2020年4月2日木曜日

「無職は悪」というのは、内在化された基準なので、やっかいなのだ


あー、ヘビメタでぼろぼろで、いいことなんてなかったな。
どれだけ、ぼろぼろになるか。
「鳴ってる」だけで、どれだけこころが、くずれるか。
「鳴りつづける」と、どれだけすべてが、むちゃくちゃになるか。


ほんとうにつらかった。どれだけ言っても、エイリが「言っているだけ」になってしまうんだよな。俺以外の人間は、経験してないから。ほんとうに、やり切れな気持ちを抱えて、騒音に耐えている時間が、くるしすぎる。むだとか不効率とかということではなくて、くるしすぎる。

勉強ということを考えた場合、むだとか不効率ということが問題になる。それ以前の問題で、ヘビメタ騒音にさらされていると、めちゃくちゃだった。「そんなによゆうがない」。効率とか不効率とか言っているよゆうがない。ひたすら、くるしい。

この部屋のどこにいてもくるしかった。気違い兄貴側の壁から、はなれれば、音がちょっとはしずかになるということはなかった。おかあさんの部屋までいけばちがう。おかあさんの部屋では眠ることができたけど、この部屋では眠ることができなかった。だから、鳴っている時間眠って、……学校から帰ってきたら午後四時ぐらいから眠って、午前二時ぐらいに起きて、勉強するということができなかった。

みんながちょっと考えただけで思いつくような「対策」は全部、こころみた。けど、まったくだめだった。実際にやったらまったくうまくいかなかった。「なってたら」だめなんだ。それが、実際にやられてない人にはわからない。俺だって、わかってなかった。けど、毎日続くから、否応なく、いま持っているような認識ができあがった。

何日も何日も、毎日やられてないと、実際に、どういう状態になるかわからない。ちょっと考えれば思いつくような「対策」がどれだけ無意味か、わからない。そういう場合、ちょっと考えて「対策」をアドバイスしてくれた人は、気分が悪くなる。

俺が「その対策はだめだ」と言うからだ。「やってみなければわからないだろ」。「やってだめだったんだよ」。……そういうところでも、対人関係上の問題になるんだよな。よいコミニュケーションが成り立ちにくくなる。


俺の感情はめちゃくちゃ。そして、そういうことがあった日だって、気違い蛇目だ鳴っていた。「やめろやめろ」と怒鳴り込んだあと、ずっと鳴っているときの気持ちといったらない。これも、他の人にはわからない。佐藤のような人間は、「鳴っていると言ったって、たいしたことはないんだろ」と思って、そういう前提で、いろいろなことを言う。その場合、俺をこころから、バカにしているということになる。軽く見積もるということになる。そうならざるを得ないのである。

これ、本人はそのつもりがないんだろうけど、ほんとうは、軽く見積もって、バカにしている。気がつかないだけ。共同幻想はほんとうは、偏見なのだけど、共同幻想内ではもちろん、偏見ではないということになる。中立的な見方だということになる。働いてない人間に対する蔑視の傾向は、ぬぐいがたく、ある。もう、あまりにも深いところにありすぎて、それをそれとして認識することができない。

就職に失敗して、死んでしまう人がいる。「就職ぐらいで死ぬことはないの」と思う人は多いだろう。就職できなかったからといって、殺されるわけではないのだから、自殺する必要はないという考え方だ。就職に失敗して自殺してしまう人のこころのなかには、無職蔑視のこころがあるのである。

だから、自分が無職になるわけにいかないのである。自分が……自分自身が「軽蔑している存在になる」ということがゆるせない。「無職は悪」というのは、内在化された基準なので、やっかいなのだ。

もちろん、表面的にはいろいろとある。「無職蔑視」だけが、原因ではない。しかし、「無職は悪」と思い込んでいる人は、自分が無職になったときに、自殺しやすい。「しかし、定年退職者なんて、自分が無職になったって死んだりしないだろ」と思う人がいるかもしれない。定年退職者は、無職であって無職ではないのだ。

この国ではそうだ。四五年ぐらい働き続けた人は、四六年目に無職になっても、無職性の低い無職になっただけだから、自分のことを無職だとは思わない。「ぜんぜんちがう」のである。「職歴がない三〇歳とは、ちがう」という自意識がある。

そして、共同幻想が、それを支持している。

だから、そういう考え方を持っていたとしても、だれからもせめられない。俺からは、「おなじだ」とせめられるけど、他の人からはせめられない。共同体のなかにいる共同幻想にどっぷりつかった人からはせめられない。その人たちの感覚では「もう、働いたのだからいい」ということになる。けど、それは、ちがうのだ。

よくない。無職かどうかはその時の状態のについて言及しているわけだから、まさしく、過去は関係がないのである。「過去においてじゅうぶん長い期間、働いた人は無職であったとしても無職ではない」と考えるのは、ほんとうはおかしいことだ。共同体のなかにいて、共同幻想にどっぷり使っている人にわからない。

むしろ、僕の感覚のほうがおかしく思えるだろう。現在の状態について言及しているわけだから、「過去において、どれだけ働いたかは関係がない」という考え方は少数派だ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。