2020年5月8日金曜日

なにかをそろえて、時間通りにどこかに行こうとすると、気違いヘビメタのことが思い浮かぶ


外に出るために着替えているとき、「ヘビメタが鳴っていた!!!」「ヘビメタが鳴っていた!!!」「ヘビメタが鳴っていた!!!」とさけびたくなる。さけんだ。何回もさけんだ。俺がどれだけデカイ声でさけんでも、気違い兄貴が鳴らしていたら、その声がかき消されてしまうほど、デカイ音で、鳴らしていた。気違い兄貴がヘビメタを、ものこずく、でかい音で鳴らしていた。「気違い兄貴が、ものすごく!!!でかい音でヘビメタを鳴らしてた」「気違い兄貴が、ものすごく!!!でかい音でヘビメタを鳴らしてた」「気違い兄貴が、ものすごく!!!でかい音でヘビメタを鳴らしてた」と絶叫したくなる。どれだけデカイ声で絶叫したって、気違いヘビメタの数分のイチの音だ。数十分のイチの音だ。人間が感覚する音と、物理的な音のデカさはちがう。で、数分のイチ、数十分のイチというのは、人間の感覚で考えた場合の数分のイチ、数十分のイチの音という意味だ。

も、のすごい、音でヘビメタが鳴ってた。いいわけがないだろ。こんなの毎日、続いていいわけがないだろ。ほんとうに、佐藤みたいなやつが、ヘビメタ騒音のことを過小評価する。「いっくら鳴らしてたと言ってもそんなでかい音で鳴らしているわけがない」と思うわけだ。俺の部屋を中心にして考えるとそうだ。幼稚園の園舎の中でどのくらいの音で兄貴のヘビメタが聞こえるのかわからない。距離は重要だよ。音のデカさは距離の自乗に反比例するからね。本当にわかってない。「親がなにも言わないのはおかしい」……本当にわかってない。そういう、人生経験が少ない、頭が悪いやつから、常に誤解を受けるんだよな。
そういうふうになっている。気違い親父がへんな理由で起こった場合、そのへんな理由が、他の人にはわからないというのとおなじだ。他の人というのは、やられた人の話を聞く他の人という意味だ。

赤の他人、家族ではない人、いっしょの家に住んでいるわけではない人のことだ。そういう人たちは、やられた方の話を聞いても、ちゃんと、ほんとうのことを理解することができない。自分の「人間」のなかに親父みたいな人間が含まれないからだ。自分のなかにある「人間」という概念のなかに、「うちの親父」のような人間が含まれないからだ。きっと、なにかちゃんとした理由があるのだろうと勘ぐってしまう。ゲスノカングリで、まちがっているのだけど。そういうふうに思ってしまう。子供にはわからないけど、親はちゃんとした理由で怒っているわけで、頭がおかしい理由で怒ることなんてない……と考えている。人生経験が少ないから、例外がわからない。そりゃ、人生の中でそういう頭がおかしい親にたたられたことがなければ、わからないだろ。

ともかく、なにかをそろえて、時間通りにどこかに行こうとすると、気違いヘビメタのことが思い浮かぶ。学校に行くとき、気違いヘビメタが鳴っていたからだ。休みの日、どこかに行くとき、気違いヘビメタが鳴っていたから。持って行くものをチェックするとき……ヘビメタが鳴っていたからだ。チェックするときと書いたけど、チェックしたいときという意味だ。気違いヘビメタが鳴っていると、発狂的な気持ちになって、うまくチェックすることができない。このチェックしなければならないのに、騒音でチェックすることができないというこまった状態が、人生の中で、長時間続いた。何回も何回もそういうことを経験した。十数年間にわたってそういう状態だと、何万回もそういうことを経験することになる。そうなると、一五年目にヘビメタ騒音が鳴ってなくても、ものをそろえなければならないときは、へんな緊張が走るのである。ものすごく切羽詰まった気分になるのである。うまくいかない気分になるのである。

今日は、ゴールデンウィークがあけた平日だけど、ゴールデンウィークは、この時間……午後二時ぐらいも、ずっとヘビメタが鳴っていた。毎年毎年、そうだ。いいわけがないだろ。心の平静が保てるわけがないだろ。気違いヘビメタ騒音に毎日毎日たたられることがなく、普通に暮らしてきたやつが「どんな場合でも、心の平静を保つことは可能だ」というようなことを言う。おまえらのほうが世間知らずだ。気違い知らずだ。どれだけ、気違い家族がたたるかわかってない。わかってないだけの話だ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。