ヘビメタ騒音で人生がない。歳をとればとるほど、ヘビメタ騒音のことが重くのしかかる。歳をとればとるほど、騒音が重い。あのとき、ずっと我慢してやりすごしてきたことの、意味が、歳をとればとるほど、どんどんどんどんどんどん、重たくなる。だれもわかってくれない。理解がある人だって、けっきょく、俺と一緒に住んでいて、あるいは、俺と頻繁に会って、ヘビメタ騒音の話を聞かされれば、そのうち、いやになるだろう。ところが、こっちは、きちがいヘビメタにたたられて、高校受験に行ったことや、大学受験に行ったことが、昨日のことのようなのである。ずっとたたられて、たたられて、まえの日もやられて、眠れずに、試験を受けに行くときの気持ちというのが、ほかの人にはわからない。わかるわけがない。そんなのは関係がない」というやつがわかるはずがない。きちがい兄貴が、軽い気持ちで、全部の時間、鳴らすわけだけど、こっちは……死にたいほど重たい気分になる。その『軽さ』……きちがい兄貴側の軽さというのが、問題なんだよね。まるでわかっていない。ぜんぜん、わかっていない。ほかのやつらの理解度というのは、きちがい兄貴の理解度とかわらない。「俺だって、試験のときは緊張した」とか「試験だから眠れないというのは、あまえ」「そんなのは、気にするやつが弱い」とかと思って終わりだ。けっきょく、やられていないから、わからない。先行する3年間、ずっと毎日、試験の邪魔をされたというのが、わからないやつらなんだよね。そして、先行する3年間、ずっと、毎日、眠るべき時間に眠れなかったという経験があるということの意味がわからないやつらなんだよね。
「けっきょく、俺はこのまま死ぬのか」と思うと、めちゃくちゃに、不安な気持ちになる。不愉快な気持ちになる。絶望的な気持ちになる。けっきょく、俺は、このまま、死ぬのか?