それにしてもつかれたなぁ。どうするかな?
いろいろと、おもしろくないなぁ。やっぱり、ヘビメタ騒音がでかい。あの日々がでかい。あの日々のままなんだよ。ぼくのからだは……。みんな、わかってないけど……。しかし、ほかのやつらは、ヘビメタ騒音の影響を軽く見るなぁ。これ、ほんとうは、ひどいことなんだぞ。こいつらみんな、ぼくとおなじ状態だったら、俺よりも早く、俺よりもひどい状態になっていると思う。けど、そいつらはやられてない。そいつらには、きちがい兄貴がいない。きちがい兄貴の態度なんてわからない。きちがい兄貴の、ヘビメタ騒音に関する認知なんて、逆立ちしたってわからない。そりゃ、きちがい兄貴のやり方や認知は、きちがい親父のやり方や認知とおなじだからな。これ、ほんとうそういう、やり方やそういう認知が成り立っている態度全体で、こっちが、ボロボロに傷つくのである。けど、それが、ほかの人にはわからない。だから、「そんなの、たいしたこと、ない」と思ってしまう。「自分だったらもっと、うまくたちまわれた」「自分だったら、お兄さんをしずかにさせることができた」「自分だったらやられたとしても、そんなにひきずってない」と思ってしまうのである……。経験がないから。実際にやられなかったから。実際に、自分の人生のなかで、そういうことがしょうじなかったから……。実際に、自分の人生のなかで生じなかったら、わからない部分がある。そして、その部分というのが大きいのである。ぼくの生命がどれだけうまくても、実際に経験しなかったなら……実際に自分の人生のなかで、そういうことが、生じなかったら、自分の経験としてはわかってないわけだから、影響のでかさもわかってないのである。 どれだけ、でかい分野に影響をあたえるか、わかってない。一日の、ヘビメタ騒音の長さが、どれだけの影響をあたえるかわかってない。これ、みんな、鳴っているときだけうるさいだけだと思っているんだよ。だから、鳴っているときの騒音が迷惑だということしかわかってない。どれだけ、からだがつかれるわかってない。どれだけ、眠れない状態になるかわかってない。眠れなかった次の日のつらさがわかってない。そういうことが、毎日毎日、つもってしまうということのつらさがわかってない。まあ、影響のでかさがわかってないんだよ。