2020年8月22日土曜日

四〇年前のことが、二、三日前のことのように感じる。

五分で三〇年ぐらいたったような感じだな。

ここにいると、三〇年前のことが、ついこないだのことのようだ。

四〇年前のことが、二、三日前のことのように感じる。

 

もう、まるまるまるだな。 



それにしても、疲れた。疲れが頂点。『ヘビメタの朝』がつらかった。それも同じだな。けっきょく、ずっとやられたままだ。……やられたままの世界をいきている。他の人たちは、やられてないから、まったく理解してない。実際の体験がないから、体験がないところで、適当なことを言う。ちがうんだって……。ちがうの……。ちがう。

 

そりゃ、だれだって、疲労は経験したことがある。疲労感』もわかっているつもりだ。けど、ちがうんだよ。ヘビメタ騒音がはじまってからの疲労は、それまでの疲労とは違うの……。質的にまったくちがうの……。だから、他の人が理解できない疲労感が抜けない。他の人が人生のなかで経験したことがない疲労感が抜けないまま、次の『ヘビメタ騒音』がつもっていく。

 

気違い兄貴のやり方にしたって、他の人は、わからない。そりゃ、気違い親父が作った家で、気違い親父にやられないとわからない。理屈としてもわからない。気違い兄貴のヘビメタのやり方が、気違い親父の『すべてのことに関するやり方』と同じなんだよ。けど、それだって、じゃあ、気違い親父のやり方とはなにかということを説明しなければならなくなる。で、説明しても、わからない。疑問を持ったままだ。「そんなひといるのかな」「そんなことってあるのかな」と疑問を持ったままだ。俺の言うことを信じない。

それなら……俺が言うことを信じられないのであれば、すべてが、わからない。俺が言っていることのすべてがわからない。

あとは、書いていて思ったことだけど、「たまたま論』は成り立たない。この「たまたま論』というのは、認知療法家が持っている理論だ。いまの、話に関係したことで言えば、『お父さんは、たまたまそうした』という解釈をする。『たまたま、そうしただけなのだから、理由を考えるのはムダだ』とか『たまたま、そうなったのだから、いつもそうなると考える必要はない』とかいうような理論も付け加わる。プールで「たまたま」背中を押されて、プールに落ちた。それ以降、水がこわくなった……。けど、「たまたま」そういう事が起こったということを理解すれば、水は特にこわいものではなくなるという理論だ。

 

たとえば、背中を押したのが父親だったとしよう。そうなると、父親が、たまたまやったことだから、いつもそうなると考えるのは不適切だ……と考えるのだ。たまたま、一回発生したことが、何回もずっと発生すると考えるのは、おろかなことなのだ……と認知療法家や認知療法家は考える。『たまたま論』にしたがえばそういうことになる。

 

けど、構造としてくりかえしている場合は、ちがう。認知療法家や認知療法家のファンは、そういうのがまったくわかってないのだ。

 

これ、どこかに書いたことがあるから、ここでは書かないけど、構造としてくりかえしていることを、『たまたま論』で説明しようとするのは無理がある。けど、認知療法家は、脳の機能障害やや無意識を無視するので、どうしても、『たまたま論』でかたづけるしかない。『たまたま、起こったことだから、これからも起こり続けと考えるのはナンだ』とか『たまたま、起こったことだから、理由を考える必要はない』と認知療法家は考える。たまたま、起こったであるなら、それでいいけど、『たまたま論』では説明できないことが、人間生活のなかにはある。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。