2014年10月11日土曜日

僕の名誉に直結することだ。ゆるしがたい

さっき、思いついたことを書こうとしたら、時間を書くところで、入力できなくなって、いろいろな処理をしているうちに、書きたいことを忘れた。というよりも、流れてしまった。このIMは、なぜか知らないけど、数字を含んだ文字列を変換しようとすると、おかしくなってしまうのだ。変換しないで、入力ができない状態になってしまう。対処方法としては、別の所をマウスで、左クリックするか、あるいは、他のIMを起動すれば、どうにかなる。けど、その間に、書きたいことが流れてしまう。

まあ、きちがい兄貴の性格について、どれだけ、語ってもしかたがないという部分がある。しかし、一切合切、気にしなかったね。根本的なところから、通じない。一切合切、通じない。きちがい兄貴にしてみれば、「鳴らせて当たり前」なんである。「鳴らして当たり前」なんである。弟の入試だろうがなんだろうが、鳴らせて当たり前。すべての時間、鳴らせて当たり前、で、一分だって本当には、静かにしない。〇・一デシベルでも、静かにしてやれば、それはものすごくゆずってやったことになる。やってやらなくてもいいことを、してやったことになる。ものすごく、恩着せがましい。ぜんぜん、静かにしてないのに、静かにしたつもりになってしまう。

本当に、……本当に、家で勉強ができなくて、つらかった。これがつらいのなんのって、ない。僕の名誉に直結することだ。ゆるしがたい。きちがい兄貴さえ、うるさくしなければ、俺はもっとずっとできるといっても、実際に三六五日中三六五日、全部の時間うるさくされて、勉強することができない状態が続く。で、それが、足かせなんだ。それが、つらい。で、そういうことが、一切、通じない。自分がやる量は決まっていて、その量をやる。……なにが悪い? というような感じだ。自分がやる量というのは、自分が返ってきてから、寝るまでのあいだ、全部鳴らすということで、最初から決まっている。で、この決まってる量をずっとやる。それだけ。なにも悪いと思わない。どれだけ、試験だからやめてくれと言われても、自分は鳴らす権利があるのだから鳴らすという態度で鳴らす。鳴らすかどうかは、全部自分の裁量で決められることなのである。「ならせない」とか「ゆずらなければならない」ということは、あくまでもない。ほんの少しでも、ゆずってやったら、ありがたがれというような態度だ。本当は、ぜんぜんゆずってやる必要がないのに、ほんの少しだけゆずってやったというような態度なのだ。ほんの少しと思っているかどうかはわからない。全体で一二時間五分鳴らしている時、五分間、一デシベル下げてやれば、もう、十分下げてやったということになる。十分ゆずってやったということになる。本当は、ゆずってやる必要なんてまったくないのに、(俺は優しいから)ゆずってやったと思う……ことになる。俺は優しいから……なのか、あるいは、あまりにも弟がうるさく言ってくるから……なのかわからない。あるいは、そういうことはまったく考えないかもしれない。ただ、単純に、ゆずってやったと思うのかもしれない。……優しいからとか、がたがた言ってくるからということは関係なしに、ゆずってやったと思うのかもしれない。けど、なんというのかな、こっちが切羽詰まっている時に、どれだけ、言っても、一二時間五分、どでかい音で鳴らされるという状態が、続くわけだよ。ぜんぜん、ゆずってもらってない。静かにしてもらって、勉強するということができない。ずっと、可能な時間、鳴りっぱなしだ。可能な時間、どでかい音で鳴らしていても、きちがい兄貴は、ゆずってやったと思うことができる。本当は、一分だってゆずってない。本当は、一分だって、ヘビメタが鳴ってない時間を作らない。

本当に、どでかい音で鳴らして、本人は、ゆずったと思うことが可能なのだ。きちがい兄貴がゆずったつもりの音も、ヘビメタが好きな友だちがきたとき「こんな、大きな音で鳴らして、大丈夫なの? 家族の人、文句言わないの?」と思わず、聞いてしまうような、でかい音だ。きちがいあにきしてみれば、〇・一%でも、相対的に、ピークの音よりも静かになっていれば、静かにしてやったということになる。どでかい音で鳴らしている状態でも、本人は、相対的に、静かにしてやったのだから、静かにしてやったと思ってしまう。きちがい兄貴が、静かにしたつもりの音で鳴らしている時、どういう音で鳴っているかというと、それはそれは、くっそうるさい音で鳴らしている。いま住んでいるところで、鳴らしてみろというのだ。いま住んでいるところで、「静かにしたつもりの音」で鳴らしてみろ。二〇分で、離婚だって話になる。「うるさい。やめろ。いいかげんにしろ」っていう話になる。きちがい兄貴の、騒音の感覚がおかしい。ゆずるとか、静かにするといった場合の感覚がおかしい。どれだけうるさい音で鳴らしていても、どれだけ非常識な音で鳴らしていても、本人が、相対的に「ゆずってやった」と思えば、ゆずったことになる。きちがい兄貴の中では、ゆずってやったことになる。そういうレベルだ。

本当の意味で、静かにさせられた……時分が鳴らしたいのに、鳴らせなくなったということがないから、そういう感覚でいられる。自分は「殿様」で、ずっとそういう感覚だったね。うち」ではずっと、一五年間、……鳴らしている一五年間ずっとそういう感覚だったね。だから、一五年間鳴らしていても、本人は、たいして、鳴らしてないつもりなのである。本人は、たいして迷惑をかけてないつもりなのである。じゃ、言えば静かにしてくれるかというと、そりゃ、一分だって、絶対に絶対に絶対に、静かにしないということになる。これが、毎日の姿だ。これがきちがい兄貴の、毎日の態度だ。毎日同じように、全部の時間、どでかい音で鳴らしきる。鳴らしきれれば、なんとも思わない。だから、いまも、たいして「やった」とは思ってないのである。じゃ、普段の日、一時間、鳴らさないで静かにしてくれたのか? と問いたい。一時間どころか、三〇分だって、一〇分だって、一分だって、スイッチを切って静かにしてくれたことがない。だから、静かにしてない。どうして、そういう簡単なことがわからないんだ? おまえ、きちがい兄貴が、静かにするわけがないだろ。

で、こういう状態で、毎日、目を三角にして、頑固に、全部の時間……本当に、ヘビメタが可能な全部の時間、鳴らしてたのである。全部だよ。一分だって、ゆずってくれなかった。これが、きちがい兄貴の一五年間の姿だ。けど、きちがい兄貴は、「つもりがない」。どれだけ鳴らしてたって、どれだけきちがい的な意地で鳴らしてって、本人は、いつも「つもりがない」んだよ。じゃ、やめてくれるのかと言ったら、絶対に、絶対に絶対に、やめてくれない。どれだけなにを言っても、どれだけ喧嘩しても、絶対に、一分だってやめてくれない。

で、そういうことが、根本的に、わかってないのである。で、わかってないから、やってないということになってしまう。これも、どっかのネット荒らしとおなじ感覚だ。本人が意地になってやり切ったことは、やってないことになっているのである。頭がおかしい。

で、本人は、まともな人間つもりでいる。まったく悪いことをしているつもりがない。まったく迷惑をかけているつもりがない。こういうのも、ネット荒らしそっくりだ。ネット荒らしは確かに、「無視」すればいいのかもしれないけど、きちがいヘビメタがどでかい音で、鳴っているんだから、無視しても、しかたがない。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。