2026年2月3日火曜日

●情報量がちがいすぎる■言霊※2026/02/02 10:58

「このちり紙は、おいしいカレーになる」という文の「カレー」というのは、どういう「カレー」なのかということが、気になった人はいないだろうか?

じつは、この文の「カレー」というのは、「カレーライス」のことなのだ。

そして、皿の上に盛られたカレーライスなのだ。

「カレー」部分だけだと、ちり紙が、カレーになってしまった場合、下にあるものがカレーで、覆われてしまう。

たとえば、机の上に、「このちり紙」があるとする。机は、とりあえず、木製の机だとする。机の表面は、木でできている。

しかも、木がむき出しなのではなくて、ニスのようなものが塗られているとする。

その場合、机の表面にカレーがのってしまうということになる。

たいへんだ。

とても食べられたものではない。

机の表面が汚れてしまう。

じつは、「カレー」と言っても、人によって思い浮かべるものがちがうのだ。「カレーライス」と言っても、人によって思い浮かべるものがちがうのだ。

しかし、「カレー」という文字列は「カレー」だし、「カレーライス」という文字列は、カレーライスという文字列なのだ。これは、ものすごく重要な意味をもっている。

はっきり言ってしまうと、じつは、言霊は、言葉(文字列)に宿っているのではなくて、発話者の脳内に宿っているのだ。カレーライスという文字列は、カレーライスという文字列だ。

言霊理論が正しい場合……「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」と言ったら、言霊の力によって、おいしいカレーライスになるのである。

しかし、そのカレーライスというものは、どういうカレーライスなのかというと、発話者の脳内にあるカレーライスのイメージとおなじカレーライスになるのだ。言霊理論が正しいなら、そうなる。

そして、ここが肝要なのだけど、「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という文字列を読んだ人の場合だと、読んだ人のなかにあるカレーライスのイメージ通りのカレーライスになるのだ。

読んだ人が「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」と言った場合、今度は、読んだ人のなかにあるカレーライスのイメージが具現化されることになる。言ったことが現実化すると言っているのだから、そうなるのである。

つまり、「カレーライス」という言葉に宿っている言霊は、言っている人によってちがうカレーライスを現実化してしまうのである。

しかし、「カレーライス」と言ったら、カレーライスなのだ。

わかるかな?

言葉に宿っている言霊ということになっているけど、じつは、言霊は、言葉自体に宿っているのではないということを意味しているのである。これは、言霊理論自体が、幼稚な脳に対応しているために、起こることだと(わたしは)思う。

幼児にとって「自分」というのは、「自分」だから、「自分が考えたようなカレーライスになる」と思ってしまうのだ。自己中心性が強いのだ。

だから、文字列(ことば)自体に、言霊が宿っているということを聴いても、別に疑問を感じない。カレーライスという言葉を聴いて、思い浮かべるカレーライスが、カレーライスであると勝手に決めつけてしまうことができるからだ。

*     *     *

ここで言いたいのは、たとえば、カレーライスという言葉が持っている情報量と、カレーライスと言う言葉を聴いた側が持ってるカレーライスに関する情報量がまったくちがうということだ。

言霊理論に従えば、カレーライスという文字列が、言霊をもっているということになるのだ。 これは、間違っている。彼らは、またまた、自分で自分をだましているのである。

「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という言葉は「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という言葉でしかないのだから、「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という言葉に言霊が宿っているとなると、おかしなことになるのだ。

ようするに、受け取り側の力を無視して、「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という言葉に言霊が宿っているということになっているのだけど、実際には、受け取り側の情報量に従ったカレーライスがイメージされるので、「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という言葉に対応したカレーライスが、ひとつのカレーライスにはならずに、各々が思い浮かべたカレーライスになってしまうのだ。

その場合、言霊というのは、言葉自体に付与されているものではなくて、言った人が自分で付与するものになってしまうのだ。

ところが、そういうことを、言霊主義者は一切合切考えないのである。自分が思い浮かべたカレーライスがカレーライスなのであれば、「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」と言えば、ちり紙が(言霊の力によって)カレーライスになると思ってしまうのだ。

「このちり紙は、おいしいカレーライスになる」という文字列(言葉)に宿っている言霊はおなじなのに、各々の発話者によって、ちがうカレーライスができてしまうことに(言霊主義者は)疑問をもたない。 

もちろん、大人の言霊主義者は、「そんなことはない」と思うだろう。

ところが、これは、普段、「当たり前だと思うこと」に関しては、言霊思考をしないということで、さけられている。大人の言霊主義者は、一〇円玉が(下に)落ちるのは当たり前だと思っているのだ。

だから、一〇円玉が下に落ちるのは、言霊の力とは関係なく一〇円玉が下に落ちると思っているのだ。言霊思考をしないのだ。

*     *     *

あんまりわからないかもしれないけど、「カレーライス」という言葉の情報量と、「カレーライスが具現化する」ということを考えているときの「カレーライス」という言葉の情報量がちがいすぎるのだ。カレーライスという言葉が持っている情報量と、人のなかにある「カレーライス」という言葉がもっている情報量がちがいすぎるのだ。だから、言葉だけに注目する言霊理論は、こういうところでも、まちがっている。

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。