2014年10月29日水曜日

これはこれで、苦しい。

もう、かなりきてる。昨日も病院(皮膚科)に行けなかった。これも、ヘビメタ騒音のせいなんだよな。くるしいなぁ。本当、人生ない。どうしても、憂鬱だ。憂鬱。

起きたあと、苦しい。眠っているあいだも苦しいけどな。

普通の状態……きちがいヘビメタ騒音をやられる前の状態には戻れないけど……そういうことを度返しにして考えても、やはり、波がある。たとえば、ヘビメタ騒音にやられる前の普通の状態を一〇〇だとする。そうすると、どれだけ調子が良くても、今は、七ぐらいにしかならない。けど、〇と七では違う。いちおう、マイナスはないものとする。

ヘビメタ騒音以降、ずっと体の調子が悪いけど、それでも、波はあるんだよな。からだの波と、精神の波か。けど、苦しいことには変わりがないんだよな。苦しいけど、苦しさがちょっとずつ違う。いまは、昼間、起きているサイクルになっているのだけど、この光のなかで、俺はしおれている。なんというのかな? 光の中の闇。昼間起きているのは、昼間起きているということだけで、精神的に、苦しいわ。まだ、夜のほうが楽だというのはある。昼間はなぁ。特に、今日みたいにギラギラに晴れているとなぁ。

これはこれで、苦しい。

こりゃ、やばいぞ。どうにかしなければと思うけど、どうにもならないな。そういう気持ちを、どれだけ繰り返してきたかわからない。けど、けっきょくどうにもなってないなら、どうにもならないのだろう。毎日、やせ我慢。やせ我慢の毎日。どれも、本当に、憂鬱だ。ヘビメタ騒音以降、ずっと、「こらえて」生きている。やけどしそうな光線を浴びて、こらえて、生きている。本当に、ヘビメタ騒音の毒で、全部が、憂鬱で憂鬱でしかたがない。で、そこから、脱出を試みて、失敗している。まあ、きちがい兄貴を静かにさせることができなかったというのも、もちろん、失敗だ。あれ、殺して静かにさせればよかった。これ、殺したら殺したで、「他に方法はなかったのでしょうか?」などと、言われてしまうのだろうけど。ないよ!!!!!!!!!!!ない!!!!!!!!!

どれだけ、俺が、きちがい兄貴を静かにさせようと、頑張ったか、働きかけたか。けど、絶対に、静かにしなかった。で、朝の雰囲気は朝の雰囲気で、最悪だ。昨日、医者に行けなかったのも、時間は十分にあるのに、やはり行けないんだよな。一日、行くだけでも、そんな感じになる。これ、本当、ヘビメタ騒音の朝、そのものだな。こういう気持ちでいたんだよ。まあ、その頃は、こういう気持ちを振りきって、学校に行ってたわけだけど、……振りきって、と言っても、なんというのかな、本当は痛いけど、気にしないようにしているだけで、本当は痛い。ふらふらな気持ちで、我慢しているだけ。本当は、こたえているのに、こたえてないぞと、無視しているだけ。けど、圧迫感がある。雰囲気がもう、きゅーーっと、自殺したい気分だ。で、頑張ってた。けど、限界がある。毎日、続いた。本当に苦しかった。

どのみち、医者も他人も、わからない。わからないところで、ものをいってる。だって、本人が経験したわけじゃなからね。「時間」っていうのがあるんだよな。俺がこうなるには、……こういう気持ちになるには……一五年以上の、時間の経過がある。もちろん、一五年間、毎日ヘビメタ騒音で苦しかったといこうとは、通じるんだろうけど、それは、言葉として理解したというだけの話だ。もちろん、僕にしても、他人の経験に関しては同じことが言える。他の人が経験したことは、僕が経験したことじゃない。かりに似たようなことを経験していたとしても、それは、似たようなことだ。それ自体じゃない。それ自体を「経験」するには、経験する時間がかかる。時間は、大きい。時間という要素は、大きすぎる。

あとは、ま、あ、こういうことを書いて、俺が死んだ場合、それは、なんだったんだろうって思う。








わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。