2020年4月21日火曜日

これ、こたえが出ない


これ、こたえが出ない。ほんとうにくるしかった。他の人がわかってないだけだ。あの騒音生活が、どれだけくるしいかわかってないだけ。ほんとうに、ヘビメタ騒音の効果を過小評価するやつは、俺を過小評価する。俺という存在自体を過小評価する。
しかも、「はたらく」とかそういうことについては、共同幻想がそのご認識誤認を支持するので、たちが悪い。俺だって、自分が経験しなければ……ほんとうにそのぶん……経験しなければ、……誤認したと思う。これ、ほんとうにちがうんだよ。「聞いた話し」と「実際の話」がちがう。
ヘビメタ騒音に関する俺の話を聞けば「そういうことがあったんだな」ということは理解できるけど、実際に一日やられたときの、鳴ってない時間の感覚がまったくわからない。鳴ってない時間のつらさがわからない。なおさら、鳴っているときのつらさがわかるはずがない。気違い兄貴の態度ですら、こっちがどれだけ細かく説明しても、わからないやつらがいる。多い。そいつらにしてみれば「そんな人、いるのかな?」と思えることだ。
そういう、ぼけた感覚と、実際に向かい合ったときの感覚がちがう。あの破壊的な騒音なかで、向かい合って文句を言ったときの感覚がちがう。ほんとうに、気違い兄貴は、気違い親父のコピー。頭がおかしい。自分が悪いことをやっいるのに、悪いことをやっているつもりがない。絶対の意地で押し通すけど、「押し通した」という気持ちがない。認識がない。
けど、「やった」ということは、ほんとうはわかっているはずなんだよ。けど、自分がやったことが相手に影響をあたえているということは、ものすごく根本的なところで無視する。「やったってやってなくたって、まったくおなじ」なのである。主観的には、やり終わってしまえば、「やってない」という認識が成り立ってしまう。
たとえ、一日に一三時間鳴らしても、一三時間と一秒後には、「やってない」ことになってしまうのである。「そんなんじゃない」ということになってしまうのである。やっているあいだ、何十回、文句を言われても、文句を言われるたびに、自分がなにも悪いことをやってないのに相手が文句を言ってきたという感じしかない。
「なんだか知んないけど、不愉快なことを言われて腹が立った」という感じしかない。どれだけ言っても、自分の音で弟がこまっているということが、まったくわからない。認知しないのだから、毎日毎日、何十回、言われてもおなじなのだ。この、言われたときだけ、自分が不愉快なことを言われたという感じしかないまま腹を立てて、やりきるというのは、これまた、親父が頑固にやってきたことなのだ。
うちでは、毎日、普通に、何十年間も成り立っていることだ。
頭がおかしいから、ほんとうにわからない。わからないままなのだから、しずかにさせるとしたら、殺さなければならない。殺してやめさせなければ、絶対にやめさせることができない。そういうことを言うと、他の人は、大げさだと言うけど、ほんとうにそうなのだ。そして、これは、俺にとってでかいことだ。けど、はっきり言っておくけど、兄貴にとってみれば、ヨソの人、以上に関心がないことだ。
「そんなの知らない」とまったく関係がない人として無視できるのだ。
だから、際限がない。際限なくやられる。際限なく毎日やられることは……頑固にやっているのに、まったくやってないのとおなじだという態度で頑固にやられるのは……ほんとうにこまったことなのである。この、こまりかたが、他の人にはわからない。これまた、他人には「受けとめ方の問題だ」「言えばわかってくれるはずだ」と軽く言えるような問題なのだ。
そういうことではないんだよ。
これまた、どれだけ言ってもわからないだろうけど。これは、ルールが成り立っていない状態なんだぞ。普通だったら絶対にわかることがわかってない状態なんだぞ。こんな異常な状態で、気違い的にデカイヘビメタ騒音を押しつけられたらこまるに決まっているだろ。
生活全般に、大きな大きな影響をあたえるに決まっているだろ。制限付き、じゃないんだよ。そういう状態が毎日毎日成り立っていたら、人生に大きな大きな影響をあたえるに決まっているだろ。
けど、「過去なんて関係がない」と言っている人は、そういう大きな大きな影響を無視する。あたかも、なかったよとのように処理する。「そんなのは、こだわらなければいい」「そんなのは、影響をあたえない」と言いやがる。ほんとうに頭にくる。で、そういう他者との関係……は……気違い兄貴が気違い的なヘビメタ騒音を、鳴らすことにこだわらなければ、発生しなかったことなんだぞ。
「そんのは、こだわらなければいい」というのは気違い兄貴にむけられるべき言葉だ。
こだわらずに、「やめてくれ」と言われたら、やめてやればいいことなんだよ。けど、当時の気違い兄貴は、これがむりなことなのだ。一日に、一秒だってむりなことなのだ。
で、実際に、自分の意地を通して、一秒もゆずらないで鳴らしている。自分が満足できる音で鳴らしている。……どれだけなにを言われても、まったく気にしないで、怒ってヘビメタを鳴らし続ける。
気違い兄貴が、がまんして、自分が満足できな小さな音で一日中鳴らしていたなんてことはないんだよ。気違い兄貴がヘビメタを鳴らすときは、かならず、よその家ではあり得ないようなデカイ音なんだよ。影響を受けるに決まっているだろ。鳴ってない時間も、くるしい状態が続くに決まっているだろ。
どうして、鳴ってない時間のきつさがわからないのか? そんな一日で、いいわけがないだろ。鳴り終わったら、鳴り終わった途端に、一三時間鳴らされたことの影響が俺のからだから、立ち去るわけがなだろ。こういうのが、わかっない。やられてないやつはわかってない。一日もやられてないやつは、わかってない。一日もやられてないやつは、俺がどれだけ説明してもこういうことが、わからないままなんだよ。こいつらの視点からすれば、俺がこだわらなくていいことにこだわって、ぐちぐち文句を言っているということになる。俺は、ヘビメタ騒音にやられて、むちゃくちゃにくるしい状態で動いているのに、こいつらは俺のことを「さぼっている」と認識するようになる。こいつらは俺のことを「元気がないだめなやつだ」と認識するようになる。それだって、気違いヘビメタ騒音が発生しなかったら、発生してないことなんだぞ。俺がこの世で生活する上でヘビメタ騒音がどれだけたたっているか、おまえらにわかるか? わかるわけがない。そして、一日もヘビメタ騒音を経験しなかったやつらであり、俺をバカにしているやつからが……「俺だってくるしことがあったけどがんばって生きているんだ」なんてことを言い出す。それは、ちがうだろ。そいつらが通勤して働いているのなら、それは、通勤して働くと言うことが可能なレベルのつらいことであるわけだ。ぜんぜんちがう。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。