2016年10月5日水曜日

一〇〇%やりきれば、一〇〇%やってないということになってしまうのである

日中からだがだるかったので、「俺はもうダメだ」と思いながら横になっていた。横になっていれば楽かというと、楽じゃない。昨日の夜から、けっこう精神的に不安定だったな。鼻を蚊に刺された。まだ、蚊がいやがる。今日なんて、日中三二・五度あったからな。俺の部屋。
けど、まあ、人間はやったことでしか評価されない。「ヘビメタ騒音がなければできた」と言ってもしかたがない。けど、長い間!押し付けられすぎ。半年で終わるべきだったんだよ。完全に、一日に一分も鳴らせない状態になるべきだった。いまとおなじ状態なのだから「できない」わけはないだろ。けど、当時のきちがい兄貴は、そんなの、空想の話しとしてもあり得ないことだと思っていたんだよ。自分が、一分でも本当に静かにさせられそうになったら、顔を真っ赤にして発狂して鳴らしてたんだから。どれだけの意地で鳴らしていたか、本人がわかってないだ。どうしてわからないかというと、一〇〇%自分が思ったとおりにできたから。一分も「本当には」ゆずらないで、鳴らすことができたから。毎日、一分もゆずらないで鳴らすことができたから、「つもりがない」だけなんだよ。あれ、親父とおなじ。親父は親父で、兄貴に文句を言いたくないという、影の気持ちが強くて、絶対の意地で文句を言わなかった。注意をしなかった。これも、「注意されられる」となったら顔を真っ赤にして、「なっちゃったなっちゃっでしかたがないぃぃ!!!」と俺に怒鳴っていたんだよ。怒鳴って、自分の寝床に行ってしまえば、切れているわけで、なにも感じないんだよね。兄貴は兄貴で、無言のままはねのければ、なにも感じないんだよね。言われたことにすらならない。そういう、ギャグみたいな状態が、毎日毎日、同じように成立する。それだけだから!! なんの、種もない。本当はそれだけなんだよ。いまは、鳴らさなくてもいい状態だから、「そんなんじゃない」「そんのな知らなかった」と言って、顔を真っ赤にして、目を三角にして自分の部屋に行けば、それで済んでしまう。だから、そんなの、何千回何万回繰り返したって、ごくごくあたりまえのことを認めない。そういうしくみが、ほんとうーーに、素直に成り立っている。素直というか、あたりまえのように成り立っている。だから、「うち」では、俺に何万回注意されても、その都度、本人がむくれて、おしまいだった。ここで、ぼくが自分の言い分を通して、一分間でも、鳴らさせないで静かにさせようとしたら、殺さなければならない。殺さないと、絶対にやめない状態で、無視して、むきになってエレキギターを弾きながら、ヘビメタを鳴らしているんだよ。で、それを止めようとしたら、本当に、殺さなければ絶対にやめさせることができない状態なんだよ。だから、こだわっているなんてもんじゃなく、こだわっているのだけど、本人は「一〇〇%できるのであれば」……「つもりがなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということになる。だから、きちがい兄貴にとって「つもりがない」と言うことは、相手の言うことはまったく聞かないで、一〇〇%自分の思い通りにしたということだから。……ねじれているようだけど、本当に、まったく意識しない状態でそういう状態が成り立っている。だから、「言うこと」なんて聞かない。どれだけ、家族会議を開いてもおなじ。「お兄さんに言えばわかる」なんて世界じゃないんだよ。親父と兄貴はわかってないけどな。本当に、親父と兄貴のやり方はおなじ。きちがい的な意地でやりきると、やってないということになってしまう。じゃ、自分が本当に、やりたくないカタチで、ゆずらされるとなったら、どういう気持ちになると思っているんだよ。たとえ一分だって、発狂して発狂して発狂して、「絶対にそんなのはいやだ」という意思表示をするだろ。実際に、やめさせられずに、やりきるだろ。絶対の意地でやめないだろ。これがわかってない。一〇〇%、自分の意地を通すと、「やってない」ことになってしまう。このやってないというのは、一〇〇%やってないという意味なんだよ。一〇〇%やりきれば、一〇〇%やってないということになってしまうのである。だから、本人は「そういうつもりのまま」んだよ。「そういうつもりのまま」実は、でかい音で鳴らし切る。そういう状態なんだよ。こんなの、きちがいでしかないよ。こういう、自分にとって都合がいい状態を成り立たせて、「知らないつもりで」ずっと鳴らす。どれだけ何回注意されても、注意されかなったままのつもりでずっと、こだわりつくして鳴らす。で、そうやって、自分がやりたいだけ鳴らし切ることができれば、その日はまったく鳴らさなかったのとおなじ日なのである。主観としてはまったく鳴らしてないのとおなじなのである。だから、その時から、「そんなつもりじゃなかった」という嘘をつくための用意ができている。で、これは、親父のように不変で、毎日毎日おなじなんだよ。どれだけ毎日もめても、一日に何回も何回ももめても、こういう「きちがい構造」が変わらないまま、知らないつもりのまま、やってないつもりで、頑固に頑固に鳴らす。だから、入試の一週間前に、さんざんもめているのに、……そして、一週間ずっといつものようにでかい音で、すべての時間鳴らしているのに……ぜんぜん俺の入試の邪魔をしているつもりが生じない。で、これも生じないとなったら、親父とおなじで、どれだけ言われてもおなじなんだよ。こういう状態が成り立っているから他の人には、全然わからない。


なんで、ぼくより才能がないやつらの後塵を拝さなければならないのか?

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。