地を毎日、一五年間にわたって、通した。けど、今になれば……一六年目以降になれば……知らんぷりだ。もともと、知らんぷりで鳴らしてたんだけどね。どれだけなにを言われても、知らんぷりで鳴らしていた。自分のヘビメタ騒音のことを言われているのに、自分のヘビメタ騒音のことを言われているという気分にならなかった。どれだけ、自分の騒音のことについて言われていても、自分の騒音について言われているという気分を認めない。それで、知らんぷりでやりきる。ぜんぜん、罪の意識なんてない。迷惑行為をしているつもりなんてない。全部、自分ができたら、それで良いのである。自分が一分でもできなくなったら、さわいでさわいでさわいで、発狂して、頑固にやりきるのである。五分でもとめられたら、発狂して、絶対の意地でやりきる。その時に、僕がきちがい兄貴を殺すことができなかったら……殺してやめせさることができなかったら……全部、その後の時間、やりきるのである。それで、やり切ったつもりが生じない。相手が、困るからやめてくれと言っているのに、それを無視して、自分の意地を通して、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間と、ずっと、執着してずっとやりきる。その間、何回、「困るからやめてくれ」「うるさいからやめてくれ」と注意されても、そりゃ、目を三角にして、聞かない。頑固に無視して鳴らし切る。で、一一時間鳴らしきったら、「なにもしたつもりがない」という心理状態が成り立つ。発生する。「つもりがない」「つもりがない」ということになる。

この「つもりがない」「つもりがない」というのは、親父がやり切ったことなんだよ。本当、「うち」では、これが当たり前だった。誰かさんが、「つもりがない」「つもりがない」と言って、頑固にやりきれば、その誰かさんは、やったつもりが生じないということが、うちでは、ノーマルだった。こんなの、まともな家で育った人には、わからないでしょ。絶対に、わからない。だから、逆に、「そんなのはおかしい」から、「あなた」が誤解しているのではないか?というような考えに取り憑かれてしまうのである。で、一回そう思った人に、それは、誤解なんだということを言っても、なかなか信じてくれない。こういうのも、嫌なんだよな。きちがいがやり切っている、ときの、意地なんて、……態度なんて、きちがいを間近で見たことがない人にはわからない。感覚してわからない。

しかも、「そんなのは変だ」「そんなのは変だからありえない」と言って、俺に腹をたてる奴がいるんだよな。その人はその人で、そう思う、心理的な理由があるのだとは思うけど。けど、きちがいが意地を通すと、そういうふうに、いろいろなところに波及する。











わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。