2020年7月17日金曜日

繰り返されたことは、いまの感情に影響を与える


けっきょく、ヘビメタ騒音でくるしい。他のやつは、ヘビメタ騒音がないから楽だ。人生すべてが、イージーモードだ。もちろん、ヘビメタ騒音が鳴っていた場合よりも、イージーイードだということだ。

これは、比較の問題で、相対的な問題だ。

やられてない人には、やられた状態というのがほんとうにわからない。他の人がどれだけ考えてもわからないようなところで、相当のダメージを食らう。けど、それが、他の人にはわからない。他の人は、俺がもともと「そうなんだ」と思うわけだ。

しかし、違うんだよね。たとえば、ぼくが暗いとしよう。他の人はもともと、ぼくが暗い人なんだと思うわけだ。

けど、違うんだよね。

ヘビメタ騒音で暗くなった。ヘビメタ騒音で、あかるい感情をなくした。なにをやるときも、だるくてだるくて、くるしい状態になった。憂鬱な状態になった。疲労している状態になった。そういう状態が、他の人から見ると『暗く』見えるのである。実際に、ぼくは、だるくて、しんどくて、憂鬱なので、暗い。

ほんとうに、学校に通っていて、なおかつ、午後四時から午後一一時一〇分まで、鳴っている生活というのはくるしい。どうしても、ヘビメタが成り終わったあと、勉強をするということができない。他の人は、ヘビメタ騒音が成り終わったあと、ぼくがどれだけだるいかわかってない。怒りで、疲れ果てている。

強制的に何時間も何時間も、怒り狂っている状態になってしまう。これは、強制的で『鳴っている以上』無視できない。鳴っている以上、怒ってない状態になれない。鳴っている以上普通の状態ですごすことができない。

あの態度で、鳴らされたら、そりゃ、腹が立つ。

で、ヘビメタ騒音は、ほんとうに音と音の感覚が短い。ピークの音が、単位時間あたりにいっぱいつまっている。どの瞬間も、気違い的に腹が立つ音がピークの音量で鳴っている。それがくるしい。これが、連続的で持続的な緊張をしいる。

そうすると、やはり、我慢に我慢を重ねて、つらい状態になってしまうのである。疲れ果てた状態になってしまうのである。で、これは、勉強をしなかったけど、趣味のゲームをしていたから充実していたという時間ではない。

完全に、マイナスの時間だ。

他の時間の勉強に影響を与える。気違い親父が作った家でなければ、あんな音が、1日に一〇分でも鳴っているということは、絶対にありえないことなんだよ。そういうことも、他の人はわかってない。どうしても、自分たちの基準で『騒音』というものを考える。自分たちの基準で『ステレオ騒音』『エレキギター騒音』というものを考える。けど、違う。あんなのは、おかしい。

ほんとうに、うちが、でかいでかい幼稚園の前で、他の家とも離れていたから、気違い兄貴がああいうでかい音で鳴らすことができた。で、兄貴は二階の部屋で鳴らしていたわけで、僕の部屋とは、地続きなんだよ。壁が透明なら、「そこで」スピーカーが鳴っている。手を伸ばせば、スピーカにとどく距離でなっている。

部屋の壁がでかいスピーカーのような感じで、ドカスカ鳴っている。これがからだに響く。横になると、枕らに響く。気違いヘビメタ騒音のなかで眠るということができない。だから、まず、学校から帰って、ヘビメタ騒音が鳴っている時間は、眠って、鳴り終わったあとに起きてやるということができなかった。

なにをするのもヘビメタ騒音なのである。

ヘビメタ騒音の影響を受ける。友だちが、「マラソン大会の練習をしよう」と言ってきたことがある。ダイヤほどではなかったけど、よい友だちだったので、ぼくもヘビメタ騒音がなければ、いっしょに練習していたと思う。けど、ヘビメタ騒音が鳴っているから、練習をことわることになる。ヘビメタが鳴っていて、マラソンの練習なんてできない。ほんとうに、切羽詰まった状態なんだよ。

で、その友だちは「ほんとうに、いしっょに練習をしてほしかったな」なんて言うんだよ。その友だちは、じつはその時は俺のことが好きで、ほんとうに、練習に参加してほしかったわけ。それから、その友だちの他にも、練習に参加していた友だちが数人いたのだけど、どの友だちも、みんな、いい人だった。

あのメンバーだったら、ほんとうに、ヘビメタ騒音がなければ、一緒に走って汗を流して、帰ってきたあと、気持ちいい状態で勉強をするということもできた。けど、実際には、俺は一人でヘビメタ騒音で苦しんでいた。

ぼくの人生というのは本当にそういうことが、何千回も何万回も繰り返されている。ひとつひとつは小さいことだけど、何千回も何万回も、繰り返されれば、話は違う。まとまりとしてはでかいことになる。同じ感情の繰り返しなのだから、やはり、まとまった感情としては、でかい。こういう経験が、『やる気が出ない状態』のベースになっている。あるいは、ヘビメタ騒音を経験してない人との関係のベースになっている。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。