実は、俺は、もうすでに、墓に名前がきざまれている。これが、いやだったんだよな。おやじの葬式を済ませたあと、霊園に行くわけだけど、そこで、自分の名前を見てしまった。もちろん、名前には赤い顔料?が塗られていて、赤い名前になっている。この赤い名前が、きもちわるくてさぁ。おやじとお母さんの墓のところに行ったときに、「こんなのは絶対に嫌だ」と言ったんだよ。おやじと行動するのは、基本的に嫌なことなんだけど、お母さんのことであれば、一緒に行動するしかないときは、一緒に行動した。お母さんの骨が入っているのは、共同墓というやつで、何十人かが一緒の墓に入っている。これは、まあ、ツボを保管するような部屋と名前が書いてある石のプレートが一体化したものだ。部屋と書いたけど、ツボがおいてある棚があるだけで、もちろん、他のスペースはない。ただ、中に入って歩けるので部屋と書いておいた。納骨スペースとは反対側に、花やお菓子などをおく石がある。まあ、それが、墓石だ。そして、収納スペースの後ろ側に石のプレートがついてる。後ろ側というのは、また、後ろ側の壁ということだ。外壁の部分に、石のプレートがついていて、そこに、名前がきざまれているのである。
で、 お母さんのことでは、おやじと行動をもとにするしかないと思っていた俺は、おやじとお母さんの墓に行ったことが、何回かある。そのとき、墓のプレートに赤い字で「書いて」ある名前があったので、「これは、なんだろう」ということを親父に言ったことがある。で、おやじは、「この人たちはまだ生きている人たちで、書いておいて、死んだら、赤い部分をとるのだ」ということを言った。で、「俺はそんなのは絶対に嫌だな」と俺は言った。俺は、はっきりと言ったんだよ。だから、知らないわけじゃないのである。その時はまだ、脳こうそくで倒れる前で、頭もしっかりしていた。おやじの頭はおかしいけど、まだ、脳こうそくによる障害はなかった。認知症もその時点ではなかった。ちゃんと、子供が言ったことを理解できるはずなのである。日本が理解できるのだから、ちゃんと、子供が「赤い字は気持ちが悪い」「こういうのは絶対に嫌だ」と言ったということは、わかるはずなのだ。俺の発言に対して、おやじが「自分は気にならない」ということを言っていたわけだから、通じているはずなのだ。で、何回もこのことは、話したのである。だから、頭が正常なのであれば、こども(エイリ)が『赤い字は気持ちが悪い』『俺は絶対にいやだ』と言ったことが、記憶に残るはずなのである。
(つづく)