2015年7月10日金曜日

お金はありがとうの量だという考え方について。


これは、ある意味正しい。運んでくれた人に、運賃を払うのは、正しい。運んでくれた人に運賃を払わないのは、正しくない。ものが生産される過程で、いろいろな人が関わっている。関わっている人たちが、いろいろなことを、してくれている。

だから、ものにお金を払うのは、正しい。それから、ものを作ってくれた人に、感謝の気持で、お金を払うというのは、正しいことだろうと思う。
けど、ここで、倒錯してしまってはいけない。倒錯というのは、だいたい、こうこうことだ。お金がある人は、「ありがとう」をいっぱい受け取っている。お金がない人は、「ありがとう」をちょっとしか受け取ってない。という考え方におちいってしまうことだ。

行為の回数と、お金が正比例しているわけではないのだ。付加価値とか、地位というものが影響している。実際に、苦しい作業をする人よりも、仕事を右から左に移しているだけの人のほうが、はるかに多くのお金をもらっているということが、普通にある。また、競争の世界だから、前は、一行為に付き一〇〇円もらえていたものが、今では一行為に付き一銭しかもらえないということが発生する。

そうすると、一行為に付き一銭しかももらえない人は、一日中、どれだけがんばって働いても、貧乏なままになる。お金がない人になる。一行為に付き一〇〇円もらえる時代なら、お金持ちとはいえないまでも、中流の中ぐらいのお金は持てる。貧乏ではない状態でいられる。
行為数とありがとうの数が、固定相場で決まっているなら、こんなことにはならない。行為数と関係があるのは、その行為、一行為あたりの、お金(賃金)である。

払うほうが、「ありがとう」という気持ちを込めて払うのはいいけど、「お金がない人は、ありがとうと思われる回数が少ないから、お金がないんだ」と思うのは、間違っている。

あとは、原発の現場作業員より、住民を置いて逃げてしまった、原子力保安院検査官のほうが、ずっと給料が高いという問題がある。この事、一つをとってみても、「給料の高さ(収入の高さ)とありがとうの数」が一致しないということがわかるだろう。

お金がない人は、感謝される量が少ないから、お金がないのだというのは、倒錯した思考だというのがわかるだろう。あくまでも、自分が、他の人に対して、あるいは、他の人がしてくれたことに対して、感謝の気持を持つということが大切なのだ。感謝の気持として、お金を払うというのは、悪いことじゃない。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。