2014年12月27日土曜日

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を静かにさせることができないなら、僕の人生は、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、まったく良いことにならないことは、決まってたんだ。小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合、僕の人生はない、ということが決まっていた。そして、小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に、静かにさせることができなかった。だから、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、自分の人生がなかった。自分の人生をつかむことができなかった。

ぼくの方は、きちがいヘビメタ騒音対抗で、二四時間中、二四時間、爆発的な怒りと、疲労と不安を抱えて、苦しかったのに、きちがい兄貴の方は、まるで、一日に一分しか鳴らしていないような気分だったのだろう。そのくらいに、気にしてない。どれだけなにを言っても、気にするということができない。いま住んでいるうちでなら、言われれば、普通に気にして、やめたはずだ。それで、文句はないはずだ。けど、「うち」では、絶対に、一分だって、「やめてやる気持ち」になれなかったのである。だから、入学試験本番一週間前だろうが、一週間、ずっと、普段通りに鳴らし続けた。絶対にゆずってない。……このゆずった」というのが、クセモノなんだよな。きちがいだから。本当に、一分でも、〇・一デシベルでもゆずってやったら、「ゆずってやったゆずってやった」「なんだ!なんだ!!がたがた言ってくると、もっと鳴らすぞ」「なんだこんにゃろう、人がせっかく鳴らしているのに、がたがた言ってきやがって」という気持ちになる。だから、入学試験前日に、一二時間鳴らせるなら、十二時間普通に鳴らしていた。それが、きちがい兄貴の本当の姿だ。きちがい兄貴が、嘘をついているのは、そういう態度鳴らしたということが、自分にとって不都合なことになったから。で、これは、現在の状態なんだけど、鳴らしている時からそういう態度はあった。そういう態度で、がめつく、一分も、本当には静かにすることなく、自分の意地を通して、鳴らしたのである。で、後のことは、まったく感知しないのである。知ったことじゃないのである。だから、鳴らしたんだけど、それにまつわる責任みたいなものは、一切合切ない。どれだけなにを言われても、鳴らすんだけど、それは、他の人がやっていることなのである。あたかも!他の人が鳴らしていることで、自分には関係がないという、態度なのである。そういう態度を、全部の時間鳴らしながら、とる。そういう態度、そういう感覚なのである。だから、「自分」に言われても、「自分」のことじゃないのである。あるいは、自分がやったことじゃないという感覚が成り立っているのである。血相を変えて、どれだけ言われても、首を縦に振らず、すべての時間、自分が思った通りのでかい音で鳴らしていたのに、「そんなのは、知らないこと」なのである。そういう態度だ。頭がおかしい。きちがいおやじの十倍ぐらい、頭がおかしい。……けど、そういう奴が……そういう兄貴が……他の人の前では、普通の人間なのである。「うち」でだけやりやがった。十五年間毎日、うちでだけ、頑固に頑固にやりやがった。十五年間やり切ることができれば、……実際にできたら……それは、自分がやったことじゃないのである。だから、知らんぷりだ。で、本当に、そういう態度で鳴らしてたよ。鳴らしながら、自分がやっているような態度じゃないのである。どれだけ言われても、ほかのやつが鳴らしてるんだから俺に言ってくるなというような態度全般なのである。……言い表すならば……。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。