2023年4月12日水曜日

きちがい兄貴は、「相手がこまる」ということをまったく想像できない人間なのである

 きちがい兄貴は、「相手がこまる」ということをまったく想像できない人間なのである。自分の願望のほうが、一〇〇万倍ぐらい、大切なのである。

ほんのちょっとでも、自分が「ほんとうに」ゆずるとなったら、いやなのである。

鉄の意志? ダイヤモンドの意志? きちがいの意志で押し切る。何度も言うけど、きちがい親父もおなじだ。きちがい親父が、兄貴がこまることをしたとき、兄貴は怒っていた。

「こういうふうにこまる」ということをどれだけ説明しても、きちがい親父がきちがいの意地で認めないのである。発狂して、きちがい親父がやりたいようにやるのである。

で、本人がやられている場合は、相手がやっていることがひどいことだということがわかるのだけど、本人がやる場合は、相手がどれだけなにを言っても、きちがいの意志で押し切るということになってしまう。おやじとおなじ態度で、おやじとおなじことをする……。

兄貴は、おやじとおなじい態度で、親父とおなじように、やりきる。そして、兄貴は、やりきったあとも、やったつもりがしょうじない。本人がやりきったと同時に、やりきったということを忘れてしまう。

これも、親父とおなじだ。

おやじも、本人がやりきったと同時に、やりきったということを忘れてしまう。なので、「ぜんぜん関係がない人」になってしまう。主語? 親父と兄貴は、やりきったあと、やりきったということを忘れて、そのことと関係がない人になってしまうのである。

本人がきちがい的な意地でやったのに……顔を真っ赤にして怒り狂って、不退転の決意でやったのに、やってないことになってしまうのだ。まったく関係がない人になってしまうのだ。

意識では、まったく関係がない人になってしまう。そういうことが、同時に成り立っているから、つねに「悪気」はないのである。

常に、関係がいない人なのである。自分がやったんじゃないということになっているのである。

そして、「おまえがやった」と言われたら、「おまえがやった」と言われたとたんに、そういう状態になってしまうので、これも、怒り狂い勝ちして、認めないのである。

どんなに明らかなことでも、『自分がやったことじゃない』ということになっているのである。そのきちがい的な認識を、言葉で「こっちがつくがえす」ということができないのである。

だから、ぶっきらぼうに、暴力的に、きちがい的に、つねにつねに、プロセスや結果が「へんなことに」なってしまうのである。これは、やられたほうからすると、「空間がおかしい」と感じられるようなことなのである。これは、やられたほうからすると、猛烈に腹がたつことなのである。

だから、そういうことに関して、「認知上」影響をうけないということがない。ところが、アドラー信者のように、「(相手が)どれだけガミガミ言っても、自分が影響をうけないことは可能だ」というようなことを言うやつが出てくる。影響は、うける。

かりに、どれだけ、意識的にがんばって、影響をうけないようにしても、影響をうける。それから、たとえば、きちがい親父が門の前で、作業をはじめてしまって、門を通れないということがある。普通の人は「言えばいい」と言うけど、「言うと」きちがい的な意地で怒って、通してくれないのである。

けど、これがまた、「通してやらなかった」ということにならないのである。きちがい親父の意識のなかでは、そういう出来事自体が、怒って、勝ったときに、なくなっている。

怒って、絶対の意地で通してやらなかったのだから、通してやらなかったという認識は必要だ。普通なら、必要とかそういう問題ではなく、認知認識システムが正常なら、認識してしまうことだ。

ところが、認知認識システムが異常なので、「通してくれ」と言われたけど「通してやらなかった」というこど認識されないのである。この場合も、「言えば」通してくれると思っている人たちには、想像もできないことなのである。

そして、さらに、「通してやしなかったら、通してやらなかったということをおぼえているはずだ」と思っている人たちには、想像もできないことなのである。

想像もできないことなのか、想像できることなのかは、おいておいて、実際に同じ家に住んでいて、親が門を通してくれないとなると、親のやったことの影響をうける。

アドラー信者は例として、「どれだけ相手がガミガミ言ったとしても、影響をうけないことは可能だ」ということを言うわけだけど、いっしょに住んでいれば、どれだけ影響をうけないようにしようと思っても、影響をうけることがある。

さらに、親であれば、親が判断して(こどもにこどものものを)買ってあげるわけだから、子供側の人間は、そういう親の影響をうける。親がハンダゴテを買ってくれなかったとしたら、ハンダゴテがないわけだから、ハンダゴテがないということの影響をうける。

だれか相手が言ってくることを無視していれば、その人の影響をうけないということではないのである。実際にハンダゴテをもってないということになる、ハンダゴテをもってないということの影響をうける。


毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。