『妄想の毒』を飲まされてからは、限られた分野で、妄想を言うようになるのである。
限られた分野というのは、『夢と希望』と『他人のこと』だ。
『他人のこと』が重要なんだよ。
他人の身の上に起こったことに関しては、妄想を言うようになる。
妄想を前提としたことを言うようになる。『夢と希望』に関しては、かなったほうがいいわけだから、妄想思考になるのである。
「言えば、現実化する」……。妄想だ。
「思えば、現実化する」……。妄想だ。
「引き寄せ行為をすれば、引き寄せることができる」……。妄想だ。
妄想。妄想。
たとえば、「できると言えばできる」という考え方の裏には、「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という思考がある。
「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という思考が、妄想的な思考であり、妄想的な前提なのである。
ひとごとなら、自分はまったく傷つかないので、「できると言えばできる」と他人には、言ってしまう。「いいことを教えてやったつもり」なのだ。
「ものすごくいい解決法を教えてやったつもり」なのだ。
けど、相手の条件を無視しているのである。この「相手の条件を無視すること」というのは、相手にとって、不愉快なことである場合が多い。
しかし、相手が「これこれこうだからできない」と言ったら……言ってきたら……「そんなのは、言い訳だ」と言ってやればよいのである。
これも、最初から決まっているんだよ。もう、マニュアルで決まっている。洗脳されたときに、「そんなのは、言い訳だ」と言い返すことが決まっている。
矛盾だらけなのである。
ところが、鈍感力によって、気がつかないのだ。まきえさ」と書いたけど、自分の願望を満たしてくれる考え方は、いい考え方なのである。全力で肯定できる考え方なのである。だから、相手にとってもいい考え方だと思ってしまうのである。
相手の願望を満たすことができる、いい考え方を教えてやったと思っているのである。
それなのに、相手が「できない」ということを言ってきた……とする。
そうなれば、「そんなのは、言い訳だ」と言うことになる。
あるいは、「そんなのは、あまえだ」と言うことになる。
「言い訳」も「あまえ」も、どっちも、おなじ効果をもつものなのである。