2020年4月12日日曜日

「うけとめかたのもんだいだ」という言葉では相対化できない部分がある


まあ、起きたあとのんびりして、他人のブログを読みまくる。
最近思うのだが、やはり、他人のブログを読む時間が長すぎる。
おきてから他人のブログを読み終わるまでで、そうとうに目を使っている。これは、やばい。ぼくはもう、残された目の力を、温存しなければならないような状態になっている。わかいときとはちがうのだ。
永遠に続くいのち……ではないけど、普段生きているときは、すぐに死ぬとは思ってない。思ってない。

死にたいというのは、苦しみたくないということだ。ほんとうに死にたいわけじゃないのである。「つらい状態」から離脱したいということなのである。じゃあ、「つらい状態」というのはなにかというと、これは、人によってちがう。本人が「つらい」と思ったら、他の人から見て「つらそうじゃない」状態でも、「つらい」状態なのだ。だから、本人が決めることだ。

これを、「おもいようだ」と言うつもりはない。「うけとめかたのもんだいだ」と言うつもりがない。どうしてなら、「おもいようのもんだい」でもないし「うけとめかたのもんだいでもない」からだ。

人間にはいままで生きてきた文脈がある。その文脈から離れて「うけとめかた」を考えてみてもしかたがない。「うけとめかたのもんだい」「おもいようのもんだい」という言い方は、すべてを相対化してしまう。だから、一見、「できそうにみえる」けど、「みえるだけ」。もし、受けとめ方の問題だという言い方で納得ができて、別の受けとめ方をすることができる人間であれば、「つらい」と思ってないのだ。

「うけとめかたのもんだいだ」と思ってどうにかなるような「ちいさな」問題は、じつは、(本人にとって)死にたくなるような問題ではない。受けとめ方を変えようと意識的に思ってもどうしても、本人が「つらい」と思ってしまう、あるいは、感じてしまう問題がある。その問題に関しては、じつは「うけとめかたのもんだいだ」というような相対的な文言は意味をなさない。

「うけとめかたのもんだいだ」と言い切ってしまう人は、その人にとって感じる問題が、すべて、「ちいさなもんだい」である場合しか経験してない。ようするに、「うけとめかたのもんだいだ」「だからきにするひつようがない」「だから、つらいとおもうひつようがない」と思って、相対化できるような問題しか経験したことがない人なのだ。そういう人は、いると思う。

しかし、そういう「ちいさなもんだい」しか経験してない人ばかりではない。その場合、「ちいさなもんだい」しか経験してない人には、「おおきなもんだい」が目に入らないし、そういう大きな問題を抱えている他者というのも目に入らない。そもそも、存在ない。

どうしてなら、「おおきなもんだいだ」と感じるのは、個人の受けとめ方の問題だからだ。「ちいさなもんだい」「おおきなもんだい」と言ってきたけど、それは、「個人」によって「相対化される」。べつに、客観的な世界に物理的なものとして「もんだい」が存在しているわけではない。だから、いちおう、説明するために利用した「ちいさなもんだい」という言い方「おおきなもんだぃ」という言い方も、ここでは、相対化される。

しかし、だ……。しかし、文脈はあるというのが俺の考え方だ。「うけとめかたのもんだいだ」という言葉では相対化できない部分がある。それは、物理存在ではないけど、その人が実際に生きてきたことによってしょうじる、積み重ねの認知システムとして存在している。その人のなかに……。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。