2014年12月28日日曜日

実際には、水銀を海に流した企業の責任者のような親がいる

これ、二回目だから、簡単に説明しておく。家族がらみの問題だと、すぐに、愛情と憎悪、依存と自立という項目を並べて問題を説明しようとする人たちがいる。けど、純粋に、愛情ではなくて、憎悪の問題もある。憎悪にはかならず愛情が伴っているという文脈で、「他の人の問題」を解釈しようとする人たちがいるけど、違う。「他の人の問題」と言ったけど「他の人の、家族の問題」だ。自分の家族について考える場合は、いいのである。どうとでも解釈してくれ。それで、自分の気持が楽になるなら、どうとでも解釈してくれ。しかし、ほかの人のことは、解釈しなくていいよ。愛情が伴わない憎悪だってあるのだから。

たとえば、ある企業が、有機水銀を海に流したとするだろ。それで、有機水銀を取り込んだ魚を食べた人がいるとするだろ。その魚を食べた人が、神経をやられて、寝たきりの生活になったとするだろ。その場合、魚を食べて寝たきりの生活になった人が、企業に対して、愛情を感じるかということなのだ。愛情なんて感じないだろ。憎しみだけだろ。「どうしてくれるんだ」という気持ちだけだろ。けど、それが、親と子、ということになると、すぐに、愛情という話が出てくる。

「どうしてくれるんだ」とこだわっているのは、依存心からじゃないだろ。「人は、思い通りに動かない。だから、人にはなにも期待しない」などと涼しい顔をしていられるだろうか? そりゃ、障害が残らないならいい。けど、障害が残ったらどうだ? その障害のせいで働けない。その障害のせいで、恋愛ができない。その障害のせいで結婚ができない。その障害のせいで、人並みの暮らしができない。ただ、苦しんで、寝そべっているだけ。なにも悪いことをしてないのに、自分だけそういう状態になったら、恨むだろ。

有機水銀で、動けなくなる人は、実際にいた。だから、その人一生はどうなってしまうんだというような疑問は、あった。僕はずっと、その人の一生はどうなってしまうんだろうと考えていた。で、その障害だって、有機水銀でその障害が生じたという確かな証拠がないと、証明できないんだぞ。原因不明の病気ということになってしまう。まあ、有機水銀で確かにそういう障害が生じるということが、確かめられたから、その問題はいいとしよう。けど、そういう、余地があるということは、覚えておけと言いたくなる。関連性を証明できなければ、言いがかりだと言われる余地がある。あるいは、はっきりしない病気であるなら、「気のせい」とか「自己責任」といわれる余地があるということを、覚えておけ。

有機水銀と障害との関連性が確かめられたから、寝そべっていたって、「だれだって、働くのは苦しい。けど、みんな、我慢して働いている。寝そべっているのは甘え。寝そべっているのは、怠け者だから。しゃきっとしろ」などと言われることは、ない。たぶんないだろう。けど、人によっては、……有機水銀と障害の関連性を認めていない人にとっては、寝そべっている人は、「甘えて、自分の人生を生きようとしていない人」なのである。これ、有機水銀を摂取したことによって生じる様々な障害については、「病気」だと認定されたからいいけど、「原因不明」のままだったら、どうだ? 「病気じゃないのに、そんなのはおかしい。シャキッとすれば、シャキッとできる。シャキッとできないのは甘え」と言われる可能性が出てくる。

まるまるXXXX病って、いまは、病気として認定されている病気があるんだけど、その病気は普通の健康診断では、チェックできない病気だ。けど、その病気にかかった人は、だるくてだるくしてしかたがないというような症状や、少し動くと疲れてしまうというような症状が出る。こういうばあいだって、「怠けている」「甘えだ」と言われる可能性が出てくる。「労働することの意味がわかってない」などと説教される余地が出てくる。病気として認定されていなければ、そういうふうに言われる可能性のほうが高い。可能性が高いというよりも、病気として認定されていなければ、……その病気だということが、わからなければ、完全に、そう言われる。けど、そう言われても、「だるい状態」「疲れやすい状態」は変わらない。そうすると、「生きがたい」という悩みが生じる。

まあ、「生きがたい」という悩みの話はいいよ。けど、俺が言いたいのは、「愛情とからめるな」という話だ。有機水銀の話に戻せば、やられた人は、企業の責任者に対しては、憎しみしかない。愛情なんてない。働けなくなったから、生活費を出せ」と言っても、「依存」の問題じゃない。俺は、企業は、ちゃんと賠償するべきだと思うよ。それから、かりに、生活費を出したとしても、その人の一生は返ってこないんだよ。だから、生活費を出せば、それで、いいという問題じゃない。それで、責任をとったという問題じゃない。……けど、その人一生というのは、返せない。もとに戻すことができない。だから、それに関しては、慰謝料を払うべきだと思うよ。もっとも、慰謝料をもらっても、「やられた人」がそれで、ゆるせるかどうかはべつの問題だ。はっきり言えば、慰謝料をもらったあとも恨んでいいと思う。けど、これが、「慰謝料をもらったのだから、恨むべきではない」というような、アホなことを言う奴がいる。

まあ、それに関しては、またべつの問題だからな。いいや、同じ問題か? けど、なんというのかな、水銀を海に流した企業の責任者が「親」、その結果障害を背負ってしまった人が「子」というようなことになると、たちまち、「愛情」という問題にすり替えようとする奴が出てくる。こいつらは、「憎しみ」「憎悪」があれば、その裏にはかならず、愛情があると言い張る。「親」と「子」という単語が出てくると、「憎悪」だけではなくて、「憎悪と愛情」の問題にしてしまう。

けど、実際には、そういうのがいる。だから、そういう場合は、「憎悪」を感じて当たり前なのである。「愛情」を感じなくて、当たり前なのである。ここのところがわからないやつがいる。そういう人は、たぶん、そういうふうに考えて納得したいことが、あるのだろうと思う。で、そういうふうに考えて納得したいのは、別に問題はない。自分のことであればな……。自分自身にだけ適応される考え方ならな……。けど、こういう人は、一般化して、例外なく「そうなのだ」と言いたがる。例外を認めない。「水銀を海に流した企業の責任者のような親」がいるということを認めない。全部、自分が理解したい、あるいは、納得したい文脈に合わせて、解釈しようとする。で、何回も言うけど、その解釈は、自分に対して行うならいいけど、他の人に対して行うなということだ。そうではないばあいがあるからだ。
























わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。