2020年4月8日水曜日

「やめろ」と言われたときの反応がおかしい。これも、他の人には絶対にわからないところなんだよな


ヘビメタ騒音でうまくいかない。
あのときの、感覚が、ある。ある。
他の人には、わからない。

どれだけの繰り返しがあったか……。たとえば、気違いヘビメタ騒音を経験したことがない他人は「ヘビメタ騒音でうまくいかない」という言葉を聞けば、「へびめたそうおんのせいにしている」と思うわけだ。これが、おかしい。これ自体がおかしい。あれがわかってない。あの、雰囲気、あの感覚。あの時間の、持続。実際の持続。毎日、どれだけ続いたと思っているんだよ。どれだけ、毎日長い時間、続いたと思っているんだよ。気違い兄貴は、気違いだから絶対にいうことを聞かない。気違い兄貴は、気違い親父とおなじだから、夢中になってやったことは、全部やってないことになっている。あの長い時間、あのこだわり具合で鳴らし続けたのに……しつこくしつこく鳴らし続けたのに、自分が夢中になってやったことは、やってないことになっているんだからな。「やった」と言われると「やってないやってない」と親父のように「夢中になって」反対して、それでおしまいだ。そのやり方で、やり始める。そのやり方で、やり続ける。で、やり終わったら、「やってないやってない」と夢中になって反対する。やり口がおなじなんだよな。「やめろ」と言われたら、真っ赤な顔をして、夢中になってやる。気違い的な意地で、やる。こだわりの音でやる。自分がこだわっている音でやることに命がかかっているから、こっちが「やめてくれ」「やめろ」とどれだけ近距離で絶叫しても、無視してやり続ける。なにも言われなかったのとおなじ状態でやり続ける。やり続けることができれば、それで、本人のなかでは、すんでいるわけで、「なにもいわれなかった」ということになっている。その場で、即座に殺さなければ、やめさせることができない。真っ赤な顔をして無視して、頑固に鳴らし続ける。こだわりの音で鳴らし続ける。・・・あれで!! あれで!!! やってないつもりなのかよ??
これ、ほんとうに不思議なんだけど、やってないつもりなんだよ。行動と態度を見ると、そうだ。

実際に長い間毎日毎日、そういうことが続くと、不可避的に、こまる。不可避的につかれる。これが、実際にやられてない他人には、心底わからない。「どうにだってなる」と思ってしまう。この溝が……認知の溝が、実際の人間関係の溝になる。深い深い溝になる。

けど、「どうにだってなる」と思っている他者は、それもわからない。俺がただ単に落ちぶれていくだけに見える。俺が「いいわけをしている」ように見える。絶対のちからで、だめになっていくのに、それがわからない。自分がこの世で一番嫌いな音が、家族によってずっと鳴らされている毎日を経験した人じゃないとわからない。その家族というのが、他の人には理解できない、かわった家族で、その家族のなかでは「やったってやってない」がつねに成り立っている。つねにやったってやってない」が成り立っているのだから、終わったときには「やってない」つもりになれるのだ。しかし、やっているときに「やめろ」と言われたときの反応がおかしい。これも、他の人には絶対にわからないところなんだよな。実際に目の前でやられたことがない人にはわからない。そういう家族がいる人以外にはわからない。

気違いヘビメタの程度としつこさと、気違い兄貴態度全体がわかってない人には、俺が「どうでもいいことで」だめになってようにしか見えない。「こだわらなくていいことに」こだわっているようにしか見えない。「そうでなくても、そうなったのに」「それのせいにしている」としか思えない。どうしてなら、ヘビメタ騒音は、それほど重大な理由にならないからだ。ヘビメタ騒音なんてものがそんなに影響をあたえるはずがないからだ。この認知のちがいは、大きい。やられればわかるけど、俺の認知のほうが正しい。ほんとうは、「だれだってそうなる」のに、やられたことがないひとには、わからない。俺だけがやられたから、……俺だけが、世界でただひとり……実際にやられたので……やられた場合のからだの状態を知っている。時間というのはつながっているから……つながっているように思えるものだから……やはり、やられたことの影響を受ける。これも、勝手に否定する常識的な人ばかりだ。「どれだけやられたって影響を受けないことは可能」なのである。けど、ほんとうは、その人にとってもそうではないのだけど、その人には、幼児的な万能感が成り立っているから認めない。あるいは、経験がまったくないから、認めない。想像して……そう思うだけだから、わからない。実際に経験したことではなくて、言葉を聞いてその人が「想像したこと」をもとにして考えているから、わからない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。