2015年2月14日土曜日

その場合は、たしかに、「だれだれのせい」ではない。それは、いえる。

たとえば、統合失調症は脳の機能障害なので、「だれだれのせい」ではなく、なってしまう場合がある。その場合は、たしかに、「だれだれのせい」ではない。それは、いえる。


たとえば、いじめられるだけで、統合失調症になるかというと、ならない。母親の態度に問題があるから、統合失調症になるかというと、母親の態度に問題があったとしても、統合失調症になる場合とならない場合がある。むかし、ダブルバインド説というのがあったんだけど、ダブルバインドされるだけでは、統合失調症にはならない。まあ、問題のある母親の態度と、脳の機能障害は、排他的ではないので、両方の理由が重なる場合もある。

なにかを「きっかけ」にして統合失調症になることがあるということになっているけど、そのきっかけとなる事件が生じる前に、すでに、脳の機能障害が生じていたのではないかと思う。これは、僕が勝手にそう思っているだけ。脳の機能障害が生じていたから、きっかけとなる他人との交流が生じたのではないかと思う。

いずれにせよ、母親の態度だけが問題で、統合失調症になるということはない。もっとも、母親の態度だけの問題で、ほかのまあ、障害が生じる場合はある。たとえば、強迫性障害になる場合はある。摂食障害になる場合がある。

(だから、統合失調症の人が、自分が統合失調症になったのは、母親のせいではない(あるいは、だけのせいではない)とかんがえるのは、正しい。あってる。けど、すべての事柄について、そういうことが成り立つかというと、それは違う。


たとえば、人間は老化する。AさんもBさんも老化する。老化すれば、さまざまな障害を抱えることがある。その障害について、誰のせいにしてもしかたがないという点はある。実際、誰のせいでもないから。Aさんが老化するのは、誰のせいでもない。Aさんのせいですらないだろう。Aさんが、自分が老化するのは自分のせいだと考えても、なにもいいことはないだろう。Aさんが、「自分が老化するのはBさんのせいだ」と考えていたとしたら、Bさんは「そんなんじゃないのに、迷惑だな」
と思うだろう。実際、Aさんが老化するのは、Bさんのせいじゃない。

たとえば、認知症になる人がいる。で、これも、その人のせいじゃないし、ほかの人のせいでもない。Aさんが、認知症になったとして、自分が認知症になったのは、Bさんのせいだと考えても、なにもいいことはないだろう。あるいは、自分が認知症になったのは、自分のせいだと考えても、なにもいいことはない。実際、自分が認知症になったのは、自分のせいとはいえない部分があるからだ。で、たとえば、認知症のAさんが、「自分が認知症になった責任の一端は、自分にある」と考えたとしても、これまた、なにもいいことがない。「自分のせいで認知症になった」と考えたとしても、認知症に良い影響を与えるか? 「自分のせいで認知症になった」と考えることで、「現実と向かい合った」ということになるか? 「自分が認知症になった責任の一端は、自分にある」と考えないことは、現実逃避だと言えるか? そんなこと、言えるはずがないだろ。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。