きちがい兄貴のヘビメタ騒音がこたえた。これ、生活上、どうしても、こたえるのだ。勉強だけに限って言っても、鳴っているあいだだけ、勉強ができなくてこまるということではなくて、鳴り終わったあとも、勉強ができなくてこまるのだ。多くのほかの人は、実際に、「そういう毎日」が続いたわけではないので、これがわかっていない。そうすると、多くの人たちが「鳴り終わったら関係がない」と思うわけ。ところが、鳴り終わったあとが、猛烈にきついのである。この猛烈にきつい「鳴り終わったあとの時間」が、わかっていないのである。多くの人はわかっていない。だから、そういうことについて、認知の差ができてしまうのである。これは、実際には、きちがい兄貴のような家族がいない人は、自分にとっては経験がないことだから、「鳴り終わったら関係がない」と普通に考えてしまう。自分の考えを訂正することは、エネルギーが必要なことだし、やりたくないことなので、普通の人は、やらない。その人の頭のなかには、「鳴り終わったら関係がない」のに「エイリが、あまえたことを言っている」という考え方が残ってしまうのである。
生活上、ものすごいハンディが発生してしまうのに、多くの人が、ものすごいハンディがあるということを、普通に否定してしまうのである。そして、多くの人は、実際に、きちがい兄貴のような家族と一緒に住んでいるわけではないので、生涯のあいだ、きちがい家族がしつこく鳴らす騒音を経験しないですむのである。